(9)
あれからどれくらい歩いただろうか?
時間的にはそんなに経っていないはずだった。
そう思うのはオレたちの身体にはそれほど疲労が溜まっておらず、体力的には余裕があったからだ。
しかし、時間が経つのは早いことを空が教えてくれていた。
さっきまでの青空はオレンジ色へと変わり、もうすぐ夜になることを知らせていたのだ。
けれど、オレたちはまだ目的地の村へ辿り着いていない。
「もうすぐ夜かー……。今日はどうする?」
独り言を言っていたかと思えば、オレたちへそんな質問をしてくるロベルト。
それは遠まわしに野宿する覚悟を伝えるような言い方だった。
「野宿以外ないんじゃないか?」
答えたくはなかったが、オレはそう言わざるを得なかった。いや、もうそう言わないといけないことが確定している以上、これ以外の正解はない。
「だな。さすがにこの時間帯に村に着いたとしても、良い宿は見つかりそうにないからな。そもそも、宿があるかどうかも分からんが……」
ルクスもまた野宿することに同調する。
ただ、オレたち以上に先読みをしていることをアピールするような言い方で、村には宿がない可能性があることを知らせてきた。
オレはなんとなく納得いくような気がしたが、ロベルトはその意味が分からないらしく、首を傾げる。
「そうなの?」
「町ならそれなりに大きいだろうが、村ってなると小規模だからな。旅人が村に寄って泊まっていく可能性を考慮してない可能性がある。あったとしてもオンボロ、よくて満室と考えた方が気が楽だろ」
「そ、そうかー……。その可能性あるよね」
「うんうん」と納得し、ロベルトは一人頷き出す。
それ以上にオレは大事なことを思い出す。
「ルクスの言う通りだろうけどさ、一番の問題はオレたちが無銭だから、どっちみち泊まることは出来ないってことだな」
その発言に、ロベルトは「あっ」と今さら思い出したように声を漏らす。
「その通りだな。だから、元々俺様たちに野宿以外の手段はないってことだな」
しかし、ルクスはそのことをしっかりと覚えていたらしく、オレの言葉の後に続くようにそう付け加える。
つまんねぇの。
このことをルクスもまた忘れているような気がしたのだが、そんなことはなかったため、オレは唇を尖らせる。
そんなオレの思惑をルクスは呼んでいたのだろう。
一番後ろを歩くオレに目線を向けるようにして、
「ふんッ。どうした? つまらなさそうだな」
と、鼻で笑うような言い方でオレを煽ってきた。
「別に。なんでもないさ」
それだけですっかり負けた気分になったため、そう返すことが精一杯だった。
不意にそこでクスクスと楽しそうな笑い声がオレたちの耳に入ってくる。
その人物は――ミリーニャ。
「ごめんなさい、思わず笑っちゃいました」
別に謝らなくてもいいのだが、律儀にそこで謝る。しかし、まだ笑い続けていた。
「もっと笑ってやれ。カイルのバカに対してな。考えが甘いっての。なぁ、落ちこぼれ」
ルクスはオレのバカさ加減を笑うことを許可しつつ、それをロベルトにも振って、無理矢理同調させよう試みる。
この会話にはなるべく入らないようにしていたロベルトは少しだけ驚いたらしく、
「え? あ……うん、そうだよね。ルクスくんがそんな大事なことを忘れるはずがないもんねッ!」
とルクスの思惑通り、それに同調した。
が、さすがにそれは悪いと思ったのか、こちらもまた視線だけでオレに、「ごめんね」と伝えてくる。
謝るぐらいなら同調するなよ、オレの味方になってくれよ。
手で「気にするな」と伝えながら、そう思ってしまう。しかし、ロベルトもまたオレとルクスの巻き添えを食らってしまったようなものなので、これ以上責めることは出来なかった。
「だよな。ったく、このアホめ」
ロベルトも味方に付けたことにより、大満足な様子で歩いているルクス。
そんなルクスをどん底に落とすのに時間はかからなかった。
落としたのはミリーニャ。
オレたちの先頭を歩いていたミリーニャは進むのを止め、オレたち全員を見るように振り返り、
「あの……ごめんなさい。わたしが可笑しいのは、皆さん全員に対してですよ?」
と満面の笑みで言った。
は?
オレも、ルクスも、ロベルトもその言葉の意味が分からず、ミリーニャと同じように歩みを止め、その場で首を傾げる。
「えっと……どういう意味?」
考えても絶対に分からないと踏んだオレがすぐにそう尋ねると、
「皆さんが旅人の時点で『宿がないことは分かっていた』ということです」
迷うことなくそう答えてくれる。
「確かにそれは話を聞いてれば分かると思うけど……」
「ですよね? 野宿の話を聞いてるのが面白かったんですよ。だって、わたしもそのことが分かっている時点で、『わたしが住んでいる家に案内してる』という考えが欠如してるんですもん」
「……へ?」
考えるもなにもそんな選択肢が一切なかったため、間抜けな声で反応する以外のことが出来なかった。
それはルクスもロベルトも同じようで、きょとんとした表情をしていた。
「あ……ちなみにもうすぐ着きますよ? 助けてもらったお礼として素直に止まっていってくださいね!」
ミリーニャはそのことに対する拒否権を与えるような素振り一つ見せず、再び前に向き直り、歩き始める。
オレたちはそれぞれに動揺した反応と引き止めの言葉をかける。それはもう必死な様子で。
しかし、ミリーニャはそれを聞く耳一つ持たず、オレたちの意思を無視して、住んでいる家に向かって歩みを止めることはなかった。
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