「またバラバラ死体が出たんだって」

「ニュースで見た見た。今度は穴あき死体も出たらしいよ。しかも被害者は女子高生だってさ」

 朝のHR前の教室で交わされる会話に英雄の意識が向いていた。

「なぁ、新垣聞いてるか?」

 新垣英雄は、その声に振り返った。

「ああ、ごめん聞いていなかった」

「おいおい、頼むよぉ。ちょっと今校了間際で人手が欲しいんだ。お前、部活入ってないだろ? な、な、頼むから手伝ってくれ」

 英雄の友達である佐々木が拝むように手を合わせながらそう言っていた。

 英雄は少し言いよどむ。彼は高校一年生の新入生だが、一ヶ月遅れで入学し友達を見つけるのが出遅れた。そんな中で声を一番最初にかけたのが目の前で拝み倒す佐々木仁志だった。調子は軽いが、気さくに会話を合わせてくれる友人の困った顔に苦笑する。

「仁志。新垣君に迷惑かけないでよ。原稿書けないアンタは雑用しかしないんだから人手なんていらないでしょ」

 間に割り込むように一人の女子生徒がショートカットの髪を揺らして眉をひそめながら歩いてきた。

「紀子。いいじゃねぇかよ。昨日の事件、お前も見ただろ? 部長絶対に一面を差し替えるって」

 仁志と紀子は幼馴染みだ。二人は幼馴染み特有の気楽さで言葉を交わしていた。

 紀子は肩を落とす。

「だよね、やっぱり。校了まで三日あるけど…今から調査するのかな?」

「するな。断言できる。その上に今から調査して、原稿書いて、レイアウトを変えて、ページが全部総入れ替えだ」

 指を折りながらすることを数えている仁志に紀子は顔を暗くする。

「うへぇー。デザインの植木先輩泣くだろうなぁ」

「ああ、とりあえず祈ろうか」

「そうだね」

 そう言い合って仁志と紀子はパンパンと柏を打ち、南無阿弥陀仏と唱えていた。

 会話から取り残された英雄は、なんとも言えない表情で頬を掻く。

「えっと…もしよかったら手伝おうか?」

「マジか!? サンキュー!」

「いいのっ!? ありがとう!」

 そのひと声で仁志と紀子は目を輝かせて英雄の肩を叩く。

 叩いた後で、仁志が紀子を半目で見ていた。

「紀子てめぇ、英雄に手伝って欲しかったのかよ。なら最初から言っておけよ」

「アンタと二人でずっといるのは息苦しいのよ。同学年はアンタだけで、しかも出来が悪いから校正やらコラムが山のように私に降ってくるし!」

「俺だってなぁ、一生懸命なんだよっ!」

「一生懸命!? 部長とお近づきになれるってだけで入った癖に何が一生懸命よ!」

 吠え合う犬のように歯をむき出して、仁志と紀子が言い合っていた。

 その犬も食わないような喧嘩に英雄が割り込んだ。

「まぁまぁ二人とも。とりあえず、放課後に新聞部いけばいいのかな?」

 仁志と紀子は少しの間、にらみ合っていたがフンと顔を背けて紀子が英雄に言う。

「うん。お願いできるかな。体験入―――」

 紀子の言葉が終わらないうちにガラガラと音がして、他の生徒達から声が上がった。

「「あ、生徒会長おはようございます」」

 その入って来た人物に背を向けていた仁志と紀子は顔を青ざめさせる。

「ああ、おはよう。で、すまないが佐々木と志村を呼んで貰えないか?」

 英雄の位置からだとその人物がよく見えた。

 明るい長い髪を炎のようにウェーブさせた二年生の美人。

 その意思の強そうな目が英雄の友人である仁志と紀子の背中の向こうでキョロキョロと教室内を見渡していた。

 自分たちを探す視線を感じたのか仁志と紀子は背筋を伸ばして、振り返った。

「「部長」」

「そこにいたのか。部活のことで相談がある」

「「わかりました!」」

 英雄が笑ってしまいそうなほど二人は緊張した顔をしていた。

 だが、英雄も他人事ではなかった。仁志がその人物の元へと小走りになった瞬間に腕を掴まれて、引きずられたのだ。

 引きずられて廊下へ出ると、二人と共にその人物と対面する。

「ん? 志村。そいつは誰だ?」

 鋭い目が英雄に向けられる。

 この時初めて英雄は、自分の高校の生徒会長である新藤礼子を見た。間近に見ると確かに噂通りの威圧感ある美女に間違いはなかった。そこにいるだけで、背筋が伸びてしまいそうなという形容詞が相応しい。

 英雄が言葉に詰まっていると、紀子が代わりに礼子へ答えた。

「体験入部希望の新垣英雄君です」

 じろりと礼子が英雄の全身を見渡し、英雄の腕を掴んだ。まるで実験動物の身体を調べるように腕や手を触りふむふむと頷く。

「いい体をしている。これなら使えるな。よし、お前も昼に新聞部にこい」

 英雄が体験入部という言葉に非難の声を上げかけたところで紀子が口を挟む。

「部長、相談って何ですか?」

 その声で礼子はパッと英雄の腕を放した。

「そうだ。緊急会議を昼休みに始める。部員全員、集まるように」

「ということは…やっぱり…」

 その言葉に仁志が冷や汗を掻き呻くように声を漏らしていた。

 それをじろりと礼子は仁志を見てにやりと笑う。

「よろこべ、佐々木。一面差し替えだ。お前の活躍場所はたっぷり用意した」

「…ハハハ。ありがとうございます」

 その力ない笑みが廊下に小さく響いた。

「そういうことだ。昼は早弁でもして済ませておくようにな。居眠りでもしたら…わかっているだろ?」

「「は、はぃ~!」」

 仁志と紀子は声をハモらせる。

「それだけだ。では佐々木、志村、新垣は参加ということにしておく。邪魔したな」

 そう言い残して礼子は颯爽と一年生の教室を後にした。

 その背中を見送って仁志と紀子はため息を吐く。

「ああ、おっかなかった…でも、そこが堪らんよな」

「何馬鹿なこと言ってんのよ。アンタは雑用ばっかりでいいでしょうけど、私なんてせっかく書いた原稿がお蔵入りするかもしれないのよ?」

「お蔵入りがどうしたってんだ。こっちなんか校了前のピリピリした先輩にどやされるんだぞ?」

 二人が勝手に言い争っている内に始業のチャイムが鳴り響く。

 これ幸いにと英雄は微笑みながら、

「じゃ、とりあえず教室戻ろう」

 そうして新垣英雄の日常が変わっていった。



「では、まず全員は既に事件の報道を全て知っているものとする。もしいまだに調べてもいない馬鹿がいれば部を抜けろ」

 第一声、礼子が机に座って部員達を睨みながらそう言った。

 その言葉に誰もが沈黙を守る。

「よし、ではまずカメラマンの手配だ」

 礼子の隣にいた副部長の前川毅が眼鏡をくぃっと持ち上げて冷静な声で答えた。

「写真部の者と機材を三名分抑え、デザイン用のパソコンも既に確保済み。現場への交通費等の予算繰りも完了します」

「課外活動の申請書は?」

「部長の印鑑待ちです。新田先生には既に根回しを完了しています」

 英雄は、礼子と毅副部長のやり取りを聞いて驚いていた。

 高校生の部活にしてはあまりにも本格的だったからだ。二人の会話は、それが完了しているのを当たり前のものとしている雰囲気があった。会話はただの確認で、まるで儀式のようだった。

 英雄が通っている私立豊栄高校は、都内でもそこそこの偏差値で特に目立ったところはない。スポーツも素晴らしい活躍をするような部活動はなく、文化系も平凡。だが、唯一新聞部だけは全国レベルの実力を持っていた。全国で開催される高校生新聞のコンクールを総なめにし、完成度としては一般の新聞にも比肩しうると噂されるほど。

 それもすべて、新藤礼子が新聞部に入部したときから始まった。つぶれかけた新聞部にヘッドハンティングした人間を入れ、凄まじいまでの指導力で新聞を作り上げていく名編集長。彼女はその美貌とその精力的な活動で生徒会長にまでなり、いまはその両方をそつなくこなしている。

 それにと、英雄は周りを見渡した。

 誰もがいい顔をしていた。厳しい編集長の下で働いているというのに誰もが惰性でしていなかった。自分たちの書く物、作り上げる新聞が確実に読者を魅了していると自身をもった顔。その顔で自分たちの編集長を見ている。

(いいチームだな)

 英雄はそんな感想を持っていた。

「そうだ忘れていた」

 英雄がそんな呑気なことを考えていると、突然礼子と目線が合う。

「こんな時期に珍しいが、新しく体験入部で入った新垣英雄。諸君、たっぷりと我々の流儀を教えてやってくれ」

 他の部員達が頷くのを英雄は愛想笑いでやり過ごすしかなかった。

(いいチームだけどおっかないな)



 それは昼休みの半ばを過ぎた頃。

 一通りの確認事項を終えて、一面の見出しを部員全員でブレインストーミングしていた時に起こる。

 英雄は、仁志と紀子の後ろでぼんやりと見出しが書かれた紙切れを見つめていた。

 『続報背すじも凍るバラバラ殺人事件』『今度は女子高校生も』『夜道に忍び寄る殺人犯』『被害者達の悲鳴木霊する裏路地』『凶行さらに加速する』…『包丁男、今度はドリル男か!?』

 英雄は最後の見出しに目を止めた。

 ちょうどそのとき、彼と同じようにその身だしを見ていた者がいる。

「誰だ? この見出しを作った奴は?」

 礼子はそう言って『包丁男、今度はドリル男か!?』の紙を持ち上げるとペラペラと揺らす。その目は鋭く部員達を見渡していた。

 そんな中で、一人の男が震えながら手を上げる。

「お、俺っす」

「またお前か、佐々木。いつも言ってるだろうが。私達はジャーナリズムで新聞を書いている。ゴシップのような噂話に流されるなとな」

「す、すみません」

 仁志が部員達の視線を浴びて、身を縮めて謝っている後ろで英雄だけがその言葉に非難の声を上げた。

「待ってください」

「なんだ? 新垣。意見があるのか?」

「はい。包丁男はネットでも話題になってますよね?」

「そうだ。ネットで話題になっているからこそ私達は実際の現場を調べて記事にしている。くだらん妄想で新聞が作れるか」

 礼子は吐き捨てるように言った。

「確かにそうですけど、俺はそれをくだらないとも思いません。読者が読みたいのは、そう言ったゴシップが事実を元に否定されることも、そのひとつだと思います」

「………ほぅ」

 礼子は顎を上げ目を細めて英雄を見た。

 それにも何処吹く風で英雄は淡々と言う。

「俺ならそう言ったものも読みたいですね」

 その英雄の顔をじっくり見た礼子はにやりと笑う。

「気に入った。そこまで言うならやってみろ新垣。お前には志村と佐々木を付ける。一年の根性を私に見せてみろ」

「ええええ!?」

「ち、ちょっと!?」

 名指しされた仁志と紀子は同時に悲鳴を上げる。

「前川。新聞部に予備のデジカメがあっただろ。志村に交通費と一緒に渡しておけ」

「わかりました」

 スチャリと毅副部長が眼鏡をあげて承諾の声を上げた。

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