第3話



ここは電車の中。

疲れていたから、ホントやるせない顔だったかもしれない。わたしはかったるそうに足を組んで椅子に腰掛けていた。


疲れていた。

ただもう眠くて眠くて。電車の揺れって眠りを誘うのよね。

そう、わたしは途中の駅に電車が止まって目が覚めた。乗車の多い駅だから、起きたんだと思う。

どっと人が乗り込んで来て、暑かったわ、車内のクーラーもきかないくらい。まァ、いつものことなんだけれどね。わたしは次の駅でおりるから、眠らないように車内の吊り広告を眺めていた。


・・・うーん、その時、なんだか人の厳しい視線を感じたのだけれど、気にするのもメンドクサイから、ほっといた。なんか面白いネタでも落ちてないかと、吊り広告を読んでいたんだけどね。また、そのときの広告が、脂ぎったおやじが読むような週刊誌ので・・・ほんと、ばっかみたいな、くだらない見出しがのっていただけ。ふふ、あたしはああいうの、きらいなのよね。


駅に着いて、人波に紛れながらわたしは電車を降りた。それから家路に向かって。

でもなんだか、今日に限っては怖かった。

なぜだかとても怖かった。

いつもはこんな空気を感じないのに、今日だけは違ったのよ。

誰かが・・・男がわたしのあとをつけてくる気配を感じたの。

私のヒールの音だけがカツカツって・・・闇に響いていた。

でも、確かに、確かに誰かもう一人の気配があった。


「後ろの人、男の人ではありませんように。女の人・・・ううん、きっと女の人よ。」


10


少年の思考


僕はぴたっとあの女の後ろについた。足音を立てぬよう気を使いながら。

女の息遣いがだいぶ荒かった。こいつ・・・もしかして俺のことに気づいて・・・欲情しているのか?

ばかな女。


女の思考


風にススキがさやさやと揺れる。

秋の夜の蟲の声。

全てが不気味で、ただもう怖くって、振り返ることすらできなかった。

心臓が締め付けられるほどに激しく高鳴っていた。


少年の思考


こんな人気のない路、わざわざ歩いて。

狙ってくれとでも云ってんのか?


11


女は脅えながら背後の男の気配を感じていた。

怖くて怖くて後ろを振り返ることすらできなかった。

胸から喉元まで何か詰まったものが上ってきた。息苦しさにうめいた。

「やだ・・・冗談よねぇ。」

脳裏を過る恐怖感。女は必死に現実を否定した。

少年は呻いた。

「オラオラオラ!!!くのクソ女!!」

女は冷静さを失っていた。

危機的本能を感じ取るがままに、ただもう夢中で走るしかなかった。

少年は半ば楽しむように女・・・獲物を追いかけた。

「まてよぉ!コラァッッ!!」


早く家に帰ろう。・・・ねぇ、ねぇ、誰か、誰かいないの?!ねぇ、ねぇってばぁっっ!!

この道は何でこんなに暗いの?!人気がないの?!たすけて・・・たすけてよ!!


わたしは・・・わたしは恨み言、言うことしかできなかった。


少年は背後から女の足を蹴りこんで、足に抱き着いた。

「きゃああぁ!!」

刹那、甲高い悲鳴が闇を引き裂いた。

あっけなかった。

女は転んでその拍子に頭をコンクリートに強く打ち付けて気を失った。

「ぐうぅっ!」

否、死んでいた。



12


少年


「あの女は地に倒れ込むと、誤って舌をかみ切ったのか、口から血を流して・・・勝手に自滅しやがった。」

「それから僕はその死体を犯した。女の白い肌、人形みたいにさ、動かない、何もしゃべらない。でもまだ生温かくて、死んだ直後だったからね。」

「どんどん血の気が引いて冷たく硬直し、青白くなって行く女の手、足、顔。電灯の薄い明かりの下でも判った。」

狂喜に満ちた顔を上げ、声を高潮させて楽しそうに囁いた。

「・・・何だか楽しかったよ。何かタブーを破ったような気がして。背徳って言葉がさ、何だか快感を誘いざなうんだ。」

「・・・・・」

「聞こえるようで聞こえない女の息遣い、何だかゾクゾクしたよ。・・・たまんねぇよぉ?

「ははは!おじさんも一度やって見たら判るよ、この快感。ねぇ?」



空気が冷たい。とても空気が冷たくなって行くのをわたしは感じていた。透明な冷たさではなく、肌にべっとりと纏わり付くような冷気。この少年は血の気のない、青白い顔で、口元にうっすらと笑みを浮かべて告白している。

しかし、眼は・・・その眼は決して笑ってはいなかった。


少年


「僕は、僕はまちがってはいない。だって、悪いのはあの女さ。そうだろ?」

「・・・だって、だって、あいつは、何にもしていない僕をあざ笑ったんだ。僕だって、ゆっくり座席に座っていたかった。とても疲れていたから。模試の成績も芳しくなくってさ、うんざりだった、あんなに勉強したのに、あんな成績!!」

「家に帰えりゃ、 母親はまた小言、父親は父親でまた僕を殴る。もう、うんざりだよ。僕だって、僕なりに頑張ったのに。母さんも父さんも判ってくれない、なにも判っちゃいない。・・・どうせ、僕なんて出来の悪い息子さ。」

少年は縋るように男を見上げた。

「僕はもう解放されてもいいだろ?なにもかも、めちゃくちゃにしてやりたかった。真実も偽りも、そんなこと、僕には関係がなかった。僕はただ・・・」

男は窓から流れる冷気を感じ、外を見た。青白い花弁のようなものが天そらを舞っていた。

「風花・・・」

男の呟きに反応し、少年は窓を見た。

「え?」

「窓の外。」

「あ。」

「道理で、やけに冷え込んで来たと思った。」

「・・・・・」

男は労るような優しい眼を少年に向けて、

「寒いか?」

少年は感情を持たぬ瞳で風花を見つめた。

「優しくて冷たくて、触れてしまうと儚く脆く消え去ってしまう。それでいて何よりもせつなく、甘い甘い余韻。」

「夢か?」

「男の対の、訳の判らない、もう一つの生き物のことさ。僕なんて不完全体なのに、あいつらなんて、さも小生意気に自分は完全体であるような顔をして生きている。むかつくんだよな、それが。」

「誰も完全な奴なんていないさ。」

「そうさ、この世の全てが狂っていて、どれも真実なんて存在しない。虚像の愛と、くるった価値観。そして、現実逃避。」

「・・・」

「全て、どこかが間違っている。自分は、自分は一体なんで、こんなところにいるのか。」

「君は人を殺害した。」

「僕が殺したのは人じゃないよ。人じゃない。」

「・・・」

「母さんも父さんも、弟も妹も。僕にはただの猿にしか見えなかった。」

少年はニヤっと口で笑い上目使いで男を見、

「キーキーいつもうるさい、ただの猿さ。」

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