第36話

 崩壊した始まりの町、ミッドウォー。再びこの地に足を踏み入れることになろうとは、リコネスは考えていなかった。少なくとも、そうであってはならないと思っていた。

 以前と同じ、暗闇の廃墟である。町の始まりから考えれば変貌を遂げた、リコネスからしてみれば記憶と変わらない光景が広がっている。街並みも、暗闇も、そのままだった――見えるのは警察署の建物。そこに見張りが三人立っていて、一階の明かりにぼんやりと照らし出されている。

 まるで以前の、あの時のままのようでもあった。

 それらを共有する相手もほとんど変わっていない。リコネスの眼前には、廃屋の壁に背を付けるマナガンがいた。以前と変わらない、ただしマントだけがない姿をしている。三度目ともなればある種の馴染みを抱く彼の姿は、暗闇の中でも目に浮かべることができる。

 しかし今は、それ以上に馴染み深い姿が彼の隣にあった。同行員である。姿も、名前も、リコネスにとっては現在において最も大きな存在として頭に焼き付いている――ローザだった。

 リコネスは出発に際し、同行員が彼女であることを知った時、息を詰めるような驚きを発していた。それはある種、リコネスがその程度には正気を取り戻していた証にもなるのだが、いずれにせよ、それほどに特異なことではあった。管理職が直接現場に赴くことは滅多にない。彼女はそれについて取り立てて何も語らなかったが。

「……本当に、大丈夫なんでしょうか? 以前と同じ人数で」

 代わりではないが――リコネスは声を潜め、そう呟いた。何を聞く資格も、何を不安がる資格もないと思いながらも、それでも恐れに顔を歪めてしまう。

 答えてきたのはローザである。

「基本的な依頼内容は変わっていないわ。潜入し、救出する」

「でも……」

 一度失敗している、とは口にできなかった。その原因が自分にあるのは明白なのだから、それを言う資格がない。

 ローザはそれを汲んだ上で答えてくる。

「私は、これで全く問題ないと判断したわ。そうでなければいけない、と言ってもいい。それに――そのための仕掛けも用意したつもりよ」

「仕掛け……ですか?」

 聞き返すと、マナガンがこちらに人差し指を立ててきた。沈黙を要求しながら、廃墟を通り過ぎる風の音に紛れながら囁いてくる。

「そろそろだ。準備はいいな」

「…………」

 その言葉に、リコネスはぞわりと総毛立つように全身を緊張させた。マナガンの号令で、一気に建物内へ突入する手筈になっている。仔細はなぜか教えられていないが、どうあれそれに逆らう気も、疑問を抱く気もなかった。そうした資格も、余裕もない。

(私が、やらなくちゃ……)

 その自責の念が合図になったわけではないだろうが――

 瞬間。ずどむっ! と、不意に警察署の裏手で激しい爆音が響き渡った。

 火山が噴き上がり、大地が隆起したのかとも思える激震が伝わり、闇の中で実際に瓦礫が空高くまで吹き飛んだようだった。自然の風とは違う強制的な大気の激流が逆巻き、粉塵を撒き散らしている。

 全てはほんの一瞬のできごとだったが――それは一度きりではなく、こちらが全く混乱しているうちに、連続して巻き起こった。

 閃光のような赤い炎が、廃墟を狂気的な明るさで照らし出す。地獄を思わせる赤黒い煙が噴き上がり、周囲の廃屋がさらに跡形もなく消し飛ばされていくのがわかった。実際の光景は警察署の陰に隠れて望むことができないが、その警察署自体も数度の爆風を受け、残されていた壁の一部を崩され、危うく傾き始めていた。

 何が起きているのかと、リコネスは混乱に目を見開いていた。声を上げ、動揺に駆け回らなかったのは、マナガンとローザのふたりが平静を保ち、じっと盗賊の動きを観察し続けていたからに他ならない。

 リコネスがつられてそちらに目を向けると、当然として盗賊たちは混乱し、動揺に駆け回っていた。激震と暴風に身体をよろめかせながら、それでも明確な異常事態に対し、急ぎその発生地点へ向かっていく。さらに建物の中からもふたりの盗賊が慌てふためき飛び出してきて、罵声や怒号で喚き散らしながら、見張りたちと同じく、爆心地を目指して駆けていった。恐らくは別所を見回っていた盗賊も、そちらへ向かったのだろう。

「建物の構造、そこにいる構成員の情報を手に入れれば、陽動は効果的に働く。要は建物を破壊しない程度に、中まで被害を与えてやればいい」

 マナガンが号令を発したのは、その頃だった。

「行くぞ――ただし、地下までは被害を与えられていないがな」

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