MASK IN BLACK  ― 欲望の仮面 ―

三叉霧流

イントロダクション

 けたたましく鳴るサイレンの音。

 暗い裏路地に通り過ぎる音が反響して、派手な服装に身を包んだ少女はまるで自分が音の箱に閉じ込められた気分だった。 だが、それ以上にその路地に転がっている物が衝撃的すぎて、身じろぎさえ出来なかった。

 中天には白々と光る月。

 月光が白くて、その紅さが浮き出たように目に痛い。

 バラバラ死体が血の海に沈んでいた。

 真っ赤になった胴体や腕、足。それらが血にまみれて、月光の中で浮かんでいる。

 少女には男か女か、それすらわからない。

 頭ががないのだ。ちぐはぐのパズルのようにバラバラに散乱し、何処を探しても頭がない。

 少女は茫然と、それを探した。

 自分が何を探しているか彼女には気づいていなかった。ただ、その光景があまりにも現実みを帯びていなくて、ちゃんと頭が働かない。

「何かを探してる?」

 突如、後ろから声をかけられ少女は飛び上がって振り向き、一歩後ずさる。

 そこには高校生らしき制服を着た男子生徒が愛想のいい笑顔で笑っていた。

「………」

 彼女は絶句する。

 彼の千切れたシャツの左腕が巨大な包丁のような刃物になっていたからだ。

 それに、その右手には丸い物。黒い髪がコケのようにこびりついた人間の顔だった。目が見開かれ、口から一筋の血と、首の切り口は未だにてらてらと血が滴り落ち、白い脊髄がびろびろと伸びている。

 そして、その頭には囓ったような大きな穴。

 男は血のルージュに染まった唇を歪め、嗤いながら少女が注目している顔に目を向ける。楽しそうに話し出す。

「あ、これ? ちょうどね、いま食事中なんだ。もうちょっと待って、いまカタチが変わるから」

 その言葉で、男の左腕が異音を立てて変形する。骨が折れる音、筋肉がうごめく音、何か恐ろしいことが起きている音。

 少女はぺたんと尻餅をついた。ちろちろとその股間が地面を濡らす。

 彼女の目の前には、信じられない光景が広がっている。

 男の左腕が、包丁から鋭いドリルのような形になっていたのだ。ドリルは破砕機のように棘が無数についていた。

「あー、やっぱり男の苦痛は、あまり綺麗じゃないね」

 男はそう言いながら首を捨てた。

 そして、男は少女に笑いかける。

「だからさ。君の苦痛をもらうね」

 気に入らないオモチャを捨てて、新しいオモチャを手に入れた子供のように男は嬉しそうに言った。

(…私、死ぬんだ)

 巨大なドリルがその柔肌に突き刺さるまで、少女はただそう漠然と思った。

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