(3)
「はい、到着です!」
ミリーニャはそう言って、村の入口に立つと、オレたちへ「ようこそ」と言わんばかりに手を広げながら言ってくれた。機嫌はすでに直っており、表情もまた普段通りに戻っている。
それは道中に何事もなかったことを示していた。
ただ一人を除いて……。
「わ、わーい……ようやく着いたー……」
ミリーニャの挨拶に元気なく答えるロベルト。
その表情はやつれており、今日の一日分の疲れをこの道中で背負ったような感じになっていた。
「大丈夫かよ」
そんなロベルトにオレはそんな言葉をかけることしか出来なかった。いや、他にかける言葉なんて見つかったところで言わない予定なのだから、これ以外かけられる言葉はなかった。
「だ、大丈夫……。その気持ちだけで嬉しいよ」
「それならいいんだけどさ」
「……うん、ありがとう」
そういうロベルトの言葉は全く嬉しそうではなかった。むしろ、オレを見つめてくる目は恨めしそうな目になっており、目尻には少しだけ涙が浮かんでいるようにさえ見えた。
もちろん、無視したが。
「ほら、さっさと宿屋探すぞ。そうすることが先決だろ」
ルクスもまたロベルトの反応を無視し、オレたちへそう指示を出す。
そんなルクスのまたユーリさんの家に居た時よりも少しだけすっきりした表情になっていた。
それは、道中でルクス対ミリーニャの言い合いが勃発したせいだ。
言いたいことを言い合い、その八つ当たりをロベルトにぶつける。だからこそ、ロベルトが疲弊しているわけであり、まさに『自業自得』と言う言葉が似合う状況だった。
そんな状況をオレは介入するわけもなく、ただ見守っていただけ。だって介入したら、間違いなくこっちにも八つ当たりがくることが分かっていたから。
とにかくルクスの指示にオレは、
「すぐに探すのはいいんだけど、誰がミリーニャを送り届けるんだ?」
賛同しつつも、ミリーニャを親指で差しながら、ユーリさんとの約束を口に出す。
「あー、そっか。ミリーニャさんはミリーニャさんで用事があるだろうし、早く送り届けた方がいいよね……」
その言葉にロベルトはすぐに賛同する。
それはルクスとミリーニャが一緒に居れば、自分の身が危ういという苦しみから逃れたいという気持ちが現れた台詞だった。
「送りたい奴が送ればいいんじゃないか? それかミリーニャが決める。その二択しかないだろ」
ルクスも送り届けること自体に反論するつもりはないらしく、少しばかり面倒くさそうにミリーニャを見る。
それに倣い、オレとロベルトもミリーニャを見た。
ミリーニャはその視線にきょとんとした表情になり、
「別に用事なんてないですよ?」
とあっさりロベルトの言葉を否定した。
その言葉を聞いた瞬間、ズーンと落ち込むロベルト。ここで項垂れなかったのが、唯一褒めるべきところだとオレは素直に思う。
「そもそも、わたし用事があるなんて一言でも言いましたっけ?」
そして、さらに追撃を加える。
「一言も言ってないな」
ルクスはあっさりとそのことを認めた。
それが事実である以上、オレも素直に首を縦に振る。
「ですよね? だから気にしなくても平気ですよ?」
ミリーニャにオレたちの気持ちは見透かされているらしく、なぜかもうちょっと一緒にいる発言をされてしまう。
そのことに気が付いてしまったロベルトは、見ていられないほど複雑そうな顔をして、村へ向かって歩き出す。まるで、この場から逃げたいと思わせるような少しだけ早足で。
が、村に入った瞬間、ロベルトはハッとした表情で顔を上げる。
「ん、どうした?」
その異常なまでの反応について尋ねると、
「たぶん、カイルくんもここまで来ると分かると思う」
ロベルトはさっきまで疲れたような声色や反応ではなく、真面目な声色での応対だった。
「あん? なんだ、そりゃ……」
ロベルトの反応にルクスは顔をしかめ、オレより先に歩き始める。
そして、ロベルトと同じように村の入口に辿り着くと、同じように反応を取る。が、ロベルトと違い、後ろ髪を掻きながらため息を溢したことだった。その反応は明らかに「面倒くさい」と思った時に出るような仕草。
ルクスはオレの方へ顔を向けると、親指で『こっちへ来い』というように自分の隣を指差す。
その時見えたルクスの目は真剣そのものだった。
オレは指示された通り、ルクスの隣へと歩いて行く。そして、二人と並ぶようにその場に辿り着いた途端、背筋にビリッと電気が走る。
思考や経験が物語るものではなく、それは本能としての呼び声。
それは職業病と言っていい感じの感触。
つまり、勇者としての直感がオレへある指令を出していた。
《この村に問題が起きてるから救えッ!》
なるほどな……。
オレは二人がオレと同じ感覚に陥ったことに納得し、二人に向かって頷く。
ロベルトはそれに対して頷き返してくれ、ルクスは小さく舌打ちを溢す。
「あの……いったい、どうかされたんですか?」
オレたちのやり取りを見ていたミリーニャが不思議そうに首を傾げ、オレたちへ声をかけてくる。まるでタイミングを見計らっていたような感じで。
「静電気が来ただけさ。それが二人とも変な感触がして、真剣な感じになってるんだよ。不思議すぎて」
ミリーニャの発言に今度はオレがすぐさま答える。
それは二人に任せておくと、余計に面倒なことになると思ったからだ。
それに、その回答はあながち間違っていない。本当に背筋に電気が走ったのだから。
ルクスとロベルトはその回答に対し、あまりよろしくない雰囲気をしていたが、すぐさま話を合わせてくれたらしく、苦笑を溢す。
「ごめんね、変な感じにしちゃってさ」
と最初に反応したロベルトが困った感じで謝る。
「チッ、こんなくだらないことで呼ぶなよ」
そう言って、軽くロベルトを小突くルクス。
二人のその場しのぎの返事にミリーニャは未だに不思議そうな顔をしていたが、
「そうなんですか? 村には結界とか離れていないはずですし、不思議ですね……。何かあるんですかね? 職業的に……」
オレたちの感覚をかするような感じで勝手な結論を出してしまう。
その結論にオレたちは少しだけびっくりしてしまうも、
「そうかもしれないけど、とにかく分からないから気にしないでくれ。なんかあったら教えるからさ」
と言って、とりあえず誤魔化しておくことにした。
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