7.三つの役目
幼馴染の前から飛び去ったブレイブホープは近くのビルの屋上で街の様子を見ていた。眼下では既に惨状の復旧が行われ始めている。被害の範囲は結構広い。今のところ奇跡的に死者はいないものの重軽傷合わせると五十人近くに上るようだ。
屋上のフェンスをキュッと握る。
この惨状の原因は自分にもあると彼は考えている。自分がもっと早く覚悟を決め、戦っていれば被害は抑えられたかもしれない。
「たらればの話をしても駄目か…」
ブレイブホープはウォッチェンジャーをかちりとスライドさせる。ヒーローアーマーは光の粒子へと戻り、その中に収められ朝野誠へと戻る。
息を吐いて視線を上げると既に太陽が沈み始め、空には綺麗な夕焼けが見えている。
「明日も晴れ、かな」
そんなどうでもいいことを呟きながら一人の少女とその相棒を思い浮かべる。
自分を必要だと言ってくれた光、彼女をマスターと呼び悪態をつきながらもサポートしてくれたアイ。二人は自分を守るためにボルリザードの攻撃を受けて空に散った。
それでも彼女たちの想いはちゃんと引き継いだ。
彼女たちが守ろうとした未来、必ず自分が守りぬく。
「見てて、光さん、アイさん。二人の想いは僕が受け継ぎます」
知らず知らずのうちに両手を合わせる。
「だから安らかにお眠りください」
「うん、この世界の未来は君に任せるよ」
「はい、必ず守ってみせます」
「それと食べ損ねたクレープも食べたいなぁ。あ、サラダクレープって意外といけるよ」
「そうなんですね、お供えしておきます」
「あ、飲み物はココアで。砂糖は五つくらいがベスト」
「それは甘すぎませんか、体に悪いですよ。でも死んだら関係ないのか…?」
「いやいや、後チーズケーキも欲しいかな。ほら、商店街のケーキ屋さんにあったやつ」
「あれ結構高いんですけど…分かりました。お供えさせてもらいます」
「……流石にそろそろ気付いてくれないと寂しくなっちゃうなぁ」
トントンと肩を叩かれる。
「え?」
はて、と振り向く。
「やあ」
そこにはさっきまで喪に服していた光が立っていた。
「ぎゃあああああああ!!?」
異世界からの侵略者にすら絶叫しなかった誠が飛び退る。
「う~ん、気付いてくれたのは嬉しいけどそのリアクションは傷つくわ~」
「ななななななんで、光さん!?」
『私もおりますが』
光のタブレットから電子音声が聞こえてくる。どうやらアイもいるらしい。
「ふっふっふ、未来の技術を甘く見ちゃいかんよ」
『爆発の前に緊急テレポーターで脱出させていただきました』
「船体の方は壊れちゃったけどね~」とあっけらかんとする二人。
「ううぅ…」
「ん、どうしたの?」
「良かったよぉ!!」
気付けば誠は彼女に抱きついていた。死んだかと思われた恩人が生きていたのだ、嬉しくない訳はなかった。
「あ~、はいはい。ごめんね、もっと早く伝えられれば良かったんだけど」
光もポンポンとその背中を叩く。まるで子供をあやす母親のようだ。
「それでもちゃんと見えてたよ、やっぱり君は凄いよ」
「ホントにいいシャウトだったよ」
ピタリと誠の体が固まる。
「いや~、戻ってきてみればヒーローアーマーが想定以上の力発揮してるし、何かと思えばあれだけカッコ良くシャウトしてれば感情コンバーターもやる気出すよね」
ビクッと体が震える。
「ビデオに撮っておきたかったよ、ねえブレイブホープ?」
「わあああああああああああ!!!!」
光から離れて恥ずかしさのあまり絶叫する。
そう自分はなぜかあの時そう名乗った。普段なら絶対にあんな格好つけることなどないのにどうしてかあんな事を言ってしまった。
しかもそれだけではない。
「あのレイジ・ナックルとかタイフーン・スローとかは見事な連携だったね」
「ワーワーワー!!」
「特に最後のブレイブ・ダイバーなんて往年のヒーローの必殺技みたいでカッコ良かったよ」
「ひゃあああああ!!」
「君の勇気は未来の希望だよ、だからこれからも頑張ってくれたまえ」
「もうやめてぇぇぇぇ!!」
真っ赤な顔で座り込む。あの時はどうかしてたのだ、テンションが少しおかしかっただけなのだ。
「なんなんですか! そんなに虐めて楽しいですか!?」
「人聞き悪いなぁ、本心から褒めてるのに」
光は口を尖らせる。どうやら本当に本心からのようだ。
「前に言ったよね、感情コンバーターは名前のとおり人の感情エネルギーを力に変えるもの。人間大きな声を出す時ってそれだけ感情も大きく動いてるってことなんだよ」
彼女の言うとおりあの時は平和を壊す侵略者を許せないという想いが強かった。それだけに妙にテンションが高かったのだろうが。
「感情の波は君の場合そのまま力になる。だから、あれは本当にいい傾向。ヒーローはカッコつけてなんぼだよ」
その時はいいのだが素に戻った時の反動が大きすぎる。現に思い出すと悶えたくなる。
「タイムマシンが壊れた以上、今までみたいなサポートはできなくなっちゃったけど君がそれを使いこなせるようになってくれて本当に良かったよ」
「そ、そうだ、光さん大丈夫なの?」
二人は無事だったがタイムマシンはボルリザードに破壊されてしまった。それはすなわち光が本来の時間軸・未来に帰還することができなくなったことを意味していた。
「必要なシステムのデータとかはバックアップ取ってあるから大丈夫。でも、肝心の船体の方が壊れちゃったのが問題かなぁ」
「直せるの?」
「やれないことはない。ただ時間がかかるかな」
自分を守るために我が身を省みず助けに来てくれた光。その結果が未来への帰還不能とは申し訳なさすぎる。
すると、それを察したかのようにニカリと笑う。
「大丈夫大丈夫、別に永久に帰れなくなったわけじゃないんだから」
「でも…」
「それに私もすぐに帰るつもりはなかったからね」
「そうなの?」
『マスター、教えるんですか?』
アイが何やら苦言を呈してくる。しかし、光は首を振り
「うん、ここまで来て隠し事は無しでしょ」
光は寄りかかったフェンスから離れて、改めて誠に向き直る。
「アサくん、私が何故この世界にやってきたかはもうわかってるよね?」
それは異世界からの侵略者たるディメンゾーナから過去の世界を守り、未来を変えさせないため。
「それで私はこの世界に三つの役目を負ってきたの」
光は指を一本伸ばす。
「一つ目はこの世界に来て、君にヒーローアーマーを渡すこと。これはもう達成済みだね」
二本目の指を伸ばす。
「二つ目はディメンゾーナを倒す支援をする。この時点ですぐに帰る理由はないの。だからあんまり気に病まなくていいよ」
フリフリと二本の指を振る。
そして、三本目の指がのばされる。
「三つ目。これが一番重要。下手すると一つ目とか二つ目以上に」
真面目な表情で告げる。
誠にヒーローアーマーを渡し、さらに戦いの支援をする以上に重要なこと。それは一体どんな役目なのか。
ゴクリと唾を飲み込む。
「三つ目は……」
もったいぶるように溜める。
「君と幼馴染の上杉都代ちゃんが結ばれるようにサポートすること」
「………………へ?」
「だからぁ、君と都代ちゃんが結婚できるようにするってこと」
「何でぇ!?」
どれだけ困難な役目なのかと覚悟していたのに。
「僕真面目に聞いてるんですけど!?」
「真面目も真面目、大真面目だよ。ふざけてる様に聞こえるかもだけど本当に重要なことなんだから」
困惑する誠だが光は気にした素振りも見せない。
「だ、だって僕と都代ちゃんが結婚することがどうしてそんなに重要なのさ!? それもヒーローアーマーを渡したり、戦いのサポートする以上に」
「そりゃあ、それが正しい歴史なわけでそうでもしないと私が生まれないし。そうしないと私がヒーローアーマー開発できないわけだし」
「だからそれのどこが…はい?」
今聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がした。
「ん、どしたの?」
「もう一回言ってもらってもいいですか?」
光は首をかしげる。
「えっと結婚するのが正しい歴史?」
「それの後」
「ヒーローアーマーを開発したのは私?」
「それもびっくりだけど、それの前!」
「私が生まれない?」
「そこぉ!」
声が自然と大きくなってしまう。
幼馴染と結婚することは正しい歴史、そして結婚したことで光がヒーローアーマーを開発する。これの意味するところは…。
いや、わかっている。わかってはいるのだが。
あまりに突飛すぎて着いていけない。
『ほら、やっぱり混乱しちゃったじゃないですか』
「私的にはもっとこう劇的なシーンで伝えたかったんだけどねぇ」
十分に劇的かつ驚愕的である。
そして、混乱する頭でようやく言葉をひねり出す。
「じゃ、じゃあ光さんは…」
「そっ、じゃあ改めまして」
光はその場でクルリとターンをする。
「私の名前は朝野光。父親は朝野誠。母親は上杉都代。二十五年後の未来から来た二人の娘だよ」
開いた口がふさがらない。
「よろしくね、お父さん」
茶目っ気たっぷりにウインクしてみせる。
「えええええええええ!!!?」
ここ数日で一番驚いた瞬間だった。
この日、不登校少年は駆け出しヒーローへと
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