第2章 大陸横断


 ある日、僕が朝の水汲みから帰ってくる時、集落ではまず見かけない人とすれ違った。徒歩での使用を考えて作られたと思われる実用的な鎧、破壊力だけを追求した大剣、そしてこの装備を軽々と着こなす体躯。人間の戦士だ。でも、その装備こそ一介の戦士風だけど、雰囲気はどう考えても騎士だなぁ。

 と、その時はそんなに気にしていなかったんだけど、エレナと一緒に長老様の所に呼び出されてあることを思い出したのでありました。

 僕がすれ違った騎士、名前をレオン・ヘーゼンスと言って、この森をぐるりと取り囲むように領土を持つ国ベルダインに仕える騎士なんだ。それも近衛騎士。彼がこの森を訪ねてきた理由は、王国の内乱にある。

 このベルダイン王国、賢政をふるった現国王が病床にふせってからというもの、2人の王子が王位継承を狙ってひそかに行動しているのである。それというのも父親が王位継承権の優劣をいまだに公表していないからなんだけど、父親としては兄弟が力をあわせて国を動かしてほしいと思ってそうしたらしい。ところが、何かしらの理由で自分が王になるという野心をもった兄弟は、互いに牽制し合って今や冷戦状態。いつ表立った内乱に発展するか分からず、国に仕える騎士達はほとほと困っているという。そして、この状況を悪化させているのが、文官系の貴族達。彼らは自分の出世のために、いい条件を提示した方の味方となり、王子達をたきつけている。事態を憂慮した国王直属の近衛騎士隊は、王国内の不和を解決する策をウチの長老様に求めたというわけ。そこで派遣されたのがこのレオンという近衛騎士。小説ではエレナとアゼルを連れて冒険に出るのだけれど、僕が呼び出されたということは、どうやらアゼルの代わりに僕が行くことになりそうだなぁ。

「長老、参りました」

「うむ。さっそくだが、お前達にこの騎士の助力をしてもらいたい」

 そして、長老様はかいつまんでベルダイン王国の状況を説明した。その後に、ベルダイン王国に内乱が起これば、この森をも戦いに巻き込むかもしれないと付け加えた。

「彼に協力することは、ひいてはこの森を守ることにもなるだろう。行ってくれるな?」

 さすがに故郷の森を守るためとあらば、人間社会に干渉したがらないエルフでも看過できないようである。

「……はい。森を守るためなら」

 人間に対してあれほど強い恨みを抱いているエレナが、一瞬の逡巡の後でそう言って頭を下げたので、僕も一緒に頭を下げた。どうやら、エルフとして森を守らなければならないという意識の方が、人間に対する恨みに勝ったようだ。もしくは、大勢の人間に森を蹂躙されるくらいなら、少数の人間に手を貸したほうがマシだと考えたのかもしれない。でも、そんな打算的な考え方、エルフはしないだろうな。

「うむ。では、今から書状を書く。これを持って、お前達はフォゼット大陸のルーベラの森へと向かい、そこの長老であるジーレに会うといい。書状を渡せば、あいつが手を貸してくれよう」

 フォゼット大陸ってのは、僕達が今いるアルラッド大陸の西にある大陸で、ルーベラの森はその南端の森だ。そこにはフォゼットで最も大きいエルフの集落があり、そこの長老が権力争いに現を抜かした王子達の目を覚まさせる方法を知っているんだ。

 でも、長老様はこの事には触れず、僕らには書状を持っていけば分かるとしか言わなかった。別に他意があるわけじゃないと思うんだけど、詳細を教えてもらえないってのはちょっと不安だよなぁ。でも、エレナはそんな様子もなく、長老様がしたためた書状を受け取った。もしかすると、エルフの感覚ではこれが当たり前なのかもしれない。

「ベルダインの騎士よ、私にできるのはこれぐらいだ」

「ご協力くださり、感謝の言葉もございませぬ。人間とエルフ双方のため、一命を賭しても、この王国を覆う暗雲を晴らしましょう」

 騎士がそう言って長老様に感謝する。

 しっかし、実際に聞いてみると、騎士の言葉遣いってものすごく堅苦しいねぇ。小説で読む限りではかっこいいと思ったのに、な~んか拍子抜けだなぁ。


 騎士には長老様の家で待ってもらって、僕達は旅の支度をするためにエレナの家へと戻った。とはいえ、僕が自分で準備できるのは弓矢と着替えぐらいなもの。そのほかはすべてエレナや他のエルフ達に面倒を見てもらうしかなかったのである。なんだか情けないけど、しょうがない。この世界での僕の財産といえば、弓矢と着替えぐらいしかないんだもの。(泣)

「さぁ、これでいつでも出発できるわ」

 僕達の準備ができるのを今や遅しと待っていたレオンは、長老様の家の前で僕らを出迎えた。長老様も外に出ており、僕達に励ましの言葉をかけてくれた。

「エレナ、気をつけるのだぞ。それと、ユウ。お前にとって何か大事なものが、この旅の中で見つかるやも知れぬ。このままここにいたのでは見つけられない何かがな。だが、焦ってはよくない。じっくりと考え、行動するのだ。いいな」

「はい」

 さすがに気が遠くなるほど生きてきただけの事はあって、長老様の言葉は重い。僕は心にその言葉を刻み込むようにうなずく。

「では、行って来い。外の世界はこの森とは違う。気を緩めるでないぞ」

 長老様の言葉を受けて僕達は集落を後にした。この先何が待っているのか分からないが、僕がこの世界に飛ばされた理由が分かるかもしれないし、そうでなくとも何か得るものはあるはずだ。もちろん、それにはさまざまな障害もあることだろう。だけど、そんな障害を乗り越えて目的を達したときに、何かが分かるような気がする。僕はそんな気持ちで、森の道を外へ向かって歩いていた。


 こうしてエルフの森を出発してから最初の夜を迎えた。散歩が趣味だったとはいえ、舗装もされていない道を長時間歩くのにはなかなか慣れないよ。

「大丈夫?足が痛むの?」

 僕が靴を脱いで足を揉んでいると、エレナが心配そうに覗き込んできた。

「森を歩くのでも苦労していたのに、荷物まで背負ってるんだもの。足が痛むのも無理ないわね」

 エレナはこういう優しい言葉をかけてくれるんだけど、無骨な騎士はそうじゃない。

「お前の体の鍛え方が足りないからだ」

 この人、自分を基準に物事を考えるタイプらしく、何かあればすぐに自分はどうだったとか言ってくる。確かにこの人はそれなりに努力してるんだろうけど、僕と比べないでほしいなぁ。

 ところで、森を出て最初の夜ってことは、初めての野宿でもある。エレナは前に長老様のお使いで旅をした事があり、野宿は初めてではないらしい。だから、野宿未経験者は僕だけ。2人はテキパキと野宿の準備をするけれど、僕は何をしたらいいのか分からない。(迷)

「何をしたらいいかな?」

 エレナにたずねてみるものの、

「足が痛むんでしょ?無理しないで座っているといいわ」

 と、言われてしまう。レオンにはどこか近寄りがたい雰囲気があるし…。どうしよ…。う~ん、仕方ない。エレナのそばで何か手伝えそうなことがあったら、彼女に手を貸してあげることにしよう。

 そうこうしているうちに野営の準備は終わり、今度は夕食の準備に取り掛かった。今夜は干し肉のスープだけ。いきなりたくさんの食料を使うと、後々苦しくなるからだって。とはいえ、夕食がこれだけっていうのはけっこう寂しいなぁ。(泣)

 それでも食事というのは雰囲気を和ませてくれるもので、ここで初めてお互いの詳しい自己紹介ができた(もっとも、エレナの言葉は僕を通して伝えているけどね)。その中でわかった事は、彼がものすごい無骨者だってことと、口数が少ないこと。必要なことは話すんだけど、いまひとつ愛想はよくない。こんなのが学校の先生だった日には、多くの生徒が登校拒否するだろうなぁ。

「明日にはドートの村に着ける。小さな村だが、宿はあるし食料も買える」

「人間の…村…」

 エレナの表情が曇った。レオンにさえまだ心を開いていないエレナが、人間の村に行って耐えられるのだろうか。う~む…困ったな~。仕方ない。エレナが耐えられないと言う場合は、僕も付き合って村の外で野宿しよう。うん。

 食事も終わったので、僕達は見張りの順番を決めて休む事にした。明日は村に着くまで歩くんだ。今夜はしっかり寝ておこう。


 足の痛みに悩まされつつも、昨夜はそこそこ眠ることができた。幸いにして、何かが襲ってくるわけでもなかったしね。

「よし。出発するぞ」

 朝食をとるなり、レオンは荷物をまとめるよう指示した。まだ日が昇ったばかりだってのに、何をそんなに急いでいるんだろう。彼に急ぐ理由を尋ねたところ、動けない状況をなるべく作りたくないからだそうな。言われてみれば、座っているよりは歩いている方が、戦いなんかには対応しやすいよね。冒険者としては未熟な僕達の事を考えて、のことかもしれないし。

 その日ものんびりとしたいい天気の中の行軍となった。ぽかぽかとした陽気で、眠たくなってしまうなぁ。ふわぁ~…

「ユウ!」

 んぐっ!?なっ、なんだ!?(驚)

「弓を準備しなさい。ゴブリンよ」

 エレナの指差す方向を見ると、影が4つほど、こちらに向かっているのが見えた。でも、僕の視力じゃあそれがゴブリンだとは判別できない。エレナの視力は随分いいんだなぁ。

「お前達は後ろで構えていろ。ゴブリン程度、俺1人で十分だ」

 レオンはそう言ってグレートソードを構える。随分と自分の腕に自信があるんだなぁ。そんなレオンの態度が気に入らなかったのか、隣にいたエレナが、

「それじゃ、お手並み拝見といこうじゃないの」

 と、傍観者を決め込んだ。僕は念のために弓矢の準備だけしておく。小説で読んだレオンの腕前ならやられることはまずないと思うけど、ケガなんてされたら嫌だからね。

 ところが、僕の心配はまったくの杞憂に終わった。レオンはグレートソードを一閃させるだけで2匹のゴブリンの首を斬り、その光景を見て浮き足立った残りのゴブリンも、まさに目にも留まらぬ速さで斬り捨てたのである。まるで時代劇でも見ているかのような光景だった。しかし…首が飛ぶってのは、見ていて気持ちが悪いもんだなぁ…。いくら相手がゴブリンとはいえ…うえぇ……。(吐)

 まぁ、レオンの腕前はこれで十分証明されたわけだ。エレナもレオンが口だけではないということを認めたらしく、何も言わずに先を歩き始めた。

 そして昨夜レオンが言っていた通り、この日の夕方にドートの村に着いた。人間の村ではあるが、どこか土臭い田舎の農村。そんな印象が漂う村だったけれど、エレナには人間の姿が見えるだけで不快なようだ。なるべく視線を下に落とし、人間の姿を見ないようにしている。

「ここが宿だ。今日はここに泊まる」

 この冒険の主体は確かにレオンなんだけど、もう少し僕達にも選択権を与えてほしいよな。

「エレナ、大丈夫?」

 僕が心配して声をかけるが、エレナは何も言わずに僕の服の袖を引っ張った。やっぱり人間社会に足を踏み入れるってことに、彼女は随分抵抗があるようだ。

 それでもなんとか夕食を無事にすませ、僕はエレナに誘われて村はずれを散歩していた。でも、もう太陽は山にその姿を隠してしまい、周囲には夜の気配が忍び寄っていた。だから、もう足元はかなり暗い。エレナは夜目が利くけど、僕は夜目が利かないんだよな。(泣)

 集落で聞いた話だと、精霊使いになれば夜目が利くようになるらしい。それまでは、いくらエルフといえども、暗い場所では物が見えないんだって。それが精霊と交信できるようになると、普通では捕らえられない光を見ることが出来るようになるとか。だから、僕でも精霊と交信できるようになれば、夜目は利くようになるらしいんだけどねぇ。精霊語、分かりません…。(泣)

 そんな中、エレナは畑の周囲を囲う柵に腰掛けながら、こう話し始めた。

「この村、少し私達の集落に似てるわ」

 人間を見ないようにはしていても、気にはしていたらしい。村人達の人情味あふれる付き合い方に、エレナはエルフに近いものを感じたようだ。しかし、人間は両親を殺した憎い相手。僕に心を開いたとはいえ、それ以外の人間にまで気を許すことはできないのだろう。そんな彼女の態度は当然といえば当然なんだけど、この先は人間の領域を通る事になるのだから、いつまでもそれじゃあ困るよなぁ。

 だから、僕はあえて彼女に苦言を呈する事にした。

「田舎にはこういう所が多いけど、都会になるとそうも言ってられなくなるよ…?」

「だけど、あなたが一緒にいるじゃない。人間との接触はあなたに全部任せるわ」

 そう来たか。でも、長老様が他でもないエレナにこの冒険を命じたのは、きっとエレナの人間に対する憎しみや不信感をなくすためだと思うんだよね。で、そうなるためにはエレナにも人間に接してもらわなきゃならないわけで、いつまでも僕がエレナと人間の仲介役を続けるわけにはいかないと思うんだ。とはいえ、彼女に精神的負担を強要できるわけもなく、僕はジレンマに陥ったのでした。(泣)

「それでいいのかなぁ…」

 僕がそうつぶやいて周囲に目をやると、視界に赤い光が飛び込んできた。

「炎だわ」

 エレナはそう言うものの、人間のトラブルは自分には関係ないと決め込んだのか、まったく動こうとしない。

「火事だよ!」

 燃えているものが建物だと判別できるや否や、僕はその炎に向かって走り出した。僕だってこの村の住人ではないのだから、エレナのように傍観者に徹せないわけではない。しかし、この火事で怪我をしたり命を落としたりする人がいるかもしれないと考えると、動かずにはいられなかった。


 僕が火事の現場にたどり着くと、そこには十数匹のゴブリンがいた。手には粗末な武器と松明を持っている。おそらく、奴らが火を放ったのだろう。力のない村人は逃げ惑うばかりで、数人の若者が農具を武器代わりにして抵抗を試みている。でも、多勢に無勢という言葉どおり、戦っている人数の少ない村人側が、じわじわと押されてきている。このままじゃ村が危ない!

 そんな時、僕は放り出された弓矢を見つけた。素早くその弓と矢を拾い上げると、矢を番えて手近なゴブリン目掛けて放つ。

「ギェアァァ!」

 肩口に矢を受けたゴブリンは、その痛みに武器を落とし、地面をのた打ち回った。弓のせいか矢のせいか、はたまた僕の腕のせいか、狙った場所から少しずれてはいたものの、結果オーライだ。これで1匹倒したぞ。ゴブリンを相手に矢を射るのは初めてだけど、逃げることだけに集中している獲物を射るよりははるかに易しい。これならなんとかなりそうだ!

 その調子で僕が片っ端からゴブリンを射抜いて追い払っていると、ゴブリン達は僕を攻撃目標として絞ったらしく、散発的な攻撃から集団での攻撃に切り替わった。それでも少しの間はなんとかしのいでいたけれど、矢が底をついてどうにもならなくなってしまった。これってピンチ!?(汗)

「ホグゥゥゥ!」

 1匹のゴブリンが、その右手にさびた短剣を握り締めて僕に飛び掛かる!

(やられる!)

 そう思って身構えた瞬間、ゴブリンが見えない力に弾き飛ばされた。

「危ない所だったわね」

「エレナ!」

 いつの間にか駆けつけていたエレナが、風の精霊の力を借りて助けてくれたのである。しかし助かったと感じるより先に、襲い掛かってきたゴブリンに対する恐怖が蘇ってきて、僕はその場に腰を抜かしてしまった。

「大丈夫よ。こんな連中に、あなたを傷つけさせはしないわ」

 エレナがそう言いながら右手を振るうと、正面にいたゴブリンが再び見えない力によって弾き飛ばされた。どうやら、風の精霊を借りて衝撃波を起こしているようだ。その向こうではレオンが、逃げ惑うゴブリンを右へ左へと薙ぎ払っていた。彼は鎧をつけておらず、剣だけを持っていた。おそらく、騒ぎを聞きつけて武器だけ持って出てきたんだろう。

そんな彼女達の活躍があって、ゴブリンはなんとか追い払った。村人達には怪我人こそいたものの、死者が出なかったのは不幸中の幸いというやつだ。連中が火を放ったのが村の倉庫で、中に人がいなかったのも幸いしたようだ。

「本当に、なんとお礼を申してよいやら…」

今は3人とも村長の家に招かれ、村長から感謝の言葉をかけてもらっている。僕はイマイチ役に立てなかった気がするものだから、どうにも居心地が悪くてしょうがない。エレナにしても、人間に感謝してもらうのはあまり嬉しくないらしい。レオンは相変わらず無愛想な態度をとってるし、どうにも感謝されている、という雰囲気じゃない。それでもなんとか感謝の気持ちを表そうと、村長が酒を出してもてなそうとしたのだけど、レオンはそれをあっさり断ってしまった。

「我々は急ぎの旅の途中なので、明日も早朝から出発することにしている。できれば、今夜はこれで休ませてもらいたい」

「では、今夜はごゆっくりお休みください。もちろん、御代はけっこうです。我々からの、せめてもの感謝の気持ちです」

これでとりあえず村長の体面も保たれ、僕達も休むことができるというわけだ。うまく収まってくれてよかったよ。

ベッドに入った僕はすぐに睡魔に襲われ、深い眠りに落ちたのでした。



 次の日の早朝、それも太陽が昇る前に、レオンは宿を引き払ってしまった。おかげで僕は眠い眠い。朝からあくびの連発だよ。ふわぁ~あ。(眠)

「ユウ、気を抜いてると、どこから襲われるか分からないわよ」

 おっと、いけない。エレナにたしなめられてしまった。しかし、エレナはあくびひとつ出さないなぁ。睡眠時間は僕と同じはずなのに…。やっぱりエルフは違うのかな?

 結局、その日は特に問題も起こらず、僕達3人は無事に商業公路に入ることができた。

 商業公路ってのは、アルラッド大陸を十字に結ぶ街道の事で、最初は大陸公路と呼んでいたらしい。ところが、主に港町と港町を結んでいるから商人の往来が盛んなので、いつしか商業公路と呼ばれるようになったそうな。この街道は4頭立ての馬車が十分離合できるほど広く、また路面もしっかりとならされているので歩きやすい。レオンがこの街道を歩くことにしたのは、おそらく少しでも早く任務を終わらせたいからだろう。歩きやすいから1日で歩ける距離がのびるし、魔物に襲われる可能性も低いから時間を取られずにすむってわけだ。それに、レオンがベルダイン王国の王都レイネセンに用事があるのも、この道を通る理由のひとつらしい。レイネセンは商業公路沿いにあるからね。これが一番近い道なんだ。

 かくして商業公路を歩き始めて4日目、道の脇で馬車が横転して困っている商人を見つけた。さすがに見て見ぬ振りもできず、僕とレオンが手伝って馬車を起こしてあげる。

「いやぁ、助かりましたぁ。私、レイネセンで馬具商をしている、オーダと言います。ヒルトからの帰りに馬が突然暴れだしまして…この様ですわ。ところで、騎士様方はどうやら私と同じ方角に向かうようで。レイネセンまでですが、よろしかったら馬車に乗っていきませんか?」

 渡りに船とはまさにこの事。情けは人の為ならず、とか言うけど、まさしくその通りになったね。人間の足で歩くより、馬車に乗った方が楽だし速い。レオンもその提案を喜んで受け入れ、僕達は馬車に乗り込んだのでありました。

 ところで、馬車には初めて乗ったけど、これはなかなかいいもんだねぇ。馬の蹄のパカパカという音、ガタゴトと揺れる荷車、そしてなにより、冷たい印象のある鉄筋コンクリートの建物がない景色。のどかだねぇ…。

 そんなことを考えていると、つい日本の事を思い出しちゃうんだよね。こっちの世界も魅力的だけど、やっぱりゲームやったりインターネットしたり、テレビ見たり友達と遊んだりしたいよ。親に会いたい気持ちもないわけではないけれど…ねぇ…。父さんは仕事の都合で海外暮らしだし、母さんも父さんについて行ってるから家にはいないんだ。高校に入って半年でそうなっちゃったから、両親に会えないことはたいして辛くない。それよりも、家のことが気になるんだよなぁ…。まぁ、この世界から帰れるかどうかも分からないんだから、日本のことを考えていても仕方ないんだけどね…。(寂)

「ユウ、どうしたの?」

「ん?あ、いや…」

 いけねっ。エレナに変な雰囲気を悟られたみたいだ。

「なんでもないよ」

 なんとかごまかそうとしたものの、僕の隣に座っている金髪の美少女には、僕が何を考えていたのかなんとなく察しがついたらしい。そこで彼女は僕の肩にポンと手を載せ、

「この世界にきて3ヶ月近く経つんだもの。恋しくなっても無理ないわ」

 と、言った。エルフは五感が人間よりも鋭いが、そういうカンも鋭いようである。こりゃあうかつに変な事考えられないなぁ。(汗)

 あ、ちなみにこの世界での1ヶ月は30日で、地球とそんなに変わらないみたい。1週間という呼び方はないみたいだね。


 のんびりとした馬車の旅も、レイネセンの入り口で終わりを告げた。僕らは乗せてくれたオーダさんに礼を言うと、レオンに連れられるようにしてレイネセンの町を歩き始めたのである。

 さすがにレイネセンは一国の王都なだけあって、その人の多さは桁違いだ。行き交う人々の服装も様々で、にぎやかな様相を呈している。ところが、そんな町の雰囲気に嫌悪感を露にしている人がいる。エレナだ。彼女は僕の後ろに隠れるようにし、なるべく人を見ないようにしていた。逃げているわけではなく、見ることすら忌々しいといった様子だ。

「レオン、これからどこに行くの?」

 僕は先頭を歩く騎士に問いかけた。するとレオンは、歩く速度を緩めもせず、こっちを振り返るでもなくこう答えた。

「俺の屋敷だ。そこでこれからの旅の準備を整えた後、お前に鎧を買ってやる」

「僕に、鎧を?」

 そう言えば、僕は鎧を持ってなかった。武器も弓しかないので、どう考えても冒険者のいでたちじゃない。

「でも、鎧って高いんじゃ…」

「ふっ、心配するな。その程度の金ならある。それにお前が着こなせる鎧は、せいぜいハードレザーだろう」

 ハードレザーとは、鎧の素材のこと。読んで字のごとく、『硬い革』で作られた鎧を指す。でも、ワニ革みたいなもので作られているわけではなく、革を煮て硬くし、さらにそれを何層かに重ねて鎧にしているものだ。柔軟性のあるソフトレザーと違って多少動きが制限されはするものの、ハードレザーはそれなりに鎧としての防御力を持つと同時に、金属鎧よりも軽くて暑さに強いという便利さも備えている。ソフトレザーは、言うなれば厚めの革のジャケットかな?ハードレザーはそれよりもガッチリ硬くなった革なんだ。どうやらレオンは、僕が金属鎧を着こなすほどの体力を持ち合わせていないと判断したらしい。ま、事実なんだけどね。(泣)


 やがて町の中心部を抜け、周囲には少し大きめな屋敷が目立つようになってきた。

「あれが俺の屋敷だ」

 そう言ってレオンが指差した建物は、見事な西洋建築のお屋敷だった。日本じゃあまずお目にかかれないだろうなぁ。

 屋敷の敷地に入るなり、レオンは馬の世話をしていた男を呼んだ。

「テオ、馬を4頭用意してくれ」

 馬?馬に乗るの?

「あの、レオン?」

 乗馬の経験がない僕は、慌ててレオンを呼んだ。そして馬に乗ったことがないということを説明する。

「そうか…。困ったな」

 レオンがアゴに手をやって考えていると、

「ユウは私の後ろに乗せればいいわ。私は馬に乗れるから」

 と、エレナが提案した。

「そうしてくれるか。それならなんとかなりそうだな」

 レオンはさっき呼んだ男に馬を3頭だけ準備してくれと頼み、僕達を屋敷の中へと案内した。

 屋敷の中に入ると、エプロンをつけながらメイドさんらしい女性がパタパタと出迎えに来た。

「ご主人様、お帰りなさいませ」

「ああ。腹が減った。食事の準備をしてくれ。彼らの分も頼む」

 相変わらずぶっきらぼうな男だ。でも、フローラと呼ばれたメイドさんは、そんなレオンを見てにこりと微笑み、かしこまりましたと言って奥の方へと姿を消した。

 食事の準備を指示したレオンは、今度は僕達を2階の小部屋に案内した。

「お前達はここで寝てくれ。荷物もここに置いておけばいい」

 なるほど。今夜僕とエレナが寝る場所かぁ。こりゃあなかなかいいベッドじゃないか。今夜はいい夢が見られそうだぞ。

「ユウ、あなたはそっちのベッドで寝てね」

「うん」

 部屋はひとつだが、もちろんベッドは別だよ。集落で一緒に生活していたときだって、エレナはベッドで、僕は床で寝ていたんだから。(泣)

 荷物を置いてエレナが鎧を脱ぐと、レオンが入ってきて外に行こうと誘ってくれた。どうやらどこかへ出かけるらしい。エレナは少し疲れたからと言って、外出を断った。でも、人間を少しでも見たくないというのが本当のところらしい。

 言われるがままにレオンの後をついてゆくと、正面の丘に荘厳な建物が見えてきた。これは神殿、だな。壮麗な彫刻がいたるところに施されてはいるが、けっして派手さは感じられず、むしろ神秘的な雰囲気を感じる。

「レオン、ここは?」

「メルファの神殿だ」

 ん~と、メルファと言えば、光の三柱神の1人で、このアルラッド大陸を生み出した女神だったはず。正義の守護者であり、正当な理由をもつ戦いを守護するって神様だ。

 僕が外で立ち尽くしていると、

「どうした。中に入るぞ」

 と、レオンが声をかけてきた。こういう雰囲気は少し苦手なんだけど…しょうがないよね。レオンについて行くしかないか。

 神殿の入り口には、ハルバートと呼ばれる長柄の武器を構えた神官戦士が立っている。この世界の神殿ってのは王権の影響を受けない代わりに、王国の保護も受けられないんだ。だから、戦闘訓練を積んで武装した信者が、お城の兵士のように守備につくわけ。

「これは、レオン様」

 どうやらこの見張り番とレオンは顔見知りらしく、レオンは顔パスで神殿の中に通された。もちろん、連れである僕も一緒に入る。

 神殿の中に入ると、地球の教会とは一味違う荘厳さをたたえた雰囲気が漂っていた。白を基調とした造りは同じなんだけど、ステンドグラスのような装飾はなく、あるのは大理石らしい石で作った彫刻と、神話を表していると思われる壁画、それに女神を模ったと思われる石像だ。ギリシャ文化の神殿に近い雰囲気かな?

 それより気になるのは、神殿の中にいる信者が、みな長い髪をしていることだ。女性は分かるけど、男性まで髪が長いのはどういうこと?

 僕がそんなことを考えていると、レオンが近くの人を捕まえてなにやら話をしている。そして話が終わったのか、信者らしい男はレオンに一礼して神殿の奥へと消えて行った。

「何を話したの?」

「俺の友人を呼んでくれるよう頼んだ」

 友人?そういえば、レオンにはひとつ年下の幼馴染がいたな。たしか、名前はルモンド・コルタンツと言って、この神殿で神官長を務めていたはず。

 そうこうしていると、長い栗毛を揺らしながら1人の神官が近づいてきた。おそらく、彼がルモンドだろう。

「久しぶりだな、ルモンド」

「ええ、そうですね。この前会ったのは、アエラの結婚式の時でしたか」

 とりあえず軽い挨拶をすませ、レオンは単刀直入に用件を言った。

「俺に力を貸してくれ」

 その言葉ですべて理解できたのか、はたまた理由を尋ねてもまともに答えてもらえないことを知っているからか、ルモンドは少し思案した後に了解の返事をした。

「詳しい理由はおいおい聞くことにしましょう。とりあえず今日は旅に出る準備をして、明日あなたの屋敷に伺いますよ。それでいいですね?」

「ああ」

 これで会話は終了。レオンはきびすを返すなり、神殿を後にしたのでした。あ~あ、もう少し髪のきれいなお姉さんを見ていたかったなぁ…。(惜)


 ともかく、僕達はルモンドの協力を取り付けて、レオンの屋敷に帰ったのでありました。屋敷に入ると、どこからかいい香りが漂ってきた。う~ん、こりゃたまんないなぁ。

 ダイニングルームでは、さっきのメイドさんが忙しそうに食事の準備をしていた。もしかしてこの屋敷には、メイドさんが彼女1人しかいないのかな?レオンにそのことを尋ねてみると、

「ほかにメイドは雇っていない。身の回りの世話といってもたいしたことをするわけじゃないからな。大概ことは自分でやってしまうし、大勢でいると落ち着かない」

 と、答えてくれた。なるほど。分かる気がする。

 しかし、レオンはそれでいいとして、フローラさんはどうなんだろう。

「フローラさんは、1人で家事をするなんて大変じゃないですか?」

「いえ、そんなことはないですよ」

「でも、これだけのお屋敷でしょ?しんどいな~、って思ったりしませんか?いくら世話をするのがレオン一人だと言っても…」

「え…そんなこと……」

 僕の質問に答えるフローラさんの顔が赤くなった。なるほど、フローラさんはレオンの事が好きでここにいるらしい。そうでなきゃ、こんな無骨者と一緒にいられるわけがない。(爆)

 さて、部屋に戻った僕はエレナに迎えられると同時に、何をしてきたのかをたずねられた。そこで僕が正直に答えると、

「司祭が一緒に来るの?」

 と、少し眉をひそめた。そういえば、エルフは神に対する信仰心がないんだった。彼らは神よりも精霊達をより強く崇拝する。だから、神はどうでもいいらしい。しかも、宗教というものには明確なヒエラルキーが存在するため、長老以下がみな横並びなエルフ社会と反する。そういう理由で、彼らは宗教や信仰団体、およびその関係者を嫌うという。信仰というものにあまり縁がない僕には、なんとなく理解できる話。でも、嫌ったりはしないけどね。

「彼が来れば、薬の心配をしなくてもすむよ」

 エレナにそう説明するものの、どうも納得できないらしい。でも、本当に司祭がいてくれると便利なんだよ。

 よくあるファンタジー物語と同じく、この世界でも神を信仰することによって使える『奇跡』という魔法は、傷を癒したり身を守ったりするものが多い。その点で、ルモンドが旅に加わってくれると心強いのだ。肉弾攻撃はレオンで十分だし、弓の援護攻撃は僕が担当、エレナは精霊魔法によるサポートをしてくれる。唯一欠けているのが、防御および回復の役なんだ。ルモンドはその欠けた部分を補う人物として、この旅に加わることになる。RPGだと、わりと理想的なパーティ編成だと思うんだけどな。


 時は流れて夕食の時間になりました。いやぁ、エレナには悪いけれど、今夜の食事はこれまで食べた食事のどれよりもおいしいよ。フローラさんって料理が上手なんだなぁ。でも、一緒に出された飲み物は、僕にはちょっと合わなかった。(泣)

「どうした?飲まないのか?」

 レオンは僕にそう言った。彼が飲んでいるのはワイン。そう。この食事の場で出された飲み物というのは、赤ワインだったのである。高校生である僕は、もちろんワインなんて飲んだことはない。レオン達はうまそうに飲んでるけど…どうなんだろ?

「ユウ、ワインを飲んだことがないの?」

「…うん…」

 隣のエレナにそう問われ、僕は素直に答えた。

「大丈夫よ。このワインは甘くて飲みやすいわ。一口飲んでごらんなさいな」

 エレナに言われるがまま、僕はワインを飲んだ。口の中に甘いのやらすっぱいのやら渋いのやらが混じりあい、なんとも言えない味がする。そして頭がぼんやりしてきた……。う~ん……周りの景色が、ぐるぐると回り始めた……。きゅ~。(倒)


 目が覚めると、僕はベッドに寝かされていた。傍には心配そうに僕を見るエレナがいる。

「大丈夫?気分はどう?」

「あ…エレナ…?」

 うっわ~、頭がまだクラクラする。みんな、よくあんなもの平気で飲むなぁ。

「びっくりしたわよ。たったワイン一杯で倒れちゃうんだもの」

 エレナの目を見ると、本当に僕のことを心配してくれているのが分かる。あぁ、僕はなんて幸せ者なんだろう。(喜)

「ごめん…」

「謝ることはないわ。お酒がダメな人だっているわよ」

 エレナはそう言うと水差しからコップに水を注ぎ、僕に差し出した。そのコップを受け取って水を飲むと、体がす~っと楽になるような気がした。

「これからは、あなたにお酒を飲ませられないわね」

「……」

 自分がこんなにも酒に弱いことを知って、僕は少しヘコんだ。大人になったら、カッコよくウィスキーとかを飲みたいと思っていたのだ。そういう憧れがあったのに、現実がそれを許してはくれない。あ~あ。

 それにしても、ワインがあんなにマズいものだとは思わなかった。グレープジュースと似た味がすると思っていた僕には、ちょっと意外だったもんなぁ。もしかすると、ウィスキーもマズいのかもしれない。はぁ…なんか幻滅…。(凹)

 僕が上体を起こしたので、エレナがベッドの縁に腰掛ける。彼女の髪から漂ってくる甘い香りが僕の鼻をくすぐるが、もう嗅ぎ慣れた香りだ。集落では四六時中彼女と一緒にいたんだし、寝るときも同じ部屋だったんだから無理もないよ。でも、相変わらず彼女の顔がそばに来ると、心臓は高鳴り、顔は赤くなってしまうんだよね。(照)

「ユウ、今日はレオンがお湯を沸かしてくれるって言うから、久しぶりに体を拭けるわよ」

 なぬ!?それはラッキー。エルフの集落にいたときは水浴びばっかだったし、体をお湯で拭くなんて日本にいた時以来だよ。今夜は気持ちよく眠れそうだぞ。


 そんなわけで次の日の朝になった。昨夜お湯で体を拭いた僕は、すっきりした体でぐっすりと休むことができたのでありました。日本にいたときには想像もできない状況だね。

 今は朝食を終えて、食休みをしているところである。

「そろそろ来ると思うんだが…」

 レオンが言っているのはルモンドの事だ。彼は昨日準備をして、今日レオンの屋敷に来ることになっていたのである。

「朝からいらっしゃるんですか?」

 フローラさんが食後の飲み物を渡しながら、レオンにそう問いかけた。

「そうは言わなかったが、あいつのことだ。俺の考えはわかっているだろう」

 さすがに20数年来の付き合いというだけの事はある。もはや以心伝心の間柄なんだな。

 レオンがその言葉を言い終えるか否かというところで、外にいたテオさんがルモンドの来訪を告げた。

「来たか」

 特に不思議がる様子もなく、レオンは椅子から立ち上がって鎧の着付けを始めた。僕達も立ち上がって出発の準備をする。僕は昨日の夕食の前、レオンに連れられて防具屋に行き、鎧を買ってもらったのだ。ついでに動きを妨げない革製の小手とバックラー、ショートソードも買ってもらい、なんとなくそれらしい格好になるにはなったような気がする。

「あら、結構似合ってるじゃない」

「へへ、そうかな…?」

 エレナに褒められて、ついうれしくなってしまった。僕が買ってもらったハードレザーアーマーは、ベストのような形になっているやつで、肩には申し訳程度の肩当てもついている。これでコボルドや野獣の爪程度は防げるだろう。ショートソードは指先から肘までぐらいの刃渡りで、重さもそんなにないため扱いやすい。でも、これは非常時の護身用で、これをメインに戦うわけじゃない。僕の武器はあくまでも弓だからね。この鎧の上に矢筒を背負い、弓をくくりつけ、荷物袋を背負う。ショートソードは腰のベルトにさげ、腕にバックラーをくくりつけ、頭には髪をまとめるためのバンダナを巻く。このバンダナの中には金属の板を一枚入れてあるから、多少の防御力はある。江戸時代の鉢金みたいな感じかな。これで装備は完了だ。

 しかし、いくら革とはいえ、鎧はなかなか重い。おそらく7、8キロはあるんじゃないか?それに道具を背負ったりするから、全部で12、3キロぐらいの荷物を持ってるわけだ。でも、レオンは鎧だけで20キロはあるだろうから、僕の倍くらいの荷物を抱えてることになるんだよなぁ。改めてレオンの強さを知った気がする。(汗)

 こうして装備を終えた僕達は、ルモンドを加えて再びフォゼット大陸に向けて出発したのである。でも、今度はなんたって馬に乗ってるんだもんね。これは楽だよ。

「ちゃんとつかまってよ」

「う、うん」

 馬に乗ってるとはいうものの、僕はエレナの後ろだ。彼女、この一行の中では一番体重が軽いから、次に体重の軽い僕を乗せてくれることになったんだよね。しかし、いくら一緒に生活していたとはいえ、彼女に抱きつくってのは…。(照)

「ほら、しがみつかないと危ないわよ」

 エレナは簡単にそう言うけど、彼女の鎧は胸の部分しか覆っていないから、しがみつくと手にやわらかい感触があるんだよね。まさか胸にしがみつくわけにはいかないし、肩につかまってたら怒られたし、もう腰しかつかまるところがないんだ。

「ごめん…」

 僕が謝りながら彼女の腰にしがみつくと、彼女は僕の手を持って自分の体の前で組ませた。

「こうしないと、何かあったらすぐに転げ落ちちゃうわよ。あなたに下心がなければ、どこを触っても怒ったりしないわ。落ちて余計なケガでもしたら、それこそ怒るわよ」

「……」

 そこまで言われたので、僕はそれ以上何も言わずにぎゅっとしがみついた。あぁ、エレナの髪の甘い香りが、僕のすぐ目の前から香ってくる…。このままいられるんだったら、もうどうなってもいい気がする…。(惚)

 レイネセンを後にして街道を進んでゆく途中、レオンが周囲を確認してからルモンドに旅の目的を話し始めた。

「そうだったのですか。最近は王城の様子がおかしいとは思っていましたが…」

 メルファ神殿でも、この不穏な動きは察していたらしい。でも、表立って騒ぎになっていない以上、政治に干渉しない立場にある神殿が動くわけにも行かず、静観を決めていたんだそうな。

「一刻も早い解決が必要なのですね」

「ああ」

 しっかし、相変わらず愛想がないというか、無骨というか、なかなか感情を表に出さない人間だなぁ。まぁ、騎士って職業は戦うことが仕事みたいなもんだから、下手に感情があると戦争で生き残れないのかもしれない。


 そんなことを話しながら街道を西に進んでいると、レイネセンの隣町ネドルに着いた。徒歩だと3日かかるらしいけど、馬だと2日で着いちゃうんだね。いやぁ、馬ってのは便利な動物だ。

 ところが、この町に着いて早々、僕達はとんでもない事実を耳にするのでありました。それは、宿を探そうと馬を引いて歩いていた時のことです。商人風の男が2人、僕達の向こうからやってきました。

「…ことなのか分からんが、まったく…お偉いさんの考えることはいつも金、金、金だ」

「仕方ないのかもしれんがね。国を動かすにも、戦争するにも金がいる。私ら商人とは、別の理由が連中にはあるのだろうさ」

「しかし、この商業公路に関所を設けるのは納得できん。自由な交易のためにと作られたのが、この街道じゃなかったのか?」

「それはそうだ。でも、連中の保護があってこそ私らも…」

 これが、僕達が聞くことのできた、彼らの会話の内容だった。

「この先の街道に関所ができた?」

 そうなのであります。商業公路に関所が作られていたのです。関所の場所は、このネドルと次の宿場町の間。つまり、この町から街道を使って移動するには、関所を通らなければならないというわけ。

「参りましたね。これでは我々の動きが相手に知られてしまいます」

「どちらに知られても、動きが取りにくくなる。ここは街道から外れて、山越えの旧街道を行こう」

 と、これからの動きは決まったものの、今日の宿はまだ決まっていなかった。それというのも、街道に突如できた関所のため、この町で足止めを食らっている人が数多く宿に逗留しているからだ。関所を通過するためには通行手形を見せるか、役人に金を払って通してもらうかしなくてはならない。金に余裕のある旅人や、急ぎの商人なら金を払うだろうが、大概の人間は役所で通行手形を作ってもらうことになる。通行手形もタダというわけではないけれど、役人に払う袖の下よりははるかに安いもんね。でも、発行してもらうのに少し時間がかかる。それで、足止めを喰らってる人がいるってわけ。

 町中歩き回ってようやく宿を見つけたけれど、ベッドが2つしかない部屋がひとつあっただけ。それでも野宿するよりはマシだと、レオンはここに泊まることに決めた。

 さっそく部屋に入るが、4人もいるとさすがに厳しい。荷物を置いたら2人しか床に座れないような状況だ。

「狭いわねぇ」

 ベッドに腰掛けたエレナがそうつぶやいた。

「仕方ないよ。もともと2人用の部屋なんだ」

 僕が彼女をなだめてみるけれど、彼女の機嫌は直らない。はぁ、僕じゃ力不足か…。(泣)

「この分だと、酒場も混むのでしょうね」

「だろうな」

 ルモンドとレオンは、どうやら夕食の心配をしているらしい。確かに、宿がこれだけふさがっているのなら、酒場や食堂が混雑するということは容易に想像できる。

「仕方ありませんね。私とレオンで何か買って来ましょう」

 少し思案した後にルモンドがそう提案し、夕食はそれで済ませることにした。

 彼らが買い出しに行っている間、僕とエレナは部屋で2人っきりになった。エレナが機嫌を損ねているので、この場に会話はない。なんとかして彼女の機嫌を直さねば…!

「あのさぁ、エレナ」

 僕は弓の手入れをしながら話しかけた。

「人間の町にいることには、まだ抵抗がある?」

「当たり前じゃない。人間の姿を見るだけで怒りが込み上げてくるわ」

 怒りのこもった口調に、僕はうつむくしかなかった。

「そっか…ごめん…」

 悪いことを聞いたと思って僕が謝ると、エレナはすっとベッドから立ち上がって僕の方に近づいてきた。そして、

「あなたは悪くないわよ。謝る必要なんてないわ」

 と、僕の頭に手を乗せる。そして軽くなでる。

「あなたは私を助けてくれたし、私の心を開いてもくれたわ。私、すごく感謝してるもの」

 エレナにそう言われ、僕はなんだか恥ずかしくなった。

「だから、人間でもあなたは特別よ」

「あ…ありがと…」

 彼女みたいな美人に『特別』と言われると、なんだか恥ずかしいやらうれしいやらで、ドキドキしちゃうね。ははは。(照)

「あら、照れてるの?」

 顔を赤くしたのがバレて、エレナにからかわれた。頬を指でツンと突付かれたりして、もう頭はパニック状態。だれか助けて~。

 そうしていると、レオン達が買い物を済ませて帰ってきた。彼らは食べ物が入っていると思われるバスケットと、雨をしのぐための外套を持っていた。バスケットは分かるけど、なぜ外套?明日は雨かい?

「西の空の雲行きが怪しかったので、念のために買ってきました。これがユウとエレナの分です」

 そうかぁ…。雨か。集落にいるときには雨の日もあったけど、旅に出て雨に降られるのはこれが初めてだなぁ。

「さ、夕食にしよう」

 そう言ってレオンがバスケットから取り出したのは、鶏肉のあぶったものにパン、チーズ、ハム、ワインのビン、それとよく分からない陶器のつぼ。

「レオン、これは?」

 僕が陶器のつぼを指差してたずねると、レオンの代わりにルモンドが、

「それは近くの農村から持ってこられた牛の乳だそうです。レオンからあなたがお酒に弱いと聞きましたので、別の飲み物を探したんですよ」

 と、答えてくれた。へぇ、レオンもこんなに無愛想そうに見えるけど、案外気を使ってくれてるんだ。ちょっと見直したな。しかし、この世界にも牛乳はあったんだ。日本のように熱処理とかはしてないだろうけど、それでも十分だよ。酒はもうコリゴリだしね。

「牛の乳?飲んで大丈夫なの?」

 家畜を飼うという概念のないエルフには、牛の乳を飲むということが不思議でならないらしい。そもそも、エルフにとって牛とは珍しいながらも狩猟の対象であり、乳を搾るなんて考えられないんだろうな。

「大丈夫だよ」

 僕が牛乳をコップに注いで一口飲んで見せると、エレナも一口飲みたいと言ってきた。だから別のコップに注ごうとしたんだけど、エレナは僕が使っているコップを取ってしまった。そしてこともあろうか、わざわざ僕が口をつけたところで飲んだ!(驚)

「ん~…すごくまったりしてるけど、マズくはないわね。パンにはあいそうだわ。はい」

 ど、どうしよう……。これは、エレナと間接キスをするチャンスではある…。しかし、そんな下心があると思われたくはないし、レオンやルモンドの目もある…。う~ん、悩む~!(悩)

「ユウ?どうしたの?」

 はっ、いかん。悩むあまり、ぼーっとしてしまった。ここは、何か別のことをしてごまかさねば。

「い、いや、この鶏肉がおいしそうで…」

 か~!!なんでこういうくだらない事しか考え付かないんだ~!?(泣)

「あなたからはちょっと遠いわね。取ってあげようか?」

「それは気がつきませんでした。どうぞ、食べてください」

 ふぅ…。なんとかごまかせたみたいだ。あ~、焦った。(汗)

 そんなことをしつつ、結局エレナとの間接キスはしないまま、夕食を終えたのでありました。(涙)


 夕食を終えて食休みしていると、エレナが外に行こうと誘ってきた。何か言われそうな気がしたけれど、断るわけにもいかないので、僕は彼女についていった。

 町のはずれにある大きな木の下まで来ると、エレナは木にもたれかかるようにして僕に話しかけてきた。

「ユウ、あのとき牛の乳を飲むのをためらったのはなぜ?」

 うっ…その話か…。(汗)

「いや、あれは…そのぉ…」

 まさかエレナとの間接キスをしようかしまいかで悩んでいたとは言えない。でも、変に嘘をついても、彼女には見抜かれてしまいそうだった。馬車での一件もあるしね。

(仕方ないか…)

 僕は意を決し、彼女に本当のことを話した。すると、

「かんせつきすって、何?」

 と、彼女にきかれてしまった。どうやらエルフには間接キスという概念がないらしい。そこで僕が間接キスのことを説明すると、なんだそんな事、と言って笑った。

「その程度の事で悩んでたの?」

 エレナはそう言うと僕の傍に歩み寄った。そして、僕の頬に軽く唇を触れさせる!(驚)

「これくらいの事でドキドキするなんて、ユウもまだまだ子供ね」

 子供扱いされたショックよりも、エレナにキスされたことの方が、僕の中では大きなことだった。頭の中でいろんなことがぐるぐると回り始め、何がどうなっているのかまったく分からなかった。中学時代に恋愛は経験したことあるものの、キスまでは経験してなかった。そのキスを、まさかこんな美人に、しかもあんなにあっさりとされるとは思わなかった。あ~、これでいいのか~?(悩)


 宿に帰るなり、明日のためにと僕達は就寝準備を始めた。僕とレオンは、床で寝るために毛布を敷いて準備をする。ちなみに、これはレオンの提言。比較的体が丈夫な僕らが床で寝て、ルモンドとエレナにベッドを譲ると言ったのだ。ま、床で寝ることには慣れているとはいえ、有無を言わさずに床とはねぇ…。少し抵抗させてほしかった…。(泣)


 次の日、うつぶせで寝ていた僕は、背中に重い衝撃を受けて目が覚めた。

「うむ…なんだぁ…?」

 見れば、すぐ右隣にエレナの寝顔がっ!!(驚)

 落ち着いて見回すと、ベッドで寝ていたエレナが、僕の体とバツの字を描くように落ちてきたらしい。だから、左側には彼女の足がある。

「う…う~ん……」

 はうあ~!彼女のあま~い声が…!!それも、すぐ耳元で!(萌)

 ゴクリ。

 僕は思わず息を呑んだ。生まれてこの方16年余り、こんなにいい意味でドキドキする場面に出くわしたことはない。あぁ、昨夜の分と合わせて、これで一生分の女運を使い果たしたんじゃなかろうか…。

 そうこうしてると、エレナが目を覚ました。

「あれ…?ユウ…?」

「お目覚めになられました?」

 寝ぼけ眼をこすりながら、エレナが自分の体を見回す。そしてどういう状況か理解したらしく、もぞもぞと僕の上からおりた。

 それから彼女は僕の脇にチョコンと座り、乱れた髪の毛を手ぐしで整えながら、

「寝てる間に落ちちゃったのね。ごめん」

 と、謝ってきた。それに対していいよと答えつつ、僕は立ち上がって窓を開けた。空には灰色の雲が立ち込めており、しとしとと雨を降らせている。あ~、日本の梅雨みたいな雨だ。

「雨だよ」

 僕がそう言うと、エレナが立ち上がって僕の隣に来て窓の外を眺めた。

「本当ね。しばらくは止みそうにないわ」

 彼女の隣に居辛さを感じた僕は、ふと部屋の中に目を向けた。そして、ルモンドのベッドが空になっているのに気付いたのである。

「あれ?ルモンドがいないや」

 どこに行ったんだろうと思っていると、髪を拭きながらルモンドが部屋に入ってきた。

「ルモンド、朝から髪を洗っていたの?」

「ええ、そうですよ。我々メルファの信者は、できるなら毎朝髪を洗うんです。こうすることで、メルファ神への信仰心を高めているのです」

 ははぁ、そうか。メルファは長い髪を尊ぶんだったっけ。それで信者には長い髪をした人が多いんだったな。

「さて、レオンが帰ってきたら、朝食にしましょうか」

 髪を拭き終わったルモンドがそう言う。どうやら、レオンはもう朝食を買いに行っているらしい。それじゃ、トイレに行って顔を洗ってこようかな。

「そうだね。それじゃ、僕もちょっと外に出てくるよ」

「あ、私も」

 エレナも僕について来た。さぁて、朝ごはん食べたら、今日は雨の中の行軍だなぁ。まだ気温は低いから、雨に濡れて風邪をひかないようにしなくちゃ。


 小雨がそぼ降る中、僕達は一路街道を外れて北の山道を目指した。北の山道というのはレオンが前に言った旧街道の事で、道幅もあまり広くない険しい道らしい。でも、こっちは人通りが少なく、警備も手薄になっている可能性が高い。そこで、レオンは時間がかかるもののこの旧街道を行くことにしたのだ。

「ユウ、大丈夫?」

 馬を操っているエレナがそう声をかけてくれる。

「うん。平気だよ」

 僕は事実平気だったんだけど、裾の短いスカートをはいているエレナは明らかに寒そうだ。彼女の体が小刻みに震えているのが分かる。服も薄着だし、やっぱり寒いんだよ。これ。

 せめてもの抵抗とばかりに、僕は彼女の背中に体をくっつけた。別に変な企みがあったわけじゃないよ。体をくっつけることで、少しでも彼女の体から熱が逃げていくのを防ごうとしたんだ。

「あ、ユウ…ありがと…」

 エレナもそれを理解してくれたのか、少し恥ずかしそうに礼を言ってくれた。


 こうして行軍すること1日、周囲が暗くなり始め、僕達は寝泊まりできそうな場所を探すことにした。岩屋や大樹、とにかく雨がしのげさえすればいいと考えていたんだけど、エレナが人家の明かりを見つけたので、そこで一夜を過ごさせてもらうことにした。

「すまない。どなたかおられるか?」

 レオンが代表して戸を叩く。すると、中から中年の男性が出てきた。

「おやまぁ、こんな雨の中をどうしなさった?さぁさぁ、中に入って体をあたためなされ」

「いえ、私達は雨露をしのげればそれで十分。お宅の家畜小屋の一部を、一晩お借りしたい」

「そんなこと言ったって、みんなズブ濡れでねぇか。さぁ、中で火に当たってかわかさねぇと、風邪ひいちまうぞ」

 結局、その男性の好意に甘えさせてもらうことになった。馬は家の横にある家畜小屋につないでもらい、僕達は中で体をあたためることができたのである。ふぅ~、生き返る~。

「さぁ、これをお飲みなさい。体が温まるよ」

 と、さっきの男性の奥さんらしい女性が差し出してくれたのは、なんとホットミルク。この体が冷え切ったときにこれはありがたいね~。

 ホットミルクを一口飲むと、なんだか急に眠気が襲ってきた。

「疲れてなさったんだねぇ。さ、奥の部屋でお休みなさいな」

「何から何まで、申し訳ない」

「困ったときはお互い様。さ、安心して眠りなせぇ」

 と言う訳で、その夜は突然訪ねた農夫の家で休ませてもらうことになった。たった1日雨に打たれただけだったけど、ものすごく体力を奪われるものなんだなぁ。これからは濡れないように気をつけなくちゃ。


 次の日、まだ雨が降っていたものの、僕達は農夫に礼をして朝早く出発した。その際、農夫がすごく気になることを言ってたんだよなぁ。この先にある峠には、大きな化け物がいるから行かないほうがいい、って。でも、そこを通らなければ国境を越えることはできないので、僕達はその忠告をありがたく受け止め、注意して先を進むことにしたのである。

「しかし、巨大な化け物、か…。ドラゴンを見たという報告はなかったが…」

「あの人、化け物は霧が出るときに限って現れる、って言ってたよね」

「ええ、峠に霧が出ると、魔物が姿を現す予兆なんだとか」

 今は馬を進めながら、例の化け物について話をしている。本当に化け物がいるのならば、それなりに戦闘態勢を整えなくてはならない。でも、話を聞いていると、どうにも胡散臭いんだよな~。

 第一に、霧が出現前の予兆であること。そんなものがキーになって出現する魔物なんて聞いたことがない。自分から霧を発生させるならまだしも、霧というのは魔物にとっても視界が悪くなる等の悪条件だろう。

 それに、巨大な影は日中にしか姿を見せないという。これも怪しい。霧が出ている時に現れるって事は、視力に頼った索敵をしないということになる。でも、夜行性ではない。視力に頼らないのなら、夜行性のほうが効率はいいはずなんだよね。

 さらに、化け物の足音というのも気になる。ズシンズシンと大地を揺らすような音がするというのだけれど、そんな大型の動物が岩だらけの山に生息しているだろうか。レオンいわく、これから向かう山はかなり険しく、旧街道以外の場所はまともに歩けないという。どう考えても大型の動物が生息しているとは考えにくい。

 また、その化け物の影を見ただけで大概の人間は荷物を放り出して逃げてしまい、人が喰われたという話はないという。そこで僕が考えたのは、この化け物というのが見せかけだけの偽物という可能性だ。雨の中を行軍しつつ、僕はその話をみんなに説明した。

「そんな風にできるものなのですか?」

「なんとかできるよ。霧というのがポイントなんだ…」

 僕はありったけの知識を動因して、このカラクリを説明した。

「……なるほど。説明はできるな」

「確かに、あの山にそれだけの生き物がいるとは、少し考えにくいですね」

 けっこうみんな僕の意見に乗ってきたぞ。

「それに、以前その山に山賊が出没するという報告を聞いたことがある。おそらく、それとも関わりがあるだろう」

 そんなわけで、その山に巣食う巨大な魔物は、おそらく山賊の作った仕掛けだろうということになった。不思議なもので、こう考えるとそんなに怖くなくなるんだよね。

 ところで、今はエレナと僕の立場が入れ替わってる。つまり、僕が前でエレナが後ろということ。背中は背負い袋でカバーできるけど、腹はカバーできないもんね。だから僕が前に座ることで、エレナのお腹をカバーしてあげようってわけ。だって、エレナに寒い思いはさせられないもん。馬は後ろに乗ってる間に乗り方を覚えたし、この馬は賢いから僕がいろいろしなくても、レオン達の後ろを自分でついて行ってくれるもんね。

 だけどお察しの通り、僕が前に乗ると言ったときは、随分エレナに反対されたよ。どうも僕の手綱さばきは信用できないらしい。でも、レオンやルモンドからも説得され、最後には僕の言うことを聞いて後ろに乗ってくれた。だから彼女の細い腕が、今僕の体にぎゅっとしがみついている…!(喜)

「ユウ?どうかした?」

 いかん。ニヤついたのがエレナに感づかれたらしい。彼女、こういう勘は鋭いんだよなぁ。(困)

 馬で丸2日行軍して、ようやく峠が見えるところまで来た。でも、もう太陽は沈みかけているから、今日はここまで。雨も何とか止んだので、峠のふもとで1回野宿をする。そして明日の早朝から峠に挑むんだ。僕の予想通りだといいけど、もしそうでなかったら……。こりゃあ、神に祈るしかないな。


 太陽が昇り始めた頃、僕達は馬に乗って峠に向かった。山道はかなり険しかったけれど、それでもなんとか登ることはできた。さすがにこういう道を馬で登るには技量が必要らしく、僕はエレナと前後を交代して馬に乗っていた。雨が止んで、彼女をかばう必要もなくなったからね。

「そろそろ、峠の頂上に着くぞ」

 レオンがそう言ったまさにその時である。周囲にもやもやと霧が立ち込め、あっという間に視界が悪くなった。もう2m先も見えやしない。

「これは…」

 霧の異常さに気付いたエレナが何か言おうとした刹那、ズシンと地面が揺れる感じがした。そして、少し間をおいて再び、ズシンと音が響く。

「あっ、あれを…!」

 ルモンドが指差す先に、2本の角を持った巨大な影が見えた。霧のせいでボンヤリとしか見えないが、狙いをつけることはできる!

「エレナ、頭を下げて」

 僕は弓を構えると、影に向かって矢を放った。距離的には命中してもおかしくないのに、まったく当たったという感覚がない。

「こいつは…偽物だ!」

 僕がそう叫ぶや否や、山肌から矢が射掛けられた。とっさにエレナが風の精霊で防御をしてくれたおかげで、彼らの矢は僕達に当たることなくそれていく。また、風が巻き起こったせいで、立ち込めていた霧も晴れる。

「こいつら…!」

 霧の中から姿を現したのは、数人の山賊だった。手にはそれぞれ武器を構え、今にもこっちに向かって飛び掛かりそうな様子だ。

「やらせるかっ!」

 馬から飛び降りた僕は、素早く矢を番えて山賊目掛けて射掛ける。狙いは弓を持った連中。飛び道具がなくなれば、レオンが何とかしてくれると考えたんだ。

 空を切り裂いて矢が飛ぶ。4本放った内の3本が命中して、敵の戦闘力を奪った。しかし残った山賊は、武器を振りかざして山肌を駆け下りてくる。

「このやろぉ!」

「お前達の相手は、俺だ」

 と、山賊達の前で、レオンがグレートソードを構えて仁王立ち。こういうシーンって小説とかではかっこよく見えるんだけど、実際にやってるとこを見ると恥ずかしいな。

 それはそうと、レオンのグレートソード、ルモンドの魔法援護、そしてエレナの牽制のおかげで、僕は直接攻撃にさらされることなく山賊を射ることができた。しかしこうして戦っていると、いつしか乱戦の様相を呈してきて、僕は矢を射ることができなくなっていた。すると、

「ユウ!そっちに行ったぞ!」

 山賊の1人が乱戦から抜け出し、僕の方に迫ってきた。こ、これはピンチ!(汗)

「このガキがぁぁ!」

「うわあぁぁぁ!」

 とっさに弓で防御したが、あっさりと弾き飛ばされてしまった。

「死ねぇっ!」

「うわっ!いやだぁぁ!」

 しばらくはなんとか攻撃を回避していたけれど、何度目かの攻撃を避けた直後、石に足を取られて転んでしまった。

(もうだめか…!)

 そう思った瞬間、僕は腰にまだ武器が残っていることを思い出した。こんなもの使ったことはないけれど、やらなきゃやられる!

 僕はショートソードを抜き、横に転がって起き上がった。起き上がるまでの時間は、エレナが精霊の力を借りて稼いでくれたらしい。そして、

「うわあぁぁぁ!」

 体当たりをするように敵にぶつかる。不意を突かれた山賊は、僕を避けることができずにモロに体当たりを食らう。

 そこからどうなったのかは僕もよく覚えていない。気がつくと、僕のショートソードは相手の胸に刺さっていて、僕の手が彼の血で真っ赤になっていた。

「うぐ…げぼっ……」

「あ……ああ……」

 それを最後に、戦闘は終わっていた。エレナが僕に駆け寄り、怪我がないか確認する。

「ユウ、大丈夫なの?ケガは?」

「ぼ、僕が…僕が…殺した」

 僕は丸っきり腰が抜けて動けなかった。そんな僕の様子を知って、エレナが僕をぎゅっと抱きしめる。

「あなたが殺さなかったら、反対にあなたが殺されていたのよ。だれもあなたを責めたりはしないわ」

 でも、僕がこの山賊を殺したのは事実だ。なんの恨みもないのに…。

 確かに、今まで弓で動物を狩ることはあった。しかし、それは狩って肉を食べるためであり、その場合は狩った動物の命に対して感謝する。でも、今ここで殺した山賊は、殺さなければ僕が殺されていたとはいえ、奪う必要のない命だったんだ…。それに、僕は人を殺した…。

「この手で、人を…」

「もう気にしないで。気にしても、何の解決にもならないわ」

 エレナの言うとおりだ。僕が悔悟したところで、この男の命が戻ってくるわけじゃない。それに僕が人を殺したという事実が消えるわけでもない。もうやってしまったことなんだ。

「身を守るために仕方なかったのよ」

 放心状態の僕に、エレナはありったけの言葉で僕を擁護してくれる。でも、気持ちの整理はつかない。

「エレナ…。僕は……」

「もう、いいのよ」

 彼女は僕にそう言うと、僕のおでこに頬を摺り寄せた。そして背負い袋から手ぬぐいを取り出して僕の手を拭いてくれる。そうしていると、

「どうやらこのエルフが、あの仕掛けを動かしていたらしい」

 あの戦いが終わってからどこかへと姿を消していたレオンが、1人のエルフの青年を連れて帰ってきた。エレナが知らないところを見ると、彼はあの森のエルフではないようだ。

「すっ、すみませんでしたぁ!」

 彼の話によると、この峠を越えようとした際に山賊に襲われ、やむなく山賊に協力していたらしい。さしもの精霊使いも、大勢の頑強な男達に一度にかかってこられると弱いらしい。さっきのように降ってくる矢をそらしたり、突風を吹かせて弾き飛ばしたりはできるけれど、数で直接攻められると弱いんだそうな。

 まぁ、そのエルフも被害者だったということで、僕達は特に何をするでもなく彼を見送ることにした。そうしていると、この戦闘で命を落とした山賊に祈りをささげていたルモンドがやってきて、

「簡単にですが、彼らを埋葬しましょう。このまま遺体を野ざらしにしておくのは、死者への冒涜です」

 と、僕達に協力を要請してきた。レオンはすぐにでも出発したかったし、僕も一刻も早くこの場から立ち去りたかったのだが、ルモンドの強硬な姿勢にレオンは承諾せざるを得なかった。すると、

「ユウが精神的にすごく参っているの。少しでも早くここから立ち去りたいから、私が土の精霊に頼んで穴を作ってもらうわ。あなた達は死体を運んで入れてちょうだい」

 と、エレナが協力を申し出てくれた。おかげで作業はあっという間に終わり、僕達は峠を越えることが出来たのでありました。

 こうして山を越えている間、エレナはずっと僕を励まし続けてくれた。彼女の言葉ひとつひとつに優しさが感じられ、僕はそのたびに元気を取り戻していったのでありました。


 峠を越えた先の村に着くと、そこは峠の魔物の噂で持ちきりだった。峠を越える人々の中で魔物(山賊)に襲われたという人が、その話をあちこちでふれて回ったらしい。宿の主人もその話をしてきたので、僕達は素直に魔物のからくりを説明し、その犯人であった山賊も退治したと伝えた。

「なんと!お前さん方があの魔物を倒しなすったと!?」

 どうやら宿の主人は、僕達が魔物を倒したと勘違いしたらしい。魔物は最初から存在しなかったんだから、倒した、と表現するのはちょっと違う気もするけど…。

「いや、だから…」

「そりゃあえれぇこった!村のみんなにも知らせるべぇ!」

 主人は僕達が言うのも聞かず、外へと飛び出していってしまった。

「困りましたね。私達は早く休みたいのですが…」

「その内、収まるだろうさ」

 レオンはルモンドにそう答えると、酒場のイスに腰掛けた。それに習って僕やエレナも座って休む。

(何か起こるのかな…?)

 と、思っていたけど、そこは小さな農村のこと。さほど大きな騒ぎにはならず、単に旧街道が安心して通れるようになったと、村人が喜んだ程度で終わったのでした。

 その夜、僕が寝ようと目を閉じると、あの光景が蘇ってきた。目の前に横たわる男の死体。そして血まみれになった僕の両手…。こんな状態で寝付けるわけもなく、僕は途方にくれていた。すると、隣にいたエレナが僕の様子を察したのか、声をかけてきてくれた。

「寝付けないの?」

「うん…」

 今回は宿屋に2人部屋が3つしかなかったので、エレナと僕、レオンとルモンドという部屋割りで休むことにしたのだ。だから、隣のベッドにはエレナがいる。

「それじゃあ、この薬草を飲むといいわ。催眠効果があるのよ」

 と、エレナは背負い袋から小さな布袋を取り出し、一枚の葉っぱを手にとって細かくちぎり始めた。

「はい。これを飲んで」

 渡されたものは、料理の仕上げにふりかけられるパセリのようだった。それを一思いに口の中に入れる。すると…

「うげっ!苦い…」

「当たり前でしょ。薬草は苦いものなのよ。はい、水」

 あまりの苦さに、慌てて水を飲み込む。あ~、舌がどうかなりそうだった。(涙)

 でも、この薬草を飲んで少しすると、ほんわかと気持ちが落ち着いて眠たくなってきた。

「あ~、眠たくなってきた」

「そう。良かったわね」

「これで眠れそうだよ。ありがと、エレナ」

 僕は彼女に礼を言うと、毛布をかぶって横になった。すると、そのまま一気に眠ってしまった。


「…う、ユウ。そろそろ起きなさい」

 だれかに体を揺さぶられ、僕は目を覚ました。

「ん…?」

「もう2人は下にいるわよ。さぁ、私達も行きましょ」

 そうか…。もう、朝なのか。昨夜はエレナにもらった睡眠薬のおかげで、夢を見ることなくぐっすり眠れたもんね。おかげで今朝は調子がいいや。

 僕とエレナが1階に下りると、そこにはルモンドと、機嫌の悪そうなレオンがいた。

「ユウ、遅いぞ」

 任務を少しでも早く遂行したいレオンは、ちょっとした時間のロスでも気になるらしい。

「ごめん」

 僕がすんなり謝ると、レオンはこう続けた。

「昨日はいろいろとあったが、これからもそういうことがないとも限らん。いつまでも気にするんじゃないぞ」

「う…うん」

 レオンが珍しく人を励ましたので、僕は少し面食らった。

「では、朝食にしましょう。朝食をおろそかにしては、その日を乗り切れませんからね」

 今日の朝食はパンにとうもろこしのスープ、それに生野菜のサラダだ。エレナはうれしそうにサラダをほおばり、僕にもっと野菜を食べなきゃだめだと言う。しかし、僕は生野菜が苦手なんだよ。中でもにんじん。あれは生で食べるものじゃないよぉ。(泣)

 泣く泣くサラダを平らげると、エレナが僕の頭を撫でてくれた。褒めてくれているらしいが、あんまりうれしくない。口の中ににんじんの変な甘さが広がって、ものすご~く気持ち悪いからだ。うう~、エレナはどうしてこんなものを平気で食べるんだ?(泣)



 村を出て半日が過ぎ、いよいよ隣国エルナード領内に入った。しかし、依然として僕らは旧街道を進んでおり、旅のペースは商業公路を進んでいるときよりも落ちている。それというのも、この前の雨で道がぬかるんでおり、馬が思ったように歩けない状況にあるからだ。おかげで馬も疲れてしまい、僕達は乾いた広い場所を探して早めに野宿せざるを得なくなった。

「街道を通れていれば、今頃はラクート近郊だったかもしれんな」

 珍しくレオンがぼやいた。今は馬を降り、森の近くにあった原っぱで野営の準備をしている。

「時間的にはそうでしょうね。雨に降られたことを考えても、2日以上遅れてると思いますよ」

 馬を拭きながらルモンドが相槌を打つ。ともかく、ここは少し冷えるので、僕とルモンドが薪拾いに行くことになった。最初は同じ場所で探していたのだけど、それでは効率が悪いと言うことで二手に別れて薪拾いをすることにした。

 しばらく探し回って片手で抱えるくらいの薪を拾ったので、僕は野営場所に戻ろうとしていた。その時、どこかでパシャと水がはねる音がしたような気がした。水があれば野宿の助けになると思った僕は、その水音のした方に足を運ぶ。すると小さいながらも、茂みの向こうに澄んだ池が広がっているのが見えた。しかも、そこには…

(お、女の人!?)

 僕はとっさに木の陰に姿を隠した。まさか女の人が水浴びしているとは…。

(でも、独りで…?)

 気になって再び目を池に向けると、女の人を挟んで僕と反対側の茂みから、武装したゴブリンが数体姿を表した。冗談だろっ!?(驚)

「ホフゥゥゥ!」

「キャアッ!?」

「危ない!」

 僕はとっさに薪を放り出して、背中の弓を構えていた。見たところゴブリンとの距離は100mくらい。この距離なら当てられる!

 2本の矢を立て続けに放つ。1本は先頭のゴブリンの腹に当たり、もう1本はその右隣にいた奴の腕に刺さった。そこで僕は茂みから姿を現し、妖魔と正面から対峙した。

「早く逃げて!」

 女の人にそう言うや、僕は腰の矢筒から矢を取る。ゴブリンは残り3匹。2匹が女の人の方に向かい、1匹がこっちに突撃してきた。女の人にケガをさせてはならないと、僕は2本の矢を、女の人に向かったゴブリン目掛けて放つ。ヒュウと空を切り裂いて飛んだ矢は、1本がゴブリンの脚を射抜いて動きを止めたものの、もう1本は外れて地面に刺さった。

(間に合えっ!!)

 僕はとっさにダッシュしながら、女の人に迫るゴブリンを狙う。動きながらなので狙いがつけにくいけど、これは外しちゃだめだ!

 ゴブリンとの距離が残り10m程のところで放った矢は、ゴブリンのわき腹を貫いてなんとか追い払うことが出来た。ふぅ…って、何か忘れてる?

「ホォォフゥゥゥ!」

 しまった!僕に向かってきていたゴブリンを忘れてた!なんとか攻撃を回避しようとするが、ゴブリンの短剣は僕の左腕をかすめ、赤い血がパッと飛び散る。カッターで指を切ったときの何倍も痛いけど、そんなことを言ってる場合じゃない。僕は腕の傷を押さえもせず、腰のショートソードを抜いて飛び掛かる。僕が剣を抜いたことで、相手のゴブリンが一瞬ひるんだ!今だ!

「うおぉぉぉ!」

僕は思いっきり体当たりし、ゴブリン共々地面に転がる。その間に、数発のパンチを顔面に見舞った。そのお返しとばかりに、今度はゴブリンから膝蹴りがとんでくる。

もうこうなったら武器なんて関係ない。僕とゴブリンは、子供のケンカのように殴り合っていた。やがて僕の強烈な右フックがアゴに入り、ゴブリンはフラフラしながら逃げ出した。ふぅ…なんとか追い払ったか。

「あの…助けてくれてありがとう。私にケガの手当てをさせて」

「え?」

 突然声をかけられて、僕はびっくりして振り返った。そこには、あの水浴びしていた女の人がいた。逃げろと言ったのに、彼女は逃げていなかったんだな。

「左腕にケガをしてるでしょ?手当てしなくちゃ」

 言われて思い出した。そういえば、左腕にケガをしていたんだった。見れば、エレナの矢がかすった時ほどひどくはないけれど、けっこう出血している。気がつくまではなんともなかったのに、いざ気がついてみるとものすごくヒリヒリして痛い。(泣)

「あ…」

 彼女の方に向き直って、僕は初めて気がついた。彼女はシャツしか着ていなかったのだ。まだ服もまともに着ていない状態で、彼女は僕の傷の手当てをしてくれている。彼女が服を着てくれていたならなんともない場面なのに、これじゃあ視線をどこに向けてよいものか困ってしまう。とにかく、今は早く手当てが終わってくれるのを待つしかない。(恥)

「はい。これで一応止血はできたわ」

 手ぬぐいを器用に包帯代わりにして、傷口の止血をしてくれた。まだ痛むけれど、出血が止まったのはうれしいな。

「ありがとう」

「あなたは私の命の恩人なんだもの。これくらいは当然だわ」

 服を着ながら、彼女が僕に答える。よく見ると、なかなかの美人だ。人間の女性らしい少し丸みを帯びたシルエットに、勝ち気そうながらも大きくかわいらしい瞳。燃えるような赤い髪を、肩の辺りで束ねているのもいい感じ。エレナとは違う魅力のある人だね。

「私の名前はファルマ。旅の剣士よ」

「僕はユウ。訳あって旅をしているんだ」

 お互いの自己紹介も終わり、僕は自分が薪拾いに来ていることを思い出した。

「そうだ。薪拾いの途中だったっけ」

「どこかで野宿するの?」

 ファルマがたずねてきたので、僕は正直に仲間と一緒に野営することを話した。そして、彼女も一緒にどうかと誘う。

「そうねぇ…。命の恩人のお誘いだし、断る理由はないわね」

 と、いうことで、ファルマも僕達と一緒に野宿することになった。


 ファルマと一緒に帰ってくると、エレナがすごい顔でにらんできた。(怖)

「遅いわよ!心配したじゃない!」

「ご、ごめん…」

 迫力に気おされ、僕は素直に謝る。そこにファルマが姿を見せたものだから、エレナの怒りは頂点に達したようだ。僕の方を見ようともせず、一言も口をきいてくれない。トホホ。(涙)

 とりあえず仲間にファルマのことを紹介する。レオンは相変わらず無愛想な反応しかしないが、それをフォローするかのように、ルモンドが愛敬を振りまく。だから、ファルマもルモンドの方が親しみやすいと思ったのかもしれない。彼とはすぐに言葉を交わすようになった。

 そのルモンドに傷を癒してもらい、僕達は夕食の準備にとりかかった。今日の夕食は、塩味のきつい干し肉のスープと、前の村で購入したパンがメニューだ。

「はい」

 不機嫌そうに僕にスープを渡してくれるエレナ。ううっ、ものすごく寂しい…。(泣)

 僕がこんな有様だったから、ルモンドが積極的にファルマの相手をしてくれた。おかげで彼女もすっかり打ち解け、僕達はしばらくのんびりと話をしていた。すると、

「ユウ、薪が足りないぞ」

 と、火の番をしていたレオンが言い出した。あれ?足りない?

「そんなに少なかった?」

「そうですね。この分だと、明日の朝まではもたないかもしれません」

 そうかなぁ。ルモンドが拾ってきた分と合わせると、それなりの量になると思うんだけど…。でもレオンやルモンドが拾って来いと言うのなら仕方ない。ルモンドからショートソードに魔法の灯りをともしてもらい、薄暗くなった森に薪拾いに行く。

 僕がその準備をしていると、

「私も行くわ」

 と、ファルマが言い出した。

「何もせずに一緒にいさせてもらうのは、冒険者として礼儀に反するものね」

 こうして、エレナから突き刺さるような視線を受けながら、僕はファルマと薪拾いに出かけたのでありました。とほほ…。(泣)


 ショートソードをかざして森の中に入る。まだほのかに明るいとはいえ、森の中に入ればもう真っ暗だ。でもルモンドの魔法のおかげで、5mほどの視界は確保できる。隣にいるファルマも、その剣に灯りをともしてもらっているので、僕達の周囲だけは明るい。

「ねぇ、ユウ」

 ファルマが話しかけてくる。

「あのエルフ、あなたの恋人なの?」

「えっ……?」

 突然の質問に、僕は答えにつまってしまった。どう答えていいのか分からない。僕は彼女が恋人だったらうれしいけど、彼女の方がどう思ってくれているのか…。キスとかしてはくれたけど、それが本心なのか分からないし…。

「どうなの?」

「どう…って…。さぁ、今の僕には、保護者…みたいなものかな?」

 現に集落では彼女の家でやっかいになってたんだし、今でも彼女に庇われっぱなしだもん。間違いではないはずだ。

「ふぅん…保護者ねぇ…」

 でも、どうもファルマは信じていない様子だ。恋人であって欲しいという願望を見抜かれたのかな…?

「あ~、あのさぁ、ファルマ」

 なんとか話題を変えようと、僕は彼女に話しかける。

「ファルマは、どうして1人で旅なんてしてるの?」

「諸国を見て回ってるのよ。自分の腕を試しながら、ね」

 ふ~ん、そうかぁ。それじゃあ、結構腕もたつんだろうなぁ。

「これくらいでいいかしら?」

 気がつけば、もう片手ではもてないほど薪を集めていた。じゃ、帰ろうか。


 みんなの所に帰ると、エレナが複雑な表情をしながら迎えてくれた。

「お帰り」

「う、うん。ただいま…」

 薪拾いに行ってる間になにかあったのだろうか。彼女の心境の変化に、僕はどこか不安を感じた。

「何かあったの?」

 ルモンドにこっそり話しかけるが、彼は微笑むだけで何も話してくれない。う~ん、ますます気になるなぁ…。

「薪はこれで十分だろう。見張りの順番を決めて、休むことにする」

 順番は、レオンが最初、次にエレナと僕、そして最後がルモンドとファルマということになった。では、とりあえずお休みなさい…。(寝)


「…きて。ユウ、起きて」

 むにゃ…?もう朝?

「寝ぼけてないの。見張りよ」

「あぁ、そうか」

 見張りの順番か…。あ~あ、まだ眠いなぁ。でも、見張りをおろそかには出来ないので、弓と矢を確認して手元に置く。

 毛布をはいで焚き火に当たっていると、エレナが僕に話しかけてきた。

「ユウ、あなたあの女とどうやって知り合ったの?」

「えっ!?そ、それは…あの……」

 まさか水浴びシーンを覗き見した、とは口が裂けても言えない。言ったら、エレナに何をされるか分からないし、彼女に幻滅されるかもしれないからだ。

 そんなわけで僕がしどろもどろになっていると、

「まぁ、大体想像はつくけどね。どうせ、水浴びしてるところでも覗いて、左腕にケガさせられたんでしょ」

 うっ…鋭い。(汗)

 でも、左腕のケガは違うんだよね。だから、僕は本当のことを話した。もう彼女に水浴びシーンを覗いたと言われてしまった以上、隠す必要もないからね。

「…と、こういうことだったんだ」

「ゴブリン5匹を、あなた1人で?」

 水浴びを覗いたことを怒るよりも先に、エレナは僕がゴブリンとまともに戦ったことに驚いていた。

「そういえば、森を出て最初の村でゴブリンの襲撃を受けたときも、あなたは1人で随分ゴブリンを追い払っていたものね」

 そして隣に来ると、僕の頭をそっと撫でてくれた。

「あなたも成長したのね」

 エレナにそう言われると、うれしいけどなんだか恥ずかしいや。(恥)

「うふふ」

 そんな僕を見て、エレナはにっこり微笑んだ。どうも僕は彼女のおもちゃにされているらしい。少し情けない気もするけど、これはこれで悪くないとも思うんだよね。(苦笑)

 悪くない雰囲気だと思ったから、僕は思い切って彼女に問いかけてみた。どうしてファルマを連れて帰ってときに、あれほど怒ったのかを。すると、

「あの時はあなたを心配してたから、遅くなったことを怒ったのよ。ルモンドは早くに帰ってきていたから…」

 と、答えが返ってきた。でも、怒っていた理由はそれだけじゃないはず。僕がそこを追求すると、

「それ以外に、怒る理由なんてないわよ」

 なんて言って逃げようとした。う~ん、何かあるぞ。

 ところが、結局その場では彼女にはぐらかされ、あれだけ怒った原因を追究できずに次の見張り番に交代したのでありました。


 ファルマと出会った次の日の朝、僕達は朝食をとりながら彼女にこの後どうするかたずねた。彼女は、エルナード王国の王都ラクートまで行くらしい。そこは僕達も通る場所である。もし方角が一緒なら、一緒に旅をしてもいいと言うファルマ。それに対して、ルモンドは同じ道なら一緒に行く方がいいと主張したが、レオンはあまりいい顔をしなかった。部外者が一緒に行動するというのはあまり好ましくないと、レオンは考えたのだろう。しかし、ルモンドに強く説得され、レオンはしぶしぶ了解した。どうやら、ルモンドはレオンより頑固なようである。

 出発の準備をし、馬に乗る。ファルマは馬がないため、ルモンドの後ろに乗ってもらうことにした。とりあえず、今から目指すのは商業公路だ。旧道は道が悪くて通りにくいし、妖魔が出現する可能性も高い。わざわざ時間がかかる危険な道を行くよりも、安全で便利な道を通った方がいいよね。

 ところで、ファルマという彼女の名前、どこかで聞いた覚えが…いや、正確には読んだ覚えがあるのかな。それも、エルナードと深い関係があったような…。う~ん、何だったっけ…?

 ともかく、僕達は進路を南にとって商業公路に出ようとした。その途中、北側にそびえる山脈の雪景色に、しばし心を奪われた。

「ユウ、あれってなに?」

 エレナが山の白い部分を指差して、後ろに乗っている僕にたずねてきた。そこで、あれは雪だと答えると、

「あれが雪?真っ白できれいね」

 と、まるで子供のような感想をもらした。彼女、300年近く生きてるはずなのに、時々ものすごく純粋な言葉を放つんだよね。これってすごいことだと思う。人間が20年も生きてれば、きっと子供みたいな事は言えないと思う。少なくとも、16年生きてきた僕は、彼女のような素直な言葉は言えない。

「エレナは雪を見たことがないんですか?」

 隣にいたルモンドが話しかけてくる。

「降ってきたのは見たことあるけど、あんなふうになってるのは初めて見るわ」

 こんな他愛もない会話をしていると、正面に深そうな森が近づいてきた。道はこの中を通っており、避けて通ることは出来ないようだ。

「森を抜けるしかないか…」

 レオンは森が嫌いなようだ。どうやら、森は見通しが利かず、常に警戒しておく必要があるというのが理由らしい。騎士らしい考えだよね。でも、僕とエレナはまったく反対。森の中の方が落ち着くんだ。そんなエレナが、森の中を進んでいて急に止まった。

「どうし…」

「しっ。静かにして」

 レオンの声を制して、エレナが聞き耳を立てる。手をかざし、何かを感じとろうとしているようだ。

「精霊が集まっているわ。おそらく、風の精霊ね」

 言うなりエレナは馬を降り、みんなに精霊を仲間につけると何かと便利になると説明した。

 精霊には、自然の摂理に従っている者と、ある盟約によってその動きを限定している者とがいる。前者が一般的な精霊の姿なんだけど、ごくたまに、後者のように付き従ってくれる場合がある。精霊が付き従ってくれると、いつでもその精霊の力を借りることが出来るようになるんだ。普通精霊は、その場に存在していないと力を借りることができないから、いつでも力を借りられるってのはかなり便利だ。

 エレナはみんなにここで待っててくれるよう頼み、僕を連れて風の精霊が集まっている場所へと向かった。

精霊と盟約を交わすにはふたつの方法がある。ひとつは、精霊に精神力での勝負を挑み、その精霊に勝って盟約を結ばせる方法。こっちは力関係において精霊に勝っているため、少々無理な命令もこなしてくれるようになる。で、もうひとつの方法が、精霊に気に入られること。こっちは、精霊が『この人になら、従ってもいいかな?』と思わなければダメで、ちょっと難しくなる。でも、精霊が気に入って付いてきてくれるから、とっさのときに精霊が助けてくれるようになるとか。そんな風に聞いた覚えがある。だけど、このどちらとも、精霊が自分の意思で姿を現せるほどの力を持っていなければいけなかったはず。

「静かについてきて」

 精霊は基本的に臆病なのか、大きな音や激しい感情を嫌う。いかに精霊がその姿を見せていようとも、物音ひとつで逃げてしまうんだ。だから、ここは慎重に行かなきゃ…。

 足音を忍ばせて森を進むと、少し開けた場所に風の精霊が集まっているのが見えた。半透明ながら美しい容姿、エルフのようなんだけど、耳は人間と同じ。体には布のようなものをまとっている。

「もう少し近づくわよ」

 エレナにそう言われて、僕は低い姿勢のまま前に動いた。ところが、その時何かにつまずいて、思いっきり顔面から茂みに突っ込んでしまったのである。バサバサと大きな音がしたので、精霊は逃げてしまっただろう。あ~、エレナに悪い事をしたなぁ。後で謝らなきゃ…と、僕が起き上がると、目の前に風の精霊が1体いた。彼女は僕の周囲をくるりと一回りして値踏みした後、頭についていた枯れ葉を取ってくれた。そしてにっこりと微笑みかけてくる。

 この風の精霊、何か話しかけてくるんだけど、僕は精霊語をきちんと理解できないので、何をしゃべってるのか分からない。でも、僕に何か話し掛けてるってのは分かる。そこで僕が困った表情をすると、

『私達の言葉、分からないのね』

 と、共通語で話してくれた。これなら分かるぞ。

「うん。まだ勉強中だから」

『しょうがないわねぇ。まぁ、いいわ。あなたに話しかけるときは、これから人間の言葉を使ってあげるから』

 これから?これからってどういうこと?

『私の名前はシーラ。あなたの……そうねぇ…弓に宿るわ。だから、困ったときはいつでも呼んでね』

 そう言うと、シーラと名乗った風の精霊は、すうっと消えてしまった。何が起こったのかよく理解できずに呆然としていると、隣からものすごく鋭い視線が投げかけられているのを感じた。

「え、エレナ…?」

 彼女に話しかけてみるけれど、エレナはプイとそっぽを向いてしまい、僕に答えてくれない。僕、何か悪い事したんだろうか?そりゃ、彼女が精霊を従える機会を奪っちゃったけど…。(悩)


 みんなのところに帰ると、何をしてきたのか、どうなったのかをたずねられた。エレナは完全に機嫌を損ねてしまっているので、僕が代わりに答えることになった。

「…と、まぁ、こんな具合だったんだけど…」

「そうですか。それは良かったのですが…」

 ルモンドもエレナの機嫌が悪いことを気にしているようだ。彼女の機嫌が悪くていいことなんてないもんなぁ。(泣)

 結局、彼女の機嫌が直ることはなく、そのまま出発することになった。エレナの機嫌が悪いと、ものすごくしがみつきにくいなぁ。なんだかピリピリきてるのがよく分かるし、下手にしがみつくと振り落とされそうだし…。

「エレナ…?」

 恐る恐る話しかけてみるけど、エレナは返事をしてくれない。う~ん…どうしよ…。しかたない。彼女に怒ってる理由をきいてみようか…。

「何でそんなに怒ってるの?」

「怒ってないわよ!」

 いや、完全に怒ってるよ…。もしかして、シーラの事が原因かなぁ?

「あのさ、ひょっとして、シーラと僕が盟約を交わしたから怒ってるの?」

「そんなんじゃないわよ」

 う~…否定されてしまった。他には理由が思い浮かばないんだけどなぁ…。仕方ない。時間が解決してくれるまで待つしかないか。トホホ。(泣)


 シーラを仲間にした森を抜けた所で、道が二手に別れていた。そのまま真っ直ぐ進む道と、南に向かう道。ファルマいわく、真っ直ぐ進むと明日の日が沈むまでにノーストという町に着けるらしいが、南に進むと2、3日中に着ける町はないらしい。どちらの道も商業公路には出るんだけど、南に向かったほうが少し早いんだって。

「とりあえず、ここで休憩にしよう」

 原っぱもあることだし、僕達はひとまずここで昼食をとることにした。

「結局、どちらに行くんですか?」

 干し肉をかじりながらルモンドがたずねた。レオンはまだ、どちらの道を進むか決めかねていたのである。馬の疲労も考えると町に寄りたいが、遅れを取り戻したい気持ちもある。だからといって、ここで無理をして僕らはもちろん、馬も体調を崩したら意味がない。そこで、僕が一言助言することにした。

「レオン、僕の世界には『急がば回れ』という言葉がある。急ぎすぎると思わぬ失敗なんかで、時間を取られることが多いってことさ。馬のためにも、これからの旅のためにも、ここは町で休んだ方がいいと思う」

「ただ先を急ぐだけが、最終的に目的を早く達成できるとは限らない…ということか…」

 レオンはアゴに手をやり、少し考え込んだ。そして、

「よし、ここは真っ直ぐ進むことにしよう」

 僕の一押しが効いたのか、レオンは真っ直ぐ進んでノーストの町に行くことに決めた。


 ファルマの言うとおり、真っ直ぐ進むと次の日の夕暮れ時には町が見えてきた。

 ところで、あれからずーっとファルマとラクートの関係を思い出そうとしていたんだけど、な~んにも思い出せないんだよなぁ…。何かきっかけになるような事でもあれば、思い出せるかもしれないのになぁ。

 そんな事はお構いナシに、レオンはさっさと今夜泊まる宿を決め、足りなくなった道具を買いに出かけてしまった。ルモンドはこの町にあるメルファの神殿に行ったし、宿には僕と女性2人が残された。

「どうしよう?僕達も買い物に行く?」

 ベッドに腰掛けて、女性2人に問いかける。

「そうねぇ…。でも、特に買うものなんてあるかしら?」

「買うものはないけれど、私は剣を砥ぎに出したいわね。鎧の修理もしたいし…」

 ファルマは言いながら自分の装備を手で触れた。確かに言われて見れば、ファルマのチェインメイルはところどころ壊れている。見せてもらった剣もいくつか刃こぼれがあり、これではこの先不安になるよな。

 そんなわけで、ファルマの武具の修理をするため、僕達は町に繰り出した。僕達、と言ってもエレナは荷物番をすると言って部屋に残ったので、僕とファルマの2人なんだけどね。

「ファルマ、お金はあるの?」

「失礼ね~。それくらいは持ってるわよ」

 こっちの世界に来てから、どうも女性にかわいがられると言うか、子供扱いされると言うか、対等の立場の者として扱われないんだよね。今だって、ファルマにからかわれてるし…。(泣)

 ノーストの大通りに面した所に、剣の絵が描かれた看板をかかげる店があった。軒先にも様々な武器が並べられているから、間違いなくここは武器の店だな。

 中に入ると、ひげを生やした頑固そうな中年の男性がいた。どうやら彼がこの店の主のようだ。

「いらっしゃい」

 お世辞にも愛想がいいとは言えない態度で僕らを迎える。なんだか居心地がよくないなぁ。でも、ファルマはそんなことはお構いなしに、

「この剣を研いでもらいたいの。急ぐから、明日までになんとかなる?」

 と、店の主人に話しかける。

「ああ、この程度なら大丈夫だ。明日の朝までに仕上げておくよ」

 店の主人はそう言うと奥から別の人間を呼んで、自分は代わりに奥へと消えていった。これでこの店での用事は終わり、次は鎧の修理をしてもらうために別の店へと足を運んだ。

 そんな感じで武具の修理を頼んだファルマは、他にすることもないので宿に帰ろうと言って来た。その帰り道、ばったりと買い物途中のレオンに出会った。

「あ、レオン」

「なんだ。お前達か」

 無愛想だなぁ。そんなことじゃあ友達出来ないぞ…って、レオンが買おうとしてるものは…?

「レオン、それは?」

 彼が買おうとしていたものは、この地方で採れる銀で造られたアクセサリーだった。しかし、レオンがそんなものをつける趣味はしてないし、他の人にあげるためとしか思えないんだけど、じゃあ、一体だれのため…?

 事の真相を追究しようとしたけど、レオンが怪しげな雰囲気を放っていたのでやめておいた。下手に詮索すると、ぶん殴られそうだ。(怖)


 ノーストで一夜を過ごした僕達は、それから街道に出るための道をひたすら真っ直ぐ進んでいった。途中で3回ほど野宿をしたけど、天候にも恵まれてさほど苦にはならなかった。そして、いよいよ街道に入ろうかという前の日、僕達はザーンという町で宿を取っていた。旧街道沿いの古い宿場町だけど、それなりに活気があって楽しい町だ。その町で迎えた朝に、僕達は耳を疑いたくなるような話を耳にする。それは、この国の存亡に関わる大事件の幕開けとなるものだった…。

 朝食を食べていた僕達5人は、外がにわかにざわついたことが気になって、ふと宿屋から外に出て様子をうかがっていた。すると、

「…より、外敵を打ち払うべく、聖戦が発動されることとなった!よいか!聖戦である!みな、王国のため…」

 と、エルナード王国の騎士らしい男が町の人々に呼びかけていた。

「聖戦……!」

 ファルマが『聖戦』と聞いて絶句した。ルモンドも険しい表情になる。

「聖戦とは、穏やかではありませんね」

 ちなみに、聖戦ってのは国民を総動員させて臨む戦争のこと。でも、これは単なる号令なんかじゃなく、王権を持つ者や高位の聖職者が発動できる『奇跡』の力のひとつなんだ。『奇跡』の力だから、ルモンドが使える癒しの奇跡と同じ力なんだけど、これは国民をその意思に関係なく戦わせてしまうというもの。上に立つ者にしてみれば便利かもしれないけれど、これって巻き込まれた人は迷惑極まりないよなぁ…。

「しかし、聖戦が発動されると言うことは…」

 レオンとルモンドが同時にファルマを見遣る。何だって言うんだ?ファルマに何か関係あるのかな?

「ユウ、エレナ、すぐに出発するぞ」

「へっ?なんで?」

「事情は後で説明しますよ。今は一刻も早く、この町から出なければ…」

 ルモンドも何を隠しているんだろう。ファルマも浮かない顔してるし…。う~ん…ファルマは何か隠してるような覚えがあるんだが…。なんだったっけ…。しかも、聖戦の奇跡と関係があるんだろ?確か、聖戦の奇跡で必要になるのは……そうだっ!!思い出した!ファルマはエルナード王国の王女、ファルシオーネだ!現国王でファルシオーネの父親であるルイモスが、彼女に勉強をさせるために国内を見て回らせているんだった。身分を隠すために冒険者の格好をして、名前も変えていたんだっけ。しかし、ルイモス王が聖戦を発動させるとなると、ファルシオーネは……。

 とにかく、僕達は急いで宿を出ると、上手く兵士の目を盗んで町を脱出した。

「ここまで来れば、ひとまず安心ですね」

 手近な森に身を隠し、僕達は様子をうかがうことにした。

「一体どういうことなのよ?」

 唯一事情が飲み込めていないエレナが、僕達にたずねる。

「それは…」

「いえ、これは私から説明するわ」

 ルモンドが答えようとしたのを制して、ファルマが口を開いた。

「私は、エルナード王国の国王ルイモスの娘、ファルシオーネ。旅の剣士ファルマとは、国の情勢を見て回るための仮の姿。みんなをだますつもりはなかったのだけど…」

 そしてファルマは、国王によって聖戦が発動されようとしている今、国王は自分を探しているだろうと言った。

「聖戦の発動には、生贄が必要なの。おそらく、国王陛下は私を……」

 ファルマはそこで言葉をつまらせた。自分の父親が理不尽にも聖戦を発動させようとし、なおかつ自分を生贄にしようとしているなんて、考えたくなかったのだろう。

「しかし、なぜ聖戦を発動させる必要がある?今はどの国も戦乱を望んではいないはずだぞ」

「今の陛下が何を考えているのかは、私には分からないわ。まるで、何かに取り憑かれたとしか…」

 彼女の話によると、国王はここ数日の間で豹変したらしい。彼女自身は1ヶ月前から領内の視察に出ており、国王豹変の報は城を抜け出した侍従から知らされたそうだ。それで国王の様子を調べるため、急遽ラクートに戻る事にしたのだと言う。その途中で僕らと出会い、馬で移動できるのならと、僕達と行動をともにしようと考えたらしい。

「…陛下が正気ならば、多くの民を無闇に巻き込む聖戦を発動するなど、考えられないことよ」

「聖戦はその権力の影響下にある者すべてが、勇敢に戦うようになるんです。聖戦の力に抗うことはできず、みなが己の意志に関わらず戦わせられる。そう、死をも恐れぬ死兵となるのです。心ある者ならば、自ら攻め込む立場にあってこのような手段は取らないでしょう」

 ルモンドがファルマに相槌を打つ。すると、その言葉を聞いたエレナが、

「ひどい…」

 と、つぶやいた。

「そんな理不尽な奇跡が、どうして存在するのよ。神は人間を守るんじゃないの?」

 エレナの疑問はもっともだ。しかし、

「国を守ることが、ひいては多くの人の命を守ることにつながることもありますからね。一概に、聖戦の奇跡が悪いとは言い切れないのですよ」

 ルモンドがそう説明したものの、エレナは納得できない様子だった。でも、そりゃあ無理ないと思うよ。エルフには国という概念がないから、国という枠組みが、弱い人間を守るなんて考えられないもんね。まして、権力的に上の立場にある者から、強制されて戦うなんて信じられないと思う。

 ともかく、いつまでもここに隠れているわけにはいかないから、エルナードの兵士に見つからないように裏道を選びつつ、一路ラクートへ向かう事にした。事の真相はラクートに行かなきゃわからない。今後の旅のためにも、そしてファルマのためにも、この騒動がどうなるのか見定めなくちゃ。


 ファルマの先導で裏道を進んでいたけれど、裏道ってのはやっぱり道が悪いし、なかなか進みにくい。おかげで、街道を通ればもうラクートについているくらいの時間が経っても、まだ山の中にいたりする。しかも、常に人気のないところを通ってるから、妖魔が出る出る。もう何匹のゴブリンやコボルドを相手にしただろうか。幸い、たいしたケガをすることもなかったけど、いいかげんうんざりしてきた。

「あとどれくらいでラクートなんだ?」

 レオンがファルマにたずねる。

「そうね…あと半日も…」

「しっ!静かにして!」

 ファルマの言葉を制して、エレナが聞き耳を立てる。後ろにいる僕も、彼女の邪魔をしないよう息を潜める。

「馬だわ。それも複数よ。走ってくるわ」

「何っ!?エルナード王国の騎士隊かもしれんぞ」

 見つかっては大変と、僕らは慌てて周囲を見回した。ところが、悪いことにここには身を隠せるような森も茂みもなかった。(泣)

「仕方ない。聖戦を発動されるよりは…」

 レオンはそう言うと、腰のグレートソードを抜いた。

「そうですね。面倒な事になりそうですが、大陸中を戦火にさらすことだけは避けなければ」

 ルモンドもレオンと同じ考えらしく、メイスを右手に構える。そういうことならしょうがない。僕も弓を準備して戦闘体勢に入る。もう騎馬の一団は、こちらから肉眼で確認できるほどに近づいている。

「騎士だな…仕方あるまい!」

 レオンが馬を走らせようとしたその時、

「待って!」

 ファルマが声を上げた。

「私が行けば済む事なの。私のために、無駄な血を流さないで。彼らは狂った王の命令に、仕方なく従っているだけなのよ」

「しかし…」

 当然、レオンやルモンドが反発する。だが、

「私だって、たやすく生贄になるつもりはないわ。大丈夫。陛下がご乱心なら、私がこの手で…」

 そう言うと、ファルマはルモンドの馬からおりた。そして、

「みんな、短い間だったけれど、一緒に旅が出来て楽しかったわ。ありがとう」

 と、寂しそうな笑顔を見せて、ファルマは向かってくる騎士の一団へと歩き始めた。

「レオン!なんとかならないの?」

 思わず僕は声に出していた。ほんの数日しか一緒にいなかったけれど、彼女は仲間だ。何が何でも助けたい!

 でも、レオンは冷静だった。

「あの騎士を斬ったところで、他の騎士がファルマを連れに来るだけだ…」

「でも!」

「ユウ、あなたの気持ちは分かります。でも、ここで争いを起こさないようにというのが、彼女の希望ですからね。ここは彼女の意志を尊重して、大人しくしておきましょう」

 ルモンドに静かに諭される。でも…でも、納得できないよ…!

「ここは我慢するべきところだと思うわ。きっとなにか裏があるはずよ。その謎を解けば、彼女を救うことにもなるわ」

 エレナにもそう言われ、僕は大人しくする事にした。まだ納得はできない。でも、僕が1人で暴れてもどうにもならないし、そんな力もないことが分かっているんだ。自分にもっと力があれば…。こんな気持ちになったのは初めてだ……。



 ファルマがエルナードの騎士に連れて行かれて一夜が明けた次の日、僕達はファルマに連れられる形で、エルナード王国の王城、ホーリーサークルにやってきていた。彼女は自分の地位を使って僕達を城に連れ込み、自由に動けない彼女に代わって国王豹変の謎を解かせようとしているんだ。僕達も聖戦の奇跡が発動されるのを阻止するため、彼女の頼みを引き受けた。隣国で聖戦の奇跡が発動されたとなれば、ベルダインも黙ってはいないだろう。そうなると、ますます国の混乱が進む事になる。そうならないためにと、レオンもここで時間を費やす事を了承している。しかし、特に怪しまれることなく僕達が王城に入ることを許されたということは、ファルマの権力もあるんだろうけど、騎士達にも国王がおかしくなったのではないかという思いがあるからだろうな。これは、何が何でも解決しなくちゃ。

 ところで、実際に会ったルイモス王の印象は、どこか気が抜けているというか、常にぼんやりとしていて、賢王と言われた面影は見られない。こんな状況で聖戦の奇跡を発動させられるのか、とさえ思ってしまう。

「今はあのような状態ですが…」

 僕達を逗留する部屋に案内してくれている侍従が、ふとこうもらした。

「夕方になると人が変わったように強引になられ、暴れることもしばしばなのです」

 城にいる人達にも、国王に何かあったのではという疑いが広まっているらしい。今は国王の命令だからと聖戦の発動に向けて動いてはいるが、みな心の中では納得できないでいるらしい。

「突然変わった、というのが気になりますね」

 部屋に荷物を置きながら、ルモンドがつぶやいた。

「実際にお会いした印象でも、どこか違和感を覚えました。もしかすると…」

 だれかが呪いをかけたのかもしれない。彼はそう考えているようだ。

「邪教の奇跡には、人の心を惑わすものがあるそうです。強いものになれば、思いのままに操ることまでできるとか」

「では、その呪いをかけた人物がどこかにいる、ということだな」

「じゃあ、その犯人を倒せば…」

「ええ。呪いは解除され、国王も元に戻るはずです」

 でも、これが原因だと確定できたわけじゃないと、ルモンドは付け加えた。

「国王が偽者にすりかえられた、とも考えられます。見かけ上の姿を変える奇跡が、同じく邪神の奇跡にあると聞いたことがありますから」

「そうか…。本物の国王がさらわれ、偽国王が混乱を招くような言動で国を乱す。その隙を突けば、他国からの侵略もたやすいということだな」

 様々な考えが浮かぶものの、どれも決定打に欠ける気がする。困ったな。(悩)

 とりあえず、僕達は城内外での自由な行動が許されたので、ラクートの城下町に行って2組に分かれて情報収集することにした。そして1時間ほど経って、それぞれが聞き集めた情報を持って待ち合わせ場所に集まる。僕とエレナの組はたいした情報がなかったけれど、レオンとルモンドの組は少し気になる情報を入手していた。

「酒場で聞いた話なんですが、郊外の小さな屋敷に、見かけない人間がうろついているというのです」

「屋敷に人がいるのは当然だと思うけど…?」

「それが、その屋敷というのは、つい10日前まで空き家だったのですよ」

 10日前まで空き家だった?そりゃ奇妙な話だなぁ…。

「別の人間が買い取ったという話はないし、だれかが勝手に住んでいるのだろうと言うのですが…」

 酒場ではそこまでの情報しか得られなかったようだ。これより詳しい情報を手に入れるとなると…

「盗賊ギルドには行ってみた?」

 ここしかないだろう。町の細かい情報まで、金になりそうなものは何でも持ってるからね。

「いえ、まだ行っていませんが…。確かに、盗賊ギルドなら何か情報を持っているかもしれませんね」

 と、言うわけで、3人で盗賊ギルドに行ってみることにした。エレナは人間を見たくないという理由でお留守番です。

 ラクートのような大きな町になると、普通は盗賊ギルドなるものがある。よーするに盗賊達の組合みたいなもので、一定の規律は求められるものの、仕事をする上である程度の命の保障をしてもらえたり、盗品の買い取りを行ってもらえたりする組織だ。ここには多くの盗賊が登録してあるので、それだけ情報なんかも多く入ってくるわけだ。ファンタジー物語の世界では、盗賊ギルドで情報を買うことは極当たり前だもんね。

 ラクートの盗賊ギルドは中心街から少し外れた通りにあり、概観上特に他の建物と変わったところはない。しかし、入るとすぐに見張り番らしい男がいて、ギルドに登録されていない人間から入場料を取るところは盗賊ギルドらしいや。

 奥に行くと、ギルドでそれなりの地位にあるような男が2、3人ほど、テーブルを囲んでカードに興じていた。どうやら、トランプの絵柄は地球のものとさほど変わらないらしい。

「聞きたいことがある」

 レオンがそう言うと、カードで遊んでいた男達がこっちを向いた。

「金はあるんだろうなぁ?」

「お前達がまともな情報をくれたら、それなりに払ってやる」

 盗賊達も威圧をかけてきているのに、レオンはまったく動じる様子もなく対応している。う~ん、彼ってすごい。

「たいした度胸だな。で、何の事について聞きたいんだ?」

 カードで遊んでいた男達の中でリーダー格と思われる男が、手に持ったカードを机に置きながらそう聞いてきた。

「郊外の屋敷だ。最近、見慣れない人間が住み着いたそうだが?」

 そいつのことか、と、盗賊はパイプにタバコの葉を詰めて火をつけた。

「ギルドの1人がその屋敷に忍び込んで確認してるからな。あの屋敷には間違いなく人が住んでいる。つい10日ほど前にはボロの空き家だったんだ。でも、住んでいるのは人だけじゃねぇ」

 そこまで答えて、盗賊はパイプに口をつける。そして煙を吐き、

「あの屋敷でうろついている連中、一見普通の人間みたいなんだが、その正体は別のもんだ」

 と言うと、そこで言葉を切り、人差し指でテーブルを叩く。どうやら情報料の催促のようだ。レオンが銀貨を1枚投げてよこすと、盗賊はそれを懐にしまって再びパイプに口をつけた。銀貨1枚でエール酒が1杯頼めるから、情報料としてはそれなりかな。

「その正体は、妖魔だ。ゴブリンにオーガ、それにダークエルフ」

「ダークエルフ…!」

 ダークエルフってのは、一般的に肌が黒いエルフを指す。他の世界だと、はるか神々の時代、エルフの中で邪神に魂を売り渡した者が肌を黒くされダークエルフになったとか、エルフの1種族で、単に肌が黒い以外エルフと違いがないとか、いろいろ設定が異なる少し特殊な種族なんだよね。で、この世界でのダークエルフは、邪神によってエルフを模して生み出された種族で、生来邪悪な魂を持っており、エルフをものすごく敵対視している。しかしその数は圧倒的に少なく、アーレストの世界で確認されているダークエルフの集落は、北の島エルドールと、東の果ての地プシュケーの2箇所だけ。という設定になっている。

 このダークエルフってやつは、体力なんかはエルフと同じでそんなにないんだけど、邪教の奇跡に通じていたり、精霊の力を借りたりできるので、ものすごく厄介な相手なんだそうな。また、その性格上、けっこう武器には毒が塗ってあることが多いらしく、精霊の力で姿を消して暗殺を行うことも多いらしい。

 ちなみに、ダークエルフのエルフに対する敵対心はそうとうなもので、まだ数が多かった時代はエルフと見るや無差別に攻撃してきたという。それゆえ、エルフ達の間でのダークエルフの評価も悪そのもので、エルフ達はダークエルフを忌み嫌っている。

「あいつらは、太陽の出ている間は普通の人間の格好をしてるんだ。でも、夜になると妖魔の姿になって、屋敷の周りをうろついてやがる。おまけに夕方から夜にかけて、その屋敷から呪文のような変な声が聞こえるらしい。それがどういうことか、そこの司祭様にゃ分かるよな?」

 盗賊はふかしたパイプでルモンドを指す。

「さぁ、あの屋敷についての情報はこれだけだ。こっちは出すものだしたんだから、それなりに出してもらおうか」

 レオンは情報料として新たに銀貨2枚をよこすと、何も言わずに建物から出て行った。おいおい、ちょっと待ってくれよぉ。(汗)

 盗賊ギルドで情報を買ってエレナの所に戻った僕達は、国王に呪いをかけているのがその屋敷に住んでいる者で、それが妖魔を操る邪神の司祭であると断定した。

「いかなる手段で混乱を生じさせたのかは分かりませんが、敵は間違いなく邪神の司祭です。屋敷を守っているという妖魔の存在も、それを肯定するものでしょう」

「それに、夕方から夜にかけて聞こえる怪しい声。おそらく、その邪教の司祭が呪いをかけているんだろうね」

「妖魔がいるというのなら、攻めるのは昼間にした方がいい。その方がこちらにとって有利だ」

 と、こんな具合に話がまとまり、僕達は今からその屋敷を襲撃することにした。もう太陽が傾き始めていたけれど、明日を待っていたら、もしかするとファルナが今夜中に生贄にされちゃうかもしれないからね。


 ラクートの町から外れた森の所に、件の屋敷は建っていた。周囲には槍や斧を持った町人風の人間3人が、両手をだらりとさせて立っている。明らかに人間にしては様子がおかしいよね。

 僕達は屋敷近くの茂みにまでそっと近づき、見張りの様子をうかがっていた。

「ユウ、お前が弓で先に仕掛けろ。その後、俺とルモンドが突撃する。エレナはダークエルフの相手を頼む」

 戦術レベルでの作戦が決まり、僕は弓に矢を番えた。当たれよぉ!

 3本撃った矢の内、2本がまともに命中。矢が当たると同時に妖魔にかけられていた奇跡の効果が消えたらしく、醜悪な正体を見せる。オーガとゴブリンだな。矢が外れた方の小柄な妖魔も、その本来の姿を見せていた。やっぱりゴブリンだ。

「行くぞ!」

 レオンが剣を掲げて突撃する。このときのレオンって、ものすごく頼もしいんだよね。ゴブリン2匹とオーガ1体はレオン達に任せて、僕とエレナはこの場にいなかったダークエルフを探した。

 屋敷の入り口付近に行くと、中から人が出てくる気配がしたので、僕とエレナは素早く身を隠した。

「騒々しいぞ…まったく、頭の悪い奴らはこれだからな…」

 すらりとした体躯に低い身長。人間の顔をしてはいるけれど、こいつがダークエルフに間違いない。昼間は基本的に寝ているのだろうか、頭をかきながらフラフラした足取りで歩いている。すると、

「行かせはしないわ!」

 エレナがショートソードを構えてダークエルフの前に出る。あぁ、せっかく身を隠していたのに…。

 彼女の姿を見たダークエルフは、すぐさま元の姿に戻って不敵な笑みを浮かべた。

「おやおや、こんなところにエルフがいるとはな…。貴様のような小娘は、たっぷりいたぶって殺してやる」

 うっわ~、変な舌なめずりが聞こえてきそうなセリフだ。でも、相手はエレナに気を取られていて、こっちに気付いてない。これはチャンスだな。

「こっちにもいるぞ!」

 僕はそう言って茂みから姿を現すと同時に、2本の矢を放った。

「ぐうっ!」

 2本の内1本が相手の左腕に命中。痛みでダークエルフは顔をしかめる。

「貴様ぁぁぁ!」

 ダークエルフはエルフと同じように端整な顔立ちをしているが、今はそれを想起させることが出来ないほど顔が怒りで歪んでいる。

「てやぁぁぁ!」

 隙を見てエレナがショートソードで斬りつけるが、それは難なくかわされた。しかし、それにもめげずにエレナは連続で斬りつけてゆく。

「小娘がぁっ!!」

「きゃあっ!」

 ダークエルフがエレナを蹴飛ばし、彼女との間合いを取る。ここで間合いを取らせたらエレナが危ないと判断した僕は、すかさず矢を放ってダークエルフの動きを止める。矢はダークエルフの顔をかすめ、屋敷の壁に刺さった。当たりこそしなかったけど、当初の目的は達成できたな。

「貴様っ!人間風情が粋がるな!」

 と、地面に倒れたエレナを無視して、ダークエルフは僕に向かってきた。エルフに対する敵意より、人間に邪魔されたという怒りの方が強かったらしい。僕は弓での応戦をあきらめ、腰のショートソードを抜く。あの一件以来、僕は時間があればレオンから剣の使い方を教わってきたので、今はそれなりに使いこなせるはず!

「こいっ!」

 ダークエルフの素早い突きは、何とか左手のバックラーで回避した。しかし、あと数センチずれていたら、間違いなく僕は喉を貫かれていた。あっぶないな~。(汗)

「このぉっ!」

 力任せにショートソードを振るい、バックラーに刺さったレイピアにぶつける。すると、細身のレイピアはぽっきりと折れ、ダークエルフは丸腰になってしまった。

「くそっ!」

 とっさに僕を突き飛ばして逃げ出すダークエルフ。この辺の身のこなしの軽さは、さすがエルフと言ったところか。僕の足じゃ追いつけないよ。(泣)

 そのダークエルフが建物の角を曲がったその時、

「ぐわあぁぁ!」

 断末魔の声と共に、ばっさりと斬られたダークエルフの死体がとんできた。レオンがちょうどオーガ達を始末し終えてこっちに来る途中、逃げるダークエルフに出くわして斬ったのだ。

「これで外は片付いたか」

 剣についた血を払いながら、レオンがつぶやく。

「後は中にいると思われる、邪教司祭だけですね」

 ルモンドはそう言うと、僕達に敵の呪いに対抗する奇跡をかけてくれた。

「敵は邪教の司祭です。いかなる手段で我々を攻撃してくるか分かりませんからね」

「よし。中に入るぞ」

 こうしてレオンを先頭に、僕達は屋敷の中へと入って行った。屋敷の中にはオーガが1体いたものの、僕の弓矢の援護を受けたレオンによってあっさりと倒されてしまった。この音で気がついたのか、階段から男が1人降りて来た。

「貴様ら、何者だ!」

「お前が黒幕か!」

 レオンはそう言うと、問答無用とばかりに斬りかかっていった。ところが、ローブを着た男が片手をレオンに向けると、

「ぐおぉぉっ!」

 金属鎧を身につけているレオンが、簡単に弾き飛ばされてしまった。したたか床に叩きつけられ、レオンはうめき声をあげる。こりゃ、とんでもない力だぞ。

「レオン!大丈夫ですか!」

 すかさずルモンドが駆け寄る。傷の具合を確かめるのだろう。僕はその時間を稼ぐため、とっさに前に出て矢を射掛ける。

「小賢しい真似を!」

 男が何かつぶやいて右手を振るうと、僕の放った矢がことごとくはじかれてしまった。あれは、司祭が使える『障壁』という奇跡で、自分の周囲に限定されるが、見えないバリアーを一瞬だけ張ることで身を守ることが出来る。自分が使えると便利なんだけど、敵に使われると面倒この上ない奇跡のひとつだ。

「食らえ!」

 男が右手をかざす。レオンが弾き飛ばされたものと同じ衝撃が、先頭にいた僕に襲い掛かる!まるでタックルでもされたかのように体が弾かれ、そのままなす術もなく後ろに飛んでいく!

(このままじゃ床に…)

 叩きつけられる。そう思った瞬間、僕の体を暖かくやわらかい空気が包み、床にぶつかるのを防いでくれた。

『危なかったわね』

 半透明な美少女がこっちを向いて微笑む。シーラだ。弓に宿っていた彼女が僕を守ってくれたんだ。

(そうだ。彼女なら…)

 思いつくや否や、僕は彼女に頼んだ。

「シーラ、あの男の周りだけ、音が伝わらないようにしてくれる?」

『ええ、いいわ』

 そう言うとシーラは司祭の方に向かって飛び、男を取り巻くように舞った。そしてこっちに合図を送る。

「よし!これであいつは奇跡を起こすための呪文を唱えられなくなった!」

「本当か!」

 ルモンドに癒してもらって起き上がったレオンは、闇司祭目掛けて突進した。闇司祭は奇跡で応戦しようとしたものの、声が外に出なくなっているので呪文が詠唱できず、奇跡を発動させることができない。そうと分かるや、闇司祭は背中を向けて逃げ出した。

「レオン!彼は生かして捕らえるのです!」

「承知!」

 ルモンドの指示通り、レオンは逃げようとしていた闇司祭の背中に剣の峰を叩きつけてよろめかせると、顔面を1発ぶん殴って気絶させた。これで戦いは終わったのである。奇跡さえ使われなければ、案外あっけないもんだ。

 邪教の司祭は僕とエレナでロープを使って縛り、この男が使っていた祭壇は使えないように壊してしまった。これで事件の直接原因は排除できたけど、まだ最後の詰めが残ってる。さぁ、こいつを連れて城に帰ろう!


「さぁ、大人しくついて来い」

 もう夕闇が迫りつつあったが、僕達は急いでホーリーサークルへと向かった。呪いの元凶は排除したものの、事件を全面解決するには、まだやるべきことが残っていた。

「国王のご乱心を裏で操っていた人物を捕らえた。しかるべき人物にお目通り願いたい」

 見張りの兵士にそう言うと、報告してくると言って城の中に消えた。それからしばらくして、中から立派な身形の男を連れ、あの兵士が帰ってきた。

「大臣のルカである。ご苦労であったな。さ、その闇司祭の身柄はこちらで預かろう」

「いえ、それは出来かねます」

 ルモンドはきっぱりと要求を突っぱねた。

「どうした?その男はわが国の法で裁くゆえ、身柄をよこせと言っているのだ。褒美なら必ず用意させる。今は休むがよかろう」

「出来かねると申し上げております。少なくとも、貴方様にはお引き渡しできませぬ」

 ゆるぎない意志に満ちた強い口調だ。自分の言い分が通らないことに苛立ったのか、大臣は顔を赤くして怒った。

「大臣であるこの私に楯突くつもりか!」

「悪事をなさんとする背徳の輩に、従うつもりはありません!これを見なさい!」

 ルモンドは、懐から1枚の手紙を取り出した。それは、この闇司祭と大臣が共謀し、この国を乗っ取ろうとする約束が書かれたものだった。あの屋敷の一室に大事そうに保管されていたものを、僕達が見つけ出して持ってきたんだ。

 その証拠を突き出された大臣は、一瞬狼狽した表情を見せ、一目散に城の中へと逃げた。

「待て!」

 闇司祭を連れていたレオンはそのまま残り、他の3人で大臣の後を追った。大臣は城の中を無闇に逃げているのかと思ったけれど、高い塔の一室に逃げ込んだところを見るとそうではなかったようだ。

「何者!?ああっ!」

 部屋の中で女性の声がした。聞き覚えのある声だ。

「ファルマ…!」

 中を見れば、ファルマが大臣に短剣を突きつけられて人質にされていた。いかに剣の腕に覚えがあるファルマでも、不意を突かれるとこうなるのか…。

「我等の計画が見破られるとはな…。国王を呪いで乱心させ、失脚させて国を乗っ取ろうと思ったが…とんだ邪魔が入ったものだ」

「悪事は神がお許しになりはしません。必ずや天罰が下りましょうぞ」

「ふん!なんとでも言え!これ以上の邪魔は許さぬ!さぁ、この娘の命が惜しければ、そこをどけ!」

 最後の悪あがきか、大臣はファルマを盾にして逃げるつもりのようだ。幸いと言うべきか、僕は体力がなかったので最後尾を走っていた。そのため、今はルモンドとエレナの陰に隠れるような形になっている。おそらく、大臣には見つかっていないはずだ。そこで、僕は密かに矢を撃つチャンスをうかがった。おそらく一瞬しかない上に、少しでもずれたらファルマに当たりかねない。一か八かの賭けだな…。頼むぞ、僕の弓!(汗)

(今だ!)

 僕は一瞬の隙を見出して矢を放つ。矢は真っ直ぐに大臣の右肩に命中、突然のことに大臣はファルマを手放した。

「ファルマ!」

 そこに、ルモンドが飛び出した。ファルマを守ろうと、とっさに彼女を抱きこむ。

「おのれぇぇ!」

 やけを起こした大臣は、思いっきりルモンドに短剣を突き刺した。チェインメイルを装備しているものの、大臣の一撃はルモンドの背中に刺さり、赤い鮮血を飛び散らせた。こいつ!(怒)

「ルモンド!」

エレナが叫ぶや、彼女はショートソードを大臣に向かって突き出した。不意打ちだったために大臣はその攻撃を回避できず、右腕に傷を受けた。その拍子に短剣を離し、大臣は丸腰になる。

「うおぉぉぉ!!」

相手が丸腰なら怖くないぞ!僕は弓を置いて大臣に体当たりし、壁にたたきつけた。その一撃で頭を打ったしく、大臣は気を失ってぐったりとした。ふぅ、終わったか…。

「ルモンド!しっかりして!」

 いや、まだ終わってない!ルモンドがケガしたんだった!(慌)

「フ…ファルシオーネ様…ご無事…ですか……?」

 彼の声の調子から、傷が深い事が予想される。困ったな。なんとかしなくちゃ…。(汗)

「エレナ、こいつを…えーと、えーと……これだ。これで大臣を縛っておいて!」

 僕は手近にあった帯をエレナに渡す。

「ユウは?」

「司祭を探してくる!」

 僕は必死になって城内にいる司祭を探した。ルモンドを死なせるわけにはいかない。たとえ知り合って半月程度でも、彼は仲間だ!


 騒動が一段落して、僕達は謁見の間にいた。ルモンドは城にいた司祭の奇跡によって、もう歩けるほどにまで回復していた。

「お前達にはすっかり世話になったようだな」

 僕達の前には、呪いの影響から開放されたエルナード国王ルイモスがいる。その横には、ドレスで正装したファルシオーネが立っている。こうやって見ると、ファルシオーネはドレス姿よりも、冒険者姿の方が似合ってる気がするなぁ。別にドレスが似合わないというんじゃないけどね。なんとなく見慣れない感じがする。

「我等親子のみならず、この王国を救ってくれた事、礼を申すぞ」

「もったいないお言葉にございます」

 レオンに習って、僕達もかしこまる。

「ついてはお前達に褒美を取らせようと思うが、もう夜でもあるし、俺も少々気分がすぐれぬ。謁見はこれまでとしよう」

 ルイモス王はそう言うと、僕達だけ部屋に来るように伝えてきた。何かあるのかな?


 言われたとおりルイモス王の寝室に行くと、

「おう、来たか」

 と、テーブルについてワインを飲んでいる王が迎えてくれた。

「この部屋だけは、俺の自由にできる場所でな」

 ルイモス王はそう言うと、グラスに残っていたワインを飲み干した。

「謁見の間では、思うような話もできまいて。さぁ、もっと楽にしてくれ。俺も元をたどれば一介の騎士だ。遠慮せずに座ってくれ」

 あらま。随分と気さくな王様だこと。謁見の間で見たときは威厳があり、いかにも王様らしい雰囲気が漂っていたのに、今は酒場にでもいそうなおっさんだ。(爆)

僕達が席に着くと、ルイモスさんは自ら人数分のグラスを用意し、僕達にも酒を振る舞ってくれた。どうやら、この王宮はしきたりや儀礼について比較的おおらからしい。

レオン達はありがたく飲んでいたけれど、僕は飲めないんだよね~。(泣)

「どうした?飲まないのか?」

「いえ、飲めないんです」

 と、僕は自分が酒を飲めない体質であることを説明した。すると、

「それは気がつかなかったな。酒が飲めないのなら、ここにある果物でも食べてくれ」

 と、ルイモスさんは僕に果物の入ったカゴを差し出してくれた。食事もしてないことだし、リンゴでもむいて食べようかな。

「さて、お前達を呼んだのは、ファルシオーネの親として、礼を言いたかったからだ。娘を助けてくれてありがとう。心から感謝する」

ルイモスさんは、そう言って頭を下げた。一国の王が頭を下げるなんてとんでもないことだけど、なぜか今はすんなりと受け入れることができた。

「俺は、元々この国の騎士だったんだよ。それが前国王に気に入られて近衛騎士となり、前の大戦で国王の窮地をお救いしたことから、俺が王位を継ぐことになってしまった。元々、この国の王は世襲ではない。現国王が存命の内に優秀な騎士を選び、次期国王として任命しておくんだ。この制度のおかげで、俺は望まぬ王位を手に入れたことになるんだがな。まぁ、最初は国を治めるってことで手一杯だったが、そのうち余裕ができ、結婚もして子供が生まれた。だが、家庭を大事にするには、国王という仕事は忙しすぎる。ファルシオーネにもいろいろしてやりたかったが、それもままならん。おかげで、あいつの母親の死に目にすらあってやれなかった…」

 感情が高ぶってきたのか、ルイモスさんはそこで何かを振り払うように一気に酒をあおる。

「それからだ。俺が、王位という立場を嫌うようになったのは…。人間らしい生き方はまったくできない。贅沢な暮らしが出来ると思っている人も多いだろうが、そんなことはない。ひたすら不自由だ。こんなに生活を制限されるのなら、王位を投げ出して逃げてしまいたいよ…」

 やっぱり、国王っていうのは不自由なんだなぁ。世襲なんかでなるべくしてなった国王ならまだしも、自由な身分から一転して国王になった日にゃ、不自由極まりないって感じるんだろうねぇ…。ところで、このリンゴおいしいなぁ。(爆)

「私にも少しちょうだい」

「うん」

 横からそう言われたので、皮をむいたリンゴを切ってエレナに渡す。どうやら彼女もお腹が空いているらしい。リンゴを受け取ると、おいしそうに食べていたもんな。

 それからもルイモスさんの話は続き、娘には自分と同じ思いをさせたくないとか、いろいろ話してくれた。

「ふぅ…こんなに話したのは久しぶりだな。つき合わせてすまなかった」

 ルイモスさんはそう言うと、下の調理場に食事を用意させているから食べてくるといいと言ってくれた。いやぁ、うれしいね。ようやく食事だよ。さ~、思いっきり食べるぞ~。

 遅い夕食をとった僕達は、かくして長い一日を終えたのでした。は~、今日は疲れた。


 次の日、僕達は褒美として馬を1頭と、かなりの量の金貨をもらった。これで旅の路銀に困らないのはうれしいけど、もうエレナにしがみつけないってのは少し残念だな…。(惜)

「これでもう少し速く移動できるな」

 僕の分の馬がもらえて、レオンはうれしそうだった。この人、とりあえず任務を早く達成したいんだよね。いつもこればっかり。

 ファルマとも別れ、馬に乗ってラクートを出ようとしたその時だった。

「待って~!!」

 後ろから声がした。振り返ると、ファルマが馬に乗って僕達を追ってきてるじゃないか。

「ファルマ!」

 彼女は僕達と一緒に旅をする許しを、ルイモス王からもらったのだという。レオンは複雑な表情をしたが、彼女が王権とは関係がないということでしぶしぶ納得した。

 こうして5人になった僕達は、商業公路を再び西へと向かって進み始めたのでありました。



 1人が1頭の馬に乗るようになり、旅は明らかにスピードアップした。しかし、僕はまだ馬に乗っかってるだけで、馬を乗りこなしているとは言いがたい。だから、まだ駆け足なんかも満足にさせられない。レオンやファルマに乗り方を教わったりしているものの、なかなか上手くならないんだよね。トホホ。(泣)

「ユウ、さっき教えた駆け足をやってみろ」

「え?あの、まだ上手くできないんだけど…?」

 いいからやってみせろと、レオンは言った。駆け足かぁ…たしか、足で左右の腹をかるく叩く…と、うわあっ!!は、走り出した!?(慌)

「強く叩きすぎだ!」

 レオンが馬をおさえてくれたので、なんとか落馬はせずにすんだけど…。あ~、怖かった。(汗)

「もう少し弱く叩くんだ。こいつは軍馬だから、怖がって暴走したりすることはないが、指示を出すのが難しい。馬自身の性格もあるから、それをしっかり把握するんだ」

「う、うん…」

 軍馬、かぁ…。みっちり教育された馬だから賢いんだけど、その分命令に対してものすごく忠実で、命令を出す当人が少しでも間違うと、馬は正しい反応を返してくれないんだよね。気性の大人しい馬を選んでくれたって言うけれど、操るのは難しいなぁ。(泣)

「急に覚えようとしても無理よ。少しずつ、じっくり覚えればいいわ。それまでは、馬にまたがってるだけでも十分なんだから」

 エレナにそうフォローされるものの、どことなく情けない感じがする。(泣)

 さて、その日の夕方、僕達はちょうどスービエの町に着いた。スービエはエルナード第2の都市で、水の都と呼ばれている。清流ルーア川のほとりに作られたのが二つ名の由来で、この清流を利用したさまざまな文化が根付いている。

 僕達は馬小屋のある『ルーアのせせらぎ亭』という宿に部屋を取り、酒場で夕食をとることにした。

「ここは清流で作ったエールが有名なのよ」

 エールって、エール酒なんだよねぇ…。ジンジャーエールじゃないんだよね…。酒だったら、僕、飲めないんだよね…。(泣)

「残念ね~。ユウはお酒に弱いから、おいしいエール酒飲めないわね」

「えっ!?ユウってお酒飲めないの?」

 はうう…。ファルマにもバレてしまった…。やっぱり男で酒が飲めないっていうのは、かなりかっこ悪いのかな…。(凹)

「そんなに落ち込むことないわよ。お酒が飲めなくても、生きていくのに支障はないわ。でも、まったく飲めないの?」

 ファルマが僕の顔を覗き込みながらたずねてくるので、僕は首を縦に振って答えた。

「そうねぇ…。やっぱり少しくらいは付き合いで飲めるようにならないと、不都合かもね。何かでパーティに参加したときって、飲み物はだいたいお酒しかないもの」

 う~ん…そうなのかなぁ…?やっぱり、飲めた方がいい?でも、飲むと頭がくらくらして、どうにも耐えられないんだよなぁ…。少しずつでも無理して飲んでいたら、慣れてきたりするのかな?

 とりあえず、その日の夕食ではエール酒に挑戦するのはやめて、果物を搾ったジュースを飲むことにした。

「残念ね~。このおいしさを伝えられないんですもの」

 エールを飲んでほろ酔い気分のファルマが、アルコール臭い息を吐きかけながら僕にそう言った。すると、

「ユウをからかわないでちょうだい。本当にお酒に弱いから、酔った人の息でも酔うのよ」

 と、エレナが僕の肩に抱きつきながらそう言った。そういう彼女の息も、かなりお酒臭い。もうエールをジョッキ2杯分飲んでるからなぁ…。こんな彼女に絡まれるのも、僕にはちょっと辛かったりする。(涙)

 そんな酔っ払いにからまれつつ食事を終え、僕達は自分の部屋に帰った。ちなみに、部屋割りは男3人と女2人の2部屋。ところが、

「ユウ、あんたはこっち」

 と、酔いどれ娘2人に僕は連行されてしまった。な、なにされるんだろ?(不安)

 女性陣の部屋に連れ込まれた僕は、そこで酒を飲む訓練をさせられるはめになったのでありました。

「ほぉらぁ、お酒を飲むのぉ」

 エレナが僕にからむ。うう…酒に酔ったエレナって、こんな感じになるんだなぁ。(泣)

「このエールは飲みやすいからぁ、あんたでも飲めるわよぉ」

 ファルマもいいだけ酔っ払っているので、遠慮なく僕に絡んでくる。あうう…美人に絡まれるのはいいんだけど、酒臭いのがつらいなぁ…。(涙)

 そんなことをやってると、

「飲みなさいよぉ」

 うぐぐっ!ファルマが無理やりエール酒を!?げほっ!ごほっ!気管に入った!(涙)

「大丈夫?」

「きゃ~ははは!」

 エレナは僕を心配して背中をさすったりしてくれるけど、ファルマは心配するどころか、僕の姿を見て笑っている!これが一国の王女のすることか…。

 それからエール酒を一口飲ませられて、僕はあえなくダウン。そこからはまったく記憶がございません。はい。(泣)


 目が覚めると、左右を美女に挟まれて寝ていたことに気付き、僕は口から心臓が飛び出しそうになるほど驚いた。しかも、彼女達の手が僕を捕まえていたから、もっと驚いた。

(…あ、暑い……)

 緊張で体温が上昇したこともあるだろうけど、さすがに人に挟まれて寝ていると暑い。寝汗もかいていたようだ。僕、汗臭くなってないかな?

「…ふぅ…ん…」

 げげっ!ファルマが色っぽい声出した!

「ううん……」

 え、エレナまで!?まさか、2人とも目を覚ましていて、共謀して僕をハメようとしてるとか?(汗)

 しかし、そんな浮かれた気分だったのも、エレナの次の寝言を聞くまでだった。

「アゼルぅ…」

 その言葉を聞いて、僕は絶句した。彼女は寝言でアゼルさんの名前を言ったのだ。夢に出てくる人って、その人の中で存在の大きい人だよね。あんな風に僕に接してはくれていたけれども、彼女の中では僕よりもアゼルさんの方が大きいらしい。

 でも、そりゃあそうだよな。僕なんかよりずっと長い時間を一緒に過ごしていて、彼女の事もすごく理解してるんだろうし。それに比べて、僕なんて突然別の世界からやって来て、まだ半年も一緒に過ごしてない。お互いの事をきちんと理解できた関係だとは、到底言えないよなぁ。やっぱりエレナに愛されるって事は、並大抵の事じゃないんだな…。

 僕はそう考えて彼女達の腕を戻してあげると、起き上がってトイレに行った。自分の考えも整理したかったし、気持ちも落ち着けたかったから…。

 用を足している間、僕はエレナに対する気持ちを整理した。最初は彼女の事を特に意識はしていなかった。だっていきなり弓で射掛けられたんだし、あんだけ憎まれていたんだもんね。でも、傷を手当てしてもらったり、一緒に生活したりしてる内に、だんだんと彼女の事が気になってきた。そして彼女と一緒に旅をすることになって、その気持ちは一層強まった。彼女につかまって馬に乗っている時なんて、もう本当に幸せだったもんなぁ…。山賊と戦闘になったときも、彼女は本当に優しく僕のことをかばってくれたし。やっぱり、僕は彼女の事が好きなんだ。でも、彼女の中では……。(凹)

 思っていることの整理は出来たものの、気持ちの整理までは出来なかった。結局、これからどうしたらいいのかも分からなかったし、今のこの気持ちをどうするかも決められなかったから。あ~、なんて情けない男なんだろか。(泣)

 部屋に帰ると、エレナが目を覚ましていた。ファルマは相変わらず幸せそうな顔で寝ている。

「あ、ユウ、おはよう。どこに行ってたの?」

 寝言のことなどつゆ知らず、といった様子で、エレナが僕に話しかけてきた。ちょっと用足しに、と答えた僕は、彼女の着衣が乱れていることに気付いた。服のボタンが外れていて、エルフにしては大きめな胸が見えそうに……!(爆)

 いや、正確には、もう谷間が見えて……!(爆)

「どうかした?」

 僕の視線に気付いたのか、エレナはそう問いかけてきた。とっさに僕は視線を外し、

「服、乱れてるよ」

 と、言った。すると彼女は、

「あら、ほんと」

 と、特に気にした様子もなく髪を整える。どうしたっていうんだろう?あの時は下着を見られただけであんなに怒ったのに、今は胸を見られそうになっても怒ってない。まだ寝ぼけてるのかな?

「あ~っと…その…特に用事もなさそうだから、男部屋に行くよ」

 そう言って僕が部屋から出ようとすると、

「行っちゃだめ」

 エレナが僕の足にしがみついてきた。むにゅ、っと彼女の豊かな胸の感触が……!(驚)

「は…離してよ」

「やだ」

 エレナが駄々をこねる。何がどうしたというんだ!?(汗)

「ユウ、何か考えてたんでしょ?」

「えっ!?」

 ドキッ!かなりするどい!やっぱりエレナには隠し事ができないなぁ…。ファルマが起きてくれたら逃げられるんだけど、まだ起きそうな様子はないし…。どうしよ……。(汗)

 それからさらに追求され、僕は仕方なくありのままに話すことにした。

「分かったよ、話すよ」

 僕は彼女を離れさせると床に座って、何を考えていたのか正直に説明する。すると…

「なぁんだ、そんなこと」

 エレナはクスクスと笑った。

「アゼルは私の兄みたいなものなのよ。私が生まれた時から知ってるし、実際によく面倒も見てもらったし、ね。別に意識したことなんてないわよ」

 そう言って、エレナは耳にかかった髪をかきあげる。

「でも、あなたがそんな事を言い出すなんて思わなかったわ」

「そう…かな…?」

 前に付き合った彼女にも、似たようなことを言われた。僕達は特にどちらが告白するでもなく付き合い始めたんだけど、ある日僕が彼女に理想の彼氏像を聞いたんだよね。そしたら、そんな事を言うなんて思わなかったと、笑われた。僕だって色恋沙汰の話をしたいと思うし、真剣にそういうことを考えもする。でも、僕からそういう話が出る事は、周りの人間にはものすごく珍しいことだと思われているらしい。

「あなたはそういう事に疎いと思ったから」

 そりゃあ、女の子には弱いよ。近づかれたら緊張するし、触られたりしたらかなりドキドキするけども……。やっぱり、みんなにそう思われてるのかなぁ…。

「でも、そういう所が魅力でもあるんだからね」

 なっ、なんと!エレナはそう言って僕に抱きついてきたのです!まだ服の乱れを直してなかったから、抱きついた拍子に谷間が……!(赤面)

「ユウ~」

「わぁぁ~!?」

 え、エレナが僕の胸に頬擦りを!こんなことされたの初めてだ…。おでこに頬擦りはされたけど、それってどこか母親と子供みたいな感じだったもんね。今回はエレナが子供みたいになって、僕に甘えるように頬擦りしてる。あぁ…幸せ……。

 って、そんな事をしてたら、ファルマが目を覚ましてしまった。慌てて離れる僕とエレナ。不自然にならないように、エレナは服装を整え、僕は自分が使っていた(と思われる)毛布をたたむ。

「うにゃ…何してたの…?」

「別に。何もしてないわよ」

「ふぅん…」

 ファルマはぼさぼさの髪を手ぐしでまとめると、毛布をはいで立ち上がった。すると…

「ユウ!見ちゃだめ!」

「うわっ!?なんだなんだ?」

 突然エレナに毛布をかけられて混乱したが、どうやらファルマが下着しかつけていない状態だったので、それを見させたくなかったらしい。仕方なく、僕はエレナが許可を出すまで、毛布をかぶった状態で我慢したのである。でもファルマの下着姿って、すでに見たことあるんだよなぁ。あの池で初めて出会い、僕の傷を応急処置してくれたときに、ね。それに、彼女の裸もわずかながら見ちゃってるわけだし、今更そんな…という気もする。(爆)

「もう、いいわよ」

 ファルマの声だ。言われて毛布をはぐと、もう服を着て髪も整えたファルマが立っていた。

「じゃ、そろそろ下に行く?」

「そうね。男達も起きてるだろうし」

 かくして、僕の心臓が飛び出しそうな朝は終わったのである。今度こそ、一生分の女運を使い果たしただろうなぁ…。


 スービエを出て4日目、僕達はとある漁村に着いた。ところが、そこで嵐に遭遇してしまい、昨日、今日と宿に留まらざるを得なかったのである。

「いつになったら収まるんだ?」

 横殴りに降る雨を恨めしげに眺めつつ、レオンは事あるごとにそうぼやいた。しかし、天はレオンを嘲笑うかのように、大粒の雨を地上に降らせ続けている。

「こればかりは人間の手に負えませんからね。天候が回復するのを祈りましょう」

 ルモンドがレオンをなだめるように言うが、彼の機嫌が回復する気配はない。

「やれやれ。これは神のお力でもない限り、レオンの機嫌は直らないようですね」

「仕方ないさ。彼は少しでも早く任務を終わらせたいんだ」

 でも、そこで会話は終了。もう2日も宿にいるんだから、話す事は当の昔に尽きている。酒でも飲めれば別なんだろうけど、僕は酒が飲めないからね~。お金を無闇に使うわけにもいかないし、どうやって時間を使っていいのか分からないよ。最初は僕が知ってる簡単なゲームを教えたりして過ごしてたけど、それももう限界。あ~、どうしよ。嵐は明日まで続くらしいから、明日は何をするんだろ?いい加減体がなまってきたぞ。

「することがないってのもたまにはいいけど、こう続くと飽きるわね」

 ファルマが背伸びをしながらつぶやく。行動派の彼女にとって、狭い場所に長時間閉じ込められているというのはかなりの苦痛だろう。

「エレナ、精霊の力を借りて何とかならないのか?」

「そうねぇ…なんとかならないことはないと思うけど…」

 レオンがたまらずエレナに助けを求める。しかし、いかに精霊が自然の摂理を司っているとはいえ、天候を操るには上級精霊の力を借りる必要がある。エレナは年の割に精霊を操る力が強いのだけれど、それでも上級精霊と交渉できるほどの力はない。

「風はシーラになんとかしてもらって、雨は水の精霊に頼んで防いでもらえば…」

 そうか。天候を変えることはできなくても、風と雨を防げばいいんだ。そうと決まれば、さっそくシーラに相談だ。

 荷物置き場から弓を取り、両手で握って彼女に呼びかける。相変わらず精霊語は使えないので、彼女が気付いてくれるのを待つしかない。しかし、僕が弓を握って少ししただけで、シーラはすっと姿を現してくれた。

『どうしたの?』

「嵐の中でも風の影響を受けないようにする、なんてことできる?」

『できるわよ』

 迷うことなくシーラはそう答えてくれた。

『でも、私が守れるのはあなただけ。他の人までは守ってあげられないわ。一定の範囲だったら守れるけど、そうなると動けなくなるのよ』

 そうかぁ…。シーラは下級精霊だから、そんなに強い力は持ってないんだね。

『悪かったわね。力が弱くて』

 ギクッ!!シーラに心を読まれた!(焦)

「あ…いや、そういうことは…」

『そう考えたじゃないのよ』

 あうう…僕の周りには察しのいい女性が多くて困るや。(汗)

 僕とシーラがそんなことをやってると、エレナがこっちに鋭い視線を向けてきた。おかげでシーラはぱっと弓の中に逃げてしまい、僕はどこか居心地の悪い思いをすることになったのである。

「シーラはなんて言ったの?」

 うう、威圧的。エレナのこういう部分が苦手なんだよなぁ。(泣)

「それが…1人だったら守れるけど、みんなは無理だって」

「仕方ないわねぇ…」

 下級精霊では1体で1人にしか影響力を与えられないので、全部で8体の精霊を呼ぶことになる。さすがにそんな大勢の召喚は無理だ。

「嵐が収まるまで、待つしかないのか…」

 本国ではいつ戦争状態になるか分からないというのに、密命を受けた自分が動けないということが、レオンにとってはものすごくもどかしいようだ。窓から相変わらずの灰色の空を見上げながら、レオンは右の拳を左の手のひらにぶつけた。

 こうして足止めをくらってから3日目のこと、道の状態は悪いものの、雨が小降りになって風も弱くなったので、僕達は宿を出発したのであった。


 小雨のそぼ降る中、外套を羽織って進む5人の冒険者。なんだか映画のワンシーンみたいだけど、そんなことを言ってる余裕はない。おとといから嵐なもんだから、気温が低くてしょうがない。おまけに雨に当たって体温は下がるし、まったく、風邪ひきそうだよ。へ…へっくし!

「あら、風邪?」

 隣で馬を進めていたエレナが、くしゃみした僕を心配して声をかけてくれる。

「いや、大丈夫だよ」

 そう思いたいけれど、どうも寒気がするなぁ。元々風邪をひきやすい体質でもあるし、ひょっとするとひょっとするかも…?

 僕のそんな心配をよそに、レオンは先頭に立って馬を進めている。こんな天気だから妖魔も出てこないし、別の意味で安心して進んでいると、急に先頭のレオンの体がゆらりと揺れ始めた。

「レオン?どうしたんですか?」

 ルモンドが声をかける。

「大丈夫だ。心配するな」

 という返事が返ってくるものの、レオンの表情はすぐれない。体はふらつき、今にも馬から落ちそうだ。すかさずルモンドが馬を止め、彼の様子をうかがう。すると、

「熱が出ていますね」

 恐れていた事態が現実になった。それも、風邪をひきやすい僕ではなく、レオンがそうなったのだ。考えてみれば、任務遂行を最優先してここまで強行してきたんだから、体にも随分無理させてたんだろうなぁ。

「心配するな。これくらい、気力でなんとかなる…」

 とは言うものの、明らかにいつもの調子ではない。それを察したルモンドは、とりあえず癒しの奇跡を行ってレオンの体力を回復させる。

「ファルマ、この辺りに村か町はありませんか?」

「そうね…今日出発したラグの村に戻るのが一番近いと思うけど…。戻るのは嫌なんでしょ?」

「当然だ…。少しでも先に進まねば…」

 レオンの任務の事は、ファルマにももう教えてある。だから、彼女も任務の事を考えてくれているんだ。

「このまま街道を進めば、馬でも2日かかるところにしか町がないのよ。この先にあるわき道に入れば、1日くらいで着ける村があるわ。どうする?」

 わき道には入りたくないだろうけれど、レオンの体力とルモンドの精神力を考えると2日も強行は出来ない。仕方なく、レオンは1日で着けるという村に行くことを決定した。今から1日かかるということは、着くのは明日の昼ということになる。野宿をするのが気がかりではあるけれど、そこはルモンドの奇跡で何とかするしかないよね。

 厚い雲に覆われていたので、その日は暗くなるのが早かった。僕達はすぐに野宿用の場所を探したが、この天気で濡れていない場所などあるわけがない。

 仕方なく、僕達は精霊の力を借りつつ濡れた地面の上で一夜を過ごし、疲れた体に鞭打って再び進み始めたのである。それから半日が過ぎ、ようやく目的地の村が見えてきた頃には、レオンの体力はかなり限界に近づいていた。

「レオン、もう少しですからね」

「心配…する…な…」

 もう馬に乗ることすらまともにできないので、ルモンドがレオンを乗せた馬と自分の馬を引いて歩いているのだ。この辺は、さすがに親友だなぁ、と思う。こういう事態の時に、誰よりも献身的に面倒を見てあげる。彼の性格もあるのかもしれないけれど、それでも2人の間にある強い友情を感じたね。

 村に着くなり、ファルマが宿を探して部屋をとり、僕とルモンドはレオンを担いで部屋に運んだのでありました。

「ふぅ~、重かったぁ」

 プレートメイルを装備しているんだから、生半可な重さじゃない。あ~、しんど。(汗)

「後は私がやります。皆さんは風邪がうつるといけないので、別室で休んでいてください」

 ルモンドにそうは言われたものの、彼に任せっきりにするのも気が引ける。そこで、エレナが荷物袋から薬草を取り出し、処方してルモンドに手渡した。僕とファルマは、宿で借りた桶に水を汲んで部屋に運ぶ。これで大丈夫だろう。後はルモンドに任せた方がいい。

 レオンの事をルモンドに任せ、割り当てられた部屋に入ると、急にほっとして力が抜けた。あ~、やれやれ…。と、安心したのがいけなかったのか、僕はそのまま床に倒れてしまった。

「ユウ!?」

 どうやら僕もしっかり風邪を引いていたらしい。頭が急にガンガンしてきた。

「ユウ、しっかりして」

 エレナが駆け寄り、僕の首筋に手を当てる。

「少し熱があるわね。もう、こんなときに」

「…ごめん……」

 僕が謝ると、エレナは僕の頭をそっと撫でた。

「病気の時はしょうがないでしょ。ファルマ、手伝ってくれる?ユウをベッドに寝かせるから」

「うん」

 そして装備を外されてベッドに寝かされた僕は、エレナの調合した薬を飲まされることに…。

「また、あの苦い薬?」

「飲まなきゃ治らないわよ」

 エレナに強く言われ、しぶしぶ薬を飲む僕。ううっ、苦い…。(泣)

「それじゃ、私、外で何か食べるものを買って来るわ。エレナはユウをお願いね」

 こういう時に仲間がいてくれるってのはありがたいもので、みんなが身の回りのいろんなことをやってくれるんだよね。感謝、感謝。

 幸い僕の風邪はそんなにひどくなかったので、一晩寝たらすぐに熱も下がって動けるようになった。ところが、大変だったのはレオンである。

「熱が下がりませんね」

 一晩たっても熱が下がらず、とてもじゃないけど旅は出来ない状態なのです。ルモンドもそれなりに高位の司祭ではあるんだけど、ありとあらゆる病気を治すという『快癒』の奇跡は行えないんだとか。しかもその『快癒』の奇跡、とんでもなくレベルの高い奇跡らしくって、そんじょそこらの神殿では使える司祭がいないときたもんだ。まぁ、だから治療師(ヒーラー)って人や、薬師と呼ばれる人がいるんだけどね。

 ところが、この村にはヒーラーがおらず、馬をとばして2日かかる隣町まで行かなきゃならないんだそうな。薬師はいるらしいんだけど、薬師に頼るくらいならエレナに頼むよね。

「持ってきた解熱剤は、これで最後よ」

 レオンに風邪薬を調合しながら、エレナはそう言った。

「じゃあ、取りに行った方がいいかな?」

「そうしたいけれど、この辺の気候であの草が生えているかどうか…」

 そうかぁ…。気候の違いで自生する植物の種類も変わるから、解熱剤になる草が生えてるかどうか分からないもんねぇ。

「しかし、レオンの熱を下げる頼みの綱は、あなたの解熱剤だけですからね。できればその草を探しに行ってもらいたいのですが…」

「分かったわ。雨も上がったようだし、ユウを連れて付近を探しに行ってみる」

 え?僕?あの、僕、病み上がりなんですけど…?(汗)

「さ、ユウ。準備をして」

 めちゃめちゃ連れて行く気満々じゃないか~。どうしてなんだよぉ~?(泣)


 結局エレナに連れ出された僕は、弓矢だけ持って彼女と一緒に付近の森を探索することになりました。(泣)

 でも、もしかしたら村に解熱剤の草があるかもしれないと、とりあえず薬師の家を訪ねてみた。しかし、残念ながら解熱剤は切らしているんだそうな。

「村の外れに、薬草採りの名人がいるよ。あの人なら、解熱の草の生えてる場所を知ってるんじゃないかな?」

 なるほどね。じゃあ、今度はその薬草採りの名人とやらに話を聞いて見ようか。

 場所は変わって、薬草採りの名人の家。彼自身はこの前獣に襲われて足をくじいて動けないが、解熱剤になる薬草の生えている場所を教えてくれるという。

「あの草は、北の森の崖付近に生えている。しかしあそこはかなり危険で、村の人間でも滅多に近づくことはないぞ」

 うへぇ、そんなところに僕達で行けるのかなぁ?

「とにかく、行ってみましょ。採れそうだったら頑張ればいいし、採れそうになかったら別の場所を探すの」

 なるほど、彼女の言うことには一理ある。そんなに急がなくちゃならないわけじゃないんだから、行って確認すりゃあいいんだもんね。

 そんなわけで名人に礼を言うと、僕達はその崖に向かった。


「これが…崖…」

 岩山が崩れたような切り立った崖が、名人の言う崖だった。高さこそそれほどでもないにせよ、こりゃあ、僕が登るのは無理だぁ。(泣)

「あそこに生えてるわ」

 エレナが指差す先に、ちょこんと何かが生えているようだ。あ、あれが薬草!?(汗)

「あれを取るの?」

「そうみたいね」

 そうみたい、って、あのねぇ…。よくそう簡単に言えるよなぁ…。

「じゃ、登ってみるから、下で待ってて」

「ちょっと待った。下から登るのは無茶だよ」

 この前からの雨で崖が緩んでるかもしれないし、登ってる最中に崩れたら一巻の終わりだ。

「それより、どこか登りやすそうな場所からまず上に登って、それから命綱をつけて崖を下りるというのはどうだろう?」

「そうね…。その方が安全かもしれないわ」

 エレナも承諾したところで、僕達は崖の上に登る道を探した。5分くらいしたところで、それらしい道を見つけることができた。決してゆるい道ではないけど、崖を登ることに比べればはるかにましだよ。

 きつい坂を上りきってみると、案外この崖が高かったことが分かった。あ~、足がすくむ~。(怖)

「それじゃ、命綱を頼むわよ」

 エレナはさっさと自分の体に命綱を巻きつけると、崖を下りはじめた。この綱は例の名人が、あの場所では必要になるだろうと、僕達に渡してくれたものなんだよね。おかげでこうして薬草が採れるんだし、あの人には感謝しなくっちゃ。

 そして彼女が薬草を採って戻ろうとしたその時、地面がグラリと揺れて、なんと崖が一部崩れた!(驚)

「うわあぁぁぁ!」

 命綱をつかんだまま、僕は土砂と一緒に崖から滑り落ちる。

「キャアアァァァ!」

 そうだ。まだエレナが崖に…!

(だれか!エレナを守って!)

 僕はとっさにそう願った。僕はどうなってもいい。彼女が助かりさえすれば……。そこで僕は意識を失った。

 

 気がつくと、僕はエレナに膝枕された状態だった。

「エ…レナ…?」

「ユウ……よかった…」

 聞けば、エレナはあの崖が崩れた瞬間、もうだめだと思ったらしい。ところが、自分の周りを風の精霊が守ってくれたおかげで、崩れてきた岩などにぶつかることもなく、ケガひとつせずに下りることができたという。

「シーラが、あなたではなく、私を守ってくれたのよ…」

 そうか…。僕の願いを、シーラが聞き届けてくれたんだ…。何かあったらいけないからと、弓を持ってきていたのは正解だったな。

「シーラ…」

 声に出して呼ぶと、彼女はすっと僕の傍に姿を現した。

「シーラ…ありがとう…」

『ううん、お礼なんて言わないで…。私は、あなたの頼みを聞いただけなんだから…』

 そう言うシーラの顔は、どこか寂しげだった。そしてシーラは、周囲の景色に溶け込むように消えた。う~ん…どうしたんだろ?

「それより、あなたにもたいしたケガはなさそうでよかったわ」

 そう言って僕の頭を撫でるエレナの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

「あなたが気を失っている間、このままもし目を覚まさなかったらどうしよう、って……」

「エレナ…」

 いつもは気の強いエレナが、今はものすごく弱々しく感じられた。いくら強気に見せていても、エレナは女性なんだな…。

「さぁ、こうしちゃいられないわ。薬草は手に入ったし、早く帰りましょ」

「うん」

 エレナに手を引いてもらって起き上がる。すると、

「痛っ!」

 足に鋭い痛みが走る。どうやら捻挫しているらしい。痛みの感覚からすると、骨折ではないようだ。

「大丈夫!?」

 すぐにエレナが足の具合を見てくれる。

「捻挫してるみたい…。本当は動かさない方がいいけど、今はそんなこと言ってられないわね。私につかまったら立てる?」

「うん、なんとか」

 エレナの肩につかまり、無事な左足で立ち上がる。

「ちゃんとつかまってね」

「う、うん」

 か弱いエレナにつかまるのは抵抗があるけれど、片足を負傷した状態では無理も出来ない。悪いとは思いつつも、僕は彼女の肩にもたれかかったのでした。


 宿に帰ると、ルモンドがすぐさま傷を癒してくれた。エレナは採ってきた薬草と他の薬草とを混ぜ、レオンに飲ませる薬を作り始める。

「こんな怪我をして、どうしたというのですか?それに、服も汚れているし…」

「ん、まぁ、いろいろあったんだよ」

 その辺は適当にごまかし、僕は汚れた服を洗うために着替えた。そういえば、エレナはシーラに守られていたせいか、ちっとも服が汚れてなかったなぁ。

 着替えた僕が宿屋の外で服を洗っていると、

『ユウ』

 なんとシーラが話しかけてきたのだ。

「わっ、シーラ!?」

『少しおしゃべりしても、いい?』

 なんだか雰囲気がおかしいぞ。出会った頃のいたずら好きな少女というイメージじゃない。

『ユウは、どうして自分じゃなくて、あのエルフを助けたいと思ったの?』

「どうして…って言われても……」

 正直、自分でもよく分からない。ただ、エレナの悲鳴を聞いたとき、彼女を守らなきゃ!と、本能的に思ったんだ。

『ふぅん…』

 シーラは僕が思ったことも理解できる。だから言葉に出さなくても、彼女に言いたいことを伝えることはできるんだ。でも、伝えたくないことまで伝わるのは困るよなぁ。(泣)

『ユウにとって、あのエルフは大事な人なんだ』

「それは…」

 この気持ちは、まだ整理してなかったな…。確かにエレナの事は好きだけれど、彼女の意志がどうなのかまだはっきりしていない。エレナから優しくはされるけれど、どうもそれが姉や保護者としての優しさのように感じられてならないんだ。

 でも、待てよ。彼女がどう思っていようが、僕が彼女を大切に思っていることに変わりはないじゃないか。たとえ彼女が僕を単なる仲間としてしか見ていなくても、僕は彼女のことが好きだ。それでかまわないじゃないか。

『そう…。やっと気付いたのね』

 うわっ…。シーラの顔がものすごく寂しそうだ。いったいどうしたと……いや、まさか…?まさか、シーラは僕のことを…?

 僕がそう思い至ると、シーラは寂しそうにかぶりをふった。

『私はいいのよ。あなたのあのエルフへの想いを知っていながら、私があなたを勝手に気に入っちゃったんだもの…』

 そうか…。そうとも知らずに、僕は自分の事ばかり…。情けない…。

『あなたは悪くないわ。だから、あなたが気に病むことはないのよ。それに、私はあなたのそばにいて、あなたを守ってあげられるだけでいいんだから』

 シーラはそう言うと、僕ににっこり微笑みかけた。そして、服を洗い終えたら自分が乾かしてあげると、申し出てもくれた。どうやら、彼女の言葉は素直に受け取ってもよさそうだ。

 しかし、今日は少し考えさせられたな~。想ってくれていることに気付かないことが、いかに相手を傷つけているか。こりゃ、恋愛に疎いってだけじゃ済まされないかもしれない。エレナに対する気持ちもそうだし、これからはきちんと整理することにしよう。



 ルモンドの献身的な看病とエレナの薬が効いて、レオンは宿に泊まって3日後に完全回復した。そしてこの遅れを取り戻すかのごとく、馬に駆け足をさせて旅を進めたのである。おかげであっという間にエルナード領を出て、アルラッド大陸西端の王国ファフダ領内に入った。ファフダ王国はその多くが乾燥帯に属し、昼夜の気温差が激しい。砂漠の旅はものすごく厳しいので、ここからは慎重に行かねば、と、ファフダ最初の町で、レオンは準備のために2日の逗留を決めたほどである。砂漠かぁ…。鳥取砂丘とは、わけが違うよなぁ…。(爆)

 さて、僕達が逗留しているこのアラサの町は、ファフダ王国最東端の町であり、街道を通る人々が最初に訪れる町ということで、ファフダの玄関口と呼ばれている。街道筋の町としては比較的規模の大きい町で、大通りにはバザーも開かれているほどだ。

「いろんなものが売ってるのね~」

 エルナード王国から出たことのないファルマが、初めて見る異国の町に興味をそそられている。乾燥した地域の人々というのはどこか開放的で、ものすごくエネルギッシュである。僕もそんな町の人達に影響されたか、ついうっかり、エレナに町の雰囲気を楽しまなきゃ、と言ってしまったのである。それを聞いた途端にエレナの表情は一変。人間の町で楽しむことなんてないと、思いっきり言われてしまったのだ。いくら仲間には慣れたといっても、彼女はまだ人間社会に身を置くことに抵抗を感じているんだよね。どこに行くにも僕と一緒なんだし、人間に話しかけるのは僕の役目なんだ。あぁ、僕はなんておバカさんなんでしょう。(泣)

「エレナぁ、機嫌直してよぉ。僕が無神経だったことは謝るから…」

 しかし、もはや後の祭りである。エレナの機嫌は一向に直る様子を見せない。最初は僕の援護をしてくれていたルモンドやファルマも、いつしかさじを投げてしまい、僕は1人で不機嫌なエレナの対応をしなきゃならなくなったのである。とほほ。(泣)

 一通り町を見たので宿に戻った僕達は、暑さにだれつつ部屋で休むことにした。これぞ好機とばかりに、僕はエレナの機嫌を直すために女性の部屋に行く。ところが、

「入らないで」

 と、ドアを隔てて冷たくあしらわれてしまったのである。ど~しよ~。(泣)

 何もできずに僕が部屋で落ち込んでいると、僕達の部屋に来たファルマがそっと声をかけてくれた。

「ユウ、私がしばらくこっちの部屋にいるから、無理矢理部屋に入ってなんとかしちゃいなさいよ。2人っきりなら、なんとかできるかもしれないわ」

「うん。やってみるよ」

 よぉ~し。せっかくファルマからもらったチャンスだ。これでなんとか彼女の機嫌を直してもらうんだ!

 意を決して、僕は女性部屋へと向かった。そしてエレナの許可を得ることなく部屋に入る。すると、

「入らないでって言ってるでしょ!」

「ぶっ!」

 と、いきなり枕が飛んできた。避けることすら出来ず、僕は枕をまともに顔面にくらう。しかし、こんなことでめげてるわけにはいかない。

「ごめんよ、エレナ。でも、どうしても君に機嫌を直してもらいたくて…」

「そんなこと、知らないわよ」

 取り付く島もない。しかし、ここで逃げるわけには…!

「ごめん!僕が無神経すぎた!」

 こうなったら土下座でもなんでもやってやる!それで彼女の機嫌が直るのなら、僕のちっぽけなプライドなんてどうなってもいい!

「ちょ、ちょっとやめてよ」

 エレナの声の調子がいつもに戻った?もしかして、機嫌が直ったのか?

「そんなことされても、困っちゃうわよ。ほら、頭をあげて」

「エレナ、許してくれるの?」

「…そこまでされちゃ、許さないわけにはいかないでしょ?」

 エレナはそう言うと、僕の肩をポンとたたいた。あぁ、許してくれるんだ。(安堵)

「ごめん…。エレナの気持ち、ちっとも考えてなかった」

「私の方こそ、あなたに当たったりしてごめんなさい。この気候のせいで、少し苛立ってたの」

 これでエレナの機嫌は直った。しかし、これは別の意味でもいいチャンスかもしれない。このお互いの関係が雨降って地固まる状態になった今なら、彼女に僕の想いを打ち明けられるかも…!

 僕は彼女の様子を見計らって、夕食後にちょっと付き合ってほしいともちかけた。すると彼女はすぐに頷いてくれたじゃないか。うっし。後は晩御飯を食べ終わるまでに、僕の気持ちを固めておくだけだ!


 夕食も終わり、昼間の熱気がうそのように静まり返る。さすがに砂漠の夜は気温が低いが、昼間よりもすごしやすい。今、僕は町外れの椰子の木の下にいる。エレナをそこに呼び出しているのだ。

(来てくれるかな…)

 ここでエレナに自分の想いを打ち明けようと思っているんだけど、時間が経つに連れてだんだんとその決意が揺らいできた。(汗)

 そんな気持ちに不安を感じつつ待っていると、エレナが建物の陰から出てきた。

「ごめんね、待たせて」

「ううん、平気だよ」

 自分の気持ちを伝えなければ!そう思えば思うほど、体はかたくなり、口は動かなくなってしまう。言え!言うんだ!

「あ~…あの~…エレナ……」

 ものすごく息苦しい。ここは深呼吸して落ち着こう。す~…は~…うん。よし!

「エレナ、僕は、きっ、君のことが……その…す…好きだ!」

 言ってしまった。もう後は彼女の返事を待つしかない。じっと目を閉じ、うつむいて彼女の答えを待つ。すると、返事の代わりに頬にキスをされた。

「…えっ…?」

「私も、好きよ」

 もう暗いからよく分からないけれど、彼女の顔も赤くなっているようだ。少し恥ずかしげに、顔はそっぽ向きながらも、眼はこっちをちらちらと確認している。

「エレナ…!」

「やっと、私の気持ちが通じたのね。その言葉、待ってたんだから」

 ぎゅっ、と僕に抱きつくエレナ。あぁ、こんなに満たされたのは、生まれて初めてだ。心臓もドキドキして、今にも口から飛び出しそうだよ。

「私、この旅に出る前から…そう、あなたが木から落ちた私を受け止めてくれた時から、あなたのことを好きになってたみたいなの…」

 そうだったのかぁ…。そんな頃から彼女の気持ちに気付いてなかったとは、僕はなんて鈍感なんだろう…。いかんなぁ…。

「これから、他の女の事を気にしちゃ許さないから」

「も、もちろん!エレナも…僕の事、愛してくれるよね?」

 こくりとうなずくエレナ。あぁ、こんな恋愛ができるなんて…この世界に来て良かった!(幸)


 アラサの町での準備を終え、僕達はいよいよ砂漠に突入した。とはいえ街道はちゃんと存在しているし、馬で進むのになんら支障はない。砂嵐にしたって、エレナが召喚した風の精霊とシーラのおかげで、気にすることなく進んでいけるもんね。

「シーラ、本当にありがと」

 僕の周囲を舞うシーラに手を伸ばす。するとシーラは僕の手に抱きつくようにして、

『ううん。前にも言ったでしょ。あなたを守る事は私の喜びでもあり、楽しみでもあるんだから』

 と、答えてくれる。ほんと、頼もしいよね。

 さて、今までジリジリと僕達を照りつけていた太陽も地平のかなたに沈みかけ、砂漠での最初の野宿をすることになった。周辺に木がないので、今回は薪も持参だよ。おまけに水も大量に買ったので、荷物はかなり多い。そのため、レオンはアラサの町でラクダを購入。荷物運びをやらせているのである。まぁ、そのおかげでエレナは、5体の風の精霊を召喚しなきゃならなかったんだけどね。

「ユウ、薪を取ってくれ」

「うん」

 砂漠では日没と共に気温がぐんと下がる。だから夜間に火は絶やせないんだ。

「この天候ですと、今夜は晴天に恵まれそうですね。その分寒くなるでしょうけど、砂嵐になる可能性は低いと思いますよ」

「それは助かるな」

「ファルマ、スープの味付けはこれでいいかしら?」

「ん…そうね。これくらい塩味がきつければ、多少寒くなっても平気ね。ユウ、あなたも味見してよ」

「うん。……随分しょっぱいなぁ。喉が渇かない?」

「そう?」

「水は貴重なんだから、喉が乾くと困らないかな?」

 野営の準備をしながら、のんびりとした会話が広がる。しかしそんな雰囲気も、招かれざる来客によって打ち砕かれるのであった。

 食事も終わったので、見張りの僕とエレナを残してみんなは休んでいる。

「ユウ、寒くない?」

「うん。大丈夫だよ」

 お互いの気持ちを告白しあってからも、エレナの態度はさほど変わらない。でも、集落にいた時の事を考えると、どうやら旅に出てからのエレナの態度は、もう恋人に対する態度になっていたようだ。それに気付かなかったってことは、僕はよほど鈍感なんだろうなぁ…。(凹)

「それにしても、砂漠の夜って冷えるわねぇ。植物が育たないのも分かるわ」

 彼女はエルフだから、植物の育ちやすい気候は好み、反対に育ちにくい気候は嫌う。それで乾燥帯に属するファフダの気候が嫌いなんだ。精神的にもピリピリきてるしね。

 そうやって見張りの暇な時間をエレナと話して過ごしていると、エレナが何か周囲の異変を感じ取ったようだ。急に動きが止まり、辺りの様子を油断なくうかがっている。

「エレナ?」

 彼女の邪魔にならないよう、小声で彼女に問いかける。

「人間だわ。砂丘に隠れるようにして、6、7人でこっちを囲んでる。逃げ道はなさそうね。でも、まだ相手も様子をうかがってるようだわ」

 砂漠で人間?盗賊団かな。とりあえず、レオンだけでも起こそう。

「あ~あ、体を動かさないと寒くてかなわないや」

 背伸びをしながら立ち上がり、レオンの足を蹴飛ばす。

「むっ…!?」

 よし。目が覚めたようだな。

「レオン、盗賊らしい。こっちを狙ってる」

「盗賊だと?」

 寝起きなのに随分反応のいいことで。レオン、こういう不逞の輩には容赦ないからなぁ…。

「ルモンド、ファルマ。起きて」

 エレナも寝ている2人を起こす。が、2人の体勢が整う前に、盗賊が襲い掛かってきた。数本の矢が僕達めがけて飛んでくる!

「シーラ!」

『はーい!』

 構えた弓に呼びかけると、シーラがすぐに姿を現した。そして軽やかに宙を舞い、飛んでくる矢をことごとくそらしてくれる。

「光よ!」

 後ろでルモンドが何か言ったかと思うと、背後から強い光が放たれた。闇の中に長時間潜んでいた盗賊達には、かなりきつい一撃だったろう。視覚が慣れるまで、まともに目も開けられないようだ。

「うおぉぉぉ!」

 その隙を逃すまいと、レオンがグレートソードを振りかざして突進する。しかし、

「くっ!我らが主(あるじ)の加護を信じよ!」

 先頭で飛び掛ってきた男が目を押さえながらそう叫ぶのを聞いて、ルモンドがはっと何かに気付いた。

「レオン!手を出してはなりません!」

 ルモンドがその動きを制した。

「彼らはバハール族のようです。無闇に手出しをすれば、この砂漠から生きて出られなくなります!」

 ルモンドが言うバハール族というのは、砂漠の先住民族の事だ。ファフダ王国の王族とは民族が違うけど、昔から彼らと勢力争いをしつつも、互いにこの砂漠で生きてきたいわば同胞である。彼らは王国から砂漠地域での自由を許されており、時折盗賊まがいのことをすることがある。でも、命を奪うことは滅多にないので、王国も彼らを容認している…って説明だったかな?文化的な特徴は、彼ら自身の神を信じており、あらゆる行為の前に主(あるじ)と呼んでその加護を願うんだ。確か、ね。もう小説を読んでから時間がたっちゃってるんで、記憶もいまいちあいまいだ。

「そちらのリーダーと話をさせてください。我々に敵意はありません」

 ルモンドがそう話しかけると、相手の動きが止まった。少しして、相手のリーダーらしき男が前に出てくる。

「どうやら人違いをしたようだ。矢を射掛けたことに関しては謝る」

 ふぅ。どうやら戦闘は回避できそうだ。レオンもグレートソードを鞘に戻し、互いの緊張は解けたのだった。


「では、旅の冒険者に襲われて?」

「ああ。あっという間だった」

 お互いに敵でないとわかったので、ルモンドがバハール族にどうしてこんなことをしたのかたずねているところだ。どうやら、バハール族の集落が外から来た連中に襲われ、村の娘達がさらわれたらしい。彼らは女性を尊び、女性を守ることに誇りを感じている。だからこそ、娘達がさらわれたことは由々しき事態なのだ。

「奴らは様々な魔法を使い、我等の仲間を傷つけた。なんとしても、奴らを捕まえなければ!」

 だんだん意見が熱を帯びてきたので、ルモンドが少し間をあけてクールダウンさせる。

「あなた方のほかにも、このように娘さん達をさらった冒険者を追っている人はいるのですか?」

「うむ。集落の若い連中はほとんど出ている。もしかすると、これからも仲間に出会うかもしれん。そのときには…これを見せ、ハトゥムの知り合いだと言えばいい。それで無駄な争いはさけられるはずだ」

 と、このグループのリーダーは首に巻いていた布を渡してくれた。金や銀の装飾品がついた、なんとも贅沢なつくりになっている。これなら、身分を証明するものになりそうだ。

「では、休んでいるところを邪魔してすまなかった。あなた方に主の加護のあらんことを」

「いえ、あなた方にメルファの加護がありますように」

 どうやら、これで終わりのようだね。ふわあ~あ。あ~、眠い。次の見張り番に交代して、僕は寝かせてもらお~っと。


 砂漠の王国でも異変が起こっていることが分かった次の日の朝、僕達は眠い目をこすりながら馬を歩かせていた。

「んにゃ…」

 特に、眠りを妨げられたファルマは眠そうだ。

「眠いでしょうけど、頑張ってください」

 隣で馬を進めているルモンドが、ファルマにそう声をかける。どうもこの2人はエルナードの一件以来随分と仲がいいなぁ。もしかして、お互いにそういう関係とか?確かにあの一件でルモンドは命を投げ出してファルマを助けたし、ファルマも最初からルモンドに惹かれていたような節があるもんな。ま、彼女も王権には関係ないというし、ひょっとするとひょっとするかもね~。(笑)

 そんな話はさておき、僕達はひたすら乾いた大地を進んでおりました。すると…

「ん~?あれは…?」

「いかん!砂嵐だ!」

 ついに砂嵐に遭遇してしまいました。でも、シーラや他の風の精霊がいるから、そんなに心配することはないんだけどね。

『心配しないで。私達が守ってあげるから』

 シーラにもそう言われる。事実、砂嵐に巻き込まれようとも、呼吸が出来なくなるどころか、砂粒ひとつ当たらない。

「精霊の力は偉大だな」

 レオンがぽつりとつぶやいた。彼が人を褒めるなんて珍しいね。

「以前この砂漠を渡ったときは、この砂嵐に悩まされたものだ」

 へぇ。レオンは前にこの砂漠を渡ったことがあるんだ。彼はほとんど雑談をしないから、彼の過去の話なんて聞いたことないもんねぇ。小説にもあんまり書いてなかったし。

 さて、無事に砂嵐を抜けた僕達は、前にラクダを連れた一団が砂嵐を避けているのを見つけた。

「ユウ、あれ…」

 エレナがそっと僕に馬を寄せてきて、前の集団を指差しながらこう言った。

「いやに女が多くない?」

「ん?」

 言われて見れば、確かに女性の姿が多い気がする。頭から白い布をかぶってはいるものの、そのシルエットや横顔から女性であることが分かる。その数、ひぃ、ふぅ、みぃ……6人かぁ。対して男性は3人。キャラバンにしては人の数もラクダの数も少ない。だけど、旅をしているにしては構成がおかしいし、人数が多い。怪しいな。(疑)

「どうしようか…」

「一応警戒はしておこう。勘違い、ということもありえないわけじゃないしね」

 そこで、とりあえず他の仲間にも伝えるだけ伝えておいて、警戒はすることにした。すると、

「この感じは…呪いのような力を感じますね」

「呪い…?」

 ルモンドがただならぬ気配を感じ取る。呪いって言うと…

(バハール族を襲った連中、魔法を使うって言ってたよなぁ…)

 この世界で一般的に『魔法』と言えば、司祭が使う奇跡とエルフが使う精霊魔法の2種類しかない。しかも、両方ともそれを悪用しそうなキャラがいる。闇司祭にダークエルフだ。魔法の特徴は聞かなかったけれど、こういう連中が関与していると見て間違いないだろうなぁ…。

 そんなことを考えていると、前の集団が砂を払って動き始めた。しかし、男性と思われる3人が、女性と思われる6人のかぶった砂を払ってあげている。一見すると男性が女性に優しくしているように見えるけど、女性がその行為に対して無反応だ。これはどう考えてもおかしい!

「レオン、前の連中はバハール族の言っていた奴らかもしれない」

「そうか。確かめてみる必要がありそうだな」

 そう言うと、レオンは馬を走らせて前の集団に追いついた。そして、何か話しかける。途端に3人の男が外套を脱ぎ去って、レオンに白刃を向ける。やっぱりそうだったのか!

「レオン!」

 すかさず弓を構え、牽制のために矢を放つ。エレナも隣で弓を構えている。今回は砂嵐対策で精霊召喚して精神力を使っているため、彼女も武器による戦いを強いられているのだ。

「女性を邪教徒の刃で傷つけさせてはなりません。彼女達を誘導しましょう」

 ルモンドはファルマと一緒に馬を走らせ、女性達を戦いの場から遠ざける。よ~し、これで僕達は心置きなく戦えるぞ。

 ところで、戦っている人数的には互角なんだけど、相手はこの前の男に比べると未熟ながらも、3人とも闇司祭なんだ。魔法の波状攻撃に遭ってレオンは砂の上に放り出され、僕とエレナも効果的な打撃を与えられないでいた。とはいえ、ルモンドやファルマはバハール族の娘達に余計な被害が出ないよう、彼女達を守らなくてはならない。持ち場を離れるわけにはいかないんだ。頭数が同じだと、全員が奇跡の力を使えるやつらの方が有利だな。

「くそぉっ!こいつら!」

「暗黒神への生贄を、おめおめと渡すわけにはゆかん!」

 僕達がそうやって暗黒司祭と渡り合っていると、

「助太刀するぞ!主よ加護を!」

 と、どこからともなく声がした。

「司祭殿!我らも助勢する!」

 この声は、僕達を間違えて襲撃したバハール族のリーダーだ。これで一気に攻め勝てる!

 バハール族の登場で、戦いの趨勢は一気に僕達に傾いた。さすがの闇司祭も、大勢が相手では太刀打ちできなかったようだ。

「ぐはっ!」

 1人、また1人と捕らえられ、ついに3人全員が捕まった。ふ~、やれやれ。

「では、解呪しましょうか」

 ルモンドが祈りながら女性一人ひとりに触れると、次々に呪いが解けて正気を取り戻してゆく。

「ファティア!」

「……ハトゥム…?ハトゥムなのね!」

 正気を取り戻した娘の1人と、例のリーダーが抱き合う。なるほど。そういうことなら、いきなり矢を射掛けもするわな。納得、納得。(笑)

「ハトゥム…私、怖かった……」

「もう、大丈夫だ。もう二度と、こんな目にはあわせないと誓う」

 聞いてるだけで恥ずかしくなるようなセリフだけど、言ってる当人がいたって真剣だから対処に困る。とりあえず、僕達は旅を急いでいる身でもあるし、彼に声をかけてこの場から立ち去ることにした。

「ハトゥム、お取り込み中のところをすみませんが、我々は先を急いでいますので、これをお返しして立ち去らせてもらいます」

 ルモンドが話しかけたので現実に戻ったのか、ハトゥムは少し顔を赤らめながらこう言った。

「司祭殿とお仲間には迷惑をかけた上に、部族の娘達を取り戻すことまで助けていただき、感謝の言葉もない。ぜひ村に来て、出来る限りのもてなしをさせてもらいたいが…」

 残念だけど、今の僕達にそれを受けている余裕はないんだよね。もったいないなぁ…。(泣)

 そんなわけで丁重にその申し出を断り、僕達は借りた布を返して馬に乗った。すると、

「司祭殿、もてなしを受けられないのであれば、せめてこれだけでも受け取ってもらいたい」

 と、ハトゥムが腰にさしていた短剣を差し出した。

「これは勇気ある者の証。ぜひ、受け取ってもらいたい」

「では…」

 ルモンドは礼を言い、彼から短剣を受け取った。

「この砂漠に来られた際は、ぜひ村に立ち寄っていただきたい。あなた方ならいつでも歓迎する」

「ありがとう。ぜひ、そうさせてもらいますよ」

 こうして、異文化の民との遭遇イベントは終わったのであった。いやぁ、この辺に来て闇司祭とのバトルが続いてるけど、この先大丈夫なのかね?何か変な動きに巻き込まれてたらいやだなぁ…。


 砂漠を進んではや4日。途中で変なイベントに巻き込まれたから、ちょっと予定が狂ってしまった。おかげでオアシスの町に着いた頃には、もう水が底をつきかけていた。しっかし、オアシスってのは極楽みたいなところだね。椰子の木が数本生えていて、暑く乾いた空気もここだけ和らいでいるようだ。ところで、今日はちょうどキャラバン隊が来ているらしく、町は活気にあふれていた。テントには人が群がり、物を売り買いしたり交換したりしている。僕達もそこに行って、いろいろと買うことにした。

 そんなテントの並ぶ通りを歩いていると、

「はぁ~い!そこのお兄さん、見て行って~!」

 ん?僕?

「そうそう。あなたよ、あ・な・た☆」

 僕を呼んだのは、健康的な小麦色の肌と長い黒髪が特徴的な女性だった。しかし、胸を白い布で巻き、腰から同じ布をたらして下半身を覆っているだけとは…。う~ん、色っぽ……はっ!殺気が…。(汗)

「……ユウ…」

「は…い……」

 危うく命を落とすところだった。くわばらくわばら。(震)

「どうしたの?顔色が悪いよ?」

「うん?いや、なんでもないよ。それより、何か用かい?」

「そうそう。このフォゼット大陸製の首飾り、彼女へのプレゼントなんかにどう?安くしとくよ」

 彼女へのプレゼント、ねぇ…。エレナは着飾るということを基本的にはしないんだけど、女の子だし、少しはおしゃれに気を使ってもいいと思うよな。うん。

「そうだねぇ…」

 できるだけ動きの邪魔にならず、シンプルなものがいいだろう。ん~と……

「そっちより、この髪飾りをもらうよ」

 と、僕は銀製の髪飾りを指差した。ものすごくシンプルな作りだけど、エレナの髪に似合うと思う。

 僕が買うものを決めると、娘さんは少し考え込んだ。そして、

「そうだね~。これだけだったら銀貨10枚ってとこだけど、こっちのブレスレットと一緒に買ってくれるなら、まとめて銀貨20枚でいいよ」

 と、僕に言う。はは~ん、抱き合わせ商法か。その手には乗らないぞ。

「ほしいんだけど、自由になるお金があんまりないんだよね。だから、髪飾りだけ買いたい」

「そう?残念だね」

 さすがにこういう場所で店を出しているだけのことはあって、売り込みはかなり上手だ。エレナが後ろにいなかったら、彼女の色気と言葉に乗せられていらないものまで買っていたよ。きっと。(汗)

「じゃ、これで商談成立、と」

 彼女から髪飾りを受け取ると、僕は代わりに銀貨を10枚手渡す。

「ねぇ、そっちの騎士さんや司祭様はどう?安くしとくよ」

 僕との取引が終わるや否や、彼女はレオンやルモンドに標的を変えた。ううむ、商魂たくましいなぁ。

 それからしばらく話をした結果、彼女の名前がサリィで、これからフォゼット大陸に行くということが分かった。旅は道連れと言うが、さすがに任務のある僕達の旅においそれと同行させるわけにはいかない。ファルマの時は、ラクートまでと限定されていたからよかったんであって、目的地のフォゼット大陸まで行くとなると話は別だよ。だから、僕達はうまく話をごまかして彼女と別れた。

 必要な物を買い揃えた僕達は、一路部屋を取ってある宿に向かった。もう夕方なので、1階の酒場は人であふれている。と、なにやら酒場の奥の方に人が集まって、わいわい騒いでいるのが目に入った。なにしてんだ?

 人の壁をかきわけて見れば、なんと!あのサリィが伴奏付きで踊っているではないか!ベリーダンスみたいな腰つきで軽やかに踊るその姿には、昼間とは別の魅力が感じられるなぁ。本当なら彼女の踊りを見ていたいんだけど、そんなことをすると命に関わる。僕はサリィに見つからないようにこっそり人の中にまぎれると、エレナ達の待つテーブルに帰った。

「何をやっていたんですか?」

「あぁ、昼間の宝石屋の娘が、踊り子として踊ってるんだよ」

 僕がそう報告した瞬間、エレナの視線が鋭くなった。べ、別に変な事考えてたんじゃないよぉ。(泣)

「そうですか。あの娘は美しかったですからね。昼は商人として、夜は踊り子として働いているのでしょう。か弱い女性が独りで生きてゆくには、それくらいのしたたかさがなければならないのでしょうね」

 ルモンドがそう言うと、隣に座っていたファルマの眉がピクリと動いた。う~ん、いつの世の女性も、男性の浮気には神経を尖らせているようだ。(汗)

 そんな少しピリピリした雰囲気の中で食事をしていると、

「あ~、喉渇いちゃった」

 と、サリィがやってきた。どうやら僕は彼女に見つかっていたらしい。(泣)

「俺達は呼んだ覚えはないが?」

 エールを飲みながらレオンが言う。しかし、

「ええ。このテーブルに来たのは、私の興味からよ。あの時話をして、あなた達に興味を持ったの」

 と、サラリと受け流す。

「もう少しお話でもできれば、と思ったのよ。お邪魔なようなら帰るけど?」

「いえ、かまいませんよ。どうぞ、空いている椅子にかけてください」

 ルモンドの言葉に、サリィはにっこり微笑んで椅子に座る。

「じゃあ、エールをちょうだい」

 近くの給仕の娘にそう言い、サリィは額の汗をぬぐう。

「ふぅ、やっと落ち着けるわ。お金も稼いだし、これでフォゼットに渡れる」

「へぇ、フォゼットに渡るためにお金を稼いでたの?」

「そうよ。フォゼットには自由の町があって、そこで一旗上げるの」

 自由の町というのは、フォゼット大陸の中央部に位置するラグナ王国の一都市だ。本来はペールゼンって名前の町なんだけど、複数の大商人の合議による自治が行われており、その雰囲気は封建社会にあってかなり自由だ。また、それゆえに様々なチャンスが眠っている町でもあり、芸人や商人達が成功を夢見てこの町にやってくるという。

 こう考えると、サリィもその町で成功を夢見る1人の商人(芸人?)ということになる。しかし、この危険が多い世界で、よく女の子1人で旅をしようなんて思うなぁ…。

 酒が入ったせいもあるのか、それから話が思ったよりも弾んでしまい、エレナとレオン以外はすっかりサリィのペースに引き込まれていた。

「…と、こうなのよ~。いやらしいでしょ?」

「最悪ねぇ。そういう奴には、ガツーンとやってやんなきゃ」

 特にファルマはサリィと気が合ったらしく、一緒に酒を飲みながらわいわいやっている。

「付き合ってらんないわね。ユウ、上に行きましょ」

「え?あ、うん…」

 エレナにそう言われ、僕は仕方なく2階に上がって休む事にした。レオンも僕達と上がると思ったけれど、まだ酒が飲みたいらしく残ると言った。レオンがそんなに酒を飲むなんてめずらしいなぁ。ま、いいか。


 部屋に入ったエレナは、僕をいきなりベッドに押し倒した。…いや、正確には突き飛ばした。(泣)

「え…エレナ…?」

 呆然と見上げる僕を、彼女はジロリとにらむ。

「あなた、私との約束忘れたの!?」

「や、約束…?」

 約束と言えば…あ!そうか。エレナに『他の女を気にしちゃだめだ』って言われてたんだ。

「…思い出した?」

「…うん…」

 ついこの間結んだ約束なのに、もう破ることになるとは…。僕はなんて情けないんだろう。

「…ごめん……」

 僕がそう謝ると、エレナが僕の隣に腰掛ける。そして、僕の頭をなでる。

「分かればいいのよ。分かれば、ね」

 相変わらず僕は子供扱いなんだなぁ…。ちょっとがっかり。(凹)

「そりゃ、私は彼女に比べたら、肉体的な魅力には欠けるでしょうけど…。でも、あなたへの想いでは、だれにも負けないつもりよ」

「えっ…?」

 まさかエレナからこんな言葉が出てくるとは思わなかった。別に彼女にそういう感性がないと思ってるわけじゃないけど、彼女は気が強いから、こういう雰囲気の言葉は言わないと思ってたんだ。

 それから少しの間、僕達は何を話すでもなく、じっと黙ったままベッドに座っていた。その内に昼間の疲れが出たのか急に眠たくなってきたので、僕達はそのまま寝ることにした。しかも、今回は僕とエレナが、ついに同じベッドで寝ることに…!(爆)

 まぁ、要は僕が寝そべっていたベッドで、エレナが先に寝ちゃったって事なんだけどね。しっかし、幸せそうな寝息たててるなぁ。よほどこの乾燥帯の気候に身を置くのが辛いんだろうね。夜は比較的過ごしやすいけれど、昼間は照りつける日差しに参りそうだもんなぁ。僕がこうなんだから、エルフであるエレナはもっと辛いんだろう。僕は彼女の髪をそっと撫でると、ベッドから降りた。やっぱり、僕は男部屋で寝た方がいいや。おやすみ、エレナ。


 オアシスの町を早朝に出発した僕達は、再びシーラ達風の精霊に守られつつ砂漠を進んでいた。日差しは強いものの、乾燥しているせいかそんなに不快ではない。

「この分だと、明日の夕方にはアルケサスに着けそうだな」

 アルケサスはファフダ王国の首都で、ここから西には丈の短い草がまばらに生える草原が広がる。いわゆるステップというやつ。これで、砂漠の旅もいよいよ終わりだねぇ。やれやれ。(疲)

「アルケサスに着いたら、次の日は港町エクレル。そして連絡船でフォゼット行きだ」

 いよいよ旅の半分が終わるんだなぁ。思えばここまでいろんなことがあった。それに、もう僕がこの世界に来て4ヶ月が過ぎようとしている。毎日いろんなことがあったから、あっという間の4ヶ月だったような気がする。

 でも、そんな感慨に浸っている時間はないのでした。砂漠名物、サンドリザードの襲撃です。サンドリザードというのはその名の通り砂漠のトカゲ。しかし、大きさはイグアナよりも二周りほど大きく、その牙には致死毒があるという厄介者。砂漠で動きやすいように進化しているため、かなりすばしっこいのも厄介なんだよな。こっちは砂に足を取られて動きが鈍いってのに…。(泣)

 さらに、このトカゲは通常4、5匹の群れで動いているため、1匹見つけたらほぼ間違いなく周辺に複数潜んでいると言われる。今回の場合も、しっかり4匹のサンドリザードが姿を見せている。

 この動きの速い敵に対して、レオンは大振りなグレートソードでの攻撃をあきらめ、サブのダガーに切り替えた。ルモンドは最初からメイスを使わず、奇跡による魔法攻撃を試みている。僕を含めた残りの3人は、いつもと同じ攻撃方法だ。

「せいっ!」

 ファルマの剣がトカゲの首を刎ね飛ばす。本当は追い払うだけですませたいんだけど、肉食である連中にしてみれば僕達は獲物。殺さなければ、僕達は食べられてしまうんだ。そんなわけで真剣になってはいるんだけど…

「このっ!当たれ!」

 いつになく僕の矢が当たらない。おかしい。あの集落で一番の弓の使い手ヨセブに師事したはずなのに、どうしてだろう?ヨセブも僕の腕を認めてくれたのに…。(凹)

 結局、僕が矢を1本も当てられない内に、戦いは終わってしまった。

「くそっ!どうして当たらないんだ!」

 得意なはずの弓でミスを連発した苛立ちを抑えられず、僕は砂を蹴飛ばす。あ~!今考えただけでもイライラする~!!あんのトカゲの野郎、ちょろちょろしすぎなんだよ!(怒)

「ユウ」

 そんな僕に声をかけてきたのはルモンドだった。しかし、今の僕はまったく聞く耳を持っていなかったのである。

「こういう時もありますよ。気を落とさずに…」

「いいよ。別になぐさめてくれなくたって。役に立てなかったのは事実なんだ」

 ついルモンドにきつい言葉を返してしまい、その場の雰囲気を凍りつかせてしまう。そんな状況を、文字通り打ち砕いたのは、他でもないレオンだった。ガントレットをはめた拳で、僕を殴りつけたのである。その痛いのなんのって、口の中は切れるわ外側も血がにじむわで、もう散々。(泣)

「お前が1人でわめきちらすのは勝手だが、そのために仲間にまで影響を及ぼすのは許さん。自分が少々弓の腕が優れているからと、驕るからそういうことになるんだ。反省する気がなければ、お前はもう必要ない。お前がいても、仲間を危険な目にあわせるだけだ。ここからとっとと帰るがいい」

 いつもならここでフォローしてくれるはずのエレナも、今は黙って僕を見ているだけ。そうか。僕は悪者なのか。

「分かったよ。今までどうもありがとう。大変ご迷惑をおかけしました!」

 僕はそう言うと、レオンに買ってもらった装備をはずし、丁寧にそろえてから歩いて今来た道を戻り始めた。

「ユウ…」

「放っておけ。あいつが選んだ道だ。好きにさせればいい」

 ファルマが声をかけてくれそうになったのを、レオンが制止した。いいさ。どうせ役に立たない僕は、あのまま仲間にいてもお荷物になるだけだからね。死んだからってこの世界のだれが悲しむわけでもないし、このまま野垂れ死にしたってかまうもんか。(怒)


 僕が砂漠の道を歩いていると、シーラが話しかけてきた。

『ユウ、これでいいの?』

 かまうもんか。僕はお払い箱になったんだ。元々、この旅にはエレナだけいればよかったんだ。僕は最初からお荷物だったんだよ。

『本当にそう思ってるの?』

 シーラが悲しそうな表情でこっちを見る。

『本当は、自分が悪かった気づいてるんでしょ?』

「知るもんか!」

 意地になっていた僕は、シーラの言葉さえも拒絶してしまった。今の僕には、だれがどんな言葉をかけてくれたとしても、まったく意味をなさないだろう。自分は孤立無援だと勝手に思い込み、その世界に浸っているのだから…。

 そのうちシーラも声をかけてくれなくなり、僕はいよいよ独りぼっちになった。灼熱の大地は容赦なく僕から体力を奪い、もう一歩も歩けない状態になった。そういえば、水はまとめてラクダに乗せてたんだったな…。あぁ、喉が渇いた…。だれか、水を……。

 僕はそこで意識を失い、乾いた大地の上に倒れた。


 何かが僕の口に触れる。冷たい…?水…?

 目を開けると、そこには見慣れない女性の顔があった。じゃあ、ここは天国…?

「気がついた?」

 うん?この声は…

「サリィ…?」

「よかった。気がついたのね」

 そうか。行き倒れていた僕を、サリィが助けてくれたんだ…。

「ありがとう」

「ううん、いいのよ。それより、どうして1人でこんなところに?」

 そうたずねられたけれど、僕は本当のことを答えることができなかった。あの時シーラに言われたとおり、僕が悪いのは分かっていたんだ。だけど、レオンにあそこまで言われて、黙って従う気にはなれなかった。僕にだって意地がある。でも、その意地のせいで、僕は危うく死にかけたんだ…。

「どうしたの?落ち込んでるの?」

「うん。ちょっとね…」

 あの時素直に謝ることが出来れば、何の問題もなかったんだ。ただ僕が殴られただけで済んだはずだった。でも、現実はこうだ。僕は仲間から見放され、独りでこの砂漠をさ迷っている。命まで落としかけた。あぁ、僕はなんて馬鹿なんだろう…。落ち着いて考えてみれば、何も腹立たしいことなんてなかったのに…。

 でも、いまさらどの面下げて帰ればいいんだろうか…。身勝手な意地を張り通し、何もかも放り出して逃げてきたんだ。もう、みんなの所には戻れないよ……。

 そう考えてると、ふとエレナの顔が浮かんできた。もう彼女に会えないのかと思うと、急に悲しくなって涙を抑えることが出来なかった。

「ユウちゃん、どうしたのよ?どこか痛むの?」

 サリィが声をかけてくれる。でも、僕はどうしても涙をこらえきれなかった。

「仕方ないわね。もう夜になるから、ここで野宿しましょ。一緒でいいわよね」

 サリィはそう言うと、野営の準備を始めた。何もしないわけにはいかないので、僕も彼女を手伝う。

「あら、ゆっくりしてていいのよ」

「いや、女の子にまかせっきりにはできないよ…。それに、サリィは命の恩人なんだし…」

 こうして野営の準備は整い、僕達は夕食をとることにした。

「やっぱり、火があっても寒いわね」

 最初に会った時のような格好ではないにせよ、彼女は昼間のことを考えてかなり薄着をしているようだ。それではかわいそうだと思ったので、僕は自分が着ていた上着を彼女に着せてあげた。

「あ、大丈夫よ。ユウちゃんが寒くなっちゃうじゃない」

「いや、僕は平気だよ。少しくらい寒いほうが好きなんだ」

「そう…。ありがと…」

 その時、サリィは今まで見せたことのないような笑みを浮かべて見せた。あの商売っ気一杯のスマイルではなく、屈託のない純粋な、でもどこか恥ずかしそうな笑みだ。

 そんな微笑みを見せられた僕は、なんだか照れてしまって、それからまともに彼女の顔を見ることができなくなってしまった…。(恥)

 なにはともあれ、僕はこうしてサリィと一夜を過ごしたのであった。でも、別に変な事はしてないよ!


 この世界に来て初めてエレナのいない夜を過ごし、僕はとりあえずサリィと一緒に行動することにした。勢いで飛び出してきたものの、別にあてがあったわけじゃないからね。

 半日ほど歩くと、熱気でゆらいでいるものの、いくつかの馬に乗った人の姿が見えた。まさか…!

「ユウちゃん!あれ、仲間じゃないの?」

 信じられない…。レオンのことだから、とっとと先に進んでるとばかり思っていたのに…。(泣)

 そう気付くと、僕はもう砂を蹴って走り出していた。吹き出る汗なんてもう気にならない。少しでも早くみんなに謝らなきゃ…!

「みんな!」

 荒れた呼吸を整える暇もなく、僕は声をかけた。しかし、だれ一人として振り向いてくれない。やっぱり、あんな形で出て行ったんだから、しょうがないよね…。それでもかまわない。僕は、みんなに謝らなくちゃ!

「僕、みんなにあやまら…」

 しかし、それ以上言葉を続けることが出来なかった。背後から襲ってきたものすごい衝撃波で、周囲の砂もろとも吹き飛ばされたからだ。

「うわあぁぁ!」

「きゃあー!!」

「ぐうっ!」

 砂まみれになりながら起き上がると、こっちに向かって両手をかざしたサリィの姿が見えた。まさか、そんな……。

「サリィ…?」

「ようやく揃ったかい。すぐに仲間も一緒に、あの世に送ってやるよ!死ねっ!」

 続けざまに衝撃波が来る。今度食らったら…!

 しかし、衝撃波は僕の体に当たることさえ出来なかった。シーラが身を挺して守ってくれたのである。しかし、シーラの守りがない他の仲間はみんな衝撃波で吹き飛ばされている。

『ユウ、やっと素直になれたわね…』

「シーラ!」

『さぁ、あなたの本当に大事な人を守るのよ!』

 彼女の言葉に、僕はうなずく。もう間違った選択はしたくない!

「サリィ!」

 まさかサリィが闇司祭だったなんて信じたくない。僕に近づいたのは、僕らを油断させるためだったなんて…。

「サリィ、君は僕の命を救ってくれたじゃないか!それなのにどうして、どうしてこんなことを!」

「はん!あたしはあんた達を始末するためによこされたのさ。あんた達が隙だらけになるのを、こうやって狙っていたんだよ!」

 彼女の顔に、あのときの無垢な笑顔はない。本当に、僕を助けてくれたのは芝居だったのか…。

「サリィ!」

 僕はシーラに一定範囲を守るように言うと、その守りを抜けてサリィと正対した。

「ゆ、ユウ…彼女は…」

「なにをしている…。武器を…取れ…!」

 2度の魔法で傷ついた仲間が、僕を心配して声をかけてくれる。でも、僕は彼女を傷つけることなんてできない!

「サリィ!」

 僕は再び彼女の名前を呼んだ。その瞬間、返事の代わりに衝撃波が襲ってきた。今度はシーラの守りがないから、僕はモロにその影響を受ける。

「ぐわあっ!」

 腕や脚がところどころ切れて、そこから血が流れ出す。それでも、僕はめげずに立ち上がる。こんな事で、負けてられない!

「サリィ、やめてくれ。僕は、命を助けてくれた君を、傷つけたり出来ない!」

 一瞬、彼女の動きが止まった。しかし、すぐにまた呪文の詠唱が始まり、僕を衝撃波が襲う。

「うっ……くはっ……」

 もう両足に力が入らない…。でも、でも僕は…僕は彼女を信じたい…!あの笑顔を見せてくれた彼女を、僕を助けてくれた彼女を…!

「サリィ…!」

 傷だらけになりながらも立ち上がって呼びかけ続けた僕を見て、サリィの呪文が止まった。その彼女が躊躇した間に、僕は彼女に手が届くところまで来れた。そして彼女の肩に手を置き、

「お願いだから、こんなことはやめてよ…。命の恩人に、手向かったりできないよ…」

 と、涙ながらに訴えた。すると…

「あんた、死ぬほどお人よしなんだねぇ…」

 サリィはそう言うと、僕の手に自分の手を重ねた。そして、目から一筋の光るものを流すと、

「もっと早くあんたに出会ってれば、こうはならなかったかもね…」

 そう言って、腰の短剣を抜き放った。

「サリィ!?」

 それは一瞬の出来事だった。僕を突き飛ばしたサリィは、右手に握った短剣で、自分の胸を突いたのである。

「あんた…やさしすぎるよ…」

「サリィ!どうしてこんなことを…」

 彼女の胸に刺さった短剣を抜くと、一気に血があふれ出た。必死に押さえるけれど、ちっとも止まらない!

「どうせ、神命に失敗した者は、始末されちまうのさ……。そうなるよりは、あんたに看取られて、死にたかったんだよ…」

 何言ってるんだよ!そんなの、どうにかなるだろ!こんなに簡単に死ぬことを選ぶなんて…!

「サリィ!死んじゃダメだ!」

「…あんたに、上着をかけられた時…すごく…うれしかった…よ……」

 そしてサリィはふぅと息を吐いて、そのまま動かなくなった…。


「サリィ……」

 僕は彼女の亡骸を見ながらつぶやいた。

「どうして、こんなことになったんだろう…。僕が、いけなかったのかな…?僕は…もっと何かできたんじゃないかな…?」

 傷もそのままに落ち込む僕に、ルモンドが話しかけてきた。

「失ったことを嘆いても仕方ありません。あなたは、できる限りの事をしたじゃないですか。その結果がこうなってしまったのであれば、この現実を受け入れる以外ないでしょう」

 2度目の衝撃波を食らってから、ルモンドはずっと癒しの奇跡を行っていたんだろう。彼の顔はかなり青い。

「でも、受け入れられないよ…」

 あの笑顔を見てしまったからこそ、僕はサリィの死を受け入れられないんだ。みんなにとってはただの商人兼踊り子兼暗黒司祭の娘かもしれないけれど、僕にとっては命の恩人であり、一瞬だけど心を開いてくれた人なんだから…。

「話せば、分かり合えたはずなのに…」

 愕然とする僕の肩を、エレナがぎゅっと抱いた。

「ユウ、彼女は分かっていたはずよ。あなたがどれだけ彼女に心を開き、彼女を受け入れようとしたのかを、ね。私もあなたに心を開かれて、気持ちが大きく動いたもの。その結果、彼女が闇司祭としてあなたの命を奪うことをやめて、自分の命を絶ったのなら、それを受け入れなきゃだめだと思うわ」

「だけど……」

 納得できないけど、目の前に横たわる彼女の遺体が現実を突きつけてくる。

「さぁ、彼女を埋葬してあげましょう。それが、彼女にしてあげられるせめてもの手向けです」

「……うん…」

 砂を掘り起こし、僕達はサリィの体をその穴に横たわらせた。

(さよなら、サリィ…)

 僕は彼女の遺品となってしまった銀の髪飾りを握り締め、彼女の冥福を祈った。その隣では、ルモンドが祈りの言葉をつぶやいている。

「彼女も闇司祭という呪縛で、素直に心を開けなかったのね…」

 ファルマがぽつりとつぶやく。彼女も王位継承権こそないものの、王族という束縛を受けているからね。闇司祭という立場ゆえに命を絶ったサリィの気持ちが、少なからず分かるのかもしれない。


 サリィを埋葬すると、僕はレオンから武具を渡された。

「お前のものだからな。自分でしっかり管理しておけ」

 さらに、ファルマは僕に馬を差し出す。

「はい。お父様があげたものだけど、もうあなたの馬なんだからね。ちゃんと面倒みてあげてよ」

 そうだよね。僕はすべてを投げ出して逃げようとしていたんだ。投げ出したからって、その責任から逃げられるわけじゃないのに…。

 こうして、僕は再び仲間と共に歩み始めた。一度引き受けた以上、その責任を放棄して逃げ出すなんてよくないよね。あの程度のことで腹を立てて逃げ出そうとしたなんて、僕はなんて弱いんだろう。そんな僕に、サリィは命と引き換えに『責任』の重さを教えてくれた。どんなにそれが重くても、自分が一度選んだ以上、耐えなくちゃならないんだよね、サリィ…。


 僕がサリィの一件から立ち直りつつあったある日、僕達はファフダ王国の港町エクレルにたどり着いた。そこでフォゼット行きの定期船の手続きを済ませ、次の日にはいよいよ船上の人となるのである。まだ見ぬ帆船での航海を夢に見ながら、僕は明日に備えて眠りについたのでありました。

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