第35話

■5


 依頼を請け負うには冒険者ギルドの斡旋所へ行き、望むランクの窓口で依頼を調べる必要がある。

 これは住居でも探す時のように、受付員に自らの希望する依頼内容の条件を提示することもできるし、斡旋所の壁にはいくつも依頼書が貼り付けられているため、それを指定することもできる。

 請け負う側は冒険者ライセンスさえ持っていれば、それを希望することができた。もちろん、依頼主や代理人――たいていの場合はギルドの受付員だ――による受諾許可が必要とはなるが、よほど特殊な事情がない限り、拒否されることは少ない。

 ――今回の場合、その”特殊な事情”に当てはまるかどうかは難しいところだった。

 受付員が一度ぴくりと眉を寄せたことに、リコネスは気付いていた。

 仕方ないことだろう。何しろ、リコネスは同行員の制服を着たままだったのだから。それが冒険者救出の依頼を受けたいと言い出せば、受付員も困惑するはずである。

 しかしリコネスはそれを自覚しながらも、全く無視した。そんなことを気にしている場合ではなく、それになんらかの思考を傾ける余裕もない。例え受付員の怯えたような、不安そうな表情が、廃人めいた自分の顔と、その瞳にだけ宿る悲痛な生気を目の当たりにしたせいだとしても、だ。

 リコネスは一心だった。感情だけは数多ある。自責、失望、悲観、挫折、幻滅、絶望……しかしそれらが向けられるのは、この依頼を冒険者として請け負い、成功させなければならないという一点だけだった。

 人質、及び冒険者の救出はギルドからの依頼であるため、受諾許可は受付員が行うことになっている。そのため、リコネスはその場で許可を得て、亡者めいた気配の中に多少なりとも正しい生気を取り戻した。

 受付員も、彼女がなんらかの悪辣な、あるいは自虐的、自傷的な行動を起こさずに済んだということに安堵してか、小さく息をついたようだった。

 いずれにせよリコネスはそれに構うことなく、出発が翌日であることを再度確認して、斡旋所を後にした――

「上手くいったようね」

 リコネスが完全に建物を去り、見えなくなったのを確認して。受付員に声をかけたのはローザだった。

 同行員の課長職にある彼女が斡旋所の受付員に、まして仕事中に話しかけるというのは、そう多くないことである。しかし受付員は、そうなることをわかっていたように、動揺することなくローザの方へ顔を向けた。

 ただ、不安そうではあったが。

「……本当に、これでいいんですか?」

「責任は全て私が取るわ。貴女に迷惑はかけない。協力してくれてありがとう」

「いえ、あのローザ課長の頼まれごとをしたんですから、名誉なことです」

 半分は冗談めかして言う受付員に、曖昧な笑みを返す。彼女はその返答を見ながら、ふと怪訝そうに首を傾げた。

「でも、どうしてこんなことを?」

「…………」

 問われて、ローザは沈黙した。

 答えがなかったわけではないが、口にするべきかどうか迷ったのだ。全てを、なんの事情も知らないこの受付員に教えることはないとしても――彼女が納得する範囲の断片的な答えだとしても、口にするのはどこか、自分の部下に対して残酷であるような気がしてならなかった。例えそれが、自分以外の誰にもわからないことだとしても、だ。

 ローザは逡巡して……結局、肩をすくめた。口の中だけで呟く。

「……利害の一致、かしらね」

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