4.侵略者襲来

 地球は神秘に溢れている。これはよく耳にする言葉だ。だが、現在本当の意味で人類未踏の地というものは数が少ない。密林の最奥、砂漠のど真ん中、海底、あの子のスカートの中…はともかく果ては宇宙にまでその手は伸びている。どれも全ては人間の飽く無き探究心と好奇心によるものばかりだ。

 だがしかし、今だ人類が未到達な世界がある。

 それは異世界。いや、馬鹿にしてはいけない。そもそも人の目では確認できないのだから存在の有無を語り合うのは無意味というものだろう。だが、パラレルワールドだったり、剣と魔法のファンタジー世界だったり、もっと科学の進んだSF世界だったり、自分たちの世界以外にも別の世界が存在している可能性はあると考えられる。

 

 そして、今その異世界から前代未聞の侵略者たちがやってくる。


 戦艦が極彩色に輝く空間を進んでいく。その規模は非常に巨大、外装には機関砲や大砲などの武装がひしめき合っている。そうしてみればSFチックな印象だが、戦艦の艦首には龍の頭が飛び出ており、船体にはその翼が伸びる。他にも現代的な武装の間には赤く光る宝石や魔法陣のようなものが描かれており、SFとファンタジーをごっちゃにしたような戦艦だ。それも全ては自分たちが支配してきた世界から取り入れたもの。それぞれの世界の最高技術の粋を集められた姿だ。

 それがディメンゾーナたちの異世界攻略戦艦龍『ドルマキナ』だ。


 ドルマキナのちょうど中心にある艦橋・ブリッジ。この戦艦龍すべてを統括する司令塔だ。その司令塔の椅子に悠然と座る人物が一人。ディメンゾーナの大帝と呼ばれる存在だ。

 大帝はしばらく何もない極彩色の空間をジッと見つめていると、やがて傍らに置いていたステッキでカツーンと床を叩く。

 それに呼応するかのように四人の男女がブリッジに現れる。

 「いよいよ次の目標が見えた。彼の世界も我が手中に収める」

 男女は大帝の前に膝を折り、こうべを垂れる。

 「貴様らには存分に働いてもらおう」

 「恐れながら大帝、一つよろしいでしょうか?」

 すると、獅子のような顔を持った男が尋ねる。

 「彼の地は今までに併呑してきた世界と比べて目立った特色のない世界。何故そのような世界に?」

 「貴様! 大帝の決断に異論があるのか!?」

 すると、甲冑を身にまとい腰に佩剣、腕に丸い盾を装備した女性が立ち上がる。その剣幕は今にも男に切り掛るのではないかという勢いだ。

 しかし、それを大帝は手でそれを制する。

 「貴様の言うとおり彼の世界は文明、種族ともに未発達の世界。だが、彼の地はほかの世界にはない豊富な資源がある。地球と呼ばれた星に限らず数多の星に我々が求める資源が眠っているのだ」

 「彼の世界は物資的資源とともに労働用の資源も多い。次の世界への補給をするくらいにはちょうどいいでしょうな」

 大帝の言葉に体中に機械をくっつけた科学者風の男も賛同する。

 「なぁに次も俺様達があっという間に制圧してしてやりますよ! 任せてください、大帝様」

 鬼のような角と牙を持つ偉丈夫が笑い飛ばす。

 「うむ、貴様らの働きに期待するぞ」

 大帝は「下がれ」と命じ、四人はブリッジから姿を消した。


 再び四人が集ったのはドルマキナ中心部。先ほどのブリッジは大帝が鎮座する玉座に値するが、ここは四人の将軍が集まる司令部のような場所だ。

 「それで最初は誰が行く?」

 早々に口を開いたのは鬼のような偉丈夫たるディメンゾーナ随一の攻撃力と殲滅力を持ち、主に彼のような豪将たちが集まる覇軍将ウガル。

 「私は遠慮しておきますかね。まだ研究したいことが残っている」

 そう答えるのは体を機械に包んだ男。ディメンゾーナの科学技術を応用した機械兵たちを統率する機械兵将イーボル。

 「次の世界は大した戦力はないようだがゲートが狭いらしく、一度に大量の兵は遅れないようだが」

 大帝に疑問を投げかけたのは各世界にいる魔獣や怪獣といった生物を使役する獣戦士団将アントス。

 「ええ、ですが最初に覇軍団で相手にプレッシャーを与えれば降伏も早くなるかと」

 最後の一人はディメンゾーナが併呑した世界の住人であり、剣と魔法を使う戦士たちを束ねる魔戦士団将エリアナだ。

 「ならいつもどおり俺様が行かせてもらうぜ! どうせならちっとは抵抗してくれるといいんだがな」

 ウガルは自らの手の骨を鳴らす。

 

 「その役目、ちょっと待ってもらおうか!」

 

 一同がウガルに任せると決めた瞬間、声が上がる。現れたのは爬虫類のような姿をした人間。見た目通り爬虫類系の戦士が属する破蛇隊率いるボルリザードだ。

 「次の世界の一番乗りは俺たち暴蛇隊に任せてもらいたい!」

 「ふざけるな、それは四団長の私たちが決めること。貴様らのような下級が口出しすることではない!」

 真っ先に怒りを顕にしたのはエリアナ。組織の規律と大帝の指示を重視する彼女にとって自分勝手に振舞う不心得者は敵味方関係なく許しがたいようだ。

 「貴様の兵は前にもそう言って独断専行し、手痛い反撃を受けたではないか。暴蛇隊はほとんど壊滅、隊長であるお前もほうほうの体でようやく逃げ帰った。おかげであの世界に無駄に時間をかけることになった」

 アントスも辛辣にボルリザードをなじる。彼らにとってみれば使えない軍団などいないも同然。本来であればそのまま処刑でもおかしくないところを許されただけでも奇跡だ。

 「つ、次こそは必ず役目を果たす! 俺たちに名誉挽回のチャンスをくれよ!」

 「一度失敗した者に二度もチャンスがあると思うな! 身の程を知れ!」

 エリアナが佩剣を引き抜く。

 「まあ、待てよ。いいじゃねえか」

 だが、彼女を制したのは意外なことにウガルだった。

 「いいぜ、今回の一番乗りはお前たちにやるよ。うまいことやれよ」

 「お、おお! 必ず成果を上げてみせる!」

 彼の言葉を聞くとボルリザードは嬉々として司令部を退室していく。

 「……どういうつもりだ」

 ディメンゾーナでも一番血の気の多いウガルが先鋒を任せるというらしくない行動に三人の視線が集まる。

 「なぁに、チャンスをくれって言うんだくれてやればいい」

 ウガルは気にした様子もなく平然と言ってのける。

 「それにしたとしてもらしくはないな」

 「当て馬だよ、当て馬。あの世界の戦力を測るにはちょうどいいだろ」

 それに…と付け加える。


 「あいつらにあっさり殲滅されるようなら俺様達がわざわざ出る幕もないだろ」



 

 誠が初めて変身してからあっという間に一週間が過ぎた。その間、ひたすらヒーローアーマーを使いこなすための訓練をしてきた。そのおかげでこの装備に対していくつか理解を深めることが出来た。

 このアーマーの原点は元々この時代にもあるパワードスーツであること。パワードスーツといってもアニメや漫画に登場するようなものでなく、現実に介護や福祉などで使われていたもののことらしい。それを軍事用に開発されたものをさらに改良して使いやすくしたものが現在のアーマーらしい。なので、装着者本来の筋力と関係なく重量物を持ち上げたり、攻撃の破壊力の底上げができるとのこと。現に握力が男性平均より弱めな誠でも頑強な岩を砕くこともできる。

 次に気づいたのは腕力だけでなく、身体能力全般が強化されること。百メートルを五秒フラットで走り、一度地面を蹴り跳躍すれば十メートル以上は飛び上がる。また、脚部面には小型のブースターが内蔵されており長時間の使用はできないが使いようによっては空を飛ぶことも可能とのこと。

 そして、最後に感情コンバーター。身体面を強化してくれるアーマーだが、この装置と併用することでさらに飛躍的に向上させてくれるという。だが、これに関しては未だにはっきりとした効果を体験していない。というのもコンバーター自体は稼働しているらしいのだが想定ほどの出力に達していないらしい。理由は定かではないが、コンバーターをチェックしてみても特に異常は見られないらしい。結局、はっきりした原因がわからないが戦闘には耐えうるレベルではあるため現状維持ということになった。

 

 今日も誠と光は訓練後の休憩として街に繰り出していた。最初のうちは誠の対人恐怖症の克服のための特訓も兼ねていたが、そのおかげで最近は彼も外の世界に対する恐怖が薄れてきていた。

 「うん、アサくんは飲み込みが早くて助かるよ。これだけ動ければ奴らと戦っていけるはずだよ」

 「あれから一週間。光さんが正しければ今日中にでも奴らが攻めて来るんだよね」

 誠は落ち着かない様子で歩く。侵略者がいつどこから襲って来るかわからない以上不安にもなるというものだ。それでも世間はいつもどおり穏やかに時が流れている。彼らがやってくることを知っているのはここにいる二人しかいないのだから当然なのだが。

 「多少の誤差はあると思うけどほぼ間違いないよ」

 「随分と落ち着いてるね」

 「まあ、ずっと前から知ってるから覚悟くらいは出来てるしね。それに君が負けるとは思ってないしね」

 随分と高評価してくれている。

 「でも感情コンバーターがちゃんと動いてないんでしょ? それでも大丈夫なのかな?」

 この一週間何度も試してみたが、結局コンバーターの本当の力というものを出せなかった。本来であればもっと強力なものらしい。

 「とにかく今やれるだけのことをやるしかないんだよ。勿論、私たちもバックアップはするから安心して」

 「だといいんだけど……」

 光は安心させるように軽い調子で言ってくるが、彼の不安は増すばかりだ。そもそも喧嘩自体得意でないのに世界の命運をかける戦いに巻き込まれるのだから不安にならないわけがない。

 「ほらほら、そんな顔しない。感情コンバーターはそういうマイナス感情も読み取っちゃうんだから。あそこのクレープ奢ってあげるからさ」

 「光さんが食べたいだけでしょ?」

 底抜けに明るい光を見ていたらなんだか一人だけ気落ちしているのが馬鹿らしくなってきた。誠は心の隅に不安を抱えながらも苦笑気味にクレープの屋台へと歩む。

 

 『emergency! emergency!』

 

 突然、ウォッチェンジャーからけたたましい警告音が響く。

 「ひ、光さん!?」

 「来たわね…ついに」

 光はタブレットを取り出し、中にいるアイを呼びかける。

 「アイちゃん、場所は?」

 「場所は郊外の砕石所です。現在その周辺に人影はありません」

 「ほほう、最初の戦闘が砕石所とはなかなかわかってるわね」

 光はそのまま近場の人気がない場所にタイムマシンを動かすように指示する。現場へはタイムマシンを使って移動するのだろう。

 「さあ、アサくん。ついに本番だよ」

 「は、はい」

 突然やってきた本番に手足が震え始める。訓練は続けてきた。だけど、本当の戦いが始まるとなるとやはり否応なしに震えが走る。

 「大丈夫、あのアーマーがあれば君は絶対に負けない。それに私たちがついているよ」

 さあ、行こうと光は駆け出す。

 誠もぐっと拳を握り込み、覚悟を決めるとそれに倣い走り出した。



 街から離れた砕石所。普段は工事車両などが詰めかける場所だが幸いなことに今は誰もいない。静かな砕石場の空間に突如裂け目が現れ、極彩色の空間が現れる。その裂け目こそディメンゾーナの世界侵攻の入口なのだ。普段であればドルマキナが侵入するくらいの裂け目ができるはずなのだがこの世界では思うように裂け目が広がらず、各部隊を逐次投入する作戦しか取れないようだ。しかし、極彩色の裂け目から現れるのは紛れもない侵略者たち。

 裂け目から次々と異形の怪物たちが飛び出てくる。その姿は蛇やヤモリ、亀など爬虫類の姿をしたものが多い。

 「野郎ども! ここが新しい戦場だ! 思う存分暴れてやれ!」

 その中でもひときわ大きなトカゲ型の怪人ボルリザードが声を張り上げる。周囲の怪人たちも奇声をあげ、街へと侵攻を始める。


 『そこまでよ!ディメンゾーナ!!』

 

 空から侵略者たちを静止する声。空の彼方から現れたのは銀色の船体をもつ飛行機。未来の使者である光が乗ってきたタイムマシンだ。操縦はアイが電子制御でしてくれるため墜落の心配もない。

 船内では既に変身を終えた誠がハッチの前で待機している。それに光が付き添うように立っている。今はヒーローアーマーの最終チェックをしている。このチェックが終わればいよいよ本当の戦いが始まる。

 「よし、チェック完了! コンバーターはやっぱり出力が安定してないけどあれくらいの敵なら今のままでも十分!」

 光はポンとその肩を叩く。本番となっても結局ヒーローアーマーは真っ白なままだ。それでも光の励ましを受けて身構える。

 「アイちゃん、ハッチ開放!」

 『了解』

 ガコンとハッチが開く。

 「さあ、行ってらっしゃい!」

 「い、行ってきます!」

 誠はハッチを潜り、外へと飛び出す。

 外へ降り立てば自分から十メートルほど先にディメンゾーナの侵略者たちがいる。その異形の姿にたじろぐ。本当に漫画やアニメから抜け出してきたような存在が目の前にいる。

 「何もんだ貴様!」

 「ぼ、僕は…!」

 『ほら、ここで格好良く名乗るんだよ! さあ!!さあ!!』

 なんだかテンションの高い通信が耳に入ってくる。おかげでかえって恥ずかしくなって誠のセリフが尻すぼみになっていく。

 「なんでもいい! 俺たちの邪魔をするなら潰すだけだ!」

 痺れを切らしてボルリザードが自分の部下たちに合図を送り、一斉に襲いかかる。

 「うわあああ!? いっぱい来たぁ!?」

 「「一番首貰いぃ!!」」

 蛇と亀型の怪人が手持ちの斧を上段から振り下ろす。

 ガイィンと金属と金属のぶつかり合う不快な音が響く。

 「え?」

 「あれ?」

 確かに斧の一撃は誠を捉えている。しかし、そのあまりの手応えのなさに怪人二人が首をひねる。それもその筈。二人の一撃はヒーローアーマーにぶつかりはしたものの、そのボディに傷をつけることもなく静止している。あまつさえ相手に叩き込んだ斧には細かい亀裂が浮かんでいき、最後には刀身のほとんどがボロボロに崩れてしまった。

 「「俺の武器ーーーー!!?」」

 「ほ、本当になんともない…」

 自分の首がついていることを確認し、ホッと一安心の誠。

 『ほら、アサくん! 安心してないで反撃!』

 光の通信でハッと我に返る。目の前の敵は壊れた武器を捨て、直接殴りかかってくる。

 「うわぁ!?」

 反射的に両手を前に突き出す。その両手は二人の怪人の身体を捉える。次の瞬間、怪人たちは弾かれたように後方に吹き飛び爆発した。

 「お、おお? 僕、戦えてる?」

 『ね、あれくらいの敵なら大丈夫って言ったでしょ?』

 自分の手を見つめる誠に光が答える。彼女に言わせればこのアーマーの真価はこんなものではないらしいが、これでも全開でないとすれば本当の力を発揮した時の威力とはどれほどのものなのだろうか。

 「な、なんだあの野郎!? たった一撃で!?」

 敵将ボルリザードも瞬間で部下を倒され困惑している。

 「隊長! ビビるこった無いですぜ!」

 「そうだ、あいつらは暴蛇隊でも下っ端の中の下っ端ぁ!」

 「全員で囲んで袋叩きにしてやれば簡単に決着がつきますぜ!」

 困惑するボルリザードを置いて、血気盛んな部下たちが誠を円の中心に囲む。その台詞はだいたい負けフラグだというのに。

 「「「やっちまえーーーー!!」」」

 ヒャッハーと四方から一斉に誠に襲いかかる。それと同時にヒーローアーマーのマスクがチチッと音を鳴らす。

 まず最初の一撃は左から攻めてきた怪人。左手で相手の刺突を叩き落とし、そのまま左肘で相手の胸を打つ。次に迫ってきたのは右から。鉄の棍棒のような振り下ろしてくる。それを右手で受け止め、左足で相手の横っ腹を蹴り抜く。これで残りは二人。前と後ろから挟み撃ちのように迫ってくる。タイミングはほぼ同じ。どちらか片方を迎撃する間にもう一方の攻撃を受ける危険がある。

 チチッとマスクから音が鳴る。

 誠は瞬間、地を蹴り前から迫る怪人に飛び蹴りを放つ。

 「げうっ!」

 「ガラ空きだぜぇ!!」

 仲間が蹴り倒された隙を狙い、後ろから迫った怪人が武器を振り上げる。しかし、誠は次の迎撃行動に移っていた。蹴りを打ち込んだ怪人をもう一度蹴り上げ、その反動を利用して後ろに飛ぶ。想定外の動きに目を丸くする怪人に体をひねりながら拳を叩き込む。遠心力の加わったその一撃は相手の硬そうな表皮をものともせず叩き伏せた。

 「おお…戦えてる…けどこれ僕の力じゃないよね」

 先程からアクロバティックな戦いを繰り広げてはいるが、実を言うとこれは誠の実力ではない。ヒーローアーマーにはあらゆる攻撃パターンが既に蓄積されていて状況から瞬時に判断、タイムマシンのアイが最適解を選びアーマーに送るようになっている。後は体を動かすだけなのだが、それもアーマーの補助によるところが大きい。元も子もない話だが誠はアーマーを着ているだけのような状態だ。

 「ねえ、これ本当に僕必要なの?」

 戦いのほとんどはアイとアーマーに依存している。どちらも信用性が高く、咄嗟の行動も見事に補助してくれる。服に着られるとは言うがアーマーに着られるとはこの事か。

 「必要だよ。がらんどうなアーマーなんて使えないでしょ?」

 「ロボットに着せるとか」

 「アーマーの性能は引き出さても感情コンバーターが使えないよ。それに私の時代でもロボット技術ってそこまで進歩してないし」

 こんな戦闘用アーマーを作り出せるのにロボットは作れないのだろうか。それに感情コンバーターを使えないとは言われたが、今の誠もこれを使いこなしているとは言い難い。

 「ほら、ボーッとしてないで迎撃!」

 チチッとまたアーマーとアイからの最適モーションが送られてくる。

 誠はどこか腑に落ちないまま、迫り来る怪人たちに立ち向かっていった。



 「ば、馬鹿な!? 暴蛇隊がたった一人に!?」

 それから五分としないうちに打ち倒された部下たちを見て、ボルリザードが唖然とする。

 「隊長! こいつ、強すぎますぜ!」

 「この世界にはまともな戦力はないんじゃなかったんですか!?」

 最初こそ果敢に攻めていた部下たちも圧倒的な敵の実力にすっかり士気が下げられている。このままでは部隊が壊走するのも時間の問題だ。

 「え、えっとこれ以上の戦いは無駄だよ。だからこの世界の侵略は諦めて欲しいんだけど……」

 目の前の鎧がそう告げてくる。事前の調査ではこんな強い戦士がいることは聞かされていなかった。四将軍も知らなかったのか、それともわざと教えなかったのか。どちらにせよボルリザードは自分が威力偵察の駒にされたのは間違いない。

 「お、俺が相手だ!」

 ここでおめおめと引き下がれば自分の立場はさらに悪くなる。以前の世界での失態を取り戻すどころではない。

 ボルリザードは自らの武器である斧を振り上げ、目の前の敵に向かっていく。


 『アサくん、あいつが大将みたいだよ』

 他の怪人たちと比べて一回りほど大きなトカゲ型の怪人。その迫力やほかの怪人たち以上だ。

 巨大な斧が横薙ぎに振られる。

 誠は跳躍し、それを躱す。しかし躱した先に相手の巨大な拳が迫る。咄嗟に腕をクロスして衝撃に備える。

 「ぐっ!」

 彼の体は後方に五メートルほど殴り飛ばされる。咄嗟に防御したおかげでほとんど痛みはない。

 『誠さま、無事ですか?』

 「は、はい」

 『さすが大将なだけあって他の奴より強いわね』

 「どうしよう?」

 『こうなったら必殺技しかないわね!』

 ハイテンションな声が返ってくる。

 『ウォッチェンジャーを右に回して! 一回なら上半身、二回なら下半身、三回で全身のコンバーターがフル稼働するわ!』

 光のアドバイス通りに左腕のウォッチェンジャーを時計回りに一回動かす。最後にディスプレイにタッチする。

 『arm converter full drive!!』

 ウォッチェンジャーからアナウンスが流れる。それと同時に両腕のコンバーターが淡く輝き、包み込む。

 『これで必殺技が撃てるよ! さあ、カッコ良く技名をシャウトするんだ!!』

 「え、これも叫ぶの!?」

 ただでさえ変身時の掛け声も恥ずかしいというのにこの上必殺技まで叫ばせようというのか。

 『当たり前でしょ! 必殺技名を叫ぶのはヒーローの鉄則だよ!』

 「そんな! なんて言えばいいのさ!?」

 『そこはヒーローである君の仕事だよ』

 「まさかの丸投げ!?」

 『前方危険』

 「え?」

 「戦いの最中にごちゃごちゃ会話してんじゃねえええ!!」

 アイの警告で振り向くと眼前に斧を振りかぶるボルリザード。彼としては意気揚々と攻め込んだはいいもののあっけなく部下たちは敗北し、さらに敵には眼中になしと言わんばかりに会話されればそれは腹も立つというものである。

 「うわああああ!?」

 誠は反射的に両腕を前に押し出す。すると、斧の刀身が腕に当たるやいなや火花を散らして斧を破壊していく。

 「な、なんだとぉ!?」

 『今だよ! チャンス!』

 光の呼びかけに拳を固める。

 「えっと、えっと……」

 必死に頭の中で技名を考える。

 ボルリザードが武器がなくなるとすかさず自分の巨大な手を突き出してくる。


 「ごめんなさい! 何も思いつかないでーーす!!」

 

 自分に迫る危機にそんな悠長なことを考える余裕など当然なく、淡く光る拳を相手の拳に放つ。ボルリザードの巨大な拳と誠の拳がぶつかり合う。

 「だあああああああ!!」

 「グッ!? ぬがああああああ!!」

 拮抗していた拳と拳のぶつかり合い。最後に勝利したのはさらに足を踏み込み、裂帛の気合を放った誠だった。

 ボルリザードはその一撃により巨体は吹き飛ばされ、砕石の山の中へと突っ込む。

 「た、隊長!」

 「大丈夫ですか!?」

 生き残っていた部下たちが駆け寄る。

 「ま、まだだ! 俺はまだやれるぞ!!」

 ボルリザードは部下たちを押しのけて再度誠に迫ろうとする。しかし、その体はどう見てもこれ以上の戦いができないほど傷ついている。部下たちも必死に彼を押しとどめている。

 「落ち着いてください! 今は退きましょう!」

 「ふざけるな! 今引き返せば奴らに何を言われると思ってる!」

 「おい! はやくひびを広げろ!」

 部下の一人が指示をすると、何もなかった空間に切れ目ができ極彩色の空間が現れる。その中へ暴れる隊長を押し込んでいく。

 「貴様ぁ!! その面構え、覚えたぞ!! 次に会うときは必ず叩きつぶしてやる!!!」

 ボルリザードがそう呪詛を残すと、極彩色の空間は閉じていった。

 

 「…勝った…?」

 『うん、私たちの完全勝利だよ』

 光の答えにようやく肩の力を抜く。知らず知らず溜息が漏れてしまう。そのままウォッチェンジャーを左に回す。

 『release』

 アナウンスとともに誠を覆っていたアーマーが光の粒子となりウォッチェンジャーの中に収納される。

 「勝った…んだ…」

 そのまま地面に座り込む。最前線に立つという恐怖と緊張が解けて、力が抜けてしまったようだ。

 『それにしても最後のごめんなさいパンチはどうかと思うのだけど』

 「うっ…」

 そんなこと言われても咄嗟に必殺技など思いつかない。そもそも、それを叫べというのも彼にとっては難儀な要求だ。

 『これは戻ったら必殺技会議と発声練習をさせるしかないわね』

 「何をやらせようとしてるの!?」

 『今タイムマシンを下ろすので待っていてください』

 上空で待機していたタイムマシンが着陸してくる。

 誠はそれを見ながら戦いを振り返る。確かに侵略者たちを撃退することには成功した。しかし、それはほとんどがアイとアーマーの性能によるところが大きい。実際に彼自身が行ったことといえばウォッチェンジャーの操作や指示された動きを追っただけだった。

 

 「僕、必要なのかな……」


 彼の心の中でその疑問が悶々と渦を巻いていた。


 

 「くそおおおお!!」

 ディメンゾーナの戦艦龍ドラグマキナ。その中でボルリザードは憤怒の声を上げながら周りの物を破壊している。

 「隊長! 落ち着いてください!」

 「うるせえ!!」

 宥めようとする部下すらも殴り飛ばし、今だその怒りは収まらない。

 「た、隊長、四将軍がお呼びだそうです」

 ボルリザードの体が強張る。遂に来たか。あれだけ威勢良く飛び出して敗北してきたとあればどんな処分があるかわからない。今回の先鋒も元々は前の世界での失態を取り戻すためのものだった。しかし、いざ蓋を開けてみれば結果は惨敗。前の世界の二の舞どころか部隊の壊滅寸前まで追い込まれた時点でそれ以上とも言える。

 「わかった…今行く」

 ボルリザードは部下をおいて、四将軍が集う司令部へと向かう。


 入室早々嫌な空気を肌で感じた。四将軍はそれぞれ自分の席に座っている。誰一人として彼に視線を向けているものはいない。

 ボルリザードは四人を警戒しながら司令部の中心へと歩く。

 「やはり失敗したな」

 開口一番にそう告げたのはアントスだった。

 「これで二度目だ」

 「ま、待ってくれ! そもそもあの世界にはまともな戦力はないと聞いていた! なのにどうしてあんな奴がいる!」

 「そんなものは知らんな。そもそもお前たちはそれを調査するために向かったのではないのか」

 アントスは冷ややかに告げる。当然そんなものは知らない。元々名誉挽回のための侵攻だったはず、威力偵察などは仕事ではない。

 「やっぱり俺たちを捨て駒にしやがったんだな! 」

 「何言ってやがる、そもそも先鋒の役目は相手の力量を測るのも仕事の内だろ。それでも負けたんならそれはお前たちが弱いだけだろうが」

 暴蛇隊の壊滅の発端ともなったウガルは事も無げにのたまう。ボルリザードの怒りも知ったことではないといった表情だ。

 「どのみち暴蛇隊はもう戦えまい。その後の処分は追って伝える」

 「ま、待ってくれ! もう一度! もう一度チャンスをくれ!」

 「いい加減にしろ! 敗残の将に何度もチャンスがあると思うな!」

 今まで黙っていたエリアナが激昂する。

 「その女の言うとおりだ。そもそも行っても同じ結果になるのは目に見えている」

 元々暴蛇隊を当て馬にしようと提案したウガルももう利用価値がないと判断したのか三度目のチャンスは与えない。

 「ディメンゾーナは敗者に何度も温情は与えない。例外はない」

 ボルリザードは尚も食い下がろうとするが、転移装置により強制的に退室させられた。

 「しかし奴の言うとおりあの世界にはこちらに対抗しうる戦力は存在しなかったはず。一体どうして暴蛇隊が負けた?」

 「奴の報告には白い戦士に負けたそうじゃないか」

 「本当か嘘かはわからんがな」

 「白い戦士か…私たちの知らない力があの世界にはあるようだな」

 「はっ! 腕が鳴るじゃねえか!」

 ウガルは楽しそうに手を鳴らす。そこでふと自分の隣の席を見やる。

 「おい、イーボルはどうした?」

 隣の席のイーボルがいつの間にかいなくなっている。そう言えばボルリザードが入室してから一度も発言していなかった。

 「もう戻ったのではないか、最近新しい研究が大詰めだと言っていたが」

 「はぁん、今度はどんな研究なんだかなあのマッドサイエンティストめ」

 


 「くそっ!! くそっ!! このままじゃ!!」

 ボルリザードは焦っていた。まんまとウガルの口車に乗り部隊を壊滅寸前まで追い込まれた上におめおめと逃げ帰った自分に安息等ありはしない。四将軍が言っていた通り次の機会なども与えられることはない。このままでは処分が下されてしまう。ディメンゾーナは自分たちに服従するものは拒まない。しかし、使い物になるかどうかでその扱いは大きく変わる。二度の失敗により無能の烙印を押されてしまった彼に待つ処分はどんなものだろうか。良くて降格、悪ければ処刑…。

 「なんとか! なんとかしねぇと!」

 知識を総動員して考えるが、焦りばかりが募って良い案など浮かんでは来ない。それでもどうにか名誉挽回の策を考えなければ自分は確実に処断される。この地位に上るために自分の世界を裏切り組みしたというのにこれでは意味がない。


 「お困りのようだねぇ」

 

 ねっとり陰湿そうな声がボルリザードを呼ぶ。

 「あんたは…!」

 振り向くとそこには体を機械に包んだ男が立っている。

 「イーボル…!」

 「良ければ私が力を貸そうか?」

 ニヤニヤと言い寄ってくるイーボル。何が狙いなのだろうか。

 「お前に何の得がある」

 このディメンゾーナの殆どは利己的なところがある。それはボルリザードもそうであるし、四将軍も同じで己の目的や欲求を満たすためなら他者を利用することも厭わない。ウガルに煽られて地球に攻め込み返り討ちにあったのもその一環である。自らの戦力を削らずにその世界の戦力を図るために他者を利用した。

 なればこそ、四将軍が一人のイーボルが得るものなしで手を貸すなどありえない。

 「なに、私の研究成果を試してくれればそれでいい」

 「お前の研究の実験台になれってことか。冗談じゃない」

 曰く、イーボルはマッドサイエンティストである。自分の研究を試したくて常に実験体を探している。実験台にされたものの末路に碌なものはない。それでも彼が将の地位に君臨し続けている理由は研究で多大な戦功を上げているからにほかならない。科学の発展に犠牲は付き物という言葉を地で行き、それに悪びれることもないことからマッドサイエンティストの称号を欲しいままにしている。

 「だがあんたにこれを断る理由も余裕もないはずじゃないかい?」

 「……」

 「二度の失敗を見逃してくれるほどディメンゾーナは甘くない。このままじゃあんたは部隊を壊滅させた責任を取らされて処刑されることは明白だ」

 イーボルは飄々とボルリザードの周りをうろつきながら語る。自分の数倍の体格である相手にも全く怯みはしない。

 「今ここで手柄を立てれば処分は免れる。それどころか事と次第によっては今以上の地位が約束されるんじゃないのかな?」

 「今以上の地位だと?」

 「だが今のあんたでは無理だ。地位も名誉も欲しいなら…どうする?」

 にたりと不快な笑みを浮かべるイーボル。

 


 「………わかった、やってくれ」

 

 「ヒヒヒ…! いい判断だ…!!」

 相手の弱みに付け込み自分の思い通りに相手を動かす。それがイーボルのやり方なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る