一章

(1)

 まぶたの上からでも感触で分かっていた光が治まったタイミングで、オレはゆっくりと目を開ける。

 校長がオレたちを包んでいた光は完全になくなっており、オレの視界に入ってきた光景は木や雑草が茂る森の中だった。いや、森と判断したのは勝手な推測だったが、そう認識してしまったのだから、森じゃなくても仕方ないことだと思う。


「小説や漫画じゃ定番っていえば定番だけどさ、しきたりかなにかで別世界に来たら、森の中って決まってんのかね?」


 オレは「はあ……」とため息を吐きながら、後ろ髪をガシガシと掻いた。


「チッ、知るかよ。ったく、いきなりこんな所に送り込みやがって。あのクソ校長め」


 ルクスも目を開けたらしく、ズボンに手を突っ込み、足元になる雑草を邪魔そうに蹴り飛ばしながら愚痴を溢し始める。

 いきなり愚痴を溢すとは思っていなかったオレは、


「なんでそんなご機嫌斜めなわけ?」


 と、その気持ちは分かっているはずなのに、そんな質問をかけてしまう。


「あん? 分かってんだろ? なんで、そんなこと聞くんだよ?」

「……流れで?」

「バカかよ。まぁ、八つ当たりの一環として答えてやるよ」

「八つ当たりは勘弁」

「原因の一つはお前ら。落ちこぼれのこいつがいるだけでも邪魔だって言うのに――」


 そう言いながら、校長に制止をかけていたせいで目を閉じることが遅れ、目が眩んでしまい、早く目を開けようと手で目をゴシゴシと擦っているロベルトを右手の親指で差した後、


「――中途半端な能力しかないお前がいたところで、戦力どころかただの足手まといが増えたってことに苛立ってるんだよ」


 返す流れでオレを人差し指で差すルクス。


「そんな……酷いよぉ……」


 ロベルトはそんな言い方をするルクスに反論するも、ルクスは聞いていないらしく、


「あとは校長の横暴だわ。ったく、こっちはいきなり校長室に呼ばれて、旅に出る準備すらしてないのに、いきなり送り込みやがって。クソッ! 旅に出る支度ぐらいさせろっての……」


 今度は土ごと蹴り飛ばす。

 マジで酷い言われようだよな、オレってば。

 校長室から変わらない扱いにショックを受けながらも、やっぱりルクスの気持ちは痛いほど伝わった。

 なぜなら何をするにしても準備をするのは大事だと思っているからだ。

 泊まり込みで遊びに行くにしても、やはり前もって準備をするのは当たり前のこと。緊急時になった時に用意した物で対処出来るか出来ないかによって、後々大きく変わることだってある。それが別世界で冒険するならば、準備には準備を重ね、その上で五回ぐらい見直したとしても物足りないぐらいなのだから。


「それもそうだけど、ボクなんてどうすればいいのさ。一番大事な物がないんだけど……」


 ようやく目をまともに開けられるようになったロベルトが、一番深刻そうなため息を溢し、肩を落とす。

 そこでオレたちは「あ……」と今さら気付く。


「そうだった。ロベルトは使う魔法の体質上、武器がないと本領発揮出来ないんだったよな」

「うん、そうなんだよね。どうしよう、こんなんじゃ本当に役に立てないよ……」

「結局のところ、目下の目的は二つになるのか?」


 オレは自分の脳では二つしか思いつかなかったことを確認するために、ルクスを見る。

 それは目的を話さなくても、ルクスなら同じ考えまたはそれ以上の目的を思いつくと思ったからだ。

 ルクスは情けない様子でオレを見ながら、両腰に手を当て、


「だな。俺様もその二つしか思いつかん。というより、他に何かあるのか?」


 オレの考えに同意してくれる。が、ルクスの言葉はそこで止まることはなく、


「――そこでなんで首を傾げてるんだよ、落ちこぼれ。さすがのお前だって予想が付くだろ」


 と、ロベルトをオレ以上の呆れた目で見ていた。


「え?」


 オレの視界から外れていたロベルトを見ると、ルクスの言葉通り、きょとんと訳が分からない様子で頭の上に『?マーク』を浮かべていた。いや、実際『?マーク』は見えないけれど、それが分かるぐらいの反応だった。


「ま、待って待って! 一つは分かるよ!? ボクの武器探しに付き合ってくれるってことでしょ?」


 その質問にルクスが「ああ、その通りだ」と答える。


「もう一つが分からないんだけど……他に何かすることがあるの?」

「……冗談はしてくれ。このタイミングで冗談は笑えない」

「ううん、冗談じゃないんだけど……あ! もしかして食料の事? それならボク、食べられるキノコと毒キノコの判別は出来るよ? そこらへんは任せて!」


 親指を立て、そのことを自慢そうに語るロベルト。

 それはそれですごいんだけどな……。

 食べられるキノコと毒キノコの判別が出来ないオレからしたら、十分にすごいことだった。それが出来るだけで、食料に困った時にその知恵を存分に生かすことが出来るからだ。

 けれど、現在いま求められている回答こたえはそれではない。


「チッ、やっぱりお前は落ちこぼれだわ。そもそも、キノコの判別なんて出来て当たり前だ」


 その回答にルクスは容赦なく暴言を吐き、ロベルトに背中を向けた。

 何が違うのか分からないロベルトは、その暴言にショックを受けたようにズーンと落ち込んでしまう。

 オレもまたキノコの判別が出来て当たり前と聞いて、ちょっとだけ驚いてしまうも、それは表情に出さないように気を付ける。これ以上、ルクスの機嫌を損ねると面倒なことになりそうな気がしたから。

 そもそも、それどころではなかった。

 ルクスがロベルトに対して背中を向けるという行為が、ロベルトに正解を教えるつもりがないと読んだオレは、その正解を教えないといけないと気が付いたからだ。


「ロベルト、正解は『この世界のことについての情報収集』だ」

「情報収集?」

「そうそう。食料の問題もあながち間違ってないんだけど、校長のことだからこんな丸腰のオレたちを町や村から遠く離れた位置にはずがないと思う。あくまで予想だけど。だから、食料の問題もあるけど、そのことがオレたちにとって一番大事だろ? 魔王を倒しに来たんだからさ」


 ロベルトはそれを聞き、ハッとした表情になり、そのことに気が付かなかったことに恥ずかしそうに顔を赤める。


「そ、それもそうだよね! ボクもどうかしてた。だよね、この世界について知っておかないとね。うん、キノコの判別なんて当たり前な話だよ!」


 そのことについてロベルトが納得すると、


「最初から気付けよな。キノコの判別が出来ない勇者なんて知らないし、もし居るなら、そいつを見てみたいぐらいだ」


 ルクスは少しだけ機嫌を治したらしく、振り返り、ロベルトに対し、呆れた目で見つめる。


「ごめんね、ルクスくん」


 そんなルクスにロベルトは素直に謝罪し、無事に二人の仲で起きかねない険悪なムードは無事に解決したのだった。

 しかし、オレはやっぱり心の中でショックを受けていた。

 二人がまるでオレがキノコの判別が出来ないことを知っているかのように、なぜかそのことを連呼して来るからだった。


「あれ? どうかしたの?」


 オレの表情がおかしいことに気が付いたのか、ロベルトはそんな心配そうな声をかけてくれる。


「あ? なんかあったのか?」


 ツンツンしていたルクスも、なぜかこのタイミングで気にかけてくれた。

 オレからすれば完全に嫌がらせに近いタイミングだったが、


「いや、なんでもない。あ……いや、そんなことはないかな? 憶測で町か村が近いって言ったけど、確証なんてないじゃん? だから、今日はもしかしたら野宿かなぁって考えたら、少しだけ不安を覚えただけさ」


 ここで場を乱すような発言をしたくなかったため、そう言って誤魔化すことしか出来なかった。

 二人ともそれに「あぁ……」と同意してくれる。

 その時だった。

 まるでこのタイミングを狙ったかのように、オレの目の前にドスン! という重たそうな音を立てて、何かが落ちてきたのは――。

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