26.素麺ありがとうございます。お代は、マシュマニョロボヂィパンチでお支払いします。

 拝啓、先生。

 お中元と書かれ、紅白の紐が結んであるのし袋が付いた小包が届きました。私はそれを受け取り、軽やかにスキップしながらその箱を調理場へ運びました。「生もの」と書かれたお魚の絵と果物、お野菜が描かれたシールが貼られた箱をゆさゆさ揺らしながら、調理場に置き、夏の風物詩である素麺そうめんレシピをインターネットで検索しておりました。ちゃぶ台を前に、何を作ろうか期待に胸を膨らませ、腹をへこませ、あれやこれやと物思いにふけっておりました。


 お手紙が付いていたので、先に拝見いたしました。


 ***


 怒りすぎはいかんぞ。カルシウムでも取って落ち着け。

 俺から素麺を送ったから、これで機嫌を直してくれ。


 ***


 先生の優しさに包まれながら、松任谷由実を思わず口ずさんでしまいました。そう、箱を開けた瞬間に私の心はすさみました。


 箱を開けると中でうごめく、ぬめり気を帯びた、うにうにしたもの。最初はあわびかなと思いました。ただ、変な触覚がいくつか生えており、ナメクジの様にい回る。まごうことなき、生もの。生物なまもの生物せいぶつ。どこに目があるかもわからぬ、私はそいつとにらめっこしながら、思考を巡らせましたが……先生は素麺と書かれていた。慌てて箱のふたにある、宅急便の内容物に目を向けました。「生物」と書いてありました。


 私は、そのうにうにしたものを触ることが出来ず、スマホで写メを取りました。画像で検索をかけました。どこかのRPGで見たような名前がありました。アメフラシ。海産物であります。はて……素麺は何処いずこに?


 いくつか検索を繰り返していくと、ありました。海素麺うみぞうめん

 はっ、はっ、はっ。洒落しゃれてますね。海の素麺、海素麺うみぞうめん。海までついて、夏を一網打尽に出来ちゃいますね。はっ、はっ、はっ。ってそんなことあるかぁあああ!!


 思わず星一徹が一回しかしていない、ちゃぶ台返しを私もかましました。

 怒りすぎは良くないですが……期待の分だけ人は怒るもの。

 海素麺うみぞうめん=アメフラシの卵塊。黄色いひも状で、春先、海岸の海藻の間に産みつけられる。


 卵を産むまで待てと。私に気長に待てというのですね!

 しかも、海藻がない。そして、春先!来年まで待てということですか?

 おう、ファック!!


 P.S

 先生、一刻も早くマシュマニョロボヂィパンチを会得します。

 どうぞ、楽しみに待っていて下さい。


 平成28年 盛夏

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