8.大帝の秘密

 『ブレイブ・ダイバーーーーッ!!』

 スクリーン上に必殺の蹴りを放つ戦士が全面に映し出される。

 映像はその数瞬後にブツリと途切れる。

 「これが彼の地の戦士か」

 「はい、自らをブレイブホープと名乗っておりました」

 場所はディメンゾーナ本拠地ドルマキナのブリッジ。今ここには四将軍と大帝が集まっている。目的は侵攻した世界の障害を見定めるためだ。

 「しかしどうやってこんな映像を?」

 「ボルリザードのやつを改造してやった時にねぇ、気になるじゃないか」

 ケヒケヒと陰湿な笑みを浮かべるイーボル。彼は最初からボルリザードに善意で力を与えたわけではなかった。あわよくばその障害を排除できれば良し程度の考えに過ぎなかった。こんな捨て駒のような使い方をしても他の将軍たちは気にも止めない。元々処刑されるだけの存在、大して期待などしていない。

 「所々見れなくなってるところもあるが、相手の力量を見るだけなら十分だろ」

 送られてきた映像はノイズが走る場面もあり、全てを記録したわけではない。幸いというべきかブレイブホープの変身前の姿はその他大勢の地球人として映るだけに留まっていた。

 「だが事前調査ではこのような戦力はあの世界にはないはずではなかったのか」

 エリアナがスクリーンに映るブレイブホープを睨めつける。

 「確かにそのはずだ。彼の地の戦力は火薬や爆薬といった原始兵器しか持ち得なかったはず。一番強力なものでも自らを滅ぼすような不安定なものだけのはず」

 「なんでもいいじゃねえか」

 鬼のような偉丈夫・ウガルは心底愉快そうな笑みを浮かべる。

 「これでこの世界もちっとは楽しくなるってもんだ!」

 「貴様は戦うことしか興味はないのか」

 呆れたようにエリアナは嘆息する。

 「当然じゃねえか。それはお前たちも同じだろう」

 ウガルは三人を見渡す。それに対して誰も否定はしない。

 三人もここ最近の歯ごたえのない侵攻には飽きてきていたのは事実だからだ。

 「大帝」

 アントスが玉座に腰掛ける男に声をかける。

 「今後我々はこの戦士を最大障害として最優先排除対象として侵攻作戦を行いますがよろしいでしょうか」

 冷静な表情で淡々と告げる。しかし、獅子の顔に宿す二つの目は爛々と光り、正しく獲物を見つけた獣のような本能が見え隠れしている。

 「お前たちの裁量に任せる」

 一言そう告げると大帝は沈黙する。四将軍はそれを退室の合図と考え、トランスポーターでブリッジを後にした。

 一人残った大帝は何度も繰り返し映像を見ていた。

 やがてムクリと立ち上がり、杖をコツンと叩く。するとトランスポーターは起動し大帝の姿もブリッジから消えた。

 

 大帝が戻ってきたのは自室。しかし、プライベートな一室でありながら明らかに大帝は浮いていた。

 壁は薄いピンク、家具は真っ白な調度品。そしてあらゆるところに置かれたぬいぐるみにレースのカーテンで仕切られたベッド。なんとファンシーなことか。

 そんな部屋に黒い外套を羽織った壮年の男が一人。なんと異常なことか。

 「ふぅ……」

 大帝は杖の持ち手に隠れていたボタンを押す。すると、その姿は霞のように揺らめき中からまだ年若い少女が現れる。少女は長いサファイアブルーの髪を持ち、薄いレースのドレスを身にまとっている。

 彼女の名前はユリスカル。この異次元帝国ディメンゾーナの指導者だ。歳の頃は十代前半くらいだろう。地球の歴史でも年端もいかない子どもが指導者となる例は度々存在するが何故彼女が指導者となったのか。そして、何故本来の姿ではなく男性の姿で君臨するのか。

 

 先代の大帝は英雄であった。異次元航艦技術を手にし、滅亡の危機に陥った世界を訪れてはそれを救い、ディメンゾーナの一部としてきた。ディメンゾーナは救世主だった。しかし、いつからか介入の不要な世界への干渉を行うようになり、最悪の場合戦争を起こすようにもなり始めていた。あらゆる世界の技術を持つディメンゾーナは無敵であった。戦争を起こしてはその世界を併呑、滅亡に追いやってきた。救世主は侵略者となってしまった。

 

 そんな破竹の勢いのディメンゾーナの水面下で悲劇が起こる。

 先代大帝が病に倒れたのだ。

 病床の中、大帝が考えたのはまだ幼い娘のことだった。今、自分が命を落とせば間違いなく次の指導者を巡って内部で問題が発生する。その時、娘は一体どうなってしまうのか。大きくなりすぎたディメンゾーナは一枚岩ではない。幼い娘は間違いなく政争の道具にされる。だから先代はある手を打つことにした。

 それは自らの死を隠すこと。そして娘に自分を装わせることだった。

 先代は偽装装置を取り付けた杖を娘に託し、息を引き取った。それ以降ユリスカルは配下たちの前に現れる時は父である先代大帝の姿に扮し、ディメンゾーナを率いることになった。

 しかし、それは娘を守ると同時に彼女を苦しめる事になるとはあまりに皮肉なことであった。

 

 「ぶぅ……」

 ユリスカルは杖を放ってベッドに倒れこむ。

 髪や服が乱れるのも気にせず、ベッドの上をゴロゴロ転がる。

 すると、部屋のトランスポーターが起動し中から騎士風の鎧を着た女性が現れる。

 「ユリスカル様、またそのような格好で」

 「あ~、エリアナ~」

 現れたのは四将軍の一人・エリアナだった。

 「いくら隠しているとはいえディメンゾーナの指導者なのですから」

 「別に誰も見てないからいいのー」

 枕に顔をうずめたまま答える。

 エリアナはすっかり困った表情でユリスカルを見下ろす。

 今の彼女の姿を見たら先代大帝はどれだけ悲しむことだろうか。

 エリアナはまだ救世主であった頃にディメンゾーナに救われた世界の住人だ。そういった経緯もあり四将軍の中では一番忠誠心に溢れ、先代大帝の信認も厚かった。そのため、ユリスカルが幼い頃から彼女の世話役を任された。

 任されたのだが……。

 「うで~~ん……」

 当のユリスカルはご覧の有様。大帝として配下の前に立っていない彼女はどこまでも気が抜けている。

 幼い頃から彼女を知ってはいるが、人前に出ない彼女はこうやって自堕落にゴロゴロしていることが多い。

 「ねえ、エリアナ」

 「は、はい、いかがいたしましたか?」

 思考に耽っていたところに声をかけられ、返事が遅れる。ユリスカルは特に気にした様子もなく問いかける。

 「あの世界の戦士のことなんだけど……」

 「………はっ」

 エリアナは居住まいを正す。やはりぐーたらしていても大帝。眼前に立ちはだかる障害があればそれを見過ごすことはできないということだろう。なんだかんだで大帝の自覚が出てきたのだと心の中で涙する。


 「カッコよくない!?」

 

 エリアナは訓練兵時代を思い出した。就寝時間で毎夜のごとく開かれた暴露大会で気になる男性を告白するかつての仲間たちを思い出す。ああ、今はどこで何をしているやら。いや、この前結婚したばかりであった。羨ま妬ましい。

 脱線したが、今のユリスカルはその時の仲間たちと同じ顔をしている。

 そうであった、この大帝(チビ)はそういう嗜好があった。

 ユリスカルはあらゆる世界の英雄や勇者物語が大好物なのだ。彼女がエリアナに懐いているのも魔術騎士という肩書きが彼女の琴線に触れたからである。彼女の嗜好は英雄とも言われた自分の父によるものあるため、ある程度は仕方がないとしてきたが今回はさすがに容認できない。

 「ユリスカル様、流石にそれは…相手は我々の敵です」

 「でも善悪でしてみればこっちが悪者だよね?」

 「ですが我々にも理由あってのことです」

 「そんなのは私たちの都合だよ。他の世界には関係ない」

 ユリスカルは再度枕に顔をうずめ、枕元から写真立てくらいのスクリーンを取り出す。カチカチっとそれを操作すると、スクリーンにブレイブホープの報告映像が流れる。彼女はスクリーンの中で戦うそれを見て喜々としている。

 そんな現大帝に思わずため息をついてしまう。

 幼いとは言え大帝。このディメンゾーナの指導者である。謁見時などでは先代の姿を使って大人しく座っていてくれるが、その中身はまだまだ子ども。いつボロが出てバレるか気が気ではない。

 しかし、逆に考えればまだ幼い子どもに大帝などという責任ある立場を押し付けてしまっている現状が正しいわけでもない。子を守るための親の苦肉の策だろうが、その策もけして楽なものではなかった。

 幼い少女に求めるのも酷なものかもしれないが、もう少しだけ大帝としての威厳を持って欲しい。

 すると、映像をずっと見ていたユリスカルがぼそりと呟く。

 「また戦争なんだね……」

 「………………」

 「いつまで繰り返すの?」

 「何度も申しますがディメンゾーナは多くの民を抱えております。民たちの生活を守るためにも必要なことです」

 「本当に?」

 エリアナの言葉にユリスカルが問いかける。

 その瞳は何も語らずとも彼女の言葉を疑っていた。

 エリアナは何も答えない。

 「ユリスカル様、今日はもうお休みください」

 そう告げるとユリスカルは何も言わずに従う。ベッドの中で目を閉じるのを確認してからエリアナはトランスポーターを使い、退室した。



 自室に戻ったエリアナは思いを馳せる。

 まだまだ子どもなどと思ったが、やはり英雄と呼ばれた先代の嫡子。その慧眼は確実に受け継がれている。

 「民のため、か…どの口が言う」

 自嘲気味に呟く。

 ユリスカルにはそう告げたが、実際のところ侵攻によって民たちの生活が潤うことはほとんどない。どれだけ世界を併呑しても得をするのは上流階級の者か軍事関係者くらいだ。敢えて何も口に出さなかったが、小さな大帝は薄々気づいているのだろう。この先も成長し、真に大帝を継ぐことができればこの国は必ずいい方向に発展するだろう。

 しかし、それも平和な時代であればだ。

 ユリスカルの気持ちはよくわかる。エリアナも今の侵略国家となってしまったディメンゾーナには疑問を抱いている。ひとつの世界を侵略したらまた次の世界へ、終わりなき闘争の果てには何が待ち受けているのか。

 闘争の終わりは破滅。

 エリアナ率いる騎士団の先代将軍の言葉だ。彼もまた戦乱を広げ続けるこの国を悲観していた。戦いを続けた先にはけして安らぎはない。戦いを続けるものに待ち受けるのは戦いによる破滅だけだとよく話していた。

 それは重々に承知している。しかし、大国となってしまったディメンゾーナの勢いは止まらない。自分がどれだけ声を張り上げても受け入れられることはないだろう。ならばただ歯車の一つとして動くしかない。待ち受けるのが破滅だとしても、ユリスカルだけでも守れるようにするために。


 ただ、もし今のディメンゾーナを変えることが出来るとしたら……。

 その鍵はおそらく…。

 

 「ブレイブホープか…」

 

 今までの敵とは明らかに何かが違う。

 ただ強いだけではない、何かがある。

 それが何かはわからないが、この目で確かめる必要があるかもしれない。

 

 「ならば……」

 エリアナは自室の壁にかけられた剣を取り、まだ見ぬ敵に切先を向けた。

 

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