3
英雄達がネットカフェを出ると、17時を過ぎていた。そろそろ日が落ち始め、空がオレンジ色に染まりそうな時間帯。
「あ、多田先輩達だ」
歩いていた紀子がある一角を見てそう声を上げた。
その一角とはまだ警察が立ち、現場を保存している昨晩の殺害現場。その現場を取り囲む報道陣に紛れて黄色い豊栄高校新聞部の腕章が見えていた。
『ジャーナリズムに年齢や立場は関係ない』をスローガンに掲げ、豊栄高校の新聞部は新聞社や週刊誌の報道陣のお祭り騒ぎに切り込んでいく。本職の者達と対等に渡り合うため新聞部のトップ記者の体格は非常に大柄だ。その記者に薫陶を授かった新聞部のカメラマンもその波に負けてはおらず、押し合いへし合いのを制するために果敢にカメラを持つ手を伸ばしていた。
最初、高校生が紛れ込むのを本職の報道陣達は鬱陶しく思っていたが、一心不乱に立ち向かってくる彼らと一年間以上も共にすると、そこにはある種の連帯感が生まれる。その上に新聞部の部長である新藤礼子は、現警視総監の孫。そのことを知っている彼らも少し手を出しにくい相手だった。
「俺、差し入れ買いに行くわ」
「そうだね。三人でいこっか」
その言葉で英雄は衝撃を受けていた。
仁志は多田先輩達を見かけた時点で、差し入れを買いに行くために『豊栄高校新聞部』と書かれた手帳を出している。それにびっしりと書かれた各先輩達の好みのジュースやお菓子のメモ。
「セブンとファミマ近くにあったっけ?」
「それぐらい事前に調べておきなさいよ。300m圏内にあるわよ」
英雄は初めて部活を体験し、自分がとんでもない場所へ体験入部したことを自覚した。
それに驚きつつ英雄は二人に聞く。
「なぁ、差し入れとかって絶対に必要なものなのか?」
その質問に仁志が口を横一文字にして真面目な顔をする。
「英雄…俺は今から大事なことを教えるぞ」
「あ、ああ」
その真面目な顔に圧倒されて、英雄は少し身構えた。
「考えるな、行動しろ。新聞部で生き残るには、この教えが何よりも大事だ」
「今回ばっかりは仁志の言葉を否定できないなぁー」
紀子は苦笑していた。
(これは完全に部活の域を超えているんじゃないかな?)
英雄は胸中でそう呟いていた。
英雄達がセブンイレブンに入ると、店内には行列が出来ていた。誰もが目の下にクマを貼り付けて、英雄達と同じようにコーヒーや眠気覚ましの栄養ドリンク、菓子パンが入ったカゴを持っている。コンビニの外には、路時間貸しの駐車スペースにハイエースや放送局の特殊車両が並んでいた。
英雄はその光景を見て、豊栄高校新聞部の正しさを思い知らされていた。
「でさ、どうしよっか。あの中に私達は入れるかなぁ」
セブンでハッカ入りの飴やミルクティー、スポーツドリンクなどのお菓子やジュースが入ったカゴを持ちながら紀子が困った顔で呟く。その視線はセブンの窓ガラスの向こうで押し合いへし合いをしてフラッシュを焚いている一団へと向けられていた。
仁志は呑気に口を開いた。
「多田先輩達から写真と話を貰えばいいんじゃねぇの?」
「馬鹿ね。それじゃ臨場感がでないじゃないの。会議で『お前達は現場にちゃんといったのか、この文章に雑感が感じられない』って部長がよく怒ってるじゃない」
振り向いて紀子は仁志に呆れた顔をした。
「記事書いたことないからわからん」
「たく、使えないわねぇー」
二人が会話しているところに英雄が口を挟む。
「先に聞き込みとかどうかな?」
「あ、あれかぁ…。新垣君ってメンタル強い?」
「え? 人並みだと思うけど」
そこに仁志が紀子の続きを話す。
「英雄、何か辛いときがあったら俺の言葉を思い出せよ『考えるな、行動しろ』ってな。こういう事件の時は、聞き込みがかなーりシビアだからな」
「そうそう。私達も体験入部の時は聞き込みさせられて、体験入部の四分の三が止めちゃったしね。ま、とりあえず私がタイミング見て差し入れと話聞いてくるから新垣君と仁志はその辺で待ってて」
紀子がしゃきしゃきと決めると英雄と仁志は同意の声をあげる。
「へいへーい」
「分かった」
そう返事したときに紀子達の順番が回り、差し入れを購入して現場へと足を向けた。
「あーづかれたぁ…」
憔悴しきった様子でへなへなと紀子が街路樹の柵に座り込んだ。仁志が近付き、持っていたカフェオレのパックを紀子に渡しながら、
「お疲れー。どうだった?」
「あ、ありがとう。差し入れは、写真部カメラアシの山本君に渡しといた」
「伸吾のヤツか。あいつ気合い入ってたからなぁ」
仁志は、同じ学年の写真部の新入部員のニキビ顔を思い出しながら笑う。
「うん。楽しそうだったよ。で、多田先輩に聞いてきたんだけどどうやら科警研が出張ってきたんだってさ。なんか興奮してた。理由あまり聞けなかったけど」
「科警研? なんだそりゃ?」
仁志が首を捻り、紀子も曖昧な顔だった。
「科警研は警視庁の犯罪犯罪捜査に関わる研究をしているところだよ。科捜研はより実際的に現場の鑑識で集めた物を分析して、研究員は地方公務員扱い、科警研はより高度な分析や分析のやり方とかを研究する国立研究所で国家公務員って感じかな」
英雄が答えると仁志と紀子が感心したような声をあげる。
「よく知ってんなぁ」
「そうなんだぁ」
二人の目をみて英雄はくすぐったそうに頬をかきながら笑う。
「実は犯罪ドラマ見るのが趣味。たぶん先輩が興奮したのも今回の事件がより高度な分析を必要としたんじゃないかな? 科警研がわざわざ現場に来ることも珍しいと思うし」
「「おーなるほど」」
二人がハモる。それに二人は恥ずかしそうに顔を赤らめ、紀子がコホンと咳払いをして英雄に尋ねる。
「でもさ、つまりね。今回の事件がただの事件じゃないかもしれないってことは包丁男の信憑性が上がるって事?」
「マジかっ!?」
仁志が呑気に嬉しそうな顔になった。
「まぁわからないけどね。でも、DNAや薬物―――」
―――ブルルルルルルル。
英雄が話をしている途中に彼のポケットの携帯電話が震える。
「あ、電話だ。ごめんちょっと待って」
「はいよー」
「はいはーい」
英雄がポケットから携帯を出すと見知らぬ電話からの着信だった。
(誰だろ?)
怪訝に思い警戒して電話に出る。
『新垣か? 部長の新藤礼子だ』
「あ、部長…」
『記入してもらった連絡先を見た。時間がない。単刀直入に言う。科警研が入ったことでお前が言った『包丁男』の線で社会面にスペースを確保した。写真の取れ高で文字数が変わるが最低三百文字は必要になる。バックアップはする。写真と原稿を三日後の午後四時までに上げろ』
その言葉に英雄は焦った。
原稿なんて書いたこともない自分が、あの豊栄新聞の記事をいきなり抜擢されたのだ。
「えっと…でも俺は」
英雄は困って言いよどむ。
『ほぅ。体験入部で逃げるつもりか? あそこまで刃向かったお前を高く評価したのだがな。まあいい、逃げるなら勝手に逃げろ。後のことは志村と佐々木に任せる』
自分の発言が仁志と紀子を巻き込んでいる自覚していた英雄は窮した。あまりにも分が悪い自分と、えげつない脅し方をする礼子に舌を巻いたのだ。
「………わかりました。します」
とうとう彼はそう答えていた。
『よし、いいぞ新垣記者。私はお前を面白いと思っている。今回の件も私では絶対にしない切り口だ。あとの二人を頼んだ。お前の方がまとめ役に向いている。次は志村に連絡をいれるから伝えておいてくれ。では、いい記事を待っている』
そう言い残すとガチャリと電話が切れる。
はぁ、と英雄がため息を吐くと、目の前には潤んだ瞳で仁志と紀子が立っていた。
「ね、ねぇ…ぶ、部長なんだって?」
おずおずと紀子が勇気を出して英雄に聞く。隣の仁志も息を飲みながら英雄の言葉を待っていた。
「志村さんに電話するってさ」
力なく笑う英雄の顔を見て、紀子が悲鳴を上げる。
「えぇぇぇ!? 悪い予感しかしないんですけど!」
その悲鳴がコンビニの前で通行している人達の足を止めたとき、彼女の鞄からジャッキーチェンの主演映画『ポリスストーリー』の英雄故事のメロディーが流れた。
「きたきたきた! 絶対来たよ! 仁志っ! どうしよ!? 出るのが怖い!」
「紀子思い出せ! 『考えるな、行動しろ』っ!」
「そうだね! あちょー!」
英雄の前でコントが繰り広げられて、勢いよく紀子が携帯を取りだして電話に出る。
「ぶ、部長! ―――はい、わ、わかりました。―――はい、その先方にも謝りの電話入れておきますので…―――はい、はい。わかりました。お、疲れ様です!」
携帯を握りしめながら紀子は激しく頭を下ろしていた。
電話を切り終わると、紀子が肩を落とし、泣きそうな顔をしていた。
「どうしよ…。私の記事が没になったぁぁあ。せっかく動物園の園長に取材したパンダちゃんの記事がぁ~」
最近、子供ができたというあのパンダのことかと英雄は思い出していた。
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