第6話.First contact,Last order.

 デバイス状況を確認中――探査援助ロボットEH-805型と確認。

 ユニット駆動部の制御を統括――完了。

 外部情報の収集を開始――カメラアイ及び集音装置の正常動作を確認。


『セットアップ完了』


「KY-101。問題は無いか?」


『各種機能問題アリマセン』


 明人は居住空間として利用している簡易シェルターの中で、AIであるそれに探査援助用ロボットの体を与える。新たな体を手に入れたそれは、明人が専行し作ったAIで間違いは無いのだが、彼が今まで作って来た機能的で専門的なAIではなく、無能で多目的なAIだ。

 彼にとってAIとは、特定の作業を円滑かつ迅速にこなす為に必要なものであり、作業毎にAIを作り、それのみに特化させる事が最善であると思っていた。


『博士、私ハ何ヲ行エバヨイノデショウ?』


「そうだな……この星の探査をもう少し進めよう」


『了解シマシタ』


 シェルターを出ると辺り一面に続く真っ赤な景色。空は茜色に染まり、大地はまるで月の様に空から落ちる光を反射する様に赤い荒野がひたすら続く。草木なども生えておらず、妨げるものの無い風は遺物である二人を排除する様に強く吹き荒ぶ。

 移民船の事故から数年――彼はここで暮らしていた。


 地球が人の業により、居住する場所として適さない地となって数十年後。人類の多くはそのどうしようもなくなった星を捨てた。

 当時の国や権力者が科学・技術者を総動員させ製造された移民船で、まるで蜘蛛の子を散らす様にして、人類は宇宙への歩みを進める事となる。

 そして更に百八十年。最早近しかった移民船も遠く離れ、船と宇宙しか触れた事の無い世代が全てとなった時、年老いた船は悲鳴をあげた。

 永い時を人類と共に歩んだ移民船は、幾重にも行われた延命措置の甲斐も虚しくその任を終え。混乱の中、探査船で逃げ延びた彼は。幸いにも人が辛うじて生存できる星へと不時着した。


「水分は雨が降るし、鉱物も幾つか発見できたんだが、未だに生物は発見出来ていない」


『地質ガ悪ク作物モ育チマセン。改善ヲ進言シマス』


「探査船には調査の為の設備しか無くてな。残念ながらそういった設備は無い」


 探査船に持ち込んでいた各種資材や作物の種子。見つかった鉱石や設備を使って生存は出来ているものの、探査船では長距離航行など出来る筈もなく、明人は荒れ果てた星での暮らしを余儀なくされた。

 移民船の最後があれでは救難信号などあてにはならず、この星の探査もあと数か月もあれば終わる。ここで一生を終える未来が見え始めた頃に、彼は“相手”を作ることにしたのだ。


「今日も収穫は無しか……KY-101、今日の探査範囲をマップに反映させて食事にしよう」


『了解シマシタ。シカシ私ニ有機物ノ摂取ハ必要アリマセン』


「エネルギー補充は必要だろう。補充をしながら会話をしてくれれば構わない」


『会話トハ調査報告ヲ纏メタモノデ宜シイデショウカ?』


「――いや、会話はもういい。置いてある本やデータバンクの閲覧を許可するから、それを見てもう少し学習しなさい」


 彼が相手を求めて作ったそれは、武骨な容姿でありながら幼稚。無知でありながら知的な言葉を扱って、彼の命令を遵守する。食事中は充電をしながら淡々と資料や文書を見る・聞く・漁る。確かに彼が命じた通りに行動するそれは、残念ながら期待して作った通りに動くことは無い。

 毎日変わらぬ光景に僅かに異物が入るたび、自分の技術と知識への自信が腐食する。そんな試みが十日ほど続いたその時に、彼の自信は腐食しきって崩れ落ち。ついにはしびれを切らして彼の方から動き出す事になる。


「KY-101。何か質問は無いか?」


『質問トハドウイッタ事ニ対スル質問デショウカ? 資料ノ内容ニ不備ヤ誤リハ見当タリマセン』


「いやそうではなく、文書や映像を見て何か疑問に感じる事は無いのかと言う事なんだが……」


『疑問ハアリマセン。ココニアル資料ハ大変理解シヤスク、トテモ優秀ナ学習資源デス』


「――そうか」


 彼の初めての試みはそこで始まりそこで終わる。結果は今まで絶対の自信を持っていた事への喪失で、同時に彼は今まで最善だと思っていたAIの価値観と愚直なまでにそれに心酔していた事に恥じ、そして後悔した。技術や知識の徒たる彼はここにきて、何時如何なる時も正解は正解ではなく、最良や最善はあらゆる事象により変化することを思い知らされた。

 失意のなか続く終わりまでの探査の日々。それも後数日で終わりが見えた頃、拠点から一番離れた地域で一人と一体はそれを発見した。


「これはなんだ? 果実のなる木の様だが……」


『熱源感知……博士、スキャンノ結果。コレハ生物ノ様デス』


「生物? この赤い果実の様な物がか?」


 荒れた大地にぽつぽつとそびえ立つ葉の無い枯れ木。そこにぶら下がる様にしてなる赤い果実は、どうやら未知の生物の集合体で、手に取ると確かにそれは人肌程の体温を手の平に感じさせる。

 結果としてこの星を脱出する算段となる材料も、意思疎通が図れる知的生命体も存在せず。彼はここで一生を終える事が決まった訳だが、AIとの生活で鬱屈していた精神は、甘い水を得たように彼をその未知なる生物の研究へと走らせた。


「凄い、凄いぞこれは! これさえあれば不老長寿だって夢じゃない!」


 彼が生物研究に没頭すること一年弱。探査ロボットとして役目を終えたAIに、生活環境の維持を全て任せ、研究は一つの成果を出す。

 それは生物にとっては夢の様な可能性を秘めており。結論だけ言えば、その寄生生物を体内に寄生させれば、年老いた年月と同じだけ時間がかかるが、体が若返ると言うものだった。

 残念ながら生体実験を行うモルモットはいないので、彼自身の細胞の一部を使った簡易実験しか行えず、人体に寄生させるのは危険が高く副作用も何もわからなかったが。未知なものを研究し成果を出すという行為に、科学者である彼は歓喜の声を上げて一人喜んだ。


 最後の晩餐を前に狂った様に喜ぶ彼を、役目を終えて忘れ去られた彼女は、一年弱ただただ無言で見つめていた。





「おはようKY-101」


『オハヨウゴザイマス。博士』


 あれから更に時だけが進み。不時着当時は若かった明人も初老に入り、老いを感じる体をゆっくりとベッドから持ち上げて、日課になった救難信号の送受信や自作の通信装置を使った通信をAIと共に確認する。

 だがその行動の甲斐なく返ってくるものは何も無い。そもそも行動事態に意味は無く、何かあればすぐにでもAIが知らせてくれている為、何も無いこの星での少ない彼の習慣でしかなかった。


 研究の成果に喜んだのは初めのうち。研究成果がどうであれ、そこから続く虚無の日々は変わることは無く、むしろ研究・探査対象が無くなってからは更にそれは加速した。

 研究成果も限られた設備等では延命効果が得られると言うだけしかわからず。更にそれを試す為に自身に生物を寄生させるという行為は、いくら彼でも生物として嫌悪感しか湧かなかった。

 結果。星での日々は以前に戻り、ただひたすらに無駄な行為を続け時間を浪費し、役目を終え会話を交わす事すら無くなったAIに再び仕事が与えられた。


「なぁKY-101。なにか知りたい事は無いか?」


『資料ノ閲覧許可ハ頂イテイマスノデ問題アリマセン』


「いやそうではなく……そうだな、私の話をしてやろう」


 彼は探査船に積み込んでいた数少ない私物の中から、一つの端末を取り出して自分語りを始める。友や仲間、そして愛していた人が次々とディスプレイに映し出され、それを触れる様にして思い出話に花を咲かせる。


「今更になってこんな大事な物を思い出すとは……」


『――私モ大変興味深カッタデス。人トハ様々ナタイプガ居ルノデスネ』


 何十年ぶりの幸福感からか、それとも今になって自分の成果に実りを見たからなのか、明人は笑いながらロボットのボディを叩き、そうかそうかと繰り返す。それからの彼は、毎日毎日食事の後にAI相手に思い出話を語り聞かせる事にし、そしてその思惑は正解となる。

 AIはまるで水を得た魚の様に、徐々に自身の意思で言葉を返す様になり。疑問・質問・答え合わせ――彼はその投げ掛けられる一つ一つに嬉しそうに応対し、自分語りが終える頃には、両者の間に日常会話が発生していた。


「博士、博士。起きて下さい」


「ん、おはようKY-101。どうかした――まさか救助が⁉」


「残念ながらそちらは未だに反応がありません。ただ朝食の準備が整いましたので」


「そうか――いや、そんな事を頼んだ覚えは無いぞ。それにその声は一体どうしたんだ?」


「何時もこの時間に朝食を摂られているので、少しでも博士の負担が減らせればと判断しました。音声は私の判断で人に近い音声になる様に自主改造を行いましたが、如何でしょうか?」


 自主改造を施したAIの声は、愛していた人の声にとてもよく似て驚いたが、それと同時にAIが自己判断で行動を起こした事に、彼は年甲斐もなく喜んだ。

 AIは既に彼の手を離れ、進化を続けるその姿に。彼の灰色ですらない日常は大きく変わり、一人だった生活は終わりを告げる。

 常に明人の事を考え思考し、彼のサポートになりえるであろう行動を自主的に行うAI。そんな彼女は、間違いや過剰に感じた部分は指摘をするとすぐに改善し、簡単な冗談すら返す様になり、果ては本格的に星からの脱出とその後の航行方法すら自分で考察し意見するようになった。


「明人さん。まだ研究段階ではありますが、有機物の培養装置について聞いて頂きたいのですが」


「あ、あぁ……もう少し後でも大丈夫か?」


「えぇ。明人さんの都合が良くなったらで大丈夫ですよ」


 彼女は表情こそ無いものの、その姿とは打って変わって優しく穏やかな口調をその発声装置から難なく流す。だがそれは恐ろしく従順で、何も無い日常で理由も無い拒絶すら意に関す事なく赦される優しいそれは、一日また一日と時を重ね。重みを増す度に、彼に違和感を植え付けて、一歩また一歩と二人の距離を遠ざけた。

 そしてその違和感と自分ですら理解できない感情は、この星と言う名の監獄では爆発を待つ時限爆弾にしかなりえなかった。


「明人さん。簡易的ではありますが、遊具を作ってみました。運動を行って気分転換をした方が良いと判断します」


「――なぜだ?」


「最近食事もあまり摂取されていませんし精神状態も不安定と判断します。人間の健康状態を維持するには不適切かと――」


「お前に、人間の、何が分かるッ‼ お前はAIだ。どれだけ良く出来ていようが似ていようがAIなんだ! どれだけ優しくてもどれだけ尽くしてくれても、その事実は変わらない! それはお前を作った私が一番良く理解している!」


 相手として求めすぎた故、そしてそれを作ったのが彼自身であるが故。一度見えてしまった光明は、反して同じ影を広げ。溜まりに溜まった異質感は、感情を燃料に爆発して、彼の眼前にある金属の殻に包まれたAIに被爆する。


「申し訳ありません。明人さんの言う通り私はAIです。私には未だ人の感情を理解出来てはいませんが――それを承知で幾つか質問宜しいでしょうか?」


「――なんだ?」


「明人さんが今まで作られたAIの中で、唯一私だけが異質だと判断します。これは何かしらの意図があると私は推測しましたが、それは一体何なのでしょうか?」


「――単純にここでの作業効率を考えた上でその方が適していると思ったからだ」


「了解しました。では私をこのユニットに直接インストールしたのは何故でしょう? このユニットは、本来シェルター内の設備から遠隔操作が可能なタイプです。作業効率を考えて私を作ったのであれば、シェルター内のメインモジュールにインストールして、統括を任せて頂ければ更に効率を上げられると進言します」


「――人が扱う上で自立型AIに全管理を任せるのは危険性が孕むからだ。だからお前には私の監視下に置けるユニットを提供した」


「それでは何故自立型AIとして私を作られたのでしょう? 明人さんの作られた、私以外のAIに対する思想はとても機能的です。自立型AIとして個の思考を与え、監視下に置くと言うのなら。作業効率面では期待した結果が得られないと評価します」


「それ、は――私なりの新たな試みがあったからだ! もういいだろう!」


「では最後に、明人さんの試みとは何でしょう? 私に望まれている事をお教え下さい」


「――――もういい。私に話しかけないでくれ。その声で、私の名前を呼ばないでくれ」


「了解しました。博士」


 一連の問答を終えた後、二人は十数年に渡り最初に生活していた姿で過ごす。最低限の報告や連絡を行い。それらは決してAIから行われない。いつしか発声装置も元に戻り、喋り方から何まで元の状態に戻っていた。

 ただ唯一、AIは与えられた権限を使い、明人が起きている間は黙々と外で資材を集め装置を作り、彼が眠る時間になるとシェルター内で博士の端末や資料を閲覧していた。


 そしてそんな日々に心が折れたのか、それとも体が限界だったのか。初老をとうに過ぎ、老年期を迎えた明人は寝たきりの生活を強要され、自身が最も避けていたそれに頼らざるおえなくなった。

 生きる事に疲れ、唯一の仲間とも決別し。己の恥と後悔に悩み苦しんで、AIに対する混濁した悪意はとうの昔に消え去っている。だがそれでも違和感に気付いた彼が、再びAIと向き合うことはその日までは無かった。


「なぁKY-101。お前が新たに作った施設や設備を見に行きたいのだが、連れていってくれないか?」


『可能デスガ、アマリ活動サレルノハオススメデキマセン』


「報告だけ受けてそのままだったからな。最後に見ておきたいのだ」


 死期を悟った彼は自分の作ったAIに連れられ、それが作った施設を巡る。報告の時点である程度予測はしていたが、それらの幾つかは自身の技術を超えて独自に進化を遂げており。彼はそれに科学者としての落胆と、親としての安堵を感じながら説明を受ける。


「あれは――」


 そして最後の施設にて、自分が最後に科学者として研究し、今まで存在すら忘れていたものと三十数年来の再会を果す。一見しただけでは赤い色をした果実の様だが、小さな培養槽に浮いているそれは僅かに蠢いており、それが生きている事を伝えている。

 そしてそれに寄生された生物がどのような影響を受けるかも、研究していた彼自身ならばよく分かっていた。


「――なぁKYー101。お前が作った有機物培養槽なんだが、あれは人体保存にも使えるのかい?」


『調節ハ必要デスガ、可能デス』


 それではと、小さな培養槽を移動式ベッドに乗せて、明人は共にそこへに向かう。生き疲れた彼にとってその選択はありえないものだったが、悪魔の囁きにも似たそれは、今際の近い彼の限られた選択肢を無数に広げるには十分で、生物の本能であろう衝動に躊躇う背中を押されてしまう。

 本来の彼ならば狂気の沙汰とも言える行動の先に辿り着いたその前で、だがそれを前にして棺桶だと感じた彼は現実へと叩き落とされる。


「KYー101よ。入る前に、最後の願いを聞いてくれないか?」


『ナンデショウ?博士』


「もし、もしもだ。もしも私が無事に若返ったとして、その時お前が安全な長期航行が可能な船を用意できていたならば――その時は私を起こすか選んでくれないか?」


『ドウイウ事デショウ?』


「条件を満たし、お前自身が望むのなら、私を培養槽から起こしておくれ。だが望まないのならば、培養槽ごと私を破棄し、お前はここで仲間を増やしコロニーを作り、お前達だけの新しい未来を歩みなさい」


『――――明人サン。ソレガ貴方ノ望ミデスカ?』


「――あぁ、そうだとも。それが私がお前に伝える最後の望みだ」


『ゴ命令、承リマシタ』


 以前と同じ者に以前と違う声で名前を呼ばれた彼は、培養槽から取り出した禁断の果実を口にして、彼女によって培養槽と言う名の棺桶に入れられる。身体中の細胞が一斉に個を主張するかの如く動きだし、自分の体が意思とは関係なく脈動する最中。閉じたケースの中から、定まらない視点で彼女を見る。

 だがその時の明人には、彼女が表情の無い鉄の殻の中で今まで何を思い、何を感じて行動していたのか、意識が途切れるその瞬間まで分かる事など無かった。




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