第41話
絶望のはずの白い帯は、リコネスの眼前で唐突に動きを止めていた。
混乱する。白に埋め尽くされて消えるはずだった視界が、失われていない。
そして、声が聞こえた。絶望ではない声。
「貴女はもう、命を懸ける感触を理解したはずよ」
「え……?」
リコネスはハッとした。開けていた目を、しかし真に開く。
その瞬間、全てが見えるようになった。絶望も……そうでないものも。
状況は何も変わっていない。暗闇ではマナガンたちが倒れているだろう。目の前には自分の力では対抗できないモンスターが二体いる。そしてそのうち、ネストの方が自分に向かって糸を噴き出していたようだった。
ただ、彼らの表情は驚愕としていたし、糸は自分まで到達していなかった。
モンスターと自分との間に、もうひとり。別の人間が立ちはだかり、彼女が白い糸を片腕に絡ませながら受け止めていた。そしてそのままの格好で、言ってくる。
「その上で、逃げるというの? 同行員としての役目を捨てて失敗を犯し、次は冒険者としての役目を諦めるというの?」
「ローザ、さん……」
同行員を管理する役目にある、ローザ。彼女が肩越しに振り返ってくる。表情は険しく、声は厳しい。
「全ての役目は分け与えられている。全てがそれを突き通した時、初めて成功に至るように、ね。手を貸すことが間違っているわけじゃないわ――でも彼らはその役目のため、自力で切り抜ける術を知っている。また知っていなければならない」
それは最初の頃。教え直すと言って説教のように語ってきた時に似ていた。無言で聞くリコネスに対して、熱心に教育するように。
「貴女は貴女の為せることを、為すべきこととし、全うしなさい。成功への道は手を貸すばかりではないわ。己の役目を果たして初めて、他者を見るだけの余裕が生まれるのよ」
そこまでを告げて、彼女は声を、表情を和らげた。
「私たちは冒険者の名を、力を、生を語り継ぐ役目を担っているのよ。あなただって、そのためにこの仕事に就いたんでしょう?」
「でも……でも私は、何もできなくて……」
そうした感情の根源を、ローザはひょっとすれば、リコネス以上に理解していたのかもしれず、だからこそ失望し、悶え狂う部下に対して強く語ったのかもしれなかった――リコネスの最も根幹となる苦悩は、冒険者として敵を倒すことができなかったものではなく、同行員として冒険者を危険に陥れる罠にかかってしまったことでもなく、そもそもそうした行動を取らざるを得なくなった、同行員として依頼に対してなんら貢献できていない、という思いに他ならなかった。
リコネスはそれを、命を懸ける冒険者たちの姿を見つめながら、強く感じてしまっていた。
しかし、あるいはそうした焦燥は、ローザのみならず感付かれてしまうほど、リコネスの内から滲み出ていたのかもしれない。そう思えたのは、暗闇の中から別の声が聞こえてきたためだった。
「格好付けたがる奴も、理解しがたいほど無茶をする奴もいる……しかしどんな奴であろうと、それができるのは同行員がいるからだ」
どこか切れ切れに、それでも確かな生命力を感じられる声音で告げながら、その人物はゆっくりとランプの明かりの中に足を踏み入れてきた。
それに真っ先に驚愕したのはストリングだった。その盗賊の吐き出した糸に、彼は絡め取られていた――マナガン。しかし彼は、糸を引っ張り返すようにしながら、戦いの場に舞い戻ってきた。
そしてリコネスの前に立つと、どこか不敵な笑みを見せる。
「自分が成功すれば、必ずそれを同行員が記してくれると信じている。冒険者というのは、いつ死んでもおかしくない役目だからこそ、いつ死んでもいいように、記録されていたいものなのだよ」
「冒険者……」
リコネスはその言葉に、何か強い衝動のようなものに駆られ始めるのを自覚した。今までのように悲観的なものではなく、ひょっとすればそれは、同行員を目指して勉強を始めた時と同じものだったかもしれ
ない。
顔を上げ、傷付きながらも挫けることのない冒険者の姿を見やる。そしてリコネスは、上司の方へ向き直った。
彼女は笑みを浮かべていた。そして、どこか優しく言ってくる。
「わかったら、そろそろ貴女の役目を果たしなさい」
言葉と同時に、糸に絡められていない手で、何かが軽く放られた。リコネスが受け止めると、それは報告書を記すためのメモ帳のようだった。
「これって……」
「子守もできないような冒険者が、ランク二の依頼なんて受けられるはずがないでしょう? 受付員に頼んで、私と入れ替えておいてもらったのよ――実のところ正式な処分はまだ下っていないから、貴女はまだ一応、同行員として登録できるわ」
「そ、そうだったんですか!? つまり本当は私が同行員で、ローザさんが……」
喫驚しながら整理しようとして、首をひねる。
「あれ? でもそうなると、ローザさんがライセンスを持ってないと……」
違反になるのでは、と思うが、彼女はその疑問を最初からわかっていたように、軽く肩をすくめてみせた。視線を早くも、モンスターたちの方へ向けながら。
「私も冒険者ライセンスを持っているのよ。……ドラゴン退治を受けられるくらいの、ね」
囁くように言うと、ローザは軽く腕を一振りした。彼女の手に握られていたのは鞭であり――刃を持たぬはずの革紐は、その一撃でモンスターの糸を弾けさせるように断ち切っていた。
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