ゴミ捨て屋

「どうも、ゴミ捨て屋です! 何か、ご不要なものはございませんか? どのようなものでも、無料で処分させていただきますよ」

 チェーンを掛けてからドアを開けると、水色の、所々に染みの残ったツナギを着た男が玄関前に立っていた。笑みを湛えた若い男は、開口一番そう言った。

「このご時世、何を捨てるにもお金は掛かってしまいます。しかし、私どもにお任せして頂けれ」

「結構です」

 男はまくし立てるように言葉を続けたが、即座に断りを入れて無理やりドアを閉めようとした。が、

「まあまあ、お待ちください」

 いつの間にかドアに男の靴が挟まれており、閉められない。男はそのまま中を見ようとするかのように隙間に顔を近づけた。一瞬焦りはしたが、まあ、その位置からなら中の散らかり様は見えない。

「・・・・・・警察呼びますよ」

 その言葉にも特に動じた様子を見せず、笑みを崩さず営業トークを続けた。

「お客様の心情はお察しします。ですが、やはりあなたお一人で処分するには負担が大きいでしょう」

 あたかも、私が処分しようとしているものを知っているような口振りだった。

 …………訪問のタイミングといい、この男は、知っているのかもしれない。

「ポケットに入るようなものなら何のことはありません。ふらっとその辺に出かけ、適当に投げ捨ててくればよろしいでしょう」

 そしてふと、私は気づいた。カーテンが開いていたのだ。

「しかし、お客様が今処分に困られている物は、そう易々と運べるものではないでしょう」

 向かいのマンションは十階建てで、こちらのマンションの南面が向いている。距離もそれほど遠くない。双眼鏡か何かで居間の様子は覗くことができるだろう。

「山に捨てに行くという手もありますが、お客様、お車はお持ちではないでしょう? そうなると、レンタカーを借りなければなりません。更に運ぶための、キャリーバックか何かも必要になります。」

 私たちの不仲は近所でも噂になっているはずだ。あの人の声はとても大きいから。隠しようがない。

「詳しい事情は存じませんが、お客様が今日、あるいは近いうちにそれらの物を調達するとなると、後々お客様の不都合が多くなるでしょう。」

 兎に角、偶然ということは絶対に、無い。

「細かく分解して、少しづつ運び出しますか? しかし、それは本当にやめといた方がいいですよ」

 ただ、この男が、一体全体どうしてこのような形で訪ねてきたのかが分からない。

「切ったことはありますか? これがなかなか、重労働なのですよ。単純に体力が必要というのもありますけれども、やはり、中身が出てくるのが頂けない」

 強請るのであれば写真でも持ってくれば良い話だ。わざわざ居間に転がっているゴミを回収する必要は無い。

「私は何度か経験があるのですが、あれの解体は私の性分には合わないようで、なんどやっても吐いてしまいます。ただ、その辺りは専門のスタッフが、完璧に、迅速に処理をさせて頂きますので」

 …………なんにしても、私にはもう、どうしようもないことは変わり無い。

「分かりました、お願い致させてもらいます」

 チェーンを外してドアを開けると、男はやはり、相変わらずの笑顔のままだった。隙間からでは見えなかったが、右肩に寝袋のような物を背負っていた。

「おお、ご理解いただけましたか! ありがとうございます!」

 では失礼、と、それだけ言って、私を押し退け家の奥に入っていった。ガサゴソと音が聞こえたが、一分としないうちに男は戻ってきた。背負っている袋は膨れていた。

「では、これにて失敬させていただきます。またのご利用、お待ちしております」

 言葉とともにポケットに手を入れ、名刺を差し出してきた。「ゴミ捨て屋」というデカデカとしたロゴと、電話番号のみが書かれていた。

「あ、それと、写真はしっかり撮ってありますので、この件はどうかご内密にお願いしますね」

 それだけ言って、男はそそくさと去っていった。

 

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