林の中で

 とある夏の山の中、一人の初年が林道を歩いていた。半袖半ズボンに麦わら帽子、手には虫取り網を持ち、小さな虫取りカゴを紐で肩に掛けていた。

 道の左右には高々と雑木が伸び、その間を縫うようにクズやヤブガラシが所狭しと生い茂っている。大音量の蝉の鳴き声を浴びながら、少年はその林道を進んでいた。

「お?」

 ふと顔を横に向けると、黒いトンボのような虫がふわりふわりと、少し離れた木々の間をすり抜けて行くのが見えた。

 少年は網を握る右手に力を込め、やぶをかき分けその虫を追った。

 藪に手足を取られながらも何とか進み、先ほど黒い虫を見かけた木々の辺りで一旦止まって周囲を見渡した。すると、20m程先、林の更に奥の少し高い位置で、黒い虫はふわりふわりと飛んでいた。ふわふわとした飛び方だが、存外速いようである。

 林の中は、高木ややぶに覆われて暗く、多少涼しい。その影響なのか下草はほとんど生えていない。

 少年は、笑みをこぼしながら更に右手に力を込め、黒い虫を追いかけ走った。

「ん?」

 傾斜を登って黒い虫がいた所まで辿り着くと、そこに虫はいなかったが、目線の先にあるものを見つけた。

「やあ、こんな所で人に会うとは思わなかったよ」

 足音、あるいは少年の小さな声に気付いたのか、背を向けた状態から向き直り、少年にそう語りかけた。

「こんな所で、何をしてるの? 僕と同じで昆虫採集?」

「ん~、まあそんな所かな。君もそう……って、訊くまでも無かったね」

 少年の姿を見て、クスッと笑った。

「何の虫を探してるの? もしかしてカブトムシ?」

 少年は、傍らに置かれているシャベルを見て問いかける。

「そうそう、カブトムシの幼虫を探してるんだよ。結構掘ったんだけど、なかなか見つからなくてさ……」

「やっぱりね。それならこんな所を掘ってもダメだよ。たい肥の近くとか、もっと落ち葉の溜まってふかふかしてるような所を掘らないと。前に僕も庭の木の下を掘っていたら、お爺ちゃんに笑われたことがあって……」

「はは、それじゃあ今度からは気をつけるよ。ところで、君は何を捕まえにここに?」

「あ、そうだ! トンボを追いかけてたんだよ! 山の中であんまり見ない黒いトンボ!」

「トンボ……ああ、そういえばさっきこの穴の中にトンボが入っていったような気がしたな」

「ホントに!?」

 少年は慌ててすぐそこにあった穴の中を端から覗き込む。

「ん~、ここだと暗くて良く見えないな……。それにしてもよくこんな大きな穴掘ったね。あれ? なんか穴の中に・・・・・・」

 男は少年の問いかけに答えることは無く、傍らに置かれていたシャベルを持ち上げ、下を覗き込む少年の後頭部に向けて力一杯振り下ろした。

 少年は声を上げることもなく、身を乗り出していた穴にそのまま落ちた。

 穴の底にあった黒い大きなビニール袋に包まれた何かに当たった少年の目は、少しだけ飛び出ていた。

「……………」

 男は両手で持つシャベルに力を込め、無言で穴に土を戻し始めた。

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