第3話 それはへんてこな出会い
彼女と喧嘩別れしてから一週間。
僕は毎日、綾と別れた場所である桜の木の下に来ていた。
この木は公園の中にあって、それもかなり奥の方にある。
この長い年輪を重ねてきた桜の大木を知る人はいない。
僕と綾だけの秘密の場所だった。綾が来るならこの場所だと思っていた。
「くそ!」
僕は僕らしからぬ、言葉を吐き出す。
綾に対して何度目かの、いや何百回目かの電話をスマホでしたところだった。綾の携帯には相変らずつながらない。
僕と綾の思い出の場所。
こんな時こそ、綾を支えて上げなければいけないのに。
僕の事を無視する綾にも腹が立つが綾に何もしてやれない僕が悲しい。
そう、現実に何もする事ができない、夢の欠片する見る事が出来ない自分が悔しかった。
自分に才能が無くて、自分には音楽の才能が無い事が悔しくて、無力感を感じるのが嫌だった。
ずっと続けてきた音楽がだめだとはっきりと宣告されたのだ。
そして綾に託した音楽と言う夢の欠片さえ奪われた。
綾に拒絶されたから。僕は自分自身の感情をコントロールできなかった。
綾と会う事すらできないのだ。
自分の音楽と歩んできたギターも公園に捨てた。
音楽の事、才能の事、綾と会えない事、夢を見てはいけない現実。
現実と言う力が僕を襲う。
僕はもう自分の感情を理解できていなかった。
悔しい。
現実を見たくない。
認めたくない。
綾に会いたい。
苦しい。
誰か助けてほしい。
自分の感情が渦を巻き、感情と思考が理解できない。何かもが嫌になる。
自分が腹立たしい。
狂気に侵されそうだ。
綾の事を考える。
自分の感情に目を向ける。
苦しい、狂う、狂う、壊れろ、狂う、狂う、狂う、狂う、嫌になる。狂う、綾に会いたい、壊れてしまえ、狂う、狂う、悔しい、狂う、嫌になる、壊れてしまえ!
狂えたら、心を壊せば楽になるのだろうか?
だとしたら壊れたい。
自分の人生に意味など無かったのだから。
俺は、腹立たしさのあまり、握りしめたスマホを投げつけようとした。
振りかぶったところで止める。綾との連絡を付ける唯一の方法だし、スマホに罪は無い。
僕はあまりの苛立ちに桜の木を殴ろうとした。
人の気も知らないで」あまりにものほほんと桜の花びらを振らせているからだった。僕はその事に無性に腹を立てたのだった。
殴る瞬間、僕は動きを止めた。
ギタリストは手を痛めてはいけない。ギターは捨てたのに。才能が無いと結論が出たのに。
思う狂ってしまいたかった。
僕は桜の木を蹴りつけてた。
何度も。
何度も。
何度も。
数えられないくらい僕は桜の木を蹴りつけた。
桜の木を蹴りつけながら思う。
僕と綾の絆の場所、僕と綾の関係を象徴するものととも言える場所だった。
だから桜の木が憎かった。
桜の気が折れてしまえば綾の事を忘れらるのかもしれなかった。
このまま狂気に捕らわれ心が壊れてしまえばどれほど楽だろう。
そうなればこんなに悔しい事は無いだろう。
「あたた、止めてください。蹴るのを止めてください。やめっててば」
僕は狂っていたかのもしれない。
桜の木が悲鳴を上げる訳が無い。
きっと桜の木の悲鳴が聞こえていると言う事はもう狂っていると言う事だろう。もう狂ってる。
「痛いです。止めて。止めって言っているでしょ」
僕は蹴り続けた。
何度も。
何度も。
「痛いです。止めて言っているでしょう。えい」
そんな声が聞こえたと思うと左肩に衝撃を感じた。
僕は反射的に蹴るのを止めていた。
左肩が痛かったから。
とても痛かったから。
そして左肩の痛みは心の痛みを連想させたから。
僕は左肩の痛みを知りたくて、左肩から地面に目を向けてみた。
そこには有名メーカーの缶コーヒーが転がっていた。
因みに空き缶では無かった。
そりゃ痛いよなとどこかずれた感覚で思う。
「大丈夫ですか?」
間延びしたどことなく弱弱しい声が桜の木の後ろ側から聞こえてきた。
自分の事を棚に上げて、大丈夫かと聞き返したくなるような声だった。
僕は動揺していた。どうやら狂ってないらしい。狂っていたら動揺などするはずが無いのだから。普通、あんな取り乱した事をしていたら恥ずかしさのあまり動揺するだろう。動揺しない方がおかしいと思う。
桜が舞う中、一人の少女が桜の木の後ろから現れるのだった。
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