斎藤ユキにまかせなさい

唯乃いるま

斉藤ユキにまかせなさい!

テレビのガラス越しに映る字幕、映画であれば、そこには台詞が入るのだろう。簡素な自室のソファに体を任せながら、斎藤ユキはうんざりした表情でテレビを見る。彼女の綺麗に染め上げられた金髪は、彼女の顔をより映えて映し出していた。しかし、今は眉をしかめて、企業の謝罪会見を見ていた。朝早くから、責任者が謝罪をする下には、その言葉と裏腹に<なんで俺が頭を下げなきゃならんのだ>という字幕が現れる。勿論、実際の放送ではそんな字幕はない。ユキがこの字幕に気がついたのは、中学生の頃だった。はじめは窓ガラスに映るクラスメイトをなんとなく眺めていたのだが、彼らが話すたびにガラスの下に文字が浮かぶ。繰り返すうちに文字はハッキリとして、それがクラスメイトや先生の本音だと気付いた。はじめは驚き、次に彼らの心に落胆し、最終的に吹っ切れた彼女は、探偵になる事をノリで決めた。決めてからは早かった。ブログにSNS、なんでも利用して宣伝をする。いつの間にか、ちらほらと顧客が増えていき、最終的にはノリだったのが本業になった。今では伊達眼鏡を使って、本音を知る知らないの切り替えも出来る。これは私に与えられた才能なのだと、今は折り合いが付くようになった。

ニュースを消して、パソコンを立ち上げる。

「今日は何かきってるかなー?」

ユキはメール画面を立ち上げると、中小企業の人事部だと名乗る男性から、依頼のメールが届いていた。<新入社員の身辺調査をして欲しい>という依頼だった。最近、浮気調査ばかりだったユキにとっては、気分転換にもってこいな話だった。

さっそく面談の予定を組むと、向こうは急ぎな様子だ。

「今日ねぇーー別にいいけど」

その会社はバスで行ける距離にあった。さっそく仕事用の目立たない服装に着替え、目立たないナチュラルメイクをする。鞄には名刺を入れて、伊達眼鏡がケースに入っているのを確認すると、彼女は急いで依頼主の指定した会社へと向かった。

探偵業を行ううちに、彼女が学んだのは依頼主の気が変わらない内に早く会うことだ。中には面接前にやめてしまう人もいる。だからこそ、早々に会って契約してしまうのが、時間に無駄がない。

到着すると、その会社はプログラミングを主に行っていた。静かなオフィス内に響くのは、キーボードの音だけで、ユキはたじろいた。

受付らしき正気のない女性がユキをじろじろと見る。

「先ほどご連絡頂きました、探偵の斎藤ユキです……ええと、人事課の方はどちらにいますか?」

「あぁ、貴方が。ふぅん」

あからさまな態度にユキは少しムッとするが、金髪の若い、しかも女性というのは珍しいのだろう。大体は引くか異色の存在を見るような目をされる。

受付に案内され応接室に通される。席に着くと、ユキはさっそく鞄から眼鏡を取り出してかける。

依頼主が隠し事をしているのは良くあることで、特に金銭面はわりと油断ならない。

しばらくすると、ユキと同じ位の年齢だろうか、茶髪の男性が入ってきた。

「失礼します。メールを送った神崎です。貴方が、斎藤さんですよね」

「はい。本日はご依頼頂きありがとうございます」

SNSに写真を出しているせいか、神崎と名乗った男性は、ユキに驚くことなく名刺を差し出す。ユキも慌てて立ち上がり名刺を渡すと、「さっそくお話をしていいですか?」と座りながら資料を渡しはじめた。ユキも慌てて座り、資料に目を通す。人数は3人らしく、さえない若者の顔が並ぶ。

「料金の話なんですがーー」

「確か前金で15万ですよね。それに関しては此方に」

「あ、どうも。なんか、手際がいいというか、慣れてますね」

そういうと、神崎は少し照れるようにわらう。眼鏡の字幕には、<他の探偵のやり取りをすっぽかして断られたんだよねぇ>と表示される。

なるほど。わりといい加減な人なのか。ユキはそう思い、作り笑顔をする。とりあえず、そのいい加減さに今月の生活費が救われるわ。と言うのが彼女の本音だ。

「遂行後の料金とその他の諸経費は後ほど請求いたします」

「はい。あぁ、あと。聞いた話なんですけど、斎藤さんって人の心が読めるんですよね?」

「はい?言ってる意味がわからないんですが」

「いや、だから。何考えてるかわかるって聞きましたよ」

「あはは。それが出来たら苦労しませんよ」

まぁ。出来るんだけどね。そう心でいうと、神崎も「ですよねぇ~」と、笑いながら言った。心も同様に思っているのが、眼鏡越しに読む。

依頼を受け付けると、ユキは早速行動に出た。

依頼は1人5日ほど、ネットなどを含めた調査だ。

3人とものSNSを見ながら、彼らが企業へのクレームを行いやすい体質か、性格的に問題がないか調べることだった。どうやらこの3人のうち、1人を採用する予定らしい。

ユキはSNSを巧みに探すと3人中2人はなんらかのSNSに登録していた。

しかし、その内の1人はアルバイト先であろうか、バイト先の食品で遊ぶ画像を上げている。

「いや……これは厳しいよ、うん」

画像を印刷して、性格的に難ありと記載。

もう1人は、問題のある写真はないものの、SNSの履歴を遡るとよくズル休みをして、アイドルのイベントに行っていると言う発言が目立つ。

「あのさぁ……なんでわざわざ不利になる事を言うかなぁ」

この人も同じく印刷しておく。2人に関しては、実際に調査するまでもなさそうだ。

ため息をつきながら、ユキは最近の若者を憂う。私も年は変わらないけどね。と気付いたように笑う。

2人分の画像を人事課の神崎に送る。多分、この2人はこれで完了だろう。案の定、しばらくするとこの2人に関しては完了で構わないと言われた。

「残るは……1人か。はやっ」

資料を見ると、冴えない顔をした男性の写真付き履歴書と目があう。

来年大学を卒業するのだろう。やせ細った体と、やや鋭い目が印象に残る。

「プログラマーなのに、SNSやってないのかな?むしろ、プログラマーだからこそ知られないようにしてるのかな」

厄介だなぁ。そう考えながらユキは資料に書かれた、名前に目を通す。

「川崎充くんね……。純朴そうな感じだなぁ」

氏名を調べても、名前に何も出てくる事はない。当然、犯罪歴も何もない。

これなら後5日は密着するしかないかな。そう考えを切り替えて、ユキは自宅と川崎の家までの距離を調べる。どうやらそんなに遠くはない位置にあるようだ。

とりあえず家の様子でも見てくるか。そう思いユキは彼の住む場所に出向いた。

夕暮れになる頃には、すでに彼の住んでいる場所に到着する。

近くの公園から、彼の住んでいるアパートを見ると、既に帰っているのだろう。窓から明かりが見えた。

しばらくして、明かりが消える。

「ん?買い物かな?」

公園からアパートの入り口に行くと、川崎がちょうどアパートから出てくるところだった。

服装に華美はなし……というか近場でもスウェットはないんじゃないかなぁ。とユキは思いながら川崎を尾行した。川崎は特に気づく事はなく、むしろその姿はパニックでそれどこれではなさそうだ。

ユキは咄嗟に眼鏡をかけてみる。彼の声は聞こえないものの、ひたすらと<どうしよう>と繰り返していた。

「何か遭ったのかな?」

ユキはそう思いながら、他の人の心を読まないように集中して川崎をみる。

彼は家から少し離れた公園に着くと、公園を挙動不審気味に歩き回っていた。気づかれないように、携帯を弄りながら彼をチラチラと見る。

その時、不穏な文字が眼鏡の下に浮かび上がった。<どうしよう。まさか死んでしまうなんて、殺してしまった>

「は?!」

思わず声が出てしまい、咄嗟に携帯を耳に当てる。「どういうことなの?」と、まるで電話先に人がいるかのように振る舞う。川崎は一瞬ビックリして此方をみるが、<電話かよ。驚かせやがって>と眼鏡のレンズ下に表示させると、何も言わずにベンチに座った。

ユキは一度通り過ぎると、一周するようにして、川崎の家に向かう。

「もし、殺人なら……素行調査どころじゃないよねぇ」

少し急ぎ足になりながらも、川崎の部屋の前に着くと、ドアが開いていないか調べる。

残念な事にドアは鍵がかけられていた。郵便口から中を調べようとするも、よく見えない。

「警察に通報は……まだ無理ねぇ」

鍵が開いてればドアが開いてた事にできたのだけど。と、ユキは少し悔しそうに思う。

「仕方ない。張り込むだけ張り込んでみよう」

そして、ユキはアパートの一番上から周りを調べた。駐車場を置くスペースはなく、近くに駐車場もなさそうだ。

これなら遺体を車で運ぶのは難しいだろう。公園で川崎の帰りを待つと、川崎は日が沈んでから帰ってきた。

どうするのだろう?川崎の部屋を眺めながら彼がどうするのかを見守った。

「自首するなら、早くしてね」

と誰もいない公園で漏らす。

程なくすると、川崎の部屋の電気が消えた。

それを見届けると、ユキはまたアパートの入り口を見張る。すると黒いゴミ袋とスコップを片手に周囲を警戒した川崎が現れた。

咄嗟に物陰に隠れたユキは、まさかバラバラにしたのかと驚きを隠せなかった。距離を開けて尾行をする。

彼の心は埋めるしかないとひたすらに書かれていた。

彼はまた公園の中に入ると、そのまま茂みの中に消えてしまった。

どうするか……いつでも警察に通報できるように携帯をもち、茂みから出てくるのを待った。

しかし、待てどくらせ出てこなかった。流石に気になったユキはそっと茂みのなかを覗く。

川崎らしき男性がうずくまっていた。

「大丈夫ですか?!」

思わず声をかけてしまった。川崎はビクッと一種身体を震わせると、恐る恐る此方をみる。

その顔はーー泣いていた。号泣し、鼻水まで流している。<見つかってしまった>眼鏡にはそう書かれていた。

ユキは軽く混乱しかかりながらも、通行人のふりをして、さも今来たように話しかける。

「な、何か遭ったんですか?警察呼びます?」

「え……は?いや、大丈夫ですよ?」

「とても大丈夫には見えないですけど」

「実は大丈夫じゃないんです」

「やっぱり、警察を呼びますか?」

「え?いや、警察は良いです。もしよかったら話を聞いてくれませんか?」

ユキは頷くしかなかった。彼は心が読めないほど、感情が乱れていた。

彼女は川崎をベンチに座らせると、携帯を片手に話を聞き始めた。

「インコを飼ってたんです……それが、亡くなってしまって」

「え?」

眼鏡には<自分がインコを死なせてしまったんだ>という文字が出る。

あぁ。私は勘違いしてたのか。心の声が見えたせいで、ペットが死んで悲しんでる彼を、殺人犯にしてしまった。ユキはそんな自分が恥ずかしくなり、ただ彼の話を聞いていたーー。

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