第5話 それは優しい春の朝日と桜の花びらが舞う光景
「起きてください・・・起きて」
僕は体を揺らされる。
春の陽気と体が揺さぶられるのが気持ち良い。
しかし少し冷える。体も痛い。でも寝たいたい。
当たり前の話だ。四月上旬と言えばまだまだ明け方は冷える。
しかし、眠たい。だから寝よう。ギターを捨てて音楽も失った。
綾には捨てられた。俺はいろいろ考えるのが嫌で、それに足が痛くて歩けなかった。音楽と綾の事をまだ考えるのが嫌で思い出の桜の木の下で寝たのだった。もう何かも考えるのが面倒だった。嫌だと言う思考すらも、綾に会いたいと思う事すら面倒だった。
だからそのまま眠りについた。
寝がえりを打とうとした。
痛い。
地面に寝ているのだ。当たり前だった。特に右足が痛む。桜を蹴り続けていたせいだ。
誰かに揺さぶられて起こされている。
この声は綾では無い。
誰の声だ?
僕は疑問を持ち、無理をして体を起こす。
寝ていたかったけど。
あぁ、現実の世界か!
そして目を開ける。その時、タオルケットの様な物が僕の上からすべりおちるのが見える。
そして視界に入って来るのは、昨日であった不思議な少女の姿だった。
桜美咲だ。
彼女はなぜか嬉しそうにほほ笑んでいた。
「洋平さん、おはようございます」
桜美咲は微笑みながら律儀に会釈をする。
その美咲を祝福するように春の日差しと桜の花びらが包み込む。
美しい。そんな言葉が出てきそうになる。
馬鹿なそんなはずが無い。こんな変な少女を美しいと思う訳が無い。
僕は寝ぼけているだけだ。
そんな美しい光景なのに彼女は微笑んでいるのにどこか不安そうな表情で話しかけてくる。
「朝の挨拶はおはようございますで良いんですよね?」
彼女は不安げに小首をかしげていた。
「おはようございます」
僕は半ば自暴自棄になって、あいさつを返す。
桜美咲は不安から解き放たれたかの様に心の底からの微笑みを浮かべていた。春のそよ風に木々は揺られ、春の朝の優しい日差しに照らされながら桜の花びらを舞い踊らせるのだった。
あまりにも美しく優しい光景だった。
でも、こんなに美しい光景なのに。
とても美しい優しい光だから。
綾がいない事が悲しい。
でも美しい桜と春の優しい日差しは,桜美咲ペースに乗せられても良いかなと思わせた。
「まっ、春だしな」
僕はそううそぶくと、桜美咲に疑問点を口にするのだった。
「桜美咲さんだっけ。こんな所で何をしているのかな?」
ここの所の俺は異常だった。そんな俺に関わろうとする桜美咲も相当の変わり者だと思う。
「ずっと洋平さんの寝顔を見ていました」
彼女は微笑みながら、桜美咲はそう言うのだった。
予想だにしない答え。
「なん」
僕はリアクションする事が出来なかった。
そんな恥ずかしい事を、そしてそんな空想の出来事でしか起きえない答えだった。無防備な寝顔を見られたのだ。恥ずかしすぎる。
恥ずかしさの余り、僕は赤面するのが自分でも分かる。
だけど桜美咲からとどめの一撃を喰らわされるのをまだ理解していなかった。
「洋平さんの寝顔初めて見ました。とても可愛かったですよ」
メディックと叫んだところで衛生兵は来ない。僕の心のライフゲージは0だった。
自分の時間が止まり、赤面したまま絶句する。
少し時間が流れたのだろうか。
僕の顔を覗き込む桜美咲の視線を感じた。
大きな瞳で僕を不思議そうに見つめているのだった。
「私は何か、おかしい事を言いましたか?」
そして小首をかしげるのだった。
不思議なリアクション。
僕は絶句から解放されやっとの事で言葉を紡ぎだした。
「そんなに可愛かった?」
「はい。とても可愛かったですよ。ここがきゅんと来るくらいです」
そう言って両手で心臓を押さえる。
「洋平さんの可愛い所を久しぶりに見れました。良かったです」
しかし、混乱から覚めた僕は2つの疑問点を持った。
一つは名前の事。名乗った事は無い。
もう一つはここは僕と綾の秘密の場所。第三者に見られていた記憶は無かった。
「桜美咲さんどうして、この場所と名前を知っているのかな」
「美咲で良いですよ。どうしてって言われても、私は昔からずっとここにいました。だから洋平さんの名前の事も知っているんです」
「ずっと?」
「はい、ずっとです」
「どれくらい前から。洋平さんの生まれるずっと昔からですよ」
「もしかして天正元年くらいからかな?」
「そうそう、織田信長様がって、そこまで年を重ねていません」
不思議な事ばかり言う恥ずかしい所も見られたし彼女に反撃をしてみたい気分になった。だからからかってみる。。
「どうして天正元年の事をしっているのかな?」
「大叔母様から聞いた話です。昔過ぎます」
僕は自然に笑い出した。
「やっと順平さん、笑ってくれましたね」
そうだ。人と話をするのは久しぶりだった。笑ったのは綾と別れて以来かもしれない。
ぐーと腹の虫が無く。
「お腹が空きました」
「じゃあ、どこかに食べに行こう」
少し不安そうな顔をする。
「おごりですか」
なんだ。そんな事か。綾の顔を連想させる。そんな事で不安そうな顔を消し飛ばせるならおごってあげよう。
「もちろん。笑わせてくれたお礼におごるよ。高いものはだめだけどね」
僕は力強く宣言をした。
「はい」
美咲さんは満面の笑みで答えてくれるのだった。
次回 桜舞う街に続く
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