第五話:ジュースやっただろ!


「ヒヒュッ、まっ、まるでパーティーだな」

 パンパンになったコンビニのビニール袋を抱えて帰って来た僕を見て日々子が笑う。無言で大量のスナック菓子やプリン、ジュースを机の上に出す。しーちゃんは布団で横になっている。傷口は塞がり、妙な方向に折れ曲がっていた腕も元に戻っているが、あれから長い事眠り続けている。

「たっ、大量消費がストレス解消になってるのは、不健康だな九里。ヒヒュッ」

「うるせー」

 日々子にオレンジジュースのペットボトルを手渡し、自分もコーラのペットボトルを開ける。しばしの沈黙の後、僕が先に口を開いた。

「……一体どうなってるのか説明してくれ。一号のこと」

「うん」

 既に空になったペットボトルを置き、日々子が続ける。

「まず、お察しの通り、いっ、一号は私の弟だ。名前はコウっていう」

「なるほど、アイツの派手ダサ……えーと、怨念装甲は僕のと同じ物なのか?」

「そう、ほ、ほとんど同じ。装甲の見た目は装着者によって少し、変わるけど」

「……そうか。ただ、僕の恨みでアイツが装甲を展開した時、罪悪感を感じているようには見えなかったんだ。青ランプが光って無かったと思う」

 一号と対峙した時の事を思い出す。僕が「何しやがる!」と叫んだ直後、やつの左手に赤ランプが点灯した。そしてすぐに、変身した。

「そっ、そう! 私もそれが気になってたんだ! あ、あと装甲の見た目は装着者によって少し変わるって言ったな。だっ、だけどあんな両手の武器なんてもともと無かったんだ! クロイノが出たら手刀で貫くような馬鹿だったからな。それになにより、あいつがわたっ、私の話を聞かないなんて、ありえない!」

 一号に突き飛ばされたのがかなりショックだったと見える。怒りの表情と言うより、信じられないと言った顔だ。

「……じゃあ、一号についてまとめよう。僕が最初、神社の前でクロイノに会った日。日々子の弟、一号はそのクロイノと戦いながら行方不明になった」

「連絡も無しにしょっちゅうフっ、フラフラ出て行ってたし、あんまり心配はしてなかったんだがな……」

「そして久しぶりに出てきたと思ったら、いきなりしーちゃんを攻撃した。まあこれは、クロイノをやっつけようとしたと思えば、わかるが……」

「うん……でも、わっ、私が止めるのを聞かなかったってのが信じられない!」

「ようするになんだか様子がおかしかった、と。あと罪悪感を感じなくても装甲を装着できたし、その装甲もなんだか物騒になってた。そしてそのくせしーちゃんにとどめを刺さずにどこかに行った。こんなもんか」

 つまり……どういうことだ? 全然わからない。派手ダサウォッチが故障して一号はおかしくなってしまったんだろうか。

「ヒッ、ヒヒュッ……わっ、私の責任だ。罪悪感ロックシステムが壊れたんだ。それは間違い無い。いいいいつからだろう」

 最初僕が一号に殴られた時はどうだっただろう。青ランプは……ダメだ、思い出せない。

「もっ、もしも罪悪感も感じないままに人が怨念装甲を使い続けるとなると、最終的に感情が麻痺して力の為に平気で人に恨まれる事をする怪物になる……人から恨まれることに何も感じなくなったら、もう人として取り返しがつかない! 恨まれれば恨まれるほど力を増す悪循環だ……ヒヒュッ、ヒッ……連中と同じか、それよりたちが悪い何かになっちゃうんだ」

「ちょっと落ち着け」

 日々子のせいじゃない……とは言い切れないが、今考えるべきことは、とにかく一号をどうにかすることだ。

「落ち着け、まだ日々子のせいだと決まったわけじゃないし、そもそも誰の責任とかはどうでもいいだろ。それに、罪悪感なんとかが壊れただけならあの腕の武器のことが説明つかないだろ」

「あ、うん……そっ、そうだな九里、私としたことが。ヒッ、だ、だがまあ私の弟であることに間違いは無い、私がなんとかするよ。ヒヒュッ、遊んだら後片付けしないとな」

 一号、コウは明らかにしーちゃんを追って僕らのところにやってきた。多分、派手ダサウォッチの探知機機能で追ってきたのだろう。

 そしてしーちゃんを串刺しにして満足して帰った……ここがわからない。倒したものと取り違えたのか、装置の故障か何かの理由で倒せなかったのか、もしくは、わざと倒さなかったのか。だとしたら何故だ。

 自分の派手ダサウォッチを見ると針はしっかりと布団で寝てるしーちゃんに反応しているしランプも点滅している。

「あいつはまた、来ると思うか?」

「……わ、わからない」

 相変わらずのニヤニヤ顔ではあるが、目が笑っていない。

「なんにしても、一人でなんとかするみたいな言い方はやめろ。乗りかかった船だ。勝手にヒーローごっこに巻き込んでおいて、今さら二号の役は返さないぞ。僕が止めてやる。それに、悪の手に落ちた一号を二号と仲間達が助けるって、なかなか燃える展開だろ?」

 再び沈黙が訪れる。……しまった、カッコつけすぎた。なんだか死ぬ程恥ずかしいぞ。しかし、一応本心だ。僕だって、巻き込まれたとはいえこのヒーローごっこのヒーロー役だ。ろうそくマンだ。変身プロセスは最低だが、ヒーロー役を気に入っていないと言ったら、嘘だ。日々子が困っているなら助けたい仲間意識だってある。

「ヒッ、ヒッヒッヒ、ヒヒュッ」

 日々子が笑っている。不気味で耳障りな気持ち悪い笑い方だが、妙に安心する。僕はすっかり毒されてしまったのだろう。

「ヒーッヒッヒッヒッヒ! ヒー! ゲラゲラゲラ! ヒヒー! ヒー!」

「おい日々子、うるさい」

「ヒーッヒッヒヒュ、すまん、すまんゲラゲラゲラ。九里があまりにもクサいこと言うからゲラゲラゲラ、いや、嬉しいんだ。本当に、感謝してるゲラゲラゲラ」

 日々子は笑い転げながらポケットからICレコーダーを取り出した。

『悪の手に落ちた一号を二号と仲間達が助けるって、なかなか燃える展開だろ?』『悪の手に落ちた一号を二号と仲間達が助けるって、なかなか燃える展開だろ?』『悪の手に落ちた一号を二号と仲間達が助けるって、なかなか燃える展開だろ?』

「も、もっと早く、録音ボタン押すべきだったな。ヒヒュッ、かか、カッコ良すぎて、ダメだゲラゲラゲラ」

「消せ!」

「ゲラゲラゲラいやこれは永久保存版だ、ありがとう嬉しいよ」

「ジュースやっただろ! 消せ!」

「う、うるさい! ヒヒュッ、あー元気でた、ヒー。まあどっちにしろ、私一人でなんとかするつもりなんてなかったんだ。手伝ってもらう気満々だったよ。ヒヒュッ、私を誰だと思ってる」

「……最低野郎だ」

「やっ、野郎じゃない!」



「さっ、さて、各々の調査結果を発表してもらう。ヒヒュッ、はい九里」

「……特に無し」

「ヒュッ、つ、使えんやつめ」

 部屋の机を挟んだ向こう側で日々子が偉そうにしている。

 翌朝から僕たちは手分けして一号の行方の手がかりを探していた。いっそ警察に捜索願出さないのかと聞いてみたが、「様子がおかしかったし、警察相手にあの力を使ったら大変だ」とのことだった。確かにそうだ、あの様子じゃ警察になにするかわかったもんじゃない。

「さて、じっ、じゃあ私の調査結果だ」

 日々子がもったいぶりながらスマホを取り出し、なにやら操作した後で画面を見せつけてきた。画面は、鳥のマークのSNSのつぶやきを検索した結果らしい。検索キーワードは町の名前の他「不審者」「化け物」「怪物」など。偉そうに言うわりには調査ってこれかよ。

 結果……はどれもあまり関係なさそうな話ばかりだ。

「……で、これで何がわかったんだ」

「うん、わ、私の調査結果と、九里の調査結果を組み合わせてわかった事。いっ、一号。コウはあれから多分何もしてないって事」

 ……なるほど。そりゃ手がかりは無いよな。人を殴った男が異形に変身して破壊の限りをつくした……なんてニュースは今のところ聞かない。時間の問題かもしれないが。

「そもそも、昨日出てくるまではどこにいたんだろうな」

「わ、わからない。GPSでもし、仕込んでおけば良かった。あ、でっ、でももしも恨みエネルギーを使って装甲を身につけたら、しーちゃんなら探せるかも。げっ、原理はクロイノが生まれるのと似たようなもんだからな」

「しーちゃんが起きるのが早いか、あるいは一号からまたこっちにくるのが早いかだな。そもそも、一号を見つけたとしてどうすればいい?」

「話を聞かないようなら、無理矢理時計を外させるか、こっ、壊すかすればいい。それでなんとかなると思う。半端に壊れたからダメなのであって、完璧に壊してしまえばいいはずだ。ヒヒュッ」

「なるほど……」

 沈黙が訪れる。とりあえず、今できる事は無い。ノーヒントで足で探すのにも限界がある。手詰まりだった。起きるかどうかわからないしーちゃんが起きるのを待つか、やっぱり闇雲に探しまわるか……焦りだけが積み重なって行く。何もしない時間が流れる。先に日々子が口を開いた。

「く、九里。やる気のとこ悪いけど、ね、寝よう」

「え?」

「私ら寝てないだろ。ね、寝不足じゃいい考えも浮かばない」

 ……その通りだ。考えてみれば僕らは寝ていなかった。頭もなんだかぼんやりしている。休息が必要なのかもしれない。

「じ、じゃ、おやすみ」

 日々子が眼鏡を外し、その場に横になった。初めて見る素顔、こいつ……。

「ちょっ、ちょっと待てここで寝るのか?」

「うるさいぞ九里、寝床くらいケチケチするな」

「かっ、帰って寝れば良いだろ」

「なんだよ、わわわ私の寝姿がセクシーすぎて困るか」

「うるせえ! ああもう、わかったよ。僕はちょっと出かけてくるから」

 原付のカギをポケットにねじ込んで立ち上がる。

「ヒヒュッ、可愛いやつめ。おやすみ」

「……おやすみ」

 悔しいが図星を突かれた。日々子の素顔を異様に艶かしく感じてしまったんだ、なんだか酷く恥ずかしい……さて、これからどうしたものか。



「クソッ、なんだよあれ……」

「酷い」

「あんまりだ!」

 ロビーに様々な罵詈雑言が行き交う。出てくる人々は皆渋い顔をしている。僕も同様だ。

「あんな物を3D料金で……二千円返せ……」

 ……ボロアパートから出発して、考え事をしながらウロウロしていたら隣町までついてしまったのでそのままフラフラと映画館に入り、丁度上映が始まる直前だったスクリーンに入ったのだった。

 僕自身の「こんな事してる場合じゃないよな」という気持ちと眠さのせいで話の半分は頭に入ってこなかったが、それを差し引いても酷い映画だった。

 スマホの電源を入れ直し、連絡がきていないか確認する……何もきていない。日々子はまだ寝ているんだろうか。

「……帰ろう」

 トマトが画面から飛び出しながら人を襲うシーンを脳内で反芻しながら、駐輪場へと向かった。辺りはすっかり暗くなっている。まだ暑い季節とはいえ、夜バイクに乗ると少し寒い。海が近い町だから尚更だ。

『悪の手に落ちた一号を二号と仲間達が助けるって、なかなか燃える展開だろ?』

 信号待ちで急に日々子に録音された台詞が蘇ってきた。

 ……日々子にカッコつけた事を言ってしまったが、現状どうにもできていないのがもどかしい。しーちゃんが起きてくれたら突破口が開けるかもしれないが、それも期待できない。

 日々子の話だと、クロイノは放っておいたらいつのまにかいなくなっているとの事だった。しーちゃんも、いつのまにかいなくなってしまうのだろうか。左腕の派手でダサい腕時計に目をやる。

「…………!?」

 三つのランプが点滅している。つまりクロイノの存在に反応している。だが、指し示す方向と距離が、僕のアパートじゃない! しーちゃんが移動しているのか、それとも他のクロイノに反応しているのか。どちらにしても、まずは戻って確認だ。僕はボロアパートへの道を急いだ。

 アパートの階段を駆け上がり、もどかしく部屋のドアを開ける。靴を脱ぎながら、後ろ手でドアを閉める。

 部屋には人影が、一つ。一瞬その顔に違和感を感じたが、ただの眼鏡を外した日々子だ。だらしない寝息をたててまだ寝ている。その横の布団は、空だ。しーちゃんがいない! 日々子の肩を揺する。

「日々子! 起きろ日々子!」

「んあ、ん? 九里……う、うわっ! ななななんだよ! いや、そそそその、やぶさかではないけどせせめてシシシシャワー浴びさせて」

「何言ってるんだお前、そうじゃなくて! しーちゃんがいない!」

「え? うわっ! なんで!」

「わかるか!」

「なぁにー? なにがー!」

 聞き覚えのある声だ。高い、間延びした、それでいてうるさい。振り返るとしーちゃんがいた。起きて台所の棚を漁っている。

「しーちゃん?」

 派手ダサウォッチに目をやるとしっかりとしーちゃんの方を指している。思えば信号待ちで見てから今まで確認していなかった、慌てすぎていたらしい。脱力感が襲ってきて、その場に座り込む。

「歩さーん、これなぁに?」

「……それはカップ麺って言うんだ。食べてみる?」

「食べる!」

 とにかく、しーちゃんが目覚めてよかった。ホッと胸を撫で下ろす。

 ……待て、と言う事は、帰路で反応していたのは他のクロイノと言う事になるな。

「めめ目が覚めたらいきなり九里が私のかかか肩掴んでたから、けけっ、ケダモノになったのかと」

「馬鹿な事言ってないでちょっと聞いてくれ、しーちゃん悪いけどカップ麺は後でだ。帰ってくる途中に他のクロイノの反応があったんだよ! しーちゃんが勝手にどっかいったのかとも思ったけどしーちゃんはここに居たから、別のやつだ!」

「ん? 落ち着け九里、馬鹿みたいな喋り方になってるぞ」

「ええい! 他のクロイノが今いるって話だ、しーちゃん今は何か感じる?」

「んー? お母さんの子供? んー、いる!」

 間違い無い、クロイノが他にいる。もしかしたら、そこに一号もいるかもしれない! 日々子はでかい眼鏡をかけ、いつものニヤニヤ顔に戻っている。

「ヒッ、行くぞ二人とも。しーちゃん起きたばっかりで悪いけど、あ、案内よろしくね」

「はーい!」

 しーちゃんはカップ麺を握りしめたまま元気に返事をした。



 タンデムシートにカップ麺を握りしめたしーちゃんを乗せた日々子のバイク、その後ろを必死に追う僕。

 車通りが少ない時間帯で楽かと思いきや、日々子め、思いっきり飛ばしやがる。急ぐ気持ちはわかるけど、しーちゃんは大丈夫だろうか。一応早めにウインカーを出してくれるのはありがたい。

 日々子のバイクは工業団地の中へと進み、ある倉庫の前で急に停止した。僕も近くに原付を止める。

「九里、そっ、そこ見ろ」

 日々子が指す先には、作業着を着た男が倒れている。おそらくここの従業員だろう。

「このへんでーす!」

 しーちゃんが能天気な声で言う。ここにクロイノがいるのか。倒れている男に駆け寄る、息はしているが意識が無い。

「悪いけど、色々終わるまで気絶したままでいてもらうか……」

「ヒヒュッ、く、九里も私に似て来たな」

「うるせぇ」

 男のポケットからカギを見つけ出し、事務所らしきスペースに寝かせる。都合がいい事にこの時間の勤務はこいつ一人だけらしい。いや、唯一の他人が気絶しているのはむしろ都合が悪い……変身には他人の恨みが必要だ。

「しーちゃん、ここでカップ麺食べててくれ」

 事務所に備え付けてあったポットを勝手に拝借し、しーちゃんが僕の部屋からずっと握りしめて持って来たカップ麺にお湯を入れる。

「三分、えーと、百八十数えたら食べていいから。数えられる?」

「はーい! いーち、にー、さーん……」

「日々子、行こう」

「は、ハイ」

 日々子を連れて倉庫へ向かった。

 しーちゃんを置いて来たのには二つ理由がある。まず質問責め攻撃を防ぐ事と、もう一つは、一号がいた場合にまた狙われない為に。

 事務所からある程度倉庫に近づいた時点で、派手ダサウォッチの針がすでにしーちゃんの方向を指していない事に気がついた。長針は倉庫に向いている。より近いか、エネルギーが強いクロイノの方向に反応するのだろう。

 倉庫へ近づきながら日々子が尋ねてくる。

「く、九里。待て、中に居るんだろ? やっぱりあのオッサン叩き起こして恨ませなくていいのか。恨ませるやつがいないぞ」

「そんな事しなくて良いように……なんとかするさ」

「な、なんとかって。だだだ大丈夫なのか」

「一応、考えがある……上手く行けば良いけど」

 すでに目の前にせまっていた倉庫のドアを、恐る恐る開けた。

「……なんじゃこりゃ」

 予想外の光景が広がっていた。気泡緩衝材、通称プチプチが床一面に散らばっている。ここはプチプチの倉庫だったらしい。そしてそれらはどれも全て潰されているようだった。

「ヒッ、ヒヒュッ、今回のやつ、もしかしてプチプチ潰し欲の思念から生まれたのか、ヒッヒュッヒヒヒ」

「シッ、何かいるぞ」

 日々子の口を抑え、段ボールの影に隠れる。倉庫の柱で何かが動いている。そしてその横に立つ人影が見える。

 その頭上には、三つの炎が燃えている。間違い無い、一号だ。一号がさっきのオッサンを殴って装甲を身につけ、ここでプチプチ潰しのクロイノと戦ったのだろう。

「コウッ!」

 一号の存在に気がついた日々子がいても立ってもいられなくなったのか、飛び出していった。壁の電灯のスイッチを叩いてオンにし、後を追うように僕も飛び出す。

 明るくなり、倉庫内の様子がわかるようになった。倉庫内はとんでもないことになっていた。

 床はひび割れ、電球もいくつか割れている。段ボールは散らばり、潰れたプチプチがばらまかれている。そして中央の柱には、円柱状のクロイノが鉄パイプで串刺しにされている。

 クロイノのもともと手足があったらしい所からは、黒い煙が出ている。そしてその横に立つ一号は、昨日と見た目が随分変わっていた。昨日まで白かった装甲は殆ど黒くなっていて、左腕の刺は禍々しくなり、数も増えている。右腕のハンマーも、より凶悪な見た目になっている。

「コウッ! どっ、どうしたんだその格好!」

 日々子が叫ぶ。

「コウじゃねえ! 一号だッ! これはパワーアップしたんだ! 見てろ姉さん!」

 一号はそういうと、クロイノに刺さった鉄パイプを掴んだ。するとクロイノは煙を上げて消えるどころか、パイプを通じて一号に吸い込まれて行った。直後、一号の頭上の炎がより強く燃え上がった気がした。いつもの分解とは違う、装甲も装着されたままだ。こいつがクロイノを吸収したのだ。

 日々子が一号に話かける。いつもより震えた声だ。

「コウ、そっ、それどうかしてるよ。絶対おかしいから、一回外して、姉さんに見せな。なな、何よりそれじゃまるで、ヒーローと言うより悪役だぞ」

 こんな日々子を見たのは初めてだ。今更だが、本当に姉だったんだなと感心すら覚える。

「なんだと!」

 一号が叫んだ。

「今俺を悪役みたいだって言ったか! 姉さん!」

 なんだこいつ、話を聞いていたのか? 日々子を見るとやはり青い顔をしている。想定外の反応だったらしい。震えながら説得を続ける。

「コウ、お、お前やっぱりおかしいよ。何があったのか……」

「許さん!」

 一号が日々子に飛びかかる。どうなっているのかわからないが、マズい。こいつは確実にどうかしている。咄嗟に飛び込んで日々子を突き飛ばし、一緒に床へ倒れ込む。潰れたプチプチに緩衝作用は期待できなかったが、怪我はせずに済んだ。

「ええい! なんだお前は昨日から! さては敵だな!」

 僕に向かって一号が叫ぶ。誰が敵だ。時間が無い、泣きそうになっている日々子の肩に両手を置き、叫ぶ。

「日々子! 今からお前に酷い事するから、思いっきり恨んでくれ!」

「へ? 私じゃダメだってんーっ!?」

 何か言おうとした日々子の肩を引き寄せ、そのままの勢いで口付けた。見えはしないが、左腕の派手でダサい腕時計の青ランプがものすごい光度で点灯しているはずだ。何をやっているんだ僕は、他に何かあったろ! 許してくれ日々子、いや今は恨んでくれ!

「貴様あああ! 何をしている!」

 一号が叫ぶ。もっともだ、何をしているんだ僕は。日々子から口を離し、左腕を見る。青ランプと赤ランプが力強く点灯している。日々子の僕への恨みと、僕の死にたくなる程の罪悪感を受けて。

 僕はよろよろと立ち上がり、右手を派手ダサウォッチのリューズにあてがい、思いっきり押し込んだ。

「変っ身っ!」

 ポーズまで決め、叫ぶ。まるでヒーローだ。派手ダサウォッチから白い装甲が展開し、左腕の感覚を奪う。胴体に、足に、右腕に、頭に展開し僕の感覚を奪う。全身を包み込み、頭上で炎が燃え上がる。全身に感覚が戻り、力が満ちる。不快でゾクゾクする、しかし強力な力だ。右手にパイルバンカーを装着しながら言う。

「はじめまして一号。二号の、ろうそくマンだ。ええと、とにかく今助けてやる!」



 僕の体は宙に舞っていた。上下がよくわからない。ついでに左右も。回転しているのだろうか。ゆっくりと、いや、これはゆっくりに感じているだけだな。子供の頃、ジャングルジムから飛び降りた時に経験したことがある。ヤバい時ってスローモーションみたいに感じるんだよな。ゆっくりと壁が近づいてくる。時間の感覚が元に戻ってくる。

「ウゲェーッ!」

 情けない声をあげながら、壁に激突した。壁にまるでギャグ漫画みたいな人型の穴を空けながら、僕は倉庫の外に放り出された。全身が痛む。

「強すぎだろあれ……」

 起き上がりながら呟く。僕は一号に向けて高らかに名乗った直後、目にも留まらぬ早さで突き飛ばされたのだ。さっき日々子を床に突き飛ばして助けられたのは運がよかっただけらしい。とにかく、中へ戻らなければ。

「オラアアアア!」

 勇ましいかけ声とともに普通にドアから中へ入る。力の差ははっきりとわかった、勢いでなんとかするしかない! すかさず一号に飛び蹴りを仕掛けた。

「甘いぜ!」

 僕の破れかぶれの飛び蹴りはあっさりとガードされた。そればかりか、足を掴まれてしまった!

「トウッ!」

 僕の飛び蹴りの勢いを利用して、そのまま僕を一回転振り回した後、一号は僕を放り投げた! 壁が近づいてくる……。

 僕は壁に激突し、さっきの穴の隣に他のポーズの人型の穴ができた。またしても地面へ激突し、みじめに転がる。全身に鈍い痛みを感じながら、起き上がる。

「どうしろってんだアレ……」

 考えろ、普通に戦っても勝てそうにない。なんだよあれ! 力だけじゃない、戦い慣れている。そりゃそうだ、やつは一号だ。僕より長くやってる。

「まてい偽物!」

 叫びながら一号が倉庫のドアから出て来た。偽物呼ばわりは心外だが、今はどうだっていい。

 こいつを倒すか、あの左腕の派手でダサい時計を外させる事を考えろ。やつに無くて僕にある物、パイルバンカーだ。唯一やつに勝っている点はパイルバンカーの分の攻撃のリーチだ。使用回数が限られている上に、遠距離攻撃となると一回しか使えないときたが、これに頼らない手は無い! ガスボンベは装填済みの物を含めて、四発だ。

「うるせー、誰が偽物だ」

「お前に決まってるだろ! 成敗!」

 一号が右腕のハンマーを振り上げ攻撃してくるのをギリギリで背後に跳び、かわす。すぐさま左腕の刺を鞭のように振るって追撃してくる、これをパイルバンカーの筒で受ける。

「そりゃっ!」

 次はこちらから足払いを仕掛けたが、上に跳躍しかわされた! その跳躍から振り下ろされるハンマー攻撃をギリギリかわし、地面に振り下ろされた瞬間を狙ってパイルバンカーを構える! だがその瞬間「いや待て、こんな物使ったらこいつ死ぬんじゃないか」という考えがよぎった。判断が一瞬遅れる。それがいけなかった!

「キーック!」

 一号の蹴りが腹に直撃した! 背後に吹き飛ばされた僕は、金網の柵をへこませてようやく止まる。内臓が痛む。

 六本足クロイノと防波堤で戦った時の事を思い出す。あの時は、アイス少年の存在と日々子の気転、それとなにより、相手が突進しかできない馬鹿だったから勝てた……。

 思い返せば、しーちゃんを除くクロイノはどれも動物的で、頭は良くなかった! だから勝てていた節もある。今度はどうだ、僕と同じ、いやそれ以上の力がある人間が相手だぞ。

「トドメだっ! 偽物!」

 一号がいつの間にか目の前に立ち、禍々しい刺を突きつけている。これはマズい、ただでさえ実力差が酷いのに手加減なんてしてる場合じゃない! 一号が刺を振りかぶる。同時に、足を狙ってパイルバンカーの引き金を引いた。

「くらえっ!」

「ウワァーッ!」

 鉄杭が飛び出し、一号の足に直撃する。貫通はしないまでも、黒い装甲がへこみ、黒い煙を上げている。ダメージはあったようだ! このチャンスを逃すわけにはいかない!

「オラアアアアア!」

 足に力を込めた前蹴りで一号を思いっきり蹴りとばす。一号は後ろ向きに吹き飛んで、地面に叩き付けられた! 僕は駆け寄りながらパイルバンカーの鉄杭を納め、ボンベを装填しなおす。勢いをつけ走りながら構え、やつの左手首の派手な時計を狙ってもう一度引き金を引いた!

「貰った!」

 鉄杭が射出された瞬間、倒れたまま繰り出された一号の蹴りがパイルバンカーの側面を捕らえていた! 鉄杭の軌道がぶれ、地面に突き刺さる。

「まだまだァッ! 甘いぜ偽物!」

 蹴りの勢いでそのまま一号が立ち上がり、ハンマーで僕の右腕の、パイルバンカーを垂直に叩き付けた! 地面に釘を打つようにパイルバンカーの鉄杭が地面に突き刺さる。僕は情けなく地面に固定される形になった。

「やべっ!」

 すぐに引き抜こうと力を込めるが、一号がこの隙を見逃すはずがない!

「ハーッハッハッハ! 次こそトドメだ偽物! キーック!」

「ウゲェーッ!」

「連続キーック!」

「ウゲェーッ!」

 一号の執拗な蹴りの猛攻。耐えるだけで精一杯で、パイルバンカーを引き抜く事も、取り外すことも叶わない! トドメとか言っていたわりには地味な攻撃だが、このままでは確実にやられる。

「本当にトドメーッ!」

 一号が両腕を構える。刺を僕に突きつけ、ハンマーを振りかぶる。まさかとは思ったが、完全に釘打ちの動きだ! 僕の喉笛に釘を打ち付けるようにこの刺を打ち付けるつもりらしい。ちょっとそれはグロすぎやしないか!

 直後、猛烈なエンジン音と共に突っ込んで来た何かが一号を突き飛ばした。

「そんな悪役みたいな動きで、ななな何がトドメだっ、バーカ!」

 バイクで突っ込んで来た日々子だった。一号はまたしても地面に叩き付けられて、体の節々から黒い煙を上げている。

「助かった……」

 パイルバンカーを地面から引き抜きながら礼を言う。単純な機構が幸いして、壊れてはいないようだ。

「ヒヒュッ、さささっきはよくもやってくれたな九里。かっ、考えがあるとか言ってたのはあれだったのかスケベめ」

 日々子が唇を触りながらニヤニヤしている。だが今はそれどころではない。

「あ、明日謝る。今はアイツだ、手伝ってもらうぜ。弟をはね飛ばせる元気があれば大丈夫だな」

 鉄杭を納め、空のガスボンベを排出する。残り二発だ。一つ装填する。見れば一号がもう起き上がろうとしている。

「何か作戦は無いか?」

「いっ、一号。コウはあれで結構バカだからな。性格はちょっとおかしくなってるけど、さすがに頭脳はパワーアップしちゃいないだろ……ゲッ、もう起きたか。ちょ、ちょっと九里お前、耐えてろ!」

 そう言うなり日々子はバイクを降りてどこかへ走って行った。一号は立ち上がり、何やらカッコいいポーズを決め、叫んだ。

「負けるか! ウオオオオオ!」

 雄叫びと共に一号の頭上の炎が燃え上がる。装甲の傷が元に戻って行くのが見える。クロイノと同じ、再生能力だ! もちろん僕にあんな芸当はできない、長期戦は不利だ。日々子が何をしに行ったのかわからないが、あいつの「一号は結構バカ」って言葉を信じて耐えるしかない。ええいヤケクソだ!

「かかってこい一号! お前を倒して俺が一号になってやるぜ!」

「そうはさせるかっ! トウッ!」

 我ながら安い挑発だったが簡単に乗って来た! どうやら強いだけで本当にバカらしい。

「バカめ、上だ!」

 口からで任せを叫んだ。

「何っ!」

 一号が上を見上げガードする。もちろん上には何も無い、本当にバカだ! 一瞬ガラ空きになった胴にパイルバンカーを叩き込む。一号の装甲が貫通しないことがわかった今、躊躇無く鉄杭を叩き込める。

「ウワーッ!」

 背中から地面に叩きつけられる一号。腹部から黒い煙が上がる、ダメージは大きい。ガスボンベを排出し、最後の一発を装填する。

「貴様ァ……! 卑怯だぞ!」

 一号が叫ぶ。反論はしないが、こいつがバカなのが悪い。

「悔しかったらかかってこいバーカ!」

 小学生レベルの罵倒だったが一号には効果抜群だった! すぐさま起き上がり攻撃してくる。

「バカめ、右だ!」

 また口からでまかせだ。咄嗟に一号は右をガード、本当にバカだ! 胴に今度はキックを叩き込み、再び距離をとる。まだ装甲は再生しきっていないらしく、ダメージは大きいようだ!

「おのれ、許さん!」

 一号の頭上の炎が一層強く燃え上がった。

「学習能力の無い奴め!」

 さっきまで勝てるわけが無いと思っていた相手を今は小馬鹿にしている。動きが速くても、力が強くても、行動を操れる程バカならばいけるぞ! こいつが日々子の弟で助かった、バカで助かった!

「ウオオオオオ!」

 一号が両腕の武器を振りかざし破れかぶれの突進を仕掛けてきた。もの凄いスピードだがもう怖くない! すでに準備は整っている。パイルバンカーのレバーを押し込みながら叫ぶ。

「バカめ、上だ!」

「もうその手には乗らないぞ偽物!」

 突進を始めた一号の足もとに向かって、パイルバンカーの鉄杭を射出した! 筒から放たれ、一号の足もとめがけ弾丸のように飛んで行く。しかし、簡単にジャンプで避けられてしまった!

 だが、これで良い。完全にやつの注意は今、僕の方を向いている。ジャンプしては咄嗟の方向転換もできないだろう。すでに日々子は、どこからか持って来たコンクリートブロックを持って事務所の屋根から飛び降りた後だ!

「せえええええええい!」

 日々子の持ったコンクリートブロックのえげつない一撃が一号の後頭部に直撃した。

「ギャンッ」

 一号が犬のような悲鳴をあげて倒れた。動かない。おそらく、脳しんとうだ。装甲に包まれているとはいえ中身は普通に脳だからな! 背後からコンクリートブロックで殴る攻撃、これまでで一番ヒーローらしからぬ攻撃だったが、なんとか勝つ事ができた。

「痛ててて」

 日々子は手が痺れたらしく、手首をブラブラさせている。

「はっ、早くコウの左手のそれ外せ!」

「わかった!」

 一号の左手首のベルトの着脱機構を動かし、外す。僕の時みたいに壊れてはいなかったようだ。同時に、一号を包んでいた黒い装甲は剥がれ落ち、黒い煙をあげて消えた。

「く、九里。それ、これつかってその辺の木に打ち付けろ。できればベルトの部分」

 日々子が十徳ナイフを取り出し、僕に差し出す。

「わかった。そいつ、コウだっけ。そいつは任せるぞ」

「う、うん。私の弟だからな」

 ……倉庫の敷地内の木に一号の派手ダサウォッチをあてがい、ベルト部分を思いっきりナイフで貫いた。同時に全身が鳥肌立ち、ナイフを持つ手が軽く痙攣する。全身を覆っていた不快な力が抜ける。派手ダサウォッチからは大量の黒い煙が上がって行った。派手ダサウォッチ自体は消失しなかったが、内部から何かが抜けて行くのがわかる。これが一号を支配していた何かだ。

 僕の全身の装甲が足もとに剥がれ落ち、黒い煙となって消える。酷い疲労感だ。

 ……そういえば、しーちゃんの事を忘れていた。カップ麺はとっくに食べ終わっている頃だろうな、事務所に戻ってみよう。

 近づくと、事務所の中の様子がおかしい。恐る恐るドアをあける。

「しーちゃん……?」

「おじさーん! おじさんじゃあこれは! これはなぁに!?」

「これはね、細かいプチプチだよ。プチプチが細かいんだ」

「じゃあこれは!」

「これは同じやつだよ、いっぱい使いたい人のためのやつだよ」

 倒れていたおじさんとしーちゃんが楽しそうに気泡緩衝材のパンフレットを読んでいる。おじさんは、大丈夫なようだな。

 僕に気がついたおじさんが話かけてくる。

「ん? 君この子の保護者?」

「えーっと、似たような者です。すみませんねご迷惑おかけして。すぐつれて帰りますので」

「よくわからないんだけど、ちょっと説明してもらえるかな」

 当然の反応だ、おじさんがこちらへ歩いてくる。しかし今外の様子を見せるのはマズい!

「わ、わかりました! ちょっと座って!」

「おじさーん! これはー!? こーれーはー?」

 ナイスだしーちゃん。おじさんがしーちゃんの方へ振り向く。その時、事務所の入り口から目にも留まらぬスピードで何者かが入って来て、背後からおじさんに何かがしみ込んだハンカチを嗅がせた! 案の定日々子だ。そしておじさんは可哀想に再び気絶した。

「あ、危なかったな」

「一号はどうなったんだ? 生きてるのか」

「当たり前だ、ヒヒュッ。紹介するよ、私の弟、コウだ」

 日々子が言うと、事務所のドアから背の高い男が入って来た。整った、力強い顔をしている。男は数歩前へ進み出ると、突然土下座した。

「すまん! 俺とした事がっ!」

 ……間違い無い、さっきの一号の中身だ。

「ヒヒュッ、九里、しーちゃん。大ごとになる前にずらかるぞ」

 外へ出ると、日々子がニヤニヤ顔で倉庫の写真を取り出した。悪趣味なやつめ。その帰り道、派手に壊した倉庫の事を思って僕の派手でダサい時計は何度も青く発光した。おじさん、すみませんでした。

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