第7話 膝を突き合わせてもただ痛いだけ!

 それからは目まぐるしく日々が過ぎていった。

 泰士さんは、かなり気を使ってくれたみたいで県連の人や支持組織への挨拶をしてくれていたらしい。


 演説という演説なんかはしていないが、いろんな人に握手をしたりした。

 

「選挙まであと3日かあ~」


 と、ため息交じりに声を出す。

 彩ちゃんは、俺のサポートをしながらも父親にも付いて回っている。

 涼子ちゃんも屋敷で一生懸命に働きながら学校へ通っている。


 今日は泰士さんから話があるということで、書斎に呼ばれた。

 ただでさえ広い屋敷なのだが書斎は2階にある。

 階段を登って右手の突き当りの襖を開ける。

 ここだけが襖になっていおり、書院造をイメージしたという構造。違い棚もあり、畳が敷かれている。


「やあ、すまないね。こんな夜更けに呼び出しちゃって」

「大丈夫ですよ」

「実は、明日。松永候補に会ってみないか?」

「それは……直接対決じゃあないですか!嫌ですよ~」

「でも、高坂君にとっても敵を知っていた方が良いだろう?」

「まあ、知らないよりは……」

「よし!決まった!早速だけど朝の10時に、新報しんぽうテレビのスタジオね!生放送だからね!」

「はいいいい?!テレビですか!」

「そうだよ?討論会だよ!ばしばし!っとね、相手を負かしちゃっていいから。向こうは30歳半ば!それを負かしたとあっちゃあ、評価も上がるってもんだよ!」

「な、なにを言っているんですかああああ」

「あ、そうそう。じゃあわたし、打ち合わせがあるので。さあ、寝たねた!」


 

 そう言うと、手で追い払う仕草をして書斎から出された。

 なんで大人ってこうもズルいものなのかね!




―――――――――――

―――――

――

 翌朝。

 6時に彩ちゃんに起こされた俺は、そのままいつものスーツを身に付けて車に乗り込んだ。起こしに来た彩ちゃんは、あの時間なのにピシっとしていた。あの子もスーツなのだが我々とは違って少しラフな感じだ。いつかはメイド服を着せてみたいものだ……。


「あの、ちゃんと今日のこと考えてる?」


 彩ちゃんはいつでも、こういう心配をしてくれる。


「考えてないよ!」

「なんで考えないのよ!」

「車内くらいは妄想させてよ~」

「ダメよ!妄想するのは、これからのこの国の行先だけなんだから!」

「ええ~~……なんかそれ疲れそうなんだけど~」

「政治をやるっていうのは疲れるものなのよ」

「よし、なら俺は政治家が疲れないような国をつくり上げる!」

「ならそのために勉強しなさい!」


 などと窘められながら、目的地につくまでに気になる質問を投げかけた。


「そういや、松永久光って候補者?彼はなにものなの?」

「ああ。そういえば知らなかったっけ?」

「まあ、すぐにこんな事態になっちゃったからね」

「松永候補は、父も議員さんだったの。立派だったわよ。でも彼の父は実業家としての一面を持っていたの。収入も多いから払う税金も多い。だから彼は議員になれたの。貴族院議員よ」

「ああ、それは聞いたかな」

「つまり、地元の人間からは批判を受けていたの。拝金主義者、ってね」

「お金持ちはそりゃあ、叩かれますわいな~。俺だって金持ちは許せないから!まあ、泰士さんは別だけど……ごにょごにょ」

「良い?話進めるわよ。実業家として活躍したんだけど、この国は戦争に負けちゃったの。それで企業も色々解体されちゃってね。松永家はそれから国政に携わることはなくなったの」

「戦争で負けちゃったのか……。そこも俺の世界と同じだなあ」

「久光候補は、凡才だったわ。小中高と並の人生だった。でも、彼は家の再興の為に浪人して医者になったの。それから出世したのに引退。国政に出る為に地方議員も務めるようになったってわけ。今では県会議員よ」

「県の議員さんかあ……そんな現役の叩き上げと戦うなんて……」

「仕方ないでしょ!まあでも、唯一の勝機は、彼は県議であって国会議員の経験はないことよ」

「つまり?」

「おそらく有権者は、国政選挙だからかなり増えるはず……。さっきも言ったけど、松永家は実業家で金持ち……。成金みたいなイメージが強いのよ」

「つまり、素朴さで勝ちに行くと!?」

「あんたに素朴さはないでしょ!


 彩ちゃんは、そう言いながらもこっちを見ながら様々なことを教えてくれる。お辞儀の角度や、言葉に詰まった時の対処法、聞いて来るであろう嫌味な質問への返答などだった。

 本当にこの子の頭の回転の早さには度肝を抜かれる。


 やがて二人を乗せた車が、新報テレビのロビーに到着した。

 新報テレビは、経済新報社という新聞社のメディアらしい。

 元々は、経済日日新報けいざいにちにちしんぽうという今から130年前に発行された新聞の発行会社だという。歴史のある新聞社だというわけだ。


 早速、中に入ると受付の人に挨拶をする彩ちゃん。

 やがて偉そうなスーツを来たあんちゃんに、控室に連れていかれた。


 控室には静寂さだけが満ちていた。

 少し早く来すぎただろうか?

 彩ちゃんがいるとはいえ……緊張する。あと2時間は空きがあるぞ……。


 30分は経っただろうか。

 控室をノックする音がした。


「はい?」


 と答えた。本当は彩ちゃんがすることだが、俺は余りにも暇だったので返事をした。彩ちゃんは向かいの椅子に座りながら、こちらを見て頬を膨らませている。


「松永です。挨拶に参りました」


 松永候補じゃないか!

 しまったなあ~。年上を挨拶に来させちゃったよ~。

 いやねえ、かなり高校では体育会系の部活に入っていたから、こういうの気にしちゃうんだよねえ。


「入ってください」


 彩ちゃんは、さっきよりもぶすっとしながら応対した。

 席を立って頭を下げて挨拶をする。

 頭をスポーツ刈りにし、目はやや細く鋭い。しかし、威圧感は感じないし、にこにことしていて寧ろ好印象に思えた。


「二人で……高坂さんとお話は出来ませんでしょうか。なに、ほんの10分ですよ」

「だめです!」


 彩ちゃんはそれを制止した。相手は秘書らしき人もおらず、一人で来ているようだった。でも彩ちゃんは向こうの話術で俺が動揺したり、何か収録に影響があっては困るだろうと察したのだ。

 こう、女の子が俺を守ってくれているみたいで良い!

 もうこれだけでも、この松永ってやつは評価できるな!


「いいよ!話しましょう」

「良いんですか」

「ええ。こちらも、確認しなければならないこと、ありますからね」


 彩ちゃんが、はあ……とため息をついた。それから手をプラプラとさせて、勝手にしろと言わんばかりの仕草をした。


「どうしても、確認したいことが……あなたにはあるんですよ。松永候補。その為には、この子は不要ですからね」

「はいはい、分かったわよ。そこまであんたが考えているなら。私は外にいますよ~」

「すまないね、彩ちゃん」

「あとね、彩ちゃんって呼び方!なれなれしいから!」


 彩ちゃんはそう捨て台詞を吐くと、ドアの向こう側へと去っていった。


「で、確認したいこととは?」


 俺は一呼吸おいてから、松永さんを睨みつけた。


「な……なんですか……その目つきは」


「松永さん」

「ん、なんだね」

「彩ちゃんのこと、狙ってるんじゃないですか!」

「は?」


 松永さんは、肩からガクッと崩れ落ちた。

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