6.勇気顕現! ヒーロー完全誕生!

 

 ゴウッ!! ゴウッ!!

 

 休日は歩行者天国として賑わう街に爆音が響く。

 「オラオラオラァ!! 逃げてばっかじゃつまらねえぞ!!」

 ボルリザードが右腕の大砲で誠を狙い撃つ。それを右に左にとなんとか避けていく。警察は二人の戦いに巻き込まれてはかなわないと後退している。今の誠には他人を庇っている余裕などない。むしろそれはありがたかった。

 『アサくん、なんだかアーマーが前より機能してないよ』

 光の言うとおりだ。誠の動きが以前の戦いより格段に鈍くなっている。砲弾を回避するのにもなんとか紙一重に近い。

 「くっ…!」

 「どうしたどうした!? 前の戦いはマグレだったか?」

 ボルリザードが嘲笑してくる。アーマーの中で誠は唇を噛む。自分の動きが悪くなっているのは自分がよくわかっている。常にアイとアーマーからモーションデータが送られてくるがそれに反応するのもやっとだ。前回の戦いではもっと動けていたはずなのに。

 その現実が誠を更に焦らせる。

 誠はウォッチェンジャーを左に一回スライドさせる。

 『arm converter full drive!!』

 必殺技で一気にケリをつけようと地面を蹴り、ボルリザードに拳を振り下ろす。

 

 ゴンッ。

 

 しかし、戦場となった街に響いたのはなにか硬いものを殴りつけたような鈍い音。

 「うっ…!?」

 痛みを受けたのは渾身の一撃を放った誠の手だった。

 「はっ、どうした? 痛くも痒くもないぜ!」

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべるボルリザード。

 『武器だけじゃなくて装甲まで強化されてる!?』

 「言っただろう! お前を叩き潰すためにこんな姿になったってな!」

 誠に至近距離で砲身が向けられる。

 『逃げて!!』

 光の叫ぶ。だが既に遅かった。

 砲身からバレーボール大の砲弾が飛び出す。ほぼゼロ距離にいる誠にそれを回避する術はなかった。砲弾は体の中心に激突。すぐには爆発せず、誠の体を数メートル吹き飛ばしながら爆発する。声を上げることもできないまま、爆風により更に吹き飛ばされる。建物を巻き込み、地面を転がる。

 アーマーがなければ死んでいたような一撃。しかし、そのアーマーも無事ではなく、本来の耐久値を超えたのか光の粒子となり霧散する。それでも何とか立ち上がれるくらいには無事なようだ。

 ふらつく体を支えながら歩くと、今だパニックを起こした人々が目に付く。

 「まだこんなに人が……」

 戦場からだいぶ離れたが、ここはまだ避難が完了していないようだ。今も避難誘導が続けられている。

 遠くからはボルリザードが大砲を放つ音が聞こえる。

 「僕が…僕が行かなきゃ…!」

 その言葉とは裏腹に体は動かない。さっきの一撃で確信してしまった。

 自分では勝てない、と。

 もう一度変身して向かったところで勝てる保証などない。むしろ返り討ちに遭うことは目に見えている。

 「やっぱり僕じゃ…ダメなんだ……」

 その場に座り込む。無力な自分が恨めしく地面に拳を打ち付ける。そして、自分の情けなさに涙が溢れてくる。泣いてもどうしようもない、状況は変わらない。そんなことは分かっているが止まらない。

 「僕は…僕は……!」


 「しっかりしろ、今助ける!」

 「頑張って、シノちゃん!」

 

 地獄のような喧騒からふと声が聞こえてくる。一人の声は聞き覚えがある。

 「都代ちゃん…?」

 誠は起き上がり辺りを見回す。見えるのは瓦礫と逃げ惑う人々。声だけを頼りに歩く。果たしてそれは見つかった。

 「もう少しだ! 篠宮、あと少しの辛抱だ!」

 「上杉さん、保村さん私のことはいいから逃げて!」

 「放っておける訳ないでしょ!」

 見ればそこには都代と先程すれ違った二人の少女がいた。篠宮と呼ばれた少女が瓦礫に足を挟まれて動けなくなっている。都代と保村という少女二人で何とか瓦礫を押しのけようとしている。しかし、いくら都代でも巨大な瓦礫を押しのけるのは難しい。周りは混乱していて彼女たちを手助けできるほど余裕がない。

 「都代ちゃん!」

 気付けば誠は三人に駆け寄っていた。

 「誠!? お前、どうして?」

 「ここは危険だよ! 早く逃げないと!」

 「わかっている! その前に彼女を助けないと!」

 そう言って瓦礫を押しのけようともう一度手をかける。誠もそれに倣い瓦礫を押しのけようとするが一向に動かない。

 「三人とも、もういいよ。もういいから逃げて」

 弱々しい声が聞こえる。

 「諦めるな! 大丈夫だ! もうすぐ!」

 それでも瓦礫は動かない。爆音が近づいてくる。

 「ダメだ…全然動かない…」

 諦めかけたその時。

 「最後まで諦めるな!」

 隣から檄が飛ぶ。都代だ。

 「生きてる限り諦めるな! 諦めない限り道は開く!」

 「諦めない限り道は開く……」

 誠は瓦礫から手を離し、その場から駆け出す。

 「ちょっとどこ行くのよ!」

 「誠……」

 しかし、彼はすぐに戻ってきた。その手に棒状の瓦礫を抱えながら。

 「都代ちゃん、これで!」

 「…なるほど、よし!」

 誠は棒状の瓦礫を友人にのしかかる瓦礫の間に差し込む。そして、間に支点となる土台を設置する。彼は瓦礫をテコの原理で押しのけようとしているのだ。

 「行くよ、せーの!」

 誠の合図とともに誠が棒を、都代たちが瓦礫を押し上げる。今までびくともしなかった瓦礫が徐々に動き出す。

 「もう一回! せーのっ!」

 誠の掛け声でもう一度挑戦する。もう少しで彼女を引っ張り出すくらいの隙間ができる。

 「うわああああああああ!!!」

 あらん限りの力を振り絞る。アーマーを装着していない誠は非力だ。女子である都代にすら勝てないかもしれない。それでも今出来ることがある限り諦めない。恋焦がれた少女が頑張っているのに自分だけ諦めるわけにはいかなかった。

 ウォッチェンジャーがふと光を放ったように見えた。すると、ついに瓦礫に隙間ができる。

 「都代ちゃん、今の内に!」

 誠は全体重をかけて瓦礫の隙間を広げる。都代と保村はその間に篠宮を救出する。それを見届けるとフッと体から力抜け、瓦礫はドスンと地面に落ちた。

 「ありがとう、上杉さん、保村さん。それに…あなたも」

 「私からもありがとう。逃げたと思ったけどあんた凄いじゃん!」

 保村は篠宮に肩を貸す。幸いなことに篠宮は足を挟まれ動けなくなっただけのようで、瓦礫に足を潰されることはなかったようだ。それでも歩行は困難なようだが。

 「いや、僕は何も……」

 誠は視線を泳がせる。すると、そこで初めて手の痛みを感じる。その手を見てみるとところどころ擦り剥け血が滲んでいて、血豆のようなものもできている。おそらくは瓦礫を押しのける際にできたものだろう。

 「それが何よりの証拠だ」

 すると、都代がその手を包む。

 「お前のおかげで私の友人を救えた。お前が来てくれたおかげだ」

 彼女の手の暖かさに思わず顔が赤くなり俯く。

 「やっぱりお前は……」

 「あ~、お取り込み中のところ悪いけど早く避難しよ?」

 保村が申し訳なさそうに口を挟む。

 「ああ、そうだな。保村、悪いが篠宮を頼む。私は誠を」

 そう言って誠に肩を貸す。同年代の男子に肩を貸せるのだからやはり彼女はたくましい。いや、この場合誠が同年代と比べてひ弱というべきか。

 「い、いいよ。僕は大丈夫だから」

 「何を言う。お前だってボロボロじゃないか。実は立ってるのも辛いんじゃないのか?」

 さすが幼馴染、鋭い。

 「さあ早く行こう」

 四人がその場から離れようとしたその時。


 ズウン!!

 轟音とともに建物が吹き飛ばされる。保村と篠宮から悲鳴が上がる。

 そこには今もなお破壊を楽しむ侵略者の姿があった。

 「お、まだ的が残ってたか」

 ボルリザードは誠を倒して気を良くしたのか文字通り蛇のような顔をニヤリと歪ませる。

 「くっ、急げ!」

 都代が声を上げ、その場から逃げる。しかしそれぞれ足取りの覚束無い人間を支えていては思うように進めない。

 「そうそう逃げろ逃げろ。的は動いていたほうがいいよな」

 右腕の大砲の砲身が都代と誠に向けられる。

 

 「まずは二匹」

 

 ドウッとバレーボール大の砲弾が二人に迫る。

 「都代ちゃん!!」

 瞬間、体が勝手に動いていた。誠は自分を支える彼女を押し飛ばす。

 非力な彼の力でも突然のことに都代の体は投げ出される。そして、間を置かずして。


 ズウン!!

 砲弾が着弾。爆風と巻き上げられた煙で視界が一気に遮られる。

 「誠ぉ!!」

 都代の悲痛な叫びが木霊した。


 「ちっ、一匹外したか」

 つまらなそうに呟くボルリザード。しかし、既に大砲の次弾は装填され次なる目標に狙いを定める。

 「待てええええ!!!」

 その時、爆煙の中から影が躍り出る。それはヒーローアーマーに身を包んだ誠だった。砲弾が着弾する寸前、反射的に変身して難を逃れたようだ。

 誠は今にも砲弾が放たれそうな砲身を蹴り上げる。それにより砲弾は空中に打ち上げられ爆発した。

 「まだ生きてたか!」

 ボルリザードは蹴り上げられた大砲をそのまま振り下ろす。空中で身動きの取れない誠は地面に叩きつけられ、そのままバウンドしながら転がる。アーマーもその拍子に解除され、その姿を晒してしまう。

 「なるほど、それがお前の本当の姿か」

 アーマーの防御力を抜けてきたダメージにより立ち上がることすらできない。

 「はっ、まだガキじゃねえか。まさかこんなのに俺が醜態を晒されるとはな…」

 立ち上がれない誠に大砲が構えられる。

 「死んで詫びろ」

 「うぅ…!」

 

 「英雄に成り損ねたな」


 『ちょっと待ったーーーーーー!!!』

 突如、大音量の声が響く。それと同時にボルリザードめがけて銃弾の雨が降り注ぐ。その先には光が乗ってきたタイムマシンがあった。

 『そうはいかんのポッポ焼き!!』

 タイムマシンはボルリザードを攪乱するように旋回しては銃撃を浴びせ、さらに旋回しては銃撃を繰り返す。

 『アサくん、アサくん! 聞こえてる!?』

 ウォッチェンジャーから光の声が通信で送られてくる。

 「光さん…?」

 『アサくん、君は英雄にはなれないよ!』

 「え?」

 突然何を言い出すのだろうか。

 『いい? 君はね、英雄になるんじゃない』


 『ヒーローになるんだ!』

 

 「それってどういう…」

 光の言葉に戸惑いを隠せない誠。

 ヒーローとは英雄の英語読みのことではないのか。ならば意味は同じなはず。

 『ヒーローと英雄はね、言葉が同じだけで意味は全く違うんだよ!』

 その戸惑いを無視するように光は言葉を続ける。その間でもタイムマシンとボルリザードの攻防が続いている。どうやらアイの自動操縦で動いているようだ。

 『英雄は力と実績があれば誰でもなれるもの。でもヒーローは違う』


 『ヒーローは力だけじゃダメ! 誰かを、何かを守りたいっていう想いを持つ人に与えられる称号なんだ!』

 

 「誰かを守りたい…」

 『初めて会った時なんで敢えて遠くの駅にしたかわかる?』

 それは光がヒーローになって欲しいと懇願した日のことだろう。あの時は自宅から距離のある街で落ち合った。普通であればなんてことのない距離だが、まだ家の敷地内からも出ることに恐怖を覚えていた彼にとっては結構な試練であった。

 『実を言うと私あの時こっそり観察させてもらってたんだ。タイムマシンから』

 「どうして…」

 『君がどういう人間か実際に目で確かめたかった』と告げる。通信の奥でふっと彼女の表情が和らぐのがわかった。

 『未来で聞いたとおりだったよ。弱虫で、イジケ虫で、テンパるととんでもない行動に出て』

 出てくる出てくるマイナス面。誠の気持ちが沈み込む。

 『でも』


 『君は優しくて勇気がある。それが自分を更に追い込むことだったとしても君は見て見ぬふりなんてしない』


 ウォッチェンジャーから優しい声が流れる。

 『駅でお婆ちゃん助けたよね? どうして君は助けたの?』

 彼女が言うのは駅のホームで大荷物を抱えていた老人を助けた時の事を言っているのだろう。想像以上に荷物が重く、結局電車を乗り過ごしたことは記憶に新しい。

 「それは…困ってる人がいたら誰でも助けるでしょ?」

 誠はずっとそう教わってきた。両親のいない彼に叔母が幼い時分よりずっと言い聞かされてきた。彼にとってはそれが世の常、人のあるべき姿だと教えられてきた。

 『それって実は凄く勇気がいるってわかる? 思い出してみて、あの時声をかけたのは君だけだったはずだよ』

 光に言われてハッとする。彼女の言うとおりあの時老人に手を貸したのは最後まで誠一人だった。

 『人に優しくするのは難しいことなんだよ。でも君にはそれができた。それって君には誰かを救うための勇気があるってことなんだ』

 だんだんとタイムマシンとボルリザードの攻防が激しくなっていく。それでも彼女は語ることをやめない。

 『そして、君には自分を変えたい・変わろうとする勇気もある』


 『さっき最後まで言えなかったけど、その鎧は誰でも着ることが出来る。でも言い方を変えると着ることしかできない。その鎧の真骨頂は感情からくるエネルギーなの』


 『その真価を発揮できるのは本当の勇気を持ってる君だけ!』


 『私にとって君は絶対に必要なんだ!』


 光の想いがウォッチェンジャーを通して伝わってくる。


 「いい加減にしやがれ、この小蝿がぁ!!」

 ボルリザードの凶弾が襲う。辛うじて躱し続けてきたがついに左翼にそれを受ける。火花が上がると同時に被弾箇所から火災が起きている。

 「光さん!」

 

 『…へへっ…君なら大丈夫、君は鎧を着る前からずっとヒーローだったんだよ…』

 通信にノイズが走りながらも光の言葉は続く。

 そして。



 『この世界を頼むよ…グッドラック、ヒーロー……!』

 激しい閃光と爆音とともにタイムマシンは爆発する。熱風が誠を襲う。


 「ちっ、ようやくくたばったか」

 ボルリザードは鼻を鳴らす。

 「さて、少し遅くなったが…次はお前だ」

 その砲身はまた誠に向けられる。しかし、もう怯えはしない。

 先程まで力尽きて立ち上がることすら出来なかった体がもう一度立ち上がれと叫んでいる。挫けた諦め癖のついた心が諦めるなと震える。

 

 今、誠は胸の中心で燃えたぎる感情を初めて感じている。登校拒否になる原因となった相手にすら沸き上がらなかった感情が今初めて彼の体を渦巻いている。

 これは怯えか、悲しみか。

 いや、これは怒りだ。己が欲望のために他者を傷つける侵略者に対する怒り。だが、その胸に燃える怒りにどす黒さはない。

 

 「まだ立つのか? もういい加減に楽になれ」

 ボルリザードは嘲笑めいた表情で告げる。

 こんな奴らにこの世界を好きにさせていいのか、誰かに涙を流させていいのか。

 

 誠はウォッチェンジャーを左にスライドさせる。

 『change mode stand-buy』

 

 光はヒーローとは誰かの為に戦える者に与えられる称号だといった。

 ならば、たった一人で未来を守るために過去にやってきた彼女もまたヒーローと呼べるのではないか。自分にヒーローとは何かを教えてくれた彼女こそ真のヒーローなのではないだろうか。

 

 どこかで自分を呼ぶ声がする。おそらく都代だろう。爆煙渦巻くこの場所で必死に探してくれている。幼い頃より自分を助け、守ってくれた彼女もまたヒーローなのだろう。そして、自分を引き取り育ててくれた叔母もまたヒーロー。

 「僕の周りはヒーローばっかりだ…」

 そんなヒーローたちの間にいる自分は守られるだけの一般人でいいのだろうか。答えは既に見つかっていた。光に『ヒーローにならないか』と言われたあの時。自分を変えるチャンスだと感じた。戦うことは怖かった。そして、いざ戦ってみればアイとヒーローアーマーの性能に守られるだけ。それを着ている、着られている自分が嫌だった。

 『君は絶対に必要なんだ!』

 この言葉を聞いて初めて自分の本心がわかった。

 自分は誰かに必要とされたかったのだ。

 いつも誰かに助けられ、守られるだけの自分が必要とされない存在なのではないかと不安だった。そして、そんな自分の気持ちにも気づけずただモヤモヤとした判然としない感情に更に不安が募った。

 でも、自分を必要としてくれる人がいた。自分は誰かにとって必要な存在になれる。それを理解できた今、彼の中に周りに立ち込める爆煙のようなモヤモヤは一切吹き飛ぶ。

 「くたばれ! 英雄の成りぞこないがァ!!」

 

 「僕は英雄になるんじゃない!」

 いつか光が見せた変身ポーズを真似る。自分にヒーローとしての心得を教えてくれた尊敬と感謝を込めて。

 「僕がなるのはヒーローだ!!」



 「勇気顕現ッ!!!!!」

 今までにない大音量で変身ワードを叫ぶ。

 羞恥などない。これは過去の自分との本当の決別。そのための覚悟の言葉。

 

 『OK!!』

 ウォッチェンジャーから光の粒子が溢れる。それは今までよりも多く、そして眩く誠を包み込む。

 「ぬおおっ!?」

 その溢れんばかりの輝きに目を覆う。

 それは爆煙すらもすり抜け、まるで街すべてを覆うかのように輝く。

 「こ、これは…?」

 誠を探す都代もその輝きの元を見つめる。

 

 「はあっ!!」

 バッと輝く粒子を振り払う。

 払われた粒子は風に巻かれるように宙を舞う。その勢いはあたりに立ち込めていた爆煙をもなぎ払う。

 果たしてそこにいたのは白い鎧の戦士。

 否、今度の白は今までの何も描かれていない画用紙のような白ではない。汚れを知らない透き通るような純白。

 四肢に取り付けられた感情コンバーターは今までに見せたことのない輝きを見せる。

 「しゃ、しゃらくせえ!! 姿が変わっただけで何だってんだ!!」

 ボルリザードが大砲を戦士に向けて放つ。砲弾はまっすぐ襲いかかってくる。

 しかし戦士は動かない。ゆっくりと左腕を上げ、なんとその砲弾を受け止める。砲弾の勢いをそのままにクルリとターン。そして、まるでピッチャー返しのごとくボルリザードに受け流した。

 「ぐおわ!! こ、このガキぃ!!」

 激情に駆られたボルリザードがまたも大砲を構える。今度は狙いを定めることもせず八つ当たりのように砲弾をばらまく。戦士はそれを腕で、脚で空に弾き返す。

 ズウン!

 すると、一発の砲弾が建物に着弾する。建物は破壊され、その破片が地上に降り注ぐ。その下にはなんと都代がいる。

 「上杉さん!」

 「トヨっち!」

 友人ふたりが悲鳴を上げる。

 都代は自分に降りかかる衝撃に備え目を固くとじる。

 しかし、一向にその痛みが襲ってこない。むしろ、奇妙な浮遊感を覚える。

 恐る恐る目を開く。

 目の前に広がっていたのは純白の鎧。気付けば彼女は戦士に抱かれ宙を飛んでいた。

 戦士は友人たちの近くにスタッと着地。都代をそっと下ろす。

 「お前は…?」

 「巻き込んでごめんね、ここは危ないから下がってて」

 戦士は優しげな声音でそう告げる。

 「しかし、まだ」

 「あなたの幼馴染は助けた。だから安心して」

 都代の言葉に被せる。幼馴染に自分の正体を明かせば彼女は心配して避難してくれないだろう。だから今は嘘を吐く。

 恋焦がれる少女を守るために。

 今だ乱射を続けるボルリザード目掛けて駆け出す。迫り来る砲弾を弾き、時に躱しながらその懐に飛び込む。

 「だあああっ!!」

 大砲目掛けて拳を握り込み叩きつける。

 拳は大砲の装甲を貫通し、その砲身諸共に吹き飛ばす。

 「があああっ!?」

 戦士はそのままボルリザードの巨体を蹴り飛び退る。

 「お、おのれぇ! 姿が変わっただけで何故そんなに…お前は一体何なんだ!!」

 最大の武器を破壊された怒りは目の前の戦士に注がれる。

 だが、戦士はもう怯えない。

 彼こそがこの世界を守るヒーロー。

 

 「僕の勇気は未来への希望。ブレイブホープ!」

 

 戦士・ブレイブホープは高らかに宣言した。

 名前はほぼ浮かんだ言葉をそのまま口にした。ヒーローとしての名を名乗ることは本当の覚悟の象徴。

 その覚悟を示したとき。

 カアッ!と四肢のコンバーターが一斉に輝き出す。輝きはアーマーに刻まれたエネルギーラインを通り、赤く発光する。

 それが全身に回ったとき、純白の戦士は燃えるような赤の戦士へと姿を変える。

 これがヒーローアーマーの本当の姿なのだ。

 そして、ブレイブホープは理解する。ずっと想定以下の出力であった感情コンバーター。何度やってもその真価が発揮されなかった理由。それはコンバーターの故障などではなかった。全ては自分の心の問題だったのだ。

 感情コンバーターはその名の通り感情をエネルギーに変換する装置。光の解説でポジティブな感情ほど力を発揮すると言われていた。逆に考えればだ。感情とはプラスなものだけではない、悲しみや憎しみのようなマイナスの面も持っている。ネガティブな感情にもコンバーターは反応し、マイナスの力に変換される。そして、ずっと出力が上がらなかったのは心の隅にあった自分の必要性を悩んだり、諦観の感情に反応していたからだろう。

 しかし、今は違う。

 立ち向かう彼の中に渦巻く感情は理不尽な悪に対する怒りと自分を守ってくれてきた者たちを守ろうとする勇気だった。

 その二つの感情が真の姿を持って悪の前に顕現している。


 「ブレイブホープ、未来の希望だと…ふざけやがって!!」

 ボルリザードは破損した大砲の部分を捨てると、腰に付けられたチェーンソーのような刃へと取り替える。巨体を揺らしながらブレイブホープに肉迫、その刃を振りかぶる。ブレイブホープはそれを後ろにさっと飛び退く。刃を紙一重で躱すと同時にすかさず今度は前に跳ねる。

 「たあっ!」

 丸太のように巨大な腕を足場にし眼前に飛び込む。そのまま右足でその顔面を蹴り抜いた。ボルリザードはよろけながらも右腕で彼を払おうとする。しかし、それすらも避けられ逆に胴に拳を叩き込まれる。

 「だあああ!!」

 そのまま一発二発三発と次々とその胴部に拳を叩き込む。そして、相手がよろめく隙にウォッチェンジャーを右に二回スライドさせ最後にタッチする。

 

 『leg converter full drive!!』


 両足のコンバーターが赤く輝く。

 そこから流れるようにローキック、ハイキック、回し蹴り。そして、ググッと身を縮めバッと飛びかかる。

 「ムーンサルトブレイク!」

 満月を象るかのように空中で一回転。ボルリザードの顎を捉え蹴り上げた。

 「ぐおああああ!!」

 蹴り上げられた巨体は悲鳴を上げながら地面に叩きつけられる。

 「グッ…ガッ…何故だ、さっきと動きが全然違う!」

 それは装着者である誠も同様に驚いていた。以前はアイとヒーローアーマーにインプットされたモーションデータによるサポートで信じられないような挙動ができた。今はサポートしてくれるアイはいない。モーションデータだけでは適切な動きは難しいと前に教えられていた。感情コンバーターによる自分の能力強化もあるだろう。それでも今は誇ることができる。今、自分は己の力と心で戦っている。

 「光さんから託された想いはお前なんかに負けない!」

 ブレイブホープはウォッチェンジャーを右に三回スライドさせる。右に一回で両腕の、二回で両足の、そして三回では。

 

 『all converter full drive!!!』


 全てのコンバーターが輝く。体中に力が伝わっていくのがわかる。そして、それでも高まり続けるエネルギーが首元から吹き出る。感情エネルギーは肉眼では捉えられないという。しかし、今そのエネルギーは彼の首元にはためいている。それはまるで赤いストールのように見える。

 「全力全開!!」

 ブレイブホープが地面を蹴り走り出したかと思えば、既にその懐へと飛び込まれている。

 「なっ、待…!!」

 「レイジ・ナックル!!」

 赤い怒りの拳が侵略者を三連続で打ち抜く。すかさず相手の腕を掴み、今度は台風のように回転し始める。

 「タイフーン・スロー!!」

 遠心力を乗せて真上に投げ飛ばす。ボルリザードの巨体は技の名前通り竜巻に巻かれるように上空に登っていく。

 「ぐ、がああああああああ!!」

 空高く放り投げられたボルリザード。ある程度まで登ると今度は引力に引っ張られ落下し始める。絶叫を上げながら心で歯噛みする。何が強力な力か、装備か。優勢だったのは最初だけ、後は逆転された上にこの様だ。どうする、このまま帰っては間違いなく処刑される。何かさらに逆転の策はないだろうか。

 あるではないか。

 この体に改造された時、イーボルから右腕の装備を三つもらっていた。一つが破壊された大砲、二つ目が今つけているチェーンソー状の刃、最後の三つ目が一発限りだが着弾すれば半径十キロメートルは火の海にできるというミサイルの腕。

 ボルリザードは刃を取り替え、ミサイル腕に換装する。狙いは真下にある街。この目でその死に際を見れないのが残念だが今は始末をつけることが大事。

 「消え失せな!」

 ヒュッ。

 ボルリザードの横を赤い何かが風を裂いて通り過ぎる。そして、彼は目を剥いた。ミサイルを構える自分のさらに上空に戦士がいた。

 

 「これ以上街は壊させない。誰も傷つけさせない!」

 ブレイブホープは足の裏にあるバーニアを吹かせる。そして、右足を突き出し眼下にいるボルリザードめがけて急降下していく。彼の首元の赤いエネルギーのストールが右足に集まっていく。


 「ブレイブ・ダイバーーーーッ!!」

 全身全霊の一撃。

 危険を感じたボルリザードがミサイルを放つ。しかしそんなものではブレイブホープは止まらない。

 ミサイルすらも蹴り砕き。

 閃光放つ必殺の一撃が悪の胴体に突き刺さる。

 「だあああああああああああああああああっ!!!」

 「ぐおおおおおおお!!!?」

 そして。


 「でいやあああああああああ!!」

 ブレイブホープの一撃はボルリザードの機械化された体を貫通・破壊した。

 機械部分から放電と火花が起こる。

 ボルリザードの完全な敗北だ。

 「ば、馬鹿な…! なんでこんな田舎世界のガキに…!?」

 いまだに自分の敗北が信じられないようだ。

 「はっ、ははは…今の内に勝ち誇ってな、だがディメンゾーナはこの世界にどんどん侵攻してくる。お前だけで守りきれると思うなよ!」

 「……いくらでも来ればいい。僕はもう逃げない。僕がこの世界を守ってみせる」

 その確固たる意志はもう砕けることはない。それが変わる力を得た代償だとしても彼は立ち上がり続けるだろう。

 「フッ…ハッハッハッハッハ!」

 

 断末魔にも似た笑いとともにボルリザードは爆発四散した。




 「うわっ!」

 巨大なトカゲの怪人と白と赤の戦士・ブレイブホープが上空に飛び立ってから数分後、突如空の彼方で激しい閃光と爆発が起こる。

 「一体何が起こってるんだ…」

 日常の住人である彼女・上杉都代はそう呟く。

 爆発の余波が収まると周囲から聞こえるのは人の喧騒だけ。今さっきまで起こっていた奇っ怪な怪物の襲撃がまるで嘘のようだ。

 「そうだ、誠は!?」

 あの戦士は助けたと言っていたがこの目で見るまで安心はできなかった。すると、瓦礫の散乱する広場に上空からフワリと何かが下りてくる。そこにいたのは彼女を助けたブレイブホープだった。

 「お前は…」

 「…………」

 二人の間に沈黙が流れる。

 「助けてくれて感謝する、お前は一体誰なんだ…?」

 「……僕はブレイブホープ。この世界の未来を守る者」

 「世界の未来、まるでヒーローだ」

 「僕はヒーローであるつもりだよ。皆が笑って明日を迎えられるようにするために」

 そう言ってブレイブホープは彼女から視線を外す。

 「ま、待ってくれ! 誠は、幼馴染は本当に?」

 彼は背を向けたまま首肯する。やがて跳躍し、彼女の前から姿を消した。

 それとほぼ同時に篠宮と保村がやってくる。

 「おーい、都代っち~」

 「心配しましたよ、あの後人を探すと言ってはぐれちゃったときは」

 篠宮の足は既に治療を受けた跡がある。まだ痛むであろうに自分を探しに来てくれたらしい。

 「それであの男の子は? 大丈夫なの?」

 「ああ、彼が助けてくれたらしい」

 「彼ってさっきの?」

 都代は頷く。

 

 「名前はブレイブホープ。未来を守るヒーローだ」

 

  

 

 

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