第3章 試練


 フォゼット大陸に向けて船出した僕達を待っていたのは、海に住む強大かつ凶悪な魔物であった。その魔物は海に縁の浅い人間ほど好んで襲い、一瞬にして一切の行動をとれなくしてしまう。だが、その魔物は武器で倒す事ができず、襲われた人間にできる事はただ身を守る事のみ。そんな凶悪な魔物の名は、何を隠そう『船酔い』である。(泣)

 森から出ることの少ないエレナはもちろんのこと、船に乗る機会がほとんどなかったファルマ、ルモンドまでが船酔いで倒れた。ちなみに、僕は乗り物に強いから平気だし、レオンも遠征等で船に乗る機会が多かったから慣れているんだそうな。

「大丈夫?水でももらってこようか?」

 船室で顔を真っ青にしている3人の面倒を見ながら、この先5日は船に乗っていなくちゃならないんだ。その間中ずっとこんな様子でいられると、何かと面倒だよねぇ…。(悩)

「どうして、ユウは平気なの…?」

 エレナが気持ち悪そうに顔をしかめながら、水を渡す僕に問いかけてきた。

「僕は乗り物に強いからね。乗り物酔いはしにくいんだ」

 乗り物に強い、なんてこの世界で通用する言い回しかどうか分からないけど、そうとしか言えないんだよね。本当なら三半規管がどうとか説明できるんだろうけど、そう言ったところで彼女に理解してもらえるとも思えないしねぇ…。

「それ、どういう……うぷっ!」

 あ~あ、また戻しちゃった…。でも、エレナもこんな風になることがあるんだなぁ。

 ずっとこんな状態かと思ったけど、1日が過ぎる頃にはルモンドとファルマが船に慣れ、なんとか普通に行動できるようになった。しかし、

「う~……」

「大丈夫?スープもらってきたけど、飲める?」

 エレナはまだ船室でダウンしていたのです。看病する都合もあって、今回は僕とエレナが同室を使うことになりました。

「ごめんね」

「僕がけがした時、エレナがこうやって看病してくれたじゃないか。僕も少しは恩返ししないとね」

「ユウ…」

 上体だけ起こしたエレナは、そう言ってそばにいた僕に抱きついてきた。いや、正確に言うと、気持ち悪くてフラついたところに都合よく僕がいたので、そのまましがみついただけ。(泣)

「気持ち悪いのは分かるけれど、何か食べないと体がもたないよ。ほら、スープの匂いをかげば、気分が良くなるかもしれない」

 僕はそう言って彼女にスープを差し出す。

「ありがとう。少しは飲まないとね」

 そう言うと、エレナはスープを一口飲む。香辛料のきいた少し辛めなスープなので、彼女の気分も少し良くなったようだ。

「ユウ、そこの果物をむいてくれる?」

 スープを飲んで落ち着いたのか、エレナが果物を食べたいと言ってきた。僕はリンゴを取ると、近くにおいてあったナイフで皮をむく。

「はい」

「ありがと」

 リンゴを手渡すと、彼女が笑顔を見せてくれた。船酔いの症状はだいぶ軽くなったみたいだね。船員からもらった酔い止めの薬が効いたのかもしれない。

「気分はどう?」

「そうね。少しよくなった気がするわ」

 そう言うと、彼女はシーツをはいでベッドから起きだした。

「外の景色を見てみたいわ。一緒に来てくれる?」

「うん。いいよ」

 まだ足取りに不安を感じたからなのか、エレナは僕についてきてくれるよう頼んだ。

 そして甲板に上がってみると、もうすっかり日が暮れて夜になっていた。

「う~ん、いい気持ち。潮のにおいがするけど、船室よりずっとマシね」

 夜の潮風に、エレナの金色の髪がなびく。満天の星空ということもあって、ものすごくムード満点だね。いい感じじゃん。(喜)

 僕はふと、風になびく彼女の髪に手を伸ばし、それを指でいじる。

「やだ、くすぐったい」

 エレナはそう言うと、僕の手を取ってこっちを向いた。

「髪は女の命なのよ。気安く触らないでちょうだい」

 言葉はきついけれど、口調はとてもソフトだ。この場の雰囲気で出てきた冗談なんだろうな。

「それとも、あなたの髪も触らせてくれる?」

「いいよ」

 僕の髪は母親譲りらしく、けっこうさらさらしている。こっちに来てからまともに散髪してないもんで、髪はずいぶんと伸びてしまった。これでも邪魔になったら刈ったりしてたんだけどね。

 エレナは僕の髪をいじりながら、うふふと微笑む。すっごくいい雰囲気だ。(喜)

 ところが、そんな雰囲気をぶち壊しにする輩が現れた。

「か、海賊船だぁー!!」

 海賊!?僕達は思わず船首の方を見やる。すると、暗い海にぼんやりと船の影が見えた。これは…!

「ユウ!エレナ!」

 剣だけ持ったレオンが甲板に上がってきた。海賊と一戦交えるつもりらしい。水夫達も弓矢や曲刀を持って甲板に集まってくる。

「私達も武器を取ってくるわよ!」

「うん!」

 非常事態に備え、僕達は船室に駆け込んだ。とりあえず、武器だけでも取ってこなきゃ!

 僕達が再び甲板に上がったときには、海賊船との距離は弓矢での攻撃が可能なところまでつまっていた。もうそろそろ接舷するだろう。僕も弓矢で攻撃するぞ!接舷する前に、少しでも敵戦力を減らしておくんだ!

「敵は?」

 近くにいた水夫に声をかけて、状況を把握しなくちゃ。闇雲に撃っても、矢がもったいないだけだもんね。

「船首部分に集中している。弓を持った奴もそこに集まっているようだ」

 なるほど、船首ね。僕は船に用意してあった矢をできるだけつかむと、船首部分を狙える場所に移動した。僕の自前の矢に加えて、船に積載されていた矢も持ってきた。これで矢がきれる心配をせずに攻撃できる。しかも、敵の攻撃はシーラが防いでくれるし、何の心配もない!(奮)

「シーラ、頼むよ」

『ええ。いつでもいいわよ』

 よぉし!やるぞ~!!僕は矢を並べると、視界にいる海賊目掛けて射かけ始めた。向こうから飛んでくる矢はまったく当たらないけれど、僕の矢は次々に命中していく。

「ユウ、やってるわね」

 エレナが僕の傍にやってきた。精霊の力を借りて戦っているものの、それには限界があるため、時折弓で攻撃しているらしい。

「私も矢を使わせてもらうわよ」

「うん」

 僕が並べてある矢に、エレナが手を伸ばす。彼女の弓の腕も、エルフなだけあってかなりすごい。しかも抜群の視力があるので、狙いの確実性という点では僕より上かもしれない。しかし、彼女の細腕で扱う弓では、離れた船の海賊達になかなか致命的なダメージを与えられないようだ。

「これだから、野蛮で体力のある連中は嫌いなのよ」

 矢が当たっても倒れない海賊を見て、エレナは愚痴った。

「仕方ないよ。エレナの弓じゃ、これだけ離れてると効果が薄い」

 そう言いながら、弓を引き絞って放つ。矢はクロスボウで別の場所を狙っていた海賊に当たり、その攻撃を中断させる。まったく、クロスボウなんて凶悪な武器使うなよな。あれに当たったら、板金鎧を装備していても命を落としかねないからね。

「接舷するぞぉー!」

 見張りの水夫が叫ぶ。同時に、カトラスという名の反身の短剣を持った水夫達が駆け出す。

 船同士による戦闘は、互いに船を接近させて板を渡してからが本番だ。その板から相手の船に侵入するのだけど、当然それを黙って見ているわけじゃない。侵入される側も板に乗って応戦する。最初は板の上で1対1の戦いが繰り広げられるが、やがてどちらかが倒され、倒した側がその分前に出る。こうやっていつか板の上での戦いが終わり、攻め勝った側が船に乗り込むのである。

 この戦いでも同じような光景が繰り広げられているが、白兵戦では海賊の方に分があるようだ。いかに水夫が海のプロだとしても、海賊は海のプロな上に戦い慣れているからね。それに、戦闘要員の数も違う。でも、こっちには白兵戦のプロであるレオンとファルマがいるし、精霊に守られた僕やエレナの援護攻撃もある。おまけに怪我をすればルモンドがいる。一緒に乗船していた人の中にも、戦いの経験がある人や司祭がいるため、総合戦力ではこちらの方に分があると見た。実際、レオンや他の戦士が板に乗った途端に海賊は押され、撤退の準備を始めた。

「逃げる…のかな…?」

「そのようですね」

 いつの間にか近くに来ていたルモンドが、様子をうかがいながらそう答えた。

「撤退を始めたようだわ」

 さっきまで前線で剣を振るっていたファルマも、相手の様子が変わったので後退してきたようだ。

「ところで、レオンは?」

「あら?まだ帰って来てないの?」

「なにっ!?」

 その場にいた4人は顔を見合わせた。ひょっとして、レオンはあの船に…?(汗)

「急げばまだ間に合うかも」

「仕方ありませんね」

 僕達は急いで板の方に駆け寄る。すると、船尾付近で剣を振るっているレオンの姿が見えた。

「レオーン!」

 声が届かないのか、レオンは気付いた様子もなく、海賊相手に剣を振るい続けている。仕方なく僕達はファルマを先頭に板を渡り、海賊船へと乗り込んだ。ほとんどの海賊が戦意を失っていたものの、数人の海賊はまだ剣を掲げて向かってくる。

「邪魔しないでよ!」

 ファルマが海賊を1人斬り捨てる。しかし、そこに新たな海賊が襲い掛かってくる!

「危ない!」

 とっさに僕が矢を放ち、海賊の動きを止める。その隙にファルマが一太刀浴びせ、海賊を戦闘不能にした。

「ユウ、ありがと」

「次が来ますよ!」

 ルモンドが警告を発すると同時に、メイスを振るう。彼の攻撃は海賊に受け流されたものの、敵の動きを止めることはできた。そこにエレナの精霊魔法が飛んで、海賊は甲板から海へと弾き飛ばされる。これで残り数が少なくなった海賊は、一目散に船室に逃げ込もうとする。逃げる間に定期船に渡されていた板も落とされ、海賊船が定期船から離れていく!

「ちょっと!まだ残ってるのよ!」

 ファルマが声を上げるが、定期船との距離は少しずつ広がっていく。

「早く船を止めないと!」

 慌てて船尾に集まる僕達。もちろん、船を制圧させないために、海賊達が僕らの行く手を阻む。邪魔するなよっ!(怒)

「どいてくれぇっ!」

 つかんだ矢を、文字通り矢継ぎ早に乱射する。もう狙いなんてつけてない。真っ直ぐ撃てば当たる。そんな状況だったもんね。

 僕達がそうやって海賊をなぎ払っていると、

「邪魔をするなぁっ!」

 と、聞き覚えのある声が…。

「レオン!」

「おう、お前達か」

 まったく、おう、じゃないよ。だれのせいでこんな苦労してると思ってるんだい。(怒)

 とにかくレオンと合流した僕達は、一緒に海賊船に取り残されていた戦士2人と一緒に海賊船を制圧した。そして船を操って定期船に接近する。

「おおーい!」

「ちょっと待ってー!」

 どうしよう。声が届かないから、海賊船が再び襲い掛かってきたと勘違いされてるのかな?定期船が止まる気配を見せないや。(焦)

「しかたない。シーラ!」

『は~い』

 僕はシーラを呼び出すと、彼女に定期船のだれにでもいいから言葉を運んで欲しいと伝えた。

 こうしてシーラを介在させて会話することしばし、定期船は動きを止めて、僕達を迎えてくれたのでした。あ~、びっくりした。

 海賊船は水夫達が乗り込んで使えそうなものをすべて奪った後、そのまま海に放置することにした。これじゃあどっちが海賊かわかんないなぁ…。でも、そのおかげで僕達にもいくらか分け前があったし、それはそれで良かったかな?


 さて、海賊船を退けてからは特にこれといったイベントもなく、平穏な船旅を続けていた。ところが、2日目から雲行きが怪しくなり、3日目には雨が降り始め、4日目にはなんと嵐に見舞われた。

「くっ…もう少しだというのに…!」

 航海は5日の予定だったから、あと1日でフォゼットに着けるということになる。その直前に嵐に見舞われるとは…。僕達って不幸。(泣)

「念のため、水の精霊の加護をかけておくわね。これで水に沈まず、かつ水中でも呼吸ができるようになるわ」

 エレナが水の精霊を呼び出して加護をかけてもらう。嵐で揺れる船室で精神を集中させるのは難しかったろうけど、エレナは必死に精霊を召喚した。

「これで海に放り出されても大丈夫よ。でも、加護の効果はそう長くもたないから気をつけて。海に放り出されたら、まずは何かしがみつくものを探してちょうだい。それも、現在の装備で沈まないようなものよ。そうでないと命の保障はないわ」

「そうか。それじゃ、できるだけバラバラにならないように気をつけよう。陸が近いとは言え、沖に流されたら厄介だからな」

 非常事態を想定した話し合いの場でも、船は容赦なく揺れる。こ、これは乗り物に強い僕でも辛い。(泣)

「うおっ!」

「きゃあっ!!」

 船が大きく左右に揺れる!さすがに耐えられず、僕達は船室の壁に叩きつけられる。僕はシーラに守られているから平気だけど、他の仲間は思いっきり壁にぶつかってるから痛いだろうなぁ。

「エレナ、こっちに」

「ユウ」

 僕は揺れてまともに動けない中で、なんとかエレナの体を捕まえた。彼女も僕の体にしっかりとしがみついている。普通だったらかなりうれしいシチュエーションなんだけど、こんな緊迫した状況じゃあそんな余裕はない。

「浸水し始めたぞー!船室にいたら、船と一緒に海に沈む!全員甲板に上がれ!」

 部屋の外から水夫が叫ぶ。いよいよ船が沈むのか?

「しかたあるまい。上に行くぞ!」

 レオンが決断し、僕達は甲板に上がることにした。もう廊下には水が入ってきていて、甲板に出る階段からは船の揺れに合わせて海水が飛び込んでくる。その水を頭からかぶりつつ甲板へ向かう僕達。さながら豪華客船沈没の映画みたいだな。(爆)

「ぐうっ!」

 船が再びかしぐ。港から見たときは大きな船だと思ったけれど、嵐の前では木の葉同然なんだな。そして、僕達はそんな木の葉に乗った蟻のように、ただその運命を木の葉に委ねるしかなかったのでありました。(泣)

 甲板に上がると、そこにはもう乗り合わせた人間でひしめき合っていた。某映画ではほとんどの人が救命胴衣をつけていたけれど、この時代にそんなものがあるわけない。また、脱出用の小船もない。普通この大きさの船なら上陸用ボートがあるはずだけど、港にしか停泊しない定期船だからそれもない。

「しっかり互いにつかまってるんだ!」

 僕達はレオンの言葉どおり、互いの体や腕をしっかりつかんだ。しかし、それがどれほどの役に立つというのだろうか。大きな波にもまれるたびに、船はきしみながら大きく揺れ、高波が甲板を洗い、その波に僕達は押し流されそうになる。それでもし ばらくはなんとか耐えていたが、その瞬間はついにやってきた。大きな波に乗り上げた刹那、ぐっと船体が傾いて落下した。その落下の衝撃で船は真っ二つになり、僕達もばらばらになって海に放り出されたのである。

「キャッ…」

「あ…」

 ほんの一瞬の出来事だったと思うけれど、まるでスローモーションのようにゆっくりとエレナとの距離が離れてゆく。あれほどしっかり彼女の体をつかんでいたというのに、あんな衝撃で離してしまうなんて…!(悔)

「エレナぁぁぁ!!」

 僕は彼女の名前を叫びながら、背中から海に落ちた。

「エレナ!エレナ!どこにいるんだ!」

 海に落ちてからも彼女の名前を呼ぶが、返事はない。とどろく雷鳴と、荒れ狂う風に音をかき消されているようだ。そこで落ち着いて周囲を見回すと、僕の周りにはだれもいなかった。少なくとも視界の利く範囲には、仲間はいなかったのである。

「みんな…」

 泣きたい気持ちだったけれど、エレナの忠告を思い出して、近くに漂っていた板切れにしがみついた。これからどうなるのかまったく考えられぬまま、僕はただ嵐の波にもまれながら漂うしかなかった。



 気がつくと、僕は砂浜に打ち上げられていた。幸い、どこにも大きなケガはしていないらしい。もっとも僕はシーラに守られているから、大きなケガをしていないのは当然かもしれない。でも、そういう守ってくれる精霊のいないみんなはどうなったんだろう?エレナ、ケガしてなきゃいいけど…。

 それはそうと、ここはどこだろう?僕は砂を払い落とすと、無事だった荷物を背負って立ち上がった。少し高い場所に上ってみるけれど、周囲には森と砂浜しかない。

「困ったな…」

 とにかく場所が分からないとどうしようもないと思った僕は、シーラに頼んで他の風の精霊にここがどこなのかたずねてもらうことにした。

「昨夜から働きっぱなしだろうけど、頼むよ」

 僕が彼女をいたわってそう言うと、

『ううん、平気よ。すぐに聞いてあげるわ』

 と、姿を消した。それからほとんど間をおかず、シーラは再び姿を現した。

『ここはフォゼット大陸の東の果てですって』

「フォゼットの東の果て、かぁ…」

 頭にフォゼット大陸の地図を思い出す。フォゼット大陸はアフリカ大陸を赤道で切った上半分のような形してるから、東の果てということは東岸部の南の方だな。目的地だった港町の目前だったから、打ち上げられたのも町の近くか。それはいいけどなぁ…。

『それと、少し気になる情報があるの』

 と、シーラは僕の隣に座った。

『もう少し北に行った海岸に、あなたのように打ち上げられた人がいるらしいの。本当は確認したかったんだけど、ユウを待たせちゃいけないと思って…』

「そっか。ありがと」

 僕はそう言うと、彼女の髪に手を伸ばした。本当なら風に触れるような感触がするはずなのに、なぜか普通に髪に触れた感触がした。なっ、なぜ!?(驚)

「シーラ…?」

 よく見ると、彼女の体に色がついてる!?半透明のときでも綺麗だと思ったけど、こうして見ると一層綺麗だな。もしかすると、エレナより…っと、変なことを考えるとシーラに悟られちゃうな。危ない、危ない。

 警戒して考えを中断したけれど、もう伝わってしまっていたらしい。シーラはこっちをむいてにっこり微笑むと、僕にぎゅっと抱きついてきた…!(赤面)

『ユウ…うれしい……』

「し、シーラ…」

 2人っきりというシチュエーションからか、シーラはかなり大胆になっていた。僕の背中に手を回し、胸にしっかりと顔をうずめてくる…!あ…い、いや、こんなことをされたら…!(赤面)

「あー…ああ…あの…」

『うふふ。しあわせ』

 こ、この状況はうれしいけど、いつまでもこうはしてられない。他のシルフから聞いたという、あの浜辺に打ち上げられたという人を探しに行かなきゃ!

 ところで、人間の姿になった状態でも、彼女の声は頭に直接響いてくる。声を出してしゃべったりはしないのね。

「あのさ、こういう状況のところ申し訳ないんだけど…」

『そうね。いつまでもこうはしてらんないもの。いいわ。その場所に案内したげる』

 と、ようやく話が進み始めた。しかし、シーラはなぜか人間の姿のままだ。なぜ?


『あの岩場の向こうにいるって』

「ようし。そんじゃ、行ってみよう」

 僕が岩場に上ると、そこには鎧を着込んだ戦士が倒れていた。これは…!

「レオン!」

 僕は叫ぶなり砂浜に飛び降り、レオンの体を揺すった。

「レオン!しっかりしてよ!」

「う…む…」

 ふぅ、生きててくれた。彼も特に目立った外傷はなく、無事なようだ。

「…ユウ…?ユウなのか…?」

「ああ、そうだよ。お互い、なんとか生きてた…みたい…だ…」

 そうだよ。ここにいない仲間は、最悪の場合死んでいるかもしれないんだ…。エレナ…ルモンド…ファルマ…。みんなかけがえのない仲間だよ。だれ一人として死んで欲しくない。

 僕がそんな心配をしていると、レオンが起き上がった。

「ユウ、ここはどこだ?」

「フォゼット大陸の東の果てらしい。シーラに聞いたんだ」

「東の果て?」

 レオンは少し考えて、自分達がフォゼット大陸のどこにいるのか見当をつけようとしているようだ。

「ラーカス騎士団領か…?いや、もうクアトの目の前だったんだから、その近辺か…」

 さすがはレオン。この大陸の地理にも詳しいようだ。

「ユウ、他の仲間の情報は?」

「それが…」

 僕が言葉を濁すと、レオンは目を伏せてそうかと答えた。

「どうなっているのかはわからんが、無事でいることを祈ろう」

「うん…。エレナが魔法をかけてくれて、海岸の近くで難破したんだ。みんな、きっと無事だよ」

 僕はそう言うのが精一杯だった。それ以上言うと、不安で泣きそうになってしまうから…。

 少しの間沈黙し、僕はふとシーラのことを思い出した。そして周囲を見回すけれど、どこにも彼女の姿はない。どうやら、彼女は弓に戻ったようである。

(レオンが目を覚ましたから、元の姿に戻っちゃったのかな?)

 あれ?僕の考える事はシーラに筒抜けなはずなのに、彼女は何も言ってこないなぁ。

「ともかく、今はここから移動して手近な町まで行こう。この状況では何もできないし、体を休めなくては戦えない」

 そういうわけで、僕達は一番近い町に向かうことにした。その歩いている間中、ずっとエレナ達の事が気になって仕方ない。あぁ、早く元気な姿を見て安心したい…。


 僕達がペタの町に入ったとき、町はちょっとした騒ぎになっていた。話を聞いてみると、昨夜の嵐で定期船が難破したことで騒動していたらしい。大事な人を難破で失って泣き崩れる人、連絡船で運んでいた商品が海の藻屑になって途方にくれる人さまざまだ。もしかすると、僕も泣き崩れる人の1人になるのかもしれない。そんな不吉な考えが、一瞬頭をよぎる。どうしてあの時、僕はエレナの体を離してしまったのだろう。しっかり抱いていれば、今頃こんなことには…。(悔)

「ユウ、宿を取るぞ」

 こんなときでも、良くレオンは落ち着いていられるなぁ。僕には信じられないよ。そんな僕の気持ちを見抜いていたのか、レオンはさらにこう続けた。

「こういう状況でも、生きている俺達にはやらなきゃならないことがある。いつまでも起こった事にとらわれていては、前には進めない」

 ……そうだよね。レオンの言うとおりだよ。くよくよしていても、僕達は生きていて、これからも生きていかなきゃならないんだな…。


 ペタの町で一晩休んだ僕達は、目的地であるルーベラの森を目指して出発した。たった2人の行軍ってのは寂しいけれど、行かなきゃならない……って、ちょっと待て!

「あ~!!」

「…どうした?」

「大事なことを思い出した!」

 僕達が目指しているのはエルフの森。つまり、エルフがいなきゃ相手にもしてもらえないってことだ。エレナが一緒だったのもそのためだよ。しかも、ウチの長老様の書状を持ってたのは彼女だ。エレナがいなきゃ、僕達は目的を果たせないじゃん!(汗)

「なんてことだ…。ここまで来て、目的が果たせないというのか…」

 レオンは頭を抱えて座り込み、動かなくなってしまった。そりゃ、そうだよね。アルラッド大陸を横断して、海を渡ってやっとフォゼット大陸まで来たってのに、ここで目的を果たせなくなっちゃったんだから、落ち込むよね。(凹)

「レオン、こう言うのもなんだけど、みんなを探そうよ。僕達だけじゃ、目的は果たせないんだから、さ」

 僕がそう説得すると、レオンは小さくため息をついた。

「……そう…だな…。そうするしか、先には進めないようだな…」

 そして、僕達は海岸線付近を探索するため、来た道を戻り始めたのでした。


 まずは海岸線沿いの町を探索することになり、僕達は連絡船が着く予定だった港町クアトに向かった。クアトもペタと同じく、連絡船沈没の報で混乱していたのであるが、混乱の度合いはペタよりも上のようだ。

「これでは、ルモンド達を探すことは難しいかもしれんな…」

「とりあえず、酒場に行ってみよう。そこになにか情報があるかもしれない。連絡船が沈没して、町中がその話題でいっぱいなんだ。沈没した定期船の生き残りがいると聞いたら、すぐいろんな場所に伝わるはずだよ」

 少なくとも、小説やRPGではそうなるはず。行ってみる価値はあるはずだ。

 そして、僕達は手近な酒場をたずねた。中は沈没騒動で人がおらずガランとしていたが、店の主人にはちゃんといろんな情報が入ってきていた。

「沈没船の生き残りなら、クレイドの神殿に運び込まれたって話だ」

「本当か!?」

 レオンの剣幕に押され、酒場の主人は少したじろいだ。

「あ、ああ。数人の水夫と、商人、それに司祭風の男らしい」

「ルモンド…」

 レオンはそうつぶやくと、神殿の場所を聞き出して脱兎のごとく駆け出した。おいおい、そんな鎧着てるのに、なんでそんなに走れるんだぁ?(泣)

 クアトのクレイド神殿に着いた僕達は、すぐに遭難者に引き合わせて欲しいと願い出た。しかし、

「お待ちください。まだ体調が完全に回復しているわけではないのです。すぐに引き合わせる、というわけにはまいりません。この書類に署名して…」

 ああもう、じれったいなぁ。クレイドは法の神様だから、そういう部分に厳しかったりするのは分かるけれども…。今は一刻でも早くルモンドに会いたいのに…!

「そんなものはどうでもいい!その司祭は俺達の仲間なんだ!今すぐ会わせてくれ!」

「は…はい…」

 レオンが応対した神官に詰め寄ったため、神官はやむなく面会の許可を出してしまったようだ。規則を曲げてしまったのだから、この神官は後で司祭に叱責されるんだろうな。少しかわいそうな気もするけど、今はルモンドの無事を確認することが先決だ。入らせてもらうよ。(焦)

 病人が養生している部屋に入ると、そこにはいくつかのベッドがあり、そのうちの4つに人が寝ていた。僕達は人の寝ているベッドを見て歩き、ルモンドを発見したのでありました。(喜)

「ルモンド!」

 しかし、彼が目を覚ます様子はない。

「ルモンド!」

 もう一度レオンが彼の名前を呼ぶと、近くにいた女性神官がレオンを制した。

「この方は海岸で発見されてから、ずっと意識が戻らないのです。無理をしないでください」

「意識が戻らない?」

「ええ。癒しの奇跡は行い、体の方は完全に回復しました。でも、何か心に深い傷を負っているのでしょう。いくら呼びかけても答えることもなく、ずっと眠り続けているのです」

 ルモンドの意識が戻らない?いったい、何があったんだ…?

 クレイド神殿を出た僕達は、神殿入り口の石段に腰掛けて途方に暮れていた。

「ルモンド……」

 親友の現状を知って、レオンは打ちひしがれた様子だった。レオンいわく、ルモンドは自分より精神的には強く、根性で様々な困難を乗り越えてきた。体こそ弱かったが、気持ちでは絶対にだれにも負けなかった。そんなルモンドが心に傷を負い、そのせいで意識が戻らないでいるなんて信じられない、と。

「あいつは…俺より芯の強い男だ…。そんなあいつが、体は治ってるってのに、意識を取り戻せないでいるなんて…」

 どうしたんだろう。それほど意志の強い人間が、なぜ心に傷を負うことに…?ルモンドが心に傷を負う理由って、何かあるのかな…?

 その日、僕達はクアトの町に宿を取り、そこでこれからどうするかを考えた。最初こそ、これからどうしたらいいのかを考えていたけれど、いつしかルモンドを回復させるにはどうしたらいいのか考え始め、最後にはなぜルモンドが意識を取り戻せないのかを考えていた。

「ルモンドが心に傷を負ったって言ってたけど、彼が心に深い傷を負うような事ってなんだろう?」

「あいつが大事にしていたものを失ったか、神への信仰を疑ったか、それとも…」

「…ファルマ…かな…?」

 レオンがはっきりと言わなかったので、僕が恐る恐るファルマの名前を口にした。すると、レオンは否定こそしなかったものの、何も言わずに目を閉じてしまった。

「俺にはよく分からんが、あの船から投げ出された後に、何かあったんだろう」

「その原因が彼女にあるとすれば…」

 なんとなくそれらしい答えに近づいてきたみたいだ。ルモンドの意識喪失の原因は、どうやらファルマにあるらしい。

「彼女を探すしか、ないようだね…」

 レオンも無言でうなずく。よし。明日からはファルマ探索だ!


 次の日、僕達はシーラにも協力してもらって海岸線付近の探索を続けた。3人がこの大陸に流されているんだから、ファルマやエレナもこの大陸に流されている可能性が高い。もしかしたら最悪の事態もあるかもしれないけれど、僕達ができる限りの事はやりたい。

 こうして午前中は何の成果もなく終わり、昼飯を食べると同時にシーラの報告を待つことにした。

「フォゼット大陸東岸部周辺の潮の流れはゆるやかだ。流されるにしても、そう離れてはいないだろう」

「じゃあ、この近辺に流れ着いてる可能性が高いのか…」

 そうやって話していると、シーラが飛んで帰ってきた。

『ユウー!喜んでー!』

 なんと、この先の漁村に、ファルマらしい女性がいるというのだ。

『それも、あの嵐の日の後から村に住み始めたんですって』

「レオン…!」

「ああ、間違いないだろう」

 僕達は食事もそこそこに、急いでシーラの言う漁村に向かった。その女性がファルマなら、ルモンドを救えるかもしれない!


 強行したのでかなり疲れたけれど、なんとか日が暮れる頃にその漁村に着くことができた。

「この村に、ファルマが…?」

 他のシルフに聞いた話だから確信はないというが、今はそれに頼るしかない。頼む。この村にいる赤毛の女性がファルマであってくれ!

 村の人に話を聞くと、女性は嵐の日に村はずれの海岸に打ち上げられていたという。

「そりゃあ、美人さんじゃったけぇ、村の男衆もびっくりしたでよ」

 それから村の人間で手厚く看護したところ、女性は意識を取り戻して元気になった。しかし、

「名前を聞いても、分からねぇの一点張りだ。何を聞いても、な~んも覚えてなかったでよ」

「そんな…」

「…記憶喪失、か…」

 思いもよらない事態だった。その嵐の日に浜に打ち上げられた女性は、記憶を失っていたのだ。僕達はとりあえずその女性に会うため、彼女の住んでいる家に案内してもらった。

「おお~い、ファラさんよぉ」

 男がそう呼ぶと、家の中から赤毛の女性が姿を現した。間違いない。ファルマだ!(喜)

「ファルマ!」

 僕は思わず彼女の名前を呼んだ。しかし、

「ファル…マ…?それが、私の名前…なんですか…?」

 と、彼女は自分の名前すら忘れてしまっているらしい。そこに、

「おめぇ達、何の用だ?」

 と、後ろから青年が声をかけてきた。

「あ、ジンさん」

「おめぇ達、ファラを連れに来たのか!」

 うわっ!危ないなぁ。いきなり手に持った棒を振り回すなんて。(汗)

「ジンさん、やめて」

「おめぇは黙ってろ。ファラをどこに連れて行く気だ!ファラは俺の嫁になるんだ。誰にも渡さねぇ!」

 参ったな…。ファルマであることは間違いないんだけど、こういう障害があるとは…。こりゃ、じっくり時間をかけて記憶を取り戻す、というわけにはいかないようだ。ルモンドの姿を見せれば、彼女の記憶が戻るかもしれないと思ったけど、それもできないみたいだしなぁ…。

 やむなく僕達はその場から撤退し、村はずれで今後の対策を練ることにした。

「どうする?あの状態では、ファルマを連れ出すこともできん」

「確か、頭を覚醒させる薬草があったと思うけど…」

 僕はエルフの集落で教えてもらった薬草の事を思い出そうとしていた。傷薬や止血剤、解熱剤に腹痛の薬みたいな日常使う機会の多い薬草なんかは覚えてるんだけど、覚醒作用のある薬草なんて滅多に使う機会がないから、いまいち覚えてないんだよね…。(泣)

 ちなみに、この薬草は脳を覚醒させる効果があると言っているけれど、覚せい剤のようなものじゃない。一時的に脳を活性化して、弱っている部分を修復して元の機能を取り戻させようというもの。だから、多分神経的にやられて記憶を失っている場合には効かないんじゃないかな。ファルマが一時的な障害で記憶を呼び戻せないでいることを祈るしかない。

 とりあえずうろ覚えながらも、薬草を探すことにした。幸いこの村から近いところに森があるので、そこに生えていることを祈りつつ、僕達は村はずれで野宿することにした。う~ん、最近1日が経つのが早いなぁ。


 フォゼット大陸に来てから4日目の朝を迎えた。さっそく森に入って薬草を探すが、なかなかそれらしい草は見当たらない。う~ん、どこに生えてるって言ったっけ?

 森に入って数時間が経過。ようやくそれらしい草を発見した。

「これ…かな…?」

 それらしい草を2、3枚摘むと、どこからともなく声がした。

「その草は一時的に視力を奪う毒草よ。そんな草を飲ませたら、記憶を取り戻すどころか混乱を招くわ」

 こ、この声は…!

「エレナ!」

 僕が名前を呼ぶが早いか、彼女は木陰から姿を現した。しかし、その左腕は布で首からつるされている。

「エレナ、その腕は…?」

「ちょっと、ドジっちゃってね。手首を傷めたらしくて、動かせないのよ」

 あぁ、僕があの時彼女の体を離しちゃったからだ…。ごめんよ、エレナ。

「それはそうと、その草は似ているけれど違うわよ。薬草の知識は、私がちゃんと教えたはずだけど?」

「えっ…」

 再会を喜び、エレナの怪我の具合を心配したのも束の間、僕は薬草の知識をうろ覚えだったことを責められた。暗記って苦手なんだよね…。(苦笑)

「まぁ、いいわ。あなた達も、ファルマの記憶を取り戻したいんでしょ?」

 へ?あなた達も、ってことは?

「私も昨日ファルマに会ったんだけど、彼女完全に記憶を失ってるの。周りには変な男がいるし、どうしようかと思って考えてたのよ」

 そこに僕達が来たので、どうするのか様子をうかがっていたんだそうな。

「気付いていたんなら、早く声をかけてくれてもよかっただろうに」

 まったく、レオンの言うとおりだよ。おかげで森の中を随分探し回ったんだから。

「ユウがどれくらい薬草の事を覚えているのか、ちょっと試してみたくなったのよ」

 なにもこういう時に試さなくても…。自分もケガしてるのに…。でも、これでファルマの記憶を取り戻す薬草が手に入るわけだし、結果オーライということにしておこう。

 でも、エレナがファルマに会ったってことは、人間の集落に入ったってこと?

「そうじゃないわ。私が森で野宿の準備をしていたところに、彼女が来たのよ。それで話しかけてみたけれど、彼女は私のことをまったく覚えていないようで、気味悪がって逃げ出したの」

「そうだったのか。いや、まさかエレナが人間の集落に行くわけないよなぁ、とは思っていたけどね」

「当然よ。誰が必要もないのに人間の村なんかに…」

 やっぱり、相変わらずなんだね。仲間とは話すけれど、それ以外の人間とはいまだにほとんど口をきかないもんなぁ…。

 ところで、エレナの傷はどうやら骨折らしく、レオンがしっかりと応急処置を施してくれた。

「動かさなかったのは賢明だったな。下手をすれば、折れた骨が別の部分を傷つけていたかもしれん」

「そう…。さすがに、骨折じゃ薬草は効かないわよね」

 エレナはそうつぶやきながら、自分の左手をながめた。神殿に寄付をすれば傷を癒してもらえると進言したけど、ルモンド以外の司祭と係わり合いにはなりたくないということだったので、彼女にはもうしばらくそのままで我慢してもらうことになった。

 さて、エレナの協力もあって、僕達は頭を覚醒させる薬草を手に入れることができた。これでファルマの記憶を復活させられる!その薬草を薬にして、僕達は一目散にファルマのいる漁村に向かった。

「ここ…だったよね」

 あの一悶着起こした男の家の前に立ち、僕達は気合を込めていた。勢いで押し切らないと負ける。何があってもファルマの記憶を取り戻させ、一緒に連れて行くんだ!(気合)

「よし!行くぞ!」

 意気込んでドアを開けようとすると、触れる前にドアが開いて、僕はしたたか右手をぶつけてしまった。いった~。(泣)

「おめぇ達は…!」

「ファルマ…いや、ファラさんに会いに来た。彼女の記憶を取り戻させる!」

 僕がそう言うと、男の顔色が変わった。

「なんだとぉ!?そんな真似させるか!おめぇ達にゃ、ファラは絶対に渡さねぇ!」

 と、男が手近にあった棒切れを持って振り回してきたので、僕はさっさとレオンに交代した。するとレオンはガントレットでかるく棒切れを受け止め、男の腕をつかむ。さっすが、正規の訓練を受け、幾多の戦いを潜り抜けてる歴戦の勇士なだけはあるね。

「いててっ!なにしやがる!」

「ここは俺に任せろ」

 よし。レオンがそいつを押さえてくれてる間に、僕達が中に入ってファルマに薬を飲ませてこよう。

「ユウ、行くわよ」

「うん」

 家の中に入るなり、ファルマが僕達に出て行くように言ってきた。

「お願いです!これ以上私達を困らせないでください!」

「ファルマ!あなたは記憶を失っているのよ。この薬を飲めば、記憶を取り戻すことができるわ!さぁ、薬を飲んで!」

「記憶を…取り戻す…」

 自分が記憶喪失である事は自覚しているらしく、記憶を取り戻すという言葉にファルマは反応した。

「だめだ!ファラ、その薬を飲むんじゃねぇ!」

 表から男の声がする。どうやらファルマの事を好きなようだけど、彼女を君の自由にさせるわけにはいかないんだよ。

「これで、記憶が…」

「さぁ、飲んで」

「ファラ!」

 男の制止の声もむなしく、ファルマは薬を飲んだ。そしてその薬の苦さに顔をしかめると、彼女はすうっと意識を失った。そのまま倒れそうになったので、僕は慌てて彼女の体を支える。

 それからしばらくして、ファルマは目を覚ました。その周りには、薬を飲ませたエレナと僕に加え、外で争っていたレオンとあの男もいる。

「ファルマ?」

「ん…ユウ…?エレナ…。あら?私、船に乗ってたんじゃ…?」

 良かった。彼女の記憶が戻ったぞ。(喜)

「…ファラ……」

 ファルマの記憶が戻ったので、男はがっくりとうなだれた。最初は男の事を不思議そうに見ていたファルマだったけど、記憶を失っていた時の事を思い出したのか、男の手を取ってこう言った。

「記憶を失っている私の面倒を、親切にみてくれてありがとう。私は旅の剣士、ファルマ。彼らと共に旅をしている途中だったの。あなたが助けてくれたこと、とても感謝しているわ」

「ファラ…行っちまうのか…?」

 男の言葉に、ファルマは黙ってうなずく。その彼女の返答を見て、男は泣き出してしまった。


 自分の装備を取り戻したファルマは、男に別れを告げて漁村を後にした。しかし、いかに記憶のない時の事だとはいえ、彼女にはちょっと辛いことだったようだ。ま、素性の知れない女性を好きになったあの男が悪いと言えばそれまでなんだけど、彼女だって悪い扱いを受けていたわけじゃないもんねぇ。とはいえ、ルモンドへの思いを裏切ることもできず、彼女はこうして僕達についてきてるんだけどね。

「ファルマ、大丈夫?」

 同じ女性だからか、エレナがしきりにファルマを心配する。

「ええ、大丈夫よ。それより、ルモンドの事が心配だわ。早く彼のところに行ってあげないと…」

 ファルマが戻ってきてから、僕達はあの嵐の後の情報を整理した。レオンは海に投げ出された直後に、倒れてきたマストにつかまってそのまま漂流、僕が見つけた海岸に打ち上げられたという。エレナは僕と離れ離れになった後、なんとか泳いで僕のところに来ようとしたんだけど、波が高くて思うように動けず、仕方なく付近を流れてきた板切れにつかまって身を任せたんだそうな。その際、突然目の前に流されてきたタルにぶつかり、左手首を痛めたらしい。それから彼女は意識を失うことなく陸に漂着し、仲間を探しつつ森で生活していたと。そして、ファルマは…

「船が傾いて海に投げ出されたとき、私とルモンドは手を伸ばせば届く距離にいたの。でも、すぐ波にさらわれてお互いの姿が見えなくなって…」

 それから彼女は何かに頭をぶつけて気を失い、そのショックで記憶まで失ったらしい。

「じゃあルモンドは…」

 愛するファルマを救えなかったことから自らを責め、そのせいで意識が戻らないということか…。責任感が強いってのも、案外考え物なんだな…。

「でも、本当に私が声をかければ、ルモンドは意識を取り戻すのかしら…」

 ルモンドの状況は、もうみんなに説明してある。それを聞いたファルマはショックを受けたようだが、自分がなんとかしなくちゃいけないと気を取り直し、こうして意気込んでクアトに向かっているのだ。

 クアトからファルマのいた漁村に向かったときは、僕とレオンしかいなかったから太陽の出ている内に着く事ができたけど、さすがに今回は怪我人がいるから無理なようだ。仕方なく、僕達は持っている道具で野宿をすることにした。水に濡れて役に立たなくなっているものが多かったけれど、なんとか食事と休息はすることができた。道具と一緒にお金もほとんど失っちゃったんだけど、野宿の道具くらいは買い揃えないとまずいよなぁ…。

 そして、いよいよクアトに入ったのであります。そのままクレイド神殿に向かい、規則に則って対応してくる神官を再び押しのけ、僕達はルモンドのところに行った。

「ルモンド!」

 ファルマが声を出す。すかさず看病していた女性神官が静かにするよう言ってきたので、僕がぺこぺこ謝って見逃してもらった。

「ルモンド、私のことが分からないの?ファルマよ」

 しかし、ルモンドの意識が戻る様子はない。そんな彼に、ファルマは言葉をかけ続ける。

「あの嵐で離れ離れになって、私は小さな漁村に流れ着いたの。記憶も失って、大変だったけど、ユウやエレナ、レオンが助けてくれて…」

 そこで言葉がつまり、ファルマは目から光るものをこぼした。

「…みんなが助けてくれた…。だから、私は…ここにいるの…。あなたの側に、戻って来れたの…。お願い…目を覚まして…。あなたも…私達の所に…帰ってきて……。お願い……」

 感情が高ぶったからか、彼女はルモンドの胸にしがみつき、声を出して泣き始めた。すると、

「…ファ…ル…マ……」

 ルモンドの口から言葉が漏れた。その場にいたみんながはっとなり、ルモンドの顔に視線が集中する。

「ルモン…ド…?」

 今度はルモンドの手が動き、ファルマの肩に乗った。

「ルモンド…!」

「…メルファ女神のお慈悲に、感謝しなくてはなりませんね…」

 ファルマは涙をこらえようともせず、ルモンドの胸に泣きついた。エレナも僕の隣でうっすらと涙を浮かべている。レオンもほっとした表情だ。やれやれ。これでなんとか旅が続けられそうだね。



 フォゼット大陸で全員が揃ってから6日が過ぎた。僕達は大陸南部にあるルーベラの森を目指しているんだけど、これがまた大変なんだよね。この大陸の信仰神が法の神クレイドなもんだから、町や関所での取り調べが厳しいんだ。僕達は町に入る時、宿屋に部屋を取る時、町を出る時などなど、それは細かいチェックを受けた。ちなみに、僕とレオンがみんなを探しているときは、そういうチェックを強行突破してたんだよね。もっとも、チェックを受けたのはクアトぐらいなもので、ペタやあの漁村ではそんなことなかったんだけどさ。

 ところでルーベラの森に行くには、大陸中央部の王国ルファーガの王都から南下するのが、一番道が良くて早く行けるらしい。ルファーガの王都エルレイスまでは、クアトの町から10日ぐらいの道のりだ。それならたいしたことじゃないな~、と思っていたけれど、それがそうでもないらしい。

「ルファーガ王国に入るには、フォゼットの屋根と言われるルクベル山脈を越えねばならん。この山は、俺達が関所を避けるために使った旧道の山道とは、比べ物にならないほど険しいぞ」

 う~ん…そうなのか。そりゃあちょっと困るなぁ。山道苦手だし…。(泣)

「今度は馬もないし、ちょっと大変かもね。ユウは体力ないから心配だわ」

 はうう~。エレナが追い討ちをかけてきた~。みんなが揃った安心感からか、怪我が治ってうれしいからか、最近よく僕にちょっかいを出してくるなぁ。うう、いたい…。(泣)

「しかし、その山を避けて通る道はないはず。これも神がお与えたもうた試練として、受け止めるしかないでしょう」

 ルモンド~、何のフォローにもなってないよ。もう、いいよ。歩くから。(泣)


 てくてく歩いてフォゼット大陸10日目、山越え前最後の町レクバに到着した。ここはルクベル山脈の雪解け水で潤う清流の町で、清らかな水で作る酒が有名。そんなわけで、僕にはあまり魅力的ではないどころか、迷惑な町ということです。(泣)

「あらぁ、ここはお酒がおいしい町なのね~」

 ファルマがいたずらっぽく言った。そして僕の肩をポンと叩く。あぁ、彼女の手がやけに重い。(泣)

 そんな僕をよそに、レオンは宿を決めて消耗品の買い出しに出かけました。とりあえず、食材だ。クアトでは干し肉が手に入らなかったからね。あそこは港町だから、干し魚はあったんだけどなぁ…。

 町の食材を売っている一角に来ると、そこは昼食の買い出しに来た人で一杯だった。僕達もそういう人達に混じって、目指す保存食を探す。そしてようやく干し肉を扱っている店を探したんだけど…

「なにっ!?干し肉1オンク(この世界の重量の単位。1オンクは2キロぐらい)で金貨1枚だと?」

 通常、干し肉1オンクは銀貨7枚程度だ。銀貨15枚で金貨1枚だから、ここの価格は2倍以上ということになる。冗談じゃないよね。あの難破の際に金貨の入った袋をほとんどなくしてしまい、今のパーティの全財産は金貨にして5枚ってとこ。この人数で宿に泊まると、素泊まりでも金貨2枚以上かかるから、ここでそう出費があると困るんだよな。(困)

「最近は盗賊騒動で、町の物価が上がってるんでさぁ。騎士団の方でも手は打ってるらしいんですけどね、それがなかなかねぇ…。そうそう、この町の詰め所で盗賊退治のために冒険者を集めてるらしいから、あんたらも行ってみちゃどうだい?そうすれば、金も手に入るぜ」

 盗賊退治、かぁ…。金がないのは確かだけど、時間も惜しい。でも、レオンも金のことでは悩んでいるらしい。路銀が心もとないというのは、何かと不便だ。そこで考えた末、僕達は盗賊退治をすることに決めた。そのお金を当て込んで食材と消耗品を買い込み、僕達は騎士団の詰め所に向かった。


「町で盗賊退治の仕事があると聞いてきたのだが」

「おお、そうか!では、さっそく奥に…」

 僕達が行くと、騎士団の方々は諸手を上げて迎えてくれた。よほど人手が足りないらしい。

「私がレクバ守備隊隊長のルーカスだ。現在、この国は北方遠征の準備で騎士団の人手が足りなくてな。15人程度の盗賊団に手を焼いているのだ。かと言って、最近は冒険者も少なくなってしまい、ほとほと困っていたところだ。どうか、協力願いたい」

そういう事情があったのかぁ…。それじゃあ、僕達を喜んで迎えるはずだわ。

「ぶしつけだが、報酬はいくらもらえる?」

「金貨で30枚出そう。それでどうだ?」

「いいだろう。引き受けた」

 こうして交渉は無事に終了。僕達は前金として金貨10枚をもらい、宿に帰ったのでありました。


 宿に帰ると、明日への景気づけとばかりに酒場で盛り上がることになったのですが、僕は当然蚊帳の外でございます。(泣)

「ここのエールはうまいな」

 まだ陽の高い内から、この人達はお酒をがんがん飲んでます。信じられません。多少お金の入る当てができたからって、こんなに酒飲むなんて…。

「ユウはお酒飲めないもんね~」

 エレナが上機嫌で僕にからんでくる。それを見て、

「こぉんなにおいしいのに、ね~」

 と、ファルマもからんできた。(泣)

 そんな風に飲んで楽しんでいると、ちょっとゴツそうな風体の男が入ってきた。山男、という表現がぴったりきそうな男だ。

「まったく、頭に来るぜ。エルフって奴は、どうしてああも頭が悪いんだ!」

 男は入るなりそう言って、どっかとカウンターのイスに座った。そして、

「親父、酒だ!」

 と、乱暴に酒を注文する。

 こんな暴言を吐かれて、エルフであるエレナが見捨てておけるわけないよね。しばらくエルフと一緒に過ごしていただけの僕でさえ、今のセリフにはカチンときたもんな。

「エレナ、とりあえず落ち着いて…」

 なんとか彼女をなだめようとするけれど、彼女の目が冗談じゃないと言っている。このままだと、エレナが爆発しそうだなぁ…。(汗)

 気にしないようにしつつも、男の声が馬鹿でかいので、彼の言うことが否応無しに耳に入ってくる。それによると、彼は自称腕のいい狩人で、今日も町外れの森に狩りをしに行ったんだそうな。ところが、しばらく狩りを続けていると、エルフがやってきて狩りをやめるように言ってきた。当然、男がそんな事を素直に聞き入れるわけもなく、彼はエルフを無視して狩りを続けた。すると、突然森の木々がざわめき始め、気がつくと男は森の外に倒れていたんだそうな。そして、無闇に森の動物を狩ることは許さぬと、エルフに言われたんだって。それでエルフに腹を立てていたんだな。

 しかし、彼の身形を見る限りでは、どうもその日の食料のために狩りをしているわけではないようだ。持っている弓も、狩りには向きそうもないコンポジットボウ。複数の素材を組み合わせて破壊力を増幅させた弓のことだ。これ、普通は戦争に使うもんだと思うけど?それに、矢にも贅が尽くされているようだ。こういう生活をするために、この男は狩りをしているというのか…。

「あいつらは、自分の獲物が少なくなるから、俺に狩りをさせたくねぇんだ。俺の弓の腕をうらやんでるに違いねぇ」

 男のこの一言で、エレナは完全にプッツンしてしまった。おもむろに立ち上がり、つかつかと男の方に歩み寄る。

「ちょっと、あんた!」

 エレナが呼ぶと、男はにらみつけるように振り返った。そして、

「けっ、こんなとこにもエルフがいんのか…。せっかくの酒がまずくなっちまう…」

 と、吐き捨てるように言った。これがエレナの怒りの炎に油を注いでしまった。も~、止められないぞ~。(汗)

「あんたみたいな男に、思慮分別もなく狩りをされたんじゃ、森の動物は死に絶えちゃうわよ!少しは考えたらどうなの、この野蛮人!」

「なんだとぉ…!」

 男はジョッキを放り投げて立ち上がり、エレナに向かって拳を振るう!危ない!

 バキッ!

「いたた…」

 とっさに彼女をかばった僕は、彼女の代わりに思いっきり殴られ、床に倒れてしまった。(泣)

「いきなり暴力とは、野蛮人と言われてもしょうがないんじゃない?」

 起き上がりながら僕はそう言った。今回は、僕もかなり頭に来ている。エルフの集落で暮らしていた人間として、エルフを悪く言われたらいい気はしないよ。このまま言いたいことを言わせていてたまるか。(怒)

 すると、ルモンドもやってきて、

「正義なき力は暴力なり。感情に任せて力を振るうとは、いかにメルファ女神が寛大でも、許されることではありませんよ。しかし、私達にも非がなかったとは言いません。こちらが先にけしかけたことと、あなたが不意に殴ったことを差し引いて、お互い水に流してはどうでしょう?」

「うるせぇ!すっこんでろ!」

 今度はルモンドに殴りかかる。しかし、それはレオンによって阻まれた。彼が男の右腕をつかんだため、男は拳を振るうことができなかった。

「仲間に手を出すのなら、俺が相手になってやる。暴れたいのなら、表に出ろ」

 相変わらず言葉に感情がこもってないけれど、こういう場合ではそのほうがかなり威圧的だ。さすがの男も、レオンの腕力にはかなわなかったらしい。

 男がレオンの力に怖気づいたのか、少し様子が落ち着いたので、再びルモンドが話しかけた。

「それでは、あなたが自慢していた弓で勝負するというのはどうでしょう?あなたが勝てば、ここの飲み代を私達が持ちましょう。しかし、私達が勝ったら、ここにいるエルフの女性と、森に住むすべての命に対して謝罪してもらいます」

 なんと、彼はこの男に対して弓の勝負を申し出たのだ。この状況でまともに勝負できる人間って…

「ユウ、あなたにすべて任せますよ」

 やっぱし…。僕なのね…。(泣)

「この中で唯一酒を飲んでいない人間ですし、弓の腕も一番立つと考えたからですよ」

 勝手に期待をかけないでほしいなぁ…。しかも、相手の狩人も乗り気だし…。トホホ…。僕はどうしたらいいの?(泣)

 結局拒否権を発動できぬまま、僕はこの男と弓で勝負をすることになった。勝負の方法は、町外れの森の近くに3つの的を立て、決められた線より近づくことなく射るというもの。互いに全部命中させた場合は、的の中央に近い方を射た方の勝ちにする、だって。本当に大丈夫なのかなぁ…。

「さぁ、準備はできましたよ」

 見れば、的は木に隠れるように配置されており、まるでこちらの様子をうかがう動物のようだ。

『ユウ、私が助けてあげるわ』

 この事態を心配してくれたのか、シーラがそう話しかけてきた。でも、そんなことをすれば卑怯になる。僕は、負けるかもしれないけれど、正々堂々と勝負したい。

『そう…。分かったわ。じゃあ、私はここで見守ってるから』

 シーラはそう言うと、すっと弓の中に戻った。ありがと、シーラ。きっと勝ってみせるよ。

「小僧、俺からやるぜ」

 男は3本の矢を取り、ひとつずつ狙いをつけて撃つ。矢を放つまでけっこう時間がかかっていたけど、半分は弓を引き絞るための時間であって、慎重に狙いをつけていたわけではないようだ。実際、男の矢は3本とも命中したものの、少し中央をはずしている。

「じゃ、次は僕だ」

 僕は1本矢を取り、ひとつの的に狙いを絞る。ヨセブに教わったんだ。ひとつのことだけに集中すれば、必ず当てることができる。問題はどれだけ集中できるかだ、ってね。弓の性能に文句はない。だとすれば、僕は当てる事だけに集中すればいい!

(当たれっ!)

 決して遠くはないけれど、それほど近くもない的目掛けて矢を放つ。僕はできるだけ当てやすい位置に体を動かし、できる限り正確に撃った。その結果…

「すべての的において、ユウの方が中央に近い場所を射抜いていますね。この勝負、ユウの勝ちです」

 3つの的を回収したルモンドがそう宣言した。だれの目にも、僕の矢の方が男より中央に近い場所にあることは明らかだった。しかし、負けた男は納得できない。

「動かない的を射たってしょうがねぇ!俺は、狩りの腕を言ってたんだ。狩りをするには、動く的を射る必要がある!」

「でも、動かない的すらまともに射抜けない人が、動く的をそんなに的確に射抜けるのかしら?」

「ぐっ…」

 エレナに言われて、男は反論の余地を失った。

 そんな男に、ルモンドが静かに話しかける。

「酒場の主人から聞きましたよ。あなたは狩った動物を売り、その金で贅沢な暮らしをしているそうですね」

「ああ。それがどうした」

「では、私達はこれからあなたを殺し、今あなたの持っている金品を奪って酒代にでもするとしましょう。レオン、お願いしますよ」

「おう」

 ルモンドに言われ、レオンがグレートソードを抜き放つ。途端に男の顔色が変わり、慌てて反論した。

「そっ、そんなこと、誰が許すか!お前達のどこに、どこにそんな権利が…」

「そうです。そんな権利など、ありはしないのです。私達が酒代のためにあなたの命を奪う権利がないのと同じように、あなたが贅沢をするために森の命を奪う権利もない。あなたに命を奪われた森の動物達も、先程のあなたと同じ思いだったのかもしれませんよ」

 男は、はっと気付き、そしてうなだれた。自分がその立場に立たないと、なかなか別の立場って理解できないんだよね。彼もルモンドに諭されて、やっと自分のやってきたことの重大さに気がついたようだった。

「俺は…なんてぇ自分勝手な野郎だったんだ…」

 命の尊さは、失う瞬間を目にして初めて分かると言う。僕も、自分がショートソードで殺したあの山賊を見たり、サリィの亡骸を目の当たりにしたりして、初めて命を奪うことの罪深さや、命の大切さが分かった気がするもんね…。

「あのエルフが言ってた事は、こういう事だったのか……」

 男は随分ショックを受けたらしく、しばらく呆然としていた。そろそろ日が沈みかけてきたので、僕達が彼を放って帰ろうとすると、

「待ってくれ!」

 と、男が前に回りこんで来た。

「すまなかった!俺ぁ、自分さえよけりゃそれでいいと思い、今まで多くの動物を狩ってきた。だけど、考えてみりゃあ、その動物にも命があって、家族があったかもしれねぇ。そう考えると、俺ぁ…」

「ようやく、分かったようね」

 エレナはそう言うと、男に顔を上げるように言った。

「さ、森のエルフにも謝ってきなさい」

 エレナに言われるや否や、男は森の中へと入って行った。これから暗くなるってのに、大丈夫かな?

 そんなイベントで時間をつぶした僕達は、夕食をとってゆっくり休むことにした。もうみんなすっかり酒は抜けており、今日はのんびり眠れそうだ。この前は酔っ払いのせいでエラい目にあったからなぁ。(泣)


 次の日、僕達は言われたとおり騎士団の詰め所に向かい、そこで盗賊団の詳しい情報を聞いた。彼らの集めた情報によると、盗賊団は北西の山間にある遺跡を根城としているらしく、町を襲うときは決まって舟を使う。ルクベル山脈から流れる川を利用してるんだ。盗賊団の数はおよそ15人。殺人も厭わないという、なんとも非情な集団だ。

 しかし、敵の本拠地が分かっているのに、手を打てないでいるってのはおかしい気がするよね。まぁ、僕も最初はそう思ったんだけど、これには理由があるらしい。この根城になっている遺跡が厄介な構造になっていて、川以外の侵入ルートはないんだって。つまり、相手は川からの侵入を防げばいいだけだから、守るにはものすごく都合がいいわけだ。これじゃあ簡単には陥落させられない。

「…これが、我々の集めた情報だ。あの遺跡には1度攻め込んだものの、激しく抵抗されて手痛い打撃をうけておる。それ以降、連中が町に侵入してきたのを撃退することしかできん」

「なるほど。正面からぶつかったのでは無理、か…」

 しばらく遺跡の攻略法を考えていたけれど、結局この場では妙案が浮かばず、実際に遺跡を見て考えることになった。


 騎士団から借りた馬に乗って移動すること1時間程度、僕達は目指す遺跡の周辺にやってきた。遺跡から離れた場所で馬を降り、そこから徒歩で遺跡に近づくのだ。

「連中は昼間に寝ているらしく、外に出てくることは滅多にありません」

 案内してくれた騎士見習いがそう説明する。

「この構えなら、確かに攻めるのは容易ではないな」

 遺跡を実際に見て、レオンは正面突破が難しいことを知った。

「攻城兵器でもあれば別だが、それは望めないしな…」

「しっ、水門が開くわ」

 エレナが警告したので、一同はみな草陰に身を隠す。すると開いた水門から、数人の盗賊を乗せた舟が出てきた。水門はすぐに閉じられ、その上では見張りの盗賊が抜かりなく周囲をうかがっている。

「あの水門では、強行突破は無理でしょう」

「そうだな。だとすると、門が開いた時を狙うしかないか…」

「我々もそれを考えて攻めたのですが、雨のように降り注ぐ矢を避けつつ水門を突破するのは至難の業です」

 実際に遺跡を見て分かった事は、決して一筋縄では攻略できそうにないということだけだった。(泣)

 その帰り道に突然エレナが、

「ちょっと調べたいことがあるの。悪いけど、これを持って先に帰ってて。ユウ、あなたも弓矢だけ持ってついて来てちょうだい」

と、言って装備をはずした。僕も行くの?(汗)

「ほら、ぼさっとしてないで」

「は、はい」

 慌てて僕も鎧を外してレオンに預け、エレナのあとをついて行ったのでした。彼女には逆らえないんだよね~。(泣)


「エレナ、どうするの?」

「あの水門、水の底がどうなってるか確かめるのよ」

 そう言うと、エレナは精霊語で水の精霊に話しかけ始めた。ははぁ、川の底を歩いて偵察するのか。それで装備を外せって言ったんだな。

 水の精霊の加護を受け、僕達は川に飛び込んだ。今回は難破したときと違って、浮力を消す加護をかけてもらっている。だから、僕達は水中をまるで陸と同じように歩くことができるんだ。

 こうして川底を歩いていると、正面に鉄格子が見えてきた。人間が通るには格子の間隔が狭いので、鉄格子が開かないと通れないようだ。そういえばさっき水門が開いた時に、鉄板の部分の下にくしのようなものがついていたな。これがそうなのか。

 ところで、この川は人工的に作られた支流のようで、底に石がほとんどなくて歩きやすい。でも、深さがそんなにないので、僕達は底にへばりつくようにして偵察している。

「これは水門ね。上の部分は鉄板で作って物を通さないようにして、下は鉄格子にして水が通るようにしているんだわ」

「だとすると、門が開いたときにここを歩いて通れば、中に入ることができるね」

 これで侵入のメドはたった。さぁ、帰ってみんなに報告しようか。


 僕達の持ち帰った情報で、とりあえずあの遺跡に侵入できるということは分かった。それ以外に侵入する術はないし、とりあえず中に入らないとどうにもならない。

「しかし、問題は中に入ってからだ」

 そう、そこなんだ。侵入できたとはいえ、中には盗賊がわんさといる。質で勝っていようとも、数で攻められると怖いよな。特に、盗賊等の武器には暗殺用の毒が塗ってる事もあるからね。一瞬の気の緩みが命取りにならないとも限らない。

「遺跡に侵入できても、中は相手の庭みたいなものです。数で劣る我々は、どうしても不利になってしまいます。そこで、こういう作戦はどうでしょう」

 と、ルモンドがひとつの提案をした。それは、敵が町へ“仕事”をしに行く時を狙い、中の人数が減ったところで侵入して遺跡を制圧し、“仕事”をしに出た盗賊達を町の守備隊と挟撃するというものだった。盗賊団で“仕事”に出るのはだいたい6~8人だから、遺跡に残ってるのはおよそ半分ということになる。それなら人数的にも相手にできるだろう、というのが彼の意見だ。

「確かに、現実味はあるな」

「地形にもよるでしょうけど、少し苦しいかもね」

 直接攻撃が2人、弓の間接攻撃が2人、そして魔法援護が1人。この戦力で敵の本拠地を攻撃するのは、さすがに苦しい気がする。せめて、もう1人くらい直接攻撃できる人間が欲しいな。侵入時に精霊の加護を得るため、エレナの精霊魔法も期待できないしなぁ。

「それならば、こちらから騎士を1名そちらに同行させよう」

 と、ルーカスさんが提案してくれた。これでなんとかできるかもしれない。

「しかし、問題は連中がいつこっちに“仕事”をしにくるか、だが…」

「それについては、僕がシーラに頼んでみるよ。彼女がいいと言ってくれたら、盗賊達の様子を探ってきてもらうから」

 これで方向は決まった。後は、実行するだけだね。


「じゃ、シーラ、任せたよ」

『うん。行って来るね』

 彼女が北の空に消えて行くのを見届けて、僕は宿に戻った。もう昼を過ぎているので、これから昼食にするのだ。

「お帰り」

 エレナに迎えられ、僕はテーブルに着いた。今日の昼食はトリ足の香草焼きと豆のスープ、それになんとライス!この地方では米も栽培しているらしい。いや、この世界に来てからというもの、ずっとパンだったからね~。久しぶりのお米に感激もひとしおだよ。でも、この地方では米は炊くものではなく煮るものらしい。しかも、野菜のスープで。なのでご飯というよりも、どちらかといえばお粥とかリゾットに近いかな。それでも、お米に変わりはない。僕は久しぶりに対面したお米に感激しつつ、ありがたくいただいたのでした。

「それ、なに?」

 お米を知らないエレナが、僕が食べているのを見てたずねてきた。ファルマやルモンドも知らないらしく、興味ありげに僕の皿をのぞいてくる。

「米のスープ煮込みだよ」

「こめ?」

 どうやら米の説明からしなくちゃダメらしい。でも、面倒なのでそこはかいつまんで説明する。すると、米に対する予備知識もなにもないからか、そういうものだとエレナ達は認識したらしい。

「おいしい?」

 やっぱり、僕が食べるものは気になるらしい。しょうがないから、彼女にも一口食べさせることにした。

「食べてみる?」

 皿を差し出すと、エレナは自分のスプーンで一口食べてみた。

「ふぅん。こんな食べ物なんだ」

 あれ、反応が薄い。と、言う事は、彼女はあんまり気に入らなかったようだな。

 こうして食事を終えた頃、僕の所に一陣の風が舞い込んできた。シーラだ。

『ユウ、大変よ』

 彼女が言うには、盗賊達は今夜町を襲おうと考えているらしい。こりゃ、ちょっと準備を急がなきゃならなくなったぞ。

 とりあえず敵の動きが分かったので、僕らは騎士団の方と連絡を取って今後の準備をすることにした。しかし、町に盗賊の仲間が潜んでいるかもしれないので、怪しまれぬよう僕とエレナの2人で騎士団の詰め所に向かった。

 無事に詰め所に着いた僕達は、用心のためにシーラに音が漏れないようにしてもらってから、今夜襲撃があるということを告げ、できるだけいつもの通りにしていてくれるよう頼んだ。

「敵にこちらの動きが知れたら、この作戦はすべて水の泡になります。また、遺跡に侵入した僕達が、施設を制圧するまで時間がかかります。ですから、盗賊が町に来ることが分かっていても、決して町の外で待ち構えたりはしないでください。彼らが途中で遺跡に引き返してしまえば、僕達が制圧する時間がなくなってしまいます」

「心得た。では、我々は通常通りの警戒を行うとしよう。君達の方はどうする?」

「盗賊に気取られぬよう、森を流れる本流から川に入り、一気に川底から遺跡に侵入します。あとは、お互いが分担の敵を掃討するだけです」

 そして僕達は互いに作戦が成功することを祈り、何事もなかったかのように詰め所を後にした。いよいよ今夜は盗賊砦に殴り込みだ。どきどきするなぁ。(緊張)


 そして、作戦決行の時間になりました。僕達5人は、こちら側の戦力として派遣された騎士のルドウィックと一緒に、北の森に向かったのであります。

「本当に、上手くいくのですか?」

 ルドウィックはまだ若い騎士で、おそらくファルマと近い年齢だろう。剣の腕は立つ方だと言われたけれど、その見た目からはあまりそういう印象は受けない。とはいえ、れっきとした騎士なんだから、それなりの腕は持ってるはず。装備はプレートアーマーにナイトシールド、それにブロードソード。ま、騎士の正装と言えばそうなるかな。

 さて、このルドウィック。前回の遺跡攻略戦に参加していたということもあって、少し神経質になっているようだ。そこで、

「大丈夫ですよ。我々は正義のために戦うのです。正しき戦いには、メルファ女神の加護があります」

「それに、こっちは敵戦力の半分を相手にすればいいだけなんだから。きっと勝てるわよ」

 ルモンドとファルマのカップルが、ルドウィックを安心させようとする。

「はぁ…」

 しかし、どうやらルドウィックは、あんまり2人の言葉を信じていないらしい。仕方ないな~。

「盗賊達にとって、生命線はあの水門だ。連中は水門の堅牢さを利用して、あの遺跡に立てこもっている。だけど、今回はその水門を突破してしまうんだから、奴らはきっと慌てる。そうなれば相手は浮き足立ち、制圧することも難しくないんじゃないかな」

 と、僕が駄目押しの言葉をかける。すると、さすがにルドウィックもその気になったのか、ようやく足取りが軽くなった。やれやれ。(疲)

「ユウ」

ふとルモンドが近づいてきた。

「あなたも意外に策士ですね」

どうやら、さっき僕がルドウィックを勇気づけた言葉を指して言っているらしい。そんなつもりはなかったんだけどな…。


 町の北の森に入り、少し歩くと川に出くわした。

「じゃあ、水の精霊の加護をかけるわよ」

 エレナが精神統一を始め、精霊語で水の精霊に呼びかけをする。ちなみに、この世界でもファンタジー小説の例に漏れず、水の精霊は美人だ。風の精霊よりも少しふくよかで、肉体的な魅力も持っている。しかも、姿を見せる時は透明なゼリー状とはいえ、何も身につけていない状態なのだ。そりゃあ、男性としてはうれしいもんですよ。ええ。しかし、僕にはエレナがいるので、水の精霊を見て鼻の下をのばすことは許されないのでありました。おまけにシーラもいるしね~。(泣)

『わかってるじゃない』

これですから…。(泣)

 そんなことはさておき、水の精霊から加護を受けた僕達は、一斉に川に飛び込んだ。さすがに水温は低いけれど、そんな事を言ってはいられない。僕らは水の流れに逆らいつつ、遺跡のある上流まで歩いていったのでした。


 月明かりも差し込まぬ川底を進んでゆくと、ついに鉄製の水門が姿を現した。そして待つことしばし、水門が音と砂埃を立てながら開き始めた。

「今だっ!」

 僕達は一目散に水門を潜り抜けると、一気に遺跡の中に入っていった。さぁ、これからが本番だぞ。

 水門が閉じてしばらく息を潜めて待つ。いよいよ浮上して、遺跡内の盗賊を掃討するんだ。これまでも人間相手に戦った事はある。今までと同じようにやれば、きっと勝てる!

「一気に攻撃するぞ。みんな、構えておけよ」

レオンの言葉に、全員が武器を構える。さぁ、戦闘開始だ!

 僕達が川から浮上すると、予想通り盗賊達は一様に浮き足立った。そこにレオン達直接攻撃部隊が斬りかかる。僕とエレナは離れた場所にいる盗賊に狙いを定め、足や腕を撃って戦闘不能にさせる。

 最初の攻撃で、レオン達が盗賊2人を倒し、僕とエレナで同じく盗賊2人を戦闘不能にした。これで戦力的には優位に立ったのだけど、ここから敵の本格的な反撃が始まった。遺跡の壁側に待機していた盗賊が矢を放ち、レオンとルドウィックがそれぞれ腕と足に受けてしまった。すぐさまルモンドが傷を癒すべく近づこうとするが、高台に構えていた盗賊の放った投げ網にかかって身動きが取れなくなる。これでまともに戦えるのは僕、エレナ、ファルマの3人になってしまったのだ。弓を持ってる奴と投げ網をしてきた奴は放ってはおけないので、僕とエレナですぐに倒したものの、これでもまだ3人残っている。しかも、ファルマに3人が同時に襲い掛かってきた!これはピンチだ!(焦)

 なんとか盗賊3人の攻撃をしのいでいたファルマだったけど、次第にファルマの動きが悪くなってきた。僕らもなんとか援護しようとするんだけど、暗闇のために視界が悪いのと、ところどころにある石柱が邪魔になるのとで、なかなか矢を放つことができない。

 そんな事をしていると、

「くうっ!」

 素早い攻撃をかわしきれず、ついにファルマは敵の攻撃を喰らってしまった。胸や肩は鎧で守られているからいいけど、腕はカバーされていない。盗賊の短剣はその部分を斬ったのだ。ファルマは斬られた左腕をかばい、とっさに身を引く。それでも剣を離さなかったのは、彼女の経験がなせる技なのだろう。

「くそっ!」

「ファルマ!」

 僕達は彼女を助けるべく、弓は構えたままで彼女の方に走り出した。それを察知した盗賊は、3人の内2人がこっちに狙いを変えた。遺跡のところどころに焚かれた松明では明るさが不十分だが、それでも気配を感じたりして狙うしかない。僕とエレナは足を止めると、襲い掛かってくる盗賊に向けて矢を放つ。しかし、当たった気配はない。

「外れた?」

 その瞬間、

『危ない!』

 と、頭に声が響いた。シーラだ。彼女が、投げられた短剣を弾いてくれたのである。おかげで僕は助かったものの、そういう精霊のいないエレナは…

「ああっ!」

 隣で悲鳴があがる。エレナが盗賊のナイフを、足に受けてしまったらしい。

「エレナ!」

 とっさのことで頭に血が上った僕は、自分を狙っている盗賊を無視して、エレナにとどめをさそうとしている盗賊目掛けて体当たりをした。そして相手を地面に押し倒すなり、顔面を何度もぶん殴った。そのうち盗賊は気を失って動かなくなり、僕は我に帰った。その直後、

『ユウには指一本触れさせないわ!』

 と、シーラの声が聞こえた。どうやら、攻撃しようとした盗賊から、僕を守ってくれたらしい。突然の風に吹き飛ばされた盗賊は、わけも分からず無様な姿をさらしている。今だ!

「喰らえ!」

 僕は素早く起き上がり、顔面目掛けてパンチを繰り出す。相手の左あごに僕の右フックが炸裂。しかし、盗賊はそれでも倒れず、反撃とばかりに右足でキックをかましてきた。蹴飛ばされて地面を転がる僕。顔を上げてみると、盗賊が勝ち誇った顔でこっちを見ている。彼の手には、冷酷な光を放つナイフが握られていた。

 終わりか…と、思った刹那、盗賊の首がとんだ。

「腕を1本とったぐらいで、俺を止められるとでも思ったか…」

 レオンだ。右腕に矢を受けたものの、それを自分の手で抜いて戦っていたらしい。ファルマを狙っていた盗賊も、彼が倒したようだ。

 これで戦闘は終了した。結局、遺跡に残っていた盗賊は全部で10人ほどいたらしい。予想よりも多かったな…。

「ユウ、動ける元気があるなら、ルモンドを助けてきてくれ…」

「う、うん!」

 レオンにそう言われ、僕は網に絡まって動けないルモンドを助けに行った。

「ああ、ユウ。無事でしたか」

「僕は何とかね」

 腰のショートソードで網を切り、ルモンドを自由にする。

「だけど、他のみんなはケガをしている。すぐに癒してあげて」

「分かりました。一番傷が深いのはだれです?」

 ルドウィックとファルマの傷が深いと言うと、ルモンドはすぐに彼らのもとに走っていった。さぁ、僕もこうしちゃいられない。エレナがケガをしたんだ。彼女の手当てをしてあげなくちゃ。

「エレナ、大丈夫?」

 見れば、太もものところに赤い線が入っている。さして深い傷ではないようだけど、一応止血を…。

「ユウ…どうも、毒が塗られていたらしいの…」

 へっ?毒!?

「毒って、じゃあ、早く手当てしなくちゃ…」

「まだ、毒は体中に回っていないわ…。だから、血と一緒に…吸い出して……」

 なっ、なにぃ!?毒を吸い出すぅ!?テレビの時代劇とかではよくやってるけど、僕にもそれをやれって言うの!?(惑)

「ユウ、早く…」

 こうしている間にも、エレナの体に毒が回るんだ。迷ってる暇はない!

「エレナ、ごめん!」

 そう言うと、僕は彼女の太ももの付け根(!)を布で縛り、その上で彼女の傷口を吸った。温かい血が口の中に入ってくる。でも、少し苦い気がする。これが毒なのかな?口の中を切った時の味とは違うぞ。

 僕は数回彼女の血を吸って吐き出し、傷口を布で押さえて止血した。これで毒が出ているといいけど…。

「ユウ、エレナの具合はどうです?」

「ああ、ルモンド」

 ルモンドは、僕がエレナの手当てをしているからって、最後にエレナの所に来たらしい。もう他のみんなは立ち上がっているもんね。

「毒を受けたんだ。傷は深くないけど…」

「そうですか。では、まず解毒をしてから傷を癒しましょう」

 こうして傷も癒えた僕達は、ひとまず動ける盗賊達を縄で縛り上げて傷を手当てしてやった。動かれると面倒だけど、死なれても嫌だからね。そして、遺跡の壁際で待機し、町から引き上げてくる盗賊達に備えた。弓矢は盗賊達が使っていたものがあるから、弓の心得があるレオンとルドウィックが使うことになった。

「戦闘していた時間も考えると、そろそろ町に出て行った盗賊が帰ってくる頃だが…」

 もうそんな時間かな。目を凝らして川を見るけど、暗くてよく分からないや。でも、エルフゆえの暗視能力から、エレナには川をさかのぼる舟の姿が見えたらしい。

「みんな、来たわよ!」

 エレナはそう言うと、光の精霊を呼び出して舟を照らさせた。突然光に照らされた盗賊達は、慌てふためいてうろたえる。

「ユウ、この中じゃお前が一番弓の腕が確かだ。有効な距離に舟が入ったら、合図してくれ」

「うん」

 とは言うものの、舟は一向に動く気配がない。おそらく、盗賊達も弓の有効射程を知っているんだろう。そのうち舟が川岸につけられ、盗賊達は舟から降りて逃げ出した。どうやら遺跡を放棄するらしい。しかし、そこに馬に乗った騎士団がやってきて、盗賊達は残らず討たれるか捕まるかした。まさに一網打尽ってやつだ。

 盗賊団を始末すると、こっちに1騎の騎馬がやってきた。守備隊長のルーカスさんだ。

「遺跡の内部の探索は、そちらに任せる」

「了解した。探索が終了し次第町に戻る」

 ルーカスさんに遺跡探索を任された僕達は、捕まえた盗賊を引き渡して遺跡の探索を始めた。

 しかしこの遺跡、がっちりと石で作られているものの、表面は風化が進んでいてどこかボロっちい。ま、それだけ古い時代の遺跡なんだろうね。

 いろんな部屋に入っていくと、とある一室に町から盗んだ物が保管されていた。しかし、

「盗まれた被害届けからすると、この量では少なすぎます」

 と、ルドウィックが言った。もう換金されちゃってるかもしれないし、ここで生活するために使っちゃったのかもしれない。でも、それを考慮しても少ないと言う。

「どこか別の場所に金品を隠していると?」

「いや、それはなさそうだ」

 レオンが遺跡の中を調べてそう言った。

「彼らの食料庫を見つけたが、そこには粗末な食料がわずかしかなかった。おそらく、籠城しても10日と持つまい。奴らは町から盗んだ金品を、どこか別の場所、もしくは別の人物に納めていたのかもしれん」

 ふむぅ。そうなると、彼らの後ろには黒幕がいるってことかぁ。

「しかし、そう考えれば納得がいきます。この遺跡は昔から存在が確認されていたのですが、外側から水門を開ける手段はなく、内部に入るには外壁をよじ登るしかありませんでした。調査隊を派遣して調査した結果、遺跡の内側にすんなりと入るには水門を開けるしかないことが分かったのですが、どうやっても水門は開かなかったとか。何か封印が施されているのではないか、というのが調査隊に同行した学者の見解でした」

「じゃあその黒幕は、わざわざ盗賊達のために水門の封印を解いてやって、町で金品を盗んで来い、って命令したの?上納金のために?」

 ルドウィックの言葉にファルマが反応する。

「さぁ、目的は分かりませんけど、その可能性は捨てきれません。現に、この遺跡にあるべき金品がなく、彼らの生活も…」

「みなさん!こちらに来てください!」

 ルドウィックの言葉をさえぎるように、ルモンドの声がした。そういえば、彼は1人で遺跡の中をあちこち探し回っていたな。何か見つけたのかな?

「どうした?」

 ルモンドの声がした部屋に行くと、どこかで見覚えのある祭壇があった。

「これは…」

「邪神の祭壇です。間違いなく、ここで邪神の信仰が行われていたんですよ」

 いつになく険しい表情でルモンドが言う。やっぱり光の神を信仰しているから、闇の神の信仰には厳しいようだ。

「じゃあ、黒幕ってのは…」

「十中八九、この邪神の司祭だろうな」

 祭壇の形からすると、今まで妨害してきた連中と同じ邪神を信仰しているようだ。僕達はその祭壇を破壊すると、手早くその他の部屋を探索して町に戻った。


 町に戻ると、騎士団の方々が僕達を暖かく出迎えてくれた。もう夜も明けようかって時間なのに、みんな元気だね。悩みの種がなくなったんだから、喜ぶのも当たり前か。

「よくぞあの盗賊団を退治してくれた。諸君らのおかげで、たいした犠牲も出さず、町に平和を取り戻せた。感謝しているぞ」

 ルーカスさんにそう言われ、僕達は残りの報酬を受け取った。さぁて、もうほとんど徹夜だけど、疲れてるからゆっくり寝ようか。ふわぁ~あ。(眠)



 レクバの町での盗賊騒動から丸1日経った早朝、僕達はルクベル山脈にさしかかるあたりを歩いていた。今日からいよいよ山脈越えだ。しかし、レオン以外は体力的にしんどいかもしれないので、僕達は数日かけて山を越える計画を立てた。食料や水も少し多めに準備し、さぁ、いざ突撃~!!

 そして、山脈越えに入って数時間が経過した頃…

「はぁ…はぁ……」

「さすがに…疲れますね……」

 僕達はみんなかなり疲れていた。レオンもさすがにこの山道はこたえるらしく、肩で息をするほど体力を消耗していた。だいたい、こんな山道を鎧着けて登ろう、ってのがそもそも無茶なんだよ。まぁ、僕とエレナは革鎧だけど、それでも重いもんは重い。背中には荷物もあるんだし、あ~、しんどい。(汗)

「ここらで、休憩にするか」

 レオンの許可が出るや否や、僕達は山道の脇に腰を下ろし、息を整えるために休憩することにした。やれやれ。たったこれだけ登っただけでこんなになるなんて、先が思いやられるなぁ…。

「できるだけ水は飲むなよ。汗をかくと、その分体力を消耗する」

「それに、この先どこで水を補給できるかわかりませんからね。そういう意味でも、水は残しておきましょう」

 ふぅ、しょうがないなぁ…。じゃ、一口だけ飲むことにするか…。でも、たったそれだけ飲んでも、飲んだ気がしないよなぁ。(泣)

「ユウ、大丈夫?」

 エレナが優しく僕を気遣ってくれる。あぁ、こういう心遣いってありがたいよなぁ。うんうん。(喜)

「なんとかね。それより、エレナは?」

「ちょっと苦しいけど、まだ大丈夫よ」

 この中では一番体力がないから、こういう道を歩くのはしんどいだろうなぁ。できれば彼女の荷物を持ってあげたいんだけど、僕にもそんなに余裕がないからねぇ…。(泣)

 本当なら、こういう山道を歩く時にはロバとかを買って、それに荷物を運ばせるんだよね。だけど、今の僕達には金がない。つくづく、あの難破騒動で金をなくしたのが悔やまれるよ。(泣)

「さて、そろそろ出発しましょうか。今日中に登り道の半分は越えたいですからね」

 ふぅ、また歩くのか。もう随分足がきついけれど、弱音を吐くわけにはいかないよね。頑張らなくちゃ。


 こうしてルクベル山脈にアタックをかけて2日が過ぎた。ようやく頂上付近にまで来たけれど、まだ下りがあるんだよね。上りよりも、下りの方が山道は怖いと言う。勢いを殺しながら歩くんだから、足や腰に負担がかかるんだそうな。

「明日からの下りは、脚をいたわりながら歩こう。上りと違って下りは脚への負担が大きいから、どこで脚を痛めるかわからないよ」

「そうですね。下りは上りより休憩を多く取りましょう」

 今は野営の最中だ。食事を終えて、みんなで話をしている。そうやって体を休めていると、どこからかバサバサと鳥の飛ぶ音が聞こえてきた。こんな時刻に鳥?もう周りは暗いけど…。

「この羽音は…グリフォン!?」

 耳のいいエレナがそう感じ取り、光の精霊を召喚した。本当にグリフォンだったら一大事だ。あの凶暴な魔獣に襲われたら、人間なんてひとたまりもない!

『間違いないわね。グリフォンよ』

 シーラもエレナを肯定した。こりゃ、本腰入れて戦わないと!

 僕達は焚き火を中心に外側を向いて展開し、背中を襲われないようにした。エレナは光の精霊を上空に待機させ、あたり一面を照らすようにしてくれた。これで視界は確保できたね。その内、グリフォンが光の届く範囲にやってきた。

(この一撃で、逃げてくれればいいけど…)

 僕は狙いをつけ、先制の矢を放つ。しかし、それは相手の素早い動きによって回避されてしまった。しかも、グリフォンはそれにひるんだ様子もなく、こちらに向かって猛スピードで突進してくる!

「やらせはしません!」

 ルモンドが正面に躍り出て、グリフォン目掛けて両手をかざす。司祭の使える『防壁』という奇跡だ。闇司祭の使える『障壁』よりも効果は下がるけど、広い範囲を覆うことができるんだ。

 その『防壁』の奇跡でグリフォンの突進を防ぐや、レオンがグレートソードを振りかざして踊りかかる。

「うおぉぉぉ!」

 グリフォンはすかさず飛び上がろうとしたが、一瞬間に合わず、右前足を斬り落とされてしまった。

「キュオォォォン!」

 痛みに悲鳴を上げるグリフォン。その声を聞いた途端、僕はもうこれ以上このグリフォンを攻撃できなくなっていた。

「シーラ、彼を飛べないようにはできないかな?」

『できるわ』

 シーラはそう言うと、すっと空に消えた。すると、さっきまで宙を舞っていたグリフォンが、次第に高度を下げてきた。

「この矢で…」

 高度が下がれば、麻酔薬を塗った矢を当てても大丈夫だ。僕は特別に仕込んでおいた矢を抜くと、弓につがえて放った。矢は違うことなくグリフォンに命中し、グリフォンを眠りの世界に落としたのである。

 地面に落ちたグリフォンに、僕は斬り落とされた足を持って駆け寄る。

「ルモンド、この足をつけてあげる事はできないかな?」

「ユウ…」

 無理なお願いだってことは分かっている。でも、僕はそうしてあげたかったんだ。

「やってみましょう」

「おい、ルモンド!」

 僕の願いを聞き届けてくれたルモンドを、すかさずレオンが制す。

「何をしようとしているのか、お前は分かっているのか?」

「ええ、分かっているつもりです。ユウの頼みですからね」

 ルモンドはそう答えると、癒しの奇跡を行い始めた。

「ユウ、お前もお前だ。あいつが凶暴な魔獣だということは知っているだろう。そんな魔物を助けてやるなどと、一体何を考えているんだ?」

「ごめん…。無茶な事だってのは、十分承知してるよ。でも、このグリフォンが、どうしてもかわいそうだったんだ…。足を斬りおとされて、見てられなかったんだよ」

「お前は、まだ甘いな。そんなことでは、この世界じゃ生きていけないぞ」

 レオンはそう言うけれど、厳しく糾弾するような口調ではない。どちらかといえば、忠告するような、そんな調子だ。どうやら、レオンも僕の気持ちを分かってくれたらしい。

「なんとかくっつきましたよ」

 ルモンドが立ち上がりながらそう言った。グリフォンはまだ麻酔が効いて眠っているけど、足はきれいにくっついていた。

「よかった…」

 とりあえず、これで一安心だ。そして麻酔が切れて目を覚ましたグリフォンは、何か不思議なものでも見たかのようにオドオドしながら、僕達に危害を加えるでもなく飛び去って行った。

「ユウ、あのグリフォンが逃げていったからよかったようなものの、再び襲い掛かってきていたらどうするつもりだったんだ?」

「う~ん。それは考えてなかった」

 僕がこう答えると、レオンはあきれたようだった。

「お前という奴は…」

「自分でも分からなかったんだけど、あのグリフォンはケガを治したら去ってくれる。そんな気がしたんだ」

僕はグリフォンが片足を切り落とされた姿を見たときに感じた思いを口には出さず、なんとなくその場をごまかした。レオン達もそんな空気を察してくれたのか、それでこのグリフォン騒動は終わり、僕達は見張りの順番を決めて休む事にした。


 そして、僕とエレナが見張りの番が来た。焚き火をつつきながら、周囲の様子に気を配る。そんな時、

「ねぇ、どうしてあのグリフォンを助けようと思ったの?」

 と、エレナが質問してきた。やっぱり聞いてくるよね…。

「それは…」

 僕は、ここで初めてエレナに日本にいた時のことを話した。もちろん、ややこしくなる部分は省いたんだけどね。その話した内容というのは、昔飼ってた犬のこと。交通事故で右前足を失い、それでも事故から1週間は元気だったんだけど、傷口から菌が入って感染症を起こして死んじゃったんだ。僕によくなついた賢い犬だっただけに、死んだときはショックだったよ…。

「だから、あのグリフォンが右前足を斬り落とされた時、飼っていた犬の姿と重なってしまってね。どうしても放って置けなかったんだ」

「そうだったの…。辛いこと、思い出しちゃったのね」

 エレナはそう納得すると、僕の肩をぎゅっと抱きしめた。あ…エレナの髪のにおいが…。(惚)

「ユウは、やっぱり優しいのね」

「う…うん…。そう、なのかな…?」

 なんだか、面と向かってそう言われると、ものすごく恥ずかしかったりする。(赤面)

「でも、あのグリフォン、よく何もせずに帰って行ったわね。あなたの気持ちが通じたのかしら?」

「さぁ…どうだろ」

 よく分からないから、僕は答えを濁した。すると、エレナが僕の髪をいじりながらこう言った。

「もしかしたら、あなたの飼ってた犬の魂が、あのグリフォンに宿ってるのかもよ」

「そうだとしたら、うれしいね」

 そんな事を話していると、いつしか時間も流れて見張り交代の時間になった。

「お~い、レオン、交代だよ~」

「む…そうか…」

 さ、レオンも目を覚ましたし、僕らは寝るとするか。ふわぁ~あ。(眠)


 次の日、天候は優れなかったけれど、一刻も早く山を抜けるため、僕達は早朝から歩き始めた。さすがに高い山だから気温が低い。(寒)

「エレナ、大丈夫?」

「うん。なんとかね」

 だけど、明らかに寒そうだ。霧も出てきたし、ここは外套を羽織らせてあげよう。

「ちょっと、失礼」

 僕はエレナの背負い袋から外套を引っ張り出すと、彼女に羽織らせてあげる。

「あ…、ありがと」

「いいえ」

 こう何気なく心遣いをすることが、エレナはものすごくうれしいらしい。彼女の耳がピンと立つのがその証拠だ。エルフがみんなそうなのかはよく知らないけど、彼女は喜んだりうれしかったりすると、あの長い耳がピンと立つんだよね。それがかわいかったりするんだ。(喜)

 さて、ルクベル山脈もいよいよ下りを残すのみとなった。そこで僕らは小休止を取り、脚に負担のかかる下りに臨んだのであります。

 下りは上りのようにキツくはないものの、やはり気を許すと速度がついて危ないなぁ。特にこの山は道が悪く、いつどこで転ぶか分からないしね。気をつけなきゃ。と、言ってる側から、

「きゃっ!」

 ファルマが足を取られて転んだ。たいしたことはなかったからよかったけど、これが石の上に膝をついていたりでもしてたら大怪我するとこだったよ。

「いった…」

「大丈夫ですか?」

 おやおや、たいしたケガでもないのに、随分と仲のよろしいことで…。見せ付けてくれるなぁ…。(妬)

「大丈夫よ。ちょっと転んだだけだから」

 そう言いながら、起き上がるファルマ。一応ルモンドが傷を確かめるが、特に外傷はないようだ。

「怪我がないのなら、先を急ごう。一刻も早く、この山を抜けたい」

 レオンの言うとおり、こんな魔獣の住む山なんてごめんだ。とっとと抜けたいよ。でも、焦りは禁物。急ぐと転んで怪我するからね~。

 慎重に山を下り、ようやく下り側の中腹にさしかかったあたりで昼食にした。ふ~、脚が痛むなぁ。

「ここで癒しをかけておきましょう。これで最後まで休まずに行けるはずです」

 と、ルモンドが全員の脚に癒しの奇跡を行う。す~っと疲れや痛みがぬけ、なんとも心地よくなった。

「奇跡をかけたからといって、無茶をしてはなりませんよ。気を緩めれば、どこでケガをするかわかりませんからね」

 そうそう。残りあと少しという場面は、一番油断してケガしやすい場面でもある。中国の故事にもそう言ってるもんね。

 そうして休憩&昼食をとった僕達は、再びルクベル山脈をくだりはじめたのでした。その途中、

「何か来る!」

 エレナが妙な気配を感じ取って、とっさに弓を構える。何が起こるのかわからないけれど、僕も同じく弓を構えておく。すると、翼の大きさが2mもあろうかという怪鳥が、上空から急降下して襲ってきた!しかも2匹も!

「上かっ!!」

 霧で視界が悪かったから、接近するまで分からなかったんだ。僕は慌てて矢を番えると、2匹の内の右側のやつに狙いをつけた。エレナがそれを見て、左側に狙いをつける。しかし、

「かわされた!」

 右側の怪鳥は矢を受けてひるんだが、左側の怪鳥は矢を回避してスピードこそゆるめたものの、まだこっちに向かってくる!

「ちっ!」

 すかさずレオンが剣を振りかざして正面に立つ。そこに、

「キュオォォン!」

 別の方向から黒いものが飛んできて、怪鳥を弾き飛ばしてしまった。なんだ!?

「グリフォン!?」

 霧でよく見えないけれど、シルエットはグリフォンのようだ。しかし、グリフォンがどうして僕達を助けるの?

 僕達がそんな疑問を抱いているのをよそに、グリフォンは素早い動きで怪鳥に襲い掛かる。怪鳥の大きさはグリフォンとさほど変わらなかったものの、戦闘能力ではグリフォンの方が上なようだ。前足の爪やくちばしを巧みに使い、グリフォンは2羽の怪鳥をことごとく追い払った。

「あれはもしや…」

 昨夜助けた、あのグリフォンか?そう声をかけようとしたら、グリフォンはこっちを一回だけ振り向いて、そのまま飛び去ってしまった。

「ユウ、あれは…」

 ルモンドが声をかけてくる。

「おそらく、あの時のグリフォンだと思う…」

 証拠はないけれど、僕にはそんな気がした。

「昨夜助けたグリフォンに、今度は俺達が助けられた、ということか」

 レオンも剣を鞘に戻しながら、半ば信じられないといった様子でそうつぶやく。

「魔獣にも、そういう心があったってこと?」

「さぁ…それはわかりませんよ。でも、あのグリフォンが私達を助けてくれた事は事実です」

 あのグリフォンが何を感じ、何を考えていたのかは当人に聞かなきゃ分からないけれど、僕達を助けようと思ってあの怪鳥を追い払った事は確かだろう。やっぱりエレナの言ったとおり、あのグリフォンは僕が飼ってた犬の、コタローの生まれ変わりなのだろうか…。


 そんなちょっと不思議な経験もしながら、僕らは無事にルクベル山脈を越えることができた。そして、ルファーガ王国領内に入ったのである。

 ルファーガ王国は、別名神聖帝国とも言われる。クレイド神殿の影響が強く、神殿で修行を積んだ聖騎士隊が国の戦力の中枢を担っているからなんだな。また、国王も聖騎士隊の中から選出されるシステムになっていて、国の法の8割がクレイド神殿の教えだって言うんだからすごい。まぁ、法の神様だけに間違った事は言ってないんだけど、法律まで神頼み、ってのはどうかと思うなぁ…。もちろん、宗教の法律だからかなり厳しくて、例えば、人をだますためだけの嘘をつくと百叩きの刑とか、盗みは最低でも投獄5日とか、そんな感じ。普通、法律が極端に厳しいと国民が反乱を起こすものなんだけど、国民の9割以上がクレイド神の信者だから案外上手くいってるらしい。それに、聖騎士隊ってのがやたら強いらしく、200年以上に渡って周囲の国の侵略をことごとく退けてきた、ってのも、国民がついていく理由なのかもしれない。フォゼット大陸では最も歴史の古い王国であることから、皇帝がいるわけでもないのに“帝国”と称されるんだそうな。

 ところが、このルファーガ王国、現王のセプティム3世になってから、どうも国内情勢が良くないらしい。この国には聖騎士ではない騎士も存在するんだけど、彼らと聖騎士との格差が問題になっているんだとか。

「騎士様には領土が与えられるけんども、領土の税金はほとんど神殿に納めちまうで、領主様にゃあほとんど入らねぇんですよ。それに引き換え、聖騎士様にゃあ俸禄はたっぷりだわ、国内での飲み食い寝泊まりはタダだわ、それはもういたれりつくせりで…」

 国境付近の村で宿を取った僕達は、その宿屋の主人にいろいろと話を聞くことができた。ルファーガ王国はクレイド神への信仰でまとまった国だと思ってたけど、案外そうでもないらしい。

「じゃあ、騎士の中には聖騎士に対して反感を抱いてる人もいるの?」

 ファルマがそうたずねると、宿屋の主人は声を潜めて答えてくれた。

「大きい声じゃ言えねえけんども、騎士様の中には、そういう人もいらっしゃるって話だ。中でも、一番大きい土地持ってるランスローって騎士様は、周辺の騎士様集めてなにかやろうとしてるって噂だよぉ」

 なるほど。軍事の要になる騎士制度に問題を抱えてるわけか…。こりゃ、内乱でも起こるかな?


 夕食を終えて、男と女に分かれてそれぞれの部屋に戻った僕達は、それから少しルファーガ王国の情勢について話した。

「ルファーガは結束の固い国だと聞いていましたが…」

「どうやら、騎士の階層二分化が、あまり良くない結果を生みつつあるみたいだね」

「当然だ。この国では、騎士になって領地を拝領するより、聖騎士になった方がいい生活を送れる。無論、聖騎士になるには神殿での厳しい修行と、並外れた剣や槍の腕前が求められるのだがな」

 この問題に関しては、レオンも関心があるらしい。彼もベルダイン王国に仕える騎士だから、同じ騎士としてルファーガの制度には納得がいかないようだ。

「領地を治めるということは、国を支えるということだ。だが、その見返りが少ないのでは、国への忠誠心も薄らぐというもの。だが、問題は金だけではない。戦って得られる名誉も、聖騎士によってことごとくさらわれてしまうのだ。金も名誉も奪われてしまっては、不満が出るのもいた仕方あるまい」

「確かにそうでしょうね。騎士にとって戦での名誉は何にも代えがたいもの。それを得られないのであれば、不満も出るでしょう」

 ルモンドも騎士の家系に生まれてるから、そういうことが分かるんだね。

「おやじさんがこっそり話してくれた、あのランスローって騎士の話、あれが本当だとしたら、内乱でも起こるのかな?」

 僕がそう問いかけると、

「そうかも知れませんね」

 と、ルモンドが答えてくれた。

「ですが、聖騎士に対する不満こそあれ、騎士とて国に対する忠誠心を失ったわけではないはず。そう簡単に反旗を翻したりはしないでしょう」

「う~ん…」

 そうだと良いけど、僕達の行く先々で問題が起こっているからなぁ…。今回も、そう楽観はしてられない気がする…。(不安)

 さて、ここでルファーガの聖騎士の制度について詳しく説明しておこう。そもそもこの世界の聖騎士ってのは、『神に帰依し、その加護を得ることのできる騎士』と定義されている。まぁ、早い話が、神の奇跡を使える騎士ということだ。そう言うと、神殿にいる神官戦士も聖騎士みたいなんだけど、神官戦士はあくまでも神に仕えているのであって、国から俸禄をもらっているわけじゃない。そこが大きな違いなんだよね。

 ところで、この聖騎士が国からもらう俸禄、いったいいくらぐらいだと思う?これがねぇ、聞いて呆れるほど多いんだよ。1年で小城が建てられるくらいって言うんだから。おまけに国内では聖騎士特権ってのがあって、飲み食い寝泊まりがタダになる上、必要なものは神殿や領主に求めることができるってんだから、呆れるよね。出費はないし、収入は多いし、ほんと夢のような地位だよ。日本のとあるお偉いさんみたいだね。

 でも、その分戦争になると、最前線で戦わなくちゃならない。まぁ、聖騎士ってのは国と神殿に対する忠義の塊みたいな連中だから、放っておいても率先して先頭に立って戦うんだけどね。

 この役得な聖騎士になるには、2通りの方法がある。まずは、騎士から聖騎士になる方法。これは、最初に騎士として国に仕えておき、それから神殿で司祭としての修行も積んで国に認めてもらうというもの。この場合、聖騎士叙勲を受けた時点で領土は返納することになる。もうひとつは、司祭から聖騎士になる方法。こっちの場合、先に司祭として修行を積み、それから武芸に励んで騎士の称号を得なくてはならない。前者の場合は騎士の家に生まれる必要があるけれど、後者だとどんな身分の人間にも可能性がある。と、聖騎士の説明はこれくらいかな?

 そんな事を話していると、エレナがやって来た。

「ユウ、ちょっと一緒に来て」

「うん」

 どうせ拒否権はないし、特にすることもなかったので僕はエレナについて行った。


 宿を出てどこに行くのかと思えば、エレナは僕を連れて村はずれの森に向かった。

「何するの?」

「薬草採ったり、果物採ったりするのよ。薬草はほとんどダメになっちゃったし、久しぶりに森の果物を食べたくなったの」

 そっかぁ。海に落ちた時に薬草はダメになったろうし、森の果物なんてしばらく食べてないからね。でも、もう真っ暗になるよ?(泣)

「薬草とか、果物とか分かるの?もう暗いよ?」

「大丈夫よ。光の精霊を召喚するわ」

 と、エレナはわずかに精霊語を発して光の精霊を召喚する。

「ねぇ、ユウ?」

 ふと、エレナが話しかけてきた。

「ん?」

「あなたと、初めて出会った時の事、覚えてる?」

 忘れられるわけがない。あの時エレナの下着を見たのと同時に、僕は右腕に怪我を負わされ、そのおかげで丸1日熱にうなされていたんだ。あんなおいしい思いと痛い思いを同時にしたことなんて、人生であの一度っきりだよ。(泣)

「ああ、覚えてるよ」

「考えたら、あれからもう4ヶ月も経ったのね…。私達エルフにしてみれば、4ヶ月なんてほんの一瞬の出来事でしかないはずなのに…」

 エレナはそこで言葉を切り、光の精霊に手を伸ばした。

「あなたと一緒に過ごした4ヶ月は、まるで何十年も一緒にいたみたい…」

 精霊の神秘的な光に照らされた彼女は、ものすごくドキッとする魅力に包まれていた。森の木々を抜ける風に髪がなびき、まるで絵画のような美しさをかもし出す。思わず彼女に見とれていると、エレナが僕の視線に気付いて顔を赤らめた。

「やだっ、そんなに見つめないでよ。石になっちゃうわ」

「あっ、いや、その……」

 なぜか僕まで恥ずかしくなって、彼女を見られなくなってしまった。(汗)

 ところで、彼女の言った『石になる』というのは、どうやらバシリスクやゴーゴンといった、瞳に石化の魔力を秘めた魔物になぞらえた慣用表現らしい。日本で言うところの、『穴が開くほど見つめる』というのと同じ意味だろう。どちらも、それほど一心不乱に見つめている、ということだ。

「あの…もう、果物も取れたし、薬草も集まったから、そろそろ帰りましょ」

「う、うん。そうだね」

 何をドキドキしてるのか、僕達は互いに顔を見ることもできなくなってしまった。でも、エレナは果物を袋に詰めるや、僕の左腕にそっと自分の腕をからめてきた。(!)

「うわっ…!?」

 よもや、エレナと腕組みできるなんて思わなかった。こんなこと、まったく考えてなかったもんなぁ…。

 でも、本当の所はそうではなかったらしい。人間の村で精霊の光を見せるとおびえるかもしれないと配慮したエレナが、精霊を解放し、夜目の効かない僕を誘導するために腕をとったんだそうな。ま、エレナが突然こんなことするなんておかしいとは思ったけど、ちょっとドキドキしたな。

 そして宿に帰った僕達は、薬草を整理し、果物を食べて休んだのでした。



 ルファーガ王国に入って4日が過ぎた。僕達は街道に沿って歩き、王国領土の南東部にあるルファーガ王都エルレイスに到着した。さすがに聖王のお膝元なだけあって、町にもどことなく神殿っぽい雰囲気が漂っている。町を歩くほとんどの人が、上半身のどこかに白い布を巻いているんだけど、これはクレイド神信仰のシンボルなんだそうな。メルファ女神の信者が髪を長くするのと同じだね。

 古い国ということもあって、町の建物には歴史を感じさせるものが多い。特にクレイド大神殿は、建国当初の姿をとどめているとあって、見る者を圧倒する。そんな町を歩いていると、純白の鎧に身を包んだ騎士が5人ほど、馬に乗って街中を駆けて行った。

「あれは、聖騎士だな」

「聖騎士?」

 へぇ、あれが聖騎士かぁ。実物見ると、それなりにかっこいいなぁ。純白の鎧に真紅のマント。戦場では目立つ事この上ないだろうけど、聖騎士というだけで相手に威圧感や恐怖を与える事ができるから、それはそれでいいのかもしれない。

「しかし、随分と慌てていた様子でしたね。何かあったのでしょうか?」

「俺達には関係のない事だ。早く宿を探すぞ」

 さして気に留めた風もなく、レオンは宿を求めて歩き始めた。う~ん、なんか気になるんだけどなぁ…。でも、こっちだって大事な任務を帯びているんだし、変に係わり合いにならない方がいいよね。

 そして僕達は、大通りから一歩奥に入ったところに、1軒の宿屋を見つけた。看板には、『安らぎの鐘』と書かれてある。見た目の雰囲気がよかったので、レオンはすぐにそこに泊まる事を決めた。5人で金貨2枚という安さだから、部屋もそれに比例して質素だ。しかし、そこは歴史と風格のある町。建物の造り自体はしっかりしているし、ベッドもきれいにしてある。また、ここは珍しく女性が主の宿屋で、細やかな心遣いをしてくれる。

「いい宿を選びましたね」

「ああ。ここならゆっくりできそうだ」

 ルモンドとレオンは、部屋に荷物を下ろしながらそう言った。

「あれ?また…」

 僕が何気なく通りに面した窓から外を眺めていると、馬に乗った聖騎士の一団が駆けて行った。

(戦争でも起こるのかな…?)

 ただならぬ雰囲気を感じた僕は、一抹の不安を覚えた。これまでにもいろんな所で事件に巻き込まれているから、ここでもそうなるんじゃないかと心配で…。

「ユウ、どうしました?」

「いや、また聖騎士の一団が走って行ったから…」

「また、ですか…」

 ルモンドも何か嫌な予感がしたらしい。少しうつむき、頭を振る。

「何も起こらねば良いのですが…」

「何が起ころうと、俺達は任務を全うして帰るだけだ。俺達はこの国とは無関係だし、関与する必要もない」

 鎧を外しながらレオンが言う。そりゃ、そうだけど…。そう簡単に行くといいけどなぁ…。今までもそう言いながら、結構面倒に巻き込まれてきたんだよね。大丈夫かな…。(不安)


 日が傾いてきたので、僕達は夕食をとるために1階におりた。

「あら、お夕食ですか?」

「ああ。適当なものと、エールのボトル、それと果物を絞った飲み物を」

「はい。レオナ、お飲み物をお出しして」

 この宿は女主人のアルシアさんと、その娘のレオナとカティスの3人で切り盛りしている。アルシアさんは大人の女性の魅力たっぷりな人で、だれでも心を許してしまうような不思議な雰囲気を持っている。長女のレオナは、母親に良く似たこれまた美人で、歳は僕と同じくらいかな?落ち着いた雰囲気が魅力的な女性だ。反対に次女のカティスは、母親や姉のような女性的な魅力には欠けるけど、明るく快活で、人間的な魅力にあふれている。そう、まるでフィオーラみたいな子だ。

「お待たせしました」

 長女のレオナが飲み物を持ってきてくれた。レオン達はエールを、そして僕は果物のジュースを取る。

「あれぇ?ユウさん、お酒飲めないの?」

 カウンターでグラスを拭いていたカティスが、その様子を見てそう言ってきた。まいったなぁ…。僕が彼女達と話をすると、隣から鋭い視線が投げかけられるんだよね…。(泣)

 だから、

「うん。酒には弱いんだ」

 と、適当な返事をしてはぐらかすしかない。トホホ。(泣)

「あら、いいじゃないの。だれにだって苦手はあるわ。ユウさん、妹の言う事ですから、あまり気になさらないでくださいね」

「は、はぁ…」

 どうにもレオナに話しかけられると、変にかしこまってしまうな。

 そんな事を話していると、他の客が入ってきたので、レオナは彼らの応対に向かった。やれやれ。これで少し落ち着けるよ。

 のんびりとした食事を終え、今はそのまま宿の1階で酒を飲みながらゆっくり休んでいる。周囲でも酒の入った客が、歌ったり騒いだりしている。その喧騒に嫌気がさしたのか、エレナが部屋に帰ると言い出した。僕も酒を飲んでいるわけじゃないので、エレナについていくことにする。


 2階に上がると、エレナが自分達の部屋に僕を連れ込んだ。な、何をされるんだろう?(汗)

「ユウ、ちょっと頼みがあるの」

 エレナはそう言うと、背負い袋から着替えを取り出した。

「下着が破れちゃったんだけど…直せる?」

「これは……」

エレナのパンツに見事に穴が開いている。どうやら、長い間の摩擦で擦り切れたようだ。これは、どうにもならないなぁ。

しかし、こんな形で彼女の下着を拝むことになるとは思わなかったなぁ…。出会った時には矢を射かけられるほど怒っていたのに、今は恥ずかしがることもなく僕に下着を見せている。

とはいえ、擦り切れた布を修復する術を僕は持たない。

「悪いけど、これは修繕できないよ。新しく作るか買うかした方が、きっと早いと思う」

「そう…困ったわね…」

 どうやら、今日着替える下着だったようだ。

「まだ店は開いてるだろうから、買いに行く?」

「嫌よ!人間が人間のために作った下着をはくくらいなら、破れたのを我慢してはくわ」

 そう言うと思ったよ。困ったなぁ…。

「じゃあ、僕が作ったものなら、はく気はある?」

「それなら…」

 と、言うわけで、急遽エレナの下着を作るため、僕は材料を買いに行く事になりました。色は白でいいとのことだったので、生地屋さんに飛び込んで白い布を探した。すると、

「これは…絹?」

「ああ、そうだよ」

 なんと、絹の生地を発見した。どうやらこの辺りでは養蚕がさかんならしく、絹布がけっこう安い。僕はそれを適当な大きさで買い、一緒に白い糸と縫い針を購入して宿に戻った。

 宿に戻った僕は、女性の部屋にこもってエレナの下着作りに取り掛かった。破れたパンツでサイズを測り、横を紐で締めるタイプのものにする。ゴムがないから、僕にはそうしか考えられなかった。

「ユウ、大丈夫?」

「うん。すぐにできるよ」

 サイドを紐で締めるタイプなら、ウェストを気にしなくていいもんね。布の切れ端をきちんとかがってほつれないようにすれば……一丁上がりっと!

「はい。できたよ」

「これが…下着…?」

 ああ、そうか。このタイプのパンツはこの世界にないんだっけ。仕方ない。はき方から教えなくちゃ…。

 そして紐パンのはき方を教えた僕は、エレナがすぐにはき替える素振りを見せたので、部屋から退散しようとした。すると、

「ユウ、ありがと」

 と、彼女に声をかけられた。普通なら素直に喜べるんだけど、下着を作ってあげたってねぇ…。なんか、恥ずかしいや。(赤面)

 僕が部屋の外に出ると、ちょうど他のメンバーが上がってくるところに出くわした。

「あら、ユウ?どうして私達の部屋に?」

「えっ!?あっ、いやこれは…」

 どうせ酔っ払いなんだからと、何とか適当にごまかした。まさかエレナの下着を作ってた、とは言えないよ。

 そして自分の部屋に戻ると、

「ユウ~!」

 と、ファルマが部屋に飛び込んできた。

「なっ、なに!?」

「ねぇ、エレナから聞いたわよ~。私にも作ってよぉ~」

 なんとぉ~!?何を言い出すかと思えば、ファルマもパンツを作ってくれとな?(驚)

「ファルマ、何の話ですか?」

「あのねぇ…」

 わあっ!?しゃべっちゃだめ!!僕は思わずファルマの口を両手で押さえると、そのまま彼女を引きずるようにして部屋から出た。ったく、酔っ払いはこれだから…。あんなところでしゃべられたんじゃ、シャレにもなんないよ。(汗)

 かといって、ファルマを黙らせるにはパンツを作ってあげるしかなく、僕は材料を持って女性の部屋に行く事になったのでした。(泣)

 さて、女性部屋で作業をしてる間、なんのせいかは知らないけど、饒舌になったファルマが僕にいろいろと話しかけ続けていた。最初は適当に相槌を打ってたんだけど、そのうち話がどうしてパンツを作って欲しいと言ったのか、という部分に移ってきたため、僕はマジメに聞いてみることにした。

「…それでね、エレナに見せてもらったのよ」

「まさか、彼女がはいてるパンツを?」

「そう。エレナったら、自慢げに話すんだもん。ユウが作ってくれた~、って」

 自慢したのか…。チラっとエレナの方に視線をやると、エレナが顔を赤くして恥ずかしそうにうつむいていた。うれしいのはいいんだけど、それを自慢するとはエルフらしからぬ行為だなぁ…。大体、エルフってのは物に執着しないんじゃなかったっけ?

 そんな事を考えながらも作業は進み、あとは紐を縫い付けて布の端をかがれば終わりというところまで来た。ま、作業量からすると、これから先の方が多いんだけどね。

「それにしても、ユウって器用ねぇ」

 僕の手つきを見ながら、ファルマが感心したように言う。

「昔っから、手芸とか、木工細工とかが得意だったからね」

「ふぅん」

 そう言ってる内に、もう紐は縫いつけ終えた。後は布の端がほつれないようにかがるだけ。

 そして、無事にファルマのパンツもできた。エレナより少し大きめに作ってあるけど、大丈夫かなぁ?

「とりあえずできたよ。もしかしたら合わないかもしれないけれど、その時はかんべんして」

「じゃあ、ちょっとはいてみるから、そこにいてよ」

 えっ!?ど、どういうこと?戸惑う僕をよそに、ファルマは躊躇することなくズボンに手をかける。

「見ちゃダメ!」

 案の定、エレナに頭からシーツをかけられた。前にもこうされたから、こうなるんじゃないかとは思ってたけどね。(泣)

 まぁ、シーツで視界は遮られていたけれど、エレナとファルマの話し声は聞こえた。だから、僕はじっと彼女達の話に耳を傾けていた。すると、

「これ、どうやって結ぶの?」

「最初に一方を結んでおいて、片足を通すの。……そう。それで、引っ張って調節しながら結ぶの」

「こう…やって……おっとと」

 どうやら、紐パンはくのに悪戦苦闘しているらしい。あれって、そんなにはくの難しいかな?まぁ、ゴムの入ってるパンツに比べたら不便とは思うけど…。ゴムが手に入らないもんなぁ…。それに、見た目だって紐パンの方が…。(爆)

「これでいいの?」

「そうね。きつかったり、はき心地悪かったりしない?」

「うん。それは大丈夫」

 そんな会話から少したって、僕は暗闇から解放されたのでありました。

「ふぅ。暑かった」

「ごめんね。もう終わったからいいわよ」

 やれやれ。他の女性の下着姿を見るのがいい事だとは言わないけれど、ここまでやきもち焼かなくてもいいだろうに…。

「ファルマ、はき心地はどう?」

「問題ないわ。少しお尻の方が小さい気がするけど、動いたってズレたりしないから」

 やはり横を紐で締める、というのが良かったらしい。ウェストの大きさにあわせられるからね。これで下着騒動はおしまい。僕は女性2人から感謝されつつ、男性部屋に戻ったのでした。


 次の日の早朝、早立ちをするために朝食をとっていた僕達は、思いもよらぬ連中の訪問を受ける事になった。

「失礼する!」

 そう言って宿屋の扉を開けたのは、見覚えのある白い鎧を身にまとった男達だった。

「聖王陛下の命により、お前達の名前と身分、来た方角と行き先を調べさせてもらう」

 あまりに騎士の言い方がぶしつけだったので、ルモンドが彼らに理由をたずねようとした。が…

「いかなる理由によって、我々の事を話さなくてはならないのでしょうか?それをお聞かせ…」

「従わねば、聖クレイド神の裁きにかける。大人しく従い、嫌疑が晴れれば自由にしてやる」

 ルモンドの言葉は途中で遮られ、さらに高圧的な態度で聖騎士は僕らに迫ってきた。

 そこで、仕方なく僕達は自分達の名前と身分、そして来た方角とこれから行く場所について話した。

「嘘、偽りはないな?」

「ああ、ない」

 レオンの身分だけはさすがに偽ったけれど、それ以外はすべて正直に答えた。すると、

「ならば問題はない。手間を取らせた」

 と言って、聖騎士達は宿から出て行った。まるで嵐のようだったな…。

「聖騎士というのは、礼儀を知らんのか」

「大きな事件でも起きた様子でしたね。我々の旅に支障がなければよいのですが…」

 これまでさんざん事件の巻き添えをくらってたから、どうしてもそうなりそうな気がしてならない。しっかし、目的地はもう目の前なんだから、せめてこの国でだけはトラブルに巻き込まれたくないなぁ…。

 そうしていると、アルシアさんが近づいて来てこんなことを話した。

「最近、王国内にあまり良くない動きがあるようなんです。それで聖騎士隊が、あのように動き回っているらしいんですけど…」

 あぁ、やっぱりあの農村で宿屋をしてたおっさんの言った事が現実になるのか?そうなると、国内は騒乱状態で、とても旅なんてできる状況じゃなくなる!

「レオン、ここは…」

「ああ。急いだ方がよさそうだな」

 朝食を終えていた僕達は急いで荷物をまとめ、宿を引き払ったのでした。そして宿を出ようとした時、

「またエルレイスに来られたら、ぜひ寄っていってくださいね」

 と、アルシアさんのお見送りを受けた。よく気がつくものだと、僕はおおいに感心したものだった。しかし、これだけできた主人がいながら、どうして宿の客は少ないんだろ?


 エルレイスを後にした僕達5人は、街道から外れて南の方を目指した。このルファーガ王国は南北に長い領土を持ち、南部にはあのランスロー侯爵の領土がある。つまり、僕達は反乱を起こすかもしれない人物の領内に入ろうとしているんだ。国外の人間である上に、僕達は王都から来ている。聖騎士隊の放った密偵だと疑われるかもしれないなぁ…。

「確かに、その可能性は否定できませんね」

 僕の心配に、ルモンドが首を縦に振る。

「聖騎士隊があれだけ動き回っているのです。まだ表立った戦闘には至らないものの、水面下での攻防はすでに始まっていると見てよいでしょう」

「あ~あ、また面倒なことになるのかなぁ」

 おろ?珍しく、ファルマがぼやいたぞ。何かあるのかな?

「どうしたの?そんな風にぼやくなんて、珍しいね」

「ぼやきたくもなるわよ…」

 と、ファルマはこれまで遭ってきた災難を列挙した。ま~、ファルマと出会ってからも、災難続きだったからねぇ…。(泣)

「これで内乱に巻き込まれたら、私達ってほんとに不幸よね」

「そう言うな。言ったところで、不運を回避できるわけではあるまい。自分達ができる限りの事をしていれば、おのずと結果はついてくる」

 レオンがそう言って不幸談義に終止符を打つと、僕達は何をしゃべるでもなく、ただ黙々と南に向かって歩くだけになった。だけど、ただ歩くだけ、ってのも随分しんどいんだよねぇ~。(泣)


 エルレイスを出て2日後の昼下がり、僕達が例によって南へ向かう道をてくてく歩いていると、向こうから騎馬の一団がやってくるのが見えた。別に害はないだろうと、道をあけて歩いていたところ、

「お前達、エルレイスから来たのか?」

 と、立ち止まってたずねられた。

「ああ、そうだ」

 レオンがそう答えると、

「怪しい奴らめ。詰め所で取り調べるので、大人しくついて来い!」

 ちょ、ちょっと待ってよ!いきなりどういうこと?

「納得の行く説明をしてもらわなければ、大人しくあなた方について行く事はできません。私達にもなすべき事があるのです」

「それは詰め所で説明してやる。大人しく従わないのであれば、この場で斬る!」

 あまりにも強引なやり方だけど、相手は完全武装した騎士3人。こっちでまともに斬りあえるのはレオンぐらいなもんだから、どう考えても分が悪い。魔法を使って切り抜ける事もできるけど、その後他の騎士に追い回されるのは目に見えてるもんね。だから、ここは大人しく従う事にした。


 武器を取り上げられた僕達が連れて行かれたのは、ルファーガ南部の町ランバーナ。ルファーガ王国南部最大の町であり、商業も盛んな活気のある町だ。そんな町の一角に、騎士団の詰め所があった。僕らはその詰め所の一室に集められ、一度に取り調べを受ける事になった。まずは宿屋で聖騎士に聞かれた事と同じ内容の質問を受け、これまた聖騎士に答えた事と同じ返答をする。

「嘘はついていないだろうな?」

「ああ。ついたところで、我々に利益がないからな」

 レオンがそう答えると、尋問していた男がなにやらつぶやいた。聞いた事のない言葉だったけど、なんだったんだろう?

 その言葉に反応を見せなかったからなのか、男は態度をコロリと変えた。

「疑ってすまなかった。諸君らが嘘をついておらぬ事が分かったので、これより諸君らは自由にしてくれてかまわん。これを持っておれば、他のところでも疑われずにすむだろう」

 そう言って、男はなにやらメダリオンのようなものを僕らにくれた。そして、取り上げていた武器も返してくれる。なんだ。ぶっきらぼうだけど、誠実な対応してくれるじゃないか。

 何が起こったのかよく分からないまま外に出ようとすると、

「忠告しておく事がある」

 と、さっきの男が僕らを呼び止めた。

「もしかすると、これから先、この辺りで何らかの武力衝突があるやもしれん。もしも再びこの街道を通るようであれば、注意したほうがいいぞ」

「ああ、そうするよ」

 その時はそんなに気に留めなかったんだけど、実はこの忠告が、後で大きな意味を持つようになる。

 そんな事はつゆ知らず、自由になった僕達は今日の宿を探して歩いた。その最中、

「なんだか、町の雰囲気がピリピリしてない?」

 と、ファルマが言った。その言葉にルモンドがうなずく。

「ええ。どこか殺気だっているようです」

 司祭とは言え、そこは騎士の家系に生まれた男、戦いに関する知識や感覚も一応備えているんだね。

「あまりこの国に長居しないほうがよさそうですね」

「そうだな。早く目的を達成して、国に戻らねば…」

 目的地であるルーベラの森まであと少し。いよいよこの旅も半分が終わろうとしているんだなぁ…。気がつけば森にいた時から季節も変わって、照りつける日差しが強さを増していた。と、いうことは、エレナの集落に帰り着く頃には、もう秋になってるかもしれないなぁ。

「ユウ、どうしたの?」

 騎士達に強制連行されてから、初めてエレナが口を開いた。おそらく、人間の高慢さに怒りを覚え、口を開くと何か言ってしまいそうだったからだろう。自由になるまで、彼女はずっとうつむいていたもんね。

「いや、ふと集落の事を思い出したんだ。あそこに帰ったら、もう秋になってるんだろうなぁ…って」

「そうね。考えてみれば、もう夏なのねぇ」

 と、エレナは空を見上げる。夏の空はスカッと晴れ渡っており、雲ひとつない。だから暑いんだけどね。(泣)

「でも、集落の事を思い出すなんて、どうしたっていうの?」

「あそこは、僕にとっても帰る場所だから…さ…」

 最初は別になんとも思ってなかったんだけど、考えてみると僕は異世界の人間。本当なら日本の僕の家が帰るべき場所なのに…。

 僕の答えを聞いて、エレナは目を見開いて驚いた。

「人間のあなたが、あの集落を帰る場所だって言うの?」

 でも、その言葉に皮肉っぽい響きはない。むしろ、純粋に驚いているというだけのようだ。

「だって、この世界にいる以上、僕にはそこしかないんだし…」

「そうね」

 言って、エレナは僕の頭を撫でた。

「帰ったら、また木の実拾いしましょ。それから薬草の勉強も、ね」

「勉強かぁ…」

 苦笑いを浮かべる僕を見て、エレナはクスクスと笑った。他愛もない会話だけど、なにより満たされる瞬間である。あぁ、こんな時間がずっと続けば良いのに…。(惜)


 ランバーナで一泊した僕達は、再び南に向かって歩き始めた。町の人に聞いた話だと、ルーベラの森まではあと6日程度の道のりらしい。途中にはたいした障害もなく、すぐに着くだろうとのことでした。さすがに街道筋なだけあって、妖魔や魔物の姿はなく、騎士達が何度も行き交っているから盗賊達の襲撃もない。そんなわけで、僕達は予定通りにルーベラの森に到着した。

「これが、ルーベラの森か」

 目前にうっそうと木々の生い茂る森が立ちはだかる。エルフの森は手付かずの森であるが故に、その外見はどこかおどろおどろしい。おまけに森の中は迷路のようになっており、土地勘のない者が足を踏み入れれば迷う事は必至。

「この森はエルフの領域。ここからは、私の言う事に従ってもらうわよ」

 一行で唯一のエルフであるエレナが、一歩前に踏み出てそう言った。無論、首を横に振る者はない。

 全員の意思を確認したエレナは、森に向かって何かしらの言葉を投げかけた。おそらく精霊語だろう。そんな発音だったような気がする。

 彼女が呼びかけてから少しすると、森から弓矢で武装した男性のエルフが2、3人姿を現した。

「用向きはなんですか?」

「あなた達の長老にお会いしたいの。これは私の集落の長老が、あなた達の長老に宛てた書状よ」

 エルフ達が言うところの『理性的な会話』によって僕らの身分が確認されると、男性のエルフは自分の後をついてくるように言った。ところが、

「この森に人間が足を踏み入れる事は許されません。ですが、あなたの集落の長老に敬意を表す意味で、この書状にあるユウという人間だけは、入る事を許可します。それ以外の人間は、森の外で待っていて下さい」

 と、言い出したのだ。さすがにエルフの領域を侵すことがためらわれたのか、レオンも大人しくここで待つ事を約束した。

「ユウ、エレナ、頼んだぞ」

「うん」

 僕らは仲間にしばしの別れを告げ、男性のエルフに先導されるまま、森の中へと足を踏み入れたのであった。

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