「英雄ぉ~。お前の男気はすげー嬉しいんだが、やり過ぎだよ!」

 新聞部から教室への帰り道。仁志は英雄に泣きながら訴えていた。

 あの英雄と礼子のやり取りは、新聞部の先輩に気に入られ、英雄はさっそく数人の先輩と連絡先を交換している。ただ、前川副部長だけは英雄を睨んでいた。

「そうだよ…新垣君は知らないだろうけど、原稿通すのにどれだけ苦労するか…。私なんて最低でも十回は書き直してるんだけど…」

 紀子も仁志と同じ意見なのか肩を落として歩いている。

 英雄はそんな二人の顔を見て、申し訳ない気持ちで一杯だった。

「ごめん。何だか余計な事しちゃったかな?」

「はぁ…部長一度言い出したら聞かないから原稿上げるまで睡眠不足は覚悟してよ? 部長、朝三時にメール送っても五分以内に返ってくるから。ていうか部長っていつ寝てるんだろ…」

「紀子、それは考えない方がいい。部長は部長って生き物だから」

「そうよね…人間じゃないよね…」

 豊栄高校の豊栄新聞。新藤礼子が新聞部に在籍するまでは、高校生らしい街コミュニティーや学校行事、運動部の部活動内容といったごくありふれた高校生新聞だった。しかし、礼子が在籍してからは、政治、経済、事件、文化、スポーツといった本格的なジャンルで新聞が構成されている。一ヶ月に一度の発行にも関わらず本格的な内容を比較的読みやすい文体で書かれた新聞は校内でも人気があった。さりげなく漫画家志望の生徒の四コマや恋愛コーナー、占いコラムとった高校生の興味を惹く一欄もあり、普段新聞を読まない生徒達も心待ちにし、教師達も自分の知識を補完するために進んで読んでいた。

 英雄も仁志と友達になったときから豊栄新聞は読んでいる。

 その紙面の充実さと実際に突撃してインタビューする活動内容には舌を巻いていた。

 だからこそ少し新聞部に興味を持っていたのだ。

 英雄は肩を落とす二人に声をかける。

「でもさ、面白そうじゃないかな? 包丁男とドリル男を調べるなんてさ」

 その言葉に仁志は輝かんばかりに顔をほころばせる。

「おぉ! さすがはダチだぜ! わかってくれるかぁ~。俺も最高の見出しだと思ったんだよね」

「ちょっと…何が『最高の見出しだとおもったんだよね』よ! 震えてた癖に調子いいなぁもう! そもそもアンタがあんな見出し作るから悪いのよっ!」

 口を尖らせて紀子は仁志の声を真似ながら声をまくし上げる。

「え!? 俺が悪いの!?」

「そうよ!」

 グルグルと唸るように二人がにらみ合う。

「まぁまぁ二人ともとりあえず放課後の相談しよう」

 英雄は、今日何度二人をなだめたかを数えながら苦笑していた。



 放課後。

 英雄達三人がまず向かったのは駅前のネットカフェだった。

 新聞部の予算は、他の部活動に比べて異常なほど潤沢にある。調査の名目で領収書を切れば、お金が戻ってくることを仁志と紀子はよく知っていた。ただ、その領収書の精査は前川副部長と部長が行っているので非常に厳しい。

「仁志、アンタの見てた投稿サイトってこれ?」

 四人用のネットカフェのスペースでパソコンを覗いていた紀子が仁志に話しかけた。仁志は読んでいた各新聞紙を下ろした。

「それそれ『ブラックマスク』で合ってるよ」

「変な名前ね。有名なの?」

「あー、そうだな。アングラの中でも結構有名かな。都市伝説的なものを書き込むとそのサイト主が調べてくれるってヤツだ。荒しとかも多いけど中には妙に詳細な書き込みがされててなぁ。俺の勘がマジもんだと囁いてる」

「その勘どこまで当てになるのかねぇ」

「考えるな感じるんだ! あちょー!」

 仁志は急に立ち上がってカンフーのような手つきで叫んだ。

「ちょっと五月蠅い!」

 ドスっと紀子が仁志の足を蹴り、仁志が悶絶する。的確に弁慶の泣き所に入っていた。

「ぐぉ…。英雄…この暴力女になんか言ってやってくれ」

「ホント、仲いいね。早く付き合えば?」

 静観していた英雄の一言で、二人は顔を真っ赤にする。

「な、何言ってんだよっ!」

「止めてよね!」

―――ドンドン!

 二人の声がユニゾンした瞬間に、隣の部屋から壁を蹴る音が響いた。

「コホン。くだらないことはいいから、早くしましょうか」

「そ、そうだな」

「そうだね」

 三人が気まずく顔を見合わせた。

 紀子はとりあえず『ブラックマスク』に書き込まれている内容をコピーアンドペーストでテキストエディタに写し取る。


『屋根を走る黒い怪人』

『左腕を包丁に変えた包丁男』

『マンホールの下から聞こえるヘビ女』

『夜中の高速を走る口裂け女』

『消える生ゴミの謎』

『切り刻まれる廃ビル』


 紀子が胡散臭そうな顔で作業をしていると、彼女はある箇所に目を止めた。

「あれ? この『空中を浮遊する首つり女』ってのは調査済みになってるよ?」

 紀子が声を上げると、仁志が後ろからぬっと画面に顔を近づける。

「ちょっとうざい」

「いいから、マウス貸せ」

「はいはい、どうぞどうぞ。後の作業しといて」

 そう言って紀子はさらりと身体を退けて、仁志に席を譲った。

「えー。俺こう言う作業苦手なんだよなぁ」

「いいから早くやれ」

 ゲシゲシと紀子が仁志を蹴った。

「ちっ。このアマ。まあいい。このサイトはな、調査済みになってたらソースコードを…」

 カチャカチャと凄まじい速度で仁志がキーボードを操る。

 隠れたコードを見つけ出し、その『ブラックマスク』をキーにして暗号を暗号解析ツールで解析した。

「―――で、ここの解析したURLを入れると…ほらでた」

 その画面には黒い背景と白い文字のPDFが現れていた。

「さすが、オタク」

「うるせぇ。俺はオタクじゃなくて美の探求者だっつーの」

「はいはい」

 英雄達は三人でそのPDFを見る。


 『浮遊する首つり女』

 都内で目撃された首つり女は、脊椎の変異性体質者。脊椎を糸状に編み、ビルとビルの間を移動していたところを目撃されたと推測する。危険度Dランク。対人に対する攻撃衝動は低く、意識レベルも夢遊病に近い。能力解放時には変異部位は肥大化し、太い縄状のように見える。捕獲時には抵抗を見せず、変異部位の摘出で事件を解決した。


「なにこれ?」

 紀子がそれを読み終わった後に声を漏らす。

「な? 妙にマジもんぽいよな?」

「は? どこが? ただの妄想なんじゃないの、これ。どう読んでマジもんなんて言えるんだか…この厨二!」

「厨二言うな! ロマンチストと呼べ!」

 二人が言い争うとするのを英雄はため息を吐いて遮る。

「これ包丁男とは関係ないよね? 早く作業終わらせようよ」

 英雄の指摘で二人は静かになった。

 仁志は真面目な顔で席を横にずれ口を開く。

「ごもっともです先生」

「ですので、後は宜しく」

 息がぴったりな二人にまたため息を吐いて英雄はパソコンの前に座った。

「やるのはいいけど…ちゃんと教えてくれよ。隠して持って来てる漫画、知ってるんだからな」

「「あ、バレた?」」

 二人は舌を出して、コソコソと持っていた漫画を英雄に見せた。

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