第29話

 ミッドウォーの町は広い。

 民家はまばらだが、面積だけは広かったのだ。まして今は大半の民家が破壊されているせいで、余計に土地そのものが際立って見える。蔦が廃屋を侵食し、草が街路を隠し、夜が視界を閉ざしているのも原因の一つか。

 町の全体図は、地図で見たものを思い浮かべるしかなかった。かつては整然としていたのかもしれないが、民家の減少につれて雑多になっていったのだろう。大通りの周囲はまだしも、そこから離れるにつれて道と建物の隙間は曖昧になっていた。さらにモンスターとの戦いを経験した現在では、家屋が破壊されてできた空白もある。

 自分たちが現在進んでいるのは、そうした道とも呼べない道なのだろうと、リコネスは理解した。足元は残骸によってごつごつしている上、草が絡んで歩きにくい。

 山から吹き降ろす風が逆巻き、常に草葉や石片、木片を揺らすおかげで、足音をほとんど気にしなくていいのは幸いである。

 もっともそうでなくとも、マナガンは今のところ、隠れ潜む必要はないと判断していた。

「町は広い。盗賊程度では全体に人数を割くことはできないし、そうしたところで意味がない」

 声も潜めず告げてくる。

「つまり逆に言えば、人数を割かれた場所こそが人質の監禁場所だと言える。そしてそれがどこであるのか、見当も付いている。この町の中で、人を閉じ込めておける場所はどこだと思う?」

 ふたりともに聞いてくる。答えたのはオデッサだった。全く無関係の返答だったが。

「無様に負けた戦場に戻ってきて、何を興奮してるのか知らねえけど、いちいち講釈を垂れないと気が済まねえのか」

「過去の仇討ち、などと言うつもりはないのだがね。しかし確かに、感傷に浸っていたのかもしれないな。この地で戦うというのは、私にとって少々特別なものだ」

 どこか苦々しく、マナガンが肩をすくめる。するとそれを通り越して、足を速めたオデッサが先行し始めた。

「どこへ行くのかわかっているのか?」

「地上の家屋はほとんどがやられてちまってる。形を残したものも、うっかり壁に穴を空けられたらお終いだ。だったら地下を使うしかねえだろ」

 不機嫌そうに、転がってきた石片を蹴り飛ばし、目の前に現れた廃屋を避けて、大きく迂回する。

 そうしながらしばらく進むと、少しずつ足を緩め始めた。マナガンもそれを理解しており、同時にペースを遅くしていく。廃屋の陰に隠れることが多くなり――目的地が近付き慎重になっているのだと、リコネスは遅まきながら気付いた。

 そうしてとうとう完全に足を止めた時、唯一理解できていなかったリコネスにも、どこへ向かっていたのかがわかる。

 最も近くの廃屋の陰にしゃがみ込みながら、顔を覗かせる。

 そこにあるのは一際大きな建物だった。よほど頑丈な造りをしていたためか、他の廃屋と違い、地上にそびえる部分も半分近くが残っている。おかげで、それがなんであるのかは一目で判別できた。

 無機質だが剛健な、三階建ての四角い建物である。残っているのはその一階部分だった。上部は薙ぎ払われたように、いくつかの壁の残骸だけを残して消えている。

 入り口の前についた長い庇は、その建物の特徴の一つと言えた。今は折れて落ちている。建物の手前には名称を記す塀の支柱だけが、半分に折れながらも残っていた。貼り付けられた木板に書かれた文字は読めないが――わかる。

 ミッドウォー警察とでも書かれていたはずだ。

「古い警察ってのは、刑務所――要するに牢屋を内包してるもんだ。別の場所に設置する余裕がなかったからな。かといって犯罪者を地上に置いておくこともできない。だから、地下に作る」

 オデッサの声を聞きながら、リコネスも見やる。崩れ落ちた庇の上に人影があった。住民であるはずがない。いかにも盗賊めいた、そして何度か見かけたことのある革のジャケットを着込んでいる。それが制服なのかとも思えてくるが、そういうわけでもないのだろう。

 三人組である。顔付きも身体付きも、特徴的だが似通っていると思えた。揃って柄が悪く、悪人面をしている。

 しかしそこまで認識してから、リコネスはいまさらのように疑問を抱いた。暗闇の中、どうしてそこまで見えるのか。そしてすぐに気付く。

 これもいまさらだったが――明かりが点いていたのだ。

 光源は他でもなく、ミッドウォー警察署の建物内からである。入り口にも近い部屋だろう。薄い板で塞がれた窓から、ランプの光が漏れていたのだ。黒い世界に、白っぽい赤色が混じり、建物の外壁をいっそう不気味に変色させている。

 外で見張りを行う三人組は、恨めしそうにそちらへ何度も視線を送りながら、愚痴でも言い合っているのか、会話をしている気配があった。三十メートルほどの距離に加え、風にも紛れて声までは聞こえないが、その分だけこちらの音も誤魔化されるので文句は言えない。

 そしてそれを利用しながらオデッサが呟く。

「場所は間違いなかったようだな。あとはどうやって見張りを消して入り込むか、だ」

「数の知れた敵が目の前に立っているのなら、囮は効果的だと言える」

 答えながら、マナガンは既に行動を始めていたようだった。古いマントを脱ぎ去り、瓦礫を見繕っている。

 どうするのかと聞く間もなかった。マナガンは集めた瓦礫の半分をマントで包むと――そうしてできあがった布の鈍器を振り被り、残る瓦礫の山へと思い切り叩き付けた。

 ごがしゃっ! ――と、明らかに自然なものではない破壊音が響き渡る。

 風で中和されようと、それは見張りたちの耳にも届いたようだった。彼らは会話をやめて顔を見合わせると、腰に帯びていた剣を抜いた。そして三人の中のリーダー格らしい男が指示を出し、ひとりの盗賊をこちらへ向かわせてくる。

 廃屋の陰に隠れながら、マナガンはその首尾に満足した顔をしつつ、口元に人差し指を当てて沈黙を要求してきた。無論、冒険者であろうと同行員であろうと、この状況で声を発することはしない。

 そうして、しばし待つ。すると風に紛れる盗賊の足音が、次第にハッキリと聞こえるようになってきて……ぬっと、盗賊はリコネスたちの隠れる廃屋の裏に顔を覗き込ませてきた。

 瞬間。最も近くにいたオデッサが、その首を素手で掴み取った。

「……!?」

 驚愕する盗賊を無視して、手にかなりの力を込めながら手前へと引きずり込む。そして完全に陰に隠れ、組み伏せる頃には、盗賊は既に気絶していた。

 呆気に取られたのはリコネスだが、冒険者ふたりは最初から予定されていたことのように迷いがなかった。

 突然に廃屋の陰に引きずりこまれた仲間を心配し、残っていた見張りが慌てて駆け寄ってくる。しかしそれらが明かりの範疇を離れ、暗闇に入り込み、廃屋の近くまで辿り着いた時。

 冒険者たちは同時に陰から飛び出すと、それぞれ鳩尾と顎とに拳を叩き込み、瞬く間に敵を気絶させた。

「では行こうか。これで当面、発見されることはなくなった」

 満足げに、マナガン。オデッサは不愉快そうだったが、反論する気もないのかさっさと警察署内へ向けて歩き始めている。

 リコネスは無言のまま、数歩分ほど遅れて後に続いた。

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