用語録 か行

【ガイス】 (登場人物/序章)

 行き場を失くした少年が最後に出会った男。少年と出会い、その食料を奪い取ろうとするも、己が行為の浅ましさと罪深き光景に戦慄する。

 伸び放題の灰色の髪と顎鬚、落ち窪んだ瞳には影が差す、まるで乞食のような風貌。見えざる運命の意思に導かれるように少年を連れ、灰色の荒野へと消える。


【カデス】 (固有名詞/共通)

 護国母神。エクセリアで唯一神として崇められている、大地と豊穣の女神である。このバリスティック大陸は、エクセリアの民のため、女神がその胎盤を裂いて海に浮かべたというのがカデス神話の概要だ。そのためカデスは我が子を産めぬ身体となったが、だからこそエクセリアは繁栄し、豊穣と発展に恵まれたのである、というのが信仰の基盤である。

 カデスを信奉する〈カディア教〉は大陸全土に広まっており、ほぼ全てのエクセリア国民が教典に従い、カデスを信奉している。ごく稀に他大陸からの宣教師によって内密に宗派を変える者もいるが、それらは決まって教会を取り仕切る〈神〉によって摘発され、異端の芽が広がる事はない。また、そうして掴まった者は〈改宗の儀〉として女神の試練を克服し、再び国教に舞い戻るか、もしくはその途中で死ぬかのどちらかである。ただし、その大多数が後者であるという点を利用し、一部では密告が横行しているといった弊害もある。


【キリンジ山脈】 (地名/共通)


ギルディア中央から東部にかけて連なる、険しい山々の総称。その針のような峰は南部からでも確認でき、標高もギルディア北の最高峰に次ぐ。そのため普段からこの山を登ろうとする物好きなどいるはずもないが、聖戦に追われるように中央を逃げ出した人々はその限りでなく、次々とこの山を登り、同時に帰らぬ人となった。中央からこの山脈を抜けて東部の地へと辿り着けた人間は、命を軽んじる人々であり、同時にまこと幸運な人々であった。


【ギルディア】 (地名/共通)

 バリスティック大陸の遥か北東、極端に狭まった陸路に辛うじて繋ぎ止められるように存在する半島が、大陸の人々に〈不浄の地〉として忌み嫌われる辺境の地ギルディアである。平地面積が少なく、険しい山々に周囲を囲まれているため、年間を通じて雨がほとんど降らない。代わりに降雪は多く、短い夏季を除いて広く雪が見られる。そのため作物はほとんど育たず、狩猟中心の生活の中、飢えは極めて深刻な問題として人々の暮らしに付き纏う。また、空に垂れ込めた暗雲が太陽の輝きを遮断してしまうため大地に色はなく、昼でも薄暗い灰一色に沈むその世界は〈色のない大地〉、あるいは〈死んだ世界〉と囁かれる事も多い。

 さらにこの大地を不浄とする由縁の一つに、魔族と呼ばれる存在がある。

 この一帯には大陸から一掃された魔物の一部がまだわずかなりにも生息しており、互いの協力関係こそはないものの、人と魔族との奇妙な共生関係が成り立っている。大陸に暮らす人々はそんな彼らをギルディア人と罵り、迫害する事をやめない。


【グレイス】 (登場人物/序章)

 少年の父親。伸びるまま首筋まで伸ばされた黒髪と、同色の瞳。三十代半ばで、すでに妻は他界している。性格は年相応以上に落ち着いており、普段目立つほどの存在ではないが、その聡明さを生かし、時に村の方針などにも意見を寄せる事もある。

 早くして母を失った少年を深く愛し、不運な生まれである少年の幸せを強く願う。しかし決して他を蔑ろにするではなく、万人に向けた広い視野と、将来を憂うだけの展望を持った人物。蛮族など魔族に対しての理解も有し、何を差別する事なく、世界がよりよい方向へ歩み出す事を夢見て少年にその教えを説く。

 しかし貧困の疲労は確実にその心身を蝕んでおり、その疲れた微笑みの裏側には、人間としての暗く澱んだ感情も確かに存在している。


【ゴブリン‐蛮族】 (魔物/新約・魔族全書より抜粋)

 ギルディアに群生する魔族の中でも、最も一般的な部類に属する小鬼。細い毛がまばらに生えた頭部は年齢に関係なく禿げ上がっており、大きな鉤鼻と鋭い犬歯、歪曲した体躯を持つ。背丈は人間の子供程度のものでしかないが、醜悪極まるその容姿から、主に〈蛮族〉といった名で人々に呼称される。まるで老人のように背を丸め、ひょこひょこと歩くその姿は、彼らの歪んだ骨格によるものだろう。

 しかし彼らを侮ってはならない。見てくれとは裏腹に、その腕力は人間の成人を優に上回る。しかも動きは素早く、敏捷的であり、彼らはどんな悪路でも風のように疾駆する事が出来る。知能に関しても無能というわけでなく、少なくとも人間の子供以上の知能は有しているものと考えた方がよい。独自の言語を持ち、情報伝達能力に優れた彼らは群れで行動し、魔族として見た個々の非力さを数の力で補っている。それは単に野蛮なだけの存在と言い表せるものでなく、むしろ十分な人間の脅威として認められるべきものだろう。

 また節くれ立った細長い指ながら、彼らは道具を扱う事にかけても秀でており、同時に道具の生成技術にも優れている。特に熟練した技術を持つ蛮族は人間の工芸師にも劣らぬ能力を秘めており、事実彼らの作り出した道具の数々は、簡素な作りながら利便性および耐久性において、実に実用的な物が多い。もしあなたが数十匹の蛮族にその身を包囲されたなら、その生還は絶望的なものとして諦めた方が無難である。

 ただし蛮族の名が示す通り、いかにも野蛮な印象が先に立つ彼らだが、その習性はいたって臆病で、滅多な事では人間に襲いかかってくる事はない。大抵は薄暗い穴倉の中に身を隠し、人の寝静まる夜中に行動しては、彼らの主食となる小動物などを探し回っている。けれども自らが優位と知るや、彼らは人間に対しても容赦なき狩猟者となる事を忘れてはならない。もし彼らと遭遇した場合には、最低限の用心を踏まえた上で、自らも武器を構える事を私は強くお勧めする。何故なら臆病な彼らには、それだけでも十分な威嚇として効果を発揮するのだから。

 ギルディアに広く分布し、あらゆる場所を棲み処とする蛮族。彼らは人の影に怯えながらも、その旺盛な好奇心で常に外の世界への興味を抱いている。種族としての発展性に優れ、交わりはしないものの、人と生活圏を共有する彼らは、ある意味では最も人に近い種族として認識されるべきなのかもしれない。


【ゴースト‐亡霊】 (魔物/新約・魔族全書より抜粋)

 何もない空間に、突如として現れる幽体。それが俗に亡霊と呼ばれるものだ。私たちのいる現世と幽界の狭間をさ迷う、いわば死んだ人間の幻のような存在である。こちら側の人間がそれを触る事は不可能であるし、あちら側もあなたに触れる事は出来ない。いやむしろ亡霊には、あなたの姿を見ている事さえ出来ていないのかもしれない。何故なら亡霊に、一切の自我と呼べるものは存在すらしないのだから。

 亡霊とは、生きた存在ではない。かといって明確な死を迎えているわけでもない。未来永劫、意識なき幻となり、いずこかの大地をさ迷うだけの存在だ。そのため、たとえあなたが亡霊を見かけたとしても何ら焦る必要はない。焦ったところでどうにもならないし、大抵の場合亡霊は、そのままどこかへと消えてしまう。一つの場所に留まる自縛霊のような種も稀に存在するが、およそほとんどの亡霊は目的もなく浮遊しているだけなので、人に対して基本的には無害である。また姿においては、崩れた輪郭だけで蠢いているものや、ありありと人間の姿を留めたままのものなど様々な形を取るが、その基本となるところは変わらない。

 しかし亡霊と出会った上で、絶対にしてはならない事もある。あなたがもし亡霊と出会ったのならば、まず彼らに対し、同情のような感情を抱くべきではないという事だ。彼らに自我はないが、人の精神を感知する感覚だけは備わっている。それは亡霊が精神体に近い存在だからである、という説もあるが、その真偽はともかく、彼らは人の情に擦り寄ってくる。そしてひとたび亡霊に己が存在を感知されたのならば、彼らは絶対にあなたの元を去ろうとはしないだろう。あなたがいかなる手段を講じても無駄な事だ。何故なら前述した通り、あなたは亡霊に、指一本すら触れる事は出来ないのだから。

 亡霊は近くにいる人間の情を吸い、同時に人の生気をも吸ってゆく。それが俗に〈亡霊憑き〉と呼ばれるものだ。その呪いに侵されし者は、遠からず衰弱して死に至る。もしあなた亡霊憑きとなり、その運命から逃れたいのなら、今からでも遅くはない。とにかく亡霊を無視し続ける事だ。もし運がよく、その症状も早期であれば、亡霊は人の情を見失い、その場から消え去ってゆくだろう。

 いいだろうか、くれぐれも亡霊に近づいてはならない。彼らは遠くで眺めてさえいる分には、まるで害のない幻なのだから。幻と関わろうとする人間は、やはり亡霊と同様、自らも幻に堕ちてゆく定めにあるのだ。

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