第12話 ルートビアを作れ!

 と言うわけで……

 ——頼んでもいないのに、自分の過去を、勝手にほじくり出して自爆した聖女様はほうっておいて、俺「たち」はさっさと俺の部屋に戻っていたのだった。

 そう、俺「たち」は、——だ。

 今日は、酒場でのドタバタの後に聖女様の騒ぎもあり、もう随分と疲れたのでそろそろ一人にしてほしいところだが、そんな気持ちをくむわけもないローゼとサクアは、あからさまに迷惑そうにしている俺の様子など無視をして、当然のように部屋の中にまで着いてくるのだった。

 その理由を聞いてみれば、さっき飲みに行ってしまったことで中断された、今日の二人の来た目的——選挙対策の打ち合わせをやってしまいたいとのことであったが、案の定、……入るなり腰を落ち着けたら何もしない二人であった。

 まずサクアといえば、

「ああ、このソファに座るともう動けなくなるんですよね」

 所謂「人をだめにするソファー」に体をどっぷりと沈めてもう動く様子もなく目が半分閉じて今にも寝てしまいそうだし、

「ぷはー!」

 ローゼは床にペタッと座りながら、ルートビアを飲んでご満悦の様子だった。

 でも、

「おいおい、もうそれ残り少ないから一缶だけで飲むのやめてくれ」

「む……(しょうがない……)」

 コタツの上にルートビアを追加でもうすでに二缶出して飲む気満々だったローゼに俺が注意すると、意外にもそれに素直に従う。

 と言っても、いかにも残念そうな表情で缶を冷蔵庫に返す、チンチクリン魔法追加であった。

 いや、実は、俺も残念だ。この異世界に来て、唯一の、ルートビアを愛する同士、ローゼにそんな一缶くらいで飲むのをやめるようにケチケチしたことなど言いたくないのであったが、結構買いためてあったルートビアも二ヶ月もたてば、残り少なくなってしまっていたのだった。

 この異世界で、新たな供給も不可能であれば、もう残り少ないルートビアなのだった。酒場に山◯のハイボールも、どうやらサ○ンパスも存在するこの異世界なのにルートビアーは存在し無いようなのだった。今、ローゼが戻した二缶も合わせて、冷蔵庫に入っている五缶と今押入れにしまっている1ダースを飲みきったら、それで在庫はおしまいだった。

 ——俺の好物ルートビアー、俺の世界にいた時に、ネット通販で取り寄せてグロス単位でずいぶんと買いためていた状態でこの世界にやって来たのにも関わらず、残りはもうわずか。——補給の見込みのないこの世界ではもうすぐに飲むことができなくなってしまいそうであった。

 そしたら困るな。俺は不満そうに床をゴロゴロしているローゼを見ながら思った。

 俺も飲めないのは残念だが、さらに、飲めないのに腹をたててローゼの機嫌が悪くなられても困る。

 機嫌が悪くなられて、更なる暴走をされても困る。

 それが俺のせいにされて街のみんなに更なる白い目で見られても困る。

 ——と言うわけであった。

 でもなあ……

「スピー……」

「ぐるるるる……」

 俺は、ついに鼻ちょうちんだして眠り始めたサクアと、不満そうに唸り声をあげるローゼを見ながら思った。

 ——無くなってしまうものはどうしようもない。

 ここで作れるわけもないし……

 ローゼの機嫌が悪くなるのは何か他のことでごまかすしかないだろうな。

 なんか機嫌取るような大道芸でもネットで検索してやりかた覚えておくか?

 俺は、そう考えてパソコンに向かいキーボードに指を下ろす——その瞬間。

 まてよ?

 作れない?

 本当か?

 俺は思うのだった。

 あれ?

 待てよ!

 「本当」に作れないのかな?

 今までそんなこと考えてみも見なかったけど……

 俺は今思いついた疑問を解消するため、

”ルートビア 作り方”

 で検索をする。

 すると——

 なんか、結構これ、ルートビア、作ってる人いるな。

 と言うか、ルートビアって、もともとアメリカの農場主なんかがハーブや木の根を混ぜ合わせて作った自家製滋養強壮ドリンクが起源のようで、決して家で作れないものでもないようだ。

 そのハーブなどの調合にはいろんな秘伝がありそうだが、メジャーなのはカンゾウやコリアンダーシード、シナモンや生姜、樺の木の皮やタンポポの根……様々な個性的で刺激的な薬草類を煮出して、さめたらイースト菌を入れて発酵させて炭酸を発生させる。それがルートビアの基本的作り方のようだ。

 それを見て……

 なるほど——これなら作れるかもしれない。

 と俺は思うのだった。

 ネットで見つけたレシピは、材料さえ揃えばそんな難しいものでもないように見える。

 そりゃ一回でうまくいくかはわからないが、何回か調合を変えてチャレンジしたらどうかな?

 すくなくともチャレンジしてみる価値はあると俺は思って、ちょっとワクワクさえしてくるのだった。

 でも、それも……

 材料が揃えば。

 ——「揃えば」だ。

「こんないろんなハーブ類がそろって都合よくこの異世界にあるのかな。それってルートビアそのものがこの世界にあるって言われるのとあんまり変わらんからな」

 と、俺は、材料の入手のことを考えて見たら、いくぶん冷静になって無意識にそう呟いてしまうのだっだ。

 だが、

「む!(だいじょうぶ)」

 なんだかローゼが自信ありげなドヤ顔をすると、

「カンゾウやコリアンダーシード。シナモン、生姜。樺の木の皮やタンポポの根ですか? だいたいローゼ様の薬草庫の中にありますが。他に、ホップやクローバー……ありますね。ええ、イーストってパン作る時に混ぜるあれでしょ? ハチミツや砂糖は当然ありましす——確かにできそうですね」

 俺の後ろからソコンの画面を覗き込んで、ルートビアの材料を言うサクア。

 どうやらこの世界にもその薬草は全部存在するらしい。

 ならば、

「む! つくる!」

 なんだか俺以上にやる気になっているローゼであった。

「だ……そうですよ、使い魔殿。私はとてもこんな飲み物飲む気しませんが……使い魔どのが作るとなるとますます不安ですし……」

 だが、サクアは俺が作ることに問題があるような言いぶりだった。

 それを聞いて、

「なに!」

 俺は少し声を荒げる。

 確かに俺は料理が得意とは言わないが、メイドの格好している癖に、料理洗濯掃除をするところ、まるで見たことがないお前よりは、一人暮らしで自炊して過ごしてた俺の方がだいぶましだろ。

 こんなクソメイドに上から目線で批判される覚えはない。

 なので、カッと来た俺は、

「じゃあ……作ろうじゃないか。材料を用意してくれ。本当のルートビアって言うものを見せてやりますよ」

 と勢いで言ってしまうが、

「む!(それではお願いする)」

 ローゼが杖をさっと振ると、

「おっ、とっとっと——」

 俺の目の前の空中には薬臭い葉っぱや木の根なんかが入ったカゴが空中から突然現れるのだった。

「ローゼ様の薬草庫から魔法で引き寄せたものです。どうですかな、使い魔殿は随分自信ありげでしたが、この最高級の薬草にふさわしい腕を持ってますかな? ふふふ……」

 挑発するようにサクアがいやらしく笑う。

 すると、

「フフフヒョヒョヒョ……」

「キョキョキョキョ……」

「クッカカカカ……」

 ………………

 なんだか、カゴの中の薬草まで笑っているようなのが多少きになるが……こうなりゃ勢いだ。

「おう! やってやろうじゃないか!」

 と俺は自信満々に言うと振り返り……

 ——すぐに机に向かうとルートビアのレシピ検索をする《ググる》のだった。


   *


 まあ正直、ローゼたちに煽られた分を差し引いいても、結構ルートビアを作る気満々な俺であった。実際、好物のルートビアがもうすぐ無くなると言うのはこの異世界に来て、今もっとも気になることの一つであったのだった。

 異世界まで来ておいて、気になることが薬臭いドリンクルートビアかってつっこみは甘んじて全受けしよう。

 でも、いつになったら元の世界に帰れるかわからない、いや、そもそもこのクソ魔法使いたちに俺を元の世界に帰す力があるのかもよく分からないそんな状態で、この好物を得るには自分で作るしかない。そう思えば俺はこの異世界に来て以来の一生懸命さでドリンクの作成に挑むのだった。

 その作り方は……

 よく洗った材料を適切にちぎったり砕いたりしたあと煮出して、冷めたらイースト菌入れて密封して発酵させて炭酸を発生させたらおしまい。

 それを冷暗所、冷蔵庫とかで冷やして置けば良い——とのことだった。

 多分、これ材料の配合とかが大事なんだろうな。なんだか癖が強い薬草が多くて、配合間違えたら大惨事になりそうな気がしないでもないが……

 まあ、試して見るしかないかと、おれはレシピにしたがって、薬草類の下準備をする。

 すると、

「ギャ!」

「クワッ!」

「ギギー!」

 ………………

 なんだか、ちぎったり、砕いたりするたびに薬草類が小さな悲鳴をあげているのが気になるが、大事の前には小さな犠牲は無視をすることにして——俺は黙々と作業を続ける。下準備ができた薬草をあらかじめ鍋で沸かしておいたお湯の中に入れる。

 すると、

「なんだかすごい匂いですね……これほんと飲めるものなんですか?」

 どうせ飲む気もないくせに、駄メイドがちょっかいをかけてくる。

「だ、大丈夫と思うけど……?」

 でも、実は俺も、初めて作ってみるルートビアなので、ちょっと本当にこれでいいか自信はないので声は不安げ。

 すると、

「む?(そうなのか?)」

 ローゼも心配そうになる。

「まあ、初めてただから、一回でうまくいくかは自信ないな。できれば何回か試行錯誤して見たい感じはする。材料もこれ以外も試してみたい気もするな……」

「む……」

「どうせなら、もっと実験してみたい気もしますね……」

「むぅ!(そのとおり)」

「ほら、使い魔殿、ローゼ様もこう言ってますし」

「うう……ん……」

 実は俺も何か足りないような気はするんだよね。それっぽい感じではあるが、いつも飲んでるのからはもっと違う匂いがする方な気もするし……

「じゃあ、これでも入れてみますか!」

 俺が鍋の前で腕を組んで悩んでいると、なんだか葉っぱのついた人みたいな形の何かの根(?)を胸のポケットから出して鍋に入れる。

「ギョエー!」

 なんだ、熱湯に入れた瞬間悲鳴あげなかったか? この草。

「ああ、マンドレイクですよこれ。生きが良いでしょ! 抜きたてですからね!」

 マンドレイク? それって、根が人の形に似た植物だよな? 伝説の歩き出す植物じゃないよな?

「む!(これも)」

 今度はローゼが鍋に何か石を入れる。

「おお、さすがローゼ様! 賢者の石を惜しげも無く投入とは! さすがです!」

 賢者の石? 俺は何だか怪しげな泡がぶくぶくと湧いてくる鍋を見ながら言う。

「この辺でやめておいたほうが……」

 でも、

「ドラゴンの鱗!」

「む!(一角獣の角)」

「仙丹!」

「む!(不死鳥の肉)」

「…………」

 次から次へと怪しい材料を入れ続ける、おもしろ迷惑コンビである。

 これはもう絶対飲めないな——と俺は思ってもうドリンク作成への意欲をほぼ失っていたのだが、

「使い魔殿! 何ぼうっとしてるんですか。ローゼ様と私で最高の汁をつくりましたので——次はどうすれば良いんですか?」

「む!(どうするのだ)」

 まだやる気満々の二人であった。

 ああ、こうなら毒を食らわば皿までだ。

 まあ、俺は食らわないのまないけど。これ。

「じゃあ、冷ましてイースト菌を入れて……うわ! 今投入しちゃだめだ!」

「えつ、だめだったんですか?」

 コンロの火を止めたばかりの煮えたぎった正体不明の汁にイースト菌を入れたら、菌が死んじゃうだろと思うが……なんか炭酸がぶくぶく言って来たな。異世界のイースト菌は丈夫なのか?

「……まあ、いい。じゃあこれを密閉できる容器に入れて冷やすだけだが——」

「む!(これを)」

 ローゼがまた杖をちょっと振ると、空中から、なんだかいわくでもありそうな、みるからに怪しげな壺が現れる。

 ローゼはなんの躊躇もなく蓋をあけた。

 すると、壺からは、霊感なんてものがない俺でもわかる、——なんだかいやーな物たちが飛び出してきて、そのまま飛び散ってどこかに消えるのだった。それを見ていると、俺は、背筋が、今までに経験したことがないほど冷え切る。

「おい、これ、中に何入っていた?」

 俺は、無邪気に、ケタケタとわらってる二人に聞く。

「ああ、たいしたもんじゃないですよ。ローゼ様が昔パンドーラという女性ひとにもらった壺で、なんだか色々入っているって聞きましたが、気にすることないですよ。どうせ大したことないですから」

 ……

 まあ、パンドーラが解放しなくてもこれだけの災厄に満ちたこの世界ブラッディ・ワールドだ。いまさら災厄が増えたところで大したことはないのかもしれないが……

「さあ、煮汁を壺に入れましたよ。どうするんですか?」

「ああ、厳重に封をして、あとは半日も待てば完成だ」

「む?(そんなにかかるのか)」

 俺は不満げなローゼの顔を見て、

「まあ、時間をこの壺だけ進めるとかできたら別だけど。そんなことは流石のローゼでもな……」

「む!(そんなことか)」

 え?

 ローゼが杖でトンと床を突くと、キッチンの上に置いた壺に蓋がしまり、それにサクアが、なんだか怪しげな文様の書かれた札をはって封印する。そして、壺は魔法陣に包まれ、中から激しく発酵していると思われるぶくぶく言う音が聴こえてくる。

「ローゼ様の魔法で壺の時間半日ほど進めましたから、——これで完成ですか使い魔殿?」

「ああ……たぶん……な」

 そもそも初めてのルートビア作成なので、作りかたがこれで良いのかも自信はないが、怪しげな材料をこれでもかこれでもかと入れたので、そもそもまるで違うものになっている。こんなもん責任持てるかと思いながら、俺はなげやりに答えるのだった。

 そして、

「あとは冷蔵庫にでも入れて冷やして……」

 こっそり捨てておこうと思いながら俺は壺を持つのだったが、

「あれ?」

 なんだか蓋がカタカタ言い始めてる。

 発酵して炭酸が強すぎて蓋が外れかけている。

「うわ! 凄いですね! 魔王だって閉じ込めておけるはずその封印なのに蓋がはずれそうです」

「む!」

「……そうか様々な秘薬を吸い込んだイースト菌がハイパー化。枷を突き破ってこの世に飛び出ようとしてるのですね!」

 おいおい。またこのパターンかよ。

 突然変異したイースト菌で世界絶滅危機とかならないよな?

 と、俺は、赤潮を初めとしたローゼに巻き込まれた今まで数々の騒動を思い出す。

 しかし、まあ、そんな大きな心配は後にして……

 ——このまま封印が破れて、中身が噴出して部屋が汚れるのはまずい。

 と俺は思い、

「うわっ! ともかく、これ外に出そう!」

 慌てて部屋のドアを開け、壺を玄関の外に突き出すのだった。すると、ちょうどその時……


「ローゼ。先ほどはよくも私に恥をかかせましたね。私の命を削って出した攻撃を無駄に……これでは私が単に恥辱を受けただけじゃないですか! さあ、今度こそ正々堂々、正面から勝負しなさい。私は受けて立ちますよ。この怪しげな部屋からさっさと出て来なさい……はっ?」


 タイミング悪く、このアパートの部屋にたどり着いた聖女ロータス様は、鉢合わせの俺が持つ壺をじっと見つめる。

 そして、その瞬間封印がパリッとやぶけ、


「グゥ……ボッボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ……」


 壺から飛び出した怪しい液体は、ぽかんと口を開けていたロータスの口の中にどんどんと入って行き、


「……げぷっ!」


「ロータス様!」


 全て飲み込んでゲップを出したロータスは、なんだかいやーな紫の妖気に体が通積まれると……

 

 ——ドサッ!


 地面に力なく倒れこむのであった。


   *


 エチエンヌ少年に抱えられて帰って行ったロータスが意識を回復したのはその後、数日経ってからとのことである。

 災厄が飛び出した後も壺にまだこっそり入っていた、「希望」が魔汁に混ざっていなかったらさすが聖女でも命が危なかっただろうとのことであった。

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