5.僕は本当に必要?

 初めての戦いから三日が過ぎた。

 幸いなことに砕石所は町から離れていた上に、他の一般人が誰もいなかったためその戦いを知る者はいない。町はいつもどおりの喧騒に包まれ、いつもどおりの日常を送っていた。今日は土曜日ということもあり、休日の人々でいつもより人通りが多い。

 「うーん……」

 「どうしたの?」

 街中のテラスで腕を組みながらずっと唸っている光に誠が問いかける。

 「うん、これ見て」

 光はタブレットを差し出す。そこには三日前の戦いの様子が映し出されていた。

 「これってこの前の?」

 「そう。で、本題は」

 タブレットを操作する。すると、場面はボルリザードへ必殺技(?)を放つシーンに変わる。また画面に触れ、それを操作すると今度はメーターのようなものが表示される。

 「ここ。コンバーターを解放したところ」

 彼女が言うところによればメーターの赤いラインが想定出力であるらしいのだが解放したあともそれに届いていなかったという。

 「あの戦闘の間ずっとモニタリングしてたんだけどどの場面でも想定数値までには上がらなかったんだよね」

 それでも勝てたからいいんだけど、と付け加える。確かにすべての戦闘シーンを見てもそのメーターが赤いラインを越えることはなかった。

 「なぁんでかなぁ~? コンバーターに不具合はないし~」

 椅子に寄りかかり頭を抱える光。

 「その、ごめんなさい…」

 「うぅん、アサくんが悪いわけじゃないよ。ただ原因不明っていうのはあんまり良くないかなぁ」

 にこりと笑って手をプラプラと振る光。それでも誠の中にはモヤモヤとしたものが渦巻いている。

 「まあ、前にも言ったとおり勝てるものは勝てたからこれから原因を見つけていくしかないよ。だから、君はあんまり難しく考えちゃダメだよ」

 「は、はい…」

 「………よし!」

 光がガタっと立ち上がる。ポカンと目を丸くする誠。

 「今日は遊ぼう! ヒーローだって休息は必要だよ」

 そういうと光は誠の腕を取り引っ張る。

 「え、ちょ、ちょっと待って!?」

 「さあ、行こうか!」

 誠の制止も聞かずに光は彼を引っ張っていった。

 

 それから数時間。

 「や~、遊んだねぇ!」

 光は満足そうにベンチに座る。休憩、休憩と言いながらもまだまだ余裕そうだ。その反面、誠の方はぐったりとしている。

 「ありゃ? アサくん、お疲れ気味?」

 「そりゃああれだけ引っ張り回されればね……」

 ウインドウショッピングに始まりカラオケ、ゲームセンター、ボウリングなどなどあちこちに引っ張りまわされた。元々インドアな誠にはなかなかハードな行程であり、前よりはマシになったとはいえ未だ他者の視線が気になってしまい尚更だ。

 「いや~、過去の世界も楽しいねぇ。元の世界でももっと遊んでおけばよかった」

 うーんと背伸びをする光。やや無防備なそのポーズは年相応に育った膨らみを強調する。しかし、不思議なことにあんまり不埒な気分にならないのは何故だろうか。ここ最近ほとんど行動を共にしてきたが、あまりそういった感情を抱いていなかった。今更ながら首をひねる。

 「どしたの?」

 「え、ああ、いや。未来では遊ばなかったの?」

 不埒な考えはないにしても女性の胸について考えていたなどと言えるわけもない。誠は慌てて話題を逸らした。

 「ん~、未来にいた頃は色々忙しかったからねぇ」

 誠の問いに光はどこか気の抜けた返事をする。

 今思い返してみれば彼女のことを深く聞いたことはなかった。知っていることといえば未来から来たことと非常に頭がいいことくらいだろうか。聞こうと思えば聞けることなのだろうが、彼女自身があまり語らないため聞いていいものなのか悩んでしまう。

 「さあ、休憩終了! 次行くよ、次!」

 「え、もう!?」

 休憩を始めてから五分と経っていない。

 「次はどこに行こうかな~」

 嬉々としてタブレットで調べ物を始める。これはまた数時間引っ張り回されることになりそうだ。

 誠は観念したように次の行き先が決まるまで街行く人々を眺める。

 世間は土曜日。休日な人もいれば、仕事な人もいる。家族を連れて休日を満喫している人もいれば、スーツを着込んで忙しそうに歩いている人もいる。ここ一ヶ月は家に閉じこもっていた彼にとってはこんな普通の風景でも新鮮に見えてくる。しかし、こんな日常も一度侵略者が現れればあっという間に非日常へと姿を変えるのだろう。そんなことにならないためにも戦わなくてはならない。だが、本当に勝てるのだろうか。

 誠は自分の左腕に付けられたウォッチェンジャーを見つめる。

 侵略者たちの戦力は未知数。光は誠が勝利し打倒していると言っていたが本当に可能なのだろうか。ヒーローアーマーの本当の力を引き出せていない自分が本当にこの世界を守りきれるのだろうか。

 胸中のモヤモヤは依然として消え去らない。

 「ふ~……」

 誠は俯いた顔を上げ、また雑踏に視線を向ける。

 「…………ん?………っ!?」

 「よし、決まった! アサくん、今度はゲームショップでも攻めに…あれ?」

 行き先を決めた光がタブレットから顔を上げると隣にいたはずの誠がいない。そして、いつの間にか二人が座っていたベンチの後ろに隠れている。

 「………何してるの?」

 「しーっ!」

 尋ねる光に誠は指を口元に当て静かにするように促す。彼の視線が雑踏の方に向いてるのに気づき、その視線を追う。

 その視線の先には数人の少女がいる。高校生くらいだろうか休日に街に遊びに来たのだろう。そして、その中でも一際目を引く少女がいた。

 身長は百六十センチ後半くらい、黒い瞳の目元は涼やかで日本人特有の黒い髪は絹のように細くショートカットに切り揃えられている。服装もだんだんと熱くなってきたためか薄手のシャツに、その長い脚の線が映えるパンツスタイルだ。美しいという表現の方が似合いそうだ。

 和やかな雰囲気で少女たちは二人の座るベンチの前を通り過ぎる。かと思えばピタリと少女は足を止め、ベンチの方を振り返る。

 「ん…?」

 そこにいるのは光だけ。誠はベンチの後ろでうまいこと身を隠している。

 「上杉さーん、どうしたの?」

 「…いや、何でもない。すぐに行く」

 少女は目のあった光に会釈すると友人たちの方へと歩いて行った。

 光もそれに会釈だけで返すとベンチの後ろを覗き込む。

 「ねえ、もしかして?」

 誠はベンチの後ろで体育座りのままうなづく。

 「……あの子が上杉都代ちゃん。僕の幼馴染」

 「へぇー、あれが! うわ~、マジかー!」

 光のテンション爆上がり。未来でも恋愛ネタは女の子にとって最高の話題のようだ。

 「にしてもなんで隠れてるわけ?」

 「……僕、不登校だから…それなのにどんな顔して会えばいいかわからないよ…それに久しぶり過ぎて何話せばいいかわからないし…」

 体育座りのまま呟く。

 「乙女だねぇ」

 「僕、男だけど」

 都代が過ぎ去ったことを確認して立ち上がる。

 「それにしても美人だったね、ちょっと口調が男っぽいけど」

 「都代ちゃんは昔からああだよ」

 彼女の実家は古い歴史を持つ武道家。彼女自身もその門下であり、幼い頃から男社会の中で育ってきたためかやや口調も男っぽくなっている。とはいえあくまで口調だけであり、仕草などは歳を追うごとに女性らしくなっている。その美貌も父親や他の門下生から可愛がられるなど幼い頃より変わっていない。いや、それどころか最近はさらに美貌に磨きがかかり、年相応以上の大人の魅力が備わっている。

 「おーい、アサくん~?」

 「え、あ、ごめんなさい」

 「いやぁ、幼馴染が可愛いのはわかるけど一応私がいるんだからトリップしないで欲しいなぁ」

 「ごめんなさい…」

 申し訳なさそうに頬を掻くが、光はさほど気にした様子もなくむしろ楽しげに笑う。

 「君がどれだけ幼馴染のことが好きなのかはよくわかったよ」

 「うぅぅ……」

 改めて第三者にそう言われると顔が熱くなる。

 しかし否定はしない。彼女が好きだという気持ちは軽々しく口にはできないが、照れで否定することもしたくはなかった。勝手な話ではあるが彼女に対して失礼に当たるとも感じている。

 「そっかー、あれがねぇ……」

 光は都代たちが去っていた方を見つめながら何やら感慨深げに呟いている。

 「光さん?」

 「さっ、休憩もしたし次に行こうか!」

 「えっ!?」

 どうやら有耶無耶にはできなかったようだ。

 「さあさあ、行くよ!」

 「あ~~れ~~~………」

 抵抗する暇もなくまたもや光に引っ張られていくのだった。



 「買いすぎたかな?」

 「だと思います」

 誠の両腕には大量の紙袋。行く先行く先で光が買い込むのでどんどん荷物が増えていったのだ。最初は光が自分で持っていたのだが、量が増えるに連れて誠が代わりに持つことにしたのだがやっぱり買いすぎである。

 「ありがとうね、全部持ってくれなくても良かったのに」

 「だからって光さんにもたせたままにはできないでしょ?」

 「うんうん、そういう気遣いは女の子には評価いいよ」

 「茂美さんによく言われてたし」

 叔母の教育の賜物である。

 「幼馴染にもやってあげるの?」

 「いや、都代ちゃんには……」

 「そりゃまたどうして?」

 不思議そうな光。

 「………都代ちゃんの方が力あるから…」

 「あ~……」

 片やスポーツより本が好きなインドア少年。片や幼い頃より武道を嗜み、ままごとより体を動かすことの好きなアウトドア少女。どっちが逞しいかは火を見るより明らかである。

 買い物をして荷物を持とうとしても「気にするな、私は大丈夫だ」とにこやかに断られる。

 「……男として見られてないね」

 「ぐはっ!?」

 「どちらかというとお手伝いしたがる子どもとお姉さんみたいな」

 「うぅぅ……」

 反論の余地なし。実際に彼女自身同い年ではあるものの、どこか保護者のように振舞う時もある。

 「そういう時は多少強引でもいいから荷物持ってあげるんだよ。そうすれば少しは男らしく見えるんだから」

 「男らしく……」

 今までの自分の所業を思い返す。

 最初の出会いは公園で転んで泣いていたところを助けられる。いじめっ子にいじめられているところを助けられる。吠える犬が怖くて動けないところを手を引かれて助けられる。小学校の頃重い荷物を持っているところを半分持ってもらい助けられる。そして、現在不登校中に授業の板書を持ってきてもらい助けられる。

 「助けられてばっかりじゃん」

 「返す言葉もありません……」

 そう、彼女と出会ってこの方一度も男らしいところなんて見せられたことがない。それどころか助けられてばかりで誠の方がヒロインのようになっている。

 「まあ、あんまり落ち込まないで。これからだよ、これから」

 「これから…そんなチャンスあるかなぁ…」

 ハアとそのままでため息を吐く。

 「大丈夫だって。君はこれから強くなるんだから。あいつらと戦っていくうちに男らしさだって身につくよ」

 「………本当にそうなの?」

 「え?」

 「本当に僕は強くなれるの…?」

 初めて変身し侵略者と戦った時、彼自身はアーマーを纏っていただけだった。戦闘のほとんどはアイたちのサポートによるもの。自分自身の力ではない。もし自分の力だけで戦わなければならなかった時、あんなに上手く戦えただろうか。

 答えは否だ。

 「ねえ、このアーマーって僕じゃないと使えないの?」

 誠は左腕に装備されたウォッチェンジャーを見ながら尋ねる。

 「……うぅん、そのアーマーは声紋・指紋認証さえ変更すれば誰でも着ることはできるよ」

 「……そうなんだ…」

 ギュッと誠の腕に力がこもる。

 

 「ねえ、僕は本当に必要?」


 誠の問いに光が口を開きかけたその時。


 突如街が揺れる。

 「え、地震!?」

 『emergency! emergency!』

 ウォッチェンジャーが危険を知らせる。これが鳴り響くということは。

 「……どうやら運悪く街に出てきちゃったみたいだね」

 光の表情が苦々しく歪む。

 「アサくん、私は今からタイムマシン取ってくるからその影で変身して」

 「う、うん…」

 誠は建物の間に隠れる。光はタブレットを操作してタイムマシンを呼び寄せる。光学迷彩付きでも街中においていけるわけではないため、人気のない場所まで自動操縦で動かし乗ってくるようだ。

 「ゆ、勇気顕……」

 変身ワードを唱えようとし、一瞬の躊躇が生まれる。

 『僕は本当に必要?』

 自らが口にしたその問い掛けが自らにのしかかっている。結局答えも聞けていない。自分でなくてもヒーローアーマーは使用できる。自分である必要性はどこにもない。

 誠は頭を振る。今は考えている暇はない。

 「勇気顕現」

 誠の体を未来のアーマーが包む。そのまま地面を蹴り跳躍。騒ぎの起きている場所に向かう。

 

 ただ、心なしかその白いアーマーが以前よりも更に白くなっているような気がした。



 「急いで! 立ち止まらないで!」

 場所はビルが立ち並ぶ大通り。平日は車が行き交う道路だが、休日は封鎖され歩行者天国となる。今、その歩行者天国は地獄の様相をえていた。

 逃げ惑う人々、避難誘導に奔走する警察、そして巨大な影。

 警察は避難する人々とのバリケードのようにパトカーを並べている。

 「き、君は何者だ! 何が目的だ!」

 パトカーのスピーカーで呼びかける。

 「用があるのはお前らじゃねえ!」

 そう言うと砲身のような右腕を突きつけるとドウッという轟音とともに火球が放たれる。それはバリケードとなったパトカーを容易く爆砕する。騒然となる現場。警察も今まで見たことのない兵器や生き物にどう対処すべきかわからないようだ。

 「ふん、イーボルの奴め。勝手にここまで改造してくれたときはどうしてやろうかと思ったがなかなかいい威力じゃないか」

 この影は数日前に戦ったボルリザードだ。だがその姿は以前とは異なり、その体躯は倍以上に巨大化し右腕は機械の腕。体のあちこちに見たことのない機械が取り付けられている。全て四将軍が一人イーボルによるものだ。自らの肉体を機械に包まれるのは嫌だったが、更なる力を付け誠を倒す。そうしなければ自分の明日はないと判断したためだ。

 「さあ出て来い!! 白いの! さもないとこのチンケな街全て灰にしてやる!」

 ボルリザードが空に向けて吠える。

 すると、まるでそれに呼応するかのようにビルとビルの間を縫って、白い鎧を着た戦士が舞い降りる。

 「ま、また一人増えた!?」

 得体の知れない存在がまた一つ増えたことにより警察内でも動揺が走る。

 「は、早く逃げてください」

 「き、君は一体?」

 「いいから早く!」

 『アサくん、そいつこの前戦った敵だよ』

 「うん、でもなんだか前とは様子が違うよ」

 改めて目の前のボルリザードを見やる。機械的に改造され、さらに巨大化したその姿には微かに以前の面影が見て取れる。

 「よう、待ってたぜ」

 「その姿は…」

 「お前に負けたお陰でディメンゾーナ内での俺の立場がなくてな。このままじゃ処刑されちまうからな」

 ボルリザードは忌々しげに機械化された自分の体を撫でる。

 「だがお前を叩き潰せば俺の評価は変わる。そのためにわざわざこんな体にしてきたんだ」

 ガチャリと右腕の大砲が音を立てる。

 

 「さあ! 俺のために死んでもらおうか!」


 今、ボルリザードとの最終決戦が始まった。

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