第2話 覆水盆に返らずって真理だよ

 俺はあらゆる話を、この紳士から聞いた。どうやら、訳わからん世界に飛ばされてしまったらしい。こっちの世界では稀にある事だとは言うが……。当然自分は初めてなわけで……


「それで、どうだい?我が家は」


 紳士は優しい微笑を浮かべてきた。

 割とシックな佇まいの部屋で、椅子の腰かけには銀色に輝く龍の模様があしらわれている。そればかりか、背もたれはふかふか。


(さてはここ……金持ちの家だな?)


と、邪推した。

腹が減ったという事を告げると、すぐさま料理を作らせてくれると言う。


「料理人がいるんですね」

「ああ、そうだよ。何分、私は料理が苦手でね」

「ワイルドな方なので、てっきりバーベキューとかはやるのかと思ってました」

「バーベキューと家で作る料理の腕って関係あるのかな?」


 紳士とは他愛もない会話をする。

 俺、なんだかこの人になら……何されたって構わねえ!


「そうそう。せっかくだし、挨拶をしなきゃね。いやなに、最初は君がどんな人物か分らなかったから」


 そこまで言われてハッとした。

 自分も何者なのかを詳しく話していなかった。

 とにかく、事の成り行きを説明した。

 とはいってもよく自分でも理解はまだ出来ない部分が多い。心配だった事は自転車がこの世界には存在するのだろうか、という事。

 しかし、それも杞憂に終わり、本当に元の世界と変わらない様子だった。


「あっはは。私から挨拶を、と言ったのに。先を越されてしまったな」

「あ、すいません。俺、空気だけは読めないものですから」

「それは私もだよ」


 と、紳士はおどけて見せる。

 やはり、その仕草なども上品さが窺える。


「私は、安達泰士あだちたいしと言うんだ。今は国会議員をして、外務大臣を務めさせて頂いているよ」

「ああ、そうですか。へ~!大臣をね!……って、お大臣!?」

「そうだ。驚かせたかな?まあ、君も運が良かった。高坂君だっけ?色々と手続きは済ませるからさ、しばらくは我が家でゆっくりすると良い」

「い、いや……あの、あれですね。だ、大臣なんて……」

「なんだ?緊張してしまったか?」

「いきなり言われても実感ないっす」

「き、君は意外と大物になりそうだねえ……高坂君……」


 しかし、これでこの家、というよりかは屋敷の絢爛さが理解できた。どうやら嘘をついている様にも感じない。そりゃあ料理人がいたりしても不思議じゃあないわ。


「そして私の妻のりんは、学園の理事長をしている。教育熱心で良いことだよ。彼女は忙しくてね、学園の寮にいて、こっちにはなかなか帰れないんだ。あ、でも毎日電話はしてるからね!そう、それと他に娘が二人いてね」


「ねえパパ~!」


 隣のドアから、可愛らしい女性の声がする。溌剌とした感じで、声だけを聞けばボーイッシュな風にも思えた。


「なんだい?今、話をしている最中なんだけど、丁度よかった。さっきメールした人が目覚めてね。お前にも紹介するから、こっちに来なさい」


 少女は、ばつが悪そうな返事をして、木製で金の取っ手のついたノブを回した。


「嘘でしょ……」


 思わず、声が出た。

 少女は同い年くらいだろうか。栗色のロングヘアで、目元はぱっちりとした二重。鼻筋も整っていて、どこぞのアイドルかと見間違える程だった。そして何より胸がデカい!俺の高坂レーダーでは、推定Fカップと見た!


「あら、初めまして。散々でしたよね。見知らぬ土地へ来てしまって」

「い、いやいや。むしろ……幸せでございやす……」


 思わず、見とれてしまう。多少は変なノリでも構わない。


「うむ。この子は長女のあやだ」

「彩です」

「どうだい?私が言うのも変だが、可愛いだろ?妻に似たんだよ」


 こういう冗談を平気で言うあたりが、ただの日曜日のお父さんといった感じだった。まあ、飽くまで想像だけどね。

 すると、料理がカタカタと運ばれてくる音がする。


「彩もちょっと食べて行きなさい。これからは、この高坂譲くんと、一緒に過ごすんだからね!」


「はい、そうですね!泰士さん!って、今なんと?」

「いや、それ……あたしも聞きたいんだけど」


「ええ?これから、ひとつ屋根の下、一緒に暮らすんだよ!」

「ちょ!?こ、これからですか!?さっきは暫くって言ってたんじゃあ」

「あれね!嘘!高坂君、なんか大物になりそうって言ったでしょ!だ・か・ら!高坂君は知らないかも知れないけど、政治家は嘘つきなんだよ」

「そ、そんな馬鹿なあああああ!!バラ色の人生が始まるじゃないっすかあああ」


 まさか、大きなお屋敷でこんな美人な子と一緒だなんて!素晴らしい!


「あたしは嫌よ。こんなやつ!」


 そう叫んだのは、やはり彩ちゃんだった。

 そりゃ、そう都合よくはいきませんよね……



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