佐野アキの解決しました!

唯乃いるま

佐野アキの解決しました!

佐野アキが事務所で何処かに携帯電話を使っている。電話をかけ終わると。女性の依頼人が目の前で涙ながら入ってきた。良くある光景だとアキは思いながらも、真摯な姿勢で依頼人の女性を迎え入れる。簡素な事務所の中で、彼女と依頼人はテーブルを囲った。

泣き止むのを待ってから依頼内容を聞こうとアキは考える。長椅子をお互いに、前のめりになって座った。座る際に依頼人へ出したお茶は、既に冷たくなっている。もったいない――。そう思いながらも、目の前で泣いている人に彼女は高校の制服姿で頷く。学校が終わり、探偵としての活動をする洋服は持っているものの、今回は時間がなかった。依頼人である≪鈴木ユリ≫が泣き止むのを待ってから、今回の依頼の話になる。但し、アキの依頼は特殊で、絶対条件が3つあった。


1つは彼女の事を絶対に信じること。


2つ目には何が遭っても、気にしないこと。


そして最後は料金は全額先払いで、返金は一切受け付けない事だ。


この三つの条件を予め呑む人以外の依頼は絶対に受けないと、彼女は常日頃から決めている。特に三番目の条件は、貯金を趣味にしているアキにとって絶対だった。少しでも渋るようであれば、彼女の冷徹な部分を見ることになる。幸い、今までその姿を見た者はいない。


当然、目の前で子供のように泣くユリにも、来る前にメールで、同じ条件を突き付けてある。彼女は藁を掴む思いで、この探偵事務所に来たのだろう。返金不可、絶対に信用しろなど、よほどの人でなければアキを頼ることはない。しかし、アキ自身は噂程度にしか関知していないが、どうやら彼女の不可思議な力は、少しずつ噂になり、一部では都市伝説となっていた。


アキの耳にもその噂は入る。依頼内容は、依頼者側から口外不要とは言っていないし、仕事でお金が増えるなら良しとしよう。それが彼女の考えだ。


依頼人が泣き止むと、ポツポツとその時の事を語る。



「あの日は――雨が降っていたんです。酷い雨で、それでも、私は彼が出かけるのを止められなかった」


「あの日って言うのは何日ですか?ああ、あと出来れば詳細な時間も教えてください」


「え。ええと、今月の26日です。時間は、確か午前3時です。出ていった後に時計を見たので、間違いありません」


「解りました。それでは続けてください。彼に何が遭ったのですか?」


「彼は私の我儘を聞いて、コンビニに行く途中でひき逃げをされたんです」


「なるほど。コンビニまではどれくらいかかるのですか?ぶつかった場所の写真は持ってきましたね?」


「え?コンビニまでですか……500mくらいなので数分だと思います。それで、私はしばらく経っても帰らない彼を、不安に思い出ていくと、既に……彼は」


そう言うと、思い出したかのようにユリは顔を俯けて、また泣きはじめる。手に持っている彼のぶつかった電信柱がより悲壮感を煽ったのだろう。

アキは壁にかかっているカレンダーに目をやり、その日の夜中に強い雨が降っていたことを思い出す。


依頼人の記憶が正しいことを確認して、視線を依頼人に戻した。



「警察は、車両を探しているとは言いましたが、雨風のせいで証拠品も目撃者もいないと現状は厳しいといってました。それでも亡くなった彼を轢いた人間が野放しになっているのは許せなくて」


「それで、私の所に来た。という訳ですね」


「はい。噂で聞いて。その、佐野アキと言う探偵には不思議な力があるって」


「あー、まぁ、その話は置いておきましょう!早速、ご依頼を受け付けるにあたって、3つの条件はご了承頂きましたよね」


そう言うと、ユリはアキに向かって少し分厚い茶封筒を差し出した。アキは差し出された茶封筒を受け取ると、中身の現金を確認する。



「これで後、5760万……」


そう独り言を呟くアキを、ユリは涙目になりながら、怪訝な様子で見ている。アキには5年で1億円貯めるという目標があった。もうじき三年目になる探偵家業で、彼女の目標は大きく前進している。



「こちらの話です。ちょっと金庫に入れてきますね」


そう言うと、アキは立ち上がる。そして茶封筒のままで、金庫に入れると厳重に扉を閉めた。これで、依頼は完了する。アキは依頼人の元に戻ると、簡単な契約書の紙に、住所と氏名を書いてもらった。それと事故の資料を受け取り、彼女はまっすぐに目を向けて、ユリに言い放つ。


「これで、事件は解決しました――」


その一言を受けた瞬間に、アキを取り巻く全ての空間が、彼女だけを残してひとりでに動く。その空間は、まるでビデオテープを逆回転したように動き、紙に書かれた日にちで止まった。


その日にちは今月の26日。

依頼人の恋人が車にひき逃げされて亡くなった日。


アキには特殊な能力があった。それは、第三者との約束でしか発揮されないものだが、第三者と約束する事によって、その日に戻ることができる力だ。

この特殊能力に気づいたのは、アキが中学の頃に階段から落ちて、陸上部の大会に出られないと、友人のために泣く同級生を慰めていた時だった。


なんとなく、アキは「私が時間を戻して、解決してあげるよ!だからチョコ頂戴?」と冗談を言ったのが切っ掛けだった。同級生は泣きながら苦笑いをし、励ましてくれたお礼にとチョコを差し出した。


その瞬間に、アキの周辺は変化した。そして、同級生の友人が階段を滑り落ちたであろう日にちに到着すると、混乱する頭のままで、同級生にその友人の話をする。そして、転びそうになった同級生の友人を助ける。その代りに、同級生は転んでしまい、足を骨折する羽目になった。それから、そのままの戻った時間を過ごしながら、同級生が彼女に相談した日時になると、瞬間的にアキが元々いた空間に投げ出される。涙目で階段から落ちた友人を気遣う同級生に、アキはその友人に連絡を取るように伝えた。すると不思議なことに、同級生の友人は怪我をしていない。しかし、その瞬間、友人の足の骨が折れ大騒ぎとなった。


結局のところ、アキが何回か試すうちに理解できたのは、この能力は第三者との契約を元に、アキだけが時間を戻る。身に着けたもの、持っている物は消えない。起った事柄は代えられないが、第三者が請け負うか、起った事柄を軽くすることは可能らしい。

それは一度、事故を未然に防いだ結果、翌日にまた依頼人の遺族が事故に遭い亡くなるということがあったからだ。


≪事故に遭う≫という事象は、依頼を受けた時点で確定しているので、それを無くすことは不可能だと知った。今回のひき逃げ事件でも、依頼人の恋人には事故に遭ってもらう必要がある。その上で、死なないようにして、かつ、犯人の車をポケットに入れた写真で撮影する必要があった。


そう考えていると、いつの間にか先ほどまでいた事務所から、アキの住む実家に戻っている。外は暗く、既に深夜のようだ。時計を見ると、26日に丁度なったところだった。確か、今月の26日に彼女はネットで暇つぶしに、内職をしているところだった。そう思い返して、手に持っている用紙に記載された、依頼人の住所を調べる。聞き覚えのある住所なので、そんなに遠くではないはずだ。アキはパソコンから、自宅と依頼人の家までの道のりを調べる。そして、彼女の学校に通う近所だと知ると、その服のままコートを着込んで外出した。


自転車にまたがり、颯爽と深夜の街並みを走り抜ける。彼女の通う聖ヨセフ高等学校を抜けて、依頼人の住む場所まで到着した。時間を見るとまだ1時にもなっていない。

依頼人の言う近くのコンビニに自転車を置くと、コンビニでお茶を買う。

ここからは依頼人の情報を照らし合わせていく必要がある。依頼人から貰った事故現場の写真を、探しつつ。体が冷えない様にお茶を啜る。


しばらくすると、まわりの明るさこそ違う物の、依頼人の恋人が頭をぶつけたであろう場所が見つかった。次にする事は、被害者の男性にいかに、死なない程度の怪我をしてもらうかだ。


考えているうちにポツポツと雨が降り始め、アキは慌てて雨合羽を身に着ける。

この時間であれば人気も無い。周辺はオフィス街のようで静かだ。衝突音を聞いて慌てて見るというのは難しいだろう。案の定、どのオフィスも電気が消えている。

アキはオフィスの一角で雨宿りをしながら、どうしたものかと考えた。



「私が被害者のクッションになるのは御免だし、かといってクッションになりそうなもの――」


視界がだんだん悪くなっていく。アキはオフィスに何かないか考える。この際、段ボールを積み上げておくだけでも充分効果がある。なんとか入れないものかと考えていると、

敷地を囲うように回る通路があった。


雨に打たれながらそっと忍び込んでみる。雨は次第に強まって、目の前が見られないくらいになった。



「こうなると、設置はらくだろうけど。犯人の車両を撮るのはむっずかしいかなぁ」


そうブツブツと言いながら、オフィスの裏手に周る。そこには廃棄と書かれた文字と共に

色々な物が分別されて置かれていた。

この雨だと段ボールで……ってのは難しいなぁ。アキはそう考えながら、彼女が屋根付きのゴミ捨て場を漁りはじめる。

そして、ゴミに埋もれる中で、丁度いいものが有った。それは宿営室にでも使われていたのだろうか、使い古された布団と、いくつかあるマスコットキャラクターのぬいぐるみだ。

そして、段ボールを結んでいる紐を、ポケットから取り出したハサミで切る。そして、また誰にも見つからないようにゆっくりと出た。


都合の良いことに、この雨でしかも深夜であれば、見つかることはまずないだろう。

そそくさと雨の中を移動すると、アキは被害者が、ぶつかるであろう電柱に布団とぬいぐるみを紐で巻く。


これで取りあえず被害者は亡くならないだろう。亡くなってしまったらしまっただ。犯人の車両さえ手に入れば、実質の問題はない。



「取り敢えず時間が来るまでの間は何処かで雨宿りをしよう」


丁度いいところにマンションの入り口を見つけると、アキはマンションの入り口に入り待機した。


午前二時半――。雨風はより強く、視界を遮る。

そして、三時を過ぎた後だろうか、一人の男性が出てくるのが見えた。

通話しているらしい。気づかれないように少し迂回しながら、彼の後ろに回る。しばらく待つと、車の音が聞えた。


雨風にのった黒い車を影に隠れて連射しながら撮る。

カメラにはバッチリと車体とナンバーが映る。しかも、今回は雨の中だというのに、車の中にいる人も見えた。



「なるほど。そういうことですか」


意味深に彼女は衝突音を聞くと、手持ちの携帯電話から警察に通報した。警察は直ぐに救急車と共に到着するようだ。男性の様子を見に行くと、男性は意図したとおりにクッションにぶつかったようで、布団とクッションがへこんでいる。


「いきてますか~?」


手を被害者の口に当てると、気絶はしているものの息がある。怪我も見た目としては問題がないのだろう。

そして、犯人の車は停止することなく、進んでしまった。しかし、アキはその姿を追う事はなく見送る。しばらくすると、救急車が到着し、男性が運ばれた。

運ばれる際にうめき声が聞こえたので「まぁ、良いかなぁ」と呑気に彼女は考える。

その後、到着した警察に話を聞かれる。当然、アキは第一発見者として話をする事になるが、車の特徴は言ったものの、写真や誰が乗っていたか話さなかった。


――それから数日の日にちが流れる。

彼女は事務所の中で警察に電話していた。電話を切ると彼女はため息を吐いて席を立つ。

部屋を移すと、ドアを開ける音がする。そして、依頼人の鈴木ユリが泣いていた。そうそ取り敢えず契約までの間は話を聞く。そして、契約が完了したところで、アキは元の時間に戻った。



「これで、事件は解決しました――」


アキはにこりと鈴木の顔を見る。そして、そこ後に言葉をつづけた。



「何故、犯人である貴方が依頼をされたのですか?」


「な、なにを言ってるの……」


あからさまに狼狽える鈴木を尻目に、彼女は笑顔のまま写真を印刷したものを手渡す。

そこに映っているのは、鈴木自身が運転するあの日の写真だった。



「どうして、この写真を?」


「私、実はあの日、あそこにいたんですよ。第一発見者です」


「そんな、じゃあ初めから知ってて?」


「そんな事はないんです」


アキはにこりと笑うと、トントンと扉をたたく音が聞える。



「どうぞ――」


そう言うと紺色の制服を着た警察が数名やって来た。アキは警察官に彼女の写真を渡し、彼女が犯人であることを伝える。



「あ、ドラマみたいに泣き崩れたり、動機の話はしなくていいんで」


彼女は微笑みながら鈴木ユリを見送った。その後の警察官の話では、彼女が警察に電話した後に被害者は眼を覚ましたのだと言う。奇跡的にも誰かの悪戯のおかげで助かったのだと警察ははなしてくれた。

アキはそれを興味なさげに聞くと、金庫の中にあるお金を取り出し銀行へと向かった――。

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