第8話 裏の裏はやっぱり裏

 松永さんはゆっくりと話し始めた。


「いやあ、わからないんですよ」

「ん?何がですか?」

「いや、君があの人……安達さんに見初められた理由、かな」

「ん~、何なんでしょうね。こっちが聞きたいくらいですよ」


 ふむう、と深く姿勢を正して丸椅子に座り込む。

 背筋はまっすぐしていて、なるほどこれは上品な人だと感じる。


「びっくりしたんですよ。まさか我が党の政策を掲げるなんて。一体どんな人かと聞いてみれば、異世界から来たばかりだといいますし。更には、あの安達大臣からは高評価を受けている……。それに、憲伸党の幹部からの評判も日に日に良くなっています。気にならない方がおかしいじゃないですか」

「ん~~、ごくごく普通ですよ。本当に、こんなんです。この世界で言う、大学に進学することも叶わず、人生修行中の身でね~。のらりくらりとしています。ただ、ただ。いきなりこんなことをやれと言われて、今では絶対に政治をやってやろうと思ってます」

「異世界から来た人間で国会議員になった者は数少ない。まして……30歳にもならない青年がなった例などありません」

「立候補した人はかつていましたか?」

「まさか。いるわけないでしょう」

「じゃあ、いるわけないじゃないですか。じゃあ確率はゼロではなくて、ノーデータ!逆にもし自分が当選なんかしちゃったら、若くして同じ境遇の人間がどんどん出て来るかもしれないですよ」

「君の場合は、大きな後押しがあったからじゃないですか?」

「それはありますよね」


 俺は吹き出しながら言った。

 松永候補の話はものすごく筋が通っている。こんな身寄りのないような俺がここまで来られたのは、たまたま泰士さんの元でお世話になって、超絶可愛い秘書の彩ちゃんと、俺の帰りを毎日待ってくれている涼子ちゃんがいるからだ。


「随分とあっさり認めるんですね」

「まあ、事実ですし。でも、それが大きなうねりになるかも」

「と、言いますと?」

「やっぱ、何かをやったり、しでかしたりしたら……。あれ、これ良いんじゃないの?って。出来るんじゃないの?やれるんじゃないの?って。そんな風に流れが変わって来るんじゃないかなって」

「まだ齢20くらいなのに、そんなことを悟っちゃうんですか?」

「まあ、こんな異世界にぶっ飛ばされる経験なんかしたら、ね。そりゃあ、悟りたくないものまで悟っちゃいますよ」


 ふふ、と松永候補は笑った。


「なるほど、面白いですよ。あなたは本当に。芯の通った人間です。あなたのような人は、決して打算的に物事を考えたりはしないでしょうね。あの演説であなたが言ったことも、本心なのでしょう」

「本心も何も、テンパっちゃっただけなんですよ」

「それでああいう力強い言葉が出せるんですから。やはりこういう若い人は怖いな~。僕だって政界からみたらまだ若手なんだけど」

「松永さんは、お父様も政界の人間だったとか……」


「ああ、そうですねえ。ただ……金にまみれたと言いますか。実業家肌が強くて、それを政治の世界にまで持って来ちゃったんですからね。我が家の場合は、誰からも支持して貰えず、名声の力で貴族院議員になったんです」

「それも、才能だと思いますが」

「いやいや。政治家は人に支持されてなんぼのもの。自己犠牲の精神が必要なわけで。父にはそれがなかった。だから晩年は金欲のある大企業からの支持しか得られませんでした。しかし、それでも名士として君臨するには十分だったんです。うわべだけの、金だけの付き合いでしたね」


 この松永という男の鑑定を見誤っていたのかもしれない。

 裕福な家庭に生まれた、政治家の二世。ではない……。

 平凡な能力しかないと悟りながら、自らに課せられた使命をひたすらに突き進み、人々の為に尽くそうとしている。


「じゃあ、松永さんはどうして国政に?」

「決まっています。国民の安定と調和」

「家は関係ないんですか?」

「まったく。むしろ、父のやり方は嫌いです。家だとかなんだとか言われないような、そんな政治家になりたいんです。ま、漠然としてますけどね」

「良いんじゃないでしょうか」

「そう、ですかね」


お互いに、思う所があったんだと思う。どちらも、そう言うと顔を見合わせたままにやりと笑った。


「あなたが候補者で良かった。高坂さん」

「僕もです」


 では、と言うと踵を返して去っていった。

 外で控えていたであろう彩ちゃんに謝罪をしながら、申し訳なさそうに行ってしまった。


「何を話したのよ!」


 彩ちゃんは鬼の形相で立っていた。

 腕を組みながら、のしのしと近づいてくる。


「男のロマンの話だよ。って言っても、下ネタじゃあないからね?」

「そんなことは分かってるのよ!良い?何か変な入れ知恵をされたとしても、決して聞き入れたらだめよ!」

「あの人はそんなことしないよ」

「あ~~、もうそんな風になってえ」

「分かるよ。あのひと、最初から秘書官を連れてなかったでしょ?それは、最初から一人で話をしようって態度だった。彩ちゃんにも断りを入れたわけでさ。どちらかというと、あの人は完全に不利な状況だったんだよ。何かあれば、彩ちゃんが外にいたんだし。こっちは彼を包囲した形だったんだから。本当に話をしたかったんだよ。秘書にも出来ないような話をね」

「な、なによ……。知った気になっちゃって」

「でも事実だよ」

「まあ、でも良かったと思うわよ」

「なんで?」

「あんたの目、さっきよりも確実に輝いているもの」

「確実にやる気は出たかな」


 すると、廊下からバタバタと小走りにこちらへ向かってくる足音がした。


「良いでしょうか?そろそろ、スタジオへお願いします!」


「行きますか!」


 俺は気合を入れた。

 どうせ、この番組でも具体的な政策論争では負けることは分かっている。

 だからこそ、自分の本心を言えば良い。

 受験に失敗続きで、果てには自転車で事故に遭いそうになって、この世界に来た。そんな自分だからこそ見える、この世界の疑問に……切り込んでいこう。


 勇んで一歩を踏み出す。

 しかし、俺の腹はまたしても痛み出すのだった……。


「き、緊張します……」


 彩ちゃんはそんな俺を見て、背中をばしーんと叩いた。

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