第13話 街の名は
気づけば、聖女ロータスとの騒ぎがあってから早くも二週間が経って、ついに市長選挙の開始となったこの街であった。二週間の間に、壺から逃げた災厄の中に
この街……
この街……
この街……んっ?
この街?
「あれっ? そういやこの街ってなんて名前なんだ?」
「はあ?」
俺は、選挙運動の打ち合わせに部屋にやって来ていたサクアに向かって言う。
そう言えば、異世界に来て、もう二ヶ月以上たって、今住んでいるこの街の名前なんて気にしたこともなかったな、と俺は思うのだった。
「使い魔殿。なんですか? あなたはそんなことも知らずにいたのですか? 住んでる街の名前も知らずに?」
「…………」
まあ、確かに、自分の住んでいる街の名前も知らずにいたと言うのは、あまり自慢するようなことでもない。でも、ここに来てから、あまりにバタバタで、住んでる街の名前を気にするような余裕が無かったのだ。
だから、この件については情状酌量の余地を認めて欲しいと思う俺だった。
いや、毎日毎日、この二人に引っ掻き回されて、まったく落ち着く暇の無かった俺には、この他の件もだいたい情状酌量の余地があると思うが……
まあ、今日は、ともかく街の名前を教えて欲しい、と思うのだった。
なんだが、一度気になると、知らないとなんだか落ち着かないのだ。
しかし、
「まあ、教えても良いですけど。と言うか、あちこちに書いてあったでしょ。使い魔殿は字も読めないんですか?」
サクアの回答は想定外で、
「書いてあった……?」
そんなもの見たこともないが?
「——朝日ケ丘……市です」
「え? それって町名とかじゃ無かったの?」
確かにこのへんの通り歩いていると、そんな名前の描かれた看板や標識なんかをよく見たが、俺はてっきり、それはこのあたりの区画の町名のことかと思ってた。
いや、そもそも偽中世異世界に来て朝日ケ丘もないもんだが……
それは置いとくとしても……
だいたい……
「丘なんて市街に全然、ないのにへんな名前だな」
「そうですか?」
「山から流れる川の作った、河岸段丘に発展した都市ってとこだろここ。丘っぽいとこあんまりないじゃない」
「河岸段丘? なんですかそれ」
「川が作った、階段見たいに高さの違う平地が続く地形のことだよ」
「なんで川がそんなもの作れるんですか?」
「それは川が削って……?」
確かに川が大地削って、谷ができるのなら分かるが、なんで平地できるんだ?
昔学校で習ったような気もするが……思い出せない。
なら……
まあ……そう言う時は
俺は、パソコンに「河岸段丘」と打ち込む。
すると、
「……なるほど。川が大地を削って行って、谷を作るが、あまり海と高低差が無くなるまで谷が深くなると、——流れが緩くなって土砂が溜まり始め、谷が埋まり平地ができる……そして、そんな平地ができた後に地殻変動で土地が隆起するとか、氷河期で海水面が下がるとかが起きると、また川に高低差ができて大地を削り始める。で、高低差が無くなるまでに削ると、新たな平地ができて……隆起。あるいは海水面の上昇。この繰り返しで階段状の平地ができると言うわけか」
「……なんですかそれ? 川が大地を削るのはわかりますが、地殻変動? あと、海が下がったり上がったり? そんなこと起きるわけないですよね?」
「地殻変動というのはな、大地が次第に盛り上がったり下がったりするようなことを言う。それは徐々にの場合もあるし、地震などを伴って急激に一気にの場合もある。海水面の上下は、氷河期と言って昔地球全体が寒くなって大地にずっと雪が溜まって氷になってしまい、川が流れていかないから海が下がって言って……」
「えー! 大地が隆起する? 勝手にですか? そんなのあるわけないじゃないですか? それになんですか? 寒くなって川が流れずに海が下がる? あの広い海が川の水ぐらいでどうにかなるわけないじゃないですか」
「それは……」
俺は、言いかけた言葉を途中で止める。
地殻変動や氷河期のことをこの未開の連中に説明してもしょうがないと思ったのもあるが、——そもそも異世界にはそんなものがないのかもしれないとも思ったのだった。
ここはなにしろ異世界なのだ。自然が、大俺の世界と同じような歴史を
しかし、もし、地殻変動や氷河期が無かったとしたら、なんで河岸段丘らしき地形ができているんだ? 俺が、そんな疑問にとらわれて、ついぼんやりと宙を見つめていると、
「なにしろ……大地を盛り上げているのはローゼ様ですからね」
「はあ? ローゼ?」
サクアはさも当然そうに聞き捨てならない一言を言うのだった。
「この街はもともと
「………………」
「それいらいこの街は住みやすいところに変わったんですね。そして、名前を朝日が丘にして昔の災害の多い街のことを思わせないようにして、移住者を募り発展したと言うわけです」
まあ。俺の世界でもよくある話だな。水害の多かった谷間の街が河川工事で変わったのを気に昔の災害を匂わせる名前をやめて綺麗目な街の名前に変える。でもこの世界では、河川工事でなくローゼが土地を盛り上げてそれを行なったのか? まあ宇宙の法則に介入する奴だから、そんなことでは驚かないけど。
「……段丘は一段じゃないよな」
なんとなくそこが気になった。
河岸段丘というのは谷ができて埋まって、それが隆起してまた川が削って谷が出来てのサイクルで何段もの階段のような平地ができるのだが——この街は何段もの段丘がある。何度も隆起しているのだ。どうも、それは毎回ローゼがやっているようだった。
でも、すると、
「実はお前らって随分長生きなのか?」
「はい?」
「具体的には数万年とか……」
俺は目の前のこのクソメイドは実はクソロリ
「はああ?」
「河岸段丘の生成って時間がかかるんだよ。川が大地削って、谷が出来て、埋まって……隆起はローゼやってるにしても、平地ができるまで相当時間かかるだろ……」
だからこいつら実は数千歳とか数万歳なんてのも異世界のお約束的にあるのかなって……
「私がそんな妖怪みたいなババアだっていうんですか!」
でも、ちょっと怒り気味のサクアであった。
そりゃこんなポンコツとは言え、女性である。確かにババア扱いは悪かった。
「ごめん、ごめん。サクアってせいぜい十七ぐらいだよね……」
なので機嫌取る意味で女性が喜びそうな齢を行って見る。心の中で「永遠の」と唱えてから言ったから自分に嘘はついてない。まあ見た目の感じでプラス十歳はあるかなと思っていると、
「……まあ、そんなもんかもしれませんが……ちょっと少し——なんでしょ……そんな風にピチピチの女子魔法高生に見てもらえるのは嬉しいんですけど……私……」
なんだか挙動不振気味のサクアだった。このクソメイドは、やっぱり結構歳行ってるのかな? この異世界のもののけの可能性もあるから、——数万年と言われて怒ってたが、実は百二十歳と言われても驚かないつもりの俺だった。
でも、
「私……三歳なんです……」
「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
なんだか、フォントの大きさが変えれないweb小説なので、やたらと文字数くって驚いてしまった俺であった。
「三歳……?」
幼女だったのか?
「私はローゼ様が作ったホムンクルスなんです。言ってませんでしたっけ?」
言ってない、——いや聞いてない。
「まあ、三歳と言ってもローゼ様の魔法で十分に成長して、知識も常識も詰め込まれていますから、使い魔殿なんかよりもずっと大人ですけどね」
ううん。まあ、俺は自分ががまともな大人と言い張る気はないが、すこくなくともこいつらよりはまともだと思うが……
いや、でも、まあそうだな。
逆に、こいつはローゼのロクでもないとこだけ引き継いで成長した三歳児だと思えばすべて
と言うか腹も立たない。
そんな奴に良いように使われている俺が少し情けなくも思うが、
「はい、バブー。バブー。よいこでちぇねー」
「な、何を使い魔殿……私は大人だと……」
怒った顔をしようとしているが、頭を撫でられて、少し嬉しそうなサクアだった。
こうして見ると少し可愛くなくなくなくもない、クソメイドであった。
「もう……ぷー!」
なんだか、こうしていると、バカな猫でもあやしている気分になって、このまま今日はぼんやり過ごしていても良いなと言う気分になるが……
「なんだ!」
——ゴゴー!
という地鳴りとともに、町中にベルが鳴り響き。
「う、わああああ!」
なんだか大きな地震が起きる。
俺の部屋は、前に震災にあった時と同じくらいに、ひどく揺れ、数分間もそのままグラグラとした後に治ると……
「む!(出番だ)」
それまで大人しく、布団の掛かっていないこたつでルートビアを飲んでいたローゼが立ち上がり言う。
「むん! それでは行きましょうか使い魔殿!」
俺は撫でていた手をサクアにむんずと掴まれて、ぼんやりとした午後の休息と言う、ささやかな望みが、あっけなく砕け散ったことを思い知らされながら、
「うぁあああああ!」
ローゼの作った魔法陣の中に今日もまた放り込まれるのだった。
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