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 ☆ ☆ ☆


 おじさんが亡くなったのは、それから数カ月後の夏休みの最中だった。うちの親がそれを知り、あたしに伝えてくれた。

 死因などについての詳しい話は、あたしは聞いていない。けれど親たちは、おじさんがここ最近、いくつもメディアに露出し、かなり激しく論争を繰り広げていたことの悪影響があったんじゃないかと話していた。

 それまでにも、祖父や親戚の人を亡くしたことはあった。けれど、おじさんの死を知らされてから、葬儀に出て、いくらか気持ちが落ち着くまでの間は、かつて経験した身内の人の死と同じくらい辛かった。家のなかにいても、ずっと息が詰まる思いがした。

 九月、学校が始まったその日の放課後、あたしは生徒会室でしばらく時間を潰し、その後、部活終了時刻の少し前に学校を出た。そして帰り道に小学校のときに寄り道をしていたコンビニに入って、健一が通りかかるのを待った。

 おじさんが亡くなってから、葬儀のときにちらりと見ただけで、健一とは会っていなかった。スマホでメッセージを送ろうかと思って、文面を考えたこともあったけど、何て声をかけていいのかわからなかったのもあるし、あたしの方も、落ち込んだ気分になっていて、何か行動を起こすためのエネルギーが乏しかったのもあって、結局、連絡すらも、一度も取っていなかった。

 この日は、ずっと曇っていた。空気は蒸し暑く、帰り道を歩いている間に、あたしはじっとりと汗ばんでいた。

 コンビニで、缶入りのアイスココアとお菓子を買って、一人でベンチに座る。段々陽が傾いてきたのか周囲がぼんやりと薄暗くなりはじめた。

 半分程、アイスココアを飲んだときに、健一がようやく通りかかった。いつもと同じように、制服に、エナメルバッグをかけていた。

 あたしが呼びとめると、健一はこっちに近寄ってきた。

「ちょっと、話しようと思って。少しいい?」とあたしは言った。うん、と小さな声で言って、彼もベンチに座った。

 話をどう切り出すかだけは、考えていた。学校では話しにくいことでも、この場所でなら、うまく話すことができる気がした。あたしは両手でココアの缶を持ちながら言った。


「おじさんの件、大変だったね」


 ああ、と健一は呟くように言った。

 それから、小さな声で、「――疲れた」と言った。横目でちらりと健一の方をうかがったら、本当に、疲労の滲む固い表情をしていた。


「……お疲れ」


 それしか、あたしは言えなかった。励まそうにも、おじさんが亡くなってしまった今の状況では、励ましようもなかった。取り返しのつかないことに対して、ありふれた言葉で励ますことなんてできない。

 しばらく、重苦しくふたりで黙り込んでいると、ふいに健一が腰を上げた。


「俺も、何か買って来る」

「――あ、うん」


 立ち上がった健一は、とぼとぼとした足取りで店内に入っていき、しばらくしてジュースを買って戻ってきた。

 ペットボトルのふたを開けて、少しの間それを飲んだ。お互いに黙っていると、やがて健一が口を開いた。

「――葬式が終わってからさ、父さんが死んだっていう実感が、なんだか薄れてきちゃって」と、健一は言った。あたし「うん」と、先を促すように頷いた。


「最初に、知らせを聞いたときみたいな辛い気持ちは、今はもうあんまりないんだ。仏壇とかは置かないことにしてたから、家のなかも、そんなに変わってないし」


 車が時折、乾いた音を立てながら、あたしたちの前を横切っていった。次第に周囲が薄暗くなり、それまで地面に並んでいたあたしと健一の影が、その輪郭をぼんやりとさせ、街の暗さのなかに溶けていく。どこかでヒグラシが、金属音のような、張り裂けそうな高い音で鳴いていた。近くにあった街灯が、白い光を音もなく灯した。

 健一は、ここ最近の、彼の家の様子についても話をした。

 おじさんは、健一が中学に上がったときに准教授から教授へ昇進し、他にも所属していた学会の仕事も増えたりしてかなり多忙だったらしく、平日は、大学の近くにアパートの部屋を借りて、そこで寝泊りしていたらしい。そのため、健一もおじさんにはこの一年半ほど、ほとんど会っていなかったということだった。


「だから、家のなかにいると、なんか、現実感がそこまで迫ってこなくてさ」


 そう淡々と話す健一の口調には、あたしが夏休みの間に想像していたほど、落ち込んでいる印象はなかった。けれど彼の心の中のことなんて、あたしには本当にはわからない。本当に、もうそれほど辛い心境ではいないのか、それとも強がっているのか。

 健一は感情をあまり表に出さない。でも、さっきから、少しの違和感は持っていた。あたしのよく知っている健一と、少し違う。何がだろう、と自分の中で少し考えていると、やがてその違和感の正体に気が付いた。

 いつもよりも多く、喋っているんだ。そう気がついたら少し切なくなった。


「何か、ごめん。そっちにも心配かけたみたいで」


 あまり人に積極的にかかわらず、マイペースな健一が、そんなに直接的に人を気遣うようなことを言うのも、やはり珍しかった。

 ――やっぱり、元気ない。

 無理もないことだ、と思った。あたしだって辛かったんだから、健一はもっとずっと、辛いはずだ。


「健一」


 ほとんど深い考えもなく、あたしはこう切り出していた。健一はわずかに俯いていた姿勢から、顔を上げた。


「何?」

「今度、一緒に出かけよう」

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