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 ☆ ☆ ☆


 じめついた梅雨の日曜日、あたしは部活のあと、後輩の橘明香里とショッピングモールに寄った。ここに来ると、三年前、健一と二人で過ごしたあの日のことを思いだす。

 あのあと、あたしはサッカー部に入った。顧問の先生は、最初は渋い顔をしていたけれど、あたしがサッカー経験者であることを知ると、すんなりと入部を認めてくれた。リフティングを見せたら一発でOKだった。「そこまでできるのに、プレーしないのももったいない」と、その若い先生に言われ、後には、女子サッカーのチームも紹介してもらった。マネージャーの仕事以外にも、部活の練習にも頻繁に参加させてもらったし、おかげで自分なりに、またサッカーと新しい関係を結ぶことができた。

 その後、だいたい中の上くらいで同じ成績だった健一とは、同じ高校に進学した。これで、あいつとは小中高と同じ学校に通うことになった。健一はまたサッカーを続け、今度はあたしもすぐにマネージャーとして入部した。

 この日はショッピングモールのなかの雑貨屋さんや本屋さんを見たあと、明香里と、この間新しくできたドーナツショップに入った。この子はほんとに、高校生となった今をエンジョイしている感じで常にテンションが高く、一緒にいると楽しい。女子女子しすぎていて、あざといところに辟易とすることもあるけど、この後輩のことを、あたしはとても気にいっていた。

 とはいえ、第一印象はあまり良くはなかった。最初から元気のいい子だと思ったけど、サッカーの経験があるわけじゃなかったから、ファッションでサッカー部のマネージャーになろうとしているのかと思った。

 四月に明香里が入部してから最初の一カ月、あたしはかなり厳しくしていた。けれど、この子はへこたれずについてきた。サッカー部に幻想を持った頭ふわふわの女の子ではなく、もっと計算高いところのあるたくましい子だと、今では明香里のことを思っている。

 ドーナツショップで明香里と話をしながら、アイスティーを飲んでいると、一人の後ろ姿が目にとまった。一瞬、さっきまであの日のことを思いだしていたから、錯覚でもしたのかと思ったけど、その人はたしかに健一だった。私服姿で、こちらの方に顔を向けて、所在なさげに歩いている。

 何してるんだろうと思った。部活の帰り際に、あたしだけじゃなく、同じ部活の長井という男子と、それから健一も、明香里からこの寄り道に誘われていた。あのときは断っていたのに、どうしたんだろう。

 一瞬、目が合ったから、あたしは片手を上げた。健一も、それに応じようとしたように見えた。けどそのとき、後ろから健一のお母さんと、あたしの知らない女の子が歩いてきて、健一は二人の方へ振り返った。その女の子は、あたしたちと同じくらいの年に見えた。まっすぐな長い黒髪に、服装はロングスカートに襟のあるシャツを合わせていて、上品な雰囲気があった。

 ――誰あの子。

 健一は、『まずいところを見られた』というような感じで、顔が少し引きつっていた。そしてすぐに、一緒にいた女の子と一緒に、人混みのなかに紛れていってしまった。

 おばさんがいたから、何か家の用事でもあったのだろうかと思った。

 でも、それにしても、逃げるように消えなくてもいいじゃん。

 そう思うと、お腹の底がなんだかムカっとした。


「森先輩、どうしたんですか?」


 横で、明香里が首を傾げている。それで、はっと我に返った。さっきから、ほとんど明香里の話をスルーしてしまっていた。あたしは小さくため息を吐いた。それから、

「……さあ。どうしたんだろうね」と、あたしは、健一とその女の子が立ち去った方向を見ながら呟いた。すると、明香里はさらに深く首を傾げた。


「な、何がですか……。先輩ちょっと怖いです……。ごめんなさい、部活でお疲れでしたか?」


 そう言われたから、あたしは「ちがうちがう、何でもないよ」と、言って顔に笑みを作った。そして、


「もう一個食べたくなったから、買ってくるね」


 と言った。昔から、腹が立つと腹が減るタチだった。


「あ、じゃあわたしもいきます」


 空気を読んでくれたのか、付き合ってくれるらしい明香里と一緒に、あたしは席を立った。トレーとトングを持ちながら、一度、健一のいた人込みの方に目をやったけれど、やはりもうふたりの姿はなかった。

 明日、何があったのか健一に聞いてみようと、あたしは思った。

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