第5話.私の選択
人工の明かりが消えた薄暗いベッドの上で、一緒に横になって対面するその子は、いつも私を第一に考えて行動してくれる。
「本当にそれで良いの?」
その子の問いに私は視線と頷きで返す。私には勿体ないと思えるほどに良く出来た子だ。
だけど私が思うのは常にあの人の事で、あの人の為に思考し行動する。今まで一度も彼女に何かを返せた事は無いが、彼女はいつもあっけらかんと笑って私の為に何かを成してくれる。
本当は私の方が彼女たちを支え指針とならなければならないのに、この子には何時も弱い自分を見せている。
今回だって、彼女に面倒事を全部投げつけて、私は自分の為だけに約束を破って行動しようとしていた。
「いいよ、それじゃあ私が皆に説明してあげる。まぁアイツは絶対反対するだろうけど、他の皆は元から保守的な意見ばっかりだからね」
あの人の記憶は戻ってきている。まだ今の環境と混同して不明瞭ではあるが、日中飛び出したあの名前はそれを如実に表している。
それは本来の目的に近づいている事を示しており本当ならとても喜ばしい事なのに、今の私はそれを“嬉しい”とは判断出来ないでいた。
だってその記憶には、きっとまだ私は居ない。一緒に過ごした日々も、交わした言葉も、あの人が最後に託したものだって、きっとこれっぽっちも存在しない。あの人はそれを消して、過去だけを見ようとしてる。
見たくない、聞きたくない。知りたくない、思い出したくはない――そんなものにだけ蓋をしてしまうのは、人としてごく普通の事だろう。
あの時聞いた名前だけでそう思考してしまうのは、あまりにも早計だとは理解している。けれど名前を呼んだ彼の目は、私なんて一かけらも写っておらず、それがどうしようもない“感情”に火をつけ、焦りとなって今も私の全身を覆いつくす。
もしこのまま私との記憶だけ抜け落ちてしまったら?
もし戻ったとしても、彼にとって私との記憶が無価値だったら?
それが悔しいという気持ちにも繋がるのがおそらく本来の感情のはずなのに、今の私はそれがただただ怖くて仕方ない。体が震える事は無いけれど、もはや心は制御を離れ、急かす思考は体を勝手に動かしている。
彼にとってそういう記憶を呼び起こす引き金だと分かっていても、無理やり安全装置を取り外そうとしているのは、もはや言うまでもない。
そんな自分勝手な本能とも呼べるそれに対して、理性は精一杯の抵抗をするように、彼女にすがりつき目を閉じる。
「気にしないで。もっと私を頼ってくれて良いんだよ? 花音にとって彼の為に行動する事が一番なのと同じで、私にとって花音の為になれる事が一番嬉しいんだよ」
頭を抱えて撫でる彼女の声を子守歌にして、私は明日起こるであろう出来事に懺悔しながら眠りに落ちた。
パイプ製の机・積み上げられた本や本棚・洋タンス等の家具。そして回り続ける扇風機と背中を預けるベッド。絞められたカーテンは光を遮り、今もなお見慣れぬ部屋は薄暗い。
人はその知性により、他の生物より群を抜いて順応性の高い。例えそれがどんな環境下であったとしても、知性と技術によって居場所を作り、瞬く間に動物よりも広く安定したテリトリーを構築できる。
そこで生活し、そこで休息し。そして新たな思考を巡らせながら俺は思う。先程まで見ていた夢は昨日の白昼夢と同じく、ここでは無い何処かで彼らと過ごす日々。今の自分よりも幾つか年上の彼らは、まるで親しい友人の様に夢の中の自分に話しかけていた。
本来ならばただの夢。だが自分の今の状況を考えれば、それは脳が記憶の齟齬を埋める為、私に見せた記憶ではないだろうか?
推測だけの思考と言うのはあまり好きでは無いのだが、時を追うごとに推測は強固なものへと姿を変えて、今では確信へと変化を遂げている。
だがそうすると幾つかの疑問が脳裏に浮かぶ。夢の中の彼らは、総じてこの島に居る住人に酷似し、まるで未来の姿を見てきた様な感覚になるほどだ。
最初は血縁関係を疑ったが、全員が孤児である情報が確かならば、その可能性は限りなく低く。仮にそうだとしても、これだけの人数が揃って双子顔負けな血縁者が居るとは思い難い。
結局どんな可能性を考えても、今持つ情報では判断材料が少なすぎて行き詰まる。手掛かりは夢のワンシーンだけで、それも毎回似たように彼らと談笑するシーンばかりで、新たな手掛かりは未だ掴めない。
何がズレてなにが正しくて何が嘘なのか分からず、思考の袋小路で頭を抱えていると、部屋のドアがノックされ声と共に開かれる。
「あっ……おはようあーちゃん。もう起きてたんだね」
「――花音。日真理の家に泊まったんじゃ?」
「う、うん、そうだよー。学校戻った後に学園長と花壇の手入れしてたらすっかり遅くなっちゃって……泥だらけの服を日真理の家で洗ってたら、そのままあの子の家で寝ちゃったの」
いまいち歯切れの悪い花音は、以前と同じ様に部屋のカーテンを開け放つ。ベッドの上で思考していた時間は思った以上に長かったらしく、窓から入る強い光は太陽がしっかりと昇っている事を、網膜へと伝え運んだ。
彼女と朝日の来訪で現実に戻され、仕方なく立ち上がり制服に着替えようとタンスを開けて準備をすると、まるで今思い出したかの様に彼女の声が準備する手を制止させる。
「今日は学校お休みだよ」
「そうなのか」
「うん。だから着替えるなら動きやすい服装で降りてきてね。朝ごはん食べたら早速出かけよ?」
「出掛けるって何所に?」
「デート……だったら良かったんだけど、あーちゃんの為にこの島の案内。そんなに大きい島じゃないけど、記憶回復の役に立つかもしれないでしょ?」
学校が休みならこのまま家で記憶について思考したかったが、彼女は伝える事だけ伝えると、こちらが止める間も無く部屋を出て下に降りて行ってしまう。
逡巡した後に、少しでも覚えていない場所や物を見た方が有意義で効果的だと決定を下し、ここ数日食べることが出来なかった花音の朝食を頂く事にした。
孤児達の家が並ぶ区域、学校の使った事の無い教室や裏に広がる雑木林。出掛けてから知っている場所・知らない場所を幾つか回り、確かに家で鬱屈しているよりは有意義な時間を過ごすことができた。
残念ながら必要な物以外の建造物や娯楽施設は無く。気分転換としては些か物足りない時間で回りきってしまったが、彼女のご機嫌が直っただけでも良しとしよう。
「お、きたきた。早く始めよ!お腹ペコペコだよー」
「もう少しで焼き上がりますから、飲み物でも飲んで待ってて下さいね」
日真理がお腹を押さえて地団太を踏み、皆が皿を片手に網を囲む。歩みを進めると、火で炙られて焼ける音と立ち昇る白い煙。肉や野菜が焼けた食欲をそそる匂いが近づくほどに強くなる。
普段の執事姿とは打って変わり、白いエプロンと三角巾をつけて網の上の食材達と格闘するアレンさんは、汗一つ流さず軽快に調理を進めていた。
「本当は浜辺でやりたかったのですが、少々準備に手間取ってしまいましてね。やむなく此方で始めましたが、校庭から見える景色もオツなものです」
「俺は美味いもんさえ食えりゃどこでも良いけどな!」
「あっ!私のお肉……」
滝崎が出来上がったばかりの肉を摘み上げクリスが非難の声を上げると、日真理が竜崎の口に生の野菜を大量に詰め込みだした。もがく様を楽しそうに眺める狭間と漆先生はちゃっかり自分の分として焼けた肉を皿の上に載せている。
「ほら貴方達。火の近くで暴れないの!」
「んんんー!」
「ちょっと竜崎君!? やめっ――調子にのらないッ!!」
朝の憂鬱はどこへやら、何時ものやり取りを見ていると思わず頬が緩む。どのみち現状では解決の糸口が見えない以上。海での分を取り返せるように楽しもうと気分を変える。
「そうだ。折角校庭で飯食ってるんだから、このあと皆で遊ばねぇか?」
「あんたは本当に能天気ねぇ。まぁ私は構わないけど」
「折角のお休みです。後片付けは先生達でやっておきますので、クリスも一緒に遊んできなさい」
何をして遊ぼうかと、話し合う皆に混じろうとしてふと思いとどまる。はたしてあの過保護な幼馴染は、どの程度なら合意してくれるのだろうか。
黙々と食事を続けていた彼女はこちらの視線に気付くと、言いたげな顔で察したのかにこやかな顔で応えてくれた。
「いいよ。今のあーちゃんなら多分大丈夫だから」
どうやら彼女の機嫌は相当に良いらしい。それとも先生達がすぐ近くに居るからだろうか? 内容も決まらぬうちに快諾を得ると、皆に混じり内容を決める。
記憶を無くしてここ数日。色々あって気付かなかっただけなのかもしれないが、こうして仲間と一緒に笑い合い。何かをして時間を潰すと言う行為はとても――とても長い間味わえなかった嗜好品の様に感じられた。
夕暮れ時。随分長く皆と遊び、汗と疲労が程よく体を包み込んでいる。
体の熱を洗い流すような風を受けながら、俺と花音は最後に浜辺へと向かっていた。
『今日はこの後サプライズがあるから。時間潰しに二人で海にデートにでも行ってきちゃいなよ。特別に私の花音貸したげちゃう!』
半ば強引に皆で後押しされて、何かの準備が出来るまでの時間を彼女と過ごす。普段よりゆっくりとした歩調は彼女のもので、汗ばんだ体を全く気にもせずに腕を絡めて寄り添ってくる。
未だ汗の気化では放熱されない体の熱とは違う彼女の温度に、気恥ずかしさも感じたが、それでも不思議と振り解く気持ちにはなれなかった。
「夕日が綺麗だねぇあーちゃん。最近は色々あってゆっくり眺めたりも出来なかったよね」
「まぁそうだな……と言ってもここ数日の記憶しか無いんだけどな」
「記憶喪失ね。あのねあーちゃん――本当はもう少しは記憶戻ってたりする?」
その問いに心拍数が上がる。未だ歯抜けのジグソーパズルではあるが、きっとそれは間違いではない。だがそれを彼女や他の皆に伝えて良いかと判断するには、あまりにも情報が足りなかった。
理由は単純明快で、彼女や彼ら島の住人が何らかの意図があって俺に嘘を付いている可能性があるから。そしてそれを伝えることは、必ずしも俺に害が無いかの判断は未だついていない。
息が詰まる沈黙が続くなか。止まらぬ足は、気付けば俺達は目的地の浜辺へと辿り着いてた。
彼女は答えない事が答えと受け取ったのか、それとも密着した体から伝わる心音で察したのか、素知らぬ顔で俺の前に立つと、夕日によって栗色から金色に変わる髪をなびかせて俺の手を取った。
「ねぇあーちゃん。折角海に来たんだから一緒に入ろうよ」
答えを告げるより先に、引っ張られる体は海水へと足を沈める。着衣のまま水中に入る新鮮な感覚を感じながら一歩、また一歩と海へと入り、あっという間に腰辺りまで水が迫る。
花音は俺の前を後退しながらひたすら進み、此方に変わらぬ笑みを向けてくる。水の煌きと共に、海に沈もうとする夕日の逆光が、彼女を幻想の住人へと仕立て上げていた。
「昨日は結局入れなかったもんね。どんな感じ?」
「あ、あぁ。綺麗だよ」
「なにそれ、海に入った感想なってないよぉ」
鈴をころがす様な声で笑う花音の姿に惚けるうちも歩みは止まらず、遂には胸元まで体が沈む。体にあたって跳ねる水音が近づいて初めてそれに気付いた頃には、既に浜辺から随分離れ。人気の少ないその世界と、夕日から迫る焦燥感は、知らずと彼女と繋ぐ手に力を加え、唯一伝わるその熱にすがる。
「そろそろ戻らないか?これ以上進むと足がつかなくなりそうだし」
「大丈夫だよ」
「いやでもこれ以上は――」
「大丈夫。大丈夫ですよ」
引き返す事を拒否し、ひたすら進み続ける花音。海水は更に迫り上がり、首元まで来ても彼女の歩みは止まらない。先程まで感じていた幻想的な印象は、心境の変化からかもの悲しさへと変わり、彼女の笑顔を塗りつぶす。
日が沈み夜へと変化する様に、自分の目の前に居る人物が、恐怖の対象へと変わろうとしていた頃――捕らわれていた両手は、彼女の後ろにある“壁”に触れた。
「――え?」
「ね、大丈夫でしょう?」
手をついている壁の先には、依然続く海原とゆっくり沈みゆく太陽がこの目に映る。だが触れる壁は確かな物理現象として手に硬い感触を伝え、ここから先は無いのだと黙して伝える。遅れてきた思考は、視界に広がるそれが何なのかという疑問に答をだす前に、彼女は俺に言葉を投げかけた。
「ねぇあーちゃん。記憶が戻ったらどうするの? この島は、皆は――私は、あーちゃんと一緒に居ても良いのかな?」
「なに言って――」
「記憶が戻って、選んで。それが貴方の選択なら私は構わない。けど皆はやっぱり不安で怖いの。いらないって、知らないって言われるのが怖いの」
俺の知らない青い瞳から涙が零れて海に呑まれる。今もなお俺の手を握る彼女の両手は、その強さを増してひたすらに震え、何かを訴えかけていた。
だが、おそらく何か答えを知っている彼女の嘆きを、記憶を失った今の俺では。ただ答えることも出来ずに聞くことしかできない。
「初めて貴方にここが綺麗だって言われて、私は凄く嬉しかった。貴方にずっと看ていてくれて有り難うって言われた時は、今までの事が全部報われたんだって胸が張り裂けそうだった」
それはここ数日の記憶で、初めて彼女に伝えた感謝の気持ち。何気ない一言の筈だったのに、何故か他の者だけが真意を捉え。自分だけが食い違い、伝えた彼女に聞くまで、その気持ちを察する事が出来なかった言葉。
「でもそれは記憶が無くなった今の貴方だったから? 記憶が戻った貴方にとって、ここも皆も意味なんて無くて、ただ貴方の仲間と再会する手段でしかないのですか?」
俺の事を俺よりも理解している彼女の問いに、生まれたばかりの俺の意識は返す言葉もかける言葉も見つからなくて、きっと答える資格すら無いのだろう。
「私も――ただの道具ですか?」
心の中を全て吐露する様に吐き出された言葉は、涙と共に海に落ちる。答えを持たない俺は、聞くことしか出来はしなかったが。それでも彼女達が自分に害があるかもしれないなどと考えていた事をただただ恥じて懺悔した。
ここに居る皆はきっと、俺を守る為に嘘を付いていたのだと。
堪える様に握られていた両手は解放されて、俺は崩れ落ちそうな花音を優しく包む。今の俺には与り知らぬ所で、きっと多大な重荷を背負わせていたであろう彼女は、俺の中で感情を吐き出す。
彼女の向こうに見える、もう虚構しか伝えない沈む夕日を眺め。俺はひたすらに待つ事しか出来なかった。
「明人さん、選んで下さい。いつか戻るかもしれない、戻らないかもしれない記憶を待ち続けて、それまでの時をここで皆と暮らすなら。このまま一緒に家に帰りましょう」
意を決し、強い意志を感じる瞳でこちらを見据える彼女は、彼女が背負い続けていたものを、欠片も理解出来ていない俺に選ぶための選択を委ねる。
「――もし今すぐに答えを知って選択するのなら、今日案内した林の奥へ向かって下さい」
真っすぐ見つめる目は以前どこかで見た事があり、それはあの小屋で見つけた集合写真に写る彼女の顔だと思い至る――だがそれよりも前。ずっと昔に感じる過去に、その表情には見覚えがあるような気がした。
沸き立つような何かを感じ、俺は少し悩んだ後。彼女から目を離すことなく、ゆっくりと、今度こそ答えを伝える。
「ごめんなさい。本当は、本当は貴方を待つべきだったのに」
「いや、ありがとう。俺こそ何も思い出せなくてごめん」
短く言い残し、俺は痛む気持ちを押し殺したまま。今度こそ背を向け目的地へと急いだ。
学園の裏手に広がる雑木林。普段は入らないが今日花音と共に奥へ入った際、先が崖で危険だからと言う理由で、立ち入り禁止の看板が立っている場所があった。
彼女の言動から察するとその先はおそらく崖ではなく、俺の記憶を取り戻す為の何かがあるのだろう。偽りの太陽が沈み辺りが薄暗くなった学園には人気は無く、サプライズを準備すると言った日真理や他の人の姿も見えない。
探し出して一人一人に話を聞こうかとも思ったが、最早小さな島かも怪しいこの場所で彼らを探すより、目的地に行った方が良いと判断した俺は、校舎の裏へと回り雑木林の奥にある立ち入り禁止の先へと進む。
「あった」
暫く進んでようやくそれらしいものを見つける。林の中の開けた空間に佇むドーム状の建造物は、まるで年老いた廃墟の様に植物をその体に纏わりつかせるも、その表面は朽ちておらず。正面に見える機械的な入り口は、何故かそこだけ綺麗に草木が取り払われており、島にあるどの建造物よりも近代的な雰囲気を感じさせる。
はやる気持ちを抑えてゆっくりと入口へ近づくと、機会音声が流れだし指紋認証かIDチェックを求められた。その音声にどこか慣れの様なものを感じ、扉の脇に備え付けられたスキャナーの様なものに手を触れる。機械は僅かに光を走らせた後、当然の様に扉は左右へ開いた。
『指紋識別完了。お帰りなさい博士』
そう呼ばれる事に久しさを感じながら、俺はやっと室内へ通される。外の様子から薄暗いイメージをしていたが、室内は人工の光に満たされてここが居住空間だと告げていた。
地質探査機・空気清浄機・成分分析機エトセトラエトセトラ。どれもそれも目を向ける度に思い出し、共にここで暮らした記憶を断片的に教えてくれる。そして中央に設置された大型ディスプレイの前には、夕暮れまで一緒だった彼らと、あの浜辺にいる男までもがこちらを見つめて佇んでいた。
「あらあらぁ、明人はこっちを選んだんだね。まぁ他の皆は今のところ問題無いと思うけど、おじさん――暴れたらわかってるよね?」
日真理に念を押されたあの男は聞こえる様に舌打ちすると、その場に座りディスプレイの操作盤に背を預け目を閉じる。それを見て納得した様に頷くと、日真理は再びこちらに視線を戻し、何時もの明るい笑顔を向ける。
「さてと、花音にはどこまで聞いてるのかな。記憶喪失の事? 私達の事? それとも全部?」
「いや、ここに行けば答えがわかるって聞いただけだよ」
「そかそか。じゃあここで改めて説明するつもりなんだね。あぁ因みに言うと明人に危害を加えたりとかは絶対に無いから安心して」
両手でなだめる様にして笑う彼女に、僅かに残った力みがとれる。アレンさん何時もと変わらぬ優雅さで、使い慣れた椅子を引いて俺に着席を勧めてくれる。俺はゆっくりと椅子に体を預けると、ほがらかな笑顔で何時もの茶会を開く様に準備を始めてしまった。
「タネ明かしはたぶん花音が来るだろうからもう少しまってね? それでもう一度皆に確認するけど、反対意見は無いわよね? あ、おじさんは除外ね」
「僕と漆先生は問題無いよ。元々静観組だからね」
「私も大丈夫よ。あの晩嬉しいお返事も頂いたし、むしろ全部説明して早く自分の夢を叶えたいくらい」
「俺はまだわかんねぇ……けど今の暮らしが楽しいってのはあるな」
「私も……です」
蚊帳の外のまま全員の意見がまとめられ、俺への判決が決まる。しばらく後に、その痩躯に似合わず人数分の椅子を担いで持ってきたアレンさんも、この島がこのまま残ってくれるなら構わないとの事だった。
並べられた椅子に一人を除き全員が着席すると、アレンさんが全員にお茶を振る舞う。当然の様にあのお菓子もテーブルに並べられたが、以前の様に気を失う事は無く、ただ茫然とそれを眺めていた。
「遅れてごめんなさい。もう皆集まってるのね」
「もーおそいー!もう少しで普通にお茶会が始まっちゃうところだったわよー」
「ごめんなさい、気持ちの整理とコレを取りに行きたくて」
日真理の冗談にも几帳面に謝って、遅れて来た花音は手に持った白衣を広げて俺の椅子へと掛けてくれる。
貴方のものですと言われたそれは、確かに自分の物だと認識できたが、手に取って確認するとやはりサイズが合わず、そして所々濡れており。ディスプレイ前の操作盤へ移動する彼女から零れる水滴に、今まで水中にいた事を思い出す。気になりだして身じろぎすると、アレンさんが俺と彼女にタオルを用意してくれた。
「明人さん。本当にこれで良いんですね? これから説明する話は、きっと貴方にとって辛いものになると思います」
「あぁ、構わない。何も知らないままでいたいなら、ここには来ていないから」
「わかりました……そして、ごめんなさい」
ここに居る全員に頭を下げて謝る彼女に、もはや誰も何も言わない。ゆっくりと顔を上げた彼女は操作盤を操作して部屋の明かりを落とし、ディスプレイに様々な情報と映像を映し出す。
劇場に訪れた観客の様な姿勢で、彼女が語り部となり。俺は自分の過去を鑑賞する事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます