第5話
20
「あ、花びらが・・・」
少年の呟きに呼応し男は窓の外を見た。
「また、降りだしてきたね。」
少年の目に僅かな憂いの表情が宿っていた。男は穏やかな声音で呟いた。
「寒くなって来たな。今夜は積もりそうだ。」
冷たい花びらは、
静かに、優しく・・・
人々の全ての罪を拭おうかとするかのように。
「でも、人間は、ダメなんだ。結局、同じ過ちを何度も何度も繰り返す。この世の中で、最も醜い生き物なんだ。」
「醜い生き物?」
「だけど花は何よりも汚れなく美しい。・・・そうでしょう?」
少年は男の眼をを見て同意を求めるように微笑んだ。
「ねぇ、」
小さな窓から雪が舞う空を仰ぐ少年。
これが同じ少年なのかと思うような崇高な眼差しだった。
「君は・・・」
「何で僕が責められなくてはならないの?あんたたちだって花を手折り、殺しているだろ?何のためらいもなくさ。だからあんたたちがあのコたちにそうするように、僕も醜い人間どもを殺した。ただ、それだけじゃないか。」
「君にとって人間とは、ただの人形?おもちゃにすぎないのか?」
「違うよ、おもちゃじゃない。」
「判らないな・・・。」
「罪、なんだよ。存在そのものが。」
「そう、罪、か。」
「僕は間違ってはいない。間違ってなんかいないさ。僕は、彼女たちのためだったらこの命を捧げても構わないさ。」
「君は神なのか?」
「違う。僕も罪深き人間さ。」
少年はそう言うと、電池が切れたようにだらりと椅子にもたれた。
沈黙を破るように、男は煙草に火をつけながら、忠実に業務を遂行する役人のような感情のない口調で云った。
「・・・それで、君のご両親が自殺をしたのは、君たちのことが原因だったと云うことなのかね?」
「自殺?」
「そう、自殺。」
少年は上目使いに男を眺め、口元を歪めて静かに笑った。
そして半ば自慢げな口調で語りだした。
「あれは自殺じゃないよ。自殺じゃない。」
「自殺ではない?」
「あの晩、母さんたちが寝静まったときにガソリンまいて火をつけたのは、この、僕だからね。」
「・・・・」
少年は遠くを見つめ、夢想するように微笑を浮かべていた。
「漆黒に塗り固められているはずの真夜中の
パチパチと弾ける音、焦げ付いたツンとした匂い。
全てが切り離された空間。
・・・そこは不気味に彩られた静寂だった。
「そうさ、なにもかもが真っ赤な炎に呑み込まれていた。家も母も父もみぃんな、焼き尽くされて、黒い、真っ黒な炭になってしまった。もう、僕を縛り付けるものはない。何も無いんだ。家も両親も妹弟もみぃんな。僕を縛り付けるものはもう、何もないんだ。」
凍えるような闇夜を乱れ舞い狂う白い花弁。何よりも深く深く積もっていった。
「そうだよ、僕は漸く解放されたんだ。」
少年の心の闇森は深く、孤独だった。
誰が、閉ざした彼の心を救うのだろうか。
彼の心は、深く傷ついて、抉れ、爛れてしまった。
両親の愛が見えなくて、理解されない事への孤独から、
知らず知らずのうちに浸食されていった狂気。
それは、心を深く蝕んでいた。
21
赤い赤い雨が降る。
それは鈍く光る鋭い針。
重く湿った臭い風は
ねっとりと肌に纏わり付いて
いくら掻き落とそうとしても
落ちないヘドロ。
汚れきった身体、
闇に捧げよう。
閻浮 和紀河 @akikawashinobu
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