第3話 異世界でもググる俺
俺は異世界に来た。
たぶん、この目の前の魔法使いに召喚されて。
「飲み物……」
俺の部屋の一年中出しっぱなしのコタツの横に座り、飲み物を要求してきているこのチンチクリンに呼ばれて、——俺は
——それも、俺の部屋ごと。
俺は、その事実をさっき思い知ったはずだが、どうにもまだ現実感がない。なにしろここは俺の部屋だからな。この中にいるとどうにも異世界に来たという実感がないのだった。
しかし、さっきから何回もドアから出てみても——外はずっと中世ヨーロッパ風謎世界。それに、試しにベランダから外に出てみようかと思って窓を開けてみたら、そこには何だかよくわからない黒い異空間的ななものが渦巻いていて、本能的にこっちはやばいと思った俺は、すぐにそれを閉じたのだった。
——俺はどうも本当に異世界に来てしまったようなのだった。
「飲み物……」
そして俺を使い魔にしたと主張するチンチクリン魔法使いに飲み物を要求されている。
「あの、使い魔殿……ローゼ様が所望ですので何か飲み物を出してもらえないでしょうか」
「ああ……」
まさか俺はこいつらに飲み物を飲ませるために召喚されたんじゃないよなとか不安になりつつも、異世界に来てしまったという事実に気が動転して、結構一杯一杯な俺は、他に何をすれば良いかも分からずに、言われるまま冷蔵庫から麦茶を出してコップに入れるのだった。
すると、
「なんですか、それは!」
メイド——サクア——がやたらと驚いて立ち上がり、冷蔵庫にかぶりつく。
「なんだって、これ冷蔵庫……ああそうか。異世界にはそんな高度なもの無いのか」
サクアは俺が閉めた冷蔵庫のドアを開ける。
「うぅあああ! 冷たいい! 気持ちいい! 冷えてますよ! 冷えてますよ!」
「そりゃ冷蔵庫だからな」
「氷の魔法ですか! 氷の魔法の使い手ですか! 夏に便利ですよ! 夏に便利ですよ! そんあ生活にちょっと便利なスキル。感心な使い魔ですか! 感心な使い魔ですか!」
「いや魔法じゃ無いよ……」
「はい……?」
「科学だよ。科学」
「はあ……?」
と言ってもこの野蛮人たちには分からないだろうがな。
「世の中には電気というものがあるんだ。それを使って冷やすんだ」
「はあ。電気? その電気というもので、どうやって冷やすんですか]
「どうやってって……」
口ごもる俺。
だって……
確かにどうやってんだろ?
電気が通ると冷える魔法の回路でも入ってるのかな? いやそれじゃ科学じゃなくて魔法か。
なんだ——俺、冷蔵庫がなんで冷えるのか知らないのかな?
使うには、コンセントさせば冷えるのだけ知ってれば十分だからな。
でも、
「……ちょっと待て。ググる」
「はい?」
俺は、サクアが何を言われたかわからずにポカンと口を開けている間に、さっさと机に向かい、ノートパソコンを開き、ブラウザを立ち上げる。そして、ホーム画面に設定している某有名検索サイトの入力フォームに、素早く「冷蔵庫」と打ち込むのだった。
その行動。なんの迷いも躊躇もなく、いつも通り、流れるような手さばきで、俺は無意識に検索を行ってしまったのだが……正直、異世界に来ているのに、躊躇なくパソコンに向かってググる——と言う俺の行動もどうかな——と後からなら思う。でも、部屋に電気も来ているし、外に出さえしなければあまりに変わらない部屋の様子に、何の疑問も持たずに、俺は自然な流れで検索まで行く。
で、検索結果もいつも通り、画面に表示される。
「ふむ。電気でコンプレッサーを回して、冷媒の物質を高圧ガスにして、それが放熱で液体になって、その液体がバルブで気体になるときの気化熱と
「はあ? 使い魔殿は何を言ってるんですか。言ってる意味がさっぱりわからないんですけど」
確かに言われてもこの未開の地の住人である
「この冷蔵庫だとな、イソブタンという物質を冷蔵庫の中と外を循環させて、外で放熱して冷たくなったのを冷蔵庫の中に入れて冷やすんだ」
さらに検索を続けながら俺は言う。
でも、
「……? イソブタンってなんの魔法物質かしりませんが、それは外で勝手に熱を出して冷たくなって中に入るんですか?」
「そんなわけないだろ……ちょっと待って」
と言いつつ、今の検索で知った単語並べただけの俺は、それ以上突っ込まれると、その先の原理とか良くわからないので、焦りながらさらに検索をする。
「ふむ、液体は気体になるときに熱を奪う性質がある。それが気化熱という性質だが——イソブタンを冷蔵庫の中に入れる時狭いバルブを通して気体にする。この気体になる時に冷蔵庫の中の熱を奪うんだな。あと、気体になると同じ体積あたりの分子の運動エネルギーが下がって温度がさがるこれがュール・トムソン効果だな。分かったか?」
「分かりません」
なるほど。素直な反応だ。
なにせ、言ってる俺も良くわからないで言ってるからな。
自分で始めた話だが——正直このくらいにしときたい気持ちが満々であった。
だが、
「そもそも分子ってなんですか? それと液体とか気体と何が関係するんですか?」
「はあ?」
さすがにこれは聞きづてならん。さすが文明の遅れた世界だ。
「分子というのは、物質を作っている小さな粒のことだよ。水なら水の分子があつまって水ができている。もっと言うならば水の分子は水素と酸素の原子からできている」
「何言ってるんですかあなたは。水は四元素の一つじゃないですか。それがその分子や原子とやらでできているというんですか。じゃあ空気も空気の分子で出来ているというんですか」
「いや空気は酸素と窒素の分子から。いや他に二酸化炭素とか他の分子も混ざっているが」
「ええ? 空気も四元素の一つですよ。さすが辺境から来た使い魔殿は学がないですね」
「なに!」
こんな連中に馬鹿にされて俺はついカッとなる。
どうみても中世時代の科学レベルの連中に俺が説教されるいわれはない。
だから俺はさらに言い返そうかと思ったが、情けないことに、ぱっと反論が思いつかない。
なので、俺は、さらに何かググってこいつをグーの音も出なくしてやろうと検索ワードを何ににすれば良いか考えていたのだが、
「来た!」
と言う
俺は椅子から立ち上がり、
「来た?」
ローゼのそばに行くと、それが何なのかを聞いてみるが、
「悪鬼達……」
なんだか不穏なワードである。
だがそれを聞いてもサクアは全く慌てずに、
「はい、ローゼ様。準備はできておりますよ」
サクアがマントと杖を渡すと、
「うわっ!」
なにやら魔法陣的なものが俺らの前にできて、その中にローゼが飛び込み消えて、そして俺がサクアに尻をけられてその中に頭から突っ込んでいく……
*
俺は逆さまになって宙に放り出され、危うく頭から地面に落ちそうになりながら、華麗に身を振り返し、流麗なる尻餅で着地した。
「っ痛ってえええ!」
思わず決めの気合の言葉がもれてしまったけど、そこはご愛嬌である。
すぐに、何事もなかったかのように立ち上がり、
「なんなんだ、おまらそんな慌てて」
二人の横に立ち、同じ方向を見つめて……
「うゎああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
俺は、我も忘れて叫んだのだった。
魔法陣で転移したのは大海原を見下ろす高い崖の上であったのだが、その目の前にいっぱいにいたのだった。
悪鬼が——
空が真っ暗になる程。
俺たちの世界では伝説の、ワイバーンや羽の生えた悪魔、それらにぶら下がったり背に乗ったゴブリンやコボルトみたいな怪物。
海からもレヴィアタンっぽいでかい海蛇みたいなやつとか、ヒュドラっぽい多頭の怪物とか。
他にも正体不明だが、とにかくやばそうな怪物が空にも海にもいっぱいに押し寄せて来たのだった。
そのうえ、
「ふふふ、使い魔殿、あなたはこの時のために呼ばれたのですよ。この悪鬼どもの始末をつけるため、ローゼ様はあなたを召喚したのです」
「——へっ?」
「うむ(首肯)」
なんと言うことでしょう。
俺は、この悪鬼達の大攻勢に対抗するために呼ばれたというのか?
でもどこにでもいるただの男に過ぎない俺がこの軍勢にどう対抗するというのか?
もしかしてこの異世界に来た俺はとんでもないチートに目覚めているとか言うのだろうか?
もしかしてあいつらを一刀で両断するような聖剣とか、まとめて浄化してしまう詠唱ができるとか、そんな謎の力を俺が持っていると言うのだろうか?
正直——ちょっとワクワクしないでもないぞ。
俺は腰が抜けそうになりながらも実はそんなことを思ってしまって……
なんだそれどうやって出すのとか、恥を忍んで聞いてみるかなとか思っていたのだけど、
「|広域
「………………?」
無数の悪鬼達が貫かれて、あっという間に海に落ちたり、沈んだり……
「——俺の出番無し?」
ローゼの魔法のあまりの無双ぶりにおれはあっけにとられてしまうのだったが、
「いえいえ使い魔殿の出番はこれからですよ」
とサクアが言うので、
「でも、悪鬼達の始末はこっちのチンチ……いやローゼ様がつけてくださいましたじゃないか?」
ローゼのチートぶりを見せつけられてビビってしまったのか、思わず中途半端に敬語になってしまう俺に、
「なんです? あなたはそんなことも分からないのですか?」
冷ややかな笑みをうかべながらサクアが言うのだった。
「使い魔殿がする始末は、始末は始末でも後始末ですよ。あなたはそのために呼ばれたのですから」
——はい?
俺は無数の悪鬼の死体の浮かぶ大海原を眺めながら、まだその意味が分からずにその場にただ立ち尽くす。思えば、まだ、その時は俺が自分がどんな
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