05 微かな兆し
私は次の日、風邪で学校を休んだ。学校を休んだのは高校に入ってからは初めてのことだった。それくらい、いまの私は学校に行くことが億劫に感じていた。
意味もなく考え込みすぎたのか、私は珍しく高熱を出した。仮病じゃなかったのは幸いと言っていいのかわからないが、昨日、帰ってきたそのままで寝てしまったのがいけなかったのだろうか。着替えようと立ち上がろうにも、しっかりと立つこともままならないくらいに足下がおぼつかないし、頭はくらくらとした。
あえなく動くことをあきらめた私は、LINEでお母さんを呼び出して休むことを伝えた。お母さんはなにも詮索しようとはせず、すぐにキッチンに戻ってお弁当の準備を再開した。
今日は野球部に所属する弟の練習試合の日だった。
それから私はおとなしくベッドで横になって再び眠りについた。全身がやけに気だるくて気持ち悪かったが、目を閉じていると少しはマシになった。
ふと時間が気になって、じりじりと手を伸ばして目覚まし時計を手に取った。今日もお役御免だったそいつは、けなげにチクタク音を立てて時を刻んでいる。指し示す時刻は11時だった。さすがにもう一眠りする気は起きず、私はベッドからはい出てリビングに向かった。
リビングには誰もおらず、しんと静まりかえっていた。ふだんはいるお母さんも、今日は弟の応援に行っている。久々に味わうこの静けさに改めて学校を休んだことを実感した。
そういえば、昨日のアイスコーヒーからなにも口につけていない。あいかわらず食欲はないけれど、さすがにおなかが空いた。
適当に冷蔵庫をあさると冷凍室に冷凍パスタをみつけた。しかし、大盛りサイズ。さすがに入らないと思い却下して、結局カップの春雨スープを作ることにした。
ポットでお湯が沸くのを待っている間にテレビを点けると、どこもお昼の情報バラエティー番組ばかりをやっていて、とりあえず点いたときのチャンネルに戻した。画面には人気俳優が公開間近の映画を宣伝していたり、タレントが流行のデザートを食レポしていたりと、賑やかな映像が流れていた。そもそもこの時間にテレビを観ない私は、今どきはこういう番組をやっているのか、なんて感心してしまった。
スタジオのキャスト陣の笑い出すと同時、ピイイイ、という甲高い音がして、ポットがお湯が沸いたことを知らせてきた。コポコポと沸き立てのお湯を注ぐと、一気に湯気が立ち上ってきて思ってもいなかった熱さに驚いた。しっかりとふたをして持つと、じわじわとスープの熱さが手に伝わってきた。
出来上がるまで待っていると、点けていた番組に飽きてきたのでまたチャンネルを替えた。どこもバラエティーをやっているなか、めずらしくニュース番組を流していたのはローカルチャンネルだった。最近の地元イチオシニュースを取り上げている長寿番組で、私も以前観たことがあった。今日は新しく駅前に出来た洋菓子店をピックアップしていて、先ほどまで観ていたバラエティーと企画が似ていたものの、地元補正か、より興味が惹かれた。
今度行ってみようかな。心のなかでスケジュールを考え出して、はたとやめた。
私の頭のなかには友香の顔がちらついていた。
友香は今日も学校にちゃんと来ているのだろうか。そうだとしたら、今は授業中、お昼休みを今か今かと待っている頃合いだろう。
そうだ、お昼休み。私は友香に休む連絡をしていない。これまでお互いに休むことはなかったし、あっても先生に呼び出されたぐらいで、めったにやらない日はない、あのごはん会。ついに私がその連続記録も止めてしまった。
そもそも、ごはん会自体ももう間もなく終止符が打たれてしまう。そう考えると、とても貴重な一日を潰してしまったように思えてきた。ものすごくもったいないことをして、自分はなにをしているんだろう。込み上げてくる後悔に胸の奥がズキリと痛んだ。
今からでも行けば余裕で間に合うけれど、そういう気は起きなかった。お昼だけ行くのはどうなんだとか、わざわざ行くのはめんどうくさいとかいうわけではない。だけど、いまいち乗り気にはなれなかった。
コーナーが終わりテレビの画面が切り替わった。思い出したようにカップのふたを外すと、ため込まれていた蒸気が一気に放出された。もくもくと上がり、やがて見えなくなっていく。その行方を追いながらぱきんと割り箸を折ると、そこそこきれいに割れていた。
温かい春雨を、息を少し吹きかけてから口に運んだ。じんわりと温かくなっていく口に、スープも注ぎ込む。ごくりとのどを通して、もう一口。テレビは意識の外、ただ番組が垂れ流されていた。
食べながら、友香が引っ越す前に一度あの洋菓子店に一緒に行こうと思った。誘ったらどんなに忙しくても友香は来てくれるはずだ。そんな楽しみがひとつ出来た。休んでよかったとは思えないけれど、あの番組を観られたのはよかったと思えた。
だけど結局、私は次の日も、その次の日も休んだ。友香には連絡しなかった。友香からも連絡はなかった。
私は、学校に行こうと思うと、どうしようもない不安に駆られるようになっていた。今まではこんなこともなかった。そのこと自体がさらに不安感をかき立てて、どうしてもそのネガティヴな気持ちに負けて、あきらめてベッドに潜ってしまった。
二日目にはもう熱は引いていたから、三日目は完全に仮病だった。さすがにお母さんに、念のために、と病院へ連れて行かれたけどもちろん異常なんてなくて、ただ診察料を払って帰ってきた。
家ではすることもなくて、ただただ退屈な日々が続いた。それでも、学校には行けず、家のなかで一日を終えた。
私は、なにをしているんだろう。
淡々と容赦なく流れていく今のこの日々に、いったいどれくらいの価値があるというのか。きっと、なんにもないだろう。
なにを考えても結局はネガティヴな思考にたどり着き陥る。苦しいだけの堂々巡り。
そんな日々に終止符が打たれたのは、私が休んで六日目、週最後の学校の日の土曜日のことだった。
お互いに連絡のない均衡を崩すかのように、友香が突然、家にやって来た。
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