3.ヒーロー、誕生?

 「あの…何処まで行くんですか?」

 「とにかく付いてきて」

 有無を言わさない光に黙ってついて行く。

 喫茶店を出て呼び止めた時の真剣な眼差しがどうしても嘘をついているように見えなかったが、半信半疑でまだ彼女の話を聞くことにした。彼女は「未来から来た一番有力な証拠をみせる」と言うため、それに付いて行く。喫茶店を離れて賑やかな街中を抜ける。そこは住宅街でさらにその中を歩いていく。

 そして、駅から歩いて十五分。住宅街からも離れた森林にやってきていた。しかし、不思議なことに初夏であるにも関わらず周辺には雑草が生えていない。森の中にポッカリとその空間だけ何もない雰囲気だ。

 「付いたよ」

 「ここですか?」

 光が足を止める。しかし、そこは何もない空き地。こんなところに未来人である証拠があるのだろうか。

 そんな疑問を察したかの様に光はタブレットを取り出す。

 「アイちゃん、カモフラージュ停止」

 光がそう告げると、ブーンと低い機械音が聞こえてくる。そして、何もなかったはずの空き地の中央に忽然と銀色に光る物体が現れる。それは飛行機の翼のようなものがあるが、エンジンやプロペラといった推進器のようなものがない。それ以外は全体に丸いシルエットで飛行機を思わせるがどこか違うようにも見える。

 姿を現したそれに光は近づくと、ハッチらしき場所に手を添える。

 「開けゴマ」

 『声紋、掌紋認識しました』

 そんなアナウンスとともにハッチが開く。近代的な仕掛けの割に合言葉が原始的なのはいかがなものだろうか。

 「さっ、入って入って」

 光が促してくる。いよいよもってSF染みてきた。

 誠が中に足を踏み入れると、そこは外観に似合わずちょっとしたアパート位の広さはある。

 

 「ようこそ、私の家兼タイムマシンへ」

 

 「タイムマシン? これが?」

 「そう。私はこれに乗って二五年後の未来からこの時代に来たの」

 そう言って光はポットのようなものを取り出す。そのポットの上部には日本茶、コーヒー、紅茶と書かれている。

 「アサくんは日本茶?」

 「え、はい」

 そう答えると光はカチャリとポットの上部を回して日本茶にダイヤルを合わせる。すると、ポットから緑茶のような香りが漂い湯呑の中に入っていった。

 「これは未来のヒット商品だよ。どんなお客が来ても三つのパックを入れておけばどれでもすぐに出せる代物」

 物珍しげに見ていると光はふふんと得意気に説明してくる。

 「アイちゃ~ん、お茶菓子出して~」

 『それぐらい自分でやってください』

 「ケチ」

 虚空に向かって話しかける光、そしてどこからともなく機械音の返事が聴こえてくる。

 「あの、アイちゃんって?」

 「ああ、まだ紹介してなかったね」

 カチッと壁に埋め込まれるように設置されたモニターのスイッチを入れる。すると、そのモニターの中にいかにもロボットといった画像が映し出される。その姿はどこかの携帯会社のCMに出てきそうなデザインだ。

 『初めまして、私は万能型作業支援プログラムアナライズ・AI-001と申します』

 「私の相棒だよ。あ、ちなみにアイちゃんっていうのはAI-001と相棒からとった名前だよ」

 『気軽にアイとお呼びください』

 「よ、よろしく」

 流暢な挨拶にどもる誠。

 「さて、これで信じてくれるかな?」

 「うん、流石にここまで見せられたら」

 なにかの映画のセットのようにも見えるけど、映画にないリアルさがかえって真実味を帯びる。彼女の言っていたことは本当だろう。

 「でも、最初からここに連れてこれば良かったんじゃない?」

 「できれば言葉で説得したかったんだけどねぇ」

 しかし、誠がなかなか信じなかったから最終手段としてタイムマシンに連れてきたということだろう。そう思うとなんだか申し訳ない気分になる。

 『誠さまはお気になさらなくてもよろしいですよ。あんな説得の仕方で首を縦に振る人はいませんので』

 「ちょっとアイちゃん!?」

 『マスター、世の中には他者に物を教えることが上手な天才とド下手くそな天才がいます』

 「私が後者だとでも!?」

 『自分を省みることができることは立派なことだと思います』

 「アイちゃーーーーん!?」

 二人(?)のやり取りをぽかんと眺める誠。

 やがて口論が収まり、光はコホンと咳払い。

 「ま、まあこれで未来人であることはわかってもらえたわけだし結果オーライだよね、うん」

 誤魔化すように椅子に座るように急かしてくる。

 椅子に座ると先ほど淹れてくれたお茶が置かれ、戸棚のあたりから煎餅やらチョコレートやらを取り出してきた。未来でも普通に食材はあるようだ。てっきりその頃にはゼリーとかサプリみたいな簡素なものになってるのかとも思ったが。

 

 「それで光さんが未来から来たのは分かりましたけど、その侵略者って結局どんな相手なんですか?」

 「そうね、その辺も教えておかなくちゃか」

 そう言って光は「アイちゃん、モニターに出して」と指示をする。すると、モニターに光が灯り画像が映し出される。なにかの国旗のようなものが映し出される。

 「『異世界帝国ディメンゾーナ』。それが私たちの敵。奴らは次元から別の次元へと飛び様々な世界に攻め入っては支配下に置いているまさに侵略国家よ」

 誠は口の中で侵略国家とつぶやく。日本に至ってはではあるが明確な戦争や紛争がないこのご時世、侵略者というのはまさに創作の中だけのものだ。あまりに飛躍してはいるが、彼女が本当に未来から来ている以上軽々しく嘘とは断じることはできない。

 「でも、そういうことならもっと最初に言うところがあるんじゃない? 警察とか自衛隊とか」

 最初に侵略者の存在を明かされた時にも抱いた疑問をぶつける。物理的、政治的にも何の力も持たない不登校児に明かすよりはマシだと思うが。

 「ただの一般人にすら信用してもらえなかったのに、国が絡んでくるような組織が分かりましたってなると思う?」

 逆に問い返されたが、答えはわかっている。間違いなく否だろう。

 「自分で言っててアレだけど、私が言ってることをすぐに信じてくれる人なんていないよ。せいぜい質の悪いイタズラ程度にしか思われない」

 警察も自衛隊も暇ではない。根拠も曖昧なものに時間を割くなんてことはできないだろう。ましてや「未来から来ました。この世界は異次元からの侵略者に狙われてます」と言われて信じる人などいないだろう。

 「光さんはこの侵略者に支配された未来を変えようとしてこの世界に来たんだね」

 「あ、ううん、私の時代にはもう戦いは終わってるよ。侵略もされてない」

 あっけらかんとした返事に首を傾げる。

 「う~ん、このへんはちょっと説明が難しいんだけど……タイムパラドックスって言葉は知ってる?」

 タイムパラドックス。SF用語では有名な方で過去の出来事を変えると、その影響で未来が変わってしまうという現象のことらしい。

 誠は首肯する。

 「つまりね、私がこの時代に来ないとそのタイムパラドックスが起きて世界が侵略されちゃうの」

 「????」

 ますますわからない。

 「えっとねぇ、この辺は結局理論上のものだから証明なんてできないんだけど……この世界の正しい流れっていうのは侵略者が襲ってきて、それを撃退して平和を取り戻すっていうハッピーエンドだね」

 光はカップを机に置いて、モニターを操作する。

 図解で説明してくれるようだ。

 「でも私が未来からヒーローとしての力を持ってこれなければこの世界は奴らに対抗する術もなく蹂躙され、支配される。その時点で本来ハッピーエンドを迎えるはずの世界の未来が変わってタイムパラドックスが起きちゃうの」

 「……結局未来を変えるためってことじゃないの?」

 「正直、正しい未来っていう定義が曖昧だからね。いや、そもそも立場の違いによるのか」

 「立場の違い?」

 「私たち未来人からしてみれば君がヒーローとなって侵略者を打倒する。それにより平和な未来が訪れたっていうのが正しい歴史なの。つまり、私は平和な未来を『変えない』為にこの時代に来たわけ。未来からの干渉はその平和な未来を『変えない』ための鍵なの」

 未来からの干渉。光がこの世界にやってきてヒーローとしての力を持ってくる。それを誠が使用することで未来は守られるということらしい。

 うむ、さっぱりわからん。

 「さっきも言ったけど正しい未来っていうものの定義が曖昧だから何とも言えないんだけど、結局のところ私たちは自分たちが迎えたハッピーエンドを壊さないために未来から干渉して守ろうとしてるってこと。そして、その干渉はタイムパラドックスではなく正しい歴史の流れにおける出来事なの」

 その説明でようやく合点がいった気がする。迎えた未来を壊さないために自分たちの歴史で起こったことをこの時代で再現する。いや、誠の立場からすれば再現という表現はおかしいのかもしれないが。未来から光がやってくるということは歴史的に定められた出来事ということなのだろう。

 「……なんだか勝手だね」

 「私もそう思うよ。だって自分たちの未来のために一人の男の子に戦えって強制してるんだから」

 こぼれた愚痴に不満げな顔をすることもなく同意する光。

 「……僕じゃないとダメなの?」

 誠はずっと抱いていた疑問を投げかける。さっきからずっと説明を聞いていたが、彼女の未来では誠がヒーローとして侵略者に勝った末に平和な未来を手にしたらしい。だが、必ずしも自分自身ではないといけないのだろうか。そこまで自分がヒーローになるという事象が重要なのだろうか。

 朝野誠はいたって普通の少年だ。別に武道有段者でもなく、なにか隠された力があるわけでも、最近の小説の主人公のように咄嗟の知恵が回るわけでもない。敢えて挙げるとすれば人並み程度に家事ができるくらい。それでも料理はプロ級というわけでもない。ただひたすらに普通の少年なのだ。

 「そんな僕じゃないとダメなの? もっと相応しい人とかいるんじゃない?」

 その問いに光は目を閉じる。やがて眼鏡の奥の瞳を開き、言葉を紡ぐ。

 

 「君じゃないとダメなんだよ」

 彼女はそう断言した。

 

 「確かにアサくんの言うとおり身体的、精神的、能力的に君より優れている人はいっぱいいるよ。でもね、君じゃないとダメなんだ」

 そう告げる彼女の目は真剣そのものだった。

 「というのも君以外をヒーローとして戦ってもらった場合に平和な未来が来るかはわからないんだ。さっきも説明したけどタイムパラドックスっていうのは小さなきっかけで起こり得るものなの。君以外にヒーローになってもらった時点で過去への影響がどんなものになるかわからないし」

 「でももしかしたら平和な未来が来るかもしれないんでしょ? 僕が戦う以上にいい結末だってあるかもしれないし」

 「うん、確かに。未来は未知数、可能性はあるよ」

 光は誠の言葉に頷きながらも「だけど」と告げる。

 「それを確認していられる余裕はないんだよ」

 未来は未知数。本来は未来に不安を抱くものに希望を与える言葉だ。だが、彼女が告げた言葉の意味はその反対。平和な未来を迎える可能性はもちろん存在する。しかし、それ以上に最悪の結末を迎える可能性もあるということなのだ。

 「だから、私たちは可能性ではなくて実際に未来を守った君に賭けるしかない」

 可能性ではなく、実際の歴史と同じ流れを選ぶ。考えてもみれば至極当然と言える選択だろう。

 それでも誠には二つ返事はできなかった。戦うということは勝敗がある。それは、ゲームのような勝負事すべてに当てはまる。だが、この戦いとゲームの圧倒的違い。それは勝敗の対価だ。ゲームなどなら敗北という結果だけが突きつけられる。場合によっては罰ゲームのようなものもあるだろうが命を落とすことはない。 だが、彼女の意味する戦いとは違う。文字通り命を懸ける行為だ。それも、自分の命が世界すべての命運を背負うという重責がのしかかるのだ。

 「アサく、いや朝野誠くん。私と一緒に奴らと戦ってください。お願いします」

 躊躇する誠に光が深々と頭を下げる。出会った時の軽さなんて微塵もない。これが彼女の本来の姿なのか、それとも彼女が背負った使命がそれだけに重いのか。

 「勿論、君だけには戦わせない。私が持てる科学力全てをもって君を全力でサポートする。君の命は絶対に私が守る」

 頭を下げたまま、そう続ける。

 誠はそれを見つめながら、キュッと手を握り締める。

 そして、口を開く。


 「わかったよ。僕、戦うよ」

 

 「ホントに!?」

 誠の答えに顔をあげる。彼はその問いに首肯で応える。

 「ありがとう!!」

 「ちょ、ちょっと! 離れて離れて!!」

 突然バッとはねると光は彼に抱きつく。彼女はすぐに離れるやいなやモニターの下に備え付けられたコンソールへと向かっていく。感情表現がいちいち大きいのが彼女の特徴のようだが、不思議と気恥ずかしさのようなものはなかった。これも彼女の良さなのだろうか。

 カタカタとコンソールを操作する彼女を眺めながら、もう一度自分の答えを吟味する。

 正直に言ってしまえば戦うのは嫌だ。元々競技ごとだって苦手なのに、命を懸ける戦いなんて荷が重い。負ければ死ぬかもしれない現実が彼を震えさせる。しかし、もし自分が断った目の前の少女はどうするのだろう。ふと思ったことを聞いてみる。

 「ねえ、もし僕がそれでも嫌だって言ったらどうするつもりだったの?」

 コンソールを操作する手がピタリと止まる。

 「………私だけで戦うつもりだよ。奴らに対抗できるのは未来の技術だけ。なんとしても私の未来に繋げられるように戦う」

 一体彼女のこの使命感はどこから来るのだろう。年齢は誠と同じくらいだろう。しかし、同い年くらいとは思えないほどにその意志が固い。

 「光さん以外はこの時代に来れなかったの? 未来から一人で来るよりその未来の技術を持った人を大勢連れてこればなんとかなるんじゃ」

 「それも最もだね。でも、過去の世界への時間移動は移動する対象が多過ぎると何が起こるかわからないの。時間航法が開発された当初五人の研究者が一斉に同じ過去の世界に移動しようとしたらとんでもない場所にバラバラで飛ばされちゃった事件があってね。それ以来、一度の時間渡航は一人ないし二人が限度とされたの」

 未来の技術といっても万能ではないようだ。科学の向上に犠牲は付き物とは言うが過ぎた技術は身を滅ぼすということだろうか。

 「だから一人で?」

 「うん。でも今は一人じゃない」

 くるりと光がコンソールから誠の方へと振り返る。

 「さ、アサくん。これあげる」

 手渡されたのは腕時計。デジタル式でやや無骨なデザインだ。しかし、余計な装飾はなく誠が付けていても違和感がない。

 「これは?」

 「それが昨日言ってた『変わる方法』だよ。その名もウォッチェンジャー! 所謂変身アイテム」

 バンとモニターに大きくアイテムの名前が映し出される。どうでもいいが名前が時計ウォッチ変身チェンジの掛け合わせともはやダジャレの領域である。

 「その中にはヒーローアーマーが粒子データ化してインプットされているの。それを使えばいつでもどこでも変身できるよ」

 そう言われてしげしげとウォッチェンジャーを眺める。粒子データ化というまた未知の用語が出てきたが深く聞いても理解できないだろうと考え、そういうものなのだということだけ理解しておく。

 「変身するときはウォッチェンジャーのフレームを左に回すと変身シーケンスに入る。そしたら最後にそれを押すと変身完了」

 光に説明されたとおり、フレームを左に回す。カチャリという音とともに電子音が響き『change mode stand-by』とアナウンスされる。そして、ウォッチェンジャーの画面に『touch and change』と表示される。

 これで変身すれば誠は本当に戦いの渦の中に飛び込んでいくことになるだろう。彼は争いごとが好きではない。だけど自分にできることがあるのなら。

 覚悟を決めよう。

 元より『今までの自分から変わる』ためにここに来たのだから。

 ウォッチェンジャーをタッチする。


 『recognition failure』


 「あれ!?」

 彼の覚悟はあっさりと『認識失敗』の一言でくじかれた。いや、ここはかっこよく変身するところではないのか。さっきまでのモノローグはなんだったのか。

 「あ~、ダメだよ。ちゃんと声紋認証しないと」

 「声紋認証?」

 「他の誰かに取られても変身されないように君の声で発動するようにしたから。だからちゃんとキーワードと一緒に声紋認証してね」

 「キ、キーワード?」

 「うん、キーワード」

 すると、光はババっとポーズをとりながら「勇気顕現!」と叫ぶ。

 どうやらそれがキーワードらしい。らしいのだが。

 「そ、それを言うの?」

 「うん、安全のためのセキュリティだからしょうがないね」

 しれっと言ってのける光。確かに変身アイテムが敵盗まれたり落としたりするのはヒーロー番組でもまま見られる。そのためのセキュリティなのだから仕方ない。

仕方、ないのだ。

 誠はもう一度ウォッチェンジャーを起動させる。

 「ゆ、勇気…顕現…」

 「もっと大きく!もっと強く!」

 「勇気、顕現!」

 「もっとshout! 魂で叫ぶの!」

 「勇気顕現!!」

 「君の魂はその程度かぁ!! もっと!! もっと魂を燃やせぇ!!!!」

 もはやキャラの変わった光の煽りに顔を真っ赤にさせながら。

 

 「勇気顕現!!!!!!」

 

 『OK!』

 ヤケクソ気味に叫ぶ。

 その叫びに応えるようにウォッチェンジャーが輝き、光の粒子が溢れる。それは誠の腕に、足に収束していく。その次には胴体、最後に頭部と全身を包み込む。やがてその光が弾けるように霧散していった。

 「あの、どうなりました?」

 光が晴れたのはわかるが自分がどう変わったのかが見えない。光はホイホイと部屋の隅から姿見を引っ張ってくる。

 「はい、どうぞ」

 「おお……」

 姿見に映る自分の姿を見て声が漏れる。

 機械的な鎧だが全体的に角々しさはなくどちらかというと丸い印象を受ける。頭部もボディと同じく流線型のマスクでサングラスのような大きなバイザーで覆われている。そして、彼の四肢には丸い機械のようなものがついている。

 その姿は正しくヒーロー。子供の頃見たテレビのヒーローそのものだった。

 ただ。

 「なんだか白すぎない?」

 そう妙に白い。純白とか白銀とかそんな綺麗な白ではない。ツヤがあるわけでもなく、なんというか何も書かれていない画用紙とかキャンバスのようだ。デザインはいいのに、配色ミスでなんだかもったいない気分になる。

 「あれ、白?」

 するとウォッチェンジャーを渡した本人が一番不思議そうな顔をしていた。

 「どういうこと?」

 「そのアーマーは別に白いわけじゃないんだけど、おかしいなぁ」

 光はウォッチェンジャーをカチャカチャと弄ってみるが、特に異常はなかったようでさらに首をひねる。

 「変だな~」

 『全体的にスペックも何段階か落ちているようです。ですが、異常という異常は見当たりません』

 「そうなるとやっぱり『感情コンバーター』の方で何かあるのかな」

 腕を組み考え込む。

 「感情コンバーター?」

 「ああ、そうだね。それの説明しておいたほうがいいか。感情コンバーターっていうのは人の感情エネルギーをアーマーのエネルギーに変換してそれを実際の力に変えるシステムと装備のこと」

 腕とかについてる奴だよと教えられる。なるほど、この丸い機械がその感情コンバーターというものなのだろう。

 しかし。

 「感情エネルギーって?」

 また聞きなれない単語が出てきた。未来の技術とはそんなに特殊な単語が多いのだろうか。

 「文字通りその感情から発生するエネルギーのことだよ」

 「なんだかオカルトっぽい話」

 「私は宇宙人とかUMAとか幽霊を信じるタイプの人間だからオカルトにはむしろ肯定的だよ。でも、別に特殊な言葉じゃないんだよ」

 眼鏡をクイッと指で持ち上げ例えば、と口にする。

 「アサくんはマラソンとかする時に嫌だなぁ、めんどくさいなぁって考えながら走るのと楽しいな、気持ちいいなって走るのどっちが楽だと思う?」

 「それは…」

 当然、楽しいと考えながら走るほうが楽だろう。マラソンのような運動はあまり得意ではないが沈んだ気持ちで走るよりは絶対にいい。

 「人ってね不思議な生き物で普段と同じことをしていても気持ち一つでその結果が大きく変わったりするんだ。スポーツ選手でメンタルコンディショニングって聞かないかな? スポーツ選手も精神面が鍛えられてないと肝心なところで技術が発揮できないとかよくある話なんだよ」

 確かによくスポーツ選手のインタビューの中に「気持ちで負けない」や「強い精神で挑みたい」などとよく聞く。幼馴染の道場でも『体ができていなければ技も心も育たない。技がなければ体も心も無力である。心が強くなければ体と技は真の意味を発揮しない』と教えているそうだ。それだけに精神や感情というものは目に見えないながらも重要なファクターであるらしい。

 「感情エネルギーっていうのはそういった精神から発生するエネルギーの事を指すの。精神が高揚していればそれだけエネルギーは大きく上昇するし、気分が落ち込んでいればそれだけエネルギーは減少するの」

 なるほど、感情エネルギーというものは理解した。

 「でもそれって変換したり他のエネルギーに変えたりできるものなの?」

 言葉の意味はわかったが、そのあたりの理屈はよくわからない。そもそも目にも見えなければ数値化できるようなものでもないものを操作できるのだろうか。勿論、感情をコントロールするということは可能なのだけどそのエネルギーを変換するということは可能なのだろうか。

 「う~~ん、これも説明が難しいんだよね。変換プロセスとか説明しようにも色々と専門的すぎるしなぁ」

 『誠さま、あまり専門的に受け取らなくてもよろしいですよ。そういうものなのだと思ってください』

 「う、うん。なんだかごめんなさい」

 『いえ、先程も申した通り世の中には説明上手な人間とど下手くそな人間がおりますので』

 「アイちゃん!? さらりと私をディスるのやめてくれない!?」

 「私だって泣くときは泣くよ!?」と相棒に泣きつく光。気を取り直すようにまた咳払いを一つ。

 「ま、まあ要は放射線とか空気みたいに視認することはできないけど確かに存在して人に影響を与えているものって考えてくれればいいよ」

 確かにそんな捉え方でいいのかもしれない。元々未来の技術であるのだから、現代人の彼が理解しようにもできるものではないのだろう。そもそも彼は文系だ。理数系はあまり得意ではない。これが理数系という分野に入るのかは謎だが。

 「で、それと体が白い理由って何かあるの?」

 「それがさっぱり。私もそんなに真っ白になるなんて思ってなかったし」

 『本来であればアーマーを装着した時点でコンバーターが起動。全身へのエネルギー伝達の影響で発光するようになっているのですが』

 「スペックは数段下がってるんだっけ?」

 『はい、ですが機能不全に陥るほどのものではないように思われます』

 「なら、下手にいじれないかぁ」

 うーんと腕組みをして瞑目する光。さっきから思っていたが彼女はかなりの天才のようだ。同い年くらいに見えるのに偉い知能の差があるのは時代の違いからくるものなのだろうか。

 結局のところ、使いながら調整していくという方針に固まった。侵略者たちが攻めて来るまで一週間。その前にできる限りアーマーを使えるようにしておくために訓練を行うことになった。

 

 「それじゃこれからよろしくね」

 「はい。あの…やっぱり変身するのに叫んだりするのやめません?」

 正直恥ずかしい。子供の頃はよくごっこ遊びで真似はしたものだが、ある程度の歳になると恥ずかしさの方が先行する。

 「セキュリティだから。我慢してね」

 「うぅ……」

 

 「それにそっちのほうが格好良いでしょ」

 「実はそっちのほうが本音でしょ」

 

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