佐藤ミクがやりました!

唯乃いるま

佐藤ミクがやりました!



大学受験からの帰り道、少し憂い気な表情をした、ショートカットの少女がホテルのラウンジで、紅茶を飲んでいる。彼女は栃木の実家から、東京に宿泊していた。入試試験が終わり、一息ついていたところで、紺色の制服を着た男性に声をかけられた。



「もしかして、佐藤ミクさんですか?」


そう名前を呼ばれ、男性の顔を見る。男性は警察官だった。精悍な顔立ちを見ながら、ミクは男性を思い出そうとした。しかし、記憶の片鱗にすら引っかからずため息を吐く。

「どちら様でしょうか?確かに佐藤ミクは私の名前です」

「私はこの辺りを管轄している、日野と言います。佐藤さんの話はよく耳にしています!」

元気よく明るく振る舞う日野と言う警察官と対照的に、佐藤は顔を曇らせる。

佐藤は高校生探偵として、その筋の人達には有名な存在だった。しかし、彼女には、その名誉も金銭ですら興味の範疇外だった。

事件は解決すれど、その後のことは興味がない。佐藤が興味を持つのは、事件そのものであり、人の死だった。

薄暗い趣味を満たすためなら、彼女は警察の協力も惜しまない。しかし、ミーハーな人は疎ましいな。そう佐藤は思いながらも、日野を一瞥する。

「それで、日野さん。何かご用事ですか?用事がないならば放って置いて下さい」

「いえ、実はあるんです。用事がーー」

それならば、早く用件を言ってくれないか、と佐藤は目の前の警察官を見る。見つめられた日野は、少し気まずそうに頭を下げる。

日野が言うには、先ほど、部屋の一室で遺体が見つかったらしい。そして、宿泊名簿に佐藤ミクの名があり、日野が探していたのだという。

「それなら、良いですよ。はやく行きましょう?」

「御協力感謝します。と言っても自殺かもしれないんですが。あはは」

「それは、私が決めます」

「ははは……」

日野は乾いた笑い声を上げながら、佐藤をエレベーターまで案内する。彼女自身、自分がトゲトゲしい部分があるのを知りながら、治すつもりはない。生きた体温は嫌いだ。佐藤は常々、人間の体温を好まない。まるで自分の身体を侵食するような感覚に、中学時代から慣れないでいた。特に何か遭ったわけではないが、急に自分以外の体温を受け付けなくなった。しかし、その代わりに得たものもある。そういう状況から、彼女は意識的に人にトゲを向けるようになった。

エレベーターに乗ると、日野と距離をとる。せまい機械仕掛けの箱が、徐々に上がっていくのを、数字番を見ながら確認する。エレベーターは最上階の8階で止まった。室内は暖かく、彼女は身につけたチョーカーに触れながら廊下にでる。

「810号室です。遺体は死後間もなく発見されたみたいです。多分、亡くなって1時間くらいかと」

「それで、どう亡くなってたの?自殺かも、と言うなら首でも絞められたわけ?」

「ご、ご名答です。流石、探偵ですね」

「お世話なんて良いわよ。とりあえず部屋に入って良いかしら」

部屋の前にいる警察官に日野は頭を下げると、部屋の扉を開ける。佐藤は会釈するわけでもなく、当たり前のように室内に入る。

室内は通常のビジネスホテルより広く、被害者の荷物が置かれていた。争った形跡がない、綺麗な部屋を見ながら、天井の高い部屋の真ん中にぶら下がっている背の低い男性を佐藤は眺めた。

手を触れると、ひんやりと心地よい感触が伝わる。

「確かに、一見すると自殺ね、でも妙じゃない?」

「妙というと……なんでしょう」

「被害者の身長ってどれくらいかしら」

「150位ですかね、かなり小柄な男性みたいですが、それが何か?」

「何かじゃないわよ。日野さん」

ため息を着くと佐藤はベッドの上に立つ。佐藤は自身の身長が155cmなのを知っている。そして、彼女とロープの感覚は、ジャンプしながら吊らないと首にかからない。しかも台になるようなものは、遺体の周りには無かった。

「つまり、死ぬにしても、何回もジャンプして死ぬなんて無理があるんじゃないかしら」

そう言いながら、何度かベッドの上を跳ねる。やはり、首にかけるのは難しい。

「第一発見者はどこにいるのかしら」

日野に向かい、そういう。彼は少し待っていて下さい。というと、部屋を出て行ってしまった。遺体を眺めながら佐藤は遺体の場所にも疑問を抱いた。背がたらいなら浴室でもなんでも構わないはず。それ以前に殺人でも、なんで此処まで高い位置に置く必要があったのだろう。靴も片方が脱げている。自殺であるなら、靴を履く必要がそもそもない。彼女は遺体を堪能するように触れながら、ポケットの中などに遺書がないか調べる。遺書らしき物はなく、千切った小さなパンの切れ端くらいだ。

「なんでこんなものが入ってるの?汚いわね」

千切られたパンを元の場所に置く。それにしても、ひとり旅にしては荷物が多い。もしかしたら2人旅なのかもしれない。そう思いながら、荷物を漁り始めると、日野が戻り、慌てた様子で止めにはいる。

「何やってるんですか。佐藤さん。まだ現場保存しないといけないんですよっ」

「そんなことより、第一発見者さんは?」

「そんなことってーー」

日野は頭を掻くとため息を吐く。そして後ろに立っているホテルマンらしき男性が会釈をした。男性は柚木健と名乗り、遺体を発見した際の状況を説明し始めた。このホテルでは10階のみ、ビジネスホテルよりも、豪華な雰囲気にする為、ルームサービスが届けられる。そのルームサービスの飲食品を戻す必要があり、電話を掛けても出なかった為、直接来たらドアが少し空いていた。そして、声を掛けたのだが応答がなく、入ってみたら既に亡くなっていたと言う。

「その時に部屋をいじったり、ぶつけたりはしなかった?」

「食器を下げる用の代は入りましたが、ぶつけてはいませんよ。発見した後、慌てて台を持って、フロントで警察を呼びに行きましたけど」

「そう……」

こんな簡単なトリックにもならないものに、何故、日野は気づかないのだろう。佐藤は、日野を少し侮蔑しながら、第一発見者の柚木の矛盾点に触れるかどうするか考える。しかし確証はないが、もし、もう1人いるなら、下手に柚木を刺激するのは、得策ではないと踏んだ。佐藤は柚木に向かう。緊張している彼の目は、不安と後悔に濁っている。

「もう仕事に戻っていいわ」

佐藤はそう言って、柚木を退席させると、今度は日野の目を見る。目を見られた瞬間、日野は怯んだ様子だった。

「怖がらないでくださいよ」

「いや、そう真っ直ぐに目を見られるのは、なかなかね」

「まぁ。いいわ。この事件は殺人よ。そしてあの柚木って人が犯人ね」

「は?え?」

日野が何を言ってるんだと言う顔で佐藤をみる。佐藤は察しが悪いのね。といい、遺体と不釣り合いなロープの長さ、そして、柚木の明らかな矛盾点を日野に知らせる。彼女は、宿泊名簿以外で、遺体が誰かと来ていないか確認するように伝えた。

鑑識が到着すると、佐藤は煩わしそうに部屋から退室し、エレベーターへ向かう。そしてエレベーターが到着すると、彼女が向かったのは地下にある駐車場だった。

駐車場に監視カメラがないか確認をしたが、出入り口部分にしかなく駐車場内を撮影するカメラはなかった。

チッと舌打ちをしながら佐藤は周囲を観察する。隠せるとしたらこの辺りだろう。ふらふらと駐車場を歩いていたが、これといって収穫はなかった。もしかすると従業員用の駐車場があるのかもしれない。彼女はそう思い、ホテルのフロントに向かう。

「日野刑事のお手伝いをしてるのですが、お話を伺っても良いですか?」

受付の女性にそう言うと、女性はフロント内にある事務室へと案内された。そこには既に日野がいる。日野は従業員に被害者の話を聞いていたようだ。こちらに気が付くと、日野は佐藤が探偵であるという事を伝える。

従業員の話によれば、被害者は女性と付き添いで来ていたらしい。しかし、女性は特に泊まる訳では無く、直ぐに戻ると言ったので特に気にしていなかったと、受付をしたホテルマンが言った。

「本当はやってはいけないことなんですが、常連の方でしたし強くは言えなくて」

「その女性の名前は聞かれなかったんですか?」

「刑事さん、宿泊されない方のお名前までは……流石に聞けないですよ」

「それで、その女性が出たのは誰か見たのかしら」

「いいえ。私はその後、昼休憩だったので見ていません。多分、他のホテルマンに言われても解らないかと思います」

「常連ってことは、あれですかね。その女性もよく来ていたんですか?」

「ええ、はい。良くいらっしゃってましたよ。見た目的にも夫婦に見えたんで特に気にしてはいませんでしたね」

「夫婦。と言うよりも不倫じゃないかしら。夫婦なら出張でも相手の家に行けば――」

「その辺りは、アレだよ。佐藤さん、大人には大人の事情がある場合もあってだね」

日野は少し冷汗をかくようにして、佐藤の言葉を遮った。どうやらマズイことを言ったらしい。彼女の周りの空気が、心地よい感じに冷たくなっている。被害者の身元から婚姻関係を洗い出して、妻子がいるのならその写真を見せれば解る事だろう。そう彼女は思いながら、何故、周りが凍り付くのかが理解できなかった。

「それはそうと、一つ聞いても良いかしら」

「は、はい」

「ここのホテルは従業員用の駐車場があったりしない?」

「ありますけど……それがどうしましたか?」

「日野さん、悪いけど一緒に来てもらえるかしら」

「ああ、構わないけど、駐車場になにかあるのかな。あるとは思えないんだけど」

そういう日野を無視して、佐藤は従業員同伴の元で専用駐車場に向かった。駐車場は、ホテル利用者専用の駐車場の下にあり、エレベーターの階を押すボタンの下に鍵付きで隠されていた。地下2階に到着すると、そこは利用者専用の駐車場よりも幾分汚く狭かった。

薄暗い駐車場内に、排気ガスのよどんだ空気が臭う。

「柚木さんの車はどこかしら?」

「え?柚木って柚木建の車ですか?それでしたら、あちらですよ」

従業員が指を指すと、そこには一台の黒い乗用車があった。佐藤が指さされた車の方に行くと、続くようにして日野も後を追う。彼女は車間スペースをみながら柚木の車まで到着すると、今度は地面を見みながら戻ってくる。

「隠せる場所は、そこしかないものね」

そうポツリと吐き捨てるように言うと、彼女は日野に柚木を捕まえるように話す。

少し納得のいかない柚木をせっつかせるようにエレベーターに押し込む。ちょうどフロントに到着すると、目の前に柚木の姿があった。焦っているのか、慌てた様子だ。

「あら、柚木さん。丁度いいところに――地下2階に一緒にきてくれません?」

そう声をかけた瞬間、柚木はビクリと体を揺らした。自分の失言に気づいていたのだろうか、柚木もまた地下二階に行こうとしているようだった。

逃げようとする彼を日野が止める。そして、そのまま四人で地下二階に行く事になった。

ゆっくりと降りるエレベーターを柚木は眺めている。その額には大量の汗が流れていて、佐藤にはそれが既に、私は犯人です。と自供しているように感じる。

地下二階に到着すると、柚木は日野に連れ添われて彼の車の前に来る。

「それじゃあ柚木さん、その車のトランクを開けてくれます?」

そう言うと、柚木は重たい息を吐き、トランクの扉を開ける。そこにあったのは女性の絞殺遺体だった。そして、その近くには被害者の男性にも使用されたロープと同じだった。

日野は一瞬驚き、無線で応援を呼ぶ。柚木は項垂れたまま固まっていた。

「その女性は、柚木さんの奥様ですよね?」

佐藤がそう言うと柚木は無言のまま頷く。今にも泣きだしそうな男をみながら、彼女は誰にも見られないように、口元をいびつに歪ませる。

「貴方は不倫に気づき、不倫現場を押さえようと思った。でもいざ、不倫現場に行ったら何も考えられなくなってしまったのでしょう。それでこの二人を殺してしまった――と」

「そうです。そうなんです、私が殺しました」

佐藤は日野に聞こえないように、柚木の耳元に近寄る、柚木は拒むこともなく、ただされるがままだった。

「それで、貴方は死んでくれるのかしら?」

その言葉を聞いた瞬間、柚木は持っていた鍵を使って止める間も無く車に乗り込み、エンジンをかけた。佐野は距離をとるように下がり、入れ替わるようにして日野が車を止めようと柚木の座るドライバー席を叩く。

しかし、柚木の目は焦点が合わないまま、ブツブツと何かを言いながら車を急発進させた。

柚木の車は他の従業員の車にぶつかりながら、そのまま壁に衝突する。

軽い爆発音と共に燃え上がる車を見ながら、佐藤は綺麗だと思った。

しかし柚木に連れられてその場にいることは出来ずに三人で避難することになった。

それからは救急車や消防車を呼ぶ騒ぎになった。事件は容疑者死亡のまま幕を閉じる。


佐藤は栃木県にある実家でそのニュースを見ながら、思う事が多々あった。

今回は、急すぎてちょっと矛盾点が多かったわね。でも警察官が馬鹿で助かったわ。そう思いながらほくそ笑む。

彼女には特殊な能力があった。それは、人を操る能力。それを使って彼女が望むのは地位でも富でもなく、ただただ、彼女にとっての悦だけだった。

その為なら、人の死に動く感情はなく、むしろ彼女の中では人の死こそが、その人の幸せに繋がると考えている。

今回の柚木の妻が彼女にぶつかった事で、彼女の怒りをかった。そして、彼女は遺体の被害者を柚木の妻に殺させ、その後、乗り込もうとした柚木に妻を殺させた。ただ、殺すだけではつまらないと感じた彼女は柚木にトリックを考えさせたのだが、余り佐藤にとっては満足のいくものではなかったようだ。

「次は日野刑事に殺人鬼になってもらおうかしらね」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

佐藤ミクがやりました! 唯乃いるま @tadano_iruma

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ