第11話 聖女ロータス

 ——ローゼの好き勝手にはさせない!

 と、俺にはなんの反論も思いつかない、全き正論とともに酒場に登場したのはホーリー・ロータス。先ほど噂した聖女様であった。

 だが、

「あれ?」

 俺は、その姿を見て、ちょっとびっくりした。

 虚を突かれた。

 いや、「それに」驚く方がおかしいのだが、現れたホーリー・ロータスは「そのまま」だったのだ。ゲームのこの世界ブラッディ・ワールドそのままの、聖女が俺の目の前に現れたのだった。

「ローゼ! 私が来たからには、あなたの企みはもうここまでです」

 青い聖衣に身を包んだ、長身だが華奢な体。長い金髪を天使のような顔の横で揺らしながら、清浄な、しかし何ものにも挫けぬ強い心を感じさせる瞳。祈るように指を胸の前で組みながら、しなやかに体をくねらせ、まるでファッションモデルのように美しい動作で俺たちの方に歩いて……


「きゃあー!」


 ……途中のテーブルの脚につまずいて転ぶ聖女様だった。


 そして、


「くっ! こんな罠など仕掛けても私は——ひゃあああ!」


 立ち上がるときにテーブルに頭ぶつけて、


「冷たい! ひ、卑怯な!」


 上に乗っていた酒や水を頭からかぶってずぶ濡れになるホーリー・ロータス。

 しかし、卑怯言われても、全部この人が自分でやっちゃったことなんだけど。


「わ、私は負けませんよ。ローゼの悪の力なんか——あれぇええ!」


 立ち上がりかけに長い自分の聖衣の裾を踏んでしまい、床にダイブするようにごつんと頭をぶつける聖女。


「……ふふ。このくらい普段から厳しい修行に勤しむ私にはなんでもありません」


 いや、ちょっと涙目なんだけどこの人。おでこを床にぶつけた跡つけて、立ち上がると、濡れ鼠のなんだか可哀想な人にしか見えない。

 現れたときには、この世界にもゲーム世界と同じようなシリアスな人がいるのかと思ったのだが、——確かに外見はそんな風なのだが……


「……ローゼ、先ほどからあなたたちの所業ずっと見させてもらっておりました。この店に多大な迷惑をかけるその行動とても看過でき……んっ?」


 ローゼに迫ろうと数歩踏み出すロータスだったが、聖衣を後ろで止めているバックルがテーブルクロスに引っかかっていたらしく、


「きゃああああああああ!」


 上に乗っていた料理や飲み物が皿やコップごと大音響の中床で砕け散るのだった。


 なんだ……


 ああ、これは……


「……ごめんなさい……弁償します」


 情けない表情でデイジーちゃんに向かって必死に礼をしながら謝っている聖女を見ながら、俺は思うのだった。


 ——こりゃあ、ドジっ子だな。


   *


「さあ、ローゼ。私と尋常に勝負しなさい」


 ホーリー・ロータスのドジっ子ぶりに、大混乱になった酒場を、その騒ぎに乗じて抜け出そうとした俺たちだった。店の方も、さっさと俺たちに出て行って欲しかったらしく、ローゼの主張通り、お通し代無しの会計で店の外に出ることになったのだった。

 あのドジっ子聖女に関わってもろくなことはなさそう。さっさと逃げてしまおうと俺は思うのだった。ローゼとサクアだけで手いっぱいなのに、あんなのに来られたら俺の許容限度をはるかに超える。

 なので、デイジーちゃんと一緒に床にぶちまけた料理の片付けをしているホーリー・ロータスを、指差してあざ笑っているローゼとサクアを、俺は無理やり店の外に押し出すのだった。まずは、このままここからさっさと逃げ出そう。俺はそう思い、歩き始めたのだった。

 しかし、

「——逃がしませんよ!」

 と、バタバタと走って、俺たちの前に立ちふさがった聖女様、ホーリー・ロータスは、腕をスタイリッシュにピンと差し出しながら言うのだった。

 まあ、掃除の途中で聖衣のそでにトマトソースつけてしまった腕でなければもっとスタイリッシュだったろうが、

「うわ! あんなのに関わるとマヌケがうつりますよ。どうしましょうローゼ様?」

「む!(あいつめんどうくさい)」

 確かにちょっとお近づき遠慮したい感じの聖女様であった。

 だが……


「はっ! はっ! はっ! はっ! はっ!」


「「「…………!」」」


 振り返って、反対方向にさっさと逃げようとした俺たちの前に横の路地からバク転をしながら現れた者がいた。

「うわっ! でた。こいつもやっぱり来てたんですね」

 それはまるで十字軍時代の騎士のような格好をした少年?

「エチエンヌ——」

 サクアが少年を見ながら呟いた。その瞬間。

 こちらを見てニヤリと不敵な微笑みを顔に浮かべた少年は……


 ——ドン!


「……っ」


 かっこよく現れたものの、最後のバク転を失敗して地面にしこたま腹を打ち付けるのだった。


「「「…………」」」


 俺らは地面に突っ伏したまま、どう誤魔化そうか考えて動けなくなっている風の少年をじっと見つめる。結構なキメ顔で登場でこれじゃ、恥ずかしくてちょっと動けないな。と人ごとながら、この後どうするんだろうと心配して俺は見ていると、

「ともかく……まあ良いとして……」

 何が良いのか良くわからないが、——エチエンヌ少年は、少し顔を赤くしながら起き上がると、尻についた土をパンパンと払い、

「ふう……」

 自分で自分をごまかすような、——都合悪いことは忘れて、気持ちを切り替えるような、なんとも空々しい顔で深呼吸をすると、

「ローゼとその一味。このエチエンヌがあなたたちを通しません!」

 持っていた槍を突き出して、俺たちの前に立ちふさがるのだった。

 どうにも「ともかく」で失敗は済んだことにしてしまったらしい、主人の聖女に似た間抜け風味ただよう騎士——エチエンヌ?

 そうだエチエンヌだ。

 俺は思い出した。

 俺の世界で、ゲームの中の世界としか思われてなかったこの世界ブラッディワールド。その中のエチエンヌと言えば、ホーリー・ロータスの率いいる聖騎士団の軍団長。まるで少女漫画の名から抜け出して来たかのような美丈夫の騎士であったはずだが、本物は、なんだか天然っぽい可愛い男の子が中世騎士のコスプレをした——みたいな感じになっていた。

 おまけに、彼の主人に似てドジっ子の雰囲気ありありだが、——ローゼだって本物はチンチクリンのゆるキャラまがいだったが、その魔法の腕前はゲームの設定以上であった。このエチエンヌだって、その聖騎士としての力は侮れないものなのかもしれない。

 だから、俺は、槍を構える少年を張り詰めた面持ちで見つめるのだが、

「通しませんって言われても。通りますよ。ロータスの従者さん」

 まったく緊張感もなく、そんな少年のことなどまるで無視をしてサクアは前に進もうとする。

 しかし、

「ならぬ!」

「ひっ!」

 槍をぐいと突き出して、そうはさせまいとまだ俺たちの前に立ちふさがる少年。

 ちなみに、槍が向けられた瞬間、さっと俺の後ろに隠れたサクア。

 なので今、槍は俺の前にピタッとつけられているのだが……

 ——その様子を見てサクアが言う。

「使い魔殿が刺されている間にここから逃げてしまってもよいのですが……後でローゼ様に蘇生の魔法かけてもらえば良いだけだし……」

 いや、待て! それじゃ俺が痛いじゃないか!

 と俺はサクアに文句を言おうと振り返りかけると、

「ひ、卑怯な! 仲間を犠牲にしてその間に逃げる気か!」

「うわっ!」

 カッとなってちょっと手が動いてしまったエチエンヌ少年の持つ槍が俺の喉にちょっとちくっときた。

「待て、待て話せばわかる!」

 と俺はわかってくれそうもない、もう随分とテンパって、ダイナミックプロの漫画の登場人物のようなグルグル目になっているエチエンヌ少年をなんとか説得しようと試みる。

 だが、

「問答無用!」

 話し合いの余地の無さそうな興奮した少年騎士の様子。……って、また手に力が入って、ちょっと首にチクっときた。

 おいおい、痛いのは嫌だぞ。

 それに、このまま刺されても、本当に生き返れるんだよな?

 俺は、ローゼのやることにどうにも信用が置けず、振り返り、問いただすような目でサクアを見るが、 

「……そうですねえ。いかにローゼ様でも蘇生魔法だと、二回に一回くらいはゾンビにしちゃうので……使い魔殿がゾンビだと魔術師としては箔がつきそうですが、体腐って匂って近所から苦情きても面倒ですし……」

 やっぱり、なんだか裏があるローゼの魔法であった。

 俺は、ゾンビにになってまでお前らに使われるのは絶対嫌だが、

「それじゃあ……しょうがないので……」

 どうもサクアが案を持っている?

「……先生お願いいたします」

 ローゼに丸投げであった。

 そして、

「む!(まかせろ)」

 ローゼは杖を強く地面に叩きつけながら言う。


魔術的人体浮游マジカル・プカプカ!


 ——プカプカプカ!


「うぁああああああああああ!」


 ローゼがさけぶやいなや、エチエンヌ少年の体はふわりと宙に浮き、そのまますごい勢いであっと言う間に雲のあたりまで登っていくのだった。


「うぁああああああああああ!」


 しかし、


「まずいですわ!」


 さっと俺らの近くまで駆け寄ったホーリーロータスは、


霊力的人体落下ホーリー・ドッシャーン


 もう豆粒くらいにしか見えなくなったエチエンヌ少年にむかって手を差し伸べながらそう叫べば……


「ぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ——ドッシャーン!


 ローゼの魔法により、成層圏まで飛ばされかけた少年は、聖女の霊力により引き戻される。地面に大きなクレーターを作りながら地上に落下したのだった。

 でも……

 ——これ、ダメだろ。死んだだろ。

 俺は、穴の真ん中に力なく横たわる少年を見ながら俺は思ったのだったが、


「ううぅん……」


 えっ?


「あ、ありがとうございます、ロータス様。おかげで助かりました」


 彼は、何事もなかったかのように、むくっとたちあがると膝をつきながらロータスに礼をするのだった。

 それを見て呆然とした顔になる俺に、

「あのショタ騎士、主人譲りの間抜けさ何ですが、——頑丈さだけは凄いんですよね」とサクアが言う。

 それを聞いて、——でも、いや、頑丈というレベル超えてるでしょこれ、と俺は思うが、

「あのエチエンヌって、ロータスにずっと仕えるうち、主人のドジっ子すぎる行動に固まってしまうことが多々で、——いつのまにかこの世界でも有数の硬化の術の使い手になってしまったんですよね」

「…………」

 サクアの語るなんとく同情を誘わないでもないエチエンヌ少年の頑丈さの秘密に絶句してしまっていると、

「エチエンヌ!」

「ロータス様!」

 さすがに雲の上まで昇ってから落下したダメージは隠せないようで、立ち上がろうとしてぐらりと倒れかける少年。それを見て、

「許せません! 家族同然の我が聖騎士長をこんな目に!」

 ドジっ子聖女様は、俺らに非難の視線を向けるが……いや、こんな目に合わせた原因の半分はあんたのせいだろと俺は心の中でこの二人にツッコミを入れながら、こんな人たちにはやっぱり関わり合いにならないでさっさと逃げようと、すっとローゼたちの後ろにさがる。

 だが、

「はん! こんな目に遭うのがいやなら早く尻尾を巻いて聖都に帰るんですね! このすっとこどっこい!」

 よせば良いのにこっちの小悪党が燃料を投下するので、

「良いでしょう受けて立ちましょう! まだその時期ではないと思っておりましたが」

「ロータス様……よろしいのですか……」

 なんだが物々しい雰囲気になってきた聖戦士のお二方であった。

 そして、

「エチエンヌ、あれを出しないさい」

「ロータス様——それは……(絶句)」

「この街にはこの邪悪な魔法使いローゼが操る不正な選挙を正すために我らは呼ばれました。その大事にむけてこの秘法はまだ伏せている予定でした。しかし私ばかりかエチエンヌへもこの所業——もう許せません……」

「ロータス様——でも……(絶句)」

 いやいや、あんたの起こした騒動もともかく、エチエンヌ少年の災難もかなりあんたのせいだよねと俺は生暖かい目で二人を眺めるが、

「ここでローゼを叩き潰します。エチエンヌ!」

「はっ……」

 ロータスに言われてなんだか胸元から封筒を取り出したエチエンヌ少年を見て、俺は何が始まるのかと身構える。

 すると、


『レオちゃんへ。ロータスです。突然お手紙渡して御免なさい。でも、どうしても私の気持ちを伝えたかったのです(ハート)』


 なんだか封筒の中身の手紙を朗々と読み始めるエチエンヌ少年であった。


『レオちゃん。こんなこと突然言われて迷惑なのかもしれないけれど、私は、この夏の修行合宿の間ずっとあなたのことが気になっていました』


 何これ? ラブレター?


「うう……」


 で、胸に手を当てて膝を折るロータス。

 なんだか随分効いてるみたいだ。


「うう……削れる……命が削れる……」


 は? 生命力?


『最初会った時はなんて生意気な男の子だって思ってたのよ。何かと私にツンケンしてくるし、私が廊下を走るなって言うと、うるさい生意気だなんて怒鳴って来て。……でも、私の早弁がバレて先生に怒られそうになった時、俺が食べてましたって言ってかばってくれて……私の代わりに廊下に立って……その時、ぶっきら棒なあなたの中に感じた優しさ、その時、私はあなたへの気持ちに気付いたのです……』


 もしかして?


「うう……だめ……もうだめ……恥ずかしい……死んじゃいたい……」


 ロータスのゲームの中での設定は「自らの生命力を削り霊力を発する」だった、確かに今のこの状況、生命力がごりごり削られている状態だが……まさか?


 いや、その通りだった。


 過去の恥ずかしいラブレターを読み上げられて、削られた生命力を霊力に変えて、

「うわ! すげ!」

「すごい霊力の文様ですね!」

 ロータスの頭上にはなだかやばげな光が謎の文様とともに浮かび上がり、見るからにどんどんとエネルギーを溜め込んで……


『レオくん。私……好きです。あなたのことが。I love you. I need you. I wish you are lover!(ハート)』


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! みんな死んじまえ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 神の裁きの雷ゴッド・ライトニング!」


 そして、街を覆い尽くさんばかりに膨れあがった、ロータスの命を削って作り出した霊力の光。彼女はそれを俺たちに向かって落とそうとしたらしいのだが……


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あれ?」


 あんな危なげな光が輝いているのに俺らがその場にいつまでも留まっているわけもなく、——誰もいなくなった街路をぽかんと見つめるロータスは、なんだかとてもやるせない表情で、情けなくがっくりと肩を落としたと言う。ああ、それは、後で聞いいた話だけどね。



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