(4)

 彼女は真っ白い服に全身を包み、頭さえも上着に付いているフードで髪を隠しているため、雰囲気から『女性だろう』という予想しかオレの頭には思い浮かばなかった。それ以上にそんな登場をした女の子にオレたちは反応に困ってしまっていたのだから、まともな思考ではなかったのだ。

 けれど、しばらくして助けられた実感が湧いたオレは、すぐに心の中でホッとしてしまう。

 それはロベルトも同じらしく、安堵の表情とため息を溢し、彼女へお礼の言葉を言おうと口を開こうとしていた。

 それはマズいってッ!

 まだ言葉にはしていない。していないけれど、ロベルトが何を言おうとしているのか、その表情で察することが出来たオレは、頭の中で必死に言葉を遮る言葉を探す。しかし、時間が圧倒的に足りず、ロベルトは言葉を紡ぎ出す。


「あ……え?」


 が、それもまた彼女によって遮られてしまう。

 彼女も言葉ではなかった。

 抱きかかえられているカイルから飛び離れると、なぜかオレの後ろに隠れ、自分がやって来た方を指差す。


「なんでオレの後ろ? ていうか、なぜ服を掴むんだよ」


 彼女はギュッとオレの服を掴み、まるで何かに怯えているような感じだった。

 つまり、この時点でオレは何かのモンスターが現れ、戦闘が始まる予感が容易に出来た。

 そして、彼女が指差した方を見ていると、タイミングを見計らったかのように三体のモンスターが姿を現す。

 服の多少の誤差、色の違いなどはあったが装備などは一切変わらない剣を持ったオオカミ男。

 その容姿はまるで本の挿絵などに書いてある通りの姿であり、それが飛び出してきたような感じだった。

 なんか拍子抜けする感じだな……。

 見慣れているだけに、なぜか強そうな感じが一切しないため、オレはそう思ってしまう。

 三体のオオカミ男は標的をそれぞれ選んだかのように、各自がオレとルクス、ロベルトの正面に立ち、それぞれに戦闘態勢に入る。


「ククク……良いストレス発散する相手が現れたじゃないかよ……」


 倒れ込み、そして座り込んだルクスが手で顔を隠しながら、悪い笑みを溢した。


「おいおい、ここでストレス発散とか止めろって。一応、関係ない人いるんだからさ」


 オレがそう言うと、オオカミ男を手の隙間から睨み付けていたルクスは、そのままの状態でオレを見た。瞬間、オレの背筋にゾクッとしたものが走り、その視線には殺気が混じっていることに気が付く。

 それはオレの後ろにいる彼女にも届いたらしく、服を掴む手が一層強くなり、同時に震えが大きくなる。


「うるせぇよ。元はと言えば、元凶はお前だろうかよ。違うのか、カイル」

「はい、その通りです」

「今さら良い子ぶんな」

「はい」


 オレは逆らうことを諦めた。

 その方がオレたちにはメリットがあることを気が付いたからだ。


「ガルル……コロス……テキ、コロス」


 ルクスの目の前にいるオオカミ男がそう言ったかと思えば、手に持っていた剣でルクスへ突撃していく。突撃しながら、ただ振りかぶった剣を振り下ろす単調な攻撃。

 そんな攻撃をルクスが食らうはずがなく、顔を覆っていた手の人差し指をオオカミ男へと向ける。

 その瞬間、オレの耳の中を甲高い炸裂音が耳を通り抜けた。

 これって――。

 その炸裂音の正体を導き出す前に、ルクスに襲いかかろうとしていたオオカミ男が身体からプスプスと白い煙を上げて、その場に倒れ伏す。


「お前なんか中途半端な魔法で十分なレベル。チッ、ストレス解消にも、八つ当たりの対象にもならなかったな」


 座り込んでいたルクスは立ち上がると、制服に付いた汚れを落とし始める。


「さっきのオレたちに攻撃しようとしていた魔法を使ったのか?」

「あ? そうだよ。魔法に必要な詠唱は終わってたからな。あとはお前たち用に威力を抑えるための後述詠唱の途中で、カイルの後ろにいる女に邪魔された。結果、こんなザコ相手に使うにはもったいない威力をプレゼントしちまったわけか……。ムカつくな」


 そう言って、ルクスは倒れ伏しているオオカミ男に近寄った。そして、悪びれもせずにオオカミ男の頭を踏みつけ、ぐりぐりと足を動かす。


「あ、あのさ……死体に鞭打つのは止めてあげてよ。さすがに可哀想だから」


 その行為を見たロベルトが言いにくそうにだが、注意の言葉を促す。


「うるせぇよ。俺様に注意する前にさっさと目の前のザコを倒しやがれ。言っとくけど、助けたりしねぇぞ」

「それは知ってるけど……うん、頑張るよ」


 元より助けを求める様子を一つも見せていないロベルトは、困った笑いを溢しながら、腰に差していた剣を抜き、それを正面に向けて構える。そして、「ふぅ」と小さく息を吐き、キッとオオカミ男を睨み付けた。

 戦闘モードに入ると凛々しくなるよな、ロベルトも。

 普段は頼りないはずのロベルトも、いざという時はこうやってやる気を見せるあたり、勇者としての素質は十分にあるとオレは感じる。

 それはルクスも認めているらしく、「ふーん」と腕を組み、感心していた。


「ザコ、チガウ……。ソイツ、ヨワカッタダケ……」


 ロベルトを狙っているオオカミ男が、ルクスに踏みつけられているオオカミ男を侮辱し、さっきのオオカミ男よりも隙が少ない形で剣を構えた。

 その発言はルクスの眉間に欠陥を浮き上がらせ、


「おい、落ちこぼれ。さっさとそのザコ倒せ。倒さないなら横取りするぞ」


 目障りとでも言わんばかりに、そのオオカミ男にさっき以上の殺気を向ける。


「任せてよ。味方のことを悪く言う奴はボクも許せないから、さッ!」


 瞬間、ロベルトは力強い一歩を踏み出す。その一歩でオオカミ男を自分の間合いに入れると、そのまま首と胴体を一撃で切り離した。


「ナッ……ハヤ……」


 空中で舞っているオオカミ男の口から、そんな言葉が漏れる。


「よくやった」


 一撃で仕留めることに成功したロベルトに、ルクスは素直に褒める。

 ルクスのその一言が嬉しかったらしく、ロベルトは「えへへ」と嬉しそうに笑う。


「今、何が起きたんですか……?」


 ここでようやく彼女が口を開く。

 今の一瞬のやり取りが彼女の理解の範疇はんちゅうを超えていたらしく、不思議そうに首を傾げていた。

 オレたちはようやく喋った彼女の一言にちょっとだけ驚きながら、


「ロベルト、説明頼んだ。オレたちが話すよりも、本人の口から話した方がいいだろ」


 オレは説明するように頼んだ。


「え、あ……うん。そうだね」


 ロベルトはその頼みを素直に受け入れた。まだ驚きの表情を残しつつも。


「ボクのは肉体強化の魔法なの。あっちのルクスくんって言うんだけど、ルクスくんみたいな魔法は使えなくて、自分の実力で勝負するタイプなんだ。今のはそのオオカミ男より早く自分の間合いに入れて、相手が反応するよりも速く斬っただけだよ。速すぎて見えなかったかもだけど……」

「そうなんですか……。だから、見えなかったんですね……」


 納得しつつも、その行動にちょっとだけ彼女は怯えているらしく、スッとオレの後ろの彼女は顔を隠す。

 おいおい、やめてあげてくれって……。

 その行動はロベルトにとってはショックを受けるものでしかないと分かったオレだったが、それはすでに遅く、


「あ、あはは……怖い……よね……」


 倒し方そのものがルクスと違ってスマートじゃなく、乱暴な倒し方であると自覚しているらしく、ショックを受けていた。

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