第5話 エールが欲しい時
仕方ない……。
こうなってしまっては……。
もはや、こんな状況で出ていきたくはないが、黙ってさようならとはいかない。
「さあ、壇上へどうぞ!」
にやにやと、職員が俺を促す。この不敵な笑みは、どうせ俺が何も言えないことを知っているからだろうか?
とか思いながらも、足は選挙カーの方へ向かっている。
まあ、し、失敗したらその時だしさ!それに、俺が悪いんじゃあない!一日で推し進めた泰士さんが悪い!
壇上に登り切ると、隣には泰士さんがいた。職員の人から聞いた話では、こうした選挙に現役の大臣が応援に来るというのは珍しいらしい。
マイクを渡される。広く視界があるが、この景色は本当に精神的に来る……。
聴衆者が多すぎるからだ。時期的には夏の終わりなのだが、みんな汗だくになりながらも自分を待っていたのだ。
やばい……。足がすくむ。
おまけにカンペはない。
どうすんだよ。
「え~……この度、立候補しましたあ……高坂譲です」
ぱちぱちとまばらな拍手。
ああ、神よ、私はどうしたら良いのでしょうか……。
「えっと。高い坂に、譲ると書きます。ただし、当選は譲る気はありません!」
しら~~……。
うん、知ってた。分ってるって!!
こんな反応をすることくらいわかってた!
「とりあえず、色々と。皆さんの生活が豊かになるようにですね。頑張っていきたいと思っています」
具体的な案はない。あったんだけど、明らかな勉強不足である。
とりあえず身の上話から、そう。プロフィールからだ!
自分が急にこの世界に飛ばされたのだということ。
本当に昨日の夜に、この国の住民として認められたのだということ。
自分の国のことを、出来る限りかみ砕いて説明した。
もう、15分は経過していた。
横の泰士さんの顔が視界に入った。
とおいうよりは、入ってきた。
もうそろそろ、ということなのだろう。
最後に何か具体的な政策を、と思ったがうまく考えが出てこない。
「あ、と……。最後にですが!」
と、ある一つの中身のない宣言をしようと思った。
「男女関係なく、政治に参加して、みんなが!国民全員が関心が持てるような!そんな協力的な良い国にしていきたいです!」
あやふやだ。
あれだよ。帰りの会とかでありがちな、みんな頑張りましょう!みたいな姿勢ね。当たり障りのない話ってやつ。
って、あれ?
なんか騒がしいような……。
みんなざわざわしてる……。え、なにこれは……。
泰士さんの顔をチラと見る。
え、なんですかその顔は!!
しまった、という様な、なんかそんな感じの!
やってしまった、と改めて思った。いや、理由は知りませんがな!
しかし、聴衆者からはなぜか拍手喝采だった。
これは……どういうことなのだろうか。
「高坂君、ちょともう降りようか。さ、車に乗って」
「あ、はい。俺って何かしましたか?」
「うむ~。何とも言えないね」
泰士さんははぐらかしながら俺に言った。
駆け足気味に降りると、腕組をしながらこちらを睨む彩ちゃんの姿が見えた。相変わらずの美人だなあ。その隣には、やはりちょこん、と涼子ちゃんがいた。
こんな暑くてもメイド服のままなんだな……。
車に掛け乗ると、さっきまで話を聞いてくれていた人たちが手を振っている。
これは……立候補者だからって訳でもないだろう。
しかし、まずい発言をしたという訳でもないでしょう……。
助手席に乗るとばかり考えていたら、後部座席に座るように促された。
その隣には、泰士さん。
助手席には、秘書の彩ちゃんだった。
候補者としてほら、手を振ったりするには助手席の方が良いんじゃあ……。
運転手に、党の支部に行くよう彩ちゃんが伝えた。
「いやあ、やってくれたね。これは」
「え、何がですか……」
「実はね、この国には女性と異世界から来た人間には選挙権がない。ただし、被選挙権はあるんだよ。高坂君には話してなかったね」
何でこの人たちは、そういうことを早く言ってくれないんだ!
「俺、確か……」
「うん。男女関係なく、国民全員が政治に参加する世の中をつくるって言ったんだ」
「この発言は、彼らに選挙権、つまり投票する権利を付与しようということだ」
「そう、なりますね」
「これは我が憲伸党の政策ではない。ただ、絶対にしなくて良いという問題でもない。慎重なだけなんだ」
「なんで慎重なんですか?」
「要は、新しい有権者が出て来ると、今の議員が当選できないかも知れない」
「つまり、自分の保身ですか」
「そう捉えてもらっても良いだろうね」
どこの国でも世界でも、結局は自己保身なんじゃないか。
「そしてね、対立政党の民正党は、こうしたものを直そうとして分裂したんだ。すごい支持を集めているんだ」
「今の有権者が、それに関しておかしいと思うことは良いことだと思います」
「そうだね。みんな、真面目なんだ。この国の人は。そしてみんなが家族のように接する。それが、見知らぬ世界から来た人物であろうとね」
ハッとした。
確かに、ここの人たちは国民になったばかりの自分をすぐに受け入れてくれた。
最後には、拍手をし、手を振ってくれた。
「あの発言は、異世界から来た君だからこそ言えたんだ」
泰士さんの顔を見ることは出来なかった。外の景色は順々に変わっていく。
その間、ずっと彩ちゃんは携帯をいじっていた。
「でも、あれですよね」
「ん?」
「それって、俺……敵勢力の政策を発表しちゃったんですかね!!」
「その通りだよ!高坂君!いや~、ようやく理解してくれた?」
「じゃあ、今から支部に行くというのは……」
「そう!謝罪だよ~ん!」
「ああああああああああ!!」
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