第3話 捨てる神あれば、拾う神はもういない

 彩ちゃんは俺との甘い同居生活に拒否反応を示した。


「彩ちゃん……」

「あっ、その……あたし、何も考えずに、その……大きな声出しちゃって……」

「彩ちゃん……。それ正常な反応だよね~!」


 俺の明るい声に拍子抜けしていたようだった。


「うんうん。彩、良いかい?何も一緒の部屋で寝起きして、一緒の風呂に入れとは言ってないだろ?全く、そんな事まで考えるなんて。彩は自意識過剰なんじゃないか?」

「え?泰士さん、一緒の部屋で朝を迎えて、一緒に洗いっこするって事じゃないんですか?」

「君は何を言ってるんだね、高坂君!」


 ここで俺たちは初のすれ違いを経験する。

 しかし、飽くまで父の威厳は保たなければならない。そればかりか、一国の宰相のようなものだ。ここはオトナらしく俺が一歩退こうではないか。


「あの~~……ご飯が……さめちゃいます」


 か細い声がする。正面の泰士さんの後ろ、彩ちゃんの隣にはメイド服の格好をした小さい子が盆に料理を乗せて運んで来てくれていた。

 髪はショートヘア―で少しブルーがかっている。目元がすごくはっきりしている。しかし、前髪が少し目にかかって、やや伏し目がちになってしまっている。身長は彩ちゃんよりも低く、声も高い。ややおどおどした様にも見えた。

 まるで人形の様で、美人というよりこちらは愛らしいという感じだ。


「紹介しよう。次女の涼子りょうこだ。この格好が好きなものでね。いつも色々と手伝いをしてくれているんだよ。この子は……そうだなあ。私に似たという感じかな!」

「それ、絶対嘘ですよねえ!」


 泰士さんは、彩ちゃんと涼子ちゃんの分の食事も用意させて、二人にこれまでの顛末を話した。

 俺が向こうの世界からやって来て、安達家で看病して貰ったこと。

 そしてこれから、俺がここで世話になるということだ。

 やたら涼子ちゃんは興味深そうに俺を見ては、にこりとしてくれたり、父親の話に頷いたりしていたが彩ちゃんはそうでもなかった。

 どこかむすっとしながら、ふーんとかへー!など悪態をついていた。

 彩ちゃんは父の秘書。涼子ちゃんは高校二年生なのだという。


「なんか、俺も手伝えることとかあったらしますよ」


 そうか、と腕組みをしながら泰士さんは考えていた。口元をハンカチで拭き、左手でワイングラスを揺らした。咄嗟に嫌な予感がした。


「いや、特にはないんだがねえ……。実は、ここの地域の選挙区の議員さんが一人病気で亡くなったんだ。本来ならば、次点で敗れた候補者が繰り上がるのだが。彼もまた痴漢の罪で捕まっちゃってね。他に候補者もいなくて選挙が行われることになったんだ」

「はい」

 

 もう言いたいことは理解した。つまりは、新しい候補者の支援をしろ、ということだ。昔、委員会に属していたこともあるし、それくらいなら良いでしょう。


「そこでだ、高坂君にはその選挙に立候補して欲しい」

「はえ?」

「ん?わかるかい?国会議員に立候補して欲しいんだ」

「それは……当て馬的な?」

「なにを!当選してもらうんだよ!」


「「「ええええええええええええ」」」


あの涼子ちゃんも、声を上げた。


「良いじゃないか!流れ着いた哀れな少年が立候補して政治家デビュー!感動するよな?これは良いよな?」

「い、いやいや!第一俺知名度もないし、年齢もまだ25歳なんかじゃないっすよ」

「大丈夫。現役閣僚の推薦があればね、年齢は15歳からでも立候補が可能なんだ!」


 あほや、この人。


「高坂君はもう19歳!余裕でクリアーだ!いや~、丁度人材を探してたんだよね~。どれも適格じゃないって、みんな困ってて。よし、ちょっと電話してくるわ!また後で!」


そう言うと、泰士さんは部屋を出て電話を掛けまくっていた。


「俺って、どうなると思う?」

「大恥かいて、違う意味でこの世界にいられなくなるわね」

「お姉ちゃん……可哀想だよお……」


 二人の姉妹からそうエールにも似ない言葉をぶつけられる。

 大きな窓ガラスに映る庭は、もう既に日が落ちかけていた。


 夕陽を背中に受ける二人の姿は、まさに夕映えの天使だった。

 この子たちに良い恰好をしたい、とも心のどこかで思っている自分がいた。


 それから、もう明日には辻立ちをすることが決まった。

 選挙は来週の日曜。つまり、あと9日だった。

 そこで泰士さんは、こんな提案をしてきた。


「これから私はちょと忙しくなる。明日の演説は駅前に14時からだ。今日は、君に何かを教えることが出来ない。だから彩、君が高坂君を支えてくれ」


 彩ちゃんは嫌だと仕切りに言っていた。

 そりゃあ、敗戦の将の片棒は担ぎたくないでしょう……


 部屋が与えられ、そこへ移動しようと席を立った時。


「が、頑張ってくださいね!」


 と、言ってくれた涼子ちゃんの笑顔に。どこか気持ちが軽くなるのを覚えた。




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