最終話:せーのっ
1
狭苦しい部屋に、四人。机を囲んでいる。正確には一人は人間じゃないが、四人とする。机の上にはスナック菓子の類いが山盛りになっている。僕が先日無駄遣いして買って来たものだ。そしてここは僕の部屋だ。
「でで、では、改めまして。ヒヒュッ」
日々子がニヤニヤしながらも改まった口調で進行する。
「九里、こ、こちら私の弟のコウ。コウ、こちら九里」
「九里歩です」
「コウだ! 昨日はお陰で助かったぜ!」
戦っているときからなんとなくそんな気はしていたが、一号の中身は死ぬほど暑苦しい性格をしていた。
「で、こっ、こっちはしーちゃん」
黒い服の少女、正確には少女どころか人間ですら無く、過剰なまでの『知りたがり』の思念が形になった生き物のしーちゃんは絶え間なくスナック菓子をボリボリ食べている。
「ゲホッしーちゃんです!」
むせながらも元気に返事をする、歪んだ思念から生まれたとは思えない良い子だ。
「よろしくな!」
しーちゃんはかつて自分を刺した相手とあっという間に打ち解けてしまった。互いの性格のおかげだろう。性格と言えば、このコウ。暑苦しい部分はそのままだがやはり昨晩とは何か違う印象を受ける。
「そ、それじゃあコウ、改めて色々説明してもらうけど」
「ああ!」
返事まで暑苦しい。
「……その話、僕達要るかな。ここでやらなきゃだめか」
彼が嫌いなわけではないが、正直この暑苦しさにはあまり長く付き合いたくなかった。
「しーちゃんは聞きたい!」
「くっ、九里達にも聞いてもらった方がいい。あんな、かかカッコいいこと言ってたじゃないか。二号役なんだろ」
「う……わかったよ」
あの台詞を一号に聞かれたら恥ずかしさで死にかねん。あのICレコーダーはいつか破壊しよう。
「ヒヒュッ、じゃあまずコウ、あのボロ神社の前でクロイノと戦ったのは覚えてるな?」
「ああ! 神社の前に居た人がクロイノに襲われそうだったんだ! その人を殴って恨んでもらったぜ!」
「それ僕」
「そうだったのか! 偶然だなあ! 殴って悪かった! すまん! だがあの時は危なかったな!」
なんだこいつ、やっぱり苦手だ。しーちゃんは僕らのやり取りが面白いらしくケラケラ笑っている。
「ヒヒュッ、偶然でもなんでもないがな。そっ、それでその後どうなったんだ」
「そう、その後が大変だったんだ!」
コウが大げさな身振り手振りを交えながら説明を始めた。うるさくて半分くらい頭に入ってこなかったが、内容を簡単にまとめると、次のような話だった。
一号は僕を殴って変身した後、あのクロイノとそこら中を走りまわりながら戦った。苦戦したがなんとか木に叩き付けてとどめの手刀をお見舞いした。
するとクロイノに当たった瞬間、派手でダサい腕時計にクロイノが吸い込まれて行ったんだと。装甲を形成している恨みエネルギーと解け合って、そして驚く事にクロイノが頭の中に侵入して来た。追い出そうと数日頭の中で格闘したけど、一号は負けた。
そして目が覚めたら、自分でも抑えきれない程の『独善』の思念に支配されていた。僕らに遭遇した時も頭の中で止めようとしたが『独善』の思念を止められなかった、なんとか寸前で刺を切り離し、しーちゃんを分解しないようにするのが精一杯だったと。だいたいそういう話だった。
「なるほどな……ヒュッ」
話を聞き終えた日々子が、ポケットから何か取り出した。一号の派手ダサウォッチだ。
「ヒヒュッ、た、確かめたいことがある。九里、ちょっとこれつけろ。二号つけたままでな」
「えっ、大丈夫なのか?」
「安心しろ、コッ、コウを乗っ取ってたその独善の思念はとっくに抜けてるはずだ」
恐る恐る腕に装着する。派手でダサい腕時計が二つならんで派手でダサさが二倍だ。一体何をするのか思ったら、日々子がニヤニヤ顔で喋りだした。
「く、九里。お前倉庫で私に、ヒヒュッ、ヒヒ、キキキキスしたよなぁ」
「え……は……?」
「そうだった! お前! 姉さんに!」
コウが机をドンドン叩いている。なんだこいつシスコンなのか。
「ヒヒヒュッ。九里、腕見ろ」
腕に目をやると、青ランプは二号のみ点灯している。一号の青ランプだけが点灯していない。
「やっぱりな。罪悪感ロックシステムが壊れてたんだ。コウ、これいつからだ?」
「何てことだ! 今気がついた! 俺は今まで何てことをしてきたんだっ!」
もの凄いバカだ。おそらく、色々考えるのが難しくなって、こいつの中で変身プロセスが「人を殴って変身」になっていったのだろうな。
「俺はいつの間にか! 罪悪感すら感じぬまま力を得る為だけに人を殴る男になっていたのかもしれん! 俺は自分が許せない!」
机をドンドン叩きながらコウは暑苦しく自分を責めている。まあ実際そうなっていたが、それはクロイノに精神をやられていたせいかもしれないしな。僕には確かな事は何も言えない。
「いっ、今はそんな話どうでも良い。ヒヒュッ、正直それは作った私にもブラックボックスな部分が多い。とっ、特にあの木の部分だ。あの木には人間の歪んだ思念に形を与える力がある。形を与えた物を思念に戻す力もな。はっきり言って仕組みはわからんが」
あのボロ神社のご神木だ。この派手ダサウォッチにはあの木の一部が入っているって話だったな。
「罪悪感ロックシステムは悪用されないための安全装置と言ったな。最初はただそのつもりでつけたが、おそらくこれは本当に安全装置の役割を果たしていたのだと思う。ヒヒュッ、この時計は、『恨み』の思念を装甲やエネルギーとして利用できるが、恨み以外の他の歪んだ思念、例えば『独善』とかを受け取ったら誤作動をおこすだろう、多分な」
「その誤作動が、精神への影響と装甲の変化か。そんな危ないものをつけていたのか僕は」
「ヒヒュッ、だからその為の安全装置でもあったんだよ。この時計は誰かに恨まれた状態で何かしらの罪悪感を抱くと、あとは任意で装置を作動させる事が出来る。作動している間だけ、ヨコシマな思念を受け入れる。結果、恨みの思念だけ選んでを受信できていたというわけさ。で、コウはこの罪悪感ロックシステムが壊れてヨコシマな思念受け入れ放題になってたんじゃないかな。それで、独善クロイノを殴った拍子に独善が入ってきた。と」
「難しすぎてわからないぜ!」
コウが即答した。正直僕もイマイチ理解していない。しーちゃんは理解しているようでウンウンと頷いている。さすがは知りたがりの思念か。
「お、お前はいいよもう。性格や装甲の見た目が変わったのはきっと九里の言う通り、装甲を作ってる恨みの思念にその『独善』の思念が加わったせいだな」
「なるほど……」
わかったようなわからないような。自分が今まで扱っていた派手でダサい腕時計。他人に恨まれる事で変身し、全能感、凄いパワーを与えてくれる。ヒーローになれる。
だがこれは相当危ない物だったって事だ。ちょっと考えればわかるよな。
「なあ、九里。く、クロイノ退治がヒーローごっこの延長って話はしたよな」
「ああ、聞いたよ」
前に日々子に「何故こんな事をするのか」と聞いた事があった。その時に同じような事を言っていた気がする。
「ひ、人知れず悪を倒す活動をする自分に酔ってるって。まあ、私はヒーローのポジションじゃないけど」
「うん」
「ヒーローをやるってさ、あ、悪役がいないといけないんだ。悪が滅ぶときは、番組が終わる時。ヒヒュッ」
「……なんだか嫌な話だな」
「だっ、だから、クロイノの元凶みたいなのは、あんまり積極的に調べてこなかった。最初、しーちゃんのお母さんの話聞いた時、あんまり嬉しくなかったんだよな。ラスボスが見つかっちゃって」
「そんな気がしてたよ」
「バレてたか……でも、本当に勝手な話だけどさ、この一件でな。いや、本当はもっと早く気がついてたのかもしれないけど、こんな危ない遊び、他人に迷惑かけてまで続けてちゃいけないんだ。しかも一番危険で嫌な役は弟と九里にやらせて。ヒヒュッ。ヒーローごっこはそろそろおしまいにしよう。正直、もうちょっと遊んでいたいけどな。ひひ、人に迷惑かけてまで続ける事じゃない」
「そうだな……」
「姉さん……」
「……だけど、み、みんなもうちょっとヒーローごっこに付き合ってもらうぞ。綺麗にカッコ良く終わらせる為にな。ヒヒュッ」
日々子のニヤニヤ顔がなんだかカッコ良く見えた。
2
「やるぜえええええ!」
「やるぜー!」
「うっ、うるさいな。せっかく人目につかないように夜にやるんだから静かにしろ」
「オウ!」
「おー!」
真新しい家屋が立ち並ぶ住宅街の中にある、ボロボロに寂れた小さな神社。申し訳程度の鳥居をくぐった敷地内には、廃墟のような社と枯れかけのご神木。
その下に、シャベルやロープ、大型の懐中電灯等を持った四人が集まっている。正確には一人は人間ではないが、四人とする。夜もふけた、灯りがついている家はあるものの、人通りはほとんど無い。
僕らはこれから、しーちゃんがお母さんと呼ぶ存在を掘り起こして、どうにかしようとしている。お母さんという言葉のせいで少し気が引けたが、しーちゃん自信がお母さんの正体を見る事にとても乗り気だった事でだいぶ気が楽になった。
「よーし、じゃあ日々子としーちゃんは照らしながら見張りよろしく。僕とコウくんで手分けして掘るか」
「ああ! 任せろ!」
「はーい!」
「ヒッ、だからうるさいっての」
各々が持ち場に付き、作業を開始した。正確な場所まではしーちゃんにもわからないらしい。木の根元だと言う事がわかっているだけでもマシだ。
他にも、心配事はいくつかある。まず一つ、お母さんの呪いだ。このボロボロの神社が真新しい住宅街に今まで残った原因。ご神木を切ろうとしたり社を取り壊そうとすると必ず事故が起こって中止になったらしい。この事については「壊すわけじゃないし、地面掘るくらいなら大丈夫じゃないか」と強引に納得したが、もちろん保証はない。
それと、お母さんを掘りあてたとして、どうするのか。まずお母さんがどのようにして埋まっているのかすらわかっていないし、どうすればいいのかもわかってない。一応、日々子の「供養とかすればいいんじゃね」という一言で、気休め程度のお供え物が買ってきてある。
……どの心配も、考えていても仕方がない事だ。実際にどうにかなってから対処する他無い。近所の目に怯えながら、遠くのパトカーのサイレンに怯えながら、僕らは穴を掘り続けた。
「ウオオオオ!」
「わあー!」
一時間程作業を進めた頃、僕の反対側を掘っていたコウとしーちゃんコンビが何やら大声で叫んだ。
「ううううるさいっつってんだろ!」
自分も大声で注意しながら日々子が駆け寄り、僕もその後に続く。コウはバカだが体力だけは凄まじいものがある。穴の大きさはすでに、そこそこ身長があるコウがすっぽり入るほどになっていた。
「なんか! なんかあったぜ!」
コウが興奮して説明不足気味に叫ぶ。
「なんかって、なんだよ」
しーちゃんが懐中電灯で照らす先を見ると、土の中に確かになにか異質なものが見える。腐った木の板のようにも見えるそれは、シャベルで一部貫いてしまったらしく穴が空いている。
「ヒヒュッ、よーし。しっ、慎重にそれを掘り出すぞ。気をつけてかかれ」
「おう!」
「だっ、だからうるさいって」
コウが『なんか』を掘り出している間に、自分が掘り返した穴を埋める。そういえば、心配していたお母さんの呪いの影響はなかったな。このまま何も無ければ良いが。
穴を埋める作業は掘る作業よりもずっと楽に終わった。簡単に土をならしながら、畑を整地していたクロイノの事を思い出す。あいつはどんな思念から生まれたのだろう、整地したくて仕方がないなんて歪んだ思念には間違い無いが、そんなやついるのだろうか。やはり野菜嫌いの思念か、あるいは、ある意味本当になんだか歪んでいるよくわからない思念か。
「よし! しーちゃんロープを投げてくれ!」
作業が終わったらしい。コウが叫んでいる。
「はーい!」
「ブッ、しーちゃん違うぜ! 全部じゃない! ロープの端っこ持って投げてくれ!」
いよいよ『なんか』を発掘したらしい。この『なんか』がお母さんなんだろうか。コウが『なんか』にロープを括り付け、上から僕たちで慎重に引き上げる。どうやら『なんか』は大きな木箱のようだ。腐っていて今にも崩れそうで、掘り出す時にシャベルでついたらしい傷が沢山ついている。
「おい九里、ヒッ、見てみろこれ……」
日々子が表面の土を払いのけながら木箱を観察している。見れば、腐っていて読みにくいが、箱の表面に何かびっしりと書いてあるように見えた。
「あれ、この文字って……」
それは日々子が持っていたボロボロの紙に書かれていた文字に似ている気がした。
「お母さんの字だ!」
覗き込んできたしーちゃんが叫ぶ。どうやらこの箱で当たりだ。この箱の中にお母さんとやらがいるのだろう。
「しーちゃんこれ読める?」
「んーとね、まってね」
「なんだ! 俺にも見せろ! ウワァーッ!」
箱を引き上げた穴の中からコウの悲鳴が聞こえた。まだ穴の中にいたのか。そういえば誰も引き上げてなかったなと思いながら振り返ると、崩れた地面から派手でダサい腕時計をつけた腕だけがでていた。古い映画で墓場からゾンビが這い出すシーンのようだ。
どうやら無理に這い上がろうとして穴が崩れて埋まったらしい。思わず笑ってしまいそうになるが、ただ事じゃない。日々子と大慌てで土を払いのけ、コウの頭を発掘する。
シャベルを使うわけにもいかず少々手こずったが、なんとか肩までは掘り出す事ができた。これがお母さんの呪いだろうか。だとしたら、この程度で済んでよかったが。
「フゥー! 助かったぜ!」
コウが叫ぶ。肩から上しかなくてもうるさいやつだ。腕が自由になったコウは自力で土を払いのけはじめた。あとは放っておいても自分で出るだろう。
「しーちゃん、なんて書いてあった?」
「んーとね、開けちゃダメだよって書いてあるよ! 中はどうなってるんだろうねー!」
「あ、開けちゃダメか……しっ、しーちゃんちょちょちょっと待って何してるの!」
しーちゃんが箱の縁にツルハシを突き立てている。そして、可愛らしいかけ声とともに力を込めた。どこで学んだのか、てこの原理を利用して見事に箱をこじ開けた。
「んしょっ! んー? 中見たいなって思って!」
「開けて大丈夫なのか!」
僕まで大声で叫んでしまった。駆け寄り、中を覗き込む。箱の内側にはカビが生えたおふだのような紙が敷き詰めるように貼られていて、その中央には、お母さんの正体と思われるものが横たわっていた。
ある程度予想はしていたが、実際に見るにはまだ僕は心の準備が足りていなかった。腰を抜かしながら日々子に確認する。
「人骨、だよなこれ……」
「ヒヒュッ、実際見るとけけけ結構キツいな」
日々子も同じ感想を持ったらしい。想像もつかないくらい長い時間、世の中を呪い続けて埋まっていた人間がここにいる。
「これがしーちゃんのお母さんかぁー……」
しーちゃんが箱を覗き込んでいる。その表情からは喜びも悲しみも感じられない、純粋な感動、好奇心が感じられる。僕は逆にそれが少し怖かった。
「しーちゃん、見た事はなかったんだね」
「うん!」
「九里! みっ、見ろ!」
「へ? うわっ!」
人骨の周囲の空気が歪んで見えた。その空気の歪みは周囲に徐々に拡散して行く。
「こっ、これはママママズいかもしれないな」
「マズいって、何が起こってるんだよ」
空気の歪みの一部がご神木に触れた瞬間、歪んだ空気が樹皮にしみ込んで行くかのように動き出した。
「こっこれ多分だけどさ、しーちゃんのお母さん、自分の恨みを自分の呪いで形にしちゃってないかな」
「そうでーす! 日々子せいかい!」
「正解! ヒヒュッ、やった」
状況はきっと、ものすごくマズいがしーちゃんのフワフワしたトークのお陰で緊迫感が出ない。しーちゃんのフワフワ解説が続く。
「あのねー、箱に呪いを詰めて、木からちょっとずつちょっとずつ出してながーく呪うやつだったんだけど、開けちゃったからいっぺんに出ちゃったみたい」
「しししっ、しーちゃんなんでそれもっと早く教えてくれなかったの」
「箱の中に書いてあったんだもん」
「いっぺんに出ちゃうとどうなるんだ」
「ぜーんぶ使った、おっきいお母さんの子供が生まれる!」
しーちゃんが叫ぶと同時に、歪んだ空気が全て木に吸い込まれた。辺りが静寂に包まれる。
しーちゃんを除く三人に緊張が走り、身構える。しかし、何も起こらない。
それどころか、神社一帯を包んでいた陰湿な雰囲気が消えた気がした。今のここは、ただのボロい神社にしか見えない。呪いの神社だなんて嘘のようだ。ふと左腕に目をやると、その原因がすぐにわかった。
派手でダサい腕時計の三つのランプがこれまでにない程激しく点滅し、クロイノの位置を指し示す針は、しーちゃんを指していなかった。
「日々子、これって」
近くにいるしーちゃんよりも優先して探知機にかかるほどの、強いエネルギーを持ったクロイノが、この針の指し示す先に現れたという事だ。残っていたお母さんの呪いの力と、恨みのエネルギー全てで生まれたクロイノが。
おそらく、この神社は本当にもうただの廃墟だ。
「ヒヒュッ、いくぞ九里。ろっ、ろうそくマン最後の出動だ!」
日々子が立ち上がる。
「わかった、最後までつきあうよ」
僕もできるだけカッコつけて立ち上がった。
「俺も行くぜ!」
コウが叫ぶ。こいつはまだ半分くらい埋まっていた。
「ヒヒヒュッ。コウ、お前は出てこれたら追ってこい。こっ、ここ片付けてからな。しーちゃんは手伝ってあげて」
「はーい!」
「任せろ!」
泥だらけの白衣をひるがえした日々子がバイクにまたがり、ヘルメットを被る。僕もパイルバンカーを背負って、タンデムシートに座る。
「なんだか久しぶりだな」
「ヒヒュッ、私の髪が恋しかったか」
「…………」
「バレて無いとでも思ったか、ヒヒヒ」
青い顔の僕を乗せたまま、日々子のバイクは走り出した。
3
「えーっと、十時の方向! 結構近いぞ! 移動してる!」
「わ、わかった!」
タンデムシートで派手でダサい腕時計を見ながら日々子を誘導する。これも久しぶりな気がする。ヒーヒー言いながら追いかけなくて済むのは良いが、日々子の運転は荒く怖い。
バイクは町の中心部、駅の方へと向かう。夜遅い時間だが、腐っても駅前だ。人も居れば施設だってある。大事になっていなければ良いが。
「あれだ!」
日々子が叫ぶ。進行方向に目をやると、想像以上に大きな黒い影がいた。高さ七メートルはあるだろうか。大きさ以外はかなり人型に近いそのクロイノは、車道に真っ黒い足跡を残しながら猛烈なスピードで道路を走っていた。
「あんなの、なんとかできるのかよ……」
日々子のバイクは後を追いかける。車通りの少ない時間であることが幸いだった。もしも昼間であれば、大惨事になっていた事だろう。それでも僅かにいる車両は驚いて急停車したり、避けようとしてガードレールにぶつかったりしていた。一刻も早くこいつを分解しなければ。
「九里、きっ、聞け!」
日々子が運転しながら叫ぶ。
「あ、ああいつがどこに行ってるのかわからないけど、怨念装甲二号をさっさと展開するぞ! さっ、最後は私が共犯になってやる!」
「わかった! けど、何をする気だ?」
バイクは巨大クロイノを追っているうちに再び住宅街にさしかかった。日々子が急にバイクを止める。巨大クロイノは猛烈な勢いで僕らから距離を開けて行く。
「古典的なのをやる。いっ、いいか。そっち側十件くらいのインターホン押しまくってこい。私はこっちをやる。終わったら、ダッシュでバイクに戻ってこい」
「それってまさかとは思うけど……」
「ヒヒュッ、ピッ、ピンポンダッシュだ」
言い終わるが早いか日々子は走り出し、目についたインターホンを押しまくっている。ヘルメットを被った小汚い白衣の女がインターホンを連打している姿はかなりホラーだった。
「ええい! チクショウ!」
僕も走り出し、逆側の家のインターホンを目に付いただけ押しまくる。勢い余って連打したところもあった。
「戻れ!」
日々子に言われて我にかえり、バイクへと戻る。僕がタンデムシートにまたがった瞬間、数件のドアが開いた。
「ヒヒュッ、お邪魔しました!」
日々子は大きくクラクションを鳴らし、数回アクセルをふかしてバイクを発進させた。巨大クロイノの姿はすでに見えない。
「僕はこの歳になってまで何をやってるんだ……」
心が痛む。住宅街のみなさんすみませんでした。どうぞ恨んでください。左腕に目をやると、派手ダサウォッチの赤いランプと青いランプがしっかりと点灯していた。住宅街の人々の恨みと僕の罪悪感を受けて。
深夜にピンポンダッシュをするヒーローが居てたまるか。本当に、本当にすみませんでした。
「すみませんでした! 変っ! 身っ!」
派手でダサい腕時計のリューズを思いっきり、押し込んだ。
緑のランプが点灯し、派手でダサい時計から白い装甲がベキベキと音をたてて展開して行く。左腕の感覚が無くなる。装甲が左腕から胴体、足、右腕、頭へと侵蝕していくように展開して行く。それにつれて全身の感覚が無くなる。全身が装甲で覆われ、頭上で炎が燃え上がる音がした。その瞬間、全身に感覚が戻る。ゾクゾクする不快な力がみなぎる。
気持ちを切り替えろ、反省は後だ。今はあの巨大クロイノをすっかり分解する事を考えろ!
「ろうそくマン参上!」
誰にともなく、自分に言い聞かせるように叫んだ。日々子は黙って聞いてくれた。
これが最後の装甲装着だろう。バイクに乗りながらの変身はヒーローらしくあったが、タンデムシートなのでいまいちカッコつかなかった事を少し、惜しく思う。
派手でダサい腕時計に目を戻すと、針はしっかりと巨大クロイノの方向を示している。
「山の方だ!」
「ヒヒュッ、了解!」
日々子がアクセルを大きく捻った。
4
巨大クロイノにはすぐに追いついた。なにせ僕が後ろで方向を指示するまでもなく、足跡が残っているから追うのは簡単だった。
巨大クロイノを追って辿り着いた先は、山の中腹にある城跡だった。今は石垣の一部が残っているだけだ。
巨大クロイノはその石垣を殴りつけている。巨体が月明かりに照らされ、その姿からはどこか荘厳さすら感じる。
「みっ、見とれてる場合じゃないぞ九里! 行けっ!」
日々子のバイクが猛スピードのままギリギリまで近づいて急停車した。僕はその勢いでタンデムシートを蹴り、飛び上がった。既にパイルバンカーはガスボンベ装填済みだ! これまでの経験から学んだ事、最初の不意打ちは高確率で上手くいく!
「貰った!」
巨大クロイノの頭部まで飛び上がり、パイルバンカーの引き金を引いた。爆発音と共に鉄杭が飛び出す。手応えアリだ! 鉄杭が巨大クロイノに突き刺さった。
傷口から黒い煙が吹き出している。しかし、何かがおかしい。足をかけて引き抜こうとしたその時はすでに遅く、僕は足を掴まれていた。鉄杭射出の直前に手のひらでさえぎられたらしい。僕が貫いたのは手のひらだったのだ。そしてそのまま巨大クロイノは僕を地面に叩き付けた。
「ブベッ!」
情けない悲鳴をあげながら地面にめり込む。もの凄い力だ。芝生の広場にまるでギャグ漫画のような、綺麗な人型の穴が空いた。土にめり込んだ顔を上げると、巨大クロイノの姿が見えない。日々子が叫ぶのが聞こえた。
「九里! 上!」
上を見上げると、巨大クロイノが僕の頭上に飛び上がっているのが見えた。そしてまっすぐ、僕を踏みつけに落ちてくる!
「ブベッ!」
かわすこともできず踏みつけられてしまった。うつ伏せにつぶされたまま、背中を執拗に踏みつけられている。日々子の悲鳴が聞こえる。今のところ装甲は耐えているが、一撃一撃は重く、このままでは人型の穴が深くなるばかりでどうにもできない。
「九里っ! 今だっ!」
日々子がタイミングを見て叫んだ。巨大クロイノが再び踏みつけようと足をあげる。その瞬間を狙い、鉄杭が飛び出したままのパイルバンカーを上へ突き立てた。再び踏みつけ攻撃だ、鉄杭が足を貫き、巨大クロイノの傷口から黒い煙が吹き出す。ダメージがあったようだ! 巨大クロイノが唸りながら足をあげる。瞬時に鉄杭引き抜き、距離をとって体制を立て直す。
「どうするんだよ、こんなでかいの……」
改めて巨大クロイノを見上げながら呟く。手のひらに穿った穴も、足に空いた穴もすでに塞がったようだ。再生のスピードが早すぎる。そもそもこんなにでかいやつを木に打ち付ける方法が思いつかない! 日々子も何やら必死に考えている。
巨大クロイノが唸り、再び襲いかかってくる。パイルバンカーの鉄杭を納め、ガスボンベを排出。新しいガスボンベを装填する。こうなったらなんとかする方法を考えるのは日々子に任せ、それまで必死に耐えるしかない。
「こっちだ!」
石垣の方へ走る。巨大クロイノは猛スピードで追ってくる。早い! しかし小回りは利かないと見た! ピンポンダッシュで集めた恨みエネルギーを足に集中させ、急にターンする。
作戦は上手く行った、巨大クロイノは石垣に激突した。思わずガッツポーズを決めるが、巨大クロイノは大量の黒い煙を吹きあげたかと思うとすぐに起き上がり再び僕を追って来た。このまま追いかけっこを続けていては先にこちらが力つきてしまうだろう。頼むから日々子早く何か思いついてくれ!
願いながら再び走り出したが、次の瞬間僕の体は再び地面にうつ伏せにめり込んでいた。
日々子の悲鳴が聞こえる。背中を潰している何かが酷く重たい。そうか、理解した。さっきの激突で崩れた石垣の岩を投げつけてきたんだ。四肢に力を込め、なんとか背中で岩を押しのけて立ち上がる。その瞬間二投目が飛んで来て僕は再び潰された。全身に酷い衝撃と鈍い痛みが走る。四階から駐車場に飛び込んだ時の方がまだマシだった。
「畜生!」
三投目がこない事を祈りながら、四肢に力を込め岩を押しのけて再び起き上がる。必死に起き上がった直後、視界に飛び込んで来たのは残念ながら、その三投目の岩だった。
「トーウっ!」
僕は三たび岩に潰される覚悟を決めたが、飛んで来た岩に何かが横からぶつかり軌道がそれた! 岩は地面を削りながら僕の真横に落ちた。
「危なかったな! 二号!」
真っ白い装甲を身にまとった一号が、飛んで来た岩の上でポーズを決めている。こいつが投げられた岩に横から飛び蹴りを食らわせたのだ!
「一号参上!」
一号が、コウが僕の目の前に飛び降りて来た。
「待たせたなァ! しーちゃんおんぶしてきたから遅くなったぜ」
「九里歩さーん! ろうそくマーン!」
後ろを振り返ると日々子の隣にいつのまにかしーちゃんもいた。一号は装甲を身にまとっているところを見ると、こいつも僕ら同様どこかで何かして恨まれて来たのだろう。何かされた人には悪いが、今はこいつの助太刀を本当に心強く思う。
「待ってたよ」
互いに軽く拳をぶつけ、二人で巨大クロイノに向き直る。その直後、僕らは揃って四投目の岩に潰された。
「オラァッ!」
今度はすぐに二人掛かりで岩を持ち上げて降ろす。そして五投目が来る前に左右に散った。一号に投石が行けば僕が横から防ぎ、僕に投石がきたら一号が横から防いだ。そして徐々に巨大クロイノとの距離をつめていく。
「行くぜっ!」
「せーのっ」
一号は高く飛び上がり頭部に蹴りを、僕は胴体にパイルバンカーの鉄杭を同時に放った! 巨大クロイノはうなり声をあげて大きくよろめいた。ダメージはあったが、それぞれが攻撃した部分は再び黒い煙をあげてすぐに再生してしまった。
「しぶといやつめ……」
僕らは再び巨大クロイノから距離をとった。
「二号! ヒーローがせーのは無いだろせーのは!」
一号は僕のかけ声に抗議している。
「うるさいっ、もう一回やるぞ」
「おう! 任せろ!」
僕らは再び左右に散った。巨大クロイノは今度は直接格闘攻撃を仕掛けて来た。巨大な四肢を利用した蹴りや踏みつけは大振りながらも一発一発が強烈だった。
巨大クロイノを二人で挟むように動きかく乱する。巨大クロイノは体格に似合わず足は素早いが、案の定小回りが利かない! タイミングをはかり、再び叫ぶ!
「せーのっ!」
今度は二人で巨大クロイノの片足ずつを攻撃した! 両足にダメージを受けて巨大クロイノが倒れる。
「だからせーのは無いだろ!」
一号が叫んでいる。無視して倒れた巨大クロイノに飛び乗り、胴体にパイルバンカーで鉄杭を穿つ。一号は直接殴りつけている。しかしすぐに巨大クロイノの足の傷が再生、致命傷を与える前に二人とも振り落とされてしまった。二人ともまっすぐ地面に激突し、めり込む。
「こいつ凄いガッツだぜ……ガッツと言うか、何なんだ! こいつのガッツは!」
地面にめりこんだ一号が言う。それに答えるようにしーちゃんが叫んだ。
「お母さんはねー! ここの人に恨みがあったんだってー! 今はきっと覚えてないけどー! その恨みで動いてるのー!」
「なるほど! 恨みガッツか!」
恨みガッツ……? 僕はいまいちスッキリしなかったが一号は納得したらしい。モヤモヤしながら地面から体を起こす。巨大クロイノもゆっくりと立ち上がろうとしている。
「ヒヒッ、なるほど……お母さんは城主に恨みがあって城下町一帯を呪ったわけか……ちょっと待った! しっ、しーちゃんもしかしてお母さんの考えてる事わかるの!?」
「ううん、わかんないよ! 箱の中にいっぱい書いてあったの! 今のお母さんは恨みしかなくてお話とか、全然できないから!」
「恨みしかない……恨みか」
日々子が何やらブツブツ言い出したと思ったら、何かに気がついたらしく大声で僕らに説明を始めた。
「ヒヒュッ! ヒッ! そうだ! こっ、ここここいつの思念は、恨み! 恨みそのものだったな! 恨みのエネルギーならつっ、使える! こいつの恨みエネルギーを利用してやろう! ヒヒュッ! ヒーッ! げほげほ」
「つまりどういう事だ姉さん!」
一号が叫ぶ。
「そっ、そそそいつに触ったまま、リューズを押し込め! なっ、何か罪悪感を感じながらな!」
なるほど、巨大クロイノが恨みの思念からできているとすれば、怨念装甲と同じだ! こいつ自身を形作っているエネルギーを吸収してやろうというわけだな! 理屈はわかった! 理屈はわかったが、一つ問題があった。
「罪悪感を感じろって言われても、どうすればいいんだよ……」
僕が日々子に聞き返した時には一号はすでに走り出していた! そして素早く巨大クロイノの背後に回り込んで、飛びついた!
「うおおおおんん! 俺とした事が! 悪に飲まれてしまうだなんて! ごめんよおおおおお! すまん! うおおお!」
大声で叫んでいる。暑苦しいが、なんだか悲壮な雄叫びだ。自分が独善の思念に汚染されていた事を思い出しながら嘆いているのだろう。
そして巨大クロイノが背の一号を振り払おうとする直前に、一号は左腕の派手でダサい腕時計のリューズを押し込んだ!
「うおおおお!」
一号の頭上の炎が凄まじい勢いで燃え上がり、装甲の節目という節目から炎が吹き出している! そして巨大クロイノはうなり声をあげながら少しずつ縮んでいる!
「トーウッ!」
一号が飛び降りて来た、その姿はさながら全身に炎を纏ったようだ。巨大クロイノから吸収した恨みの炎だ。元々暑苦しかった一号をさらに暑苦しくしている。
「装甲が受け入れる限界まで吸ってやった! すごいパワーだ! ハーッハッハッハ!」
一号は再び巨大クロイノの方へ駆け出して戦いだした、今までとは比べ物にならないほどの早さとパワーだ! それに対して巨大クロイノはエネルギーを吸われて目に見えて弱っているようだ!
しかし、その力関係は逆転するには至らなかった。装甲が受け入れる事が出来る恨みエネルギーを限界まで吸収しても、まだ巨大クロイノに残っているパワーの方が強大だったようだ。
「ウワァーッ!」
一号はすぐに再び地面に叩き付けられてめり込んだ。まだ巨大クロイノを倒すには力が足りない、僕もやるしかない! 罪悪感を感じろ! 早く感じろ! 罪悪感を! 感じろ? どうやって? 僕は焦っていた。罪悪感を感じようと意識すればする程わからなくなって行く。一号のように過去を思い出せば良いのかもしれない。しかし「罪悪感を感じろ」という思いがかえって回想の邪魔をする。落ち着け……。
深呼吸すると急に手に暖かい熱を感じた。
「九里……」
日々子がいつのまにか僕の横に来て、僕の手を握っている。
「だっ、大丈夫だ、九里。今までもやってきたろう。お前ならあいつに勝てる。わ、わわ私がついてるから、安心しろ」
意外な事に日々子がかけてきたのは励ましの言葉だった。少し気味が悪いが、不思議と安心する。
「日々子……」
「これが最後の戦いだ。たっ、多分な。いいい今までの事を思い出してみろ。ヒヒュッ。色々あったな、ナッ、ナースを見捨てようとしたり、子供が食べてるアイスを叩き落としたり……」
目を閉じて、言われた通りに今までの事を思い出す。一号に殴られた事、病院の事、防波堤の事……。
隣でめり込んでいた一号が再び起き上がり、雄叫びをあげながら巨大クロイノに向かって行く。日々子は僕に話を続ける。
「オッサンの畑が襲われてるのに馬鹿にしたり、あげく一生懸命耕した畑にミステリーサークル描いたり、中学の事は何があったか知らないけど」
今までの事を思い出す。畑の事、学校の事……。
一人で戦い続けている一号が再び僕らの真横に叩きつけられ地面にめり込む。すぐに起き上がり、雄叫びをあげながらまた巨大クロイノに向かって行く。
日々子の言葉が少し詰まる。僕の手を握る力が少し強くなったのが指の装甲越しにもわかった。一呼吸おいて、口が開いた。
「あと、わっ、私にキキキキスしたり……」
倉庫での事……それとピンポンダッシュ。これまでの戦いで行ってきた【恨まれるための行為】の数々。やっとわかった。こいつは僕を励まそうとしてるわけじゃない。今まで色々な人に迷惑をかけて来た。その度に僕は恨まれた。おかげでしっかりと思い出せた。おかげで最低な気分だ。本当に悪かった。本当にごめんなさい。もうしません。
「うわあああああ!」
叫びながら僕も巨大クロイノに突進した。一号に気をとられていた巨大クロイノは僕に気がつくのが遅れ、簡単にしがみつくことができた。左腕の派手でダサい腕時計のリューズを思いっきり押し込む!
「許してくれえええええええ!」
巨大クロイノから装甲を通して力が流れ込んでくる。ゾクゾクとする、不快な力。恨みのエネルギー。何十年何百年とこの町を呪って来た恨みのエネルギーを吸い上げる。そしてこの派手でダサい時計が、それを僕の力に変える。怨念装甲二号のエネルギーにする!
僕の頭上で炎が激しく燃え上がる音がした。全身の装甲の継ぎ目から青い炎が吹き出した。この時初めて僕は自分に灯っていた炎の色を知った。不思議とこの炎から熱は感じない。
巨大クロイノは僕を乗せたまま大きくうなり声をあげてよろめいている。やがて装甲が恨みのエネルギーで満たされるのを感じた!
「おらあああああ!」
飛び降りる。巨大クロイノを振り返ると、もとのサイズの半分程に小さくなっていた。
「やってやったな!」
一号が隣に来て言う。
「待たせたな」
「待ってたぜ!」
再び拳を軽くぶつけ合い、二人で巨大クロイノに向かって駆け出した!
限界まで恨みエネルギーを吸い取った装甲は僕に凄まじい力を与えた。スピードも、パワーも、これまでとは比べ物にならない!
「行くぜっ!」
「せーのっ」
二人でタイミングを合わせ、半分程になった巨大クロイノを蹴りとばす! 僕ら自身のパワーアップに加えて、二人に恨みを吸収され弱体化した巨大クロイノは信じられない程軽く感じた。
「今だっ!」
一号が飛び出し、倒れた巨大クロイノを振り回して木に叩き付けた。そして僕のパイルバンカーは再装填済みだ!
「オラアアアアアアア!」
瞬時に駆け寄り、叩きつけられた巨大クロイノにパイルバンカーを突きつけて引き金を引いた! 鉄杭が飛び出し、巨大クロイノに突き刺さる! しかし手応えが浅い! 手足に比べて胴体は厚みがある上に、この期に及んで残ったエネルギーを傷の再生に集中しはじめたのだ! 弱体化しながらもその再生スピードは早く鉄杭が体外に押し戻される。
「こなくそ!」
無理に押し込むも鉄杭はなかなか貫通しない! このままでは分解できない!
「トウッ!」
一号が勇ましいかけ声と共に僕の背後からパイルバンカーの底部を殴りつけた! 鉄杭が貫通し、先端が木に到達した!
瞬間、僕の全身が鳥肌立ち、右腕が痙攣した。全身を覆っていた恨みエネルギーがパイルバンカーを伝い、巨大クロイノへ、木へ伝わって行く。巨大クロイノは大きく身をよじり、大きなうなり声をあげながら黒い煙となって蒸発した。
僕とコウを包んでいた装甲がボロボロと剥がれ落ち、黒い煙を上げながら消える。
「やったああああああ!」
一号が叫ぶ。
「終わった……」
僕も呟き、その場に仰向けに倒れる。疲れた。月がよく見える。聞き慣れた足音が二人分近づいてくる。
「お母さんばいばーい! 歩さんとコウさんすごいねー! なかよしさん!? どうやったの!?」
「ヒヒュッ、こっ、これでヒーローごっこは本当におしまいだな。ちょっとカッコ悪いとこもあったけど、良い最終回だった、な」
やかましい質問責めといつも通りの気持ち悪い口調がこの時はなんだか耳に心地よく感じた。これでおしまいか。
5
目が覚める。見慣れたボロアパートの自室の天井が目に入る。左腕に目をやると、そこに派手でダサい腕時計は、無い。頭がぼんやりしている。全て夢だったのだろうか。いやそんなわけがあるか。
起き上がり、洗面所へ向かう。顔を洗うのだ。台所のシンクの下の戸棚が開いていて、何かが動いていることに気がついた。何かがこちらを向き、元気に言った。
「歩さーん! おはようございまーす!」
「おはようしーちゃん……何してるの」
「カップ麺! 食べて良い!?」
手にはカップ麺が握りしめられている。
「朝からカップ麺かよ……いいよ、お湯わかすね」
「もうお昼ですよー! ありがとうございまーす!」
どういうわけかしーちゃんがここにいる。と言う事は、つまりどういう事だ? どこまでが本当だ? お湯を沸かしながらぼんやり考えていると、スマホが鳴った。これは電話の着信音だ。寝ぼけた頭で、画面も確認せずに応答する。
「はいもしもし」
『ヒヒュッ、いっ、生きてるか九里。プレゼントがあるからちょっと待ってろ』
「…………?」
切れた。今の聞き覚えのある気持ち悪い引き笑いは、日々子だ。ということは、どういう事だ。プレゼントってなんだ。
「わからん……」
お湯をカップ麺に注ぎ、しーちゃんに手渡す。自分はコーヒーを入れる。
「百八十数えてね。箸そこ」
「はーい! いーち、にーい…………」
コーヒーのお陰でだんだんと意識がはっきりしてくる。まあ、夢だったわけないよな。ああ、そういえば顔を洗っていない。
「ひゃくななじゅうはち、ひゃくななじゅうきゅう、ひゃくはちじゅう!」
「よう!」
「ヒュッ、おっ、お邪魔します」
しーちゃんが数え終わると同時に玄関のドアが開いた。カギかけてなかったのか。そして見た顔が二人、入って来た。
「おはよう。えーっと、何があったんだっけ」
なんてことはない、昨日しーちゃんのお母さん、巨大クロイノを分解した後、僕は帰ってる途中日々子の後ろで寝たらしい。日々子がアパートの下までは連れて来てくれて、後から来たコウが担いで部屋に運んだそうだ。しーちゃんは布団をかけてくれたらしい。親切な仲間を持ったもんだ。
「ヒヒヒュッ、それでほら。プレゼントだ」
日々子が小汚い白衣のポケットから無造作に何かを取り出した。派手でダサい腕時計だ。
「ああ、ありがとう……ん?」
派手でダサい腕時計は派手でダサい腕時計で間違いなかったが、何かおかしい。
「時間が、合ってる……」
「ヒヒュッ、そっ、そりゃ時計だからな。ありがたく使えよ」
改めて左腕につけてみる。派手でダサい腕時計は、今見ても派手でダサかったが、不思議とそれほど嫌な気持ちはしなかった。
「うん、ありがとう。大事にするよ」
「ヒヒュッ、良いって事よ。……コッ、コウ。しーちゃんとちょっと買い物行ってこい」
日々子が唐突に言った。
「おう! 行こうぜしーちゃん!」
「はーい!」
二人は元気よく飛び出して行った。しーちゃんに至ってはカップ麺食べかけのまま。
「素直すぎるだろあいつら……何買えとも言ってないのに」
「ヒヒュッ、片方はバカだし片方は生まれたてだからな。今頃コウは質問責めだ」
「なるほど」
急に部屋が静かになる。なんだか気まずいのでお茶を出してやる。コップに注ぎ、日々子に手渡す。日々子は一気に飲み干して、喋りだした。
「おい九里、お、おおお前倉庫でわ、私にキキキキキスしたよな。ヒヒュッ」
肩が一気に重くなった気がした。この話をする為にあいつらを追い出したのか。
「ああ……そ、その、わわ悪かった。明日謝るって言ってまっ、まだだったな……」
日々子みたいな口調になってしまった。
「ヒヒュッ、い、いいいいや勘違いするなよ。わっ私は、別にあの時恨んでなんかなかったんだ。おおお驚きはしたけど」
「へ?」
思わず聞き返す。ネチネチ言われたあげく金銭を巻き上げられる心配をしていた僕には意外な言葉だったからだ。
「べ、別に恨んでなんかなかったって言ってるんだよ! だからもう謝らなくていいからな。ヒッ、ヒヒュッウヒヒ」
なんだかむず痒い感覚が全身に満ちる。全身を紙ヤスリで掻きむしりたいような気持ちだ。だが、むず痒さの中で一つひっかかる点がでてきた。
「いや、俺はあの時確かに装甲を展開できた。日々子の恨みを利用してさ」
確かにあの瞬間赤ランプが光って、装甲を身につける事ができた。
「へ? あ、ああ……あの場にもう一人、い、いただろ。多分……そいつだ」
日々子がなんだかバツの悪そうな声で答える。あの場にもう一人……。
「……一号」
「ヒヒュッ、わわっ、私は良い姉だからな。お、弟がシシシスコンになるのも仕方ない。困ったもんだな」
「ああ……なるほど……」
全身のむず痒さが増した。アスファルトに全身をこすりつけたいような、神経を水洗いしたいような痒さだ。
「こっ、この件を蒸し返せば九里が簡単に罪悪感を感じるから、利用できると思ったけどもう必要ないし。わたっ、私もスッキリしないからな。言っておこうと思って。だ、だだだだからもう、気にしなくていい」
「ああ、あ、ありがとう安心したよ」
違う、こんな間抜けな受け答えじゃダメだ。日々子が何を言いたいのかは、本当は理解していた。改めて、言いなおす。
「えーと、これからもよろしくお願いします」
「ヒヒュッ、仕方が無い。まっ、任せろ」
日々子の気持ち悪いニヤニヤ顔が、この時ほんの少しだけ可愛く見えてしまったのがなんだかとても悔しかった。
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