第2節 The stratagems of...
1.
亜矢の部活を見学してみよう、と思い立ったのは、すっかり日の傾いた教室に戻ってきたときのことだった。復学して以来、定期的に学校のカウンセリングを受けることが義務付けられているが、今日はその日に当たっていた。終わって帰ろうとしたら、カウンセリングルームに担任が乗り込んでくるなり『急ぎの提出書類があったのを忘れていた。悪いが今から記入してくれ』と来たものだ。個人情報を引っ張り出して書かなければならない類のものだったために時間を取られ、提出したときにはこの時間だった。彼女自身からも一度見に来てよ、と言われていたし、全国大会上位の常連校の練習風景を見るのもいい経験かなと思ったのだ。
荷物をまとめて実技館へ向かうと、二階のラウンジには人だかりが出来ていた。話で聞いていた通りギャラリーが多い。内訳はほとんど女子だ。ちょうど試合をやっているのだろうか、スクリーンには重火器を撃ち放つ鉄の巨体が躍動していた。
ベンチに座り、一階のISDによって形成されたフィールド――描形式風景画術によるもの――の外を見下ろすと、部員たちが各自手元にディスプレイを持って何か言い合っている。その中には亜矢の姿もあった。
「む、見ない顔だねー。キミもあやちゃんの追っかけかー?」
いきなり横から間延びした声がした。びくりとして振り向くと、背後に一人の女子生徒が立っていた。ジャージに入ったラインの色からして三年生だ。
「お、追っかけ?」
「あの辺に固まってるの、大体そうだよー。あの子、強いしかわいいし性格かっこいいしで人気あるからね、というかこれを知らない人はこの学校じゃ少数派なんじゃないかなー」
確かに、なんだかんだと騒がれて面倒だという話を本人から聞いていたような気がするが、ここまでとは思っていなかった。
「で? もし追っかけ新人なら、ちゃんとマナーを覚えてもらわないといけないんだけどー……」
「いやいや、違います違います! ちょっと見学に来ただけで!」
「はじめは皆そう言うんだよねー」
「えっと、あの、亜矢に誘われたんです。見に来ないかって」
「うそは良くないよー、特に間違ってもあやちゃんの名前を出すのはまずいよ、後が怖いよー」
あ、これはダメなパターンだ。完全に追っかけと間違われている。そう気づいた時にはすでに遅し。
「さぁ観念してマナーを学びたまえー。おーいさくちゃーん、出番だよー」
「呼びましたか先輩、入信希望の方はどこです!?」
「こちらー」
「男じゃないですか! ごめんなさいお帰りください」
先輩の一声で駆け寄ってきた小柄なスポーツウェアの女子は、こちらを一瞥するなり手の平をひらひらと振った。
よくよく考えてみればどうしても今日見学しなければならない訳でもない。また日を改めて、彼女らに見つからないようにすればいいだけのことだ。急用を思い出したので帰ります、そう言ってこの場は退散しよう。そう決めた矢先、ガンを飛ばしてくる女子の首根っこが掴まれ、その小さな身体がひょいと持ち上がった。
「おい櫻。貴様ログ分析もせず何やってんだ」
「わだじはぶかつのえんかつなかつどうのためにぃいいい……」
「そうそう、さくちゃんは新人くんにマナーを教えてあげようとしてたんだよ、止めないであげてー」
「お前もだ、いざな。三年が率先してサボってどうする」
「ちっちっ、分かってないなぁあとぎはー、わたしはリラックスした環境でイメージトレーニングを」
「分からんでもいい。いいから戻れ。次の試合お前だろ」
いざな、と呼ばれた三年生は小さく後ろ手を振ってふらりと立ち去った。追っかけにしか見えなかったが、どうやら部員だったらしい。
「ぶちょう、ぐるじいです……」
「おお、すまん」
どさりと落下したウェアの女子は、すぐさま起き上がってこちらへつかつかと歩み寄ると、効果音が付きそうなほどの勢いで指差した。
「いい? ここはあなたのような生半可な覚悟で来ていいところじゃなぁああああああ」
「学べ、後輩よ」
右手が捻り上げられていた。普通に痛そうだ。さすがに堪えたのか、女子はとぼとぼと一階への通路へと歩いていった。追っかけにしか見えなかったが、どうやら部員だったらしい。
見事に二人を手玉に取った背後の男子生徒は、やれやれといった面持ちで腕を組み、残されたこちらを見やった。
「ウチの部員が迷惑掛けたな、部長の跡木真秋だ。苦情なら俺によこせ、可能な限り対処してやる」
「あ、いえ……。亜矢が人気者だっていうのは聞いてましたから」
「この辺で九石を名前で呼ばない方がいいぞ、妙に勘ぐる奴らが多いからな。部員なら俺が片付けるんだが、その他大勢は抑えきれん」
「……そうらしいですね。慣れてると難しいです」
「なんだ、九石の知り合いか何かか?」
「幼馴染です。実家が近いのがあって、小学中学と」
「なるほどな。まぁそれを知られると余計に警戒されそうだが」
自分で言っていて同様のことを考えていた。あれは寄り付く異分子を徹底的に排除するタイプのグループだ。自らのステータスは危険だと認識せざるを得なかった。
「実はまだここのハフフィック戦、生で見たことなかったので見てみたかったんですが……、また落ち着いてるときに出直します」
「落ち着いてるときなんてないぞ、いつもこんな感じだ」
そう言った彼の顔は疲れ切っていた。部長職も大変だと他人事ながら感じた。
「ちょっとついてこい。いい場所がある」
ついて行った先は、ペイントリウム部の部室だった。ここにも大きなスクリーンが一台設置され、十分観戦出来るようになっている。
「あの、いいんですか? 部外者が入っても」
「いいよ。というか、よくある。このパターンは」
丸テーブルの置かれた部屋は雑多なもので溢れていた。生活臭こそしないものの、完全に休憩所の体を成している。部室とはどこもこんなものなのかもしれない。中学の時もそうだった。
「さっきウチの試合見るのは初めてとか言ってたが、スクリーンデータの読み方とか分かるのか?」
「一応は。観戦自体はそれなりにしているので」
答えつつ、バーチャルウィンドウの外縁部に表示されているパラメータやグラフを確認した。
ペイントリウム競技、マリオネイト。
ハフフィックを用いて行う戦闘種目だ。勝敗は単純、相手に戦闘不能判定が出るまで破壊すれば決着となる。リミッター制限下、操縦画術師たるフィクターへのフィードバックが最小限に抑えられた仮想フィールド内で行われる。銃火器や近接兵装を用いての激しい攻防、明快なルール設定で最も人気がある競技だ。
ただ、実のところこの競技において試合は勝負の半分でしかない。注目されにくいがもう半分が使用する機体、ハフフィックの構築にある。どのような試合運びになるかは各々のカスタマイズに掛かっていると言っていい。
専用のISDに収めたハフフィックのベース素体に対して武装や装甲などの追加オプションのICを搭載していくが、もちろんISDには積載データ容量の物理限界がある。大会では基本的にこのデータ容量に対して更に上限値が設定されており、それを超えるICをISDに登録することはできない。つまり、限られたICプール内でいかにして目指す機体構成を実現するかがフィクターの腕の見せ所となる。
試合で言えば、登録したICをどのタイミングで使い、どのタイミングで切り替えるかが勝敗を分ける。そのため、多く会場のスクリーンのサブデータには、機体の移動経過や損害度の他にデータ使用量と残量が表示されている。これは試合を行っている当人たちには分からない情報だが、観客はこれによって戦略を見通すことが出来る。
一通り自分の知っている情報を語ると、真秋は目に見えて嬉しそうな表情を浮かべた。
「へぇ。興味本位の素人にしちゃあ、よく分かってる」
スクリーンでは試合に決着がつき、細長い手足の機体が四散していくところだった。備え付けのISDによる風景画術が終了し、元の何もない実技館の空間が現れる。奥の個室――フィクターがハフフィック操縦を行うためのダイブルーム――から二人の生徒が現れ、疲労困憊と言った様子で床に座り込んだ。寄ってきた部員たちからドリンクボトルやらタオルやらを受け取ったあと、先輩と思しき部員とバーチャルコンソール片手にあれこれと会話を始めていた。
「次の試合、三年の同ポジション同士のマッチでな。面白くなる。しっかり見てけよ」
ダイブルームへ入っていく二人のうち、一人はさきほど絡まれた三年生だった。館内を仮想的に振動させながら、二体の鋼鉄の人型が現出する。再びISDが起動し、二機を飲み込むように拡張された空間が展開していく。色の無い無機質な素材で形成された、起伏のある丘陵地がスクリーンに映る。片方は小高い丘の頂上に、もう片方は落ち窪んだ平原に配置されていた。
試合開始を告げる電子音が場内外に発され、戦闘が始まった。両機は飛び退くように後方へ。続く動作でジャンプして高度を上げ、そのまま敵機へと突進した。すれ違いざまに銃撃、剣戟を互いに浴びせ、防ぎながら幾度となく交錯を繰り返す。
「早い……」
各機のICの消費容量を示すグラフが急激に上昇している。すさまじい勢いでICが更新されていっているのだ。
「ハフフィック戦闘は機体性能と武器との相性と潰し合いだ。不利だと思ったらすぐに他の武装に切り替え、その一瞬の判断で勝敗が決まる。特にあいつら、フロントアタッカーの連中はそれが顕著でな。サブアームでいくつか複数の武器種を展開するタイプと、サブアームはあくまでメインの補助に回して主力武器を定めて火力を集中させるタイプといるが、あの二人は後者だ」
展開と破棄の回転が速すぎて、最早それらが振るわれているところはほとんど目で追えないほどだったが、片側の空色をした機体が透き通る青の刀身を持った直刀と同じ光色を放つ非実体盾を構えたところで更新が止まった。
「あ、終わるな」
投擲された直刀が逃げる相手機の背部ブースター光に飲まれる寸前で回避される。が、その刀が明後日の方向で無数の小刀に分裂すると、それぞれが旋回しながら持ち主の機体へ、正確には構える盾に向かって細い糸のような光線を照射した。囲まれる形になった相手機は逃げ場を失い、光の糸鋸に引かれてぶつ切りのパーツ片と姿を変えた。直後、平坦な電子音によって試合が幕を閉じる。
「まだ3分も立ってないですよね……。上手い人の試合って、こんなに早く決着がつくものなんですか?」
「いや? 必ずしもそうとは限らないぞ。ただ、フロントの場合はいかに早く敵の前線を崩せるかが全体の動きに影響するからな。数の有利を先に作り出した方が勝つのはどのスポーツでも変わらんってことだ」
滔々と解説を述べる真秋は、ダイブルームから出るなりまたふらりとどこかへ歩き去るいざなの後ろ姿を捉えてぼやいた。
「少しでいいから、試合の時の集中力を平時のあいつにフィードバックしてやってくれんものか……。と、まぁこんな感じだったが、今日の試合は今ので最後だ。あとはミーティングだから、また見学したいなら後日来い」
「はい。ありがとうございました、跡木先輩」
軽く会釈し、失礼しましたと言って部室の出口に近づくと、開閉したドアの空圧音に重ねる声が怜人を引き留めた。
「九石を待たなくていいのか?」
そのどこか含みのある語調に、怜人はいつもの如く小さく口端を歪めて返した。
「試合、見に来ただけなので。また機会があったらよろしくお願いします」
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