(8)

 指先がこちらに向いているルクスが、オレに攻撃してきたのだと気付いたオレは、


「いきなり何すんだよッ!?」


 下手をすれば命を奪われかねなかった攻撃に、オレは声を荒げ、勢いよく立ち上がる。


「お前こそ何をしてんだよッ!」


 ルクスはオレの質問に答えようとはせず、逆にオレへそんな質問をしてきた。

 それに同調するように「うんうん」と頷くロベルト。


「は? 何を……って、お前らが口ゲンカし始めたから、それのフォローをしてたに過ぎないんだけど?」

「フォローじゃないだろ? イチャイチャの間違いだろ?」

「なんでそうなる!?」

「フォローに頭を撫でる行為が含まるはずないだろうがッ」

「そこかよッ!」

「そこ以外にどこがあんだよッ!」

「……いや、それは……」


 オレは思わずルクスから視線を逸らす。

 邪な気持ちがなかったのは間違いない事実。そうじゃなければ、ああいう行動自体を気軽には出来ないからだ。

 しかし、二人には視線を外すという行為が、邪な気持ちがあったと判断したらしく、


「酷いよッ! ボクたちがケンカしてる間に、そんな風に女の子とイチャイチャしようとするなんてッ!」


 今度はロベルトまでもが噛み付いてくる始末。


「い、いや……それは誤解だッ! マジで誤解だってッ!」


 慌てて視線を二人へと戻し、必死に弁解しながら、両手を前に付き出して横に振る。

 だが、二人の目はその弁解の言葉を全く信じていない。そんな目をしていた。

 くそッ! どうしたらいいんだよッ!

 どんな発言をしても信じてくれないという結論に至ったオレは、正直お仕置きを受ける覚悟をすることにした。それが、この状況の中で唯一助かる術だと思い込んでしまったからだ。


「えっと……カイルさんが言ったことは本当ですよ……? べ、別にイチャイチャはしてないです……。落ち込んでいるわたしを慰めようとしてくれただけですから……」


 するとすぐ横から、オレを助けてくれる言葉が二人にかけられる。

 慌ててそちらを見ると、右手の手の平だけを立てているミリーニャ。その顔はまだ赤面していた。

 オレが顔を向けたことに気が付いたのか、ミリーニャもまたオレの方へ顔を向けて微笑んでくれる。


「……だ、だよね……。し、知ってたけどさ……」


 ロベルトはミリーニャがここで助け舟を出すと思っていなかったらしく、流れでそう同調してくれた。

 同じようにルクスもまたびっくりした表情をしていたが、ハッとしたように苦笑いを溢しながら、


「そ、そんなの分かってたに決まってんだろ? 今のは俺様と落ちこぼれの仲を良くするための冗談だ。な?」


 今の行為が冗談であることを必死で訴えるように、ロベルトを見る。

 この流れで自分に振られると思っていなかったロベルトは、「え!?」と反応に困りつつも、


「そ、そうだよ。うん、ごめんね」


 状況的に乗る方が得策だと思ったらしく、首を何度も盾に振る。

 なんでバレバレのウソを吐いてるんだ……。

 二人が必死に取り繕おうとしているため、口が裂けてもそんなことを言うことが出来なかった。

 しかし、そんなバレバレのウソがミリーニャに通用するはずがなく、


「冗談でやってもいいことと悪いことがあると思います」


 少しムッとした表情で立ち上がる。そして、オレの方へ身体ごと向けて、


「大丈夫ですか? ケガとかしてないですか? 見習いですけど、回復魔法ぐらいなら使えるので、痛むところがあったら教えてください」


 と心配そうにオレを真剣な目で見てきた。


「い、いや……かすっただけだから平気さ」

「本当ですか? 気を使ってませんか?」

「使ってないって。っていうか、ルクスだって当てるつもりは最初からなかっただろうし……。本当に冗談だと思うから、そんな心配しなくても大丈夫」

「それならいいんですけど……」


 そこで改めて二人に向き直り、一派前に出るミリーニャ。


「ルクスさん、ロベルトさん! カイルさんに何か言うことはないんですか?」


 怒りを露にして、二人にそう尋ねる。

 二人は顔を見合わせた後、


「すまん」

「ごめんなさい」


 謝罪の言葉を口に出す。

 もちろん、頭をしっかりと下げて。


「い、いや……だ、大丈夫だから気にするなって。ケガしてないしさ……」


 ロベルトは素直に謝ってくれそうな気はしていたが、まさかルクスまでもちゃんと謝ってくるとは思っていなかったため、少し驚きながらも、二人を許した。いや、元より八つ当たりがこっちに来たため、それに対する動揺の方が大きく、怒るという感情がなかったというのが本当だった。

 二人が素直に謝罪したことにより、ミリーニャも納得したらしく、


「安易にあんなことしたら駄目ですよ? いい年齢なんですから。善悪の判断はしっかりしないと……」


 と二人に注意の言葉を促す。


「じゃあ、こんなところにずっといてもしょうがないので、村に案内しますね。付いて来てください」


 そして、オレの方へ振り返る。

 赤面した状態で、悪戯しちゃった的な笑みとウインクを一回。

 その表情からから、かわれたことに対しての仕返しの意味と自分が巻き込まれないように先手を打ったのだと気付く。

 あの状況だとミリーニャも変にオレを助けたら、とばっちりを受けると思ったのだろう。

 そんなことはないと思うけど、妥当な判断かも知れないなー……。

 オレたちの付き合いは浅いようで長い。同じ学園にいる以上はどこかで顔は知っていたりするため、こういうからかわれたりすることはあってもおかしくはない。ただ、ミリーニャは初対面のため、いきなりからかわれることはないと思ったのは本音だったが――ミリーニャ自身がこれで納得しているため、変に口を出すことは止めておくことにした。いや、出せなかった。それこそ、またおかしな流れになると思ったからだ。


「ほら、行くぞ」


 後ろから小突くようにオレの肩に当たってくるルクス。

 その表情は怒られたことと謝罪したことにあまり納得していない表情でありながら、少し落ち込んでいるような雰囲気だった。


「あの……ごめんね……」


 遅れてやってきたロベルトは本当に反省している様子で、先を歩く二人を追いかける。


「なんだかおかしなことになったな……」


 木々の隙間から漏れる太陽の光を見上げながら、小さくため息を溢し、小声で呟く。そうぼやいたところで解決することはないと分かっていたが、口に出して言わないと気分的に晴れなかったのだ。

 その後、慌てて三人の後を追いかける。

 また、何かを言われる前に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る