第4話 俺の使命?
サクアの言う後始末。俺がしなければならない事とは何か?
俺は、これから何をさせられるのかと戦々恐々としながら、目の前の海に浮かぶ悪鬼達の死体を眺めるのだった。水平線まで隙間も無いくらいに埋め尽くす——死んでも恐ろしげな悪鬼たちの死体が、波にもまれてゆらゆらと揺れるその様子はかなり気持ち悪い光景だが、
「この連中はこうやってしょっちゅう街に襲いかかってくるんですよ」
横のサクアは
「ほんとひどい時は一週間おきくらいでやってくるんです。でその度にこうやってローゼ様に撃退されて海の藻屑となるんですが……全くこれっぽっちも連中の勝機はないんですが……」
「なら……?」
俺はサクアの言葉を聞きながら、悪鬼退治は全部ローゼがやってしまうと言うのなら、俺がこの後いったい何をすれば良いのかと疑問に思うのだが、本当に困った顔で、
「でも困るのはこれからなんですよね」
とサクアは言うのだった。
*
俺たちは崖を降りた砂浜で、そこに打ち上げられたドラゴンらしきものの死体の前に立つ。
「あれ随分痛んでるな」
俺はその死体を見て思った。ローズの光線に撃ち抜かれたらしい胸に、ぽっかり穴が空いているのは分かるが、その他の体も随分とあちこちがボロボロになっている。さっきの戦闘(とも呼べない一方的虐殺)からまだ三十分くらいのものだが、それはなんだかもう何日も経ったかのような様子であった。
「うわ、臭っさ!」
そして、その様子に見合うような悪臭も死体の周りに漂う。なんだろ? この異世界では物が腐るのが早いのだろうか?
「そうです……これが問題なのです」
俺の顔が臭気に歪んだのに気づいたのか、サクアが言った。
「臭いのが?」
「臭いせいで——です」
「…………?」
「はんたーい! はんたーい! ローゼの迷惑行為はんたーい!」
なんだあれ?
聞こえてきた声に振り向けば、数十メートルくらいはなれた場所、崖から降りたあたりに十人くらいの手にプラカードをもった人たちがいた。
「今回も来ましたね……と言っても怖くてこれ以上近づいて来ないでしょうけど」
「何しに来てるのあれ?」
「ローゼ様の偉業を理解できない哀れな連中ですよ」
「へっ?」
まあ、この世界のことは来たばかりで良く分からない俺だったが、あの悪鬼の群れに蹂躙される最悪の事態から、あわや街を救った英雄がこの
そのローゼに、あの人たちは何の文句を言いたいのだろうか。
「ローゼ様だから——ローゼ様でしかあの悪鬼の来襲を防げないのですよ。最初はみんなローゼ様に感謝し、讃え、最初のローゼ様の悪鬼撃退の日が街の祝日にまでなったのですよ……それなのに」
「はんたーい! はんたーい! ローゼの迷惑行為はんたーい!」
「撃退するのが当たり前になったら——こんな臭気も我慢できなくなって」
「いや……」
俺は、いつの間にか骨だけになってしまったドラゴンの死体の周りの砂の上に絨毯が敷かれたように伸びる赤い帯状の物体が気色悪く
なんだろこれ? 生きているのか? その物体は伸び海面にも続く……いや逆か海からそれは上がって来たんだな。海面に浮かぶ死んだ悪鬼たちの周りも、赤や黒みがかった緑色の塊が浮かび、それが波に運ばれて陸まで伸びて来ているようだった。
で、多分、その塊が出しているらしい臭気が風に運ばれて打ち寄せてくれば、
「さすがにこれは耐え難く臭くないか?」
海の中の死体に色とりどりの塊がくっつけば、あっという間にその体が消えていく。もしかして悪鬼たちの死体はあの塊に食われてる? で、食ったあれがすごい臭気をだして、それが風に乗ってやってくる?
「いいえ、臭くありません。ローゼ様の正義の結果がこれなのです。それが耐えられないわけがありません」
そんなことを言ってるサクアももう鼻がひん曲がって、もう耐えきれなさそうなのに強がって言っているのがあからさまな様子であった。
じゃあ、
「くしゃい」
と無表情ながら、鼻をつまんで子音がちの言葉で言う。
そうだよなこれ耐えられないよな。
もう強がってこんなとこにいないほうが良いよな。
でも、
「何ですかローゼ様も! 自らの行いを否定するようなことは言わないでください。ローゼ様の行いはすべて正しいのです。確かに——ちょっと臭いけど……耐えられないものじゃありま……ぐ——ごほん! ごほん!」
強気の言葉とは裏腹に臭気にむせて咳をしているサクア。
そして、
(はんたーい! はんたーい! ローゼの迷惑行為はんたーい!)
あれ? 「反対」の人たちは心なしか後ろに下がって声も小さくなってるような?
そうだよな。やっぱりもうこれ洒落なんないよな。
そも思った俺は、
「なあ、もう無理しないでここから去らないか?」
二人に撤退を提案するのだが、
「ダメです! あの連中が見てるところで我々が逃げたら。耐え難く臭いのを認めることになるじゃないですか!」
ああ、こいつもそうは思っているのだな。冗談じゃなく臭いと。
でも、サクアは、ここから意地でも退かない気のようだった。「反対」の人たちに弱みを見せたくない——ローゼのせいで起きたこの惨状は大したことがないとしたいようだった。
でも、
「あれは……」
俺はちょっと沖合の海面ちょっと上に漂っている茶色い雲のようなものを指差して言った。
何だか、やばくないか?
海面からチリみたいなのがモクモクと湧き上がって塊になると、それは風にあおられて陸の方に移動してきているようだった。
おれはそれを指差しながら、振り向くと、一瞬で真顔になったサクアが、
「——逃げましょう」
と言うと、
ローゼが杖を一振り、
「うわぁああああああ!」
いきなり宙に浮いた俺たちの下をどろっとし茶色い風が吹く抜けて行く。そして、俺たちの下を取り抜けたその塊の直撃を食らった「反対」の人たちは、瞬時にばたばたと倒れて行くのだった。
*
街に戻った俺は、俺たちが冷ややかな視線にさらされているのに気づいていた。
俺たちは、そんな何とも居心地の悪い街頭にいるのが耐えられなくて逃げ込むように適当な酒場に入るのだが、座ったテーブルの周りはぽっかりと席が空き、なんだか影口めいたひそひそ話があちこちから聞こえて来る。
そんな最悪の雰囲気の中、俺たちはしばらく無言でぼんやりとただ座るのだが、
「あの人たちはあのまま助かったのか。あの『反対』『反対』言ってた人たち……」
沈黙に耐えきれずにしゃべりだした俺。
「あんな連中どうなったって良いのに……」
面倒くさそうに顔をしかめるサクア。
「助けた。大丈夫」
少し自慢げに鼻を膨らませるローゼ。
俺は——あの時、悪臭の雲に包まれて一瞬で気絶した「反対」の人たちのその
彼らが倒れた瞬間、ローゼは魔法で連中を浮かせ臭気の底から助け出し、そのまま俺らと一緒に飛んで、崖の上に寝かせる。連中はみんな白目むいて倒れたままではあったものの、息はあるようだった。
そして、サクアが何だか回復のアイテムらしき水晶を光らせる。するとたちまち目を覚ました「反対」の人たちは——近くにローゼがいるのにびっくりして、半分腰を抜かしながら走って逃げて行ったのだった。
「でも、連中、あのままあの雲の中にいたらどうなってたんだろうな?」
俺は、ゾンビみたいな顔面蒼白な連中を思い出しながら言う。
「もう少しあの中にいたなら——命までとは言わないですが、しばらくは人の言葉も話せなくなるでしょうね。あの臭気は正気を失わせるようですから」
質問に淡々と応えるサクア。あのローゼを貶めようとしている連中にはまったく情けをかける気は無いと言った様子だが、
「そうなのか……」
俺は、ちょうどビールのジョッキを俺たちのテーブルに置くウェイトレスの引きつった顔を眺めながら言う。
——こりゃまずいな。
——お前ら最悪に微妙な感じでハブられてんぞ。
俺は、生ぬるいビールを、一気にジョッキ半分ほど飲み干しながら思う。なんとなく
悪鬼の襲来にローゼが無双をふるってこの街を助けたのは事実だろう。でもその結果、あの腐臭漂う海岸ももう一つの大惨事と言うのもまたもう一つの事実だ。ローゼが悪鬼の襲来を防いだためにひどい臭気が街にまで立ちこめていた。その因果関係自体は嘘じゃない。そしてその因果関係をもってローゼを非難する連中がいる。ローゼが戦わなければこの街はめちゃくちゃに蹂躙されていたに違いないのに……
まあ、しかし——あの「反対」の人たち——随分と自分勝手な連中だと思うが——海面が絨毯のように真っ赤になって——崖の上までも上ってきたあの臭気の凄まじさ——今の状態もちょっと冗談じゃない様子だった。
まったく、街もローゼも、全然大丈夫じゃない。よかれとしてやっている行動が彼女をどんどんと追い詰めているのだった。まだ短いこの街の滞在でも感じる俺たちへの、畏敬と軽蔑の入り混じった視線の気味悪さ。これはいつか、街の人たちのモヤモヤが爆発して、その怒りがローゼへ向かってしまうのではと思わせるものだった。
いや、実際それはもう始まっているようだった。
「この街からローゼ様を追い出そうっていう意見もだんだん無視できない勢いになっているんですよ。前回の市の評議会では僅差で否決されましたが、このままではヤバいです。今回の臭気はまた一段とひどいですので、不満を持ってる市民の運動が激化すると本気でローゼ様が追放されてしまうかもしれません」
と途方にくれたような顔でサクアが言う。
「……でもローゼがいなくなってもこの街はあの悪鬼達の襲来を防ぐことができるのか?」
「さあ? 反対してる市民団体は自分以外の誰かがやるからなんとかなると思ってるようですよ。それが偉い人たちの義務だとか言って、よく分からない評議会批判ばかりしてます。まああの人たちの中には今の評議会の批判さえできれば理由は何でも良いような人たちも混じってますからね」
「なるほど大変だな」
と、異世界でもどこでも政治の世界は似たようなもんだなとか、俺は自分の世界のこの頃の政局など思い起こしながら言うと、残りのビールを飲み干すと、
「でも、大丈夫ですよ。そのため使い魔殿に来てもらったんですから」
「——俺?」
「はい——あっ、生を追加で二つ!」
サクアは、振り返り、ちょうど近くを通りかかったウェイトレスにビールのおかわりを頼みながら言う。
俺は、注文を終えて顔を戻し、俺ににっこりと微笑みかけるサクアに言う。
「俺があれを解決するっていうの?」
「そうです。そのためにローゼ様が使い魔殿を召喚したのです。あなたは、あれを解決できるはずなのです!」
「あの臭気を?」
「はい。あのくっさい匂いを根こそぎです」
「どうやって?」
「使い魔殿がならできます!」
「なぜ?」
「なぜ? 野暮なことを聞きますね、ほら……」
トンッ!
俺たちの会話を聞いていたローゼは、杖で床を叩くと、俺に向かってまた紋章を見せつける。
「むっ!(我が辞書に失敗の文字はない)」
いやだからそれでなんで、俺がしつこい匂い退治なんかできるんだ?
俺は戸惑い、サクアの方に振り向くが、
「なんですか? まだわからないですか? ローゼ様に失敗は無いんですよ? もしローゼ様がそのために呼んだ使い魔殿がそれができないなんてこと無いですよね? もし、ですよ。もしかして万が一にもそんなことがあるのでしたら……ローゼ様の名誉のために」
「ぬっ!(そうだな)」
「——闇から闇へ……」
と言うと、どこから出したのか、突然死神の持ってそうな首刈り鎌を砥石で研ぎ出すサクアでった。
「待て、待って!」
「はい?」
俺は、その鎌で闇に葬られる人物におおいに心当たりがあったので、
「待て! やる、やれる! 俺ならやれる! だから……」
「だから?」
「もう一度
と慌てて言うのであった。
*
そして、臭気に飲み込まれないように、ローゼが張った結界に守られながら再び海の上を飛ぶ俺たちであった。
海は、見渡す限りドス黒い赤に染まっていた。
「これって赤潮だな……」
俺はそのどろどろとした海を見下ろしながら言う。
赤潮——工場や生活排水などで栄養が流れ込んだ海でプランクトンが異常発生して海が真っ赤にそまる現象。
さっきも海岸にいる時にそうなのかなと思っていたが——こうやって俯瞰して眺めれば、その直感は確信に変わる。
この異世界では、俺の世界のプランクトンとだいぶ違うのかもしれないが——浮かぶ悪鬼の死体がさっきよりも数を減らしているのに比例するように濃く赤く染まる海。
これはこの世界の赤潮なんではないか? 俺はそう結論した——と言うよりもそれしか思いつかないのでそう考え……
そして——ならば、
「ググるか……」
その対策を
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